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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
毎日ぬるま湯に入浴している気分と思えばいい


今夜も、坂道に寝転んで夕涼みしている牛猫くん、僕と目が合うとスリスリしてくるのが暑いのなんの^^;
暑苦しい毛皮を着て、汗もかけない身の上なのに、グチひとつこぼさない。

 

人間の方がわがままなのは当然ではあるが、職場で
「京都の仕事は休みたいっすわ」
「弱冷車では追っつかん!キンキンに冷やしてくれな」
と、オジサンオバサン同僚が口々にぼやいている。お気持ちはわかりますがね・・・

 

この中の、臨床心理士の女史には以前、「うち、最上階でエアコンなしでっせ」と話すと「あんた、よう生きてるな」と地球外生命扱いされたので、暑がりトークの輪には入れてもらえなくなった。
その部下の若手おじさんには、まだ我が家の熱帯事情が伝わってないので、あいづちを鬱ふりをしつつ、実は話が通じてない(苦笑)。

 

まぁ、38 ℃超えの京都はさすがに拷問盆地ですがね…
山風、海風が吹きまくっている現住所の救いを話すと、大阪市民には恨まれるので、「いやー、うちも暑くて」と死にそうな顔を演技しておくのが「和をもって貴しとなす」である。ムハハハハハハハ

 

しかし、京都のお祭りは大変だな。分厚い装束を着せられて、山鉾に載せられるのも、祭りハラスメントみたいなもので。

せめて、山鉾にエアコンをつけてあげてほしい。

犠牲者でも出ないと、開催時期を見直すこともないのだろうか。見物客は激減しているようだし。

 

生徒にランニング 80 周を命じる殺人未遂教師まで出てくる始末の鈍感列島。

もう、カレンダーは無視して、気温と不快指数で基準を決めて、屋外の運動は禁止したらどうでしょ?

 

伝統のお祭りは、そうはいかんのだろうが。

遠目には色鮮やかな装束が、汗でグッショリ!?と想像すると、拷問ショーを見せられる側にも苦悶が伝染する。

せめて、巡行は日が暮れてからに変更しませんか?

 

 

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こんな日でした(日記) | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
2018年07月16日のつぶやき
23:25
吉備路のオアシス? https://t.co/bULAR0mb9B #jugem_blog
こんな日でした(日記) | 03:10 | - | -
吉備路のオアシス?

 

豪雨災害で街が湖と化した倉敷の町名をニュースで見ていて、
「たしか、あいつの入院先やったような・・・でも呼び名がちがうし、近所かな?」
と思っていた矢先、電話をもらったので尋ねててみた。
「そうなんですよ。その病院、大丈夫かなと思って電話してみたら、高台にあるので被害はなかったそうで」

 

でも、わざわざ 15 年ほど前に一時入院していただけの精神科病院に、陣中見舞いする心がけは立派だ。
最初に入院した知らせをくれたのは、共通の友人でもあったカヌーイストで、
「大変です!入院されたって」
と、切羽つまった声で病院名を教えてくれた。およそ病気とは縁のなさそうな健康優良青年からすると、一緒にアウトドアを楽しんでいた先輩の入院は青天の霹靂だったのか、あの声は妙に記憶に残っている。

 

ついでに、僕がお馬鹿な食あたりで入院したときも、「だいじょぶだいじょぶ、もらい事故みたいなもんやから」とお茶を濁していたところを、わざわざ見舞いに来院してくれたのもこのカヌーイスト。義理堅い、いいやつなんである。

 

鬱おじさんの入院に、最初「なんでまたわざわざ岡山へ?」とも思ったが、その前兆のように、ときどき蒸発して足は西へ向かっていたから、「西が好き」なのだろう。親御さんが山陰地方の出身だし、本人も鳥取や広島へ愛車をこいでよく旅をしていたから。


希死念慮をかかえるほど深刻な病状でもなかったので、数ヶ月ほどの入院期間に僕は見舞いにも行かず、本人も晴れ晴れと退院して、また一緒に遊ぶようになった。

 

そのときのことを懐かしく思い出して、問わず語りするのを聞いていると、
「かわいいナースがいてましてね、そんとき僕は結婚してましたんであいにく…」
とかなんとか、煩悩をひきずるオヤジロマンに昔話が流れていったので(そやから離婚するねん!!笑)、
「現地が落ち着いたら、様子見を兼ねてまた入院しにいけば?」
とそそのかしておいた。高速バスのダイヤを調べていたりするので、実際やらかすかもしれない(苦笑)。

 

こういう、心のふるさとのような病院があるのは幸せだと思う。
やつはもうご両親が他界して実家もないので、サナトリウムも第2(か第3か第4か)の住所みたいなものかもしれない。入院当時も開放病棟で、ベッドに寝る義務もなく、とても住み心地はよかったそうな。うーん、草間彌生の域ですな(笑)。

 

退院してからの方が、施設を取り巻く環境が変わるのに適応しようと四苦八苦している。
「A型就労移行にどんどん変わっていきよりますねん。就労訓練もきびしいて」
とため息をついている鬱サバイバーに、僕が気休めをいえる立場ではない。カウンセラー「として」接しているわけではないので、それはぞれ、これはこれ、で外遊びに連れ出すぐらい。


「次に蒸発するときは、インスタ上げてや」と、縁起でもないエールをおくっているのだが・・・
ホンネとしては、「岡山の香山リカせんせを見つけて、ま〜ったり依存せよ」だったりする。
ダメか^^;

 

 

 

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こんな日でした(日記) | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0)
2018年07月15日のつぶやき
20:28
どこでも撮影会になっていた充電バイクさんまバージョン https://t.co/P9e9meDozE #jugem_blog
00:03
ストローの代わりにネギがいい https://t.co/Z2Jkfl44BQ #jugem_blog
こんな日でした(日記) | 03:10 | - | -
どこでも撮影会になっていた充電バイクさんまバージョン

 

昨夜の出川哲朗の充電バイク旅。

さんまが原付を練習して出演したいきさつも「ご苦労さん」だったが、ビッグネームになると温泉もおちおち入れないのか、それとも仕事でのんびりしているシーンを演じられない性分なのか、イヤハヤ…お忙しいことで。

 

「さんまとバイク」ほど似つかわしくない乗り物もないから、そこが企画の当たりだった。ぜひ、池上彰さんや林修先生も、充電バイク旅に引っぱり出してほしいところだ。

 

以前、淡路島の回だったか、おかずクラブが六甲山に向けて走っていたシーンがあったが、けっこう似合っていた。バイクの似合う若手(乙女)芸人は、僕の中で好感度アップアップである。
尼神インター渚なんか番組に呼ぶと、「私ふだん 1300 ころがしてるんやけど」とかなんとか、のけぞるようなカミングアウトをしてくれそうだ。

 

ファッションでロード自転車をこいで見せているタレントは多いけど、ボンビーなイメージがあるのか、「モーターバイク好き」にしてはインパクトが弱いし、自転車以上クルマ未満の中途半端なイメージしか得られないのが、原付の気の毒なところかな。

 

いまどき、あえて CB や CT を選んで乗る自動二輪女子なんて絶滅危惧種だろう。

あえて 50cc にこだわるところが、「後ろにだれも乗れないよ。後背位お断り」と宣言しているようで(考えすぎか)、潔いではないか。

 

自動二輪を巧みに操っている女子は、いくら娘ぐらいの世代でもヘヘーッ!!と拝んでしまいそうな貫禄を感じてしまう。これほどイカす小道具はないと思うんですがね・・・
髪が傷むとか、暑いとか、ブーブーいわんと自動二輪にまたがって体幹筋を鍛えましょう大和撫子!!

 

さんまは二輪からは隠居してもらっていいから、有働由美子あたりをそそのかして、娘世代に手本を示してもらいたいわな。
テレ東さんは、「元 NHK 」を一皮むいてみせるチャンスですよ!

 

 

 

 

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こんな日でした(日記) | 20:28 | comments(0) | trackbacks(0)
ストローの代わりにネギがいい

 

あづぃ・・・
熱帯夜なんてもんではない、「夜通し体温」で汗だく。

 

先週、なぜか体重が大台を割って10年ほど前に戻っていたのを発見したので、油断してアイスばか食い中(危ないって)。
自己流フルーチェで涼をとっておる。

 

台湾人はタピオカ命で、中華好きな僕もときどきスーパーで仕入れてくる。
その極太ストローに無理やり関連づけて、スタバとマクドのストロー廃止どう思いますか?とインタビューしている画面がブロードキャスターで流れていた。


日本人も台湾人も、大人の民族であるから、ジャイアントな子供会社の社会貢献宣伝を冷ややかに見ている。こういうバカなことを、さも立派な企業精神であるかのように自作自演する会社は欧米に多いよな。

 

オイ!
ストローより、プラコップをやめるのが筋でしょ!?
日本の街のきっちゃ店は、コーヒーカップを洗って洗って再利用してまっせ。見習えばどやねん?

 

あの変なフタをしたコーヒーを、おちょぼ口ですするスカしたコ娘たちに支持されている西海岸系ビジネスの偽善は、腹の底が透けて見えるほど浅い。
そこが良心的っちゅうか、スティーブ・ジョブスほど詐欺的ではないにしても、ビジネスモデルの根幹が環境負荷垂れ流しなんですよ。

 

たかがストロー1本の宣伝とはいえ、もっと大きな使い捨てはだれにでも見え見え。
ハワイだったか、日焼けオイルの使用禁止も妙に大ニュースになってたな。
そんなに海にドボドボ注いでいる油でもなかろうに。

 

これも、業界のライバル落とし戦略が匂ってくるのだが・・・
どうしても油を塗りたくりたいやつは、ごま油でも塗ってればよかろ?
そもそも、日焼け皮膚がん説は、最近はやらなくなったが、消えたんでしょうか?(笑)

 

オイルを塗るのは前戯みたいなもので、水泳目的でやってる男女などいないんだから(決めつけます!!)、ゴマ油でもオリーブオイルでもいいからヌルヌルなでくりまわして欲情させ、海そっちのけでクルマを揺らしておけばよろしいのだ。
アメリカ人の「環境にいいことしてますアピール」は、眉にオイル、いや眉にコーヒー、いや眉に唾して聞き流しておけばよろしい。

 

 

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こんな日でした(日記) | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0)
2018年07月13日のつぶやき
23:58
宗教は頭と体で https://t.co/RaI4luTaAV #jugem_blog
こんな日でした(日記) | 03:10 | - | -
宗教は頭と体で


今月から、一番遅い「新年度」スタートが大雨やら何やらでさらに遅れて、今週から始まった夜学は、いい感じの学習コミュニティがすでにできあがっていた。
質疑応答も活発で、知的好奇心も旺盛。

 

「心の専門家」を志す学士と修士の紳士淑女ばかりなので、ちょうどオウム幹部の処刑が執行された直後でもあり、宗教というものをきちんと学んでおきたい、何を読めばいいか、終末期の患者のスピリチュアリティとはどんなものでしょうか、と何名かの声もあがったのだが・・・
宗教学なり、神学なり、体系的に講ずる資格も能力も時間もないので、折に触れて「宗教現象論」に言及する程度しかできない。うかつに特定の教団宗教を講義すると、布教する気か?と誤解されかねないし(もちろん、そんな意図はみじんもない)。

 

牧師の語る神学や、僧侶の講じる宗教社会学は学生時代に履修したといっても、職業宗教者が偏りなく客観的に宗教の見取り図を示すのは難しい。
一般向けに宗教入門書を書いているひらがな5文字の仏教者など、キリスト教をはっきり邪教と斬り捨てていたりするので、こんな「争いの種」にはかかわらないこと、と注釈をつけながらも、なかなかストンと腑に落ちる解説書がない。

 

聖典はいろいろ出版されているので、「教えのよりどころ」は書店でも図書館でも芽にすることはできるから、あとはどう実践されているか、寺社なり教会なりモスクなりに出向いて体で感じてくるのが一番かいな〜と思うが、そうしてカルトから抜けられなくなる犠牲者(もっとも、本人は犠牲になったどころか救われたと思っているのだろうが)もいたわけで、うかつに後押しするわけにはいかないのだ。

 

御朱印帳を携えてスタンプラリーに興じたり、クリスマスコンサートに「参列」したり、パワスポめぐりをしたりと、雑食性でいることが一番バランス感覚を保てるような気もするので、とりあえず僕はそうしているし、「多宗教」はなかなか楽しい。最近は、天理の町を散策したのがちょっとした収穫かな。

 

さすがに四国八十八ヶ所巡りをする気力はないけれど、熊野古道は「小分けハイキング」で歩いてみようかな?ぐらいの野望は沸々とわいている。世界遺産になった五島列島も(すでに、伊集院光が踏破しているのはえらい!)。

できれば、サンティアゴ・デ・コンポステーラとエルサレムは死ぬまでに訪ねてみたいスポットで、まぁ節操がないっちゃー節操がない。

 

神社もモスクも教会も寺も首をつっこむ僕のような聖地観光客を拒絶する宗教があるとすれば、逆に最後までおおらかに受け容れる宗教が、人類にとって有益な価値体系ではないか??とぼんやり考える今日このごろ。

 

ところが、寛容さと至高意識を併せ持つのは、なかなか難しいようだ。えらい聖人はそうであっても、信者が雑食信者を見下したり棄教を迫ったりするのは、これまたどの宗教にも垣間見える偏狭さだから。
偶像も聖典もなく、ひたすらハイキングに励む「巡礼教」のような、新しい信仰ができれば、わたしゃ大いにリスペクトしますがね…

 

 

 

JUGEMテーマ:日記・一般

こんな日でした(日記) | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0)
2018年07月12日のつぶやき
23:21
カンパが集まれば教祖の遺灰は宇宙葬で https://t.co/Yez4v2NTvt #jugem_blog
こんな日でした(日記) | 03:10 | - | -
カンパが集まれば教祖の遺灰は宇宙葬で

 

 

かれこれ30年近く、僕の研究活動のボスでいてくれた先生は、無宗教を貫いて「葬祭」はせず、遺骨は医学生時代の思い出の地である錦江湾に散骨された。
墓があったとしても、お参りするかといえば、たぶんしないだろう。


大学の恩師の墓も、県内の寺にあるとわかってはいても、僕は足を向けたことがない。

別に、うさんくさい広告マンの作詞した「墓の前で泣かないでください、そこに私はいません」を信じているわけではなく、御霊は土地ではなく天に昇るような気がするだけで、ことさらに墓地に縛りつけることもなかろ、と思うだけ。

 

もちろん、先祖代々の墓を大事に守る方々の思いはそれはそれで尊重したいが、遺骨や「終焉の地」のとらえかたは、人それぞれなんである(だからポータブル墓地としての位牌や仏壇は、グッドアイデアだと思う)。

我が家のルーツは北海道やら九州やら遠い島にあり、たまたま関西に墓を建てて納骨されているだけで、どこが安住の「地」なのか、イタコにでも聞いてみないとわからない。

 

で、オウム教祖の埋葬ドタバタである。
宗教犯罪は、刑が執行されても終わらない。遺灰はまさに聖骸として生き続ける。カルトのスピリチュアル・エナジーになりかねない。

 

信者にしてみれば、ポアは罪ではなく偉大な功績と映っていたりするから、麻原彰晃の遺灰の扱いは、特定の場所に埋葬すると面倒なことになる・・・
ので、散骨は名案だと思う。

 

太平洋かインド洋か、ともかく具体的な海域なのかも秘密裏に散骨しないと、聖地を求めて信者が航海に出るかもしれない。
そこで弔いをするのは信教の自由ではあると思うが、一部の刑死した信者の遺体は教団が引き取ったようだから、それをどう扱うか(ミイラにでもするつもりか?)は、監視していくべきでしょ。
ひょっとして、アッパレと思われるような埋葬のしかたを見せてくれると、教団は葬祭業を営んでいけるかもしれない。

 

しかしねぇ…
散骨の費用を国に請求するのは少し筋が通らんと思うぞ。
いくら公安上の理由があるといっても、そこまで税金で負担することになれば、ほかの死刑囚も「俺はエーゲ海にまいてくれ」と言い残しかねない。

 

散骨費用は公募と、四女が汗で稼いだ労賃でまかないましょう。
難しいことではないと思うが。

 

 

 

 

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こんな日でした(日記) | 23:21 | comments(0) | trackbacks(0)
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