solosolo@JUGEM

そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
2005年12月の日記
大晦日イブ

at 2005 12/31 23:05 編集

妙に暖かくて、晦日の切迫感も、大晦日の大詰め感も、さっぱりない。
あるとすれば、モスバーガーを閉店直前に出るとき、「いつもありがとうございます。来年もどうぞよろしくっ」と、あいさつされたとことぐらい。喜ぶべきか、苦笑すべきか、ファストフード店の顔なじみになってしまった中年野郎としては迷うところだ。

そのモスも含めて、年末シフトで閉店が早くなっているのも、かすかな年末感だろうか。
それだけ、コンビニの平常営業ぶりが、白々しくもありがたい。

最近しみじみと、年越しだなぁと思うのが、年越しライブの類が増えたこと。
コンサートに限らず、格闘技あり、踊りあり、お笑いあり、トークライブあり、スピリチュアリティあり(笑)・・・。なにゆえに、こんなに家から浮遊するかジャパニーズ!!と、「ルー大沢」状態になってしまうぞ。

まぁ、越年ライブの盛り上がり感というのも、わからなくもないけど、これも今ふうの新年の刻みかたなのだろう。「除夜の鐘」の変形といえるのかもしれない。

神戸市民にとっては、港から一斉に聞こえてくる除夜の汽笛が、新年のお囃子である。物心ついて以来ずっと聞いて育ってきたので、これはしみじみといいものだ。どこか「旅立ち」を連想させてくれるから。

飛行機には、こんなロマンは出せない。どや!と、神戸空港に敵意をにじませてしまうぞ。一斉に離陸するという芸を見せてくれてもいいだろうが、実際そんなことをすれば何機かはぶつかって墜落しそうだから無理か。

それより、阪急梅田駅から10本の電車が一斉発車するという芸は、実現してもらえそうな気がする。「除夜の一斉発車」を撮影sべく、全国から鉄ヲタが集結して、線路際に三脚の林ができるだろう。

こんな風に、一斉に、というのが「除夜の鐘」的なるところで、だから初日の出暴走族なんかも、弁護しちゃいかんのかもしれんが、気分はよくわかる。
機動隊をきちんと配備して取り締まれば、あっけなく制圧できそうな気もするのだが、あいかわらず元日の朝にぶっ飛ばしました、何名検挙しました、とくりかえされることになっている。もうすっかり、年に一度のセレモニーである。

元日暴走も、もう20年ぐらい続いているとようだから、僕にとっての港の汽笛と同じように、年の初めの風物詩として聞いて育った世代もいるかもしれない。
それもまた怖い話だが、年季が入ると、どんな既成事実でも、「歴史」や「恒例」になってしまう。それが年を刻むということでもあるし、善悪どんな所業も、それなりに、なくなると寂しい気がするのは、本当に時間の持つ不思議な力だなぁと思う晦日なのであった。


ただいま、神戸

at 2005 12/30 23:44 編集

昼までロッジすぐ裏の池ノ平ゲレンデで時間つぶし。こちらはてっぺんまで登れたものの、視界100mほどの濃霧で、スキーの楽しみの3分の1が味わえない。
半日でさっさと引きあげてきて、適当に帰るか…と気分は帰り支度。同行の25歳クンは、さっさと朝帰りしている。こんな「別行動だらけ」も、俺流スキーの風通しの良さである。

宿の温泉にボ〜〜〜ッとつかってから、おもむろに帰路のプランニング。
自由席の旅は自由でいいが、腹立たしいほど割高だ。いや、「割高料金は自由の代償」という感じかな?

長野でグッドタミングで乗り継いだ特急「しなの」で名古屋へ。いつもの駅弁屋で笹寿司盛り合わせを買って、名古屋までは快適な3時間の旅だった。
ところが、名古屋で乗り継いだ「のぞみ」がドツボ。
そうか、帰省ラッシュに入っていたのか!

まぁ、大阪まで1時間たらずだから、デッキでがまん。年末年始しか帰省移動できないプロレタリアートが、1年の疲れを癒すのが帰省列車というもの。スキー帰りのふざけた客としては、妬み視線を浴びるより、デッキでおとなしくしておこう。
こういう災難にそなえて、折り畳みイスを持ってきておるのだ。最近はデッキで一服する客もないし、暖房もきいているしで、すわっていればまんざら不快でもない。

ローカル列車→特急車→新幹線と三段構えで雪国から関西の雑踏へ戻る5時間の旅というのも、ちょうどいい頭と体の切り替えになる。
といっても、妙高高原駅から乗車するときすでに鉄道観察モードに入っている自分を発見するのも、ちと慢性病かもしれない(苦笑)。


旅の足

at 2005 12/29 19:08 編集

旅の道連れは、メールアドレスに列車名をつけている鉄ちゃんのくせに、夜行「きたぐに」で乗り物酔いしてやがった。なんじゃとて。

僕はどんな列車だろうとバスだろうと寝てしまうので、眠れない悩みというのが正直わからない。
とりあえず老婆心で、「きたぐに」の座席は対面固定シートだから、こうすれば寝やすいよ・・・とマル秘技を伝授。

フル・フラットシートにしたので、横になって寝やすいかと思うと(僕はエアマットまで持参していたので、快眠熟睡である)、夜行列車で横になって旅することからして未経験らしいので、かえって酔いが回ってしまったようだ。下戸なのに。
これで一杯飲んでいたら、どうなることやら。

大人も子供も、モータリゼーション以前の日本人は、ほとんど全員が「夜汽車の旅」は経験してきたはずだ。それも、家族で。
体が慣れてしまってたのか、それとも単にそれしか遠出の足がなかったから「こんなもんか」と我慢してただけなのかはわからないが、わが家もゾロゾロ北海道や宮崎まで汽車に揺られて帰省していたものだ。それで酔った記憶はない。

クルマのエンジン音やガソリン臭、飛行機の気圧や機密感なんかの方が、僕にとっては不快な旅の環境なのだが、現代っ子の感覚や肉体は、もう鉄道には「最適化」されていないのかもしれない。

相棒は、リフトに乗っても食堂に入っても、前に伏せてぐったりと目を閉じている。
ま、夜勤明けで夜行という疲れもあっただろうから、お気の毒ではあるけど。
寝ているすきに、鉄分を点滴して、極秘改造してみようか?(笑)


妙に高揚するハイランドにて

at 2005 12/28 23:46 編集

津南町の市街地で3mという記録的な積雪がニュースになっている中、上越も当然「まっしろ」である。
連日連夜、休みなく雪が降り続き、さすがに豪雪に慣れているはずのスキー場も、一部閉鎖するありさま。

ただ、新雪はとても滑らかで、まるで浮遊するように、音もなくスキーが走る・滑る・進む。
風景は「まっしろ」なのが残念とはいえ、足元は絶好のゲレンデ・コンディションだ。

平日だけあって、ゲレンデには二十代以下の若い客が9割、あとはシルバー世代か家族連れという感じで、それでもガラガラ。
ゴンドラも滑り込み状態で乗れるし、午前中だけでリフト券の元がとれた。

頂上部が強風で閉鎖されてはいても、残り6kmほどのロング・クルーズができるこのゲレンデは、仕事疲れを引きずる相棒にとっては、めまいがするほど広大な別天地らしい。
ここ妙高は、てっぺんまでリフトで運搬されると標高差1100mあるから、短時間で昇り→滑降をくりかえすと、高度障害が出る人がいても不思議ではない。
大阪の金剛山(1200m)や神戸の六甲山(900m)をドライブウェイで走り降りても数十分かかるのに、スキーだと10分で降りてしまうのだから。

宿では、なんと前のシーズンに同じレッスンを受けた母親世代のお姉さまがたと偶然の再会もあった。さすがに赤い糸は感じなかったけど(笑)。
また、初対面の73歳のおとっつぁんと宿の温泉でおしゃべりを楽しみ、なんだか異次元の「出会い」を満喫する。

相棒を放ってといて(すまん)マイペースでリフトに乗っては、踊る心から、つい一人笑いが漏れ出す。
コクド・グループの行く末はわからないが、こんなにとことんスキーに浸れる清廉なゲレンデこそ、永遠なれ!と願いつつ、白
空を仰いで雪雲に感謝する。

またこの冬、ぶらりと訪ねよう。
美しい別世界に飛んで行ける魔法の翼を足にはいて。


まだあと4回線

at 2005 12/27 07:41 編集

あんまり使わんかったなぁ・・・とあきれながら、半年間も維持していたウィルコムの端末2回線を解約してきた。まだドコモ3回線、日本通信1回線が「稼働」しているけど(笑)。

店員は「いま絶好調の弊社に、なんでまた背を向けるのか?変わり者の客め」と怪訝そうな顔をしていたような気もした。
たしかに、手続きの間にもウィルコム・ショップには切れ目なく客が来ていた。
2台契約していったカップルあり、ケータイ代節約を考えてか堅実そうなOLさまあり、auではなくウィルコムを指名買いしている。みな、正しい買い物をしていると思う。

PHSからケータイにかけると割高だとか、切れやすいとか、ドコモが種をまいたようなPHS神話を、旧DDIポケットは必死に拭ってきたように見える。
いま、「窓の外は一面の雪原」の中をひた走る信越線の中でこれを書いているのだが、ウィルコムの回線に便乗するb-mobileでも、確実にネットにつながる。たいしたもんだ。

ただ、ウィルコムの回線はパケット交換というか、パケット・シェア方式だから、大阪あたりの都心だと、てきめんに速度が落ちる。高速でつながっても、途中で速度が落ちるのを実感することもある。

まぁ、そういう形式にしとかないと、スカイプやストリーミングで回線を占有してしまうユーザーが続出するだろうから、しかたないといえばしかたない。とりあえず、田舎でも確実につながるだけでも、ありがたい。

もっとウィルコムのメリットに気づくケータイ・ユーザーが増えてほしい気もする一方で、これ以上回線が混まないでほしいとも思うし、複雑な気分ではある。

カード端末を差したザウルスを、旅の道連れは「いいなーほしいなー」と物欲しげに見ているから、「それなら電話と一体になったザウルスみたいな端末が出たから、それ買えば手軽でええよ」と、宣伝しといたけれど、これまた複雑な気分が入り混じる。

製造が追いつかなくて、抽選販売になっているほど話題沸騰しているようだが、せめて2回線も契約しているユーザーには優先的に機種変更させてくれてもいいだろうに・・・と思ったのも、ウィルコム解約の動機だったりする。

なんぶん、ドコモが再来年にも撤退すると、ウィルコム一社の独占市場になるから、ソフトバンクとかライブドアあたりが参入して、競争を刺激してほしいものだ。
ケータイ市場もPHS市場も、三つ巴が好きな日本だからね。


ファイアー!

at 2005 12/26 23:01 編集

雪煙をあげて疾走する冬列車・・・なんてのは、もう鉄ヲタ界だけのものではなくなった風物詩。
それが、突風一吹きで暗転してしまう怖さを見せつけられたのが、昨夜の羽越線の事故だった。

怖さといえば、餘部鉄橋事故が一番だと思うが、いてつく雪の中、停電した事故車内に閉じ込められるのも、つらいわなぁ・・・。

部外者だからこその無責任な提案になるのを覚悟すれば、事故車の穴という穴をふさいで、暖房を送り込みながら救出作業でもしないと、ケガより先に凍死してしまうぞ。
犠牲者も、もしかするとショックや低体温で心肺機能が急低下したのではないだろうか。そう考えると、本当につらかったでしょうに・・・とお見舞いするばかりだ。

ストーブ列車とかエキナカ温泉とか趣向を凝らすなら、いざというときの防寒対策も、JRには考えておいてほしいものだ。
冬山遭難でも、「まず体温確保ありき」だから、それだけ低体温は怖いということでもある。
救助する側は汗だくになるほどハイテンションだから、助けられる側の体温低下と心細さは、雪国の交通事故対策の盲点かもしれない。


クリスマスの里山

at 2005 12/25 22:51 編集

クリスマス・イブは、「てやんでぇハイキング」であった。
足腰の性能回復チェックも兼ねて。

家を出るとすぐ、雪がちらちら舞いはじめて、山に入ってすぐ横なぐりの風雪。
ったく…東京にも大阪にも、あるけどない中央区である。
間もなく、不意に無風になって、暖かい日ざしだけが音もなく降り注ぎはじめた。
なにか、人里と一線を画する結界を越えたような、妙な異次元感覚。

なんだろう、この天候の急変は。
ハラハラどきどきしながら登ったおかげで、あっという間に山の上の公園に着いてしまった感じ。時間は、いつもと同様そこそこかかっていたのだが。
ドライブウェイが通行止めになっているわけでもないのに、ドライブデート派はみな雑踏へ密集するイブのせいか、山上の表決した池の周辺は、静けさが支配していた。
寂寥感…といっても、明るいし、透明な大気が気持ちいい。

さすがに、いつもの露天タコヤキは寒いので(店は全開でオープンしていたから、店番のおばあちゃんたちはご苦労さまだ)、昭和40年にワープできるレストハウスで「午後のお茶」にした(ぜんざいもいいなぁと思ったが、ついカレーうどんを注文してしまった)。
「だいぶ融けましたけどなぁ…」と、店番のおばちゃんは、酔狂な登山者に話しかけてくる。
ここは標高400mといっても森の中だから、そうそう暴風は吹かないし、かっこよくいえば東山魁夷の風景画のような世界で、静かに物思いの散歩にふけることができる。

物思いしすぎると際限がないので(笑)、日が暮れて遭難しないうちに下山。
登山道の新雪はまだいいが、氷結したところは下りがおっかない。雪の上をキュッキュ、氷の上をザクザク歩く山靴の音は、最高の道連れだった。

足腰は万全だった。
問題は内臓だが、まーなんとか、ごまかしごまかし行くとするか。日通でサロモンのファット・スキーを発送し、復活準備はOK。
退院後の薬が切れたから、ちょうど診察を受けに来なさいという時期なのだろうが、それは後回しにしておこう。
あなた、胃と腸と肝臓とすい臓と、あちこちに転移しまくってます!
などとドッキリなことを言われるなら、「滑り納め」してからでいいやな。

再び「結界」を越えて戻って行った市街地は、よりによって北野町のようなせまいせまい界隈に、土地勘のないドライバーが殺到して、ごったがえしていた。
そういえば、僕の初めての家出のときも、今は天国にいる友人の家業の1トン車で運んでもらったのだが、ふだん数分で走り抜ける北野町界隈で、1時間も足止めされたっけ。
毎年、渋滞でにっちもさっちも行かないとわかっているこの街に向かって、自爆のようなドライブを敢行するカップルは、ある意味エライと思う。
それもまた、笑える思い出になるだろうから。
おバカなことができる幸福というのも、ありかな?とふと思うクリスマスが、終わった。


鉄のスキー

at 2005 12/24 21:31 編集

けなげな隊員が、平日初滑りのいい話を持ちかけてきてくれたので、足を手配しに行った。
で、驚いた。

鉄分の濃いスキーヤー(笑)ご用達のシュプール号が、週末だけの臨時便になっている上、毎日3便出ていた往年の多発ぶりが、いまや木金土に1本ずつ。
おまけに、全席グリーンか寝台である。もう、ゼニ取ろう取ろうとJRの魂胆みえみえ。

そりゃーたしかに、数年前まで平日のガラ空きの夜行で一人4席も使って横になって旅をしながら、「これで採算とれるんやろか」と心配になっていたのは確か。
だから、減便、客単価吊り上げは、「想定内」ではあった。

けどねぇ、あまりにも寂しいではないか。
毎夜、大阪と長野を直結してくれていた「ちくま」が廃止になって片足をもがれたような気がしていただけに、シュプール号も間引きとなっては、もう「電車でスキーに行くな」といわんばかりではないか。

いや、もしかすると「鉄分の濃いスキーヤーをゲレンデに運ばないで下さい」と信州各地からシャットアウトされたのか?
なにしろ、軌道マニアの標的は、鉄道、路面電車、モノレール、トロッコに飽き足らず、スキー場リフトにまで(これも軌道交通の仲間らしい)広がっているようだから。

まぁ、そんな勘ぐりはマニヤさまに解明してもらうとして、残る夜行急行は新潟行き「きたぐに」しかない。
困ったもんだ。

きのうのニュースによると、東京と山陰を結ぶ夜行「出雲」が、来春ダイヤ改悪で廃止になるそうだ。
まったく、JRは新幹線だけで稼ぎまくろうとしているとしか思えない。
スキーやトレッキングに、新幹線は不似合いなんだがなぁ・・・(といいつつ、スキー帰りに名古屋から新幹線に乗り継いで「早くていいや」と喜んでいた己の身勝手さも反省)。

夕方まで信州で遊んで、その日のうちに関西へ戻れるのは特急利用のありがたさだが、20年しみついた変なクセで、やはり行きは夜行がいい。時間が有効に使えるし、「目が覚めたら窓の外は真っ白」というのが、感動的だから。

JR全線制覇の上北沢暗室職人アルベルト氏には信じてもらえないぐらい、「夜中も走ってる電車があるの?」という20歳がじわじわ増えている時代だから、スキー列車(なんか集団就職列車みたいな響きやな)の風情というのも、そろそろ過去の遺物になろうとしているのか・・・。
それは、あまりにも寂しい。
腹いせに、意地でも特急料金に背を向けて18切符で往復してやろうか(しんどー!!)。


豪雪お見舞い

at 2005 12/23 22:34 編集

きのうの大雪には驚いた。
鹿児島も沖永良部島も、真っ白。

神戸は積雪4cmと大した量ではなかったが、これでも88年ぶりだったとか。もっとも、観測地点が「太平洋側」の市街地だからパニクるだけで、山奥では毎年けっこう積もるから、「神戸市山陰区」住民にとってはニュースにならない。

新潟の大停電も、ほんとにお気の毒だ。
病院の暖房まで消えてしまって、これはつらかったのではないだろうか。病室の数だけ、石油ストーブか何かかき集めなくてはいけない。まさか、練炭を燃やすわけにも行かないだろうし。

寒い冬の停電といえば、やはり神戸市民は10年前を思い出さずにはいられない。
不思議なもので、「寒さにふるえた真っ暗な夜」という記憶がほとんどない。避難所は真っ暗ではあったけれど、なぜか地震当日に集まった布団や毛布を並べて何十人もの「見知らぬご近所さん」と雑魚寝していると、妙にお祭り騒ぎのような高揚感があった。

本当に身も心も底冷えしたのは、家族を失った人とか、職や財産を失い丸裸になった人だろう。

「寒い」の質が違うのだ。
違う意味で、「暖かい手」を必要としているのだ。
だから、いろいろな理由で声を出せない被災者に、エアコン完備ナイスビュー!の団地をあてがっても、自殺やアルコール性肝炎で、せっかく拾った命を捨ててしまう悲劇も多かった。

電力は、生活インフラの中でもかなり早く復旧するようだが、「冷蔵庫の暗闇」のような停電地帯の中で、一人暮らしの高齢者や病人の安否情報がつかめれば、最優先で暖房や照明など投入すればいいと思う。
ふと、「水害でも停電でも1時間以内にちゃんと必要なものが届くなぁ」と気づくような、さりげなくも万全な救援システムがあれば、立派に血が通ったライフラインになると思う。
そんな社会だと、出生率も上がるだろう。

行政サービスは、ふだんは無愛想でもいい。税金の無駄を抑えた小さな政府は大賛成。
それが、有事には強力で頼もしい、大きな政府に膨張すればいいのだ。

災害のような有事の時だけ、公務に従事する「全体の奉仕者」が増える・・・なんて都合のいい制度が、あり得るのだろうか?
と考えてみると、消防団という伝統があるではないか。
今風にアレンジするなら、救急搬送団や子供お守り団というのも、ほしい気がする。
厳しい雪国には、「越冬お助け隊員」というのも、配置すればいいのにね。やることは雪下ろしや買い物代行でもいいから。


Be mobile

at 2005 12/22 22:53 編集

そろそろドコモのPHSデータ通信カードが寿命のようで、可動性のアンテナがプツンともげてしまった。

アンテナといってもマッチ棒ぐらいのサイズだから、アルミ箔を丸めて差し込み、上にテープを巻いて一応の素人修理をして、なんとか持ちこたえてはいる。
でも、再来年にはなくなると決まっている回線だから、あんまり手をかけすぎて愛着がわいてしまっても、名残り惜しくなって困る。
ここはもう、決然と他社に乗り換えるべき良い機会である!!

というわけで、b-mobleのプリペイド端末を使ってみることにした。
ウィルコムの回線を使っているキャリアには、ここと京セラ子会社のKWINSというのがあって、マシンの適性がよさそうなb-mobileを選んだ。
契約なんぞ、ややこしいことは何もない。
現金で払って、ザウルスに差し込んでちょこちょこっと設定すれば、すぐ使えた。

・・・といことは、あっけなく匿名契約できてしまうわけだ。
b-mobileはプロバイダー料金込みだから、あとはヤフーかホットメールかでアドレスを取れば、悪いことだってできてしまうわな。
ええのかね!?
と、憤慨する立場ではないのだが、それにしてもあっけなく、匿名通信ができてしまう。

速度は最大128kbps+アクセレレーターという仕様で、さすがにフルスピードは出ないが、ドコモに比べるとダントツに死角がなく、確実につながるのがたのもしい。
だから、家でも使っている。
自宅の高速通信環境を、外でも・・・という発想が公衆無線LANのアクセスポイントなのだろうが、僕は日本全国どこでも使える通信環境を家に持ち込む発想だから、「PHSデータ通信」派なのだ。

b-mobileは無線LANにもアクセスできるそうだが、OSの関係で、僕は使わないだろう。「64kbps保証で月額4880円」のドコモにくらべると、「最大128kbps」は、充分に満足。
ライセンス延長すると1時間200円か、1カ月約6000の定額かが選べる。旅行や出張用に、分単位でプリペイが償却されて行くこの端末は、けっこう使いでがあるのではないかと思う。

限りなく電波が弱いドコモにくらべて、さてウィルコムの電波が山国のどこまで行き届いているか、スキーが「点検旅行」にもなりそうな気配さえする冬である。


退院決算

at 2005 12/21 22:23 編集

退院してさっそく出勤。
おぉ働けるありがたさよ!
プロレタリアートの歓びよ!
と社会復帰を実感したものの、今日で仕事納め。3週間の♪ウィンタ〜バケ〜ションである。

年末に、今回のような味噌がついてしまったものの、保険加入歴16年にして初めての入院は、まぁよく持ちこたえた方ではないかと思う。
高い保険料を払っているから、取り戻す機会もたまにはほしいが、よほど珍しい病気にかかって高額医療費給付でも受けなければ、元をとるのは難しいようだ。

4泊5日で48000円。
結局、大した投薬もなく、メスが入ることもなく、病院食は3食だけ。点滴はカロリーとビタミンだけだから、やや割高感ありあり。この2倍以上が、保険に請求されているわけで、そりゃ高いわな。

「これなら、自宅でやります」と言ってしまいそうな気がしないでもない。
堂々と医療費抑制に大ナタをふるえる小泉内閣なら、「あなたでもできる自宅入院セット」「簡単な外科手術キット」なんてのを販売してくれないものだろうか。入院を減らすためにも。

まぁ、それは絵空事としても、在宅医療をもっと推進してくれてもいい。調子のいいときは仕事に出かけたりもできるし、「すぐそこが日常生活」という環境にいた方が、治癒力が萎縮しないと思うのだが。素人考えで。

今回つくづく、静養すると元気がなくなる、入院すればするほど患者らしくなって行く・・・を実感した。
それだけでも、「いいお勉強になりました」の入退院であった。


人間は管にすぎないけれど

at 2005 12/20 11:51 編集

研修医でもある若い主治医は、やはり「いまどきの若者」なのだろう、いろんな検査の話をしていたとき、「もし検便ができなければ、後ろから無理くり、棒を入れて採取することもできますし・・・」なんて話しておられたときには、今どきの医大生世代では「無理くり」なるフレーズが流通しているのかと、僕は、ほほえましくもいぶかしく思ったものだった。

この先生、「では、お粥から食事再開してみましょうか」というので、つい「エッお粥だけ?おかずは!」と聞いてみた。
別に脅迫したつもりはないのだが、カンボジア解放軍兵士顔の僕から発信した要求が届きすぎてしまった(笑)ようで、出てきた昼食は豪華であった。

完全絶食が解けたばかりの患者に、いきなり出しますか!?

と思うようなおかずが並んでいるのだ。
この日の夕食より食べごたえがあったぞ。

卵かけ御飯が怪しまれる食中毒だったはずだが、しっかり温泉卵は出ているし(肝試しか!?)、ふだんから胃もたれするので食べない牛肉の煮物も、糸こんにゃくと一緒にうまそうな湯気をたてている。
よし、挑戦を受けてやろうではないか・・・という気合でおいしくいただいて、胃腸は痛まず、むしろあわててゴロゴロ動き出した感じ。

そろそろ、これで出所秒読みというところか。
無断で隠れ飲みしたコーヒーも大丈夫(こんなコーヒーの香りも格別だ)。
残るチェックは、出所後、「お清め」のアルコール消毒(笑)だけである。

点滴の手枷は解放されたものの(手首の点滴は夜通し痛くてつらかったなぁ)、あいかわらず何もすることはない。
院内探検も5階から地階までしてしまったし、自分で持ち込んだシーナ誠さんの新刊『ぶっかけめしの午後』(文春文庫)を――しかし災難を予言するような買い物だったな――ひたすら「仰臥漫読」する。

この中に、「キルトの国のウィスキー」というエッセイがあって、椎名さんがエジンバラを旅して出会ったシングルモルト・ウィスキーの香りと味に陶然となるくだりに、僕は胃袋をほじくり出されるような羨望を覚えた。
あぁ・・・

結局、ぶっかけめしの話はほとんど出てこなくて、スコッチ・ウィスキーやモンゴルの馬乳酒に開眼した旅人の世界漫遊記という感じで、病床から心を解き放ってくれる好著であった。

まぁ、胃腸を休めるのも大事だが、食べるのも養生。
医食同源というではないか。
おととし、嚥下障害で肺炎になったら困るというので、摂食どころか水一滴も禁止されて、みるみる命を縮めて行った胃癌の父の病床を見ているだけに、万一に備えて水も食事もダメ、というのは、どうにも眉唾に見えてくる。「非行の始まりだから茶髪ダメ」という類の校則と似ている。

父は緩和ケア病院に避難させてちゃんと経口摂取できるようになったし、僕も「解禁」されていきなり肉料理である。
なんや、やっぱり・・・という気分だ。

こういうときの、栄養満点で咀嚼しなくても嚥下しやすい患者食というのは、研究課題になっていることと思う。
白粥はいかにも禅僧の修行みたいで味気ないから、せめて中華粥か、またはリゾットやドリアなんかもいいかもしれない(腹が張るかも?)。
欧米や中国の病院でどんな流動食を出しているのか、知りたいものだ。
旅して入院するはめになればわかるだろうし、悪食の僕のこと、旅先でも必ず拾い食いをして搬送されそうな予感はある(トホホホホ)。


ストレス性腸炎治療ストレス

at 2005 12/19 11:48 編集

前回の通院と違って、検査結果も画像もさっぱり見せてくれないし、若い主治医は何を聞いても答えに歯切れが悪い。
「めし食わせろ」「管ぬいてくれ」と強く要求すると(なんだかゴリ押し患者みたいやな)、「応えて」はくれるが、質問への「答え」はクロシロはっきりしない。

主治医がキム院長先生なら、ちゃんとエビデンスをそろえて見せながら病状と予後の説明をしてくれるのだが、こうも対応に差があるのかと思い知らされた。

そもそも、キム先生とはバイオエシックスの研究団体で15年以上のご縁があるのだが、研究活動は座学でしかなくて、実際に当事者の立場で「患者の権利」「医療者の責任」を考えさせられたのは初めてだ。おかげで、いい機会になった。

やりきれないからシャバの空気を吸うべ、と外出許可を強く要求する(またかい)と、何とかOK。腕にはしっかりミニ点滴を刺され絆創膏で固定されたままの仮釈放だ。
電車を乗り継いで一時帰宅するぐらいには元気なのだが、パンやら中華料理やら街のうまそうな匂いを嗅ぐと、もう拷問に近い。食欲満点なのに、飴玉ひとつ食ってはならぬと絶食命令が下されているのだから。

そんな身を案じて、ホリエモンが見舞いに来て、差し入れを置いて行ってくれた。
『クッキングパパ』・・・おいおい!!
腹減ってたまらんがな。
拷問に、塩をすりこむか〜?

差し入れ福袋に一緒に入っていた「週刊現代」は、袋綴じそのままである。これも、切るべきか、切らざるべきか、悩むところだ。
こげなストレスフルな入院生活も、そろそろ流動食で様子をみて、問題なければ明日退院だそうな。とりあえず、ほっと一安心。
残るストレスは、袋綴じだけである(笑)。


絶食ダイエット中

at 2005 12/18 17:52 編集

夕方に6人部屋に入院して、まだ自己紹介もしてない翌朝、看護師さんが「オオサワさーん、お薬ですよー」と2つ隣のベッドに間違って投薬に行くと、「オオサワさんはあっちじゃ」「あ、ごめんごめん、オオハラさんでしたね」というやりとりが聞こえた。

ちゃんと把握されてるんやなぁ・・・と苦笑いしつつ、ささやかな絆のようなものを感じる。
カーテンで仕切られ、みなベッドで横になって天井を見上げながら談話していたりするのも、どこかインターネットのような世界にみえてくる。

軽症な僕だから悠長な感慨にふけっていられるわけで、長期の人は大変だと思うけれども、合宿気分もあったりする。
合宿と違って、途中参加、中退のルームメイトがいるのは、病室ならではの、そこがまたささやかではかない絆になっているのかもしれない。

3度の食事のときは「このパン、おいしいなぁ」「カレーうどんや思うたら、普通のうどんかいな」「今晩は韓国料理か」(ここは「ちょうにち」病院なのだ)なんて会話が飛び交っている。
うまそうな会話が、よけいに空腹にこたえる。

僕は絶食・安静なので輸液だけで生かされている状態で、することは何もない。
ひまでひまでひまでひまで、どうしようもない。
輸液が1本200kcalで、1日4〜5本とりかえてはいても、基礎代謝量を割っている。このままでは、やせ細って行く一方ではないか。

いかん、ザウルスのキーボードを打つ力も、次第に・・・(笑)。
はやく釈放されて、「アルコール消毒と栄養補給」に突っ走りたいものだ。


O119

at 2005 12/17 08:21 編集

ヘソを殴られたような激痛で目が覚めてしまった。
あぁ、食あたりかな?と思うが、もどしも下しもしない。
そのうち、呼吸困難になってきた。爆弾が炸裂したような痛み。自爆テロ犯の気分だ。

いざというときゃキム先生!!と、かかりつけ病院に行こうと駅に向かったとたん、アパートの階段で腰がヘナヘナとくずれてしまった。なさけない話、119番して「病院指定の救急搬送」をしてもらったが、もしかしてこういうのを、タクシー代わりのけしからん納税者、というのだろうか。

処置室で、のたうちまわっている僕と目が合ったキム院長先生、「おや、これはこれは」と明るいあいさつ。先生の豪快な包容力いやされるんだけど、こちらは痙攣でふるえて、痛いんですトニカク・・・。

去年はカンピロバクター腸炎でお世話になったので、今年はサルモネラかもしれんね、と見当をつけて下さる。さすがに「来年はO157」と番組予告はされなかったが(笑)、食い意地が張っているやつだから、何かあれば食中毒だろう、と思われているかもしれない。

採血、レントゲン、CT、エコー、造影・・・と、たてつづけに検査また検査。この病院はてきぱきと仕事が早い。

検査は早くても診断は慎重なのか、結果はまだわからない。
薬らしい薬は何も投与されてないのに、かなり落ち着いてきた。
やはり、自宅で耐えているより安心だからかな?

一夜明けて「入院なんて、高校生以来かな」と思い起こしつつうつらうつらしていると、廊下を散歩する患者さん、「あー、雪つもってる〜」と、のどかな声をあげていた。
神戸の平地で、積雪は初めてだろうか。つもなら、奮い立つところなのに、皮肉な入院ではある。

ちょうど冬休みに入るころだから、ゆっくり静養と修理をするのも手ではあるけど・・・、ザウルスの電池がいつまで持つかわからんことだけが悩みの種である。



関同立

at 2005 12/15 23:51 編集

おおかたの予想に反して、動画で生中継された姉歯さんの参考人質疑。
誠実に話す姿は、ずいぶん好感度が上がったのではないだろうか。少なくとも、弁護士やジャーナリストら識者の評価は高かったようだ。

ここまで証拠が上がって、罪状が明らかになったからには、潔く「お詫びモード」と「暴露モード」に転身しよう、と腹をくくったのかもしれない。

さすがに被害者は納得できないだろうが、姉歯さんに要求できることは、賠償金ではなく「何もかも洗いざらい話してもらうこと」しかない。それで業界の膿を出せば、いくばくかの「社会的な償い」にはなるのではないかと思う。

国会を後にした姉歯さんの迷走行動は、数十台のパパラッチが追跡するタクシーから、今度は地下鉄に乗り継ぎ、結局たった一人で大都会をさまよう生け贄のような姿が哀れだった。
千葉の自宅は、門はあっても門扉さえない、つつましやかな庶民のマッチ箱である。
あぁ、組織の後ろ盾を失うと、みごとにノーガードの、「無力な無職おじさん」になってしまうのだな…と思い知らされた。

それにひきかえ、総研と木村建設、ヒューザーの組織的な悪態は、こっちこそ諸悪の根源ではないかと直観した国民は多いのではないだろうか。
これほど悪魔が居並ぶと、姉歯さんの罪はもちろん重いが、「弱い自分がいた」と吐露する姉歯さんの人間性には同情の余地が湧き起こってきそうだ。

年の瀬に世の中を震え上がらせる事件の数々の、別の背景に目が行ってしまうのが僕の悪いクセ。
総研のボス、京都の塾講師、放火NHK記者・・・と、それぞれの母校を見ていると、関関同立の中で、あぁ我が母校のOBだけいなくてよかった、なんと温厚な校風であることよ(笑)と胸をなでおろすのである。
もちろん、それぞれの大学は立派な学校で、文句をつけようというつもりはないし、偶然3つ出揃っただけだろう。

こんな中で、もし僕が暴発して総研本社に放火し、小嶋社長に斬りつけ、引退した木村社長につく介護ヘルパーにケアプラン偽装を指示したりすると、「報復三冠王」として時の人になったりするのだろうか?
そんな、アホな…


冬こそ味噌ラーメン

at 2005 12/14 23:10 編集

今年はガクンガクンと音をたてて季節が変わっているようだ。
「厳冬期」も、いきなりやってきた。
といっても、まばゆい日光はさんさんと降り注ぎ、空気はカラカラだから、服屋さんなど歩くと、すさまじい静電気が帯電しまくっている。

自宅にしょぼいストーブは稼働しているが、どうにも力不足な感じで、さっぱり暖まらない。
夏は風が通って快適な風呂場とトイレの窓が開きっぱなしなので、ドアの隙間から冷気が吹き込んでくるのが原因だ。
この狭い空間は、地上約10mの外と同じ条件になっているわけで、くやしいことに「できるだけ出かけたくない」自宅内の一部になっている。
トイレに入る、風呂に入るという感じではなく、トイレに出る、(露天)風呂に出る・・・という感じ。あぁ情けない。

まぁ、こうして建てつけの悪い部屋に暮らしているからこそ、自然に暑さ寒さには鈍感になって行くのだろう。
新妻の愛やら、「新婚さま向け物件」で甘美なノエルを過ごしている山の相棒から、強靭な耐寒能力!!とたたえられても、さっぱりうれしくないぞ(笑)。

ショック療法じゃないが、夜中に自転車を飛ばして買い物に出るというのは、身も心も引き締まる。
そsて、路地にふらりと入って、湯気で窓ガラスが曇っている地味なラーメン屋を発見・・・なんてパターンで絶品の味に出会ったりするのも、ささやかな冬の楽しみかな?

こんなドラマが、実際なかなかめったにないものだから、ラーメン探訪は、奥が深い一生の修行にさえ見えてくる。
ここぞ!という究極の店と、いつ出会えるのだろうか。


熟した先生の塾を!

at 2005 12/14 00:01 編集

塾の先生・・・
といっても、中身は大学生のあんちゃんが女子児童を殺してしまった事件は、ただただご冥福を祈るばかり。
下校途中の女児があいついで犠牲になっているだけに、この事件のせいで、カルロス・ヤギの存在感が霞んでしまうのも気が滅入る話だ。

あの大学生が、ただのロリコンだったのか、それとも生徒との関係を真剣に考えて、嫌われないよう必死に心を砕いていた末の暴走なのかはまだはっきりしないが、善意の果ての犯行だとすると、根は深い。

正社員講師だったら安全というものでもない。
なにしろ、公立学校の教諭の猥褻事件、懲戒免職も過去最多だし、国立大学の男性教員、女性教員と学生とのセクハラ騒動も続発しているぐらいだから。

そもそも、師弟関係はエロチックなものである、と神戸女学院大の内田樹教授も書いておられるぐらいだから、薄氷のような「一線」を超えてしまうことは、どんなパターンで起こっても不思議ではない。
道で声をかけてきた見知らぬお兄さんと一緒に遊びに行く女児などいないが、「塾の先生」というコロモをまとうと、密室で二人っきりになることもできるし、よこしまな男なら、もっともらしく強制することだってできてしまう。
自発的にか、無邪気にか、平気でひざに乗ってくる「12歳女児」もいるし、おそろしい媚態で迫ってくる(!?)女子中学生もいる。たぶん、もっと昔にも今も、先生の大人度を試すようなリトマス試験子(笑)はいると思う。
だから、同じような密室犯罪、密室セクハラ、密室虐待は、塾でなくても、子供を遊ばせるNPOやフリー・スクールの類でも大いに起こり得るし、すでに珍しい話ではない。

僕も、「リトマス試験子だらけ」の塾や予備校でずいぶん副業していたものだが、足を洗って10年もたつので、今どきの塾が何を売りに経営されているのか、小中学生や保護者が何を期待しているのか、よくわからない。
身もフタもない答えとしては、モチベーションを高めて成績を伸ばすこと、さらには「志望する上の学校に合格すること」が塾の役目で、「先生とのいい関係」など二の次ではないかと思う。
児童、生徒の心をつかむ先生!
というのがいてもいいが、別に心をつかまれるために塾に行く(笑)わけではないのだ。

生徒の「頭脳」より「心」をターゲットにしはじめると、限りなく性愛の世界とスレスレになってしまう。
だから、ふれてはならぬアンタッチャブルな世界にしてしまわず、先生の性愛観を正面から尋ねてみてもいいだろう。
ちゃんと自覚している先生はプロだと思うし、「変な気持ちなど、持つわけない!」と不自然な宣誓をする先生(変なシャレ)は、かえって怪しいのではないだろうか。

この事件が氷山の一角なのか、まれに起こる悲劇なのか、ともかく今あちこちの現場で疑惑の視線にさらされ、労務管理で絞めあげられ顧客採点で断罪されている大学生センセイ諸君のストレスをお見舞いする今日このごろ。
ま、がんばってね。



雪遊びの情熱

at 2005 12/12 21:27 編集

ひざまでもぐる雪と格闘しつつ、転げ下りてきたのがほんの半日前・・・とは信じられないほど、名残惜しい美しい信州だった。
パウダースノーもさわやか、鉱泉もさっぱり、渋滞もなし、スイスイ八ヶ岳の新雪トレッキング。いやー、冬はやはり雪にまみれてこそ楽しい。

疲れもほとんど残らず体調は上々で、帰宅してすぐ洗濯もすませ、夜中に「プライベート旅アルバム」に写真をアップ。さっそく山の相棒の「部下」から反響メールももらった。

もともとスキーを共に楽しむ仲間でもあったのに、肝心のスキーは、しばらくご一緒できていない。
別ルートで好き勝手に登る・・・というわけには行かない集団登山にくらべて、好き勝手にできるのがスキーという道楽で、つまり行動の自由度は大きいのに、それでもなかなか好みが合わない。

職種も世代も違う勤労者が、お互いの「多忙」の中身や密度を把握して、スケジュールを合わせるのは、とてつもない難題になっているようだ。
一体、なんでかね?
ただ、そばで様子を見ていないからか?

けさ、ふらっと出かけたロッジで相部屋になった、年金世代の紳士から、「一緒に滑ろう」とメールが届いた。
気楽に腰の上がる紳士は、見習いたいものだ。
結局、遊びでも仕事でも、情熱次第ということではないのかな。だれかに情熱を注入してもらうなんてことは、できないのだ。


夜景よりも銀世界

at 2005 12/11 18:44 編集

さぁ冬山へ!と荷造りしているところへ、電脳判事がルミナリエを見に着ているとかで、「会いましょー」電話をもらった。
三脚ないけど、シャッタースピードなんぼぐらいで撮れるやら・・・とか何とかカメラトークをかわした後、申し訳ないがオッサン二人のルミナリエ見物しているひまはないのだ。
ホリエモン運転カーで信州へ特攻出撃せねば!ま、こっちも野郎二匹の雪山遊びだが。

厚意に甘え、夜通し運転してもらって夜中のうちに茅野に着き、カチカチに凍りついた登山唐で仮眠。いよいよ白銀の北八ヶ岳へと挑んだ土曜日であった。
以後、またあらためて(もうすでに山から下りて大阪に着いているけど)。


留美、成江、わかったね?

at 2005 12/09 21:49 編集

元町で中華丼(ザウルスは偉い!チュウカドンで一発変換できる)を食っていたら、店員同士が

「なんで方向変わったんかねぇ」
「混み具合は一緒やろにねぇ」
「大丸が、トイレ借りるだけで使われてかなわんのとちゃう?」

てな雑談をしていた。

あぁそうか、ルミナリエのことか。
まだやっとるんかいな、壮大な電気の無駄遣い(笑)。

と、完全に醒めてもう何年もたつ僕は思うが、地元経済にとっては商機かもしれないから、この2週間だけは「晩飯屋満席」もがまんするしかない。

それにしても、不便である。
つがいの皆さん、OLのおねえさんたち、家族連れの皆さんは、わびしいおじさんがひっそり背中を丸めて晩飯を食っている定食屋ぐらいは、「聖域」としてそっとしておいてほしい(笑)。

はよ終わらんかなぁ・・・


ミスター・オーバースペック

at 2005 12/08 21:51 編集

山をなめている者同士で(笑)、無謀な計画を立てている。
専門店にアイゼンを買いに行くとき、店員ににらまれると困るので、金剛山に行くとでもごまかしときますわ〜と笑っていた登山隊員、さっそく昨日けっこういいアイゼンを買ってきたそうな。

一応、道具だけは一人前だが、どこかで「ハイカー気分の不埒な連中は、雪山なんか登るな」と説教されるかもしれない。
まぁ、根雪が数mにもなる厳冬期は行かないようにしているけれども、新雪をかぶって真っ白になったばかりの八ヶ岳は、やみつきになる世界。陶然となるほどに美しい。

命あっての道楽になるためには、ちゃんと訓練して、綿密な計画を立てて、万全の装備で行けという話になるのは、よくわかる。
けれど、山の店に並んでいる「ものすごい道具」は、一体だれがどこで使うのだろうと思うほど、モノモノしい。
あらためて、厳しい自然で人間を守ってくれる道具について考えさせられる。

中高年登山ブームはすっかり定着して、シルバー市場は用具メーカー、宿、旅行社の生命線になっている。そして、まるで店が歩いているような、ゴージャスなジジババ登山隊も見かけるようになった。

たしかに、買ったら使いたくなるのが人情で、もろい花崗岩質の六甲山を、アイゼンをはいてガシガシ歩くハイカーが、マスメディアでも問題になったものだ。
三角点さえない、ヒル・ウォーク程度のうちの裏山を、ダブル・ストックで歩いているあんちゃんもいた(Tarzanを読んでかぶれたか?)。

オーバー・スペックなのだ。

ハイテク防寒具を着て汗だくになっている登山者。
舗装道路しか走らないオフロード車や、マウンテンバイク。
五輪選手と同じ板をつけて狭いゲレンデでウェーデルンばかりやっているスキーヤー。
みんな過剰性能である。

こんなことを言い始めたら、そもそもこれほどの性能の車が、ちょい乗りに必要か?という話になってしまう。古い流行語に、「狭い日本そんなに急いでどこへ行く」というのもあったし。
パソコンも、携帯も、カメラもそうだ。

なんでも安くて高性能なのはありがたい話だが、ほんのひと昔前の性能の車やパソコンなど使おうとしたら、イライラするどころじゃすまないだろう。
カメラのピントを合わせるとか、ラジオのチューニングとか、冗談抜きでできなくなっている(いや、何それ?の世界かも)現代人もる。こわいなぁ。

ジムに行くとか、「大人のドリル」の類に頼るのではなく、心と体の両面を、性能アップしたいものである。
「人間の低性能化」は、教育現場にいるプロなら必ず実感しているはずだが、子供を嘆く大人たちだって、性能が低下していると思うのは僕だけではないはずだ。

いま話題の手抜きマンションも、値段と広さから見て「おかしい」と思わなかったのだろうか。
まだ人的被害はない今、もし税金で救済するとしたら、マンションだけでなく、ほかの耐久消費材の欠陥も、税金を消費者に払うことになるのだろうか。

こうして、だまされた人を救うのも緊急時には必要かもしれないが、だまされない人が増えて、怪しい消費財や怪しいプロフェッショナルが淘汰される世の中ができてほしい。


粕汁賛歌

at 2005 12/07 23:09 編集

きのう出勤電車から六甲山を眺めたら、たった900m少々の背山ながら、美しく雪化粧していた。
今年の冬の訪れは、順調でいい。

夜に、大家さん宅へ12月分の家賃を払いに行ったら、「石油をこぼしちゃいましてね」と苦笑しながら掃除にてんてこ舞いしておられた。
石油の匂いも、風情やなぁ・・・という感じ。

師走の家賃支払いで「今年も終わった気分」になる一方で、きのうはついに!待ちに待った!今シーズン初の!粕汁定食が出ていたので、昼食はその店へ速攻で吸い込まれてしまった。
うまい!
あぁ・・・至福のランチタイム。こちらは「いよいよ始まり気分」ちうところか。

お手軽な幸せやなぁと苦笑しつつも、うまいもんはうまい。
もう、粕汁中毒になりそうな今日このごろではある。


ヴィアイン

at 2005 12/06 22:45 編集

「あの建築士」が設計にかかわった物件というのが、なんでまた関西にまで・・・と思うほど、余波はこちらにも伝わってくる。
三田や姫路といった地方都市のビジネスホテルに、どういういきさつで「あの建築士」がかかわったのだろうか。

そして、「姫路のJR系ホテルが営業休止」というニュースを聞いて、あぁ、あの系列のか・・・と思っていたら、なんと先月泊まった新大阪の職場近くのホテルが、アウトになっていた。

幸か不幸か、寝ていても揺れて困るとか、きしむ音がする、なんてことはなかったが、ずいぶん格安だった。
まだ築年数は数年の新しい物件だが、よほど建設費も格安であがったのだろうか。

当の建築士は、国会にも出頭要請されているそうだがねぇ・・・
あの心臓の小嶋社長でさえ身の危険を感じて雲隠れするほどだから、建築士さんの心労が気がかりだ。

もちろん、ほとんど犯罪の被疑者だし確信犯でもあるご本人だが、妙にお見舞いしたくなってしまうから不思議。
どうか頭を脱いで、泣きべそもかいて、業界の闇を片っ端から暴露して懺悔してほしいものだ。



火入れ式

at 2005 12/05 23:07 編集

今日の出勤電車がいやに遅れていたので、神戸の西で事故でもあったのかと思いきや、はるか東の彼方の琵琶湖で大雪だったらしい。
きのう乗ったタクシーでも、小雨のマラソン中継のテレビを見ながら走っている運転手さん(あかんやろ!!)、「裏六甲は雪が積もっとるみたいでっせ」と、無線情報を知らせてくれた。

北区は、山を境に隣り合っている区なのに、あちらは山陰地方、こちら側は瀬戸内地方である。
雪が恋しい季節だからこそ、寒いなら降ってほしいし、「雪なし、ただ薄ら寒いだけ」は気が滅入る。「テレビ運転手」も冷や汗が出て困るけど。

瀬戸内気候とはいえ、寒いものは寒い。
部屋で吐く息が白くなったらスタート・・・と決めている暖房に、やっと着火。
やかんを乗せて、煮物をかけておいたり餅を焼いたり、ときにはトーストを焼いたり、炎を見ながらの冬の憩いのスペースはいいものだ。
餅さえなかなか焼けない火鉢も生家にあったので、そんなふるさとを彷彿とさせる、赤い炎。

職場では、寒い吹きさらしのベンチで、モクモクと喫煙タイムで憩う同僚や学生がいる。
つらいんだか楽しいのか疑問だが、火をともして集う気持ちは、わからなくもない。


Killing me softly

at 2005 12/04 22:54 編集

奥さんに、女性からの手紙だと疑われるとお困りでしょうから・・・
と思ったのか、姓だけの差し出し人から紙メールが届いた。

わしゃ一人暮らしですがな。
何年も会ってないから、「家族が増えているワきっと」と思われたのかね〜と苦笑しつつ、怪しい文面をチェック。
携帯の番号が書いてある。よければお電話下さい、と。怪しい。
かけたら怪しい業者かセミナーか教団か(あ、ぜんぶ同じか)につながって、番号も知られて連日のように勧誘電話が・・・
ちう可能性もありあり。

でも、そこは愚か者の性で、さっそくかけた(笑)。
普通につながって、「やぁお久しぶり」「では土曜日3時に」と、トントン拍子の即効で再会アポに結びつけて、無事に再会を楽しんできた。
「ところで、こんなセミナーがあるんだけど、来てみない?」
「健康に関心はないの?」
「あなたなら、宇宙の波動は感じるわよね」
てな話に、どこから導かれて行くかとヒヤヒヤしつつ(笑)。

でも、何もなかった。なーんや。
親切に電話で震災見舞いをかけてきてくれた元同級生のOLが、いつの間にか連鎖販売の入会勧誘モードになっていたこともあるから、この線を警戒したのだが。

三十路の悩みもいろいろあるようで、フムフムなるほどーがんばってますねー、ファイト一発マイレボリューション!!とエールを贈って別れてきたのだが、第二幕はこれからだ。

すっかり心を許したスケベ男(=僕)に、
「ところで、お金増やしたくないかしら?」
「今のあなたは、本当いるべきステージじゃない」
「あなたは、何星人?」
なんて話がささやかれるのも、時間の問題かもしれない(すでに星は聞かれたけど)。

イラサイマセ、イラサイマセ・・・
もう、「毒を食らわば皿まで」の度胸がついている。
第二幕は、水曜日と決定した。


マイ平成レボリューション

at 2005 12/05 00:39 編集

紅白歌合戦の視聴率低下をくい止めようと、スキウタ投票とかケータイ審査員とか、いろいろやっていた(ようだ)(らしい)のは知ってたが、結局だれが出るんだか、出ないんだか関心もなかった。

たまたま、「ユーミンと渡辺美里が初登場」というのがニュースになっていたので、驚くと同時にあきれてしまった。
20年昔を走ってるような感覚。
こんな紅白だから、そっぽを向かれるんやね。

去年だったかおととしだったか、中島みゆきのトンネル出演(?)で、少しは変わったかと思わせたものの、結局NHKの腹は番宣だったわけで、おまけにその番組は疑惑にまみれて「プロジェクトぺけ」になってしまった。

ユーミンはもう時代のBGMみたいな世界だから、今さらジャリタレや演歌歌手と横イチに並んで顔見せしなくてもいい。
でも渡辺美里こそ、三十路の崖っぷちで揺れている企業戦士女子部員に、「もっとがんばれ」と癒してくれる(笑)女神ではないか。

だから、せっかくの生放送を活かして、もう二度と出してもらえない覚悟で、マイ・レボリューションの替え歌をぶちまけてほしい。
受信料制度レボリューションとか、国民年金レボリューションとか。

ま、そうなると「私の変革」というより、「世間よ変われ」みたいな方向になってしまうから、芸能界を干されかねない。
歌姫でいつづけるためには、「変わるべきはあなた自身」ということにしておいて、革命歌を歌うわけには行かない。
のだろうか。



メディカル・テラス

at 2005 12/02 23:48 編集

いつも帰宅するとき歩いている歩道沿いに、凝った建て物が急ピッチで工事されてるなぁ・・・
と思っていたら、メディテラスという複合商業ビルだった。
で、いつの間にか開業していた。

庭先・おひざもとの「お店オープン情報」も、情報誌の方が詳しい。
中華街も、トア・ウェストも、北野も、ハーバーランドも。
観光ガイドブックも毎年改訂されているから、ときどき目を通すと「へー、5丁目にこんな店ができたのか」てなノリで、まるで異邦人になった気分でご近所探訪ができる。間抜けな住民である。

そんな風に、わが街を客観的にウォッチングできるのも楽しみだったりするのだが、それにしても異人館街に6年、中華街真北に引っ越して10年住んでいるのに、地元を知らないにも程がある(笑)。
「案内して」と言われると、あわてて『まっぷる』かなんかをチェックしたりしているありさまだから。

おまけに、メディテラスが「地中海のアパート」というコンセプトらしいが、キャー、おしゃれっ!!というノリとは無縁で、僕がこのネーミングから連想するのは、開業医の屋台村のような、メディカル・サロンのような医療施設であった。だって、アメリカの医療サービスにメディケア、メディケイドというのがあるから、こんな接頭語がつくと、つい「メディカル・・・」を連想するではないか。

こんなガン年齢の理屈っぽいオッサンは、最初からお呼びでない店なのかもしれないが…。


二件落着

at 2005 12/01 22:58 編集

昨日に続いて、今日で今年の「夜の仕事2連夜」が終わった。
福祉職を志願する大卒者ばかりのお客さまたちからは、気迫や「ご鞭撻」、おもしろい問いかけやメッセージもいただいて、なかなか楽しかった。

やっぱり、大人が仕事を終えてから勉強できる機会は絶対に必要だ!!と思いを新たにするのは、毎年の年末反省会で恒例になっている。

単に資格を取る目的からでなくても、「同僚」以外の仲間が増えるのはいいことだし、職場と家の往復以外に寄る場所があること自体、とても大事なことだと思う。
理想をいえば、「飲食店とスポーツ設備と音楽堂のついた学校」というのが最高かな。温泉もほしいおっちゃん学生や、動物たちがいてほしいという人間不信な女子学生も、いるかもしれないが、それもいい。検討しときましょう。

まぁ、そんな夜学はめったにないだろうが、ミニチュア版なら「学習塾」でできるのではないかなー?と、少し野望を持ったりもする。

世間には、「育てるべきは知・徳・体」という教育者もいるようだが、僕は、道徳や常識やルールを疑え!とけしかける社会学屋だから、徳なんか学校で教えなくていいと思う。
抹香くさい徳育より、美を愛する「ち・び・たい」のスクールなんてのがあってもいいだろうに・・・と思う。美大や音大というのではなくて。

そして、まぶたに浮かぶ学び舎とは、
携帯電話が鳴らない教室、
大声を張り上げなくても大教室の隅々まで肉声が届く静謐なアカデミック空間、
夜を徹して政治経済や恋愛やアートを論じあえる解放区・・・

あぁ、これは僕が通っていたころの、ほんのふた昔前までの大学ではないか。別に秀才ばかり進学してくるわけでもな、月並みな庶民私大だが。

私語や携帯や居眠りなど、「今どきの学生たちは・・・」というと時代の問題のように聞こえるけれど、時代がどうであれ、かなり個人的な能力差ではないかと思う。
僕と同年代のおっちゃん・おばちゃん学生ばかりの教室など、最高に真剣で、静謐で、気合いがみなぎっていた。女子短大で、だれも聞いてない講義をしなければいけないご同輩には、お見舞いするばかりだ。

学生時代の文化というのは、そのまま持って老いて行くものではないかとも思う。
だから、団塊の世代が団塊の酒席(笑)に臨んだりすると、70年安保闘争の乗りがよみがえって、アジったり(するだけ)、連帯したり(できないくせに)、あげく仲間を「総括」したり(ヒャー災難だ)するのではないだろうか。一度、のぞいてみたい気もするけど。

さて、あと20年たって、僕はどんな老若男女を相手に、何を語って仕事をしているだろうか。

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2005年11月の日記
参考人デスマッチ

at 2005 11/30 22:45 編集

いつもの定食屋前を通りかかったら、コードネーム八千草薫おばちゃんが「四季あるよー」と声をかけてくれたので、吸い込まれるように店に入り、15品目の四季定食730円なりをいただいてきた(うどんが品切れで貝だくさんな豚汁になっていたから、もっと彩り豊かだった)。

いい具合に満腹になったので、このまま帰って昼寝するか…と帰宅したころに、ちょうど国会中継をやっていた。
これがもう迫力満点で、大好きな昼寝も惜しんで、質疑終了まで見てしまった。

例の建築士さんは、「こわくて家から出られない」という理由で引きこもっているらしいから、イーホームズの藤田社長と、ヒューザー小嶋社長、木村建設社長と支店長が証人喚問を受けていた。

なんといっても主役は小嶋社長である。
数々の圧力やもみ消し工作を暴露されて、自分に不利になりそうな証言をするイーホームズへ、発言を遮って「バカヤロー!!」と恫喝するわ、国土交通省を叱り散らすわで、委員長に「感情的にならないように!」とたしなめられていた。

一方で、被害者救済にはしおらしく「全責任を負います」「倒れるなら前向きに倒れます」と、ペコペコ(前向きに倒れるって、なんじゃそりゃー!?と、議員の失笑を買っていた)。
しかしまぁ、よりによって国会の証人喚問で、ここまで人情パフォーマンスのできる逸材は、だからこそワイドショーで引っ張りだこなのだろう。
「サイキック」では、自家用ジェットヘリ所有、息抜きは銀座で豪遊・・・と身辺を暴露されていた小嶋社長は、それにしても大人物だ。

建築士は免許を取り消されると生業がパーだが、経営者は資格も免許もいらない。
だから、これで計画倒産となっても、すぐ別会社を立ち上げて、素知らぬ顔でローコスト・マンション販売業ができる。少なくとも、不可能ではない。
おそろしい話だが。

この疑獄事件の責任者は、設計者、施工者、販売業者、アホ役人みなそろって罪滅ぼし業務を立ち上げてほしい。
さしあたって、格安ハートフルな葬儀社、墓園経営というのはどうだろうか。
ジェットヘリで全国に葬祭サービスを出前して回る小嶋社長というのは、よけいにうさんくさいけど。


懲役より兵役

at 2005 11/29 21:18 編集

党内でも浮いた存在だったという西村真悟議員、キャラクターは、なかなか熱くておちゃめなので嫌いではないのだが、しょんぼりと出頭して行った。

「これは国策逮捕だ!」「口封じだ!」と言い捨てていたようだが、あのねぇ、あなたが言うことは、あなたが言うまでもなく皆わかっていること。「日本は核武装すべきだ」「首相は狙撃されるべき男」なんて力説していたんだから、そりゃ先手必勝の標的になるって。

100件もの非弁活動というのは、いかにも司法当局が逮捕のタイミングを計っていたんだろうなぁ・・・と思わせる違反件数だ。
最初に発覚した一件か二件の段階で「これでやめないと逮捕するよ」と警告されていなかったのだろうか。

しかし民主党のリーダーシップは頼りない。
党首の前原クンは、党の命取りになるような議員に対して、ガツンと言える心臓の持ち主には見えない。造反議員の首を次々に軌って行った小泉首相とは大違い。
このあたりは、コワモテ小沢一郎の方が適役だ。

党是がどうであれ、与党であれ野党であれ、手綱さばきのできない党首は、政党を崩壊させて行くのではないかいなと思う。刷新をアピールするリーダー若返りといったって、それだけではマスコット・キャラクターと同じだからねぇ。

さしあたって、西村さんは議員も弁護士も辞職して猛反省ポーズをとり、なんとか執行猶予判決をもらえば、新党を立ち上げて政界復帰する・・・というシナリオが考えられる。
いや、あのスピリットからすると、もしかして軍隊をつくるかもしれない。三島由紀夫みたいに。

そして、竹島に乗り込んだ勢いで、今度は東シナ海の海底油田に潜水するのではないか?あの人なら、極秘ルート(まさか、茂ちゃんコネクションではないだろうな)で潜水艦ぐらい調達してきそうだから、「回天2005艇長」となれる日は近い!!
そうなりゃテレビだって喜ぶんだから。


持ち家は大博打

at 2005 11/28 23:00 編集

欠陥設計マンション問題は、あちこちに飛び火して、ホテルも16カ所ほど営業できなくなっているそうな。
ホテルもマンション住人もお気の毒だが、ホテルになると、建設会社に引きずられて、連鎖倒産さえしかねない。ほんと、お気の毒な話だ。

「実は、*本木ヒルズも手を抜いてました」「○○地下街も崩れるよ」というような、もっとすごいホコロビが出てくるのではないだろうか。
マンションだけではない。飛行機の整備ミスも続発しているし、三菱の欠陥車は何人もん命を奪っているし、電車のATSも欠陥品だったりする。
もう、この世まるごと信じられません状態だ。

科学と技術と社会の関係に一般化して考えると(STSという研究分野がある)、医療なんかは目の前の命にかかわるテーマだから、一般国民も盲信せず、なんとか自分で判断しようとする(医者からすると、下駄をあずけない患者は厄介者だろうけど)。
素人なりに、「自分の体の不調は自分の感覚が教えてくれる」と思い込んでいたりするから。

それが、マイホームやマイカーとなると、設計者を全面的に信用してしまうのは不思議だ。
まぁ、たしかに素人判断は不可能に近いけれども。

「おかしいぞ」と思っても、うちの部屋だけ梁を多めに・・・というわけにも行かないから、そこが区分所有の宿命かもしれない。
だから、「区分借用」で通して、おかしくなったら引っ越せる身軽さを僕は選んでいるのだが、いざ倒壊したら、持ち家族の命も賃貸派の命も、同じ運命ではある。
ただローンだけが残る・・・という生き地獄は、持ち家族にとっては踏んだり蹴ったりだろう。

この点だけでも、姉歯の被害者さんたちには、税金を投入してでも救済してあげればいいと思う。
となると、頭金わずかで月々の返済額も少なくて、超長期ローンを組んでいる人と、頭金も返済額も多額でほとんど支払いがすんでいる人との「すでに住んで得た効用」は、けっこうな格差があるだろう。
もし買い戻しするならするで、これまた被害者の感情にはねじれが出てきそうで、お見舞いするばかりだ。


初雪を迎えに

at 2005 11/27 22:46 編集

またたく間の土曜日であった。
夜明け前に神戸を出て鳥取まで「助手席野郎」になり、登山開始。2時間で一気に標高差800mをかせいで、新雪まばゆい氷ノ山に立つことができた。

いい時期に、いい山へ誘ってくれた相棒ホリエモンに感謝するばかりだ。
下山では、ガクガク痙攣するほど太股筋を酷使したが、それでも一気に下って再び「助手席うたた寝野郎」になり、神戸へ運んでもらった。

八ヶ岳だと3時間で1300m。1時間で400m登る。日本の山の平均勾配だと、ほとんどこれが「マイ・ペース」になってきた。
まだペースを上げることもできるかもしれない・・・と思ったのは、帰宅して洗濯、炊事、アウトドア・アルバムへの画像アップロードを、その日のうちにやってしまったからでもある。
まだまだ余裕があったのかもしれない。

よーし、これで来月は中央道、走ってもらおか〜?
と鼻息を荒くしていたら、頼みのホリエモンが「ほんま、行くんすかー!?」と、あきれていた。
そやねー。新婚の若旦那を、遭難の危機にさらすのも罪な話かな。

それなら、今度はバックカントリー・スキーやってみっか?
というあたりで、なんとなく意気投合した二人だが、これはこれで「設備投資」が高くつくから、どっちにしてもキュートな奥様からは「そそのかさないでちょうだいっ!!」と反感を買いそうだ(笑)。

しかし、いやに効率的に山と後始末が片づいてしまった土曜日だったな。
今日も筋肉痛はなかったし。
よかった、よかった。


がんばれスポーツ・ガール

at 2005 11/26 23:05 編集

昨夜まとめて見ていたスポーツニュースは興奮した。
朝青龍を破った琴欧州をたたえて、土俵に舞う座布団の雨あられ。
九州場所が観客低迷していたらしいから、もしかすると「座布団飛ばしサクラ」が演出していた・・・のかも、かもしれないが、いやそんなことはないか。いい試合だったもの。

それより僕が落涙するほど感動したのは、オーストラリアでの体操女子世界選手権。
2回もあん馬から落ちてしまった大島杏子の18位というのは、順位だけみると「世界の壁は厚いです」でかたづけられそうな数字ではある。

けれど、初遠征で、2度も「落馬」しても、途中棄権せず、冷静に演技を続けた勇気はすばらしい。
リングサイド(というのか?)に戻るときの泣きそうな顔も、いじましくも美しいかったし、すべて演技を終えてしめくくるときの、「やりとげた」かのような表情もドラマチックだった。
ほんの短時間でも、一皮むけるのが目に見えてわかる。
いいねぇ、将来が楽しみで。

若いアスリートに一番頭が上がらないのは、ミシェル・ウィーのパットの瞬間に携帯を鳴らしてボギーにさせてしまった、間抜けなギャラリーだ!
んもー、バカヤローがいたものである。

アスリートの実力とは別に、観客の質も「世界観客権」をやらなきゃいかんね。スポーツ記者の投票か何かで。
人のことはともかく、せいぜい僕は、いいファンでいたいものだ。


初冬のファッション・チェック!!

at 2005 11/25 23:23 編集

ブレザーのカフスボタンが2つも落ちてしまっていたので、スペアを買いに行くと、あるわあるわ似たようなボタンが・・・!
おぼろげな「見覚え」をたよりに、とりあえずワンセット買って帰って確かめてみると、なんとかセーフ。
たかが飾りのボタンに、なにかと維持費のかかるのもうっとうしいが、これもサラリーマンの宿命だろうか。

維持費がかかりそう・・・といえば、ウールのコートもそうだ。虫食いには遭わないよう、1年を通して気を遣う。
面倒だなぁ・・・と思いつつも、季節がら、今年は16年ぶりに新調してみるか、とう気分でいたところに、目にはとまってしまったのが、アンゴラ・ウールの七分コート、投げ売り価格の1万円!!
負けしまった。いや、激しくあちらが負けて出てくれているもんだから、仲良く負けてしまった。

となりにあったカシミアなんか、8万円が3万円になっていて食指が動いたが、中途半端に高い感じもして思いとどまった。
実際、とてもコートなしでは外を歩けないような極寒の日なんて、瀬戸内気候の温暖な神戸では正味1カ月もあるかどうかだし、また外歩きの仕事でもない。

ウォームビズ賛成とはいっても、そもそも年々暖かくなっているから、ごく軽く暖房して、あとはセーターで充分ではないかと思う。
夏のクール・ビズのとばっちりで売り上げ激減のストッキング業界は、タイツで挽回しょうとしているそうだが、ブーツが大はやりのようだ。
どっちにしろ、暖房軽減の効果があるなら大歓迎だが、しかしあのブーツといしろもの、水虫が新たな乙女の悩みになっているとも聞くし、ゴミとか石が入ったら大変だねー・・・と、お見舞いするばかり。カメムシでも入ったしまったら大変だ。

やはり、冬も「アウトドア・テイスト」が最も機能的で、気を遣わないでいし、ジェンダーフリーも気楽ではないかと思う。
ワーキングブーツやパーカをかっこよく着こなしている乙女なんて、ほれぼれするほどかっっこいいし。

アウトドア・テイストというわけでもないだろうが、スーツにリュックという変てこなビジネスマンは、まだまだ絶滅しない。なんかスーツにスニーカーという「体育教師スタイル」に通じるようで、僕は見るだけで恥ずかしいのだが、俳優かだれかがはやらせたスタイルなのだろうか。あんなスタイルの良さは、さっぱりわからない。
バシッと調和のとれたスーツ・スタイルで行くか、潔く山男スタイルで開き直るか、日本男児は腹をくくればどうかと思うのだが。


フィンランドヤネン

at 2005 11/24 22:26 編集

シベリウスの組曲にちなんだ(のか?)フィンランディア・レーベルに、鋭敏に反応するようになってしまった。音楽は聴覚芸術なのに、視覚も嗅覚も感度アップしつつあるのだ。

兆候としては、「○○○ネン」という名前に、ついピクリ。
きのう中古屋で発掘・・・というか、浮かび上がって見えたのを「救出」してきたのは、新進のチェリスト、マルコ・ユロネンとピアノのマウッティ・ラウティオのデュエット・アルバム。

スラブ音楽をメインに、最後はピアソラで締めくくる構成は、なかなか聞きごたえがあった。
「南米を北欧にアレンジ」したといえばいいのか、旋律に覚えがなければ原曲がタンゴとは気づかないほど、自分の音楽にしている。お見事。

マウッティ・ラウティオは、シベリウス音楽院で、舘野泉さんに師事したという解説が書いてあった。
片手の名ピアニスト舘野泉さんん名声は、恥ずかしながら僕は最近知ったのだが、そうか・・・こんなところで、日本にご縁があったのか。

ついでに、並んでいた輸入盤に嗅覚が反応した。
リイサ・マトヴァイネンという演奏者らしいが、裏ジャケットを見ると10人ほどのグループで、だれがご本人だか、わからない。
みなさんフィンランドの民族楽器をかかえて、ほほえんでいる。

なんはともあれ、聴いてみましょー!!
というわけで、針を落とす・・・なんて古いが、そんな気分になるほど、アンティークな音色が聞こえてきた。ケルト音楽に近いが、チベット民謡の響きもあるぞ。

ライナーノーツなんかないし、歌は全部フィンランド語だから、内容はさっぱりわからん。タイトルぐらいは、殊勝にも持っているFinnish-Englishの辞書で調べられるけれど、これは奥の深い音楽世界だなーと思うことしきり。
夏川りみの沖縄弁のアルバムが、歌詞がさっぱりわからんながらも心に響いた感覚に、ちょっと近いかもしれない。

さて、これからトーベ・ヤンソンの短編小説世界に入ってみよう。
しばらく、フィンランドから目が離せない。


チームQちゃんあと50年

at 2005 11/23 17:10 編集

タイミングがずれたが、「チームQちゃん」、よくやった!
いやはや、おみごと。あっぱれ。
前の日に、小出監督が例によって一杯ひっかけた調子で(笑)「明日は優勝ですよ優勝!復活!」と笑っていたのを、眉唾で見ていた「チームOちゃん」監督の不肖・ワタクシは、猛反省するばかりだ。

関係ない僕が猛反省するほどなら、Qちゃんをアテネに行かせなかった日本陸連は、面目まるつぶれだろう。
野口みずきが優勝したからよかったものの、もう少し利口な布陣で臨んだら、金・銀・銅を大和撫子が独占していたかもしれない(札幌五輪の感動再燃だ)。

これで、日本陸連のじいさまどもは、おとなしく丸刈りした頭をQちゃんに垂れて、未来志向でマラソン強化に取り組んでいただきたい。
たとえば、「人生はマラソンです熟女ランナー」の編成。
有森さん復活、増田明美も(スポーツキャスターの方が稼げるワなんて言ってないで)復活、松野明美も滑りっぱなしの芸能界をリタイアして復活。
どなたも、まだまだ走れそうではないか。

スポーツ界は、熟女に活躍してもらうのがいい。
フィギュアスケートや女子体操を追っかける男どもといえば、ちょっと危ない感じもするが、その母親世代の競技というのは、覗き見てはいけないような、でも、チラリとだけ見てみたいような気もする。この「含羞の味」というのが、いずれ禁断の蜜の味へと(笑)熟成されて行くだろう。

女子柔道(婦人柔道)なんか、壮絶になるかもしれない。
「お前のだんな出世しやがって!」とか、「これで勝利すれば、わたしゃマイホームローン完済するんだ!」とか、所帯じみたファイトがぶつかりあう。解説も妙に経済的になったりする。
ついに、ボキッ!!と、すごい音が聞こえたりして(笑)。

歌謡界が、「都はるみを聴く中高生」とまでは広がらないのに、中高生時代から聴き続けてアラマァ四十台・・・という松田聖子ファン、サザン応援団、ユーミン信者、中島みゆき信者etcetcが支えているのと同じ構図へと、スポーツ界も変わって行くと思う。

それこそ、生涯スポーツ=要介護予防=生涯現役社会構想と結びついて、世界一の健康長寿社会を実現できるのではないだろうか。厚生労働省も、旗振りしてほしいものだ。
「お年寄り=ゲートボール」の発想はやめて、かといっていきなりマラソンは危ないから、とりあえず「銀世界と温泉ついでにスキー」で笑える中高年が増えればいいなぁ・・・と思う晩秋の今日このごろである。


豊かな海づくり大会

at 2005 11/22 19:58 編集

なにかと不祥事続きのNHKで、
「豊かな海づくり大会(今年は)神奈川大会」
という催しを中継していた。

第十八長介丸とか、水産高校実習船とか、釣り舟つれたか丸・・・という具合に、漁業関係の船が、鼓笛隊の演奏するマーチに乗って、海を行進(航行?)して行くのである。
自衛隊の観閲式の水産版というところかな?
なんとまぁ、こんな催しがあるとは知らなんだ。
それに、これが都道府県持ち回り行事であることも知らなかった。海の日生まれとしては、恥ずかしい限り。

ご臨席あそばされた天皇皇后両陛下から、アワビとサザエの稚貝贈呈。続いて、マアナゴ、マコガレイ、マダイ、ホシガレイの稚魚御放流。これが、厳かな公式行事である。すばらしく、厳かに食欲をそそるではないか(笑)。

こういうマイナーな行事の生中継は、水産関係者しか見ないだろうから、視聴率はほとんど期待できない。
だからこそ、NHKでしか見られないレアな番組ではある。もし、同じ時間帯に学生スポーツの全国大会なんてやってたら、「いったいNHKなに考えてんだか!」と袋叩きに遭うに違いない。

新嘗祭のような農耕神事は、国民みな知っている皇室行事として有名だろうけど、この調子で行くと、畜産業や林業の行事もあるに違いない。
牛さん豚さんの行進とか、きこりの昇り降りとか・・・。
ぜひ、やってほしい。行事も大々的に、中継も粛々と。

消防、警察、自衛隊、海上保安庁なんかのお披露目行事は、一部のマニヤさまが追っかけていて、「今月の婦警さん」コーナーのある雑誌まで出ている(知っているお前こそ・・・と突っ込まれても困るが)。

すでに、クルーザーや客船はファンが多いが、水産関係の船なんかも、これから最先端のおマニヤ・アイテムになって行くかもしれない。
一瞬みただけで総トン数何トンかわかるとか、取り舵何度とっているか言い当てるとか・・・。
船舶免許や航海士、機関士のような、国土交通省管轄の資格とは別に、いかにもオタク濃度を測るような検定試験もあればいい。イカロス社あたり主催で。

陸も海も空も、陰の主役はオタクなのである。
「表の主役」からすると、パーツは盗むは、とんでもない場所にウロチョロするわで迷惑な存在かもしれないが、大目に見てやっていただきたいものだ。


出会い系ハイキング第二弾

at 2005 11/21 17:45 編集

前の日曜日に歩いて日が暮れたコースを、逆にたどってきた。
今度は、ヘッドランプに雨具に防寒着もばっちり、ついでに鉄の三脚やらハッセルやらを40リッターのアタックザックにつめると、もう涙が出るほど重い。山道に入ってすぐ汗がにじみ出る。
ふだん手ぶらで歩いている散歩コースで、荷役仕事をしているような気分だ。もう、イヤッ!!(笑)

ヒーヒー、ハーハーいいつつ、山上の公園にたどりついた。
パブロフの犬と化した僕は、お茶屋のタコ焼きに直行。

この店では、タコ焼きのとなりに、おでんもグツグツ煮ていて(煮られていて・・・というのは変か)、きのうは寒かったせいか、おでんが大人気だった。
でも、「犬」はタコ焼き。

たまたま、僕の向かいでは、おばちゃん二人連れが、おでんにぱくついていた。

「ほっれ、この厚揚げ本格派やわ食べてみ食べてみ。揚げるとこ見てたけど、ええ豆腐ちゃんと仕入れてるはずやで」
「ほんま、おいしいなー。うちも昔は豆腐屋で買うてたけど、今は石橋のスーパーばっかしやわ」
「スーパーのんは、あかんな」
「そやなー。ほんま、これおいしいな。ニガリの味するで」

てな調子で、豆腐ネタで15分おしゃべりしていた。
皿を返しがてら、店のおかみさんに
「豆腐、特別に仕入れてますのん?ほうでっか・・・やっぱり、おいしい思たわ。ごっそさん!」
と声をかけていた。

そして、どっこらしょっとリュックを背負って歩いて行った。
驚いた。
座っている姿は、おばちゃん商店街で買ったおばちゃんファッションで決まっているおばちゃんだったが、もしかして、ふもとから歩いてきた猛者だったのかもしれない。

偉大なり、おばちゃんハイカー!!
・・・と、パワーをもらった日曜ハイキングであった。
京都のように、ごったがえすこともなく紅葉を鑑賞できるし、標高を上げれば、もうしばらく楽しめるかな?


姉歯さんスカウト!

at 2005 11/20 21:53 編集

あの「手抜き建築士」が設計したマンションの入居者は、さぞかし不安な暮らしを強いられているだろうと、お見舞いするばかり。
京王グループのホテルなんか、営業ストップするはめになって、このクラスの損害賠償はもう、資格剥奪された建築士個人では不可能だろう。

やり手の建築士なら、人生の残りをかけて数十億円ぐらいの売り上げは出せるだろうから、あの渦中の人物には「特殊建築士」の資格を与えて、どんどん仕事をしてもらう。
・・・というわけには行かない。
いっそ、「素人に設計させた木造8階建て刑務所」にでも収監されて、スリルを味わう刑を受けてもらうか?

でも、コスト削減、工期短縮のプレッシャーもわからなくもない。
病気を治すヒマもないほど過労気味の建築士さんが身内にいるから、業界全体がリスキーな風潮に感染しているような感じではないのだろうか。なんだか、JRの事故を思い出すぞ。

それに、民放では袋叩きになっていた疑惑の建築士の言い訳というのは、あんがい傾聴に値すると僕は思う。
「最初にチェックで指摘されていたらやってないのに、パスしちゃった」
「検査するのも民間会社だから、委託している国にも責任がある」
なるほど、ナルホド・・・のご意見である。

業界内部で民間会社同士がお互いを検査しあう体制なんて、談合体質と紙一重ではないのだろうか。
と、業界の闇に光があたることになったなら、あの建築士は1級剥奪らしいから、かわりに「名誉建築士」ぐらいにしてあげたらいい。またはNPO建築Gメンの顧問とか。

やっちゃならんことをやっちゃたプロは、葬り去るとカタルシスになるのかもしれんが、この前科を活かさない手はない。
「破れかぶれで全部しゃべるぞ!」という弾みがつくのが楽しみではないか。
「実は首相*邸も、帝*ホテルも、*本木ヒルズも手抜きだよ」という話は、出てほしくないような、出てほしいような、出るべきのような出ない方がいいような・・・

司法取引じゃないが、ほかに知っている手抜き設計施工があれば洗いざらい吐いてもらって、その代わり刑事罰と資格取り消しのどっちかを免除するとか、もっとかしこい「罪人の活用法」を考えればどうかとも思う。

そうか!
つまり、業界に「こいつがつかまって吐かれたら全滅だから、かばいましょう隠しましょう守りましょう」の空気があって、不正がなかなか表面化しないのだ。

と考えることもできる。
中高生で、同級生の喫煙をチクるやつがいたら、共犯者にしてしまうのと同じ構図だな。
それじゃー芸能界の***汚染も、同じかな?


サニー電機?

at 2005 11/19 22:58 編集

サンヨーが、「総合家電メーカー」をやめるそうだ。
ちと、寂しいねぇ。
といっても、そういえばサンヨー製品は持ってない。
関西の家電メーカーとして、親近感をあれど、案外その製品の浸透率は、僕の暮らしについてはゼロに近い。

往年のBCLブームのときは、パルサー8700がポップなデザインで好きだったのだが、実際に買うのは松下やソニーになってしまう。
決して低性能なものを作っているわけではないだろうに、このあたりのブランド・イメージは損しているようだ。
そもそも家電業界は、本当にトレンドを読むのが難しいと思う。
白もの家電は、今さらヒット商品でもないだろうし・・・。

ところが今、ソニーも危ない。
ブラウン管にこだわって薄型テレビ業界に乗り出すのが遅れたとか、いろいろ批判はされているようだが、素人の僕には苦戦の原因はよくわからない。ブランド・イメージにあぐらをかいていたのだろうか。

僕がさっぱり買ってなかったメーカーと、一番「ブランド買い」していたメーカーがともに大リストラを迫られている。
案外、地味〜に「丈夫で長持ち」なものをコツコツ作り続けているメーカーが強いのかもしれない。
んー、やはり、♪明るいナショナル、みんなうち中、なんでもナショナル〜なのだろうか?


ラーメン紅白戦

at 2005 11/18 18:45 編集

うどん、ソバは夏でも食べるのに、ラーメンは「夏以外限定」だ。冬眠に備えて、体が脂肪を求めるせいだろうか。

ラーメンマニアは、「美味しんぼ」の乗りで金に糸目をつけず全国津々浦々を巡って、味を追求しているようだが、高くてうまいものは当たり前だ。
だから僕は「この安さでこの味!?」という方に行く。

最近shop99ばかり寄っていて、なじみの百均へ御無沙汰していたので「顔つなぎ」しに行くと、生麺鍋焼きの味噌煮込みうどんも、カレーうどんも、健在だった。これはうれしい。

簡単な煮炊きでもする手間がかかる生麺タイプより、カップラーメンの方が湯を入れるだけだから簡単でいいやと思う消費者は多いと思う。実際、具をふりかけて湯を注ぐ時間だけとれば、あと3分間は別の用事をしていればいいわけだし。

でも、百均にカップラーメンと同額で並ぶ鍋焼きうどん&ラーメンは、手間ひま以上の値打ちがある!と思うのである。
よほどヒマなときは、麺を一度ゆがいて、スープも別に似て、ちょっと気の利いた具もたして調理したりするバリエーションも楽しめる。

とかなんとかいいつつ、ラ王より安いラーメン店なんかが近所にあるから、「180円でこのうまさ!!」と思うと、百均の鍋焼き麺も危うい。
「赤勝て白勝て」の気分である。


求むクールな暖房

at 2005 11/17 21:09 編集

あいさつで「お寒うなりまして」が決まり文句になる晩秋、ほんま一気に12月の陽気やなぁという感じ。
で、きのうから衣替えしたわけだが、電車も店も大げさに暖房しているもんだから、汗をかくと後々かえって冷える。

せっかくウォーム・ビズを呼びかけているんだから、「暖房法」かなんかで暖めすぎを禁止すればいいのにと思うが、そんな「上からのお達し」は拒絶反応もありそうだ。

それにしても、店員はシャツ1枚でいるからいいものの、いやシャツ1枚の店員の感覚で暖房温度を決めているとしか思えない店も多いから、外を歩く上着のままで入ると汗をかく。
上着預かりロッカーでもあれば気が利いているとも思うが、やそれなら最初から設定温度を下げてくれというのが正解だろう。

ウォームビズもクールビズも、僕が大昔から(笑)主張してきた「暮らしの知恵」だから、やっと世間がわかってきはじめたか・・・というのは、傲慢だろうか。

寒いけど雪不足でスキーができない冬や、
厚着とエアコン熱でよけい暑い夏
なんかは、だれも望まない季節だろうから、ちょっと考えなおしてみてもええんちゃう?と思う。

やはり、冬は寒くあってほしいねぇ・・・
とぼんやり思っていた昼下がりに、仲間から「来月、山に行きましょう!もちろんテント泊で」と気合いの入ったメール。
野郎二人で暖め合うってか?


衣替え

at 2005 11/16 21:59 編集

急に木枯らし1号のような寒風が吹きはじめたので、さすがにサマースーツでは寒い。
冬はヘリンボーンの灰色ジャケットと紺ブレを着まわしていて飽きてきたので、思い切って(というほど高額でもない)ダークスーツをそろえてみた。「吊るし」の上下セットで、珍しく袖を通しただけでジャストフィットだったので、即決。

考えてみれば、仕事にはあらたまった服を着ようとしなかったので(サマースーツさえ夏に着たことがなく、袖を通したのは10月になってからだ)、ダークスーツというのは気分からして息苦しい。

それに、中身がカゲロウのように薄いので、スーツを着れば金持ちに、普段着のアウトドアウェアでいればフーテンにと自由自在に(?)見られ方が違ってくるのがややこしい。
こんな薄いキャラクターの凡人にくらべれば、野球選手やサッカー選手のように、どんなスーツを着ても「体育会系!」をアピールできる強烈な個性は、たいしたもんだと思う(力士も、どうがんばっても変装不可能だろう)。

凡人が「服装効果」を実感するわかりやすい場面は、ネオン街を通るとき。普段着で自転車に乗っていたらまず声をかけてこない客引きが、スーツで歩いていたら10倍はもてもて(苦笑)。

どうせなら、こんないやなもて方より、本当にもてたいものだが、職場で会ったことしかな婦女子にオフで会ったとき、たいていガッカリされて(そりゃそうだろう、フーテン・スタイルだから)「スーツ姿がいい」などとワガママを言われる。
「では、スーツ姿で会ったら、速効で君のハ〜トはトロトロに溶けてくれるのか!?」と迫ると、そうはならないんだから、世の中うまく行かない。

だから、あえてスーツ姿でデートに臨んでいるカップルなど、不思議に思えてしかたないのだが(ボクシング観戦にでも行くのだろうか)、僕なんかは「ネクタイ=どこで首を絞められるかわからんリスキー・アイテム」と思い込んでいるので、スーツは避けたい。
やはり、僕にとってはスーツはファッションではなく、ただただ仕事着である。


16歳劇場

at 2005 11/15 23:01 編集

捜査員を「おまえ!」よばわりしたり、「そんな子はもません」とうそぶいたりするママ殺し女子高生がいるかと思えば、「ふられた劇場」で一人芝居していた男子高校生・・・。この国には、1億8000万人ぐらいの人格が住んどるんではないかとさえ思えてくる。

いっそ、あの男子高校生と女子高生がつきあえばどやろ?と不謹慎なことも考えてしまう。ブログを共同で立ち上げて、帝国だか宇宙だかを創っていたりして。

あの子はブログに観察日記つけてたらしいね・・・と雑談していたら、職場の「19歳女子」が、アクセントを治してくださった。
「おかき」と同じアクセントは間違いらしくて、あの「クラブー」と同じアクセントが正しいらしい。

いやはや、ティーンズの世界は、独特の符牒が流通しているようで難しい。
もしかすると、これは、仲間に入れてちょ!と迎合する大人と、毅然と黙認する大人とを識別するリトマス試験紙である!
などとむつかしくとらえて、対決の構えをとるのがワタクシだ。
こんなおっさんがいるから、地下世界に潜む子が出てくるのかな?


里山の晩秋

at 2005 11/14 22:13 編集

どんより曇って、いい具合に冷え込んできた日曜の午後に、腰が上がって、心ははや裏山へ。
もう、白いつえをついても歩けそうな散歩道だ。
錦秋の秋というには程遠いしょぼい裏山だが、途中で紅葉と黄葉と緑が一緒についている枝が落ちていた。拾って帰ろうかと思いつつ、写真を撮ったら忘れてしまった。

さらに40分ほど登ると、中年ご夫婦が木をたぐりよせて何やら作業をしている。
「何か採れまんの?」と尋ねたら、おとっつぁんが「ほれ、クコの実。小さい頃よう食べたわ。懐しいてな」と、手のひらに4粒、差し出してくれた。

ひと粒いただいて渋い甘みを噛みしめ、礼を告げて山寺への道を登って行く。そやねー、ザクロやイチヂク、アケビなんかをよく見つけて食べてましたよね、ご同輩!・・・

山寺はパスして、終点の公園へ。
池のボートも引き揚げて、もうすっかり冬支度に入っている。いつものタコ焼き屋に寄って「4時のおやつ」タイムとする。
すると、定価400円のところ、おばちゃんが「すんまへんな、今日は300円分しかおましまへんねん」と申し訳なさそうに言う。「300円分」というのが、いい。
その最後の端切れのような6個ほどに、その代わりソースをドボドボ塗ってくれた(笑)。

腹ごしらえをして、さて夕暮れも迫ってきたし、新神戸駅をめざすか、と猛速下山。
ほとんど走るようなスピードだったが、途中で日が暮れてしまった。よりによって、こんなときに限って、ヘッドランプを持ってきてなかった。

まぁ、夜景を眺めながらの山道歩きも風流でええもんだ・・・と悠長に構えて、無事に下山。
集団でこんな状況になると、必ずそわそわ・びくびくパニクり始める隊員がいたりするもので、「日が暮れるの当たり前やろ。また朝になったら明るぅなるわい」となだめると、よけいにビビったりされる。
ナイトハイクでもやって、慣れておくのがいいかもしれない。
晩秋は無性にわびしいけどなぁ・・・


怨念税

at 2005 11/13 20:11 編集

神戸市職員の破産が増えている、と神戸新聞に載っていた。年間数十件程度だそうな。
年収が下がって、贅沢三昧な生活が破綻するのだと分析されていたのだが、下がった年収が、それでも平均800万円。下がって800万である!

定年まで雇用安泰で、民間のサラリーマンより5割も高給。
正午ジャストには、市役所近くの食堂では職員が「いただきます」しているし、7時閉館の市立図書館は、本当に7時に真っ暗になっている(笑)。

もう、こいつらを養うのがいやになるぞ、市民税を絞り取られている身としては。
お願いだから、無能クソ役人は、せいぜいサラ金地獄にでも堕ちて目を覚ましてくれればいい。
ついでに退職してくれれば、いったい何倍のパートを雇えることやら。

「市役所が終点」という、腹の底みえみえの地下鉄を走らせ(大阪でそんな市営地下鉄が走っていたら、爆破されまっせ)、神戸空港はもう、怒る気すら萎えてくる巨額のゼネコンびいきだし、市役所の豪華なことといったら、もう・・・。

ある大阪市民の美女(26歳)は、神戸市役所を見て、ついでに兵庫県庁を見て、兵庫県警本部も見て、その威容に「おかしい!!」「なんすかコリャ!!」「ありえねー!!」と絶句していたが(美女である)、それは正常な感覚だ。

ところが、絶句しないのだな、神戸市民は。ルミナリエだ夜景だとウルウルしていれば、市民税で養われている公僕がどんなに厚遇を受けて私腹を肥やしていても、「いいんじゃない〜?」とニコニコしている。

「公務員みんながみんなダメじゃないしー」という声は、必ず漏れ聞こえるものだが、あえていえば、「みんながみんな腐っているのです」と言うしかない。具体的なAさんBさんの問題ではなく、彼らを採用し人件費を投じている枠組み自体がおかしいからだ。

たとえば、800万もらっている先生(ちょうど40歳ぐらいだろう)が学習塾や予備校に転職したら、やって行けるだろうか。民間教育事業だと、あれやこれやの合格率が落ちても、不登校が出ても、首が飛ぶのである。

こんな公務員天国にメスを入れられるのは、やはり小泉行革なのかな。その点では応援したい気もするが。
日本国を根本的にダメにしている白血病みたいな存在が公務員制度だと僕は確信しているので、強力に退治して、たたき直して行ける権力は、やはりイケイケムードの与党でしかない。

腹立たしいが、だからこそ逃げてはいかんと思う。
怨嗟を込めて、市民税を払い続けよう。でないと、発言する資格がない。シアトルにでも移住して「いやー姉妹都市のKOBEはひどい市だったね」と言うのは恥さらしだから(去ったなら文句は言うまい)。

その意味で、憤り、闘い続ける大阪市民とは共闘できる同志だと思う。がんばろうではないか。
給与水準を民間レベルに近づけろ!公僕失格の公務員はクビ!

・・・と運動をやっていれば、なんとか審議会委員なんてのに任命されて、「会議手当て1回50万円」なんてことにならないかな?(裏切り者め!笑)。


スパッと行こか

at 2005 11/12 12:08 編集

スイカと提携しているイコカと、今度はピタパが提携することになって、ややこしいんだか、便利なんだか。
名前は、イカピ(酒のあて風)?・・・ピスカ(おしっこか?)・・・スカピ(おなら風)・・・?
「スピカ」も星空を連想させてろまんちっくだし、まったく新しく、ええい関西風で行ったれ「マァエエカ」となる可能性は、ない。

そもそもは、JRに対抗して関西の私鉄各社が提携してできたのが、ピタパだったのではないかな。
客を奪い合うより、便利になって全体で電車利用客が多くなればお互い得♪という理由で提携拡大するとしたら、とても正しい。
ライバルは、同業他社ではなく、マイカーなのだ。

切符が共通でシームレスになるなら、いっそ電車もがんがん相互乗り入れしたらどうかと思う。
軌道幅の違うJRや神戸電鉄は独自路線で行ってもらうとして、阪神、阪急、京阪、近鉄、南海の大手5社は、ぜひ色とりどりの相互乗り入れで、楽しく混乱させていただきたいものだ。

いや、すでに神戸市内では同じ線路、駅に阪神、阪急、山陽電車が乗り入れ合っていて普通の眺めになっているし、3社の電車が横3列に並んで停まる高速神戸駅の、あるポイント、ある時間は、「鉄ヲタの聖なる時空」になっている(らしい)。一石三鳥の撮影ができるとか・・・。

大阪で市営地下鉄と阪急が相互乗り入れてしているのに味をしめてか(?)、今度は神戸市営地下鉄と阪急がやってみましょう!という話もあるという。
長年の宿敵阪急に負けてられない阪神は、大阪ミナミにダイレクトに乗り入れてる近鉄とつながり「奈良まで行きまっせ」の構想も披露した。
阪急が京阪神を結んでいるとはいえ、奇妙な路線が災いして京都〜神戸の直通電車すら走らせられないから、奈良〜大阪〜姫路を直結できるなら、阪神は偉い。

いいぞ、もっとやれ!の乗りではあるけれど、あんまり入り乱れすぎて、山陽電車と阪急電車が阪急六甲駅で衝突した事故みたいなのも困るし、もちろん安全第一なのはいうまでもない。

安全を、といいつつ、乗り入れ拡大で僕がひそかに懸念している(期待ちゃうかと突っ込まれる覚悟で)のが、電車ジャックの出現。
ハイジャック、バスジャックはよくあるのに、電車ジャックというのは聞かない。でも、数年前にフライトシミュレーター・マニアが全日空機を乗っ取ったような動機が、鉄ヲタに芽生えないとはいえないはずだ。

いや、関口宏ジュニアがやっていたJR最長一筆書きは、「そうか、乗っ取ればこれだけできるんだ」とイケナイ鉄ちゃんの胸をふくらませたに違いない。
いざとなれば、鉄ヲタは、悪意も犯行の目的も見失ってしまう名人だから、身の代金の要求なんかどうでもよくなって、南海電車を乗っ取って土佐くろしお鉄道までつないで走らせてみせるとか、ウルトラC難度の相互乗り入れに挑もうとするだろう。

そういうのは、「犯罪イケマセン」といわねばならないが、しかし、しかし、人的な被害がなければ・・・一度だけなら・・・みごと成功するなら・・・いや、やはりイケマセンというしかないのがつらい(んだか・・・?)。
もしかすると、鉄人・上北沢暗室クンが「あそこのポイントさえ突破すれば行けるはず」と、火に油を注ぐような書き込みをしてくれそうで、それもこわい(・・・んだか?)。


からくり三脚

at 2005 11/11 19:51 編集

再出撃して行った八百富で、あっと驚く三脚の謎が解けた。
うなってしまった。
いやはや、さすがイタリア製というか、なんというか・・・こんな発想の三脚なんて、「横並び」で固まっている日本のメーカーからは出てこないな。

僕の1kgクラスの「軽快三脚」ポジションには、すでにカルマンのマジック1という1万円ちょいの安物があって、それなりに活用しているから、あっと驚く三脚のつけ入る隙はない。こいつは畳むと平たい板のようになって、厚さは三脚の足1本分。
この変態ぶりは、よくわからんが「さすがドイツ製」と称賛しておこう(引き出しに入ります・・・と店員はすすめてくれたけど、引き出しに三脚いれまっかいな)。
日本軍は、こういうおもしろい国々と「三脚」を組んで世界を相手に戦っていたんだから、足並なんか合うわけがないわな。

「変わりダネ三脚」枠が埋まっていたので、三脚はやめて、露出計を発掘して買ってきた。ライカメーター・・・と行きたいところだが、フォクトレンダーのクリップ・オン・タイプが半額ほどだったので、。

こんなものこそ、CdSと簡単なトランジスタ回路で手作りできそうな気もするが、そこは気分で・・・のフォクトレンダーだ。
さぁ、これでライカM4だろうとM3だろうと、安心して露出を決められるぞ。

ということは、いまだに「人間露出計」の測光能力が身についていないということだから、デジカメや使い捨てカメラを笑うことなんか、できないのだ。
修行せねばっ!!


カメラテレパシー

at 2005 11/10 23:38 編集

行きつけの八百富写真機店で、摩訶不思議なイタリア製の三脚を見つけて、安いから買おうかな?という気になったものの、ゆるめ方がわからないので店員に聞いたら、売る側もわかってなかった(笑)。二人してカラクリと格闘して、やはりわからない。

すんません、ベテランが今日は休みで・・・ということで、「継続審議」になった。まぁ、いいか。一所に格闘してくれるだけでも付加価値という感じ。

30cm横のカウンターでは、地味ーな姿の女の子(推定短大1年生)が、一眼レフを買いに来ていた。そういえば、僕が来店したときには、ぢっとショーウィンドーを見つめていたっけ。

百戦錬磨の浪速の商人もなかなか好みをつかみかねるタイプ
なのは、すぐわかった。「軽いの」「かわいいの」がいいの、という自然なカメラガールだ。

ふと、後ろにいた別の客(推定68歳)と目が合って、「苦労してるご様子ですな、ご両人」てな目線メッセージが交わされた。
心温まるテレパシーであった(笑)。

少女は、店員がいくつか見つくろったペンタックスMEとMGあたりを比較していたから、どちらかで手を打ったのかもしれない。
まぁ、こうしてマイ・ファースト・カメラと出会って、はまって、浮気して、戻って・・・というカメラとの結婚生活が続くものだろう(ハーレムを築くバカ野郎もいる)。
短大生も、がんばっていただきたい。

それにしては、独断でパートナーを選ぶのは、勇気がいることかもしれない。なにか案内本でも目を通していればリスクは減らせるかもしれない。

いきなり「かわいいかめら」を衝動買いしたあかつきには、
「ファインダーを見たら、ボケボケです。故障してるみたいなの」
「フォーカスリングを回してピント合わせてますか?」
「フォーカス、ピント・・・何なのそれ?」
てなほほえましい会話も楽しめるかもしれないが・・・。

水先案内人のワタクシに一言かけてくれたら(そんなことは絶対ないと思うが)、相手の好みや性格や予算をよーくうかがって、結局「これにしとき」とおしつけるだろう(少女の都合なんか意に介さない)。

電池がなくても働くカメラ!

「これに、しとき」とおしつけて一件落着、いや千件でも落着させるぞ。
デジカメ時代だからこそ、デジカメにできなくてフィルムカメラに残された芸は、そこだけではないか。
「電池いらず、電池いらず・・・」と、僕は電圧マックスでテレパシーを発信して店を後にしたのであった。


ダイエー・アウトドア追悼

at 2005 11/09 22:55 編集

そういえば、日に日にダイエー・ハーバーランド店の閉鎖が近づいているのだった。
運命の日は、30日。

ここは、スーパーのくせにアウトドア用品がずらりと並んで、僕もずいぶん買い物をしてきた。
サティやイトーヨーカドーと違って、ダイエーはジーニングライフの専門家、ヘビーデューティーの専門家を70年代からかかえていたらしく、けっこうまともなものを扱っていた。

それが、「全品半額」の貼り紙パワーで、コールマンの品々なんかは真っ先に空っぽ。
今はもう、残骸のようなグッズしか残っていない。明るい廃墟を見るようで、しみじみ寂しい。

普通のダイエーの、ゆうに2倍はありそうな敷地面積のビルに5フロアを借りていた店が撤退するのだ。ひとごとながら、地域全体の冷え込みが心配になる。
撤退後の引き継ぎ手が見つかっていないそうだから、廃墟のようなビルがどーんと建ったままだと、向かいの阪急百貨店が「うちに客いただき」とはならないほど、この界隈がさびれて行く可能性まで心配されている。

流通不況とか、店舗の破壊と創造だとか、今に始まったことではないものの、それにしても物売りは難しい。
マイカー客を狙えばいいのか、ニューファミリーを狙えばいのか、中高年に優しい店でないといけないのか、ターゲットも定めにくいだろう。

店を減らすのが至上命令みたいだから、僕が妙に好きだった「ダイエー・アウトドア」の復活は望み薄だが、大事に長く使い続けるのがダイエー・グッズの供養になるのかな?
ダイエー・グッズといっても、サロモンのロング&ショートスキーも、シエラデザインのマウンテンパーカも、コールマンのバッグも、どれも質のいいものばかりだから(そのくせどれも半額ほどで買えるから、だからダイエーさまさまなのだ)、この質と値段のうれしいアンバランスは、つくづく別れ難い。

ことアウトドア・グッズについては、「より良いものを、より安く」のダイエー魂はちゃんと守られていたし、中内さんのご冥福を謹んで祈りたいと思う。


追悼 本田美奈子

at 2005 11/08 21:39 編集

ひょいと電脳判事から電話で呼び出しがあって、出廷してまいった。
ファミレスで、弾まない電脳談義をまったり。

「うちのマシンは、メモリー128しかないねん」
「なんじゃそりゃ。終わっとる」
「デジタル一眼より、やっぱりフィルム一眼が好きやなぁ」
「フンッ、終わっとる」
とまぁ、剣もホロロに裁かれる(笑)。

かつてカメラ小僧をしていた判事クン、同い年の本田美奈子の訃報に話が飛ぶと、懐しそうに小僧時代をふりかえっていた。

本田美奈子、井森美幸、1つ上の小泉今日子、渡辺美里あたりが、我々のアイドルだった加茂・・・いや、一緒にしてくれるな!と言われれば、それもそうだ、わしらは石川ひとみにキャンディーズ世代ですばい!ということになる。

このへんの追っかけ相手で、世代の分かれ目になったりするのだが、音楽を糸口にした世代文化論はよくあるから、我々おマニヤさまは、「サンニッパ」「白レンズ」「ゴーヨンゴ」なんて符牒で盛り上がったり、遠くを見る目になったり、打ちのめされたりする。
今のデジカメ世代だと、たとえば「300mmf2.8」というレンズの、うむをいわせない威光も、ぴんとこないだろう。時代の流れとはいえ、少し寂しい。

電脳判事によると、デジタル一眼でいう画角45度あたりの焦点距離は28mmぐらいらしいのだが、この数値も、画像素子の対角線長によって変わってくる。
1/3インチだ2/3インチだと各社が勝手なサイズのデジタルSLRを乱造しているから、「ライカ判で50mm」をたたきこまれた世代としては、逆にぴんとこない。

それなら、
ついて行けない→古い頭は置き去り
になるのかと思いきや、結局のところデジタル静止画記録素子はライカ判サイズに近づいてきたことはEOS5デジタルで明らかになった。

とすると、「28mm=標準」で頭を切り替えて苦労させられた「デジタル飛びつき世代」は、また50mmを中心にした交換レンズ・システムに戻されて、再びワンセット買わされることになるよな?と僕は被告席で断末魔のつぶやきをもらして、ええぃ黙れ黙れクラシック頭め!と判事の冷ややかな蔑笑を返されてしまった。

デジカメ5台、カメラつき携帯2個を使い、フィルムもデジカメも両方使い分けている僕は、なぜかガチガチのアナログ人間、右翼カメラ男、カメラ保守主義者・・・のように見られる。
まぁそう演技しているせいもあるが、心外で不本意でショッキングで、案外楽しい。

アナログは終わった「ことにしている」最先端人間にしてみれば、僕のようなのは「ほんまに、そうかぁ〜?」とささやく厭味な亡霊なのだろう。時代の最先端を走るために断ち切ろうとしているもの、断ち切れないもの、葬ったものが、あぶり出されてくるのだ。
リトマス試験紙か?わたしゃ(笑)。

まぁ、道楽の世界は「俺が一番イケてる」「自分は進んでいて、あいつは遅れている」と思い込むのも、楽しみの一部になっていたりすることも、確かにある。
ではあっても、捨てた世界にこっそり戻ってくる人を、「やぁ、おかえり」と厭味な笑いで迎えるのも、僕の愉悦であったりする(あぁ、ヤなやっちゃ!!)。


ラジオライフうん十年

at 2005 11/07 08:07 編集

雨で裏山歩きが流れてしまい、くさっていたところへ、珍しく「芦屋コール」。
「いろいろそろえとくから、遊びにこない〜?」
てな変な勧誘に乗って、山で消化予定だった運動量をこなすべく、自転車でこぎ出した。

国道2号線をひたすら東進して約40分、ほぼ2年ぶりの怪しいアパートに着くと、「いらっしゃーい、さあどうぞ」と通された和室に並ぶ短波ラジオ10台 (!!)。「新しいのが入ったから、見てもらおうと思って・・・」という動機も、なんじゃこりゃーと思うが、往年の名器がずらりと林のように並んでいる。

とっかえひっかえ動作チェックしては、「これは高音がイマイチだからフィルターの帯域が・・・」「雑音がひどいのは、接点復活剤で応急処置した方がええね」などと、探究心を発揮しあう二人。
いやはや、コレクターの世界は異様で楽しい(おい、はよ身を固めろよなー、と互いに牽制しつつ)。

さすがに、9時すぎにまた小一時間こいで神戸へ戻らにゃ、と考えただけでもどっと疲れたので、愛車を折り畳んでJRで帰宅。たった210円。我ながらよくまぁ、15kmも夜道をこいで来たもんだ。
そんなワタクシを招いたものは、友情か?マニア魂か?


かけめし愛

at 2005 11/06 15:38 編集

おでんを腹一杯食って帰宅すると、自然に睡魔が襲ってきてコテン。
夜中に、のどが乾いて目が覚めた。
麦茶がうまい。
ついでに、生暖かい夜だったので窓を開けると、空気がうまい。
幸福な余韻の残る「関西風おでん」だった。

多種多様な汁かけ飯の中で、おでんもベスト5位に入るぐらい僕は好きだ。
具ひとつひとつが大きいのが難点だから、よく味の染みた大根を小さく砕いて、あとは昆布ぐらいをまぶせばいい。汁をかけて、できあがり。
ちょっと塩辛いかもしれないが、脂身だらけの牛丼よりはましな気がする。

こんな「おでんかけ飯」の話で職場で目を細めていると、乙女(20歳)が「うちのパパがそれするの。あぁ!イヤ〜〜ッ」と顔を歪めていた。
そんなもんかねぇ。
そりゃたしかに、おでん屋さんでいきなりぶっかけたりはしないが、家でやってみると意外にいける下種な味というのがあるものだ。

その代表格が、あの「猫まんま」だろうか。
これもいくつか説があるようで、主に「ご飯に鰹節をまぶして醤油」をさす場合と、「ご飯に味噌汁」をさす場合があるようだ。わが家では大昔、いりこをまぶして猫にやったりしていた)。

ずぼらの代表格のような味噌汁かけ飯でも、軽く炊きなおして海苔や卵をまぶして雑炊仕立てにして出す店もあるし、丁寧にやればそう下品な献立でもないと僕は思う。
汁かけ飯普及協会を立ち上げたいぐらいだ。

そろそろ粕汁定食が出てくる季節で、あれもぜひ・・・と思ったりするが、さすがにこれはちょっとドロドロしすぎる感じ。
でも誘惑に負けてしまう日が、いつか来るのだろうか。


ラジオのふりして受信機

at 2005 11/05 16:01 編集

いかんいかん、またラジオを買ってしまった。
モデルチェンジして、見るも無残なデザインに変わった機種の在庫をネットで探して、やっと見つけた八王子の店へ発注して昨夜ゲット。

名刺とカセットテープの間ぐらいのサイズで、あんなことやこんなことが聞ける、まぁ知る人ぞ知る類のラジオ。というか受信機というか…。もう、おマニヤさまの世界である。
もうすぐラジオもデジタル化されてアナログAM放送が聞けなくなる(のか?)のに、今さらという気もするが、最期の日までの手慰みにはなるか。

本体のハードウェアの方がはるかに先に行ってしまっていて、ダイヤルの類が一切ない。ボタンだけなので、アナログ人間にはちょっとなじみにくい。
といいつつ、ひととおりの受信チェックはしてしまった。
同じ機能のラジオは、すでに同じメーカの型番1番違いの機種を持っているので、結局目新しいところは何もない。財布に入ってしまうほど小さくなっただけ。

MDとかiPod、テレビつき携帯なんかは、見向きもしなかった新規ユーザーにどんどん普及して行くようだが、マルチバンド受信機は、さっぱり普及しない。たまに新聞広告で出ているが、自分の意思で買って使い始めたとたん、99%の消費者が使いこなせず放置されることになるのではないだろうか。

そのくせモデルチェンジは頻繁だから、いかにおマニヤさま御用達のコレクション・アイテムとして生産・消費されているかがわかる。
メモリーチャンネルのスキャンが秒50chあるか60ch行くかというところで優劣をつけあっているのがおマニヤさまのスタジアムだから、僕はまちがいなく「予選落ち」してしまう。いや、そもそもそんな土俵にあがりたくないし、僕は結局、AM・FM・TV・短波が入るラジオとして使うだけで、「おもしろ無線」の類はおもしろがれない。

でも、「いつものAM・FMラジオとTV」以外の世界を知ったら、案外はまる人々もいると思う。
テレビつき携帯なんか、「予約のいらないホテル」の近くで13chとか14chあたりサーチしてみると、あっと驚く映像電波が漏れ漏れ!!という現実も見えてしまったりする。

そんなホテルが東西南北に建ち並んだアパートで暮らしていた身としては、その分野の「受信」は決して趣味ではないのだが、現実として知っているから、恥じらいある青年男女にはアドバイスしてさしあげる。
すると、「見てるんでしょ!!」と、矛先が変な方に向けられたりするから厄介だ。いや僕が見てるかどうかの問題ではなくて、あなたが見られますよ、という問題なのだが。
ヤブヘビというか…ほな、黙っときましょか?

かくして、「あなたは知らないが、あなたを知っている人」が増える一方。一億だれでもスパイになれるのだ。たった1万円かそこそこで。
盗聴機をしかけるのは、産業スパイなんかではなく、家族が一番多いと聞いたこともある。
更衣室を盗撮するような犯人を監視する盗撮カメラ・・・なんてのになると、わけがわからん。

そんなことは、あってはならない!
あってはならないことは、あるはずがない!
「ことにしておく」のが、安心の論理というものかもしれない(苦笑)。


タイ文化の日

at 2005 11/04 22:48 編集

立ち仕事でお疲れの婦女子がいたので、タイ古式マッサージを紹介して、ついでに一緒にもまれてきた。
10ヶ月ぶりである。
祭日なのに、今回もまた店はガラガラで、肝心のマッサージ嬢も本店に詰めていて、呼んでくるから2時間後に出直して下さいということになった。

カレーライスを食ってひまつぶしして、再び参上。
ありゃ?ラムちゃんと再会できるかもかもかもかも・・・と楽しみにしていたら、今回は若い大和撫子ですがな。まぁ、いいか。
前回は30分でお試ししたが、今回は1時間コース、定価6000円のところ5100円に割り引いてもらった。

タイ人にもんでもらうと、いかにもタイ古式〜という感じがするが、同じマッサージを日本人女子(推定21歳)にやってもらうと、なんだか女子柔道選手に寝技をかけられているような気がするのは、これいかに?

とはいえ、ここをこうしてくり、あそこをもっとどうにかしてくり、と注文する言葉のニュアンスは細かく伝わるのは安心だ。おかげで、荒技より「俺様仕様の肩こりほぐし」がメインになって、それはそれで気持ちよかった。「カスタマイズ」できるマッサージはいい。

ただ、連れの採点は辛かった。「あれなら私にもできる」と。
帰り道、中国整体の店のチラシを取って、「今度はこっち行ってみよ」とはりきっていた。
もまれ心地を探究するのも、楽しい道楽かもしれない。
僕は飲み屋は行きつけお店に入り浸ることはないが、医者やマッサージ屋は入り浸る方が好きだ。あまり、はしごする気になれない。
それも人それぞれのスタイルというものだろうけど。

しかし、ぜんぜん文化的でない日だった。
1時間もまれたりねじられたりたたかれたりし続けたせいなのかどうかはわからんが、微妙に腹具合がおかしくなったし。
刺激が強すぎたか・・・いや、あれじゃーまだ生ぬるい。もっとボキボキ!!と、僕の体はさらなる刺激を求めている。
次は、やはり整体か?


感動の四季

at 2005 11/03 14:37 編集

少し仕事が長引いて、ランチタイムの終わりかけに食堂街へ。
半月ぶりぐらいにいただこうかなと思っていた、15品目どっさりの四季定食が、ディスプレイから消えている。
「あぁ、やっぱり売り切れか…」と肩を落として通りすぎようとしたら、中からおばちゃんが「四季あるよー!!」と声をかけてくれた。
おぉ〜っ半月も御無沙汰していたのに、僕の好みを憶えていてくれたのね!!
と感動して、店に吸い込まれて行った。

お目当ての「四季」は品切れらしいが、ミニうどんを豚汁に変更して、出してあげるという。ありがたいお心遣いだ。もちろん、喜んでいただいてきた。
「この店では、これ」と決めてワンパターン注文している甲斐があったというものだ。

品切れ寸前の四季定食は、メインの炊きこみ御飯も底の方のおこげが多くて、それがかえって残り福という感じ。
いつも以上にうまかった。あぁ幸せ・・・

店員と雑談するでもなし、ただひたすら座ると四季一丁!と注文して黙々と食べていただけだが、さすが年季の入ったおばちゃん店員、僕の顔と注文をちゃんとワンセットメモリーそていたわけで、このプロ根性は本当にすばらしい。

プロ根性と客の構えは、絶妙のバランスというのがあるように思う。
なれなれしく店に根を下ろして、「やぁマスター、いつものアレ」と注文して「は?お客さん、どなた」なんて返されると哀しい。
だから、客が「なじみ度」を競い合っている類の店に、僕は近寄らずに人生後半まで来てしまった(笑)。
砂糖にオス蟻が群がるような、銀座や新地のバー、クラブは、未だに別世界。かりに億万長者になっても、たぶん行かないだろう(経営するかもしれないが)。このへんは、亡父の遺伝子は受け継いでいないようだ。

でも、大衆食堂は大歓迎。
・・・といいつつ、立ち呑み居酒屋は「未踏の地」だから、人生後半の課題だな。
「だめねぇ、私が連れてってあげる」という婦女子がいたら、もう人生後半を幕引きしてもいい(笑)。
 


ウソかマコトかデジタル写真

at 2005 11/02 22:35 編集

産経新聞の「月にコウノトリ」の写真が合成だったというので、大阪本社は処分問題で大揺れ。
なんでも、記者が思い通りの写真が撮れないのでレタッチしてみたら、同僚からよく「できて」ますなぁ!!と言われて、そのまま載せちゃったらしい。
この職場じゃ、写真はレタッチで作るのが当たり前♪だったわけか?

報道の現場がすっかりデジタル化しているのは当然の流れで、デジタル写真といえばレタッチ。
レタッチといえば、こりゃもう日本語で「偽造」と言い換えた方がいい(なにが補正だ)ぐらいの、なんでもありの世界だ。行ったことのない場所の写真も「撮れる」わけだから。

正確さより感動を求める国民が多くなると、「真実を写すのが写真だ」云々の古めかしい原則論は吹き飛んでしまって、「みごとにだましてくれるなら偽造OKよ」てな感じになるか、すでになっているか・・・。
新聞社が決して写真を加工しない良識の府だとは、だれも思わなくなるだろう。

原理原則論の好きな僕でも、「リアリティより迫力」を求めてしまうところが確かにあって、たとえば外国人インタビューなんかでぎくしゃくした同時通訳を聞かされていると、「翻訳原稿を作って声優かアナウンサーが迫力満点で読んでくれよな」と思ってしまう。
こんな願望も、少しレタッチに通じるところがあるかもしれない。

それにしても、「レタッチャブルな写真」に戻ると、たとえばフォトコンテストなんかに大量に送られてくるデジカメ写真は、だれが「偽造したものでない」ことを保証するのだろうか。ちょっと心配。

まぁ、それがモノクロ写真になると、モノクロームであること自体が「作られた世界」だからいいとして・・・・ということは、カラー写真一般だって、同じことがいえるわけで、写真に見えるデジカメ画像なんか、めくるめく虚構の世界を新聞紙上に展開してくれる時代が、すぐそこに来ているのかもしれない。

それも、「ええい、どうにでもなれ」と捨て鉢な気分半分で楽しみだったりするが、ニュースがマトリックスみたいな画像になると、わかりやすいが・・・
飛行機事故や鉄道事故の再現CGは、どんどんリアルになってきているが、そんな悲劇は再現されないところに救いがあるわけで、当の被害者や遺族がテレビで見せられたら、いたたまれないのではないだろうか。


最後はケーキでした

at 2005 11/01 16:37 編集

ケータイしか持ってない相手との待ち合わせは、便利な反面ルーズになりがち。
「今そっちに向かってるところ。あと5分ぐらいね」
「じゃー僕もそっちに移動するから、途中で会えるね」
というのは便利なルーズさで、僕も甘えてしまうところがある。

でも、古風な「喫茶店待ち合わせ」も好きだ。さすがに、喫茶店の電話番号を知らせておいて取り継いでもらうようなことはないが、母校の校章の名前と偶然おなじ「クレセント」という昔ながらの喫茶店で、待ち人になっている時間は、悪くない。

喫茶店を指定しておくと、待たせるのも気にならない…というと身勝手だが、つい古本屋に吸いつけられて寄り道してしまった。

と、そこで学生時代からかかわっている研究会の事務局長さんとバッタリ遭遇。
肩をたたかれて「おや、まぁ!」という感じになったのだが、肩をたたかれた理由が、「へー、背広着てますやん」と物珍しがられただけ(笑)だったというのも、なんじゃそりゃーな気分だ(笑)。

たしかに、研究会には、いつもすそを出したポロシャツにサンダルばきで、靴とかベルトさえ見せることはないから、この男は本職ルンペンで(なつかしい肩書きだ)、背広は世を欺く仮装ではないかと思われたのかもしれない。職場の電話番号も教えたことがないから、疑われてもしかたないわな。

でも、堅気な勤労者と、ヤクザな渡世人、どっちつかずな無頼の徒・・・いろんな人が集うアゴラのような場所は、大事なものだと思う。
それが意外にない、または身近にあるかどうかの情報さえ浸透していないからこそ、選挙でポピュリズムに流されたりするのが、日本の市民社会(以前)の現状ではないだろうか。

ユルゲン・ハーバーマスが公共圏と呼んだ「市井の知のゆりかご」は、ネット時代でこそ自由に育つはずだと思うし、実際あちこちで花開いているのだが、成功例と失敗例との格差も大きいなぁ…というのが実感だ。

骨身を削って、私財を投げうって地域医療に献身されている名医(事務局長さんの上司)の手法に、「年寄りのマスターベーションじゃないか!」と暴言をぶつけたりする僕のようなルンペン研究者は、病院なら病院、NPOならNPO、学校なら学校、会社なら会社という組織を撹乱する「扱いにくい分子」と映るのかもしれない。

それは組織という生き物と個人という生き物との決定的な違いだから、異質性や違和感はどこまでも残るもので、ただ個人と個人は別の次元で文化を共有したり創造したりできる。組織に頼らない個と個の連帯がどこまで可能かというのは、古くて新しくて、そして未来の課題かもしれない。

そんな「組織外活動」は大いに奨励してくれているのが、大ボス院長先生の偉いところだと率直に思うが、その薫陶を受けるには、雇用関係にない者としては距離感がありすぎるから、事務局長さんが触媒のような働きをしてくれている。
お互い、立場も職種も仕事スタイルも違っていても、細々と在野の市民研究活動を共にして、ときには激しく議論しながらも、何かコアになる文化を共有できる相手というのは貴重だ。歴史や政治の話ができる友人というのは、めったにいない。四十代の半ばと終わり…ともに本の山と結婚している独身者である。

ただ「やぁ」と肩をたたかれただけで、ほんわかした幸福感をもらって、略儀をわびながら、僕はクレセントへと小走りして行った。
待ち合わせの相手も「病院関係者」だったが、いやー、研究仲間とばったり会って、それがこんなご縁でねぇ、かくかくしかじかで、ハーバーマスで医療改革で・・・と熱っぽくしゃべりまくる僕は、「で、居酒屋にする?中華に行く?」という話にコロリと回収されて、ただの快楽主義者に堕落して行く秋の宵なのであった。
トホホホホ・・・

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2005年10月の日記
芦生の森

at 2005 10/31 22:33 編集

企画・提案・運転はホリエモン・・・で、京大の研究林(旧演習林)になっている京都府美山町の原生林へ、野郎5名で乗り込んできた。とりあえず、ケータイデジタル写真だけアップ。

うちの裏山にも、山を囲った森林植物園というのがあるが、その京都版という感じ。京大バージョンの方は、1日で登山して回るのが不可能なほど、900m級の山々がひしめいていて、川や沢も流れていて変化に富んでいる。

木もれ陽を浴びて清流沿いの道をポクポク歩き、ぶなの林に歓声をあげ、極上の秋の1日を過ごしたあと、うまく渋滞を避けながら7時に神戸へ戻れた。
「しかし寝つきがいいですねぇ!」
とドライバーにあきれられたほど、堂々と居眠りさせていただいて、申し訳ないやらしかたないやら。
いや、安心して熟睡できる安全快適運転ですから!!・・・で、いつまで許されることやら。

この調子で、ホリエモンに「さー新雪の八ヶ岳、行きまひょかー」とそそのかしているのだが、寝るだけで役に立たない「ナビゲーター」としては、そろそろさじを投げられそうな予感もある。


修繕曰

at 2005 10/30 08:05 編集

目頭やこめかみや頭全体がボーッと温かく、眠っても疲れがとれないほど忙しい週だった。
そのせいで、欠けてしまった愛車のシートピラーをわざわざ大阪の専門店まで買いに行ったのはいいが(ただのアルミパイプが8000円もする!!)、交換するのも億劫で、1週間ほど放ったからしになっていた。

やっと、ひと心地ついた。
雨があがって、木枯らしの前ぶれのようなさっぱりした風が吹きはじめた土曜日は、「自転車メンテナンスの午後」ということにした。
まぁ、パイプ1本とっかえてサドルをつけかえるだけだが、愛車をいじくるのを、忌野清志郎にちなんでイマワると言う。

たかがシートピラーでも、ほんん少し欠けただけでもサドルはガタガタ不安定だったし、曲がるときバランスが微妙にブレるし、かなり気持ち悪い不具合だ。とはいえ駆動系には影響なく、普通に走れるから、ごまかしごまかし、手入れも先延ばし先延ばしになっていたのだ。

つけかえて、ほっとひと息。
当たり前だが、サドルがきちんと固定されて、ひと安心。
こんなことでも、買って間もない新品のころに戻った気分で、生まれ変わったような愛車に乗れるのは幸せだ。あぁ単純・・・


やめられないとまらない

at 2005 10/29 10:13 編集

何をいただいても、うまうくてうまくて困る。近ごろは、
「飲んだ後はラーメン党」から、
「飲んだ後はソバ党」に変わり、
「飲んだ後はスウィーツ党」になってしまった。
こういう場面は勢いみたいなもんだから、行き先は相手次第で自然に決まる。

ほろ酔い気分になると、やたらリーダーシップを発揮する人種と、「どこでもつれてってくれー!!どうにでもしてくれ〜!!」とフォロワーシップを発揮する人種がいるように思う。
僕は「どこでもついて行きまっせ」と低姿勢な方だから、ずいぶんいろんな「アルコール中和」を経験させてもらった(中和になっているのかどうか、科学的な根拠は何もない)

昨夜もホンネはカレーうどんだったのだが、そんなものにつきあってもらえるわけもなく、連れを駅へ送るときに目に入った、深夜のすい〜つ!
芦屋Takatoraが、絶妙な場所に絶妙な営業時間で妖しいモノトーンの店を構えていて、深夜族の家族への手みやげ需要か、けこう繁盛しているのだ。

手みやげに・・・と買ったはずのショートケーキやらシュークリームやらを、「がまんしきれず電車の中でいただいてしまいました」とメールが届いて、おそるべしスウィ〜ツパワー!!とあきれてしまった。

なるほど、「スウィ〜ツは別腹」というのはよくわかる。
年のせいか、いや昔から僕はオバサン体質だから、ラーメンよりスウィ〜ツがしっくりくる。宴の後の沈み込みを、やんわりした幸福感でうめてくれるような感じがするのだ。

ただ、いかにハイカロリーな呑み癖であるかは、冷静に計算するのもおそろしい。
責任転嫁してはいかんが、「愛憎こもごもスウィ〜ツの店」である。


楽天的無知

at 2005 10/27 21:22 編集

また買収騒動かいな。
「どうして株を買っちゃいけないのか、正直言ってわかんないんですよ」
と、おそらく正直にこぼしている三木谷クンに、だれか言ってやれないのか?「君だから、買われたくないんだよ」と。
北尾さん、いかがかな?

マネーにきれいも汚いもない。
と商人は言うが、だれが金を出すかで企業の命運が決まるのも事実。マネーそのものは無職爪いでも、いろいろと糸を引いている。

汚い金を稼いでいるとは思わないが、楽天も出資者の顔触れは気になるだろう。当の楽天ショッピングモールが、テナントを厳格に審査して選んでいるではないか。

攻めるときに「金さえ出せばいい」で突き進むマネー原理主義は、自分に向かってくるときはお断り。こんなお子ちゃま発想に、TBS側は「人間を磨け」と言い放ったのではなかったか?

これは単なるベンチャー叩きではなさそうに思う。
人が10年かかる仕事を1年でやってしまう天才はてもいいし、現に大勢いる。
それでも、何か大事なことをすっ飛ばして、たまたまひと財産できあがった坊ちゃんに、人が10年かけて得ているものは決してわからないだろう。

わからないことは1から学べばいいだろうに、三木谷クンはそは考えない。買ってみたサッカーチームでも、野球チームでも、成績が出ないときは監督の首を切ることしかできない。現場監督を取っかえひっかえすれば組織が育つ・・・とハーバードで学んできたのだろう。

放送事業なり通信事業なり、いやどんな職種でも、運営資金だけで動いているわけではなくて、その仕事が好きで、命をかけて技をみがいてきた職人芸に支えられているわけで、部外者に振り回されることに拒絶反応が出て当然だ。
金だけ持てば、たとえば病院を買収して、経営して行けるか?その難しさや責任は、放送局の買収でも同じだろうと僕は思う。

企業の「所有と経営の分離」は、経営の近代化の大原則として、どの教科書にも買いてある。
ただし、経営者と所有者(つまり株主)が、敵対しあってていいわけではない。投資を呼び込む経営、経営を順調にする投資が、うまく協調してほしいものだ。

ネットと放送の融合もいいし、提携はどっちから言い出してもいい話ではあるけれど、もっと勉強しとかんといかんわね、お互いに。
しかしTBSも、フジテレビを見て何を学んだのだろうか。
「学んでない」という点では似た者同士なんだから、仲良くやらにゃー!!


よ〜しもっと新市政

at 2005 10/26 22:54 編集

出直し大阪市長選に、なんと元吉本新喜劇座長が出馬。
いやはや、さすが大阪でんなぁ・・・と感心する。
そういえば、横山セクハラノック知事というのもいた。というか、有権者が選び出したのだった。

船場太郎さんは、きっぱりと喜劇界から足を洗って市会議員を長年お務めだし、市政から庶民生活まで熟知しているから、なかなか適任かもしれないが、僕は投票権がないから、「対岸の火事」でしかない。

無責任ついでに、ぜひ吉本総出で選挙応援してやってほしい。
ドジな二枚目というポジションだった船場さんは、今の新喜劇でいえば内場勝則だろうか。
船場さんが65歳ときいて少し驚いたのだが、ちょうど二代目といえるほどの世代の開きである。隔世の感がある。

岡八郎さんが逝き、船場太郎と名コンビを組んでいた木村進あらため博多淡海も消え、僕以上の世代の「吉本」イメージと、今の若手の吉本イメージは、ずいぶんかけ離れている。

でも、ベタでくさいマンネリが吉本のエッセンスだから、案外新旧世代の溝や反目がない点は幸運だと思う。
大阪の女の子など、限りなくおばちゃんエキスをにじませているし、少年だって突っ込まれると必ずボケよる(笑)。

こんな中から、吉本党でも旗揚げすれば、候補は続々と当選し、市議会はギャグとボケつっこみの渦になって行くだろう。
よそさまの市政だと思うと、好き勝手なことを放言してしまうのは申し訳ない話だが・・・それでも見たいものだ、池乃めだか議員を!


私はPL信者

at 2005 10/25 17:12 編集

ペンタックス軍に加わったニコン軍の軍備が着々と進みうつある我が家の秘密基地。・・・といえるほどあっと驚くしかけがあるわけでもないが、写真の秋、アートの秋である。

持ち玉の中で、華があるというか、色モノ系というか、はまってしまうのが偏光フィルターの世界だ。
まるで魔法のような効果を、ずいぶん楽しませてもらった。

新しく常用にしたズームレンズが72mmと大口径なので、専用のPLフィルターを買い足した。
しかし、たかだか72mmの円形のガラス板が6000円というのは高い。
フィルターほど進歩のない工業製品はないだろうに、一向に安くならないのは、これいかに?

と怪訝に思いながらも、フィルターをくるくる回して、劇的な効果を楽しんでいる。撮影しなくても、ファインダーをのぞいているだけで楽しい。

それにしても、今どきフィルターをあれこれ駆使するアマチュアカメラマンは、いるのだろうか。
デジタル社真をレタッチすれば、偏光効果だろうとフォギーだろう露出補正だろうと自由自在。

だからこそ、撮影時の一発勝負の緊迫感というのがこたえられないのだが、失敗したら「デジタル一眼にすべ?」と浮気心がわきおこってくるのも、われながら情けない。


市長選分析

at 2005 10/24 21:33 編集

現職に若い新人2名が挑んだ神戸市長選挙は、案の定「現職の信任投票」で終わってしまった。

とはいえ、無名の共産系女性候補が次点というのは善戦した方だろう。
区ごとの得票率を見ていると、ダブルスコア以上の「現職ぶっちぎり」は、西区と北区だけ。平均年齢の高いニュータウン・エリアである。

そうか、新しい街の住民は、新しい市政が嫌いなのか(笑)。
マイホーム保守主義という感じ。
改革おおいにけっこう、ただし我が家の家計にだけは響かないように・・・。皆こう考えたら、世の中まるごと保守化する。

ニュータウンのオールド世代より僕が気になるのは、ニュータウン・ジュニアである。ジュニアが定着しない郊外ニュータウンの生い先も。
日本のニュータウンのさきがけといわれた大阪の千里でも、住民の高齢化は深刻だという。

世帯主が高齢化する、つまり生産活動から引退して年金と福祉サービス消費だけの人生に入って行くと、たとえば集合住宅の建て替えにも資金が集まらず、建て物は老朽化する一方だそうな。

個人的には、ワビサビ風情も出てきた古い団地で静かに暮らして減価償却して行くのもオツなものではないかと思うが、問題は、若い世代が出て行く一方だという点。農村と同じ現象が起きているのだ。

なにより、ニュータウンには職場がない。生まれてずっと住み続けられない理由は、やはりそこにあると思う。
住むとしても、職場のある都心との往復に毎日平均2時間以上かけるというのは、人生の浪費というものだ。

だから、都心に住んで、文化的な刺激を受けて、買い物や娯楽を楽しめる方が、生産年齢世代には楽しいに決まっている。
ところが現実は、「退勤後にちょいと一杯」も、映画もコンサートも、終電だの駅からの「終バス」だのタクシー乗り場へのダッシュ(笑)だのとせわしないことが気になって、ろくに楽しめないのが、ニュータウン・サラリーマンのお気の毒なところだ。

役人の策略としては、こんなところだろう。
きれいなニュータウンを開発して、「あこがれのマイホーム」というエサで釣る。
パパは妻子のためにと無理して退職金までつぎ込んでローンを組む。これで、会社に盾つけない去勢された給料運び屋が誕生する。

そんな亭主が毎日8時間でもいるかいないかの家では、子供は近所の豊かな自然に親しんでいるかといえばとんでもない、山で遊ぶな水に近づくなと脅す看板だらけ。
いきおい、塾とゲームに浸るしかないから、父親の働く姿なんか見たことがない。

刺激のない奥さんは、出会い系ネット遊戯に、出会い系パート(笑)、ちょっとインテリ好みなマダムと出会い系NPO(!?)・・・と、根室から鹿児島まで、こんな家庭崩壊が進んでいるのではないかねぇ(妄想か?)。

日本の縮図のような神戸だから、郊外化の病巣も、いたるところに裂け目が見える。酒鬼薔薇聖斗はその象徴だった。
一体、このノッペラボーな郊外は、どこまで広がって行くのだろうか。

それにしても、市長選の全体の投票率は、たったの30%。当選した市長の得票率は、有権者のわずか16%である。市民84%に選ばれなかった市長が誕生した。「神戸市まるごと郊外」と化してしまっているようだ。
もう、こんな選挙自体が無効ではないか。
決選投票方式にして、上位二人で再選挙をやってみてほしいが、時すでに遅し。


コードネームはクレーマー

at 2005 10/23 22:37 編集

スーパーに行けばなぜかよく出くわすオバサンは、必ず割り引きシールをつけてくれとか、この半額とあっちの3割引きとどう違うん?とか、たいてい店員にやんわりかみついている。

僕が勝手にコードネーム・妖怪と命名しているこのオバサン、推定年齢57歳で、はきつぶしてモンペのようになっているジャージだかスパッツだかをはいていて、髪はボサボサ、しかし眼光は鋭い。

図書館で目撃したおきは、「一人一紙ずつご覧下さい」と貼り紙のある新聞を、我が物顔で5紙ぐらい重ねて読んでいた。だれも文句をいえないオーラを放っている。
そして、どこでも独り言をブツブツ、いや嘆き声でつぶやいている。

ちょっと「要注意」されるタイプの人だろうか・・・と思っていたら、コインランドリーで二人っきりになってしまった。
   あちゃ・・・

すると、ずいぶん愛想がよろしいのである。
妖怪の鉄火面が崩れてニコニコ、
「乾燥機つかいはるん?」
「い・いえ・・・」
「そうよねー、あたしも干して乾かすんよ。機械でやったらゴワゴワになってまうしね、ぜっんぜん違うよ、仕上がりが」
「そ・そうすか」
てな会話が気まずく弾み(笑)、背筋をむずむずさせながら、僕は店を後にしたのだった。

まさか「あの彼、スーパーでも図書館でもよく会うわ。あたしに気があるんじゃないかしらに?」
などと妄想にふけってくれている・・・なんてことはないだろうが、いやあってほしくないが、生活パターンが似ているのか、この赤い糸は無気味だ。

こわそうな人ほど、案外いい人だったりするのは世の常だから、もしかすると、「ものすごくいいおばちゃん」かもしれない。
この、揺れ動くハートが恋心へ・・・!?!?
いや、あってはならない!!


冬物語

at 2005 10/22 22:57 編集

初モノ、といっても秋刀魚、松茸、カニの類ばかりではなく、季節限定ビールも少し楽しみ。
サッポロの冬物語が出ていたので、昨夜はその開封の儀を執り行う秋の夜となった。

ん〜っ、うまい!

350cc、178円の至福であった。

夏はコクを追求してエビスの黒生、冬はサッポロ冬物語の切れ味に陶然とする・・・のもヘソ曲がりかもしれんが、うまいものはしかたない。ちゃんと「サッポロビール貢献」で筋は通しているし。

冬物語の缶のデザインは、ふと見ると「さだまさし・画」とある。
あのねぇ、冬物語といえば、フォークローバーズだろうが!
粉雪が寒く 乗り換え駅に〜
の主題歌と、近藤正臣(だったかな?)のくさい名演技がよみがえってくる。
とすると、「フォークソング・キャラかぶり」である。

それに、さだまさしといえば長崎。長崎といえばチャンポンのイメージが強すぎる。
冬物語なら、やはり道産子におまかせして、松山千春・・・は政治色が強くてまずいのかな。だったら、中島みゆきで決めてほしい。

でも、女王みゆきも、NHKプロジェクトXのイメージが強すぎるから災難だろう。
・・・とまあ、どうでもいいことをサカナに一杯やるのも、平和でけっこう、けっこう。


番狂わせなハナ金

at 2005 10/21 22:34 編集

街では、絶滅寸前の半袖ワイシャツ・サラリーマンと、ダウンベストのあわて者が入り乱れている微妙な季節なのに、もう新潟の常宿から、「滑りにおいで」のパンフレットが届いた。
早いなぁ・・・。
このロッジは、商売熱心というか律義というか、きっちりお誘いをかけてきてくれる。

でも、今週も土曜日までびっちり仕事で、くたくたの週末だから、秋を楽しむ余裕もない。
今夜もナースさまと公私ともどもの用事がこんがらがって、晩餐が流れてしまった。いやはや難しい。
こうして、現代のプロレタリアートは「半径5mのつきあい」に囚われていくのだろうか。

むしゃくしゃしながら歩いていたら、夏まで豪快に氷を刻んでいた氷屋さんが店を閉じてしまった跡に、立ち呑み居酒屋ができて、作務衣姿のおねーちゃんが呼び込みをしていた。
つい、フラフラ〜と入りそうになったが、未体験の立ち呑みの作法がわからんので通り過ぎてしまった。いいチャンスだったかもしれないのに。

カフェがハナ金で満席だったので、しゃーない、とぼとぼ帰宅して、メイプル・コーヒーをいれて一服。これが一番うまいわい。
ディナー→バー→ベイシェラトン(!?)のコースにくらべると(ありえない話だが)、1000分の1ほどの安上がりなハナ金に終わりそうだ。
なに誤解してんのよ!と叱られなくてよかった。
寂しいミドルは傷つきやすく、死にやすいのだ(笑)。
やれやれ命拾いした。


天に唾するな

at 2005 10/20 14:46 編集

大仁田さんが熱い。
「おいタイゾー!会いに行くから、逃げるなよ」
「えっ、約束した覚えはないんですけど」
「バカヤロ、お前がすすんで先輩にあいさつすんのが筋だろうよ。わざわざ出向いてやるんだ!ありがたく思え」
「(チッ、うざいオヤジめ・・・)別のアポがありますんで」
「そんなら、いつがいいか言ってくれりゃーいいんだよ。針金は持って行かないからよー」
「適切に判断してまいります」
「このやろ、政治家みたいな口ききやがって!有刺鉄線を張ってても行ってやるからな」

というところで、現在ドロー。
いやはや、学習塾から卒業したばかりのような坊やと、浪花節兄貴とのバトルは、ほほえましい。

しかし、小泉チルドレンたちは、後ろ盾が引退したらどうするつもりだろう。
エコノミストとか、主婦業とか、本職がちゃんとある姉さん議員たちは、風の向くまま気の向くまま、巧みにだれかに取り入って政財界を泳いで行くだろうが、あの坊やを、与党に投票した有権者はこの先どうするつもりかね?
まがりなりにも国会議員という経歴を冠して、無知で無恥で無修正なまま、傲慢を極めて行かなければいいが、暴れ馬どころか。

若くしてチヤホヤされて・・・という身分でも、安倍晋三のような毛並みのよさがあれば、人徳にも見えてくる。
人気だけがとりえでも、橋本聖子のように完全に存在感を消してしまえば無害ですむ。
とにかく、若い1年生議員は、やるなら暴れろ、やらないなら寝ててくれ!と願うばかりだ。

こんな議員の生態も、投票した有権者の良識を映す鏡だから、与党に1票入れといてタイゾーを笑う恥知らずは、自分の顔に唾していることに気づいてほしいわな。
だから、シャブ中を囲っていた民主党も、党紀の怪しさはどっこいどっこいかもしれない。あぁ、どっちにも投票しなくてよかった。

やはり、自分の名前を書いて入れるのが、一番かしこい投票行動ではないだろうか。
いや、「そうしてます」とも「そうしましょう」とも言うつもりはないのだが。


書き遺し 言い遺し

at 2005 10/19 23:03 編集

しまった!
中古特集の『日本カメラ』を買おう買おうと思いつつ、次の号が出てしまった。
ずぼらしていた自分が99%悪いのはわかっているのだが、それにしても発売日に敏感やなぁ雑誌は。昔から、写真雑誌はカメラ屋とか、電気雑誌は無線機ショップとか、専門店にフライング気味に早くから出ていることもあるし・・・。

どうせなら、雑誌は「前の号」も並べれば、売れ残りになりそうな雑誌も買い忘れた客が買ってくれて、さばけるかもしれないです店長!
と、提案しておきたい。スペースの都合もあるだろうけどね。

単行本やペーパーバックは、広告を見て発売日に行っても出てないことがよくあるから、これも是正すべきです店長!と、申し上げたい(笑)。

なんかの拍子に、不意に若すぎる旅立ちを哀しく思い出してしまった鷺沢萌さんの長編エッセイが文庫になって、思い立って買ったその日が初版印刷日と発売日の間だった。
それがなんだおいえばそれまでだが、早く買って、早く読んでみて、と誘う声が聞こえたような気もする。

そして、『私の話』は、さらりと描写した母親のガン入院から始まり、作家・鷺沢萌の誕生と、みずからのルーツをさぐる韓国、在日同朋との交流を経て、最後の行で「家族を作るのに失敗した私」と書いて終わっている。
なにもかも「未完」なのが哀しい。

文才のある彼女のような作家でさえそうだったのだから、3年前の明日、ガンであの世へ旅立ってしまった僕の旧友の、言葉にならなかった無念はどれほどのものだっただろうと思う。

言葉は、情念を表現してだれかに伝える「利器」になるのか、それとも表現するほどに、逆に言い尽くせないことが次々に明滅して歯痒い思いをさせられるのか、考えさせられるのが秋の夜更けだ。
声は夢で聞けるけれど、親しい人があの世へ持って行ってしまった言葉ほど、惜しいものはない。
話してほしいときに限って、その人はこの世にいないものだから。


わけわからんおじさん

at 2005 10/18 21:25 編集

今朝の通勤電車に、バーコード頭ながら、ボタンダウンシャツをさっぱり着流している自由業風の長身のおじさん54歳が、Thinkpad X40をひざの上で熱心に操作していた・・・ように見えた、その画面はフリーセルだった。ひたすら、ゲームだけ。
まぁ、人の勝手ではあるけど、電池がもったいないわい。
よほどゲームが好きなのか、愛しのマシンへのフェティシズムなのか、んーわからん。

昨日の関淳一大阪市長の辞任も、わからんぞ。
いやに潔いなぁと思いきや、首相の靖国参拝ニュースにまぎれて目立たなかったのは、さすがというか間が悪いというか。

よほどムシャクシャして「やめたるわい市長なんか」と椅子を蹴ったとしても不思議ではない、腐敗の膿に浮かぶ大阪市役所である。また出直し立候補するつもりだというから、もしかして禊ぎのつもりなのかね?ホンマ、わからん。

大平助役まで辞職してしまったのは、市政改革のヘナチョコさ加減を露呈しているようにも見える。
橋下弁護士でも住田弁護士でも丸山弁護士でも横山弁護士(あ、故人か)でもいから、ちゃんとした法の番人を助役に再任してほしいものだ。

こんなお歴々に比べると、首相の靖国参拝がいかに一徹でわかりやすいことか。
この単純明快な、まるで「空欄に正しいヒラガナを書いて応募すると靖国の護符が当たるよ!ヤ○クニ神社」って類のクイズのような丸わかり政治姿勢が、日本人のIQにピッタリ・・・ということなのだろう。

わけわからんおじさんを、わかってあげようという殊勝な家族も仲間も聖女も今はいない。
「男は黙ってサッポロビール」でもいかんのだ。「男はサッポロビールだからサッポロビール」でないと、わかってもらえない。

神戸市長選挙は、これはもう赤字必至でも空港やるぞ飛ばすぞパンパカパン〜!!の役人あがりが再選されると決まっている、出来レースだ。
あまりにも、わかりやすくて助かるわな。



土日風邪

at 2005 10/17 11:12 編集

土曜日に即ひいてしまった風邪をおして、「休日出勤ヤケクソちょいと一杯」に行って、いも煮と魚料理で満腹になって帰ったら、案外すっと治ってしまった。

「何度あるの?」と仕事モードになってくれる酒の友に、「体温計ないからわからん。少し熱っぽい程度」と答えると苦笑するばかり。
「何のんでるの?」と聞かれて「もらって放ってある10年もののPL顆粒があるけど・・・」と打ち明けると、さじを投げたような視線。
なぁに、風邪ぐらい、栄養で治すのが一番なのである。

そして、ちょっと開腹、いや快復すると油断して夜更かしするのは、悪いくせだ。
サイキックを子守り唄に寝ついた昨夜というか今朝がた、なんと外交官採用擬鏤邯海帽膤福という変な夢に浸ってしまった。
受けたことも目指したこともない職なのに・・・。

けれど、「夢の種」には確かに心当たりがあった。
すでに地元の大学の合格通知をもらいながら、ほとんど記念受験のような東京の大学を受けて、(当時は合否通知が掲示だけだったから)わざわざ見に行って「やっぱり、だめだった」と父に電話した冬の日が、フラッシュバックする。

父が勧める京都の学生生活を蹴って、自宅通学できる「お手軽キャンパス」に決めたのは、親心とのねじれの始まりだったと思う。
4年になると、ある省庁に口を利いてやってもいい、と親父風を吹かせてきたのを素直に受けず、結局お堅い一族の中で僕だけ「国民の奉仕者」にならなかった。

まぁ現実に霞ヶ関の官僚になる受験テクニックも願望もなかったが、もし夢の通りになっていたら、それは夢のような人生だったのか、悪夢の始まりだったのか、疑わしいところだ。
お堅い身分で、結婚確率は高い。相手は「くわせてモード」の専業主婦で、臆面もなく、亭主に小遣いを渡す御身分になって行く。いや、気がつけばそうなっているものかもしれない。

いま僕の周囲の新婚くん、臨婚くんたちを見ても、生活費を負担した残りのポケットマネーで、クルマを買いたいカメラを買いたいと思っても自由に買えない。
お気の毒に・・・。

それでは経済力のある男女は・・・というと、これはもう、結婚という形になだれこむ必要がない。
どころか、リスクもある。夫が妻を養うことになるとは限らないから。
僕のような風来坊だと、いつ自転車でころんで半身不随になるかわからないし、拾い食いして中毒死することもありそうだし、電磁波を浴び過ぎて子づくりできなくなっているかもしれないから、リスクの塊みたいなものだ。リスクが現実のものになれば、夫婦は対等に「相互扶助義務」がある。

ええか、こういうリスクは避けて、安心できる家庭を持つのじゃよ乙女!
と説教するのが、僕の優しさだ(笑)。
「わかってるって。いい相手さがすわ」
と返されるのは、優しさなんだか、冷たさなんだか・・・


福祉メイド喫茶

at 2005 10/16 11:42 編集

福岡かどこかのメイド喫茶が、客の「接待」をしているという理由で風俗営業の指定を受けたニュースには笑ってしまった。
喫茶店のただの接客を超えて、スナック、バーなみの個別接待であるとみなされたサービスというのは、「ご主人さま、行ってらっしゃいませ」ではなく、ケチャップでオムライスに絵を描いてあげること(笑)だそうな。

いいではないか、これぐらいの接客は!
客は「ボクのためにしてくれてるんだ、ゆかりタン♪」と思いこんでいても、どの客にもやってるわけだし、「お気をつけて」「おかえりなさいませ」とひと続きのサービスではないのかな、「お絵描きつきオムライス」も。
なんでも、店側が警察に相談して「個別接待だよそりゃ」ということになったらしいのだが、県警本部長を接待して萌えさせていたら、ごまかせたかもしれない。惜しい。

まぁ、営業できないわけではないし、営業時間や場所など何かと規制が加わるぐらいだから、メイド喫茶は網にかからないよう工夫してほしいものだ。
客のひざの上に乗ったりすると明らかにアウトだろうが、ケーキセットはメイドの鼻の頭にわざとちょこっとクリームをつけて持って行き「ついちゃった〜。ねぇ、取って」という演出にすると、ケーキセットの客は萌えあがるかもしれない。

コーヒーをわざとこぼして「ごめんなさーい!!お仕置き受けます。痛くしないで」というのも、かなりキワキワのメニューだが(明らかに風俗か?)、「実技」がアウトなら、泣きじゃくるというのも一つの新メニューというものだ。泣きべそっ子に萌えるいけないあんちゃんたちも、多いはずだと私はにらんでおる。

とまぁ、考えるほど泉のように名案が湧いてきて疑われるのも困るから、まじめに「福祉メイド喫茶」を考えてみた。
僕も知らない古い時代に、ミルクホールやダンス喫茶というのがあったらしい。写真で見ると、ウェイトレスは和服で、コーヒーやココア、ホットミルクなどを給仕していたようだ。
その時代の常連さんが今どれだけご存命かわからないが、こういうレトロな喫茶店リバイバルは、高齢者を萌えさせるのではないかと思う。
大昔の実物を知っている高齢者ほどいばっていて、70歳の客など小僧みたいなもの(笑)。朝5時から開店で(はやっ!)、店名は、伝説の115歳にちなんで、「泉重千代茶房」とでもしようか。
じーちゃんばーちゃんたちがいばったり萌えたりしているうちに、認知症が治ってしまったりすると、世界の老年医学界も注目することうけあい。

夕暮れとともに閉店にして、その後は店がどんでん返し、家に帰りたくない少年少女がたむろする「家出喫茶」になる。なぁに、「ここにいる」ことがわかれば、家出少年少女のたむろは悪いことではない。
もしかすると、加藤周一や鶴見俊輔のような碩学が店に居残っていたりして、家出してきた客たちに人生訓を垂れてくれると、少年少女にとっては後々貴重な思い出になるはずだ。

こういう場、機会が失われているのが、今の都会生活の悲劇だと思う。メイドにファンタジーをふくらませているだけでは寂しい。
おまえら、このメイドの30年後を想像できるか?彼女らの老後を見届ける覚悟はあるのか青年!?
と、私は意味不明な憤りをまきちらしてしまう萌え具合。
困った困った。


おいしい神舟

at 2005 10/14 19:50 編集

また中国の有人宇宙船が成功!日本はどうなってるのだ!?
とざわめいている宇宙ファンがマスコミには多いのか、先を越されたとか、スペースシャトル便乗はやめて自前で開発すべしとか、色めき立ったコメントばかり。

でも、宇宙開発する国家予算があるなら福祉と医療に回すべきだろうから、中国ががんばろうとアメリカが火星に行こうと、高見の見物をしていればいいと思う。「中国人宇宙飛行士の食っているラーメンは日清食品の提供です」というような面で貢献できればいいのではないだろうか(宇宙版日清戦争だ)。

それにしても、こてこての偏見だが、宇宙飛行を報じる中国語ニュースは、なんだか緊急事態のような響きがある。宇宙飛行士もあわてふためいている感じに見えるし(笑)。
宇宙船の中でも、円卓を回して食事してるのだろうか。

アメリカとロシアを追いかけているだけではつまらないから、ぜひ中華風味の宇宙船を飛ばしてほしいものだ。たとえば、無重力状態を中継している画面にギョウザやシューマイが浮遊してる・・・なんて、ご愛嬌ではないか。宇宙酔いした飛行士の口から麻婆豆腐が!!・・・とか(笑)。

宇宙と南極はどの国にも帰属しない公有地らしいが、どうせ早い者勝ちで覇権を広げて行くんだろうから、世界地図の宇宙版がどんなモザイクになるのか、楽しみではある。
どうしてもやめられない戦争をするなら、宇宙でやってストレス解消になれば、それはそれでいいかもしれない。


よろめいて金木犀

at 2005 10/13 14:44 編集

さすがに6時間しゃべる水曜日は疲れるなぁ・・・週の山場やなぁ・・・と喉をいたわりつつ、タイムカードを押して駅に向かった昨夜の道連れは、偶然出会ったハニカミ君(21歳)。

「腹へったねぇ」「晩飯が不規則になるしねぇ」と雑談していると、自炊しますのん?奥さん、いらんのですか?不便ちゃいますの?
と、はにかみ笑いしながらさりげない質問攻め(高等テクニックだ!)へと話は流れてくる。

19 歳あたりのあっけらかんと天真爛漫な質問攻めには、「必要ないし」「わしゃ甲斐性ないし」「稼ぎもないから致命的」・・・と、ないない尽くしで返すのが無難だが、ハニカミ君は、聞いた答えをかみくだきながら何か確認している風にもみえる。もしかすると、ガールフレンドとの生い先を、ふと考える秋なのか?

ここでもし、「実は、山口もえと婚約したのは、僕なのだ」てな衝撃の事実を告げたりすると、ハニカミ君だけでなく全男性を追いつめることになる。「あんなチビ・プア・マニア(笑)の三銃士でさえ・・・!!」と思わせてしまうと、気の毒だし。
だから、泥をかぶって安心させてあげるのが気配りというものだ。

いや、ただ素朴にハニカミ君は、晩飯が自動的に出てくる、選択が自動的にできあがっている、部屋が自動的にかたづいている、いつの間にかマイホームローンと結婚している(笑)・・・ような甘くせつないスウィート・ライフにあこがれているだけなのかもしれない。
フッフッフ・・・そうかね坊や。
そうですかな〜?

ただ、ここは僕の人徳(!?)、その先の「演説」はしないでおいた(ただ疲れていただけかも)。ひたすら「俺のようになるんじゃねぇぞ青年!」と、うらぶれた背中を見せて駅で別れたのであった。
いやー、われながら粋な、演歌の花道(笑)。

でもね、いま私と幸せの鐘を鳴らして見せてあげたら、あぁ、二十代、三十代いっぱい焦らなくてもいいんだ、って希望を与えてあげられるのよ。

という悪魔のささやきも、金木犀の香りとともに聞こえてくる。

幻聴か?肉声か?
求む、精神保健福祉士!(笑)
の秋の風である。


萌えず闘え乙女

at 2005 10/12 22:55 編集

各種の規制や許認可は利権の温床!
天下りけしからん!
起業しやすいよう参入障壁なんか取っぱらえ!
護送船団解体!
・・・とぼやいていたら、20歳の乙女が近づいてきて、「お店したいの」と、相談を持ちかけてきた。

もちろん僕は開業指導のできるエキスパートではないから、
何屋さんするの?
商圏は?
客層ターゲットは?
どんな競合相手を策定しておるのか????????
と聞いているうちに、せっかくのベンチャー乙女を萎縮させてしまったようで、気の毒なことをした。

「したいのは雑貨屋さん」ということだったが、うーん、独立自営指向の女性によくありそうな話ではあるな。
そんな月並みなお店ではウリにならぬ。
やるなら鉄道雑貨屋とか、無線雑貨屋、カメラ雑貨屋、アーミー雑貨屋みたいな専門店をすべきである!

なんて主観こてこてのアドバイス(にならん)をしつつ、ふと思うのであった。

かわいいお店やってみたい・・・
それが小学生のころからの夢なの

こんな素朴なメルヘンも、たぶん開業する前に、融資返済見込みだ事業計画だマーケティングリサーチだという現実に圧倒されるだろう。
なら、やれ無店舗ビジネスだ、ネット起業だ、ブログだという今ふうのトレンドに流れ込んで行くのも、なんだかなぁ・・・という気もする。

ここは、愚直に苦労して、店員の人事に疲弊して、営業で足を棒にして汗を流して奮闘する「涙目の店長22歳」という姿に期待したいところだ。
鬼のような天使のような、複雑な立場にいるつもりだが、陰で「なによ、口先だけのくせして!」と、ののしられているような気もする。


びわこ放送ワールドサービス

at 2005 10/11 22:30 編集

ありがたいことに、FM COCOLOで毎晩リレー放送されているのでBBCラジオを聞いていたら、ここでも「ドイツのメルケル党首が初の女性首相に!!」というニュース一色だった。
first-ever female prime minsterだとか、街頭インタビュー録音で拾った街の声がwoman politicianに期待するわ(・・・と、言っていそうな口ぶりだったが英語力がついて行かない)とか、いかにも女性首相をもの珍しげにとりあげていた。

そういうBBCのお膝もとには、四半世紀も前に「鉄の女」が首相をしていたではないか。そんなに珍しがることなかろうに・・・と思いきや、大した政治家ではないがシュレーダー首相の方が明らかに有能だが、こりゃpandemicだよね(笑)と「ニュース解説」されている。

つまり、メルケルさん、ニュースの文脈で二重に皮肉られているというか、コケにされているわけで、このへんの意地悪さはBBCニュースの伝統といってもいい。

転じて日本では、文春の電車中吊り広告で、「刺客女性議員の女の磨き方」みたいな見出しが目に飛び込んできた。
まぁ、似たり寄ったりかもしれんが、ドイツより低次元だ。

さつき&ゆかり熟女パワーvsオヤジの迎撃という風に、おもしろおかしく脚色されてしまうのはしかたないとしても、「男とか女を国会論戦に持ち込むなよなー」というのが、納税者としての率直な感想ではある。

同じ理由で、本業の国会ほったらかしでトークショーに行ってた悲壮な若作りオバサンなどが、「主婦の感性を政策立案に活かして・・・」なんてのも、決してあてにならないことぐらい、フェミニストでも専業主婦でもわかっているはずだ。

おっちゃん議員が「国取り合戦は男のロマン」と言おうものならフェミニストから総スカンをくらて叩きのめされるのに、主婦の生活感、女性の感性、若さ(だけのタイゾーくん)・・・なんてのが好意的に持ち上げられる。
だから、日本にメルケルもサッチャーもヒラリーも生まれないのだ。「マドンナ議員」なんて徒花にざわめく子供政治は、ええかげんにやめてほしい。

政治は、ボランティアサークルでも生徒会でも「私のかわい雑貨屋さん経営」でもない。
男でも女でもいから、とにもかくにも、中国や北朝鮮を動かしてみせてくれよなー。

ダメモトかヤケクソで、引退したサッチャーさんやゴルバチョフさんを顧問に迎えて戦術を練ってみるのもいいかもしれないよ、野党は。
社会主義政党さんたちは、カストロをヘッドハンティングしたらどうだろうか。

外資がどんどん入って来る時代だから、意表をつくような老獪な「ナマ外国人政治家」を入れて、政治をおもしろく彩ってほしいものである。
無理かなぁ・・・でもホント、おもしろと思うけどなぁ・・・


安全第一アドベンチャー

at 2005 10/10 16:05 編集

いやはやー実に絶妙に、きのうだけ晴れたわけか。
今日のように静かに降る秋雨もいいものだが、やはり天高く秋晴れのハイキングは最高だ。

よーし初めての東六甲を攻めるか、宝塚から!
と思い立って、隊員(=犠牲者)を伴って蓬莱峡に分け入ることに決めたのが、おとといの夜中。

六甲の東端にある蓬莱峡は、同名の韓国の蓬莱峡にちなんで呼ばれるようになった名所だとか、いや語源は中国の伝説で渤海国にある金銀財宝の眠る仙境の山だとか、諸説はあるようだが、不老不死の霊力にあずかれる霊山、仙境の意味だという。

フムフム、それなら霊験お目当てに行ってみますか三十路と四十路で・・・と、昨日決行。
ところが、山道に分け入って間もなく、けもの道やら土砂崩れ跡やらで登山道が錯乱していて、迷子になってしまった。
どうりで、絶好の行楽連休だというのに人気がないわけだ。

あせってもしかたないので、さんさんと照りつける紫外線を浴びて、のどかに河原で昼飯。奇岩がニョキニョキ屹立していて、なかなか見飽きない景勝地だ。
昨夜までの雨が信じられないほど、川床は干上がっている。六甲の自然は、どうなっとるんやろ?

ヤブコギが終わると、やっと山道らしい急登になる。しんどいけど、ヤブコギのようなイライラ感はないから、さっぱりした汗をかける。
一気に高度をかせいで、なんとか尾根へ。

唐突に、地図にも載ってない養蜂場があって、愛想のいい経営者ご夫妻に雑談がてらあれこれ試食(試飲というのか?)させてもらった。巣箱のすぐ横、まさに産地直売だけあって、純度が高くてさっぱりした風味でうまい。
結局、すんなりとみやげをお買い上げ〜毎度あり〜という運びになった。
汗をかいて登りきった絶妙な場所にあるから、天然蜂蜜は疲れた体には絶妙に効く。憎いなぁ・・・

ご主人は「慣れた人なら、このルートは50分で登ってきますよ」と笑っていたが、3時間かかった間抜けな我々は何なのだ!ただの間抜けか?あぁそうですか・・・納得するしかないわ。

こんなペースで、予定の最高峰〜有馬温泉というコースを歩くと夜になってしまうので、別ルートで宝塚へ戻ることにした。
計画の甘さは大きな弱点だが、それを補って余りありすぎる根性のなさで、あっさりコース変更するのが隊長の不肖・大沢の誇り(!?)である。

山の教訓で、「突進する勇気より引き返す勇気」なんてことが言われるが、はかりにかけなくても、突進する勇気の百倍ぐらい、引き返す勇気はあるぞ。なにしろワシは槍ヶ岳ぐらいの易しい登攀でも、めざした10回・登った5回という打率なのだ。

山は逃げない。
という至言もある。
逃げないから、また出直しましょー・・・でいい。
逃げてなるものか!という猛者は、遭難する。

それにだ、敗退して下山する途中で見える草木の優しさ、夕日の美しさというのも、そこはかとない味わいがあるってもんだ。これこそ、三浪人生の私が会得した、平家物語の美学である!!
がんばれ負けぬ犬!酒井順子!
負けを認めた野田聖子の美!!
・・・もう、やけくそやな。

「英雄伝説より、白虎隊のような敗者のドラマこそ、我々の模範であるぞ!」と慰労しつつ雑木林をトボトボ歩いていると、「道連れにせんといてよ!!」と、三十路・独身の女性隊員は涙目であった(笑)。


あぁコダカラー

at 2005 10/09 20:59 編集

今年の秋の連休は、ことごとく天気の都合でつぶれてしまった。
そのかわり、平日に遊びで外泊することが増えたことが、さて穴埋めになるのかどうか・・・。

ところが、雨で湿っぽい気分でいた昨晩、「どうですかー山へ!」のメールが届いて、あわてて行き先を物色するはめになった。
日本アルプスに、最短1時間で思い立ってパッキングして出かけた記録ホルダー(こんなの危ないだけで自慢にならんけど)の僕も、初心者を引率するとなると、ホイホイ風の向くまま気の向くまま・・・とはいかない。

結局、いざとなったら六甲山!で決まり。ちょうどヨドバシで買いだめしておいたフィルムが底をつきかけていたので、「よーし小さい秋をフィルムカメラで写し留めるか」と思って駅前写真屋さんに寄って、とまどってしまった。
売ってないのだ。特に、僕のひいきのコダカラー36枚撮り5本〜10本お徳用パックが。少なくとも去年までは、激安で積んであったのに。

あぁ、デジカメ・シフトがこう劇的に進んでいるとは・・・
と、打ちのめされた右翼フォトグラファー魂を引きずりながら、冷蔵庫からほじくり出したフィルムをつめたTVS兇函▲妊献織襯灰鵐織奪スの二刀流で、初めての「六甲グランドキャニオン」へ出陣!
今夜ぼちぼち写真をアップしながら、明日ぢっくり「遭難しかかり沢登り」を書くとしよう。


酷な調査

at 2005 10/08 14:13 編集

国勢調査を、留守中に何度か回収に来ているようだ。
ご苦労さんだが、最前線のスタッフに「そもそも国勢調査なるものは」なんて話をしても徒労でしかない。

でもなぁ・・・署名してプライバシーを暴露して、回収を委託されているだけの素人に渡して読まれているというのも、なんで今まで社会問題化しなかったのかと思えるほど、粗雑きわまりない調査だ。
回収率が数%落ちるか落ちないかという点だけ気にしているのかもしれんが、回答を義務化してプレッシャーをかけるほど、回答の中身は疑わしくなることに気づかないのかね内閣府!

正直に書いたのは名前だけ。あとは適当に・・・と考える国民は、おそらく数割にのぼるのではないかと僕はにらんでいるのだが。
または、こう書けば増税に少しは歯止めがかかるかな?と思って低所得者を装う人、「私はセレブ」のプライドをギラギラ反映させた回答を書き込む人(書いているうちに、その気になってしまうか?笑)なども、一定割合いるはずだ。

消費者アンケート調査の類は、プラバシー漏洩し放題の世界だからめったに答えないが、僕は確信的に別人格を偽装する。あるときはルパン、またあるときは有栖川宮裕仁・・・(笑)

懸賞の類は、これはもう個人情報を集めることそのものが目的だから僕は相手にしないが、人によっては「微妙なウソ」を埋め込んで回答応募するらしい。一戸建てに住んでる人で、住所が○町1-2-3だったら、「1-2-3-501」と書いておけば、見知らぬ業者からDM類が届くようになったとき漏らした犯人がわかるのだとか。なるほどね、ご同輩!
うちは403号室だから、408と偽装して書いたことはある(郵便屋さんはちゃんと考えて届けてくれる)が、まぁこんなしょぼい偽装しか庶民には打つ手がないのかねぇ・・・。

せいぜい皆でウソを書いて、名簿業者のかかえている個人情報をガセネタだらけにしてやるぐらいが、プライバシーを守った気分にはなれる、ささやかな抵抗手段になる(のかな?)。これが社会風潮にまでなれば、人の秘密でゼニもうけする業者も、ちょっとは頭をかかえてくれるかもしれないが。

なぁに、「当選してから本当のことは教えます」でも差し障りはない。ダメモトで懸賞応募する人は、せいぜい別人格を装って楽しめばいいのである。
しかし、問題は政府を相手にする場合だ。
本題を解決する前に、頭尽きてしまった。


陰謀史観に闇権力

at 2005 10/07 21:30 編集

準夜勤が終わって帰る前に、たまたま居合わせたB・J医師と雑談になって、「JR事故の謎」の話題になった。「事故現場には、会社の知られたくない何かがあったんです!だから、さら地にして徹底的に痕跡を消したわけで・・・」と、わかる人にはわかる現代のB・J、さらに話ははずんで、20年前の日航機事故の謎「米軍vs自衛隊」篇へ・・・!!

いやはや、楽しいドクターには心地よく揺さぶられる。
この数分前には、精神医学のH先生と、「大学アメフト界の動向」なんて他愛ない話をしていたから、揺り戻しというか揺り飛ばしというか、話がどっちに行くかさっぱりわからない。

二転三転した「茶なし話」は、最新の「村上タイガース」問題へ。
当然のように、B・J先生によって、村上ファンドは撃沈されてしまった(笑)。

間にはさまって、いちいち目を丸くしている僕は、まるで「善良な庶民代表」になっている。この邪悪な腹黒人間が。
でも、悪辣な自分が相対化されるというのは、心地よい経験だ(別にB・J先生やH先生がもっと悪人というわけではない)。こんな明るい魔界を、大切にしたいものだ。
あぁ、だんだん「べてるの家」の大妄想大会に近づいて行く・・・


愛の株式会社タイガース

at 2005 10/06 15:05 編集

村上ファンドの阪神電鉄株買収は、賛否両論があるのがおもしろい。
株を買って応援したいというファンもいるから、ストック・オプションで奮い立つ選手もいるだろう。もしかすると、桑田や若花田が移籍してくるかもしれない(笑)。

今までのプロ野チームは、親会社のフィランソロピーとか広告戦略で経営されている球団がほとんどだから、別に野球が好きというわけではない、会社への愛情からではない、純粋に投資効果だけを考えての球団買収というのは、今までのプロ野球業界を見慣れているファンとしては、アレルギー反応を巻き起こして当然だろう。

球団が親会社の所有物からクラブチーム化へ…の流れは、遅かれ早かれ進んで行くだろうが、本当にファンや地域経済にとってプラスになるような球団経営が実現するかどうかは未知数だし、村上さん自身そう考えているようには見えない。

ふと、堤コクド帝国とIOC、JOCの関係を思い出してしまう。
堤義明は、オリンピックや地上げや国との持ちツつ持たれつの蜜月のうちに、リゾート開発で世界有数の資産を我がものにした。いたるところにプリンスホテルとゴルフ場とスキー場ができた。

それはそれとして、ともかくもコクドリゾート文化のようなものができてしまった。日本中に、画一的ではあるけれど西武色のリゾートランドができて行った。

それで案外、いいかも…というファンも、一定割合いるのは確かだし、特に(かねがね僕は感心するのだが)アジアの島国にすぎない日本がスキーとスケートの世界レベルの選手を育てた資金基盤は、コクドがなければ難しかったと思う。

おそらく広告戦略の一環だろうが、堤さん自身がゴルフやスキーを楽しむ姿も、免罪符のように映っていた。その正体はカネ目当ての亡者だったのかもしれないが、一応この国は資本主義の国(奥村宏先生の著書名を借りると法人資本主義、佐高信さんの言葉を借りれば談合国家)である。ゼニもうけ自体は否定されない。
ただ、稼ぐにも流儀というのがあるだろう…という良識のようなものが曲がりなりにもあるから、「あぁ堤さんはスキーが好きで、理想のウィンター・リゾートを創ろうとしているのだ」と思い描く余地もあった。

では、村上さんは野球が好きなのだろうか?(実は阪神ファンです!としゃべるのは簡単だが)
彼は関西出身らしいが、ちゃんと3食お好み焼きとタコ焼きと神戸ビーフを食ってるのか?
そんな姿をチラリと見せたら、ニコニコ関西人は「話がわかるやっちゃ」となって、喜んで阪神ミニ株主になって行くかもしれない。

だれかが「買収されたくなかったら、株式上場しなけりゃいいんですよ」としゃべっていたけれど、裏を返せば、「上場している会社は、容赦なく買収していい」という発想だ。買収を妨害する企業行為は違法だと裁判所も判断してくれているのが追い風になって、こんな投資家は続出するだろうねぇ。血も涙も容赦もない、業界の暗黙の了解、取引慣行のようなしがらみから解き放たれた風雲児のような、「投資サイボーグ」が。
たぶん、ホリエモンや村上氏がギャフンという相手は、世論や国家権力ではなく、ジョージ・ソロスのような同業のドンでしかない。

そういえば、まだ記憶に新しい(新しすぎる)ゴタゴタが、あったではないか。
大金を手にした坊ちゃんに「ラジオ職人」が振り回された撤を、ファンで成り立っている企業はちゃんと教訓にしなくてはいけない。マードック・ショックを他人事だと見過ごして危機管理というのを学んでいないフジサンケイグループは、当然の試練を受けたわけだ。
同じことは続々と起こるだろう。
伝統的球団自身が、Jリーグ経営や「三木谷ボールパーク構想」から、いいところはちゃんと汲み取って、脱皮して行かないと、ファン離れは進んで行く一方だ。

村上ファンドが経営する「看板だけ阪神タイガース」が、どれだけファン離れを引き起こすか、それを上回る資金調達力、集客力を見込めるか、村上さんの策略は少し甘いような気がするぞ、素人考えでしかないけど。
買収が企業価値を落とすなら、それは賢い投資にはならないように思うのだが、「阪神」のはじっこで、しばらく観戦させていただこう。


三者面談夢

at 2005 10/05 22:17 編集

恩師が急逝して落ち込んでいるS子が、その夜に夢に出てきよった。
なんとまぁ、わかりやすい。

S子と、もう何年も会ってないキャリアウーマンM子と、いま仕事復帰をめざして闘病中のE子それぞれと会うというだけの話だが、みな実在しているし、奇抜な展開もなくいかにも起こりそうな顛末なので、夢を見ていた気がしない。ヒトは一生の3分の1は寝ているらしいが、その3分の1も生きてドキドキしたりハラハラしたりしている僕は、「人生お得」なんだろうか?

で、夢見心地のコトのなりゆきというのは、どうにも「続き」がありそうな・・・「まずイントロ」のような、謎だけが残る中断気分だ。
M子さんと会う約束にS子との約束を重ねてしまい、なんとかM子さんをごまかしつつS子をあやして(笑)いたら、結局お二人とも怒らせてしまって御破算。

そんなことは知らないE子のもとへ僕は走る(笑)が、E子はE子で変な信仰にはまって行って、教祖様の演説会場のような場について行った僕は、「あぁ・・・この先どうなるんやろ」と途方に暮れていた。
夢の続きも、「この先どうなるんやろ」だし、いったい何を啓示しておる夢なのだろうか。

まさか「三兎を追うものは一兎をも得ず」の戒めなのか・・・。
登場人物は、別に得るとか逃がすとか、そんな間柄ではないのだが。
もしかすると、この魅惑のトライアングル(!?)の中であっち行ったりこっち行ったりしつつ、結局は転がされているだけなのかもしれない。
反省しなさいっ!!
と、天誅が下ったのかねぇ・・・。


武装バリバリ

at 2005 10/04 14:45 編集

去年の春に結婚した友人が、おあずけしていたハネムーンをそろそろ・・・と思っていた矢先に、バリ島で熟年新婚さんが犠牲になってしまった。またしばらく、おあずけにするそうな。気休めを言おうとして縁起でもないことを口走ってしまいがちな僕は、「そやねー」とだけ返していた。

実際、テロリストからすると、幸福の絶頂期にある人たちが集まる場所というのは格好の標的になるから、プーケットもモルジブも危ない(それでも行く人は行くけど)。
サイパン行きジャンボ機が200組の新婚さんを満載していたようなハネムーンバブルはもう昔話だから、現実的なハネムーン向け安全スポットとしては、国内だと沖縄・座間、岩国、佐世保、横須賀、江田島、三沢あたりになるだろうか。警備もスクランブル出動も万全だし。

幸福の絶頂でゆるんでいると、宗教対立があるとか、行政と裏社会との癒着とか、貧富の格差とか、そんなこと考えてられないものだから、そうであればこそ「地球の歩き方」なんかより、「歩くな本」の類が必要だ。危険情報満載の「ぶるる」とか「まっぴら」とか、そんな裏雑誌も創刊されないものだろうか。

しかし現実に、カップル向け旅雑誌は堕落しておる!
のんきに「貸し切り浴室つきの宿大特集」とくらぁ!!
だんだん白濁してきそうな鍵つきの風呂に、かわりばんこに入りたいのか君たちは!?
・・・と、怒らなくてもいいのだが。

憤慨しててもしかたないので、行列のできるラブホだろうと日本人だらけのプーケットだろうと、平和に楽しんでもらて、出生率が上がればよろしいと思うしかない。
とにかくハネムーンが惨事に暗転してしまうのは悲しいしお気の毒だから、安全第一でのほほ〜んとできる基地の町がいいのだ。

「さぁ、散歩に出ましょう、防弾チョッキ着た?あなた」
「ゴルゴと呼べ!」
「背中が素敵ね・・・」
「俺の後ろに立つな!」

てな新婚さんも、愛嬌があっていいではないか。


あと4分の1

at 2005 10/03 22:15 編集

ばたばたと忙しい日曜日だった。
一夜漬けで新書1冊を速読(になるのかな?)して研究会へ、その後なぜか麻婆豆腐を会食して、食後の喫茶でおひらき。

帰宅してから追い込まれた。
えらいこっちゃ。「今週中に送ります」という文書作成が日曜夜になって手つかずである。
なんとか、5000字たたいて職場へメール。
どうやら、一夜漬けでなんとかなる文書容量というのをつかんでしまったようで、いやな話ではある。

ワープロ仕事なんて個人でできる作業の最たるものだが、案外、これこそアシスタントがいてくれたらありがたいと思う。
まぁ、都合のいい話は夢で終わりそうだ。

明けて今日は連日の夏日で、半袖サラリーマンがいるかと思いきや、なんとダウンベストの乙女を目撃してしまった。いくらなんでも・・・。
汗をかいてないのも驚異だ。
なんだかクラクラする十月の始まりである。早いなぁ、もう今年の4分の3が終わったか・・・。


夜行特急エレジー

at 2005 10/02 13:37 編集

いつしか、毎年10月1日はJRダイヤ改定日と決まってしまった。
「改正」とは書かない。法律にしろ規則にしろ、自明のように改正と呼ばれて聞き流していると危いのだ。

驚いたことに、またブルートレインが消えてしまった。
「あさかぜ」のときは大ニュースになったのに、今回の「彗星」は、あまりにも静かだった。東京発着ではなく、京都宮崎間の便だたせいか・・・それにしても寂しいねぇ。

彗星は、幼いころ宮崎の親類を家族で訪ねる旅に利用していたのかもしれないが、物心ついてからは、3年前に1回乗った記憶しかない。
なかなか快適で、なにより九州各地と関西の間を寝台特急で旅するのに、片道2万円かかるところを往復2万5000円という切符が割安感満点だった。新幹線+在来線乗り継ぎより安い。寝ている間に着く。おまけにガラガラ(これだから廃止される)。いいとこだらけだ(なのに廃止される)。

岡山、広島、下関、小倉、大分・・・と瀬戸内沿岸の街を通る彗星のコースは魅力的だが、考えてみれば、こういう街は寝ている客が通過して、たまに駅名看板で確認するだけだから、ブルートレインは街に金を落としてくれない「ロマンだけの電車」ということなのかもしれない。
僕自身、やはり「ブルトレめあて」で北米縦断のアムトラックに乗ったとき、オレゴン州は寝ている間に走り過ぎただけで、何の印象もない(オレゴンさんごめんなさい)。

意外なダークホース的ブルートレインが知らない間に廃止されて行き、「え、そんな電車があるの?」という学生まで大勢いるのは驚く。嘆かわしい!!
せめて、将来は確実に経験しないであろう旅のスタイルとして、修学旅行ぐらいは夜行寝台列車で強制輸送すればどうかと思うほどだ。ほとんど、文化遺産になりかけているのが現実かもしれない。

青少年少女諸君!今のうちにブルートレインに乗っておくべきです!
特に「鉄男くん」は、彼女なんかいない幸福な間に、彼女の寝息より線路の音こそ俺の子守歌・・・となれば、おそらく一生ほっといても萌え続けるだろうね。
いややー!!と悲鳴も聞こえてきそうだが。


考えて考えるなと言う偽善者を考える

at 2005 10/01 16:00 編集

なんだか泉のように仕事が湧いてくる。
「しゃべる仕事」は、契約で分単位までカチッと決まっているものの、「書く仕事」はどこでも、いつでも、どんなやりかたでもできるから、不定形というか自由というか、その点で究極の成果主義労働といえるかもしれない。

森清さんが『仕事術』(岩波新書)で、今どきの仕事は公私融合だと肯定的に形容しているけれども、好きなことを仕事にすると、そうなて行くのかもしれない。つまり、どこまでがlaborで、どこからlifeworkになるのかが、ぼやけてくる。

かつて、「24時間カメラマン」がプロの写真家なのだ!と加納典明は言い放っていた。
たしかに、アーチストだけでなく学者もアスリートは、そうかもしれない。
では営業マンはどうなのか。経理担当はどうか。医療人は・・・。

きのうの夕方、特養の常勤職員くんとしゃべっていて、アルバイトでカラオケボックス店員をかけもちしている近況を聞いて、僕の同僚は「過労死するよ」と心配していた。僕は「元気やねぇ、若いねぇ・・・」と呆気にとられていただけ。

まぁ、正職員で固定給をもらいながら、本職さえきちんとこなして、、自分の時間を休憩に使おうと労働に使おうと自由だと思うし、ボランティアというのも最近のはやりだったりする。
自由時間は読書や音楽やスポーツというのが昔からよくある「余暇」だが、アルバイトすると現金収入になるし、やりがいもあるということなのだろうか。

働いたあと、転職のための夜学に通う勤労学生も多い。今の仕事と「未来の仕事」で、1日16時間ぐらい費やしていることになる。
ダブルワークに没頭していると、ひととき不安を直視せずにすむのかもしれない。瞑想するとか、滝に打たれて荒行に投身するとか、そんな道に行けば不安のタネどころか、「不安な私」そのものを直視することになるから、よほどタフでないといたたまれなくなるだろう。
こうして、広い世界があるのはわかっていても、リアルな日常生活は小さなタコツボと化して行く。

あ、逆かもしれんな。タコツボにいるから、広い世界が気になる(?)。おしゃべりしていると、ひと様のサクセス・ストーリーが主な話題になったりする。まるで、となりの旦那が気になる主婦のようなパーソナリティだ。「俺のパパ、○○だぞ!!」といばっている子供、「我が社は、あの○○」とふんぞりかえっている社畜と、目くそ鼻くそ。

「で、あなた自身はどうなの?」と速球ストライクボールを投げてしまう僕は、敬遠される・・おいおい、バッターは球を敬遠したらあかんがな(笑)。

たしかに、将来不安はだれもが感じている「日本国上空の暗雲」みたいなものだ。
そんな中で、未来の仕事につなげるための勉強をしつつ将来不安をかかえている勤労者には、お見舞い申し上げるばかり。

でも、がんばってほしいよなぁ、共闘したいぞぃ、と僕は思う。セレブとやらをめざすより知的投資を選択する女性、セレブを飼うより猫を飼う男性諸君を、僕は尊敬する。

日本中が踊ったヨサコイソーラン節「郵政民営化」で幸せになるのは、外資系金融機関の幹部やハゲタカファンドだけ。外資が高配当を容赦なく求めるようになる企業社会では、リストラは加速する。

だから、本当は喜んでいられないはずの庶民が、こぞって♪ミンエイカーミンエイカー音頭でうかれて投票する民主主義というのは、かなり眉唾ではないだろうか(佐藤ゆかりは百も承知で、竹中平蔵とバーボンを酌み交わしながら笑っているだろう)。

個人個人が好き勝手に幻想をふくらませているのは自由だが、政治は多数決で全国民に公権力を及ぼすからこわい。
不安は、ただグチりあっているだけだと何の肥やしにもならない。
・・・ばかりか、ストレスは癌の原因になったりするわな。
「未知」だと自分を磨いて考えて探る道も見えてくると思う。これが教育の可能性ということになるのだが、柔順で受け身な青少年少女が多いのは、これまた不安のタネ。どこかで希望が見えてくるかな?
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2005年9月の日記
ふーみん祝勝ダイブ

at 2005 09/30 22:27 編集

昨夜の道頓堀川は、案の定やっていた、優勝ダイブ。
妙にナルホドと思ってしまったのが、迷惑防止条例や軽犯罪法ではなく、公務執行妨害でつかまっていたこと。
警官の制止をふりきったか、どつき返したか、まぁ小ぜりあいをやれば、公務執行妨害!で重罪になってしまう。
ただ、いくら重罰を課しても抑止効果はないだろう。

ナルホドとはいえ、警官が裁判官になっては困るから、つかまった浮かれ者の側は「優勝祝賀権」「飛び込み権」「遊泳権」を主張して、人権派弁護士とともに戦っていただきたい。
「こんなこと」でも裁判になって、次の衆議院選挙の争点にでもなれば、土井たか子の「山が動く」じゃないが川が動くこともありそう・・・ではないか(ない。か?)。

いっそ大阪ミナミだけは、タイガースが優勝した年いっぱいに限って治外法権にして、タイガース特区とするのも一案。
もう、何が起きても文句はいえない。いいタイミングで台風でも来てくれたら、川に飛び込んだ浮かれ者を流し去ってくれるかもしれない。
まぁ、それも「タイガースおひざもと」の覚悟というもんである。

穏便にすまそうと思えば、ジャンヌ・ダルクの登場に期待するのもいい。
つまりだ。熱いファンでもあるらしい府知事のふーちゃんが、「皆さんダイブやめて!その気持ちは私が代表して引き受けて、ビキニで飛び込んだげるさかい」とでもなれば、府民もファンも感動して、フーリガンさえおとなしく見守るのではないかと思う。
見たいような、見たくないような・・・(でも僕は見たい)




at 2005 09/29 16:41 編集

友人と、早めの昼飯いこか〜と、開店直前のココイチカレーに足を運んだ。前夜はスリランカ料理屋さんでマトン、チキン、大豆のカレーを食っていたから、なんだかカレー中毒気味だ。

いかにも開店を待って並んで立っているのもみっともないので、少し離れた歩道で横を向いて立ち話をしていた。
すると、歩道をスタスタ歩いてぎたバーコード頭おじさんが、通りすぎざまに、「チキンカツカレ!」と独り言を言い放って消えて行った。「カレー」ではない、早口で「カレッ!」である。
「なんだろねー、あれ」
と笑いながら、中で適当にランチをすませ、レジをすませて出たところで、連れが「中にいたお客さん、チキンカツカレーばかり注文してた」という。

ゾクゾクゾク・・・
いったい、なんやねん!この不思議なチキンカツ・マジックは。
「開店直後はチキンカツカレー100円引き」てなキャンペーンをやっているわけでもなかったし。
バーコードが見知らぬ客にテレパシーを送ったのか、客の注文を予言してみせたということなのか?
チキンカツカレー同盟みたいなものがあって、バーコードが司令塔として号令をかけたわけか?

思い返すほどに不思議な、雑踏のつむじ風のようなミステリーだった。
独り言おじさんからは、目が離せない。


糾弾人事

at 2005 09/28 17:27 編集

楽天がノムさん、巨人が原、そして広島は・・・?
と、不振の各球団の監督人事がささやかれている。いや、大々的に騒がれている。

まだシーズン中にこんな後任人事が報道されると、現場はやりにくいだろうと思う。
まぁ、ジャイアンツ堀内は、春からシーズンオフの去就が想定されていたから(笑)交替は自然なこととして、いつもはさわやかな笑顔の田尾さんの放心状態のような表情を見ると、つくづく同情する。
うわぁ・・・またID野球かよ、サッチー復活もか?ワナワナ、ハラハラ
と、選手たちも心穏やかならずだろう。

こんな中で、欽ちゃん球団は人気上々だとか。
いっそ「コント55号野球」の線で行けば、少なくとも巨人より楽しいプレイが見られるのではないか?とさえ思う。
芸能界が球団を持って悪いはずはない。
ホリプロ・キャラバンズ、関西ジャニーズ(そのまんま)、あと演歌系もあっていい。ずんどこ何とか、とか。
真打ちは、イエローキャブ・ウォーターメロンズ。
がんばってほしいぞ佐藤江梨子。もう、全イニング始球式みたいなゲームで、「野球の試合」にならないかもしれんが。

阪神M3というのも、去年ほどの盛り上がりほどでもない気がする。ホームグラウンドで巨人を迎え撃って優勝、とシナリオを描いてみても、慣れっこになっているのか、おおらかにかまえているようだ。いかんなぁ・・・阪神ジャイアンツみたいになっては。

村上ファンドが阪神電鉄の筆頭株主になったとかどうだとかニュースになっていたけれど、「ファンが株主」という形になればどうだろうと思う。
だからここは村上さんにファンになれ・・・ではなくて、買った株を虎ファンに安く卸し売りでもしてくれたら、お株が上がるのではないかなーと素人考え。


マーボー

at 2005 09/27 10:21 編集

不動坂、北野坂、ハンター坂、トアロード・・・と並んだ坂道と、東西に走る「五線譜」とが交わってできたマトリクスは、数百m四方で囲まれたブロックごとに特有の地元民を繁殖させる。

黒服族はこのブロック限定で出没するとか、このブロックに入ると必ず「イラサイマセー!!」の声を浴びるとか、せまい街なのにずいぶんシビアに「島」が区切られている。
闇の世界の秩序が強力に働いているせいかもしれない。

なにかと雑誌でもてはやされるトア・ウェストの1本西隣りは、わりと大きな鯉川筋という坂道なのに、さっぱりハイライトが当たらない。
けっこう、おもしろくなってきたのに。

この坂道に、あえてテーマをつけるとすると、中華ベンチャー通り」という感じだろうか。
別にレノボ・ジャパンがオフィスをかまえているわけではなくて、創作ラーメン屋の類がそこそこ客を集めている。
ビーナス・ブリッジから下ってくるカップルなんかは、中華街まで行く前に、このあたりで捕捉されると思うから、それっぽいこじんまりしたビストロ風の店も多い。

鉄道をはさんで南側は老舗が群雄割拠する中華街だから、こっちは自由にやりまっせ、という乗りだろうか。
それでは乗ってあげましょう!というわけで、昨夜の夕食は、のぼりも派手な某店で麻婆丼を試食してみた。

おぉぉぉぉっ・・・辛い!
けど、うまい!
しかし、辛い。付録でついている卵スープも、焼ける舌にはきかない。でっかい唐辛子がそのまま入っているもんだから。

結局、ハーヒーいいながら、晩飯どころが1つブックマークされた。650円は手頃だ。
もう少し水っぽい、あんトロな麻婆豆腐が好きなのだが、この辛さで「つゆだく」だと、相当ハードだろう。

しかし変な店だ。
カウンター上には全国の地酒が並んでいる。なんじゃこりゃ。店名は「いかにも中華」なのだが。
客席は、団体貸し切りの2階大部屋と、1階カウンター席しかない。僕のほかに、カップルがカウンター席でやはりスーハー、ヒーハーやっていた。
1階に置けば置けそうなのに、二人テーブルや四人テーブルがないのだ。だから妙に間延びしている。これから繁盛すれば席を増やすのかな?

発展途上感に、ほのかな期待が持てる麻婆店であった。
ご近所ダイニングの探索は続く・・・


愛知急迫

at 2005 09/26 10:08 編集

愛知万博が、終わってしまった。
行こう行こうと思っているうちに・・・とはいえないが、ロングランのお祭りが成功裏に終わったのは、まずはめでたし、めでたし。
設備がせこいとかテーマが茶番だとか、いろいろ下馬評はあったものの、2000万人以上来てくれたんだから、よしとしょう!という感じだろうか。

個人的には、愛知万博の余波でいろいろ出た名古屋本で、あっと驚く名古屋グルメの数々を勉強させていただいたので、いずれどこかで役に立つかもしれない。
近いようで遠いようで・・・・結局、素通りしてしまう都だから、案外ずるずる先延ばしになりそうな気もするのだが。

それなら、どんどん関西進出、東京進出してくれたらいいだがも〜と思うのに、名古屋グルメ業界は慎み深い(?)せいで、かえって魔境&怪食イメージが高まってしまうと思う。
きしめんと味噌カツだけというのは、ちょっと寂しい。

ぜひ全国波及してほしいのが、喫茶店のゴージャスなモーニングセットというか、なんだかんだとワンセットになる「おまけ文化」だ。
すばらしい!!ぜひ、自信を持って、名古屋スタンダードをグローバル・スタンダードにしてはいかがなものか?

スタバではない喫茶店愛好家としては、この「食堂のような名古屋喫茶」は要マークだが、モーニングセットの時間帯に名古屋に降り立つような用事がまずないから、かなり先延ばしになりそうなミッションではある。
そう思っていたら、こちらの感覚でいうモーニングセットは、昼も夕方もやっているらしい。
ますます、すばらしい!!

よそ行きの博覧会より、名古屋ライフむき出しの「ふだん着の尾張名古屋博」を、超ロングランでやればいいと思う。
そう思っていたら、日本の婦女子には、じわじわと「名古屋嬢」化が進んでいるそうな、先週出たDr.香山リカの『今どきの常識』(岩波新書)によると。
この本については、またあらためて。


グラマー大好き?

at 2005 09/25 12:42 編集

無性に英文法を勉強したくなった。
でも「受験英語」はいやだ。スヌーピーが踊っているようなテクストブックも、なんだかねぇ・・・。
大学受験でもなく、TOEIC受験でもなく、研究者でもなく、趣味で(笑)英文法を勉強する酔狂な人間というのは、なかなかマーケットを形成するほどいないようで、しっくりくる本を探すのに苦労した。

4〜5軒の書店を回って、ようやく「しっくり」きた。
『総合英語フォレスト』。おぉなつかしや、桐原書店である。
やはり研究社とか、開拓社、南雲堂etcといったあたりへのブランド信仰から抜け切れてないのは「共通一次世代」の哀しい性というべきか(共通一次は受けたことがないけど)。
なんだかこう、ギッシリ感があって、多色刷りで、ソフトカバーでA5判というのが、そそるのだ(笑)。

僕の世代だと数研のチャート式とか旺文社の精解シリーズの効能にひれ伏して後遺症を引きずっているぐらいだから、新ブランドの「フォレスト」というのは知らなかった。世に出て6年でもう4版、8刷と改定を重ねつつ売れているようだ。

カバーには自社の受験参考書の宣伝がついているわりに、中には受験に役立ちます云々の効能書きは一切ない。ちゃんと確認ミニテストもついているわりに、「98年上智・文」なんて但し書きもないし、24章もの細かな章だてで、文法の詳解に徹しているのがたのもしい。
純粋に英文法をちゃんと磨き直して、英文メールやビジネス文書に役立てようという社会人向けか・・・?
ええ感じやねぇ。

文法や語法のpolitenessというのは、異文化摩擦や訴訟騒ぎが深刻になりがちな今どきだからこそ、よけいに大切だと思う。
なぁなぁ社会で我々が慣れ親しんできた日本語は、欧米語にくらべると文法がルーズで、単語をどう並べても意味が通じやすい。
そんな村の習わしを欧米に持ち出して、英単語をやみくもにならべていると、とんでもない誤解を招いてしまう。

今ふうにいえば、相手や場所に応じてoptimize(最初に訳したのが技術屋さんなのかもしれんが、最適化なんて日本語はどうにかしてほしい)しないと、いざこざの元になるか、陰で「あのジャップはバカだ」と笑われているか、まぁろくなことがない。

おぎゃーと生まれて以来ずっとネイティブ・イングリッシュを呼吸して育った連中に、発音や聞き取りが追いつくのは絶望的だから、せめて書いたりしゃべったりする外国語は正確さを心がけて、リスクを減らすのが賢明かいなと思う。

いっそ、「文法ミスで撃たれるはめになってしまった留学生」とか、「支離滅裂なアピールをして不当逮捕されちゃった観光客」なんて例を、どんどん参考書に載せて中高生を震え上がらせるのも名案だ(ちがうか)。

とはえ、昔も今も文法は毛嫌いされがち。
僕もとりたてて好きではなかったし、むしろ面倒くさかった。ただ、「文法はむずかしいけど、大事なの。だから少しずつ、がんばりましょう」と、優しく教えてくれた初めての英語教師のおかげで、挫折はせずにすんだ。

ようやく「文法はおもしろい」と思ったのは、意外にも日本の「古文」だった。
日本の古典は、簡単な文法を把握すると、書かれていない主語が浮かび上がってくるし(たとえば現代日本語でも、おっしゃいましたよね?と問うだけで主語が暗黙のうちに想定されるぐらいのレトリックは、だれでも使いこなしている)、物語の舞台の人間関係まで見えてくる。まるで魔法の杖といえるかもしれない。
それも、薄っぺらい文法マニュアルか古語小辞典1冊あれば、源氏でも女御さまたちの日記でも、霧が晴れるように読めてしまう。

パズルのような楽しみの後に残る古典文学の情感や風雅は、ちょっとした息抜きになったりさえするものだが、もちろん、受験生の立場にしてみると、動詞の不規則活用や係り結びなんか、味気ない難行苦行なのだろう。

だからこそ、苦い薬を楽しいオブラートに包んで巧みに呑ませる名人芸こそ、英語、日本語を問わずプロ教師には必要なのに、無責任な「文法無用論」を唱える罪なセンセイも多い。
おかげで、日本人は未だ「a」と「the」すら使いこなせていない。

とりあえず冠詞ぐらいは間違えないように・・・とささやかな切迫感(?)に突き動かされたのも、参考書を手にした動機の一つなのだが、はたして僕は a Japanese なのか、the Japanese なのか、おのれの帰属意識からして問いかけられているような気もする。グラマーあなどれず!である。


ED

at 2005 09/24 12:26 編集

中古でフィールドスコープが出ていたので「救出」してきた(笑)。
行楽の秋には、行楽に行かなくても望遠鏡!なのだ。

たかが望遠鏡でも、いいレンズを使うとガクンと高くなるし、ニコンの望遠鏡なんてなかなか値引きしてくれないから、新品同様で出ていたのは「珍品」ではある。

EDをアピールしてるのが男心としては少し引っかかるが(=考えすぎ)、ともかくED。
ニコンのEDレンズというと、スチルカメラ用のEDニッコール180mmf2.8というのは使っていて、シャープさ、抜けのよさ、逆光強さに舌を巻いたものだが、あぁこれで両方持ち歩くなんてことになるとズシリと重たくなるなぁ・・・と、ため息が出る。

帰宅して、さっそくフィールドスコープを三脚につけて星空を見てみる。光害すさまじい「1000万ドルの夜景都市」のど真ん中だけに、夜空のクリア度には期待してなかったけれど、さすがに夜空は星だらけだった。当たり前か。飛行機がウジャジャ飛んでいる「夜の関西上空」がわかったのも意外だった。

ただ、「さすがEDレンズ!」かどうか、比較しようにも初望遠鏡だからよくわからない。口径はかなり小さいのだが、像はクリアに見える。
天体望遠鏡と違って地上望遠鏡は正立像で見えるから、自由雲台をゆるめて星を探すのが楽。

いや、望遠鏡自体は好調なのだが、三脚がしょぼい行楽用だと、乱視になりそうなほどブレまくる。
ジッツォにつけるとさすがにピタッと固定されるが、あぁ・・・この望遠鏡を使うには、本体の4倍もの重さの三脚をワンセットにせんとかんのかい?と思うと、少しつらい。

ましてや、とてもじゃないが反射望遠鏡だ赤道儀だグレードアップする気には、とてもなれない。ドブソニアンぐらいならベニヤ板で作ってもいいけど。

・・・けど、のめりこむと私設ドームまで建造してしまったりするのが、天文ヲタ。
そこまでではないよなーと自覚しつつも、「でも無線小屋にあこがれてた時期もあったではないか、鉄塔にアンテナを揚げた・・・」「暗室も、ほしいわなぁ」「隣り近所に気がねなく真空管アンプでタンノイを鳴らしたいと夢見てたんではなかったっけ〜?」と、胸に手を当ててみると、わが内なる銀塩成分と電磁気とオーディオ分(?)がほてってきて、「なりゆきドーム」落成という運びにならないとも限らない。

いやー、EDレンズを通した星空はきれいだ。
光害のない土地に、どうにかして小屋でも建てて、夜通し没頭するのもオツなもんかもしれない。反対する妻子もいないし。
いや、反対勢力がなからこそ、進まないのかもしれない。


連休貴族

at 2005 09/23 07:46 編集

土日しか休めない勤労者とその家族を尻目に「平日貴族」を決め込んで、野山でひっそり遊んでいたクセが、だいぶ治ってきた。長いものに巻かれても抵抗しない、円くなった我が身がうらめしくもある。
「わしゃ土日は家で静かにしておるのだ!連休のレジャーなんてとんでもない!」と尖っているうちが、もしかすると青春という時期なのかもしれない。
でも未だに、冬の連休に「滑りに行かな〜い?」と誘われても乗らない不義理を続けているから、このまま行くと寂しい老後が待っていることだろう(笑)。

盆や年末の都心はガラすきで気持ちいいのに、ふだんの連休だと買い物やらデートやらで騒々しいから、裏山ほっつき歩きぐらいがちょうどいい。
だれもいない静かな山河! 絶景を独り占め!
でも、急病になったらうまい具合に人が通りかかって助けてもらえる・・・。
そんな都合のいいこと、あるわけないから、俗人は群れる方を選び、「平日貴族」は孤独に行き倒れる(笑)。

しかしねぇ・・・山関係にしても鉄道関係にしても写真関係にしても、湯水のように出る雑誌が、どいつもこいつも紅葉!黄葉!こうよ!で盛り上がっている。これでもかといわんばかりに見せつけられるカラーページ、観光しないと損!といいたげなモデルコースは、なんだかせきたてられている気がする。『山と渓谷』まで、萌え萌えと燃える秋をかけて穂高ん登れとけしかけてくる。
強迫的な情報は遮断して、静かにCDでも聴いていた方が、骨休めになりそうだ。

純米酒でほろ酔いしつつ、暖かいアート・ファーマーのフリューゲル・ホルンとヨーロピアン・ジャズ・トリオのコラボレーションを聴いていると、コテンと寝入ってしまった。
あー、これが一番いええわ・・・と、さわやかに目覚めて、さてこれから悦楽の「二度寝」に入ろう。


阪神M6

at 2005 09/22 13:21 編集

そういえば、去年「阪神優勝」を商標登録してた野郎はどうなったんだろうか?
今年は「阪神M1」を登録してたりするかもしれないぞ・・・と、少し胸騒ぎがする(笑)。
まぁ、刺客に狙われる覚悟があるならの話。

お役所にとっては、今年も心配のタネが道頓堀川。
ダイビングは困ります!といいつつ、府知事のフーちゃん自身、メガホン持って試合を応援に行ってる姿まで報道されているから、盛りあがるなという方が無理。下手すると、フーちゃんが胴揚げされて川に放り込まれかねない。

役所はいつも無粋なことをするもので、今あるフェンスに加えて、壁を設置するという。
単純明解に力ずくで、ということらしい。この発想、川の中にテトラポットまで置きかねへんで。

去年も僕は日記で、水を止めればいいとか、水の代わりに某野村監督の奥さんを流せばだれも飛びこまないとか、勝手なことを放言した憶えがあるが、「飛び込んだら怖い目に遭う」か「飛び込む気が失せる」ような、それでいて祝賀ムードに水をささない粋な対策がほしい。

いっそ、大阪らしくウンコや死体をどんどん流せば、飛び込む人はいなくなりそうだし、「日本のガンジス川」で観光名所にもなるかもしれない。
それではあまりにも美観や衛生上の問題があるから、上流の橋で放尿を許可するのも妙案。
・・・あぁ、これも下手すると「関ジャニも優勝祝賀つれしょんやってるらしい」と噂が流れでもしたら、おねーさん、元おねーさんがわんさか飛び込む。

ましてや、「微笑んでいる貴公子が、あぁあの橋に立って両手を…まさか!!」となれば、もう、川は飛び込んだ1万人の女性ファンで埋め尽くされるね。
コラっ浪花女を変態扱いすなーっ!!
と叱られそうだが、去年はスカート満開で飛び込んでた少女もいたから、ありそうな話ではある。

まぁ一番無難で、ダイビング気分は味わえて、実害も避けられて、しかも安上がり(これ大阪らしい価値観)なのは、網を張ることぐらいではないかと思う。その網には粘着液でも塗っておけば、「それでも飛び込むアホ」がさらしものになる。

そんなイチビリだけではつまらない。お役所仕事もつまらない。いたちごっここそ、庶民は見て楽しみたいのではないだろうか。
さて、今年は何が見られるのか・・・?



発進基地

at 2005 09/21 22:38 編集

職場の都合で、また今週も4連休。
でも、「さあ穂高へ」という強靭なバネのようなものが、なくなったなぁ・・・と思う。
職場から一目散に帰宅、身支度を整えて信州へ発進!という機動力は、どこに行ったのか。「まぁ、山は逃げんわいな。そのうち・・・」おウニャウニャ言ってる間に初雪が降って、冬山登山で凍えるのがいつものオチとわかっているのに。

職場や学校のクラブ活動だと、任意で入っているのに半ば強制力みあいなものがあって、行事だ定例だ慣例だシキタリだと窮屈なことはいろいろあれど、曲がりなりにもどこかに体を運んで、レクリエーション一丁あがり!となる。

今の山パートナーも、大学時代のカヌー部のつながりが10年以上続いているようで、この不思議な力は何だろなーと疑問を覚えながらも、感心するばかりだ。

僕にはそんな「母なる集団」、「ふるさとのような居場所」がない。学校のサークルは弾き出された方だし、過去の職場は外国人だらけだったし(オフタイムは完全プライベート主義者ばかりだ)、今の職場にも、そもそも社員レクの類がない。

まぁ、僕は発作的に行きたいときに行きたいところへ行きたいスタイルで旅に出るけれど、職場にも学校にも所属してなくて、出無精になっている人、引きこもっている人、自宅で鬱々としている人は、増える一方ではないかと思う。

高齢者は介護保険や自治体財源という「うま味」があるから、デイサービスやショートステイが利用できる。昔ながらの老人会もある。
専業主婦はどうなんだろう。
新卒未就職のNEETは、どこで何をして将来に備えているのだろう。

特に福祉サービスとうたってなくても、地域の未組織の老若男女が顔を合わせておしゃべりしたり遊んだりする受け皿のようなものが、どんどん消えつつある気がしてならない。たまにあるとすれば、コンビニの前でたむろする少年少女とか、陰気な場がクローズアップされるだけ。

若衆、消防団、青年団、講・・・と様々な場が昔はあったようだし、欧米だと教会が地域色のある磁場をつくってきたはずだ。
こういう自然なふところが消えて、すきま風が吹いている。・・・のは、都心も郊外も大差がない。

「会社に人生まるごと預けます」という気にならない醒めた勤労者におっても、ご近所での居場所は老後になる前から大事だと思う。家事はできなくても、グチ女房の家事の厄介には一切ならないほど、朝飯前から夜食の後まで地域で遊び倒して、「帰宅して寝るだけ」だと、中高年夫婦のもめごとは大方なくなるのではないかと思う。
家を出たままどこに入り浸っているかと思いきや、愛人宅!
というのは困るとしても、案外それが楽でいいワという夫婦がいたりするのも、ミステリーではある。


白衣40年

at 2005 09/20 16:09 編集

研究活動の拠点になっていた病院の元事務長さんから、癌で早すぎる旅立ちをしてしまった奥さんを追悼する御著書が送られてきた。

今は薬局を経営されていて、そこでも地域医療の一環で、文集をまとめられたり、情報紙を刊行されたりと、きめ細かな活動をされていて、ときおりその成果を送って下さる。

ただただ敬服するばかりのこのエネルギーはどこから来るのだろう・・・と思っていたら、ナースの奥様との二人三脚だったのがよくわかる。ご主人――奥様とともに好きではない言葉だが――の筆致は力強く、パートナーへの愛情と尊敬が一杯にあふれている。

震災で一番深刻な被害を受けた…どころか、地区まるごと焼け野原になってしまった我が国でも最大規模の同和地区で、診療所を切り盛りしておられた奥様は、四十代半ばで看護学校に入って正看へキャリアアップされた努力家だったという横顔も、御著書から初めて知った。
直接面と向かって接した機会は数えるほどしかなかったが、ふくよかな笑顔の肝っ玉ナースさんだった。

気丈夫な医療人でも、癌の苦痛や恐怖は並大抵のものではなかったようで、それでも周囲に気遣い、病気と闘って、最後のひとときを夫婦中心に大切に送られた「愛情物語」は、切なくもうらやましい。いや、うらやましくも切ない。

いま、医療にも市場競争原理が着々と導入されようとしている。
彼女が心血を注いだ協同組合経営の医療機関は、砦として存続できるのだろうか。
安らかに死ねるのか、それとも「高い投薬をさせてくれないなら、早くベッドを空けてくれないと回転率が悪くなる」と、言われかねない終末期が、現実のものになるかもしれない。末期癌にも介護保健適用という政策は、退院誘導の免罪符になりそうだ。

それも「在宅での看取り」などと、聞こえのいい言葉で言い換えられるだけになりそうな気もする。
この本の主人公も、家族に見守られながら、息子さんたちの号泣に包まれながら息を引き取ったという。
畳の上で死にたい。では、それをかなえてあげましょう。
それで正解なのだろうか。
たとえそうであっても、病院でできるだけのこと、すべきことを尽くした上での選択であってほしいと思う。

在宅死=幸せな最期、というだけのブームに流されると、質の高い専門治療を受けるチャンスからあぶれてしまう患者も出てくるのではないかと、少し気がかりではある。


三連休とはつゆ知らず・・・

at 2005 09/19 11:59 編集

体がなまっていたので、2時をすぎてから、ちょっと登ってくるか〜と裏山へ。
夏休みの間は暑すぎて歩かなかった里山に、まだ小さい秋を見つけるにも早かったが、木陰の風は涼しい。

90分でフタタビ公園。いつもここに来ると「レストハウスでたこ焼き」がくせになってしまった。
今年の台風は雨より風が主役だったせいか、池も水不足で、ボートは開店休業状態。3連休のわりに、人影もまばらだった。
おかげで、たこ焼きも焼いた端からどんどん売れて行くほど客がいないから、作り置いて保温してたやつしかない。しかたないねぇ。

登りも数組のハイカーと出会っただけだったが、下山は一人しか見かけない、静かな静かな山歩きだった。
あんまりワッセワッセとハイカーが群れているのも困るが、拍子抜けするほど連休の行楽地に人がいないのも寂しい。もしかすると、上高地とか室堂とか、メジャーなところにはどっと行楽客が繰り出しているのだろうけど。

登山はシルバー世代が支えている観光市場だが、道具お仕着せで「ここに行くといいですよ」とレールを敷いたら、自動的に定年後の生き甲斐が見つかって介護いらず・・・というわけでもないのだろう。
シルバー一色の登山グループが多いということは、子供や孫と一緒に楽しめる余暇になっていない証拠だから、もうちょっと多世代で楽しめる遊び方をしてもいいのに・・・とも思う。「年寄り元気で留守がいい」ということか?

かくいう「シルバー手前」の僕は、ちょいと裏山ぐらいでもモノモノしく武装したシルバーハイキング小隊!!なんてのに出くわすと、のけぞってしまう。シルバーカメラサークル写団なんちゃらの類もすごいが、シルバー登山隊もすごい。
あぁ、シルバー市場のカモにされて、買わされましたねえ・・・と感心するほど、装備が飽和している(笑)。なんだか、店員のセールストークが再現できそうな感じ。

「いざというとき」を考えすぎる気持ちもわからなくもないけど、ふだん洪水のような生保のCMに頭が慣らされていると、そういう心境にもなるのだろうか。
もし、モノ持ちの僕が「入隊」したら、おとっつぁんがたの競争心理を刺激して、年金が湯水のごとくノースフェイスに、カリマーに、プリムスに流れて行くだろうなー。僕も調子に乗って「いざというとき頼もしい道具ですよこれはっ!!」とくすぐって、皆さんを行きつけの店に誘導して、店からマージンをもらうか・・・。

三十路にさしかかった、あるナースさんが「近所の登山クラブにでも入ってみようかな」とつぶやいていた。
あぁ、まちがいなく「息子の嫁に」という話になるか、「一緒に歩いてくれると、いざというとき助かるわー」と重宝がられることだろう。だれかに奉仕させられるはめになるのは火を見るより明らかなのに、僕は「入ってみたら〜?」と、そそのかしている。
「やな人ね」と嫌われながら。


犬猫頭

at 2005 09/18 13:29 編集

ゆうべも家路の途中で愛犬家が群れていた。
なぜか、犬は散らばって売り回っているのに、飼い主たちは群れる(笑)。
県警本部に隣接する駐車場で、芝生が敷いてあるせいか、「犬の散歩ダメ」と看板があっても、愛犬家のたまり場&しゃべり場&出会いの場になっている。

都心で犬を飼うのも、癒されるんだかストレスフルなのか、犬にとって幸せなんだか疑問だが、フェンスに囲まれた場所で鎖を解いてもらって、犬はとりあえず喜んでいる。

こんな飼い主の解放区、どことなくママの公園デビューと似ている。
すると犬が子供に似ているのか・・・いや子供を犬のように扱っているのか、鎖があるかないかだけの違いちゃうかなーと、ふと思ったりする。

「猫かわいがり」というのは、実際「犬かわいがり」の方が正しい気がするぞ・・・ブツブツ・・・とつぶやきながら家に着くと、おとなりの軒先で夕涼みしているトラネコが、つつつーーーっと走り寄って出迎えてくれる。

首輪も鈴も、もちろん鎖もつけていない自由な小娘だが、ちゃんと人の顔を見分けて、距離をはかっているのがえらい。
通りすがりの初年少女がちょっかいを出そうとしていたら脱兎のごとく(猫のくせに)逃げて行くし、アラーかわいい!!と手を差し出す「何でもかわいい女」にも媚びを売らない。ちゃんと、初対面の仁義を切る猫人間と「交感」しあうのだ。

もちろん、不意に人に吠えついたりする卑屈さはない。
猫テレパシーを体得した人間というのは、神に選ばれたユダヤ人みたいなもので、だから僕はユダヤ分が濃厚になっているはずだ。

猫の脳は30g。人間の50分の1しかないこの頭で、驚異的な思考をして、だんなをあてにせず子育てして(笑)、日なたぼっこやら昆虫採集やら道楽にいそしんで、人間を慰めて、介護保険も年金も使わず生を全うする。
50倍の脳の持ち主としては、見習いたいものだ。

人間でいえば、自活して、自然に老いて、自宅で静かに老衰で永眠するのがひとつの理想なのかもしれない。
うちの祖父母はそうだったが、祖母のような(=猫に好まれそうな)哲人串田孫一さんの追悼特集が、『山と渓谷』に出ていた。

しかし、この山岳雑誌業界というのもおもしろい。
串田さんの追悼文をおごそかに書いていると思いきや、ブッシュの子分コイズミ!傲慢不遜の極右の石原!愚昧なファシスト安倍晋三!・・・と現政権への痛烈な非難へと筆を滑らせてしまう(笑)登山家あり、共産党委員長がよく山岳紀行を書いていたりもするヤマケイが、泣く子も黙る最大手なんだから。対抗する『岳人』には、今月は皇太子殿下が山岳紀行を書いておられる。
山では「左」が与党なのだ。

大自然に、右だ左だ保守だ革新だ何教だ何主義だという色モノを持ち込むのはヤボな話だから、好き者が戯れる楽園であり続けてほしい。
いってみれば、信仰や肩書きや人種で相手を選んだりしない猫の頭の中も、楽園だろなーと思う。うらやましい頭である。


マニア選

at 2005 09/17 13:46 編集

やはり、政界にも鉄分の濃いスポットがあったか!
いま絶好調の民主党党首選に立候補した前原さんである。

日刊スポーツの記事を限りなくキワキワに引用すると・・・
妻の愛里さん(37)も嘆いているらしい。「SL機関車の撮影は小学時代からずっとです。新婚旅行で、最後に走るSLがあるということで北海道に行きました。強引に決められて。カメラを渡されて『とにかくシャッターを押し続けろ』と指示されて…SLオタクの人たちの中に取り残されちゃいました。よく『決定的チャンスは一瞬だけなんだ。煙が立ち上った瞬間の迫力は逃していかん』なんていいますが、私はその後2度と一緒に撮影には行ってません」
とのこと。
いやはやー、愛里さん大変でしたね。

前原さんと同世代野郎としえは、この「思い出のSL観」が実によくわかる。
地方だと、現役でSLに乗って通学していたギリギリの世代になると思う。もちろん、その当時は特にSLにおだわっていたわけではないだろうが、失って初めてつのるノスタルジー!!という気持ちはあるものだ。
だから、純ちゃんが靖国だ英霊だ御霊だとこだわるのは、幼児体験に戦争の風景、あこがれの兵隊さんの勇姿なんかが刻み込まれて、それが発酵しているせいではないかと僕は推理している。

しかし、何がすごいったって、前原さんは「SLファン」というより、妻への加虐ぶりは一字違いの別世界の心得にも読めてしまうではないか。
カメラを武器その他の「器具」に置き換えて、煙を湯気か血しぶきに読み替えて、愛里さんをサバ子さんに見まちがって読むと、大変なことになる。

こんな邪推が不謹慎なのは重々わかっておるが、こうでも楽しまないと、倒れかかった政党を立て直して二大政党の一翼になってくれない。
「お笑いは河村たかし議員だけ」では寂しいのだ。

もしかして、前原さんのライバルの菅さんも、八十八カ所お遍路巡りをしていたぐらいだから、「塗りつぶし癖」があるのかもしれない。JR完乗とか、次は私鉄制覇とか(あぁ上北沢の職人に近づいて行く)。
菅さん、その盟友ハトヤマさん、上北沢くん、そろって工学畑だったはずだから、やはり!!である。

でもマニアぶりは、さすが大政党の方がキラ星のごとく(というのか?)ひしめいているぞ。
石破茂はアーミー好きが高じて防衛庁長官にまでなったおちゃめなプラモデルフリークだし、愛人騒動をものともせず返り咲いたヤマタクは親子丼オタク、佐藤ゆかりは悩殺メール500通の不倫マニア?
こんな下世話なマニアにくらべると、谷垣財務相の自転車エンスーはクリーンでかっこいい。

どこかの週刊誌の見出しで、純ちゃんと小池百合子が結婚!?という煙もあがっていたが、これなんかは熟年恋愛の応援歌になりそうで、純ちゃんのお株が上がるかもしれない。
独身といえば、土井たか子や辻本清美、田嶋陽子など、斜眠党にも目立つけど、純ちゃんは敬遠したのだろうか。
バックにいる弁護士の党首(事実婚)が、「この二人はですねぇ、事実婚を経ないで婚姻届を提出することが問題です」と、大胆な理屈を展開しそうだし。


支援費再来

at 2005 09/17 02:32 編集

福祉事業所で働いていたワーカーさんにとっては戦々恐々の支援費が、とりあえず選挙のゴタゴタで先送りになった。
でも、与党政権から提出された法案だから、勢いづいて再提出→成立となる見込みは高い。

まじめにコツコツ働く者が容赦なく使い捨てられる社会は、とはいえ有権者自身の選択だから、敵は永田町にではなく、身の回りにいる。
・・・という現実は、あまり考えたくない心理が働くのかもしれないが、選挙と議院内閣制というのは、結果責任を有権者で分かち合うしことになるのも現実。

それに、大衆が互いに不信感でトゲトゲ・ギスギスした砂粒になってしまうことは、権力者にとっては好都合だ。エリッヒ・フロムが、ナチズムのみこしをかついだドイツ大衆を分析してみせた教訓は、「古典学説」とレッテルを貼られたとたんに、目をそむけられてしまうようだ。

ヒトラーと違うのは、純ちゃん圧勝は「コイズム・ユーゲント」が組織票を固めたわけでもないし、勝ち組負け組をつくれ!の大衆運動が起こったわけでもない点。
砂粒が個々の判断というか、思考放棄して、フィーリングで夢を託した結果でもある。だから、郵政だけ旗印にした「わかりやすさ」になびいたのだろう。
わが子が就職できなくても純ちゃんに一票。年金がご破算になっても純ちゃんに一票、ブッシュと抱き合わせでテロリストの標的にされても純ちゃんがんばれ!と一票。

安全保障や社会保障の方が、郵便局より深刻なテーマだと思うけれど、いざ東京で爆弾テロや生物化学テロが起こってから、また団塊の世代の年金が破綻してしまってから、「おや、まちがってたかな?」と気づくしかないのだろうか。

だからこそ、「連帯」するという古くさい手法が、古くないのだと思うのだが、孤立している方が好きなのだろうか、日本人は。

振り込め詐欺、多重債務、そして自殺・・・孤立している人ほど被害が深刻になるのに、それでもだまされ続ける。
たとえば、医師の診断書不要!なんて生命保険が、モラルハザードをふくらませて(暴走族とゴールド・ドライバーが同額の自動車保険みたいなものだ)、結局は善良な加入者にツケが回ってくることぐらい、考えればわかりそうなものなのに。
学校で、教師は何教えてまんねん!

消費者問題も、福祉の問題も、労働と報酬の問題も、治安の問題も、そして心の問題も、政治につながって行く。
という想像力を「初期化」してしまったのが、政治責任だし親世代の責任でもあると思う。

とまぁ大風呂敷を拡げても「どうすりゃいいの?」になってしまうから、身近なテーマから天下国家の一大事まで、一歩一歩考えて行くしかない。
「考えようとすると抵抗があるから飛ばしちゃえ」ということが、必ず何年かたってから深刻になるものだ。

政治経済わかりませ〜ん!!という御陽気な人たちにとっても、たとえば、恋人の信仰や国籍の問題。親の介護や墓の問題。金遣いのクセ、などなど・・・みのもんたに「なんで結婚前に話しあておかなかったの」と突っ込まれて絶句してしまう生電話さんは多い。

だから、結婚前提の彼氏がいる婦女子に、夜景を見ながらでも「私はどこの墓に入れるの?」「私はあなたのおかあさんのようになればいいの?」と尋ねんしゃい!と僕はありがたい忠告を押しつける(笑)。

医者と患者の関係、労働者と経営者との関係、親と子の関係に、透き間風のように吹き込んで、コッソリ「疑ってみろよ」とささやく知恵みたいなものが、社会学だと僕は思う。
とはいえ僕はアナーキストではないから、世のため人のためにコツコツがんばっている人の信念まで根こそぎ否定はしない。

善良な人は、冒頭の「福祉な人」に限らず実に多いし、そうなるであろうこと確実な少年少女が何百人と僕の目の前にいる。
それで将来の幸せが保証されていた時代は、曲がりなりにも「日本人同士じゃないか」で社会がまとまっていて、オヤジと少女が今ほど険悪に断絶(笑)しておらず、出生率もゆるやかながら経済成長を約束していた。

それも過去、過去は過去である。'90年が関が原だったのかもしれない。
「福祉の民営化、市場競争」をスローガンにした社会福祉基礎構造改革が、まず介護保険を目の前にぶらさげた。パイの奪い合いになるから、(法人レベルでの)勝ち組負け組の二極分化と、負け法人が雇えない労働者が勝ち組に殺到するから、人件費の奪い合いになる。

経営能力のない経営者は、ボランティアサークルの発想が抜け切れていない上に、善行をしているという誇りだけはある。または、本業が別にあって、「いいこともやってます」のポーズかもしれない。
こんな「俺様王国」を、公益性のある福祉事業だと見誤って就職した人は悲惨だ。

いくら、純粋な福祉の動機を共有しているとしても、給料を払う側ともらう側は、絶対に立場は違う。マルクスは古くないのだ。
もし僕が経営をする立場なら、市場調査をきちんとやって、政策や地方自治の動きを、官僚なり議員なりを通じてキャッチして、簿記・会計の実務もしっかりできるようになってから、人を雇う責任を背負えるものだと思う。できなければ、経営なんかしてはいけない。

本業で、どうしてもこれ以上パイが増えない、収益の限界が見えていれば(支援費の対象になる事業がそうだろう)、経営者のプライドなんて迷惑なものは捨てて、アルバイトを勧めるべきだ。
いや、もう実際にパートタイマーやボランティアに依存しているか・・・。

何より、厚生年金・労災保険に加入させて、労働三法を順守するぐらいのコンプライアンスは基本中の基本だろう。
「法律を守ってたら仕事にならない」と開き直る甘ちゃんは、経営者として不適格だと思う。退場して、きちんと労働者の権利と顧客満足を両立させている勝ち組法人に丁稚奉公して、勉強しなおした方がいいとさえ思うが、もしかして人を使って(巻き込んで)お勉強しているつもりかもしれない。あぁ・・・

おまけに、目の前の困っている人たちを見捨てられない第一線の労働者は、サービス残業にも、不当解雇にも、有害業務にも、セクハラにも差別にも、声をあげない。声をあげられずに、精神的に病んで行く人も多い(経営者は困らない。代役はすぐ補充できるから)。福祉の仕事以外にとりたてて生きがいがない真面目な人柄だったりすると、窒息してしまう。本当にお気の毒だ。

身も心もすり減らしている最前線の戦士福祉の現実を支えているのは、本当に貴い努力をしていると思うし、医者や看護師や保育士や、そして一般の営業職でも似た現実はあるから、なかなか「福祉だけ天国」にならないとは思う。
だから、うちの職場は法律が及ばない解放区(笑)とでも考えるしかない。ポジティブシンキング万歳である(thinkingではなくてsinking)。

労働者が経営に参加して、主体的にしかも収益を上げる法人形態というのも、実は純ちゃん政権の国会で法制化されているのだが、このLLP、LLCという枠組が福祉事業にどう適用できるかは、最前線の福祉ファイターの頭と心次第。

僕が運動にぶらさがってきたワーカーズ・コレクティブの法制化より、スピーディーに国会可決されてしまったのは少しシャクだが、会社とNPOと公益法人しか選択肢がなかった職場に、可能性が広がったわけだから、武器にしてみればいいと思う。雇われて成功する人、雇って成功する人もいれば、連帯して成功する人、さまざまなわけだから。
「最小の労働で最大の効用を追求する」のは、決して悪徳ではないと思うのだが・・・。

陸軍と海軍しかなかった日本が、陸海空軍を巧みにマネージメントした米軍に敗れた歴史は、知らない中高生もいるらしい(教諭ども何やってるんだ!)。
まさに、「歴史は繰り返す」ことになるのだろうか。



ノースデルタ航空vs全日本航空を見たい

at 2005 09/15 16:20 編集

燃料代の値上がりで、ついにノースウェスト航空とデルタ航空が民事再生法の適用を申請したという。
即、倒産!?ということになるのかどうかはわからないし、案外アメリカの大手企業は合理的かつ大胆なリストラをするために「会社を倒してみる」ようなことをするのかもしれない。

パンナムのように消えてしまったブランドもあるし、スイス航空だったかサベナ・ベルギー航空だったか、ヨーロッパでも航空と会社の統廃合は進んでいる。
いやはや、大変だ。

地球規模の競争や原材料費の変動で、名門企業がバタバタ倒れて行く戦国時代が、日本の壁の中にいるとぴんとこない(ただ、壁に守られているのか、檻に閉じ込められているのかはわからない)。
出光がアメリカに石油を輸出するなんて余裕のある日本では、ガソリンが数円上がったとかどこが安いとか、その程度のドタバタしか起こらない。
一方で、日本から石油を輸入するアメリカさん、どうなってまんの?・・・という気もする。

バブル崩壊だ失われた十年だといっても、せまい日本からクルマは減らないわレクサスは売れるわブランドショップは空前の売り上げでホクホク。
それなら、「レクサス買うつもりのサラリーマンからは、税金もっと搾り取れるぞ」「ヴィトンを買う奥さんの控除は取り上げても困らんだろう」と考えた自民党は、おみごとではある。それはそれで正解かもしれない(カメラマニヤを金持ちだと誤解されては困るけど)。

もっと競争しなさい、という経済政策の流れは、「発信源」にこだわって感情的に反発するより、ひとつのポリシーとして直視してもいい時代だとは思う。
ただ、大手スーパーと地元の個人商店を戦わせるような規制緩和は乱暴だから、いろんなセイフティ・ネットはほしい。

競争がなくて、いろんな面で日本国民に「こんなもんか」とあきらめ癖をつけさせてしまった重罪人が、銀行と公務員。
おい、手数料ばかりとって利子をつけないメガバンクどもよ、おまえらドイツ銀行、シティバンク、上海銀行etcetcと競争しろよなー。保険会社は熾烈な競争してるよ。
こら、無難がモットーのクソ役人どもよ、無能ぶりに比例して税金を返せよなー。愛媛大学で続出したセクハラ教授よ、あんたらまさか退職金もらったり再就職を世話してもらったりしてないだろうね。

と考えると、郵政民営化を認めざるをえない立場にいる自分を発見してしまうが、郵政改革が「出発点」になって、公務員の総数削減と競争が進めば納得する。
役人天国にメスを入れられるのは、なんだかんだいっても圧勝した純ちゃんだけだろう。
「泣くがいやさに笑い候」しかない。
のかな?


あらなつかし

at 2005 09/14 15:05 編集

図書館という公共施設には、ある種の常連さんがいて、「ほとんど下着姿」でカーペットの床にへたりこんで涼んでいたり、持参のペットボトルに冷水機から水を汲んだり、もちろん「読書」していたりもする(から、追い出されない)。
平均年齢は六十代という感じだろうか。
その中に、ずいぶん若い顔を見つけて、あっと驚いてしまった。

もう一昔前の職場の上司で、「支店長」に相当する人だった。
スターリンのような粛正と首切りを断行して、われわれヒラ一同の評判が劣悪だった中間管理職とは対称的に、温厚な人柄で、パート・スタッフの送別会まで開いたりしてくれる面倒見のいい紳士だった。

スターリンは案の定やがて自らも職場を追われ、会社も大胆に業務再編を進め、今の「同業他社」に転職した僕は、曲がりなりにも新卒で10年間働いた古巣とは、完全に縁が途絶えたまま今に至っている。
その上司が、「平日の昼間に図書館でたむろするおじさん」として目に留まったわけで、かける言葉が見つからなかった。
「どないしはりましたん?」というわけにもいかないしね。

いやはや、事情はよくわからなものの、管理職の身の処し方というのは、「どぶ板選挙」にも似て大変なんやねぇ・・・と、お察しするばかりの昼下がりの図書館であった。
「そういうキミこそ、平日の昼間に悠長なご身分で」と逆つっこみされかねない僕が、酔狂に人サマの心配することもないのだが。

前の会社そのものの体質には、怒りも空しさも時が洗い流してくれて、もう愛着も未練もないが、地上勤務に降りた「空の天使」のお姉様がたとの宴席なんかは、華やかでよかった。
かも・・・。

いま僕の周囲には、白衣の天使さま、ジャージの天使さまが元気はつらつで働いておられる。
これはこれで楽しいし、「ジャージが一番」と、わが内なるマニヤ(笑)を発見して苦笑するばかり。


サラリーマン百冊

at 2005 09/13 20:03 編集

妙に夏バテしない鈍感体になって順調に9月を迎えるのが例年のパターンだが、少し食が細くなったので、こりゃ何かの黄信号かと不安になる。これしきのことで・・・

きしめんやら喫茶店のトーストセットやらで食事をすませて、「いかん、今日は飯を食ってない!日本人の晩飯こそ米食だ」と愛国心がわいていたのに、帰宅途中のカレーうどん屋を通りすぎるとき、店のオヤジを目が合ってしまって、結局そこで晩飯。
いかんなぁ、飯を食わないと。

夜中に腹が減るのも困る。
でも、それをがまんすれば、胃もたれで朝を迎えることがないのは、さわやかでいい。
っして、さわやかな快速電車通勤である。
朝イチ出勤がなくなって、変な空き時間も長すぎる移動時間もなくなって、ずいぶん楽になった。
すわって六甲の緑の屏風と青空をぼーーっと眺めながら、乗り換えなしの30分、心が洗われる。

その出勤電車の中で、べっこうフレーム眼鏡のガッシリ体型の38歳妻帯者サラリーマンが、『海流の中の島々』を読んでいた。
珍しい。
「新潮文庫の夏休みの百冊」みたいな眺め・・・でも夏休みは終わったし、逝く夏を惜しんでいるのか。

でも、こんな夏の惜しみ方はいい。
『LEON』に書いてあったから真似てみたぜ俺、というのは、ちょっと興ざめだが(笑)。
お父さんにとっては、せめて通勤電車の中が、「夏の百冊」に浸れる場所だったりする・・・と、よけいに哀愁をもよおすなぁ。


つわものどもが夢のあと

at 2005 09/12 09:01 編集

落胆のどん底に突き落とされたような岡田克也さんが、ちょっと気の毒に思えたほどの選挙結果。
これは国会決議ではなく選挙だから、純ちゃんに負けたというより民意に負けたという点は政治家ならわかっているはずで、よけいに厳粛な結果としてつきつけられている。

なんて、えらそうなこといいつつ僕は与野党の議席の取り合いより、岐阜1区にばかり注目していたので、地元がどうなるかは関心の埒外だった。ウム、がんばったもんだ野田聖子。

でも、郵政民営化は着々と進むだろうから、こぶしをふ振り上げた勢いで、「窓口にも配達にも野田聖子」の新郵便行政を立ち上げてほしいものだ。
いっそ、逓信省でも復活してみればどうか?(それなら鉄道省を!というのは鉄ヲタ)

それにしても、ムネオと清美がそろって復活したので、国会が楽しみではある。
疑惑のデパート!なんだ女詐欺師!・・・と、第2ラウンドをやってくれるのだろうか。
背後には、ますます強大化した純ちゃんK−1政権がどっしり構えているから、「多少の場外乱闘はなんぼでもやんなさい」というフトコロの中で、ミニ政党が猫パンチをやりあうコントのような国会になりはしないか?

それをワイドショーがおもしろおかしくとり上げて一喜一憂している間に、サラリーマン増税と年金破綻が確実に現実化する・・・
有権者の責任だからねこりゃ。


初秋の旅の宿

at 2005 09/11 18:30 編集

不意の外泊は、いつものペースを崩してくれるおかげで、妙にぐったり疲れた。
泊まったホテルの部屋番号が「911」って、飛行機が飛び込んできそうな部屋だったが、もしかして「投票日をお忘れなく」のメッセージだったのか?

まぁ、格安のわりに珍しくゆったりしたシングルルームではあったけれど、もしかすると、廃業したら改装してワールームマンションに転用しようともくろんで建てたのか?と思えるような、ワンルームふう占有面積なのであった。

そういえば、昔の知り合いの妹さんが、神戸の官庁街に借りていた「寝に帰るだけ」マンションというのがあって、これは逆にホテルに改装している。こんな手法、ありか?と妙に感心させられたものだった。
インスタント隈研吾気分というか・・・。

3畳ぐらいの空間しかないと、寝る以外の楽しみはないものだが、ある程度ゆとりがある部屋だと、「ここから50ミリでこう構えると、全身が入るかな」「思い切って24ミリで接近してみるのもいいか?」と、ありもしないモデルを想定して画角シミュレーションに遊んでしまう。まちがっても、85ミリが似合う広大な部屋には泊まったことがない。

実際、カメラを持っているときだと、シミュレーションして構えてぴったり想定した画角が得られたりすると、ベテランスタジオマンになったような、勘違いの錯覚の妄想(笑)に浸る楽しみもある。
あとは、ピンぼけ&手ぶれの、手動カメラマンの永遠の課題がなかなかクリアできないだけ(あかんがな)。
そして、この密室空間の妖しい華のようなモデルも、永遠の「想定」でしかない(身もふたもない)。


熱いぞ!ちはる

at 2005 09/10 08:36 編集

選挙戦ばかり話題になっていて、すっかり「どうでもいい儀式」になっているのが最高裁判事の国民審査。
一応、判事さんたちの横顔をずりずら見ていて、ちょいと目に止まった「人間判事」を発見した。
才口ちはるサンという判事どの、趣味が「カメラいじり」ときたもんだ。響くねぇ、写真機家としては。中古道の修験者としては。

実際には、花や風景の写真を撮りに行きたくても、殺人的に忙しくてままならないのかもしれない。それに、撮影を趣味だと言おうものなら、人品をとやかく言われるようなモチーフもある(つまり女体だな)。
だから、メカをいじくるだけにしておけば、無難なのだろう。まさか「モデルいじり」と書くわけにはいくまい(笑)。

それにしても、いじらしい。
写真を趣味にするといっても、上北沢暗室職人のように「現像と焼き付け」といえば、「そんなにヒマがあるのか」と勘ぐられるだろうし、カメラ収集が楽しみだといえば、コレクション→おマニヤ→ヲタク→死刑専門・・・と連想されかねない。

ある面で、皇族と似ているかもしれない。
クルママニヤでもある秋篠宮殿下を頂点に、カメラマニヤの皇統でいらっしゃるようだ。
磨いてばかりでなく、実際にアウトドアで撮影に励んでらっしゃる姿は広く知られていて、愛用機種は「旧日本軍御用達」のイメージが強いニコンではなく、キヤノンになっている。

こんな風に、日本国の象徴が堂々とキヤノンを愛用しておられるのだから、判事どのにはペンタックスとか、オリンパスを盾にしてほしい。
「ズイコーの輝きが死刑判決を指示した」とか、「関西出身の被告はロッコールに免じて減刑」とか、こじつけのような判決が出るとおもしろい。

裁かれる側も、うかつに「ツァイス愛用」なんて趣味がばれると、判事の愛国心を刺激して、とんでもない重罰を科されかねない。
そんなかけひきを妄想するのも、マニヤから見た法廷の舞台裏の楽しみではある。


長めのいい物件

at 2005 09/09 11:10 編集

家賃を払いに行ったら、ちょうど大家さんが外出から戻ってこられたところだった。旅土産のだんごを差し上げたり海苔をもらったりしながら、しばし立ち話(二人だから井戸端対談か?)。

植物の好きな大家さんは、庭の草木の手入れに余念がない。
「今年は虫がいっぱい出ましてね・・・でも薬なんかまかないで、草ぐらい食べさせてやってるんですよ」と、おぉ昆虫までかわいがっておられる風流人!!と感心してしまった。

「バッタの背中なでてやると気持ちよさそうにして、お仲間何匹も連れて出るようになりまして」・・・なるほど、バッタもマッサージを好むとは!!
「私が虫に話しかけてると、娘が、おかしいんちゃうかって」
いや、そのうち娘さんにもバッタの友達ができますって!!

とまぁ、秋の虫の声を聞きながら、ほのぼのトークを交わして帰ってきた。
前のアパートの家賃は銀行振り込みだったが、大家さん夫妻が安否確認も兼ねてか請求書を一軒一軒配達して回ってたから、毎月のように顔を合わせていた。医師夫妻だから、顔色を見てもらうだけで安心だった。

井戸端会議が見られなくなった・・・といっても、ちょっとしたことで大家と店子、店子同士がつながる機会はあるものだ。
「転がる石に苔むさず」だから、10年をめどに長居は無用だと勝手に決めているものの、なかなか腰が上がらない。結局、長く住み着いてしまうと、回転が悪くなってご迷惑な話かもしれない。

引っ越してしまうのもバクチみたいなものだから、セカンドハウスという手もあるな・・・でも二重家賃をどうにか節税に活用できないかな・・・と、よけいなことを考えてしまう。
それもまた「大人の秘密基地」のようで、楽しみではあるのだけど。


もう、あなたにまたがってもらえないなんて

at 2005 09/08 14:25 編集

「160万円自転車」が盗まれてしまった忌野清志郎さん。
業界――といっても、自転車業界や音楽業界やらIT業界等々、あちこちで名の知れた「こぐロッカー」だから、ちょっとした大ニュースになっている。「自宅の金庫を荒らされた演歌歌手」なんて事件より、なんかこう、純度が高い感じ。

「どこへ行くにもおまえと一緒。なのにもう、おまえに乗れないなんて」と嘆いている清志郎さんは、本当にお気の毒だ。どことなく笑えてしまうところが、人徳というべきか・・・。
ワイヤー錠で青空駐輪していたそうだから、少し無防備だった点は反省していただくとしても、本物のチャリダーなのねぇ、とあらためて感心してしまう。

しかし犯人も、せっかく盗んでも乗り回しにくいだろう。塗装しなおしても、ちょっと詳しいチャリヲタがパーツを見れば、「あの清志郎モデルだ」とわかりそうだし。
だれかのカスタムメイドの愛車なんか、盗むと足がつきやすいだけだから、家でじっと秘蔵しておくのか?

自転車泥棒というと、古典映画の名作にもなっているせいで、花盗っ人と同じように、どこか憎めない罪人と見られるのは、不思議やなぁと私はかねがね思っておった。
たしかに、自転車にあこがれて、あこがれぬいた果てに目についた自転車につい・・・と乗り逃げてしまう子供には、同情を感じなくもないが、つかまえてみてケータイやゲーム機をじゃらじゃら持っていたりすると興ざめだろう。
今どき自転車それ自体は贅沢品ではないから。

かりに「カンパニョーロとデローザで組みたい」なんていう自転車オタクみたいな少年がいたとしたら、可愛くない。働いて買いなさい!と突き放すのが一番だ。

清志郎さんなら1回のギャラで同じ仕様の愛車を復元できるのだろうけど、そんな問題ではなくて、コツコツ組み上げてきた楽しみを不意に奪われたような感じではないかとお察しする。
だから犯人は、チューンナップするか、もっといいパーツをつけてこっそり返したなら、清志郎さんなら許してくれよう(甘いか?)。

いや、記事によると、犯人はワイヤー錠を切断して持ち去ったようだから、これは道具を使った確信犯のようだ。
僕も愛車をワイヤー切断されて盗まれたことがある。
これはむなしく、そして腹立たしい。
以来、僕はワイヤーカッターで切れない鍵に換えたから、苦々しい授業料を払って学習できたかな?と納得しているけれど、それにしても授業料が160万円にもなると、いくらなんでも高いわな・・・。
現実には、1600万円ぐらいの損失感になるのではなかろうか。

愛着やら憎しみやら減価償却やらがからんできて、愛車の被害額は算定が難しい。
だから、盗まれてもあきらめがつくような1万円ママチャリが街にあふれているのかもしれないが、そんな風潮は、人間の情感を薄っぺらくするだけ。

奪われてもあきらめがつくようなモノを買いあさるのが、日本人の追い求めてきた豊かさだったような感じもする。
モノばかりでなく、恋人や家族でさえ、「入れ替え可能」で、哀しいことにその筆頭はお父さんかもしれない(苦笑)。

いや、今に始まった話ではなくて、子連れの恋人と結婚して、その連れ子にパパとかママと呼ばれて感涙をこぼす・・・ようなメロドラマは昔からある。決して親子じゃないのに。
義理の関係に、気持ちを合わせようとするから、無理が出るのだ。
「僕は君のママの恋人。その方が、かっこいいじゃないか」
と、すましていられる粋な男になりたいものだ。

配偶者の親子をお父さん、お母さんと呼ぶのも、しっくりこなければしなくていいのではないかと思う。息子や娘ではないのに、口先でそうなろうとするから、いびられたりするわけで。
だから、名前で呼べばいいのだ。姑の乙女心が萌えあがると困るけど(笑)。


楽しむ気象予報士

at 2005 09/07 13:03 編集

やっと昨夜だけ空が荒れて、とはいえ雨らしい雨もほとんど降らず、台風を見送ろうとしている。
台風報道も、欠航、欠便が並んでいるばかりで、不謹慎で申し訳ないが、「電車が足止めで一夜を明かし、助け合うちにロマンスを発展させてしまった乗客と売り子嬢」というような物語がほしくなる。

風雨に叩きつけられながら木村太郎が現地中継して、スタジオには涼しげな安藤優子・・・というのは、まるで「鬼嫁と姑」のほほえましい姿を見せつけられるような気もするし、芸能レポーターが「呼吸ができません〜!!」と絶叫している午後のワイドショーも、ばかばかしいったらありゃしない。

そして、台風報道に限ったことではないが、ことさらに台風で浮いて見えるのが、気象予報士のおにいちゃん&おねえちゃん。
あの空々しく、白々しく、他人行儀なクールビズというのは、どっから来るのだろう。

そりゃ、受験勉強して合格したら肩書きは本物。でも、彼ら彼女らは「画面」だけ見て、はたまた、データ配信サービスから送られて来る台本をちょこちょこっとアレンジしてしゃべっているだけではないかい?という勘ぐりが、ぬぐえないぞ。
現場感覚ちゅうもんが、漂ってこないのだ、小ぎれいなウェザーキャスターからは。

やはり、ヘルメットと汗が似合うような、空の下が職場です!!といいたげな職人さんの天気予報こそ、しっくりくるぞ私は古いか?

ふた昔前に活躍した、「ニッポンのお天気お父さん」世代に、僕はレトロな信頼を勝手に寄せている信者である。
とはえ、手遅れ感はある。
福井敏雄さんは天に昇ってしまわれたし、倉嶋厚さんは老人性鬱病、かろうじて彼らの息子世代の高田斉さんが、今はベテランとして穏やかに君臨しておられる。四十代ぐらいの「いかにもお天気おじさん・おばさん」は、いないのか?

今でもたまに声だけ聞く気象業界の東野英治郎こと(僕の勝手な命名)宮澤清治さんは、充分に現役復帰できそうな「ニッポンの天気おじいちゃん」だ。
口調は丁寧、解説は平易で的確、穏やかな四季の移り変わりのようなメリハリのある気象こぼれ話は、豊富な現場経験に裏打ちされている。

どなたも、士官学校レベルの気象官養成所という機関で叩き上げられた世代。そりゃヘルメットも似合うわな。
気象現象は、元のデータは同じだから、あとは伝える技術とキャラクターで勝負してほしいが、そこを「キャラ」と言ってしまうと、石原良純なんぞは勘違いするかもしれない(もう、してるか)。

僕には経験はないけれども、高校を出たばかりの少年少女警察官に反則切符を切られて憤慨することはあっても、「巡査一筋」のベテランにやんわり諭されながら切符を切られる方が、収まりがつく(つかないか?)ようなものだろうか。

人品というか、にじみ出てくるような説得力が、天変地異で打ちのめされた人心を鎮めるマジカル・パワー(!?)になるというもんだ。
台風や猛暑や寒波のように、人間の力ではどうしようもない自然現象で、やり場のない怒りや八つ当たりの標的になって、うまく流しつつ被害も防ぐテクニックを身につけるには、大空の下で20年、30年は修行が必要になるのかもしれない。

ヘルメットと雨合羽と手ぬぐいが似合うかどか、ピーコさんには「お天気キャスター・チェック」をしてみてほしいもんだ。
案外、本職より松浦あやが適役だったりするかもしれないぞ。


嵐寛寿郎

at 2005 09/06 13:27 編集

きのう新大阪駅で、「ブルートレインすべて運休」の表示を見て、無性に物悲しかった台風被害が、なかなか去って行かない。
どさくさにまぎれて、「台風にも弱いことだし収益イマイチだし、これを機会に廃止しますかブルトレ・・・」という空気にならなければいいが。

関門自動車道も新幹線もフェリーも飛行機も止まっているということは、ついに九州は本州から切り離されてしまったということか?
こっちの方は、「これを機会に、独立宣言しますか九州合州国・・・」という話もおもしろい。個人的には、「北海道共和国」に移住したい気もするけど。

土砂崩れの被害というのは、たとえばアメリカ南部の大平原の住民には怖さが実感しにくいだろう。どっちがいいか悲惨かというのは無意味な比較でしかないとしても、自然災害に対して意外に日本人はタフな気もする。

和辻哲郎が日本人の気風を「しめやかな激情・戦闘的な恬淡」と言い表していて、ふだんはぴんとこなくても、大事故や災害に遭遇したような非常時には、恬淡(てんたん)というか、超然というか、諦観に達したような姿勢は、謎めいてみえる外国人もいるようだ。

もちろん、役所や世の中に対して求めるべきところは求めた方がいいし、「行政不作為」による被害なんかには、原因追及を手厳しくやるべきだとも思うが、日本人の恬淡とした台風とのつきあい方は、人生の半分以上日本人をしてきた僕も、しみじみと不思議やなぁと思う。愛すべき謎という感じだが。

いっそ、年中行事のように来る常連客・・・と言って許されるなら、アメリカ風に人名をつけて呼んでもいいと思う。
沙知代とか、清美とか、数子とか。あ、男性名もつけにゃいかんか。宗夫に、ハマコー・・・?
10号とか20号では、どうも印象に残りにくいから、台風にも木枯らし1号にも春の嵐にも、ぜひ愛すべき名前をつけてほしい。
いかがですか、気象庁さん!!



瀬戸内バタバタ

at 2005 09/05 22:54 編集

なんとか今年は18切符を消化できて、ほっと一息。
台風が接近する中、きのうは22歳と24歳の乙女を引率して、山陽本線を攻めてきた。

いかに乗りごたえのある電車旅をこなすかが18切符のミッションだというのに、鉄分まだ薄めの乙女どもはは「尾道ラーメン食べたい」「原爆ドームも見たいな」「仕上げは広島焼きで」・・・と、オプションがあれこれくっついて、観光旅行気分。これは業務だというのに。おかげで、どんどん行程がタイトになってくる。
ええい、行ってみるしかないでしょー!!

というわけで、まず4時間かけて鈍行でたどりついた尾道駅前で、ホリエモン事務所に遭遇。さすが一等地ですなぁ。50億円ぐらい地代払ったのかも。
生ホリエモンには遭遇しなかったが、ほとんど観光客の撮影名所になっていた。人のこといえないが。

尾道ラーメンは、ギトギトにみえて実はしつこくない醤油ラーメンで、これはよかった。
さー次いってみよー!!
で、広島市街へ。
ますます雨は本降りになってくる。
しおらしく原爆ドームの見学をしたのが免罪符になったのか、あとは「お好み村」「お好み共和国」へまっしぐら。

たまたま飛び込んだ「厳島」というカウンターだけの店は、若いご主人の愛想もよくて、「僕の18切符の旅の思い出」も披露してくれて、話がはずんだ。即席の広島弁講座つき(笑)。
野菜満載の巨大な厳島焼き(1050円)二人前を3人で平らげて、身動きできないのに「終電がーーーっ!!」とチンチン電車に飛び乗り、広島駅にて4分の乗り継ぎで、無事に17:22の「終電」に滑り込みセーフ。

ローカル線旅情などどこ吹く風のラッシュアワーを広島で再現するとは思わなかった。
運がいいというか、段取りが悪いというか・・・。
でも、厳島焼きは◎だった。


さー、冬はもっとグレードアップしようかー!!
と呼びかけた乙女たちからは笑顔が消えていた。
あぁ、鉄分注入作戦のはずが、鉄分アレルギーになってしまったか?


カトリーヌ!!

at 2005 09/04 18:50 編集

台風1つで何千人と亡くなるのは、南アジアの発展途上国の話かと思っていたら、アメリカでこれほどの大惨事になっているとは思わなかった。
阪神大震災を上回りかねない犠牲者数が、リアルなのか悪夢なのか、にわかにピンとこないほど。
ただただ、ご冥福をお祈りするばかりだ。

犠牲者の多さは、貧困層が多かったせいだとも言われている。
台風後に、略奪や暴行など治安の悪化が叫ばれているけれど、想像するに、ふだんから治安がよろしくなくて、避難しようにも家財道具が心配、家を空けるわけにはいかない・・・という住民が多かったのではないだろうか。
貧困層同士で助け合うどころか、火事場泥棒が横行して、奪えるものは奪ってしまえといわんばかりのむき出しのエゴは、天災そのものよりこわい。

そう考えると、公民館で「はやく雨やまないかねー」「不便だわ〜」と嵐の過ぎ去るのを待つ日本は、地震あり台風ありとはいっても、平和な国ではある。
もちろん、多少の空き巣はあるかもしれないが、アメリカほど大胆にはやらない。これは世界に誇っていい日本人の美徳だと思う。

だから、もしニューオーリンズ出身の在日アメリカ人というのがたら、家を空けて避難する気にはならないだろうし、かりに避難して帰宅したとき留守宅が手つかずだったりすると、奇跡を経験したように、驚愕するのではないだろうか。

天災はこわいが人災がこわくない社会と、天災はこわくないが人災がこわい社会のどっちをとるか。
こわいのは、大自然か人間か・・・
人間!
のような気がしてならないが。
 


カトリーヌ!!

at 2005 09/04 18:50 編集

台風1つで何千人と亡くなるのは、南アジアの発展途上国の話かと思っていたら、アメリカでこれほどの大惨事になっているとは思わなかった。
阪神大震災を上回りかねない犠牲者数が、リアルなのか悪夢なのか、にわかにピンとこないほど。
ただただ、ご冥福をお祈りするばかりだ。

犠牲者の多さは、貧困層が多かったせいだとも言われている。
台風後に、略奪や暴行など治安の悪化が叫ばれているけれど、想像するに、ふだんから治安がよろしくなくて、避難しようにも家財道具が心配、家を空けるわけにはいかない・・・という住民が多かったのではないだろうか。
貧困層同士で助け合うどころか、火事場泥棒が横行して、奪えるものは奪ってしまえといわんばかりのむき出しのエゴは、天災そのものよりこわい。

そう考えると、公民館で「はやく雨やまないかねー」「不便だわ〜」と嵐の過ぎ去るのを待つ日本は、地震あり台風ありとはいっても、平和な国ではある。
もちろん、多少の空き巣はあるかもしれないが、アメリカほど大胆にはやらない。これは世界に誇っていい日本人の美徳だと思う。

だから、もしニューオーリンズ出身の在日アメリカ人というのがたら、家を空けて避難する気にはならないだろうし、かりに避難して帰宅したとき留守宅が手つかずだったりすると、奇跡を経験したように、驚愕するのではないだろうか。

天災はこわいが人災がこわくない社会と、天災はこわくないが人災がこわい社会のどっちをとるか。
こわいのは、大自然か人間か・・・
人間!
のような気がしてならないが。
 


育児させん政策?

at 2005 09/03 15:04 編集

選挙に出ると、ホコリが出尽くすまで叩かれてプライバシー丸裸になるよ、といわれるもので、さっそく出てきた異性問題。

わがイチ押しの悩殺系くのいち佐藤ゆかりの「不倫メール500通」って、だれが保管してたのやら、見たのやら?
メール文面なんか捏造するのは簡単だから、それより添付ファイルがついてな
goo日記アーカイブ2005年 | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0)
2005年8月の日記
電車男からアナウンス

at 2005 08/31 16:39 編集

意外な出会いはあるものだ。
ふと、神戸女学院の哲学のセンセイ内田樹さんの本かと勘違いして手に取ったのが、内田幹樹『機長からアナウンス』(新潮文庫)だった。
おかげで、内田キャプテンの深くて軽妙でユーモラスで渋い飛行機トークにすっかり魅了されてしまった。いやはや、かっこいいのである。仲代達矢ばりの風貌も。
リリーズの「好きよキャプテン」を思い出すね(筋違いか?)。

その『機長からアナウンス第2便』が今月の新潮文庫で出ていて、よく宮崎哲弥がうろついてる姿に出くわす新大阪駅の書店で買って、一気に読破。
いはやは、またまた読まされてしまった。

単行本は聞いたことがない出版社から出ているようで、あいつぐJALのトラブルやJRの事故、御巣鷹山事故20周年の節目もあって、公共交通に関心が高まっている時機だから、新潮社の力で早々と文庫化したのだろう。
「1」が、ANAの機長時代の思い出話という感じのエッセイ集だったのに比べると、「2」は今年の数々の事故や、来年に迫っている神戸空港の開港問題も掘り下げて、説得力のあるコメントが書かれている。

さすがはパイロットからの視点だなぁと思うだけでなく、内田キャプテン、決してコックピットに閉じこもってはいない。
もちろん客室にも顔を出す(ギャレイがたむろ場だったりして?)。
会社の労務や組合にも首をつっこむ。
ロシア上空でのJAL vs ANAの因縁の闘い、移籍した新会社フェアリンクの経営の現場、空港近くの飲み屋などなど(笑)、しかしまぁ、いろんなところに「搭乗」してはるなぁ!!・・・と感心してしまう。

男性客室乗務員が増えない理由、
決まったルートがあるのに「よぅし、まっすぐ行こう」と、一直線で有視界飛行して行ってしまう(笑)元ゼロ戦パイロットの上司、
エンジン4つすべて停止したときの不時着のしかた、
エンジンが鳥を吸い込んでしまったあと機内に漂う焼き鳥の匂い
・・・
などなど、一見ほんまかいな?と思っても、ちゃんと説明されているから、すぐナルホドに変わる心地よさ。
いやー、たいしたもんだ。

ヒコーキものといえば、タイの整備士エラワン・ウイパーさん著の『ジャンボ旅客機99の謎―ベテラン整備士が明かす意外な事実』(二見文庫)という去年の新刊も、おもしろかった。
内田キャプテンも脱帽して労をねぎらっておられる整備士の世界から見た、ジャンボ機その他の機体の裏話集で、ハードウェア専門の至極まじめーなエッセイだった。

「ほほえみの客室乗務員」に筆を・・・というと、サバ財閥令嬢なんぞ一人で・・・やめとこう、色恋ネタに筆をすべらせることなく、実直に飛行機と向き合い、仕事と向き合うエンジニアの姿が目に浮かぶ。本当に、縁の下の力持ちサマサマな気分になる。

とはいえ、僕は新幹線で行ける国内各地はまず決して空路で行かない陸路野郎だから、ナルホドと思えど、確かめには行かない。
コンベア880というプロペラ機に乗せられそうになって、搭乗ゲートにしがみついて泣き叫びながら(笑)無駄な抵抗をしたトラウマが、40年たっても尾を引いている(紫電改に乗りたかったのだ僕は)。
今でも、トータル時間で新幹線と違わない東京大阪間を、飛行機で移動する客の気が知れない。

だから、機体そのものを好きになるのも、ある種の現実逃避になっているのかもしれない。あとは無線関係に行っちゃって電波系になるとか。
というわけで航空通信士の免許なんか取った僕が、調子に乗って操縦士になっていたとしたら、僕は乗客のことなんか考えない、「リアルに空飛ぶフライトシミュレーター」みたいなパイロットになると思う。
不愉快にも僕と一字違いの名前の野郎が、ANAジャンボ機をハイジャックして機長を殺した事件もあて、内田キャプテンも同僚の悲劇として書かれているけれど、ひとごととは思えない。

それに、コックピットのドアは運行中は絶対に開けないということになっているというのに、「蹴飛ばせば壊れて開くのだ」なんて書いていいのだろうか?
そんなところが好きよキャプテン!



ライカ判CCD

at 2005 08/30 12:57 編集

ついに、フィルムサイズのCCDを搭載したEOSデジタルが出るらしい。
もう僕は、鬼の首を取ったように快哉を叫んだね。

デジタル一眼レフが普及しはじめて、僕が懸念していたのが、CCDのサイズの問題。
技術的な理由で小さいCCDを使わざるをえなかったのはわかるが、それも間もなく解決するものとだれもが薄々わかっていたはずなのに、メーカーは、今のうちに売っとけ!規格が変われば買い換え需要でひともうけできる!とばかりに、見切り発車してしまった。
おかげで、ユーザーは「え〜と、デジタルの28mmはフィルム判でいえば45mmか」てな、ややこしい換算をしながらレンズ選びをするはめになった。

デジタル一眼の便利な点として、「フィルムカメラ用の交換レンズも使えます」といったって、たとえば標準50mmとか、望遠ズーム80〜200mmとか、体で覚えたライカ判の焦点距離の感覚は、デジタルにそのまま置き換えるには混乱してしまう。フィルム用標準ズームが、デジタルでは望遠ズームになってしまったりするから、結局、デジタル用レンズとやらを買わされることになるのだ。

フィルムの35mm×24mmと同じサイズのCCDであれば、フィルム用レンズの感覚がそのまま使えるのだが、そんなCCDが開発されて、フィルムとデジタルの規格が統一されるのを待つより、暫定的な規格のCCDデジカメをとりあえず買って、レンズをそろえてしまっとるわけだ。デジタル一眼ユーザーというのは。お気の毒に・・・。

なにより僕が許せないのは、ジャーナリズムである。
「ちょっと待てば、決定版の規格ができるよ」という当然の指摘は、即「今は買うな」ということだから、メーカーの広告で成り立っている商業メディアではタブー扱いされる。「さっさと売りさばけ、規格を変えてまた売りさばけ」といわんばかりのメーカーの提灯持ちをしてきたことにならへんか?評論家どもは。

CCDの性能は良くなるのが当たり前で、規格は人類が20世紀を通じてなじんできたライカ判というサイズがあるわけだから、不動産や株とは違って予測は簡単だ。「少し待てばこうなって行く」と、ほぼわかっていることだから、それを言わないのは罪ではないか。
だれか民事訴訟を起こして、「買いそろえてしまったデジタル一眼レフとレンズの代金、払ってくれ」とでも訴えないものか?(笑)。まぁ、真打ち登場を待てずに、次々にデビューする息の短い新人に躍らされている消費者も、軽佻浮薄でっせと思うけど。

新規格CCDのEOSデジタルは、50mmといえば肉眼に近いあの50mm、85mmといえば恋人と会話しながらポートレートの撮れる中望遠である。
こんな当たり前のことが、早く「黄金規格」として定着してほしいものだ。
中途半端なサイズのCCDがのっかったカメラは、メーカーが責任を持って下取りしてみせれば、許してあげよう(えらそうに…笑)。マイクロソフトがウィンドウズをアップグレードさせるような発想に、立てないものかねぇ・・・。

1948 年に世に出たハッセルブラッドは、フィルムサイズは変わっていないから、最新のデジタルバック(6000万画素ぐらいになるのかな?)をつけることもできる。6×6cm(性格には56mm×56mm)の規格を変えずに、CCDの方を追従させたのである。おかげで、古いハッセルとデジタルハッセルが、レンズを共用できる。

こんな発想そっちのけ、「出たとこ勝負で売っちゃえ売っちゃえ商魂」のデジタル一眼レフメーカーは、いつかユーザーにそっぽ向かれて倒産するよホンマに。
1台も製品を使ったことはないけれども、とりあえずキヤノンの英断はえらい。敬意を覚える。
ニコンよペンタックスよ、キヤノンの子会社になりなさい。


セコニック救助

at 2005 08/29 22:00 編集

日曜出勤の帰り、いつものように梅田をパトロールすると、O林カメラの中古ショーケースに、ハッセルブラッド用ゾナー150mmを見つけてしまった。相場の3割安というところか。
いかん!いかん・・・と抵抗しつつ、気がつくと出してもらって、なでまわしていたから始末が悪い。ニコチン中毒、アルコール依存、ドラッグジャンキーと同じではないか。

「あきまへんわー、欲しぃなるから」とつぶやくと、かすかに笑いながら店員氏、「欲しぃなって下さいな」と、やんわりプレッシャーをかけてくる。にくいなぁ、この真綿のような勧誘。

さすがに、一見で10万円クラスのレンズ即買いというのはふみとどまったけれど、少し横にセコニックのマルチ露出計がさりげなくおいてある。
ハッセルを買ったなら、次は露出計でございましょ?だんな!!
といわんばかりの誘導ディスプレイではないか。

こっちは安いから、たぶん近いうちに「救出」しに行くことになりそうだ。
「買って、救い出して上げる」という感覚も、フェティシズムにアニミズムが溶け込んだような、おマニヤさま特有の病状といえるかもしれない。
ま、いいか。
露出計というのも渋くて、アマチュアらしくない。
三脚じーさまたちに、張り合えるかな?(ライバル心燃やしてどうする)


聖地ハンズ

at 2005 08/28 09:36 編集

同じ町内だというのに気づかんうちにハンズメッセが始まっていたので、のぞいてきた。
東急ハンズというと、僕の勝手な想像で、「下宿学生の部屋づくり」というイメージがつきまとうので、なぜ毎年のバーゲンが夏休みの終わりと年末にあるのか、いまだにピンとこない。
一般向けの売り出し方とすれば、新年度スタート直前とか、夏休み前あたりにやると、気合いが入っていいと思うのだが、僕にとってはハンズメッセがちょうど「登山シーズン始まり」か「初滑り」を告げる声になっていて、ありがたい。

結局、たいして買うものはなかった。
かつては、ふだん定価販売のハンズがアウトレットをやるだけでお祭り気分にもなっていたのが、いまは百均が「毎日、ハンズメッセ」状態なので、とりたてて浮き足立つ気にならないのだ。
ハンズ愛好家としては、ひとごとながら心配になってくるぞ。一体、ハンズは何を売り物にするのか。安さか?オリジナルグッズか?逸品か?
いや、どれでもない。ただ、一カ所にぎゅっと集まっているから便利、というのが存在意義だろうか。

一カ所にギュッといえば、財布のワゴンセールには、ふだんハンズで見かけない種族のオババが殺気だって群がっているのは、これいかに?
ハンズだけではない。なぜか財布売り場は、40歳から80歳までの女性をヒートアップさせる不思議なパワースポットになっているようだ。そりゃー男だって、クルマやナイフやカメラなど萌えるものはあるが、ワゴンに殺到してもみあいになるような「燃え方」はしないよ。
うーん、ミステリー・スポットでもあるねこりゃ。

なにか、ゲンかつぎでもあるのだろうか。
あなたの稼ぎは私のもの、私のヘソクリは私のもの・・・というヘソクリ原理+防衛本能が透けて見えるような、でももっと単純なような・・・でもひょっとしてうんと深遠な何かがありそうでこわい。
 


朝まで夢テレビ

at 2005 08/27 15:15 編集

久しぶりに、「朝まで生テレビ」を見通した。
党首が出ていたのは社民党だけだったから、それだけで「ヒマなんだねー」と思われたのではないだろうか。そもそも舌鋒バトル大乱戦のこの番組で、「ハイ!」と手を挙げて発言しようとする行儀のいい福島瑞穂さんは、一人だけ生徒会をやっている(笑)ようにも見えた。
いや、悪くはないんだけどね・・・

最初から最後まで「小泉政治は勝ち組政治」ばかり繰り返していて、なんだかお題目を唱える宗教政党みたいだったぞ。資本家まるごと悪者!という予断と偏見と固定観念は、この政党がよりかかっている創世記みたいなものか?
そりゃーわかったから、わかったから・・・となだめようと思ったが、社民党も末期状態だから、好きなことを言いつづけて「思い出の政党」になって行くのも、幕の引き方かもしれない。

たぶん、視聴者は「社民党は、勝ち組の出ない世の中にしようとしている」と解釈しただろう。俺も私もいつかは勝ち組・・・と夢見ている庶民にとっては、単純明快なポピュリズム政治こそわかりやすい投票対象であるし、金持ちにガッチリ増税しようとしている社民党は、夢をつぶすけしからん政党なのである。

けしからん政党が消えかかっている一方で、あてにならない与党は国民年金問題にお手上げ状態なのも、よくわかった。
出生率予測ははずれたし、国の総人口の推計も、予想を前倒ししてついに減少し始めた。どうすんの?
NEETやフリーター、非正規雇用労働者の実態も、議員センセイ、役人とも、どうしてもわからない面はあると思う(当落すれすれラインの議員なら、雇用不安はわかるかな?)。

それでも唯々諾々と年金とローンを払い続ける若手世代というのも、ほとんど神頼みの気持ちで政府に献金しているのではないだろうか。日本人は無宗教どころか、合理的な根拠もなく、もやーーーっと信じ込んでしまう「人のよさ」に満ち満ちているように思う。外資系の保険会社や証券会社からすると、「カモ1億匹に黄金の島」に見えているかもしれない。

社会学者の山岸俊男さんは、『安心社会と信頼社会』(中公新書)で、気分的に安心はしたいが、信頼できるシステムをつくろうという発想に乏しい日本人を描き出している。

南の島で、戸締まりなんかしなくても何も起こらない。警察官も弁護士もカウンセラーもいらない。もちろん、介護保険も必要ないし、村人おかかえの医者が一人だけいる。・・・という、日本人のムラ生活の原型みたいなコミュニティだ。
波風立てずに平凡に暮らしていたら、なんとなくだれかが助けてくれながら、平凡に家族を持って、お墓で安心して眠れる。
そんな社会で暮らせたら、どんなに幸せだろうと思う。

その延長で、ごく自然な発想かもしれないが、「一生懸命に努力すれば報われる」と信じる気持ちが線香花火のように明滅している。
ところが現実には、正直者がバカを見ることは多い。あてにしていた人があてにならないこともある。「いざというときのため」を考えすぎて、保険漬けになっていたりする。

では、今さら東京や大阪を「南の島」「江戸の長屋」に戻せるか?
否!
だったら、努力が報われないシステム、いんちきを許してしまうシステムを修正しなくてはいけないのに、そうした合理的な思考より「安心したい気持ち」が勝ってしまう。

信教の自由が保障されているから、何教に帰依して魂の平安を得ようと、盲目的に政府へ献金しようと、規制緩和で花開く(であろう)自分の起業能力を信じようと、神風をあてにしようと、どれも自由ではある。
それならば、夢が壊れたり、夢見ている真っ最中に目覚めたりすると悲惨だから、簡単には覚めない強力な夢を見させてほしいものだ。アメリカンドリームの好きな小泉・竹中政権は。


萌える居酒屋

at 2005 08/26 09:07 編集

こだわり意識過剰なOLを洗脳して、中古レンジファインダーカメラを買わせてしまった僕は、古物商組合から表彰されてもよさそうなほど、もう何個さばいたことやら・・・。

今回こやつにあてがった大人のおもちゃは、ヤシカエレクトロ35GX。コンタックスから手を引いた京セラが、はるか昔に買収したヤシカである。故障だ修理となって京セラに持ち込んでも、お手上げされそうなビンテージものである。
こんな中古カメラにも半年間の保証をつけてくれる店は、それだけで良心的だ。おそらく委託販売でさばきたいところだろうに。

店の情報だけメールして、「ついてきて」というのを冷たく突き放して、一人で買わせてきた。まるで「初めてのおつかい」みたいなものか?
このGXの銀ボディは僕も持っていて、とろりとしたシャープな写りは僕が保証済み。無責任に「いいらしい」機種を薦めたりはしないのだ。
あいにくブラックペイントモデルしかなかったらしいが、店員にじっくりと使い方を伝授してもらったそうだ。
そうかそうか、その方がええじゃろう。

というような顛末を、居酒屋で拝聴して、ひとときカメラ談義。
こういう飲み屋トークも、いいものだ。
ただ、なぜかカップル客ばかり並んで「相互観察光線」が充満する店だったのが残念。

これが、もし焼き魚の煙で蛍光灯が燻されているような大衆酒場だと、見知らぬおとっつぁんが「オッ、そそそそのカメラ、ぅわしが紅顔の美少年だったころよぅ、買ってもらったやつだ懐かしいねー!!ウィッ」と、割り込んできてくれそうなものだ。
(おいおいカメラに唾とばさんでくれよなー)とハラハラしながら、「ヤシカvsオリンパスvsコニカ」トークが広がったりすると、それはそれでおもしろいものだが、おじさまキラーのサバト財閥令嬢のように世界をつないではくれなかったな、昨夜のジェームス山の令嬢は。

アルベルト君と、飲み屋のテーブルを埋め尽くす年末カメラトーク計画が、動員台数約20台というところか?(笑)
わざわざ東京から財産ひとかかえ持って帰省するほど酔狂じゃないとは思うが、クラシック・カメラというのは、けっこう絵になる「居酒屋の華」だと思う。

僕が経験した「濃いテーブル」としては、真空管やチムニー(放熱器みたいなもんか)や携帯無線機までゴロゴロ並ぶ異様な世界もあった。これは店員さんも困ったことだろう。下手に当たると爆発しかねないし(笑)。
もっとも、僕も「これアメリカ陸軍納入の耐火電鍵(モールス通信を打鍵する器具)ですぜ、兵隊は燃えても電鍵は大丈夫!!」と、本末転倒な軍用品を持ち込んで参戦していたのであったが。公安がピリピリしている今だと、物騒な客として通報されかねない。

これが、クルマや飛行機のマニアだと、なかなか現物を眺めながら・・・というのも難しいけれど、カメラトーク、三脚トーク、BCLラジオトークなら簡単だ。
そういえば最近ちらほら増えているドッグカフェというのも、要は犬マニアが犬を持ち寄って犬を肴に(変なの)お茶する店だから、「真空管炉端焼き」と同じ発想ではないかと思う。
Hanakoに「クラカメ・カフェ」は載りそうな予感もするが、「三脚カフェ」「Nゲージ・カフェ」までは、まだ無理かな。
ちゃっかりと、アルベルト夫妻が載ってたりして(笑)。



ウォー・ビズ

at 2005 08/25 13:24 編集

この台風が、一気に秋風を運び入れてくれるのだろうか。
暑いのも彼岸までだから、せいぜいあと1ヵ月の夏。
去年ほど、水害あり猛暑ありの過酷な夏ではなかったような気もするのは、平穏でよかったということか?

つでに、クールビズもまずます成功・・・というわけで、早くも冬は「ウォーム・ビズで行こう」キャンペーンが始まったようだ。気が早いねぇ。
背広・ネクタイが売れなくて商売あがったりの業界は、さぞかし気合いを入れて重厚で暖かい服を売りまくることだろう。

たしかに、ちゃんとした服を着ていたら、まるで温室のように店内を暖めまくる必要はないと思うから、「部屋は暑すぎず・服で暖かく」もいいと思う。むしろそれは当たり前のことなのに、シャツ1枚の店員に合わせて暖房を設定してある店が多いから、上着を脱いで持つわずらわしさを客は強いられてきたわけだ。
ええい、みんな服をちゃんと着ろ!
だての薄着をすrから、暖房費かかるんじゃい。着ぶくれなさい!

となると、乙女薄着推進委員会としては困るのがホンネ。
せいぜい夏のうちに冷房でキンキンに冷やして、乙女の「耐寒性能」を上げておけば、冬にババシャツが貼りつくこともないか?・・・と勝手な計略をめぐらせている委員長の私は、敵視されても文句はいえない。

ウォームビズはまだ先だから結果はなんともいえないものの、クールビズはどう総括されるのか?
二酸化炭素排出量はどうだったのか・・・。
電力需要はどうなったのか・・・。
専門的なことはわからないから、素人感覚丸出しでふりかえると、「あぁ、しまりのないおとっつぁんが目につくクールビズよのぅ」という感じ。

片岡義男さんに『夏の姉を撮る』という小説があったと思うが、夏の姉といえば詩情が漂うし、夏の妹となると、松崎しげるのヒット曲「黄色い麦わら帽子」が浮かんでくる。ま、どっちも男の空想なんだろうけど。
「夏のおじさん」は、とたんにリアリティの世界になる。「明日は我が身」でもあるし。
正装すると暑苦しく、脱ぐと汗くさく、最初から着ないとだらしなく、結局どうやっても汚れ役イメージがつきまとうおとっつぁんは、浮かばれない。
あんちゃんがさりげなく着て外出している同じTシャツを、おとっつぁんが着たとたん「下着」に見えてくる謎は、何ゆえか?

Tシャツにしろ、ウォームビズで推奨されているタートルネックにしろ、簡単なものほど難しい。「襟」は鬼門なのだ。
Tシャツはまず二重あごと合わないし、あごを突き出した貧相な姿勢もバツ。髪形も、絶対に似合わないスタイルがある。
ほんとTシャツはシンプルだからこそ、難しい。
だから、僕はTシャツを普段着にしない。

でも、「オヤジ体型でTシャツを着て出て、おまけにテレビに出たりしてもいいのだ」と世間のおとっつぁんを勇気づけているのが、ホリエモン。
これから、どんなウォームビズ・スタイルを見せてくれるのだろうか(夏も冬もTシャツ・・・のイメージしかないのだが)。
国会に登院すれば、Tシャツに議員バッヂをつけるのだろうか?


今月のMVP新刊

at 2005 08/24 15:10 編集

PHP新書から出た櫻井寛『世界一周!大陸横断鉄道の旅』を、一気読み。
さすがカメラマンだけあって、章ごとの扉の写真さえ、モノクロながら旅情満点のみごとなショットばかり。口絵のカラーグラビアも、列車そのものを正攻法で写した、爽快ショットが並んでいる。
新書サイズであるのが惜しい。
でも、そう思うのも新書サイズの効果なのかもしれない。

鉄ちゃんにも写真派、模型派、時刻表派、車両派、路線派(?)、駅弁派・・・と、いろいろな専攻分野があって、身近なところではアルベルト君のような映像作家派もいる。
櫻井氏は車両にも興味津々なのがわかるが、ともかく旅の道連れとよくおしゃべりしているのに感心する。
人の名前はフルネームできちんと書きとめているし、どこに住んでいて職業が何で、家族構成がどうなっていて、連れがいたらどんな間柄なのか、実によく取材している。英語、中国語、ロシア語を使いこなしているのがよくわかる。すごい。
マルチリンガルだから世界を列車旅行できる…のではなく、世界を列車旅行したいからマルチリンガルになった、という感じ。まさに「好きこそものの上手なれ」である。見習いたいものだ。

一応この本のテーマが「大陸横断鉄道で世界一周」ということで、縦方向に「大陸縦断」する列車は横に置かれているから、僕が唯一乗ったCoast Starlight号が出ていないのは、少し寂しい。
・・・というような反響が、きっと殺到している(それが鉄ちゃんの性というものである)だろうから、櫻井さん、2周目を!という運びになるだろう(笑)。

そして、「だんだんゲージが狭くなる乗り継ぎで世界一周を」とか、「客室乗務員の制服をグラビア特集して」「運転席のコンソールの写真を!!」とか、マニアックな要望が届きはじめる。それで出版物が売れるか、世間が関心を持つかなんてこれっぽっちも考えない、「僕のこだわり」が煮詰まっている世界・・・それが鉄の道なのだ。
またそれに応えてしまおうとするのが、律儀なプロの性というやつだから、過労死しないでネと祈るしかない。


ジッツォ・エクスプロラー

at 2005 08/24 01:08 編集

三脚を二十何年かぶりに新調した。
なにしろ壊れないものだから、一生モノといえそうな道具で、耐用年数は「飽きがくるまで」という感じ。
これでは、三脚メーカーは商売あがったりではないか?と心配してしまうほどだ。

今はやりのカーボン三脚をとやらに色目を使ってしまうが、どうも安っぽい。まるで備長炭みたいな重量感(軽量感)で、おまけに高い。
結局、昔ながらのアルミ合金製に落ち着いた。

三脚業界には、イタリア製だ英国製だ国産だ、カーボンだアルミだと入り乱れているわりに、実際これほど、「長く使わないとわからない道具」もない。
結局あれこれ考えるのが面倒くさくて、こんなときはブランド一発指名で買ってしまうのが潔いというものだ。
となると、「フランス陸軍採用機関銃の台座メーカー」に、だれもがなびいて行くことになっている。三脚業界では。

本当は、ツイスターゲームのような複雑な立ち方のできるベンボー製を前々から物色していたのだが、ジッツォ製で何機種か「変てこアングル」可能なタイプがあったので、一番安いやつを選んだ。
猫も杓子もジジババもカーボンカーボンカーボンの世の中だから、売れにくいアルミ合金製は値引き率も高くて、ポイント還元率もいい。

専用工具が何個かついていて、一通りカチャカチャと操作してみて、なんとなく「機関銃の触感」を身につけた。なにやら血が騒ぐ。
観光イベントあるところ群れをなして出現するカメラじいさまの武装気分(笑)が、なんとなくわかる。
老体に鞭打って、オーバースペックな三脚やら大口径レンズやら持ってきたら、是が非でも何か獲物を仕留めて帰らなくては空しい。
・・・という気合いをくすぐる立役者でもあり、おとっつぁんの分身のようなものかもしれない。こんなしっかりした立ち方ができれば・・・と、「こうありたいワシの足腰」が投影されているような直立不動の三脚が、イベント会場には林立していたりする。

そんな場所で、うっとりとハッセルブラッドをなでまわしているような財閥令嬢がジッツォを立ててみたら、おそらく5分以内に「回春ナンパ」されるだろう。できれば、本物の財閥の主が吸い寄せられてくれるとありがたい。
よーし、三脚と令嬢に糸をつけて、いらなくなったライカや持て余し気味の交換レンズがひっかかってくるかどうか、鵜飼い作戦を立ててみるか。
不純な用途だが。



ママサマー

at 2005 08/22 07:46 編集

珍しく夕立ではない、まとまった雨が降ったりやんだり。
雨宿りをかねて入った喫茶店は、日曜日の夜中ということもあって、開店休業状態だった。

道路のしたたり加減をぼーっと眺めながら、雨足がおさまったところで店を出る。
自宅までさして距離もないから、ダッシュして帰ってもよかったのだけれど、雨宿りをいいわけにでもしないと、木の床がギシギシ揺れるこの愛すべき喫茶店に、御無沙汰ばかりになってしまう。

四国のダムに、雨水はたまったのだろうか。
水不足で苦労している街があるかと思うと、水の事故であっけなく命を落とす人が立て続けに報じられていて、やるせない週末だった。
渇水が慢性化している立場からすると、いっそ溺れるほどの水を浴びたいものだろう、中東やアフリカの砂漠の民は(ちがうか?)。

天気予報で気温だけ聞くと、あいかわらずの熱帯夜に猛暑だが、雨が降るだけで、夜風がとても涼しい。気化熱効果というのか・・・。この程度の雨が週一ぐらいのペースで降ってくれると、申し分ないのに。

敏感な秋の虫が、もうにぎやかに鳴き競う晩夏。
土曜日に久しぶりに会った同僚と夏バテ対策を披露しあったら、「やっぱ鍋よ、鍋」と、気合が入っていた。
それもいいかもしれない。ギトギトと汗を流して。

でも、今年はまだバーベキューをしてなかった。えらいこっちゃ。
宿題が残った気分だ。いいトシして、情けない。
「この夏も、出会いがなかったなぁ」という反省は、もう学生時代に放棄してしまったし、やがて「夏こそ、やせる」が目標になって、これも毎年目標倒れ。
だから、夏の目標を立てるのはやめた方が賢明だ。

小中学生の子供を学校であずかってくれない夏は家事が増えて増えて・・・とぼやいている母親たちは、まぁそうは言っても、年中行事のような仕事があるだけ幸せではないだろうか。「いかに安く・安全に子供を外に出しておくか」を探究するのも、良妻賢母の立派な夏の目標になるだろう。
どうしても子守りが苦痛な黒木瞳さん(ふう)がいたら、ワタクシが預かってあげてもいいが・・・金がかかりそうでこわい(笑)。

国が全国の子供を夏休みの間どこかの島に預かってくれたら、夫婦水入らずになって、出生率は上がるのではないだろうか。
いや、もしかすると、猛反対の声が上がるかもしれない。かなしいかな。
それなら、「父と子が向き合う月間」と称して、奥様たちを家から離して孤島に集める。
で、「いいパパ」グランプリを開催して、1位から好きな奥さんを選べるというのはどうだろう。または、いいパパにはいい奥さんが大勢くっつく形式にしてもいい。
これも、出生率を上げる名案ではないかと思うが、こんな政策案を政見放談で叫ぶと、また当選できそうにない。


あと10日

at 2005 08/21 14:36 編集

18切符の余りをちょうど使い切れる尾道ラーメン+鞆ノ浦シーフードづくし+広島焼きプランを練ったところへ、仲間うちのマスコット犬が「僕もまぜてくれーっ」と加勢してきた。

大歓迎!と伝えたものの、18切符をあらためて買い足すとなると、4枚余る。
ばら売りしているチケット屋があればいいのだが、5枚セット売りで「残れば買い取り」というところが多い。
さて、どうするか。

買う前に「消化するあて」を考えて買わなくてはいけないし、買ったあとはノルマを背負い込んだような気になるから、18切符は厄介な罠という感じもする。

鉄道少年なみに頭を絞れない石頭はお呼びでないという意味で「18切符」なのか?
鉄分の濃い旅は、けっこう綿密な計画と遂行が必要になるから、うかつに車内で居眠りもできない。
やっぱり、「自走」が旅の醍醐味なのだろうか。

きのう大阪駅改札口前に、ツーリング仕様の自転車軍団がいて、ふと見るとずいぶん若い。福原愛みたいな少女もいて、ヘルメットから足回りまで、びしっと決めている。
いいものだ。
高校自転車部員だろうか。「道立高校」だと感動するけど。僕は思わず道産子がんばれ!!駒大苫小牧でかした!!と、「調子のいい関西のおっちゃん」と化するだろう。

チーママみたいな化粧をして彼氏とのぞみでTDLに行く少女とか、
けだるい顔で右側の助手席でくつろでいる○△女子学院3年生とか、
誤ったコ娘があふれる季節だからこそ、サイクリストはまぶしく見える。

ついでに、麦わら帽子とスケッチブックと文庫本を持った旅少女というのも、定番の「理想的旅少女」だろう。

こういう少年少女のためにこそ、18切符を無料でばらまけば、小泉内閣大賛成に回るぞ私は。切符に顔写真を刷り込んで換金できないようにすれば、いやでも旅に出るしかない(そこまでするかー)。

金をかけないとストレス発散できないような高コストな大人にならないよう、早期予防接種しておくのだ、貧乏旅行で。

小賢しい高校生だと、河合塾の夏期講習なんてのに行きたいのだろうが、蝉が鳴き入道雲が浮かび空が底抜けに青い時季に、キンキンに冷房したビルの中で受験勉強というのも、そりゃ拷問か?マゾヒズムか?みたいな世界ではないか。

もっとも、遊びほうけていたら翌年は旅どころではなくなるわけで、どこかで1年、通過儀礼のように囚われの夏休みを過ごすのは、しかたないことかもしれない。

しかたない・・・か?
塾や予備校の夏期講習というのは、夏の臨時収入を得るのに何度かかかわったことがあるけれども、あまりにも良心がとがめるので(笑)、ずいぶん前に僕は足を洗ってしまった。

こっちもあっちも、ごく素朴なホンネは共通認識としてあるわけで、「今こそ夏休みにしかできないことをした方がいいんじゃないか?」と思いつつ、だったら、さー海へ行こう!!と走りだすのは青春ドラマの世界でしかない。

いや、そこまでは・・・そのあとが・・・と自己規制してしまうこの奴隷根性というのは、政治の産物か?教育の成果か?財界の思惑か?

自分探しやら、スピリチュアリティやら、アウェアネスやら、ややこしいものを求めて海外に行く金持ちが多いのを見ると、豊かな日本の断面を見せられる気がして、決して不景気だとは思えないが、不健康だし不経済だと思う。

こんな時代で癒されるには、金がかかる。ビアガーデンさえあればおじさんが鬱病にならなかった時代は過去の話。

かといって、新しい私を発見するために、ニューヨークへ!!
というのも、ご苦労さんやなぁと思う。北穂高岳の方が、自分の弱さ小ささ無力さをストレートに教えてくれる気がするぞい。
してみると、金持ちだがサイクリストのアルベルトは、貴族みたいなやっちゃな・・・


パラパラシュート!

at 2005 08/20 13:06 編集

そういえばラーメンが好きそうなホリエモンが選挙で乱入して、尾道がかき乱されている様子。落下傘候補が落ちて来た選挙区にとっては、災難のような波乱選挙だ。
でも、尾道市民なら静香ちゃんに投票するのが当たり前じゃろー!?という保守の重圧から逃れたい住民にとっては、あんなとっちゃん坊やでも、選択肢にはなるかもしれない。

どうせなら、大阪あたりから出てくれると、もともとお祭り騒ぎが好きな土地柄だから、もっともっと盛り上がると思うのだが、いくら破れかぶれの自眠党でも、ホリエモンを立てて騒動になった大阪を鎮圧する自信がないのだろうか。
「放送とメディアの融合」を唱えた次は「政治とカーニバルの融合」で行けよなーホリエモン!!
と、対岸の火事を見物する気分でいよう、京都人とともに。

落下傘作戦で、案外うまく当選したのは田中康夫知事。
この例を「成功のビジネスモデル」だなんて研究したりして、勝手連やらブログやらを活用した戦術を練っているのだろう。「うーん、ブログをペログリエモン日記にしてみようか」とか(笑)。

今までの選挙戦術を強制されたくないよね、おれ天才だから・・・という気持ちも、「非公認」の裏にあったのかもしれない。
自眠党としても、公認してからむちゃくちゃな「ビジョン」とやらを語られたら手に負えないから、品質保証はできないのが幹部のホンネだろう。

でも、惧れられるような候補者が出てくるのは、政治に風を吹き込むことになるから、悪いことではない。
この世に何のしがらみもなさそうな新人類が、その象徴になるのも、世相かねぇ・・・という程度の感慨しかもよおさない。お気楽な独り身としては。
ローンと専業主婦を背負って鬱病寸前のサラリーマンにとっては、税制や年金の改革こそ死活問題だから、「郵政は二の次でいいから、景気と福祉をどうするつもり?」と、お騒がせホリエモンに問いただしたいところだろう。

ただのIT成り金でいる限り、生活感のある議論が成り立たないから、これを機会に、ホリエモン流の社会保障センスを、ぜひうかがいたいものだ。
案外、涼しく言い放ちよるかもしれん。「猫も杓子も進学しなくていい」とか、「日本国政府の年金よりシティバンクの個人年金がお得に決まってるじゃないですか」とか、「公務員の終身雇用おかしいですよね」とか。

先生にほめられようと考えて質問する子供の質問より、大人がハラハラすることを無邪気に尋ねる子供の方がおもしろいように、しがらみのない人こそ、真理に届くカギを握っているのではないだろうか。
いっそ、参政権も12歳ぐらいから与えたらいかがかと思うのだが。


30.5mm

at 2005 08/19 08:28 編集

家から一番近いカメラ屋で買ったコンタックスの専用フィルターが、中古で出ていた。
口径わずか30.5mmのおもちゃみたいなパーツだが、この口径を使うのは、コンタックスのTVSシリーズか、ローライ35シリーズぐらいで、数が出ないせいか単価が高い。
数日前に、わざわざ猛暑の大阪まで探しに行って1890円もしていたので保留にして帰ってきたのが幸いした。神戸では1000円で出ていた。

「本体」を買うとき、独特な空気をまとったカゲロウのような店員が、まことしやかに「アクセサリーが全国的にどんどん在庫切れになってます」とおどかしてくれたわりに、筆頭オプションがあっけなく見つかったわけだ。

ちょと店員さん〜と、からんでやろうと思ったものの、カゲロウ氏がいない。
そのかわり、「あのコンタックス純正フィルターちょうだい!!」と僕が指さすウィンドーを、「ハイハイやっぱりお目が留まりましたかおマニヤさま」といわんばかりに、いかにもニコニコしながら開けてくれた店員も、「UV、プロテクター、CC・・・一通りそろってますよ」といいつつ、買え買え光線を放射していた。言ってくれるやないの。わたしゃCCフィルターなんか使わないくせに、一通り買いそろえてしまいそうで怖いがな。

掘り出し価格で買えたからいいとしても、こうして店の術中にはまって行くのが、哀しいマニヤの性というものかもしれない。
糸の切れた凧のような廃止ブランドの純正オプションを、必死に探しているユーザーが全国を捜索する一方、webサイトなんか持ってない店にこそ、お宝が眠っていたりする。
やはり足と汗で探してこその醍醐味なのだ、中古道は。
わざわざ世田谷から、神戸の魔窟へ6×6を買いに来たアルベルト君の足元には及ばないが・・・。


政党サンバ

at 2005 08/18 20:38 編集

衆院選が、おまつり騒ぎになりつつある。
「国民新党・亀」に「新党ムネオ大地」・・・「新党」に長続きした例はないから、そのうち懐柔されて2大政党のどっちかに吸収されて行くんだろうけど、新党ムネオ大地なんかは、野外ライブ連発作戦で若い有権者のハートをがっちりつかみそうな気がする。それはそれで、期待が萌えてくる。
もっと地方色の濃い政党が出てもいいのに。沖縄政党「いいさー」とか。

あちこちでかつぎ出されている刺客には、笑える顔ぶれも飛び出してくるようで・・・あの上目使いのIT社長を、静香ちゃんの選挙区に立えるって、まるで「カプセル怪獣ホリエモン」やがな。
あれ?東ちづるはどうなるの?
事務所は、「政治にかかわるようなことなどない!!」と否定しているようだが。

見境ない刺客作戦は、とにかく知名度抜群のタレントをかつぎあげて踊らせて、松健サンバ状態。
こうなると、どんな隠し球が出てくるか、楽しみではある。まさに、政治=まつりごと。落ち目の社民党は、ふーた君でも公認しないと票が入らないぞ。比例名簿で土井たか子の上に載ってたりして(笑)。

しかしマドンナ議員だマドンナ大臣だとチヤヒヤされていたころより、いま闘っている野田聖子は、いい。悩ましいほど、いい。同い年でも、ふてぶてしい辻本清美とは好対照だ。

このへんのお姉がたが連合して、「まだ若い女性党」でも立ち上げれば、案外100議席ぐらい取れるのではないかとも思う。
負け犬ブームの火をつけた酒井順子に幹事長をしてもらって、よけいなことも言う広報担当には遥洋子、まじめな政策立案は大平正代が適役だ。

ひと昔前のただのマドンナ政治家ブームではなく、ビシリと言うときゃ言う、締めるところは締める才媛軍団の政党には、萌えきらない野郎サポーターが群がるはずだ。
かくいう僕も、その中の一匹になると思う。
「降雪秘書」に立候補しようか・・・?


会員限定

at 2005 08/17 11:56 編集

NHKが、「うちの歌番組の公開放送、受信料を払ってない客は来ないでね」と言い始めた。
まず看板番組の歌謡ステージから「会員制」にするらしが、なんだかセコいねぇ・・・。
テレビCMが嫌いで、自動CMカットで民放を見ている僕のようなやつに「CM見てくれてないならスタジオ見物に来るな」という民放があれば、笑いものになるだけだろう。

セコいことをすれば、とばっちりは報道に及ぶかもしれないぞ。
たれこみ情報は、まず民放へ行く。
事件や事故の当事者が、「俺は歌謡ステージから締め出されたから、NHKにだけは取材させないよ」と言い出す。
とか・・・。
セコい態度は、見えないところで、じわじわと自分の首を締めて行くのではないだろうか。

受信料を払っているのに、ホールの入場抽選にはずれた視聴者さまたちからクレームが届いたせいらしいが、こいつらの発想も、貧相だねぇ。
ワシがはずれたのは受信料を払わん非国民のせいだ!てか?

NHKだけではない「員外利用者」の問題、広げていえば公共サービスのフリーライダーの問題は、無視できないのはわかる。
だったら、電車の改札や検札のようなシステムを、放送視聴に導入すればいい(地上波デジタル放送はその布石だろうが)。

「災害情報は、受信料を払っている方だけにお届けします」
というわけにはいかない。これは税金を使ってでも広報すべき情報だから。
だから、国会中継、災害情報、交通情報なんかは国営放送化して(バイリンガルでやればなおよろしい)、それ以外の存在意義を、NHKは追究してみてほしい。
国の責任で提供すべき情報を、国営でもない民営でもない巨大な法人が受信料と引き換えに提供するというのは、どうにもおかしい。

国民生活の基本的な安全にかかわる情報と、受信料を払ってまで視聴したくない「豪華なオマケ」番組がワンセットになっていて、アラカルトで選べないのが不満ではないかな、不払い問題の根底にある視聴者心理というのは。
灰色経理はどこの局でもどんな会社でもやっているから、襟を正せば受信料を喜んで払いましょう!!となるものでもないと思う。

うんと払ってもいい番組と、「こんな番組の制作費は負担させられたくない」番組を、清濁あわせ飲まされているNHK方式は、これだけハイテク化が進んでいるのに、さっぱり改善されない。
いっそ郵政民営化とワンセットにして、NHK民営化も国会で審議してみてはどうであるか!?なんならワシが法案提出してやろうか?(立候補する気になっている)

郵便と少額の貯金だけは公共サービスとして残して、宅配や保険は民営化――廃止ではなく市場競争――すればいい、というのが僕の郵政マニフェストだが(ますます立候補する気になっている)、NHKも縮小すべき時期に来ているような気がする。
あれもやる、これもやる、地上波デジタルだハイビジョンだ、と肥大して巨額の設備投資費用を受信料に転嫁するのは、公共放送がとるべき手口だろうか。


8・15

at 2005 08/16 11:03 編集

まさか、お盆を選んで無条件降伏したわけではなかったのだろうが、あの日からちょうど60年。終戦記念日も還暦だったわけか。
戦争の記憶が歴史上の話になり、「戦後」さえ遠くなりにけり、・・・と、時が悲劇を風化させる力は、非情なまでに強い。

という僕は戦争の記憶などない世代だし、学徒動員や勤労動員されていてもおかしくない世代だった父でさえ、「北海道には戦争なかったでござる」とケロリとしていた。父より若い母は、米軍パイロットが笑いながら撃ちまくる機銃掃射で同級生をパタパタと失ったらしいのに。

もし同じ経験をしていても、「もうこりごり」と思うか、「いつか仕返ししてやる」と思うかは、人によりけり。
いま本気で再軍備したがっている愛国者は、「微妙に戦争の記憶がある世代」に多いような気もする。本当の兵役経験者は、しみじみ戦争の残虐さを述懐して、殺し合いを否定する。

尊敬する親や兄の出征を見送った記憶や、自分もやがて兵士になる覚悟をしていて、終戦で不意にハシゴをはずされたような不燃感が、都知事や西村眞悟の脳裏にあるとしても、不思議ではない。ただ単純に「操縦桿を握りたかった」「魚雷を撃ちたかった」「銃剣ほしい」という初老のマニア(マニア歴は60年!)も、相当数いると僕は思う。

そうですか。
ではぜひ、戦いたかった方々には、戦ってもらおう。
気持ちのたるみや怠け癖を克服するには、年金を返上するのが一番。現役で働いてもらいましょう、お国のために。身を挺して。

老年海外協力隊を創設して、「従軍慰安婦などいなかった」「太平洋戦争の原因はザビエルとペリー!!」「反日感情にしがみつくタカリ根性けしからん!!」と伝道して回る仕事はどうだろうか(あぁ、2つだけ僕も小声で叫んでしまいそうなメッセージだ)。
出撃して、生きて帰って来たのが1割・・・となれば、特攻気分も味わえるだろうて。

「実体験できなかったが、すぐそばで見た戦士への憧憬」のような感覚は、やがて定年を迎える団塊の世代に焚きつけると、燃え上がるかもしれない。
日本赤軍シニアとか、赤い旅団ちゃんちゃんこ部隊とか、左翼風味が団塊の世代をくすぐるのではないだろうか。

いや、実際に「昔とったきねづか、火炎瓶作りはまかせろ」というオヤジもいたりすると、案外パラサイト娘やNEET息子が「すっげー!」と見直したりして家庭円満(笑)。
パラサイトに弾みがついても困るがな。


サイキックミーティング20000000005

at 2005 08/15 12:37 編集

あぁなんと邪悪なことに、社長令嬢と、牧師の卵とともに、サイキックミーティングへ。
押尾学をコケにして、キムタクを笑い飛ばし、ディズニー魔界ランドにしつこく疑惑の目を向け、トンデモ系インディーズバンド野郎をさらしものにして、スカッとさわやか2時間のカタルシス。

サイキックを知らずに初めてこの濃いイベントに誘い込まれてしまった牧師の卵クンは、教会と墓地の調査研究とかで、翌朝(つまり今朝)フランスへ旅立って行ったが、悪夢にうなされないだろうか。
そそのかしたワタクシも罪だが、チケットをとってくれた財閥令嬢sabato、おぬしもワルよのぅ・・・。表の顔はあくまでも清く正しく勤労に励む箱入り娘であるから、「日曜真夜中の本放送は聞けないの私」としおらしいが。
といいつつ、「このイベント、京都でもやってるんすかぁ?」と邪悪な好奇心を口にしていたので、この箱入り娘の孵化→脱皮→飛翔→炸裂が楽しみではある。フッフッフッフッ

純粋まっすぐ教科書人間は困りものだが、しかし僕のとなりに一人ですわっていた年齢不詳の「ピーターちょい似」は無気味だった。女装はしていたが・・・いや女性か。いや・・・?
一人でビール飲みながら映画館でカップルにはさまれていたらしい財閥令嬢も、たぶん同じように見られていたのでしょうな。「なんだこやつは・・・きれいに女装して」とか。

怪しい男女(いや女性だけか?)と笑える男どもが増殖しているデフレ日本、牧師の卵クンは「カルチュラル・スタディーズですね」とうなずいて納得していた。なるほどね。
そう、レイヴで行かなきゃ!牧師も福祉も。


たして青春68歳切符

at 2005 08/14 10:30 編集

流星群観察キャンプが悪天候で中止になり、その代わりに「青春18きっぷの旅」に変更!と指令を出したら、無反応。
それもそうだろう。

だが、切符はしっかり買ってあるから、行かねばならぬ。
「日本海まで行って帰って2300円!!」と持ちかけて唯一(しぶしぶ)乗り気だった乙女を朝9時に神戸へ呼び出して、いざ西へ。神戸→岡山→米子→鳥取→福知山→京都→大阪の四角いコースが、ちょうど丸1日で回れるのだ。

といっても、どこそこまでは行けるとか、何円お得だとかいうのは、理屈の上での話にすぎない。机上の妄想をふくらます雑誌やムックも多いこと多いこと。
結局、きのうも不測の事態が重なって、50点のできばえに終わった。

盆の週末というのが災いしたのか、岡山で乗り換えて新見まで、吊り革にしがみつくこと3時間。これで疲れてしまった。伯備線は緑したたるのどかな路線で、眺めのよさには少し救われたけど。

米子まで行くつもりが、伯備線が遅れて、途中の「三差路」駅・伯耆大山で山陰本線に乗り換えようとしたら、ここで乗り換え失敗。えらいこっちゃ。この1本をのがすと、山陰回りで帰れない。
しかたないねー・・・で、トボトボ同じルートを引き返して岡山へ。
新見で、乗り継ぎ時間に街へ出て軽く夕食。鳥ダシのきいた備中そばは、うまかった。

帰路もダイヤが乱れていて、このままでは倉敷で乗り換えられない!と判断して、一部区間だけ特急でジャンプ。とんだ臨時出費である。なんだか大事故以来、JRは遅れを取り戻す努力をやめてしまったのか?

日本海の夕暮れを眺めつつ・・・の風雅な車窓風景はボツになったので、せめて瀬戸内海を、と赤穂線を通ってみる。山陽本線といっても、山間部ばかりだから、潮をかぶりそうな海の間際を走れるのは、神戸市内の須磨や舞子あたりの区間だけなのだ。

赤穂線は、日本のエーゲ海に沿う風光明媚なローカル線ということになっている。
といっても、すっかり夜だから、眺めは真っ暗で・・・と惜しんでいたら、日生で花火大会を目の前で鑑賞できた。電車も10分ほど停まっていてくれたおかげで、駅の目の前の海上で打ち上げられていたのを、「ええもん見せてもらいました」の気分。
コース変更してよかった!!と思える余禄だった。

播州赤穂からは、新快速に乗り継いでアーバンネットワークに「戻って」きた感じ。
結局ローカル線旅情というのも、気が急いていると不便や挫折感(笑)に見舞われるもので、いつも通勤に利用している便利な高速鉄道網に戻ると、スムーズでほっとするのも情けない。

あぁ、この線路が稚内まで、鹿児島までつながってるんか・・・と思いを馳せられるのが「鉄の旅」の醍醐味だが、いつもの通勤路線につながっている安心感というか、「旅情希釈要素」と裏腹なのも事実。
名案を考えつつ、残り切符も消化しなくてはいけない。
変な夏休みの宿題である。


追悼

at 2005 08/13 09:03 編集

きのうは日航ジャンボ機事故から20年、という番組があちこちで放送されていたのはわかるとしても、チラリと見かけた「機長の妻」役の片平なぎさは、ちょいと若すぎる気がした。
今でこそ「2時間ドラマの女王」に君臨しておられるが、事故当時は、かろうじてアイドルの「淵」にいたのではないだろうか。たしか、石川ひとみあたりと同じようなせ代だったと思うが。

ドキュメンタリーへのつっこみはともかくとして、あぁ20年か・・・という感じ。あの事故を知らない子が大学生になっているわけで、長いといえば長い。
僕も、もし事故を何か不吉なサインとして考え込んだりしていなければ、また事故そのものが起きなかったとしたら、ひょっとして管制塔で働いていたかもしれない。

病的なウッカリ癖をかかえた粗忽者の僕が、空の安全を担う(→危険と恐怖の渦を巻き起こす)仕事に就いてしまわなかったのは、神様仏様の懸命の抵抗のおかげかもしれない。
事故の「おかげ」だなんて不謹慎なことはいえないものの、いつ何が人生の選択に微妙な影響を及ぼすかは、本当にわからんものだ。

坂本九さんの妻子も何かとマスコミに引っ張り出されて気の毒な感じもしなくはないけれど、「見上げて偲んでもらえる夜の星」になったんやなー昭和の歌の天才は・・・と、なにか象徴的なことのように感じてしまう。
「あしたがあるさ」のカバーがはやったおかげで、オリジナルを聞いて「この歌声はすごい!」と発見する学生世代がいればいいと思う。

事故で不意に「夜の星」になってしまった歌手といえば、のちにジョン・デンバーがいたが、これは自家用機だったせいか、扱いがあっけなくてわびしかった。
どっちも交通事故といえば交通事故だが、民間エアラインで被害に遭うのと自損事故とで、あまりにも注目のされかたが違うのを見ると、ご遺族が「そっと静かにしておいてほしい」と思ってもそうは行かない非情さを感じる。
僕は自転車事故で間抜けな最期を遂げる気がする。「あのチャリンコ自損事故から○年」と、どこかの尾根に慰霊碑が建つだろうか。
「えっ!こんな尾根をマウンテンバイクで走ってやがったの?無謀なバカヤローだな」と道行く人々に蔑まれそうな予感が大・・・。


救急コンビニ

at 2005 08/12 13:58 編集

ローソンが撤退して空き店舗になっていたところに、99円ショップがオープンして、にぎわっている。
昨夜は夜中のちょっとヒマなときだったのか、「ありがとうございました〜お気をつけてお帰り下さい!」と見送ってくれた。なんだか丁寧すぎるのも、ちと勘狂う。

このブロックには、両端の角にサンクスがあって、もう過当競争ではないかと思うのだが、生鮮野菜&果物がたくさんあって入り口近くに積まれ、「コンビニとは違うよ」というところをアピールしている。スイカの切り身をよく買ったし、今は梨が出始めでスーパーなんかではまだ高いから、ありがたい。あと魚介類が課題だろうけど、食あたりでも出たら致命傷だから、さすがに無理かな?

店員は留学生のような男女が多くて、徹底的にコストを切り詰めているのがわかる。
それで、まぁまぁの品揃えになっているから、コンビニに行くとぜいたくをしているような気分になるのも変な話。コンビニは、何から何まで、割高だもんなぁ。

一部のチェーンは、高級感を出そうという路線も検討中らしいが、どうも中途半端なポジションになるんちゃうかなー?と、老婆心をもよおす。
たしかに、今の品揃えお価格帯で横並びだと、もう発展性がなさそうな気はするから、「コンビニ的でないもの」を売ってみようと思うのも、窮余のアイデアかもしれない。

でも、せっかくの24時間営業なんだから、雑誌なんかは発売日の午前0時か、つまりキオスクや一般書店の開店前に発売してくれると、これは値打ちがある。単価の高い、話題のタレントの写真集なんかだと、かなり売り上げは上がるのではないだろうか。

既存の書店がクレームがつくかもしれないが、午前0時に営業してないのは書店の都合であって、「博識な店員」や「活字文化の香り」云々は不要!この日一番にお目当ての新刊を買えたらいいのだ!という客がは多いだろう。
こんな客の求めるような出版物こそ、コンビニや売店の守備範囲にまかせてしまえばいいと思うのだが、書店の経営は、あいかわらずマンガや週刊誌のような高回転率商品に依存している。ちゃんと考えているのだろうか。
週刊誌なんか、ふだん露店の百均でそろってしまうから、書店は「立ち読みスポット」でしかなくなった。
実際、僕のような客は多いような気もする。だから、店がゴミゴミする。

真剣に「書店でしか買えない商品や満足度」を追究しないと、書店に未来は見えてこない。
同じことは、CD屋、DVD屋にもいえると思う。
僕自身、本屋とかレコード屋というのは好きな人種だから、だからこそ、弱点にパンチをくらい続けながら打ち返せない老体が不憫に見えてしかたない。
いっそ、週刊誌やコミックはやめて、そのかわりバックナンバーをそろえるとか、ちいとは頭をひねればどうかと思う。

と案を出しつつ、もし99円ショップで「新刊の古雑誌」なんか売り始めたら、待ってました!とばかりにひいきにするのは確実。
客なんて、薄情なもんやね。


9・11

at 2005 08/11 13:31 編集

総選挙が9・11だなんて、よくできたシナリオで、これが日本をひっくりかえすテロになるのだろうか。
いや、選挙でひっくりかえるなら、平和で健全な民主主義だから、テロとはいえないか・・・。

それにしても、造反議員の選挙区への対立候補擁立のしかたは、露骨なあてこすりとしかいいようがない。静香ちゃんと平蔵はどっちが勝つのかヒヤヒヤハラハラワクワクものだが、選挙区が違うから投票したくてもできない。
平蔵にしてみりゃ特攻出撃を命じられたようなもので、まるで鉄砲玉みたいに使われる政界に入ってしまったことを後悔しているだろうねー。首相とアメリカの後ろ盾がなければ、一対一で政敵と戦う力なんか磨いてこなかった学者だし。

ほとんど死に体になりかかっている痔眠党には、いっそ散り際は、マツケンサンバふうに華々しく崩れてほしい。野田聖子の対立候補に、聖子つながりで松田聖子を立てるとか。
神田正輝もSAYAKAも歯科医もかけつけて、選挙カーの上で「かーちゃんがんばれ!」とばかりに、おじぎをペコペコ。岐阜は熱くなるぞ。

それが冗談に思えないほど、スポーツ界から人寄せパンダをスカウトして票を集めてきたのが自民党。
スポーツ脳に政党への忠誠心など期待できないことがわかれば、連立を組んでいる宗教政党を参考に、次は芸能界に目を向けるか・・・となる可能性もある。今さら遅いかな?

芸能界なのか何なのかわからんが、選挙といえば出てくるおとっつぁん羽柴誠三秀吉が、個人的には楽しみだ。
オウム真理党やUFO党など、トンデモ系の政党や候補者がぞろぞろ出ていた90年ごろの選挙は、いやはやおもしろかった。あのスラップスティックな政局は、ほのかに懐かしい。
だれもやらないなら、私がやるしかないか?


磁界をお楽しみに

at 2005 08/10 13:50 編集

ふと、無線工学で勉強した「電界と磁界」というのを思い出した長い一日だった。

やたら早起きな乙女と待ち合わせたおかげで、盆とはいえ通勤客ひしめくJRに乗って、須磨へ朝の9時に着いたときには、すでに灼熱の日ざしがカンカンに照りつけていた。
モーニングセットで腹ごしらえして、いざ海岸へ出動する。
平日の朝から、海の家の客引きがお盛んなこと。

熱い砂浜と強烈な紫外線、でかい入道雲・・・とくれば、海水浴のお膳立ては万全。
家族連れもいない平日だから、平均年齢22歳ほどの数千人が、思い思いに大胆なかっこうで闊歩している。駅構内まで、こぼれそうな水着で歩き回ってはいけません!!(やるなら電車の中でも!!)。

こんなあけっぴろげな空気にあてられてか、24歳乙女は、あれまー下着姿になって海へ。つい、そうさせてしまう海の磁力のようなものが、あるのだろうか。
水族園近くのビーチには、無料シャワーも並んでいるから、なりゆきで水遊びするには都合がいい。

久々に丸一日夕、方までいた須磨をあとにして、大阪へ向かおうとした矢先に、落雷でJRがストップ。
振り替えられてトロい阪急で梅田に向かい、乗り換えて心斎橋へかけつける。

案内をいただいていた上北沢暗室職人の「里帰り写真展」は、とっくにギャラリー閉館時間だったが、スタッフがいてくれたおかげで無理に入れてもらって、恐縮しつつスクエア・フォーマットの秀作を見せてもらう。
イラストありフォトコラージュありのグループ展だから、「正方形」のとらえ方もさまざま。

上北沢潜伏アルベルト氏の「未完の公共工事」シリーズは、静かなブームの「廃墟もの」の先取りをしたような、未完の廃墟をじっくり写し込んだモノクロの連作だ。廃墟になることが予期されている、でも廃墟になってもらっても困る奇妙なメッセージが、正方形フォーマットの中に曼陀羅のように埋め込まれている(のか?)。
報道写真だと、「こんなものはけしからん!!」と、自明のメッセージが直球で込められているものだが、右も左も上も下もない宇宙フォーマットは、考えることを考えさせる不思議な余地を持っている。

表現者たちの磁場から場所を移して、サバト財閥嬢と3人でメキシコ料理屋へ。久々の再会を祝して、タコス盛り合わせをつまみながら、サバ嬢のロンドンご外遊写真で「机上展覧会」。
50mm1本つけたニコンで世界を切り取って回るサムライは、潔くていいねぇ・・・と、おじさん二人で感心する(私も仲間ですかっ!とアルベルト)。

しかし、鑑賞するには店内が暗すぎるので、ファミレスへ移動して写真談義を続行。
アルベルトが腕によりをかけて焼き付け、編集したバライタ・プリントのポートフォリオが、どかーんと登場して打ちのめされる。水洗い、大変だっただろうなぁ。

ニューマミヤ6やらEOSデジタルやら、4台の武器をリュックに入れた190cmのアルベルトは、平和な従軍写真家に見えなくもない。
「よーしこちらも」と、従軍カナリアの僕は、怪しい激安ハッセルブラッドで応戦(笑)する。
ハッセルのシャッター音はでかいから、交互に空シャッターを切って遊ぶ二人は目立つ目立つ。テーブルの上には、何台のカメラが出ていることやら・・・異様な磁場を放射していたのではないだろうか。

「私らだけちゃいますよ。となりのテーブルのあんちゃん二人、ノートパソコンでブログの更新やってましたで」
と、サバ嬢が指摘する通り、暑い夜の心斎橋は、マニヤさまたちを引きつける巨大な磁界になっていたかもしれない。
いいねぇ、マニヤがマニアックに見えなくなる道楽社会というのも。
「そんなヒマがあったら仕事に励め」「勉強にその情熱を注げば」「あーた!ビオゴン買う金があったらこの子を塾に行かせてやってよ!!」等々と言われるのもマニアの宿命だが、その通りになれば、ワーカホリックな社畜が増えるだけじゃがね。


衆議院より役所の解散を

at 2005 08/08 17:36 編集

偶然、郵政法案の否決の瞬間に、立ち会った。といってもテレビ中継でだが。各局特番の熱の入れようで、甲子園にも目を向けてほしいよ俺たち・・・と、野球少年はぼやいていたかもしれない。

たかが一法案、されど一法案である。
小泉改革は国民が指示しているとはいえ、竹中丸投げ、ブッシュいいなりの郵政民営化には、さすがに参議院はNoを叩きつけたわけだ。

国鉄や専売公社や電電公社を民営化してもアメリカにとってメリットは小さいが、何百兆円もの国民の貯金は狙いやすい。そんなブッシュやハゲタカたちの提灯持ちをsているような竹中平蔵に対する不信任であったと僕は思う。
個人的には、まぁまぁごもっともな御説を唱えておられると思うし、方向としては官から民というのが世の流れだろう。
官で効率が悪いから、効率重視の民にやってもらおうというのも、もっともらしく聞こえる。

・・・とはいえ。
えっ、それで効率の悪い官が免罪されるのか?官の腐敗を叩きなおすのが先決でしょうに!

たとえば、夜間に交番におまわりがいないから、住民で自警団をつくって地域警備をやったら犯罪がなくなった、と。おまわりいらずだから地方税も払いません・・・では許してくれない。
「福祉は民間で」の基礎構造改革で、税金は安くなったか?

公共サービスを民営化して、民業と競争して公務員の仕事ぶりがぐんとよくなった!!なんて例は、どこにあるのだろう。
結局、公務員の身分保障や公権力にメスを入れないと、本当の改革にはならない。民営化はオマケのようなものではないのだろうか。

とまぁ、きのうは郵政技官だったホトケを供養する盆の墓参りで、国家公務員と地方公務員のまったりした兄弟にはさまれて、民業代表の僕は「小泉平蔵」になっていたのだが。


海上花火

at 2005 08/08 00:15 編集

60回目の厳かな原爆記念日は、心の片隅では黙祷しつつ、花火大会見物日になった。
久々に10人も岸壁に集まったおかげで、でかいクーラーボックスから酒が出る出る・・・で、「極楽岸壁」になってしまった。
あぁ、これからアップロード作業だ。

いつも思うことだが、フィルム写真は店まかせでスピード仕上げで1時間なら1時間、それですっかり完成する。待ち時間もほかのことでヒマつぶししていればいいわけだし、DPEができれば、あとは焼き増しぐらいで、写真としてはもうそれで最終的にできあがり。
今回は、相変わらずデジカメを使わず新しい中古の(ややこしい!!)フィルムカメラのテストを兼ねてのバルブ撮影だったが、結果は上々だった。
絞りをこれだけにして、シャッター16秒開けば、こんな感じかな?と予期した通りの仕上がりだ。

この「予期した通り」というのが、デジカメだと撮影直後にモニターでリアルに再現できるから、正確さ、再現の手軽さでは勝っているのは当たり前。
そんな確実さや効率は、「プロの業務」なら求めて当然だとしても、道楽の写真に求めてはいないのだ。
DPEシステムというブラックボックス(もちろん、薬剤を使ってアマチュアも同じ規格で現像処理できる)の向こうに生まれる写真画像を想像する楽しみがあって、あてがはずれたり、狙い通りだったりして一喜一憂する楽しみがあって、この想像力を経由する視覚芸術というのが写真の愉しみというものかもしれない。

とはいえ、夜景はレシピ通りに撮れば最も確実に狙い通りの光跡が写し留められるビギナー向け分野かもしれない。
ちょっと足場が不安定でぶれてしまったのが数コマあったのも、「想定の範囲内」だった。

そんなのはデリートしてしまえばせいせいするのだろうが、フィルムからは消せない。
失敗を消せないというのも、人間くさくていい。
心霊写真でも撮れてしまったら、消したくてたまらないかもしれないが。


野球仁義

at 2005 08/06 06:04 編集

甲子園に、さあ出場!と宿舎まで来ていたところに、出場停止になってしまったM高校、規則通りの処分とはいえ、本当にお気の毒だ。
監督が処分を伝えると、部員たちは泣き崩れたという。それはそうだろう。

問題は、その後である。
だれのせいだ!?と、原因追及予選が開幕する。
今回の直接の欠格事由というのは、部員の暴力と喫煙を報告してなかったことらしいが、だれがクロでだれがシロ、お前ピースなんか吸ってやがたな!いや俺はマイルドにしといた・・・というみみっちい塗り分けになってしまうと、せっかく同じ釜の飯を食った戦友同士の間柄に、末長く尾を引く亀裂にならないかと心配してしまう。
その後がんばってプロ野球に入れた部員は、たぶんダルビッシュ!とあだ名がつけられるだろう。まぎらわしいから、本家、1号、2号・・・と呼ばれて(笑)。

喫煙程度は――そりゃ違法といえば違法ではあるけれど――、やってみたことがない高校生は僕ぐらいのもんだ。「いたずら半分でふかして、監督にゲンコツ」で円満解決になりそうなものが、実際そんなことがあると、喫煙+体罰で二重の罪になってしまう。

高知の監督も、部員の風紀が乱れていたのを正直に申告させ、野球部で預かって処理したつもりだった、と語っている。
それが、上部団体への匿名のチクリで「公然の不祥事」になってしまったから、万事休す。

なんだか、企業社会のコンプライアンスだ内部告発だという話と重なって見える。

裁判制度のなかった時代、また今でもかなりの分野で機能してきた、「内部処理」「私の顔に免じて・・・」「預かり」といったムラ社会の集団自治が、チクリ1本で崩れてしまうのも、時代の流れなのかと思う。
もちろん、暴力事件や陰湿ないじめの被害者が実際にいれば、被害者の人権が無視されていいわけはない。なぁなぁでもみ消されて加害者が何食わぬ顔で晴れ舞台へ・・・というシナリオが進んでいたら、被害者としては黙っていられないだろう。

告発したのは被害者か、シンパかはなんともいえないとしても、問題が発覚した当初に「関係者だれもが納得する」処理をしていれば、告発者の鬱憤もたまらなかったかもしれない。
少なくとも、暴行部員はグラブ、バットなしでプレイさせるとか、喫煙部員は本人を燻製にするとか(こうなりゃ、罰則を受けた部員が、助けて!!と高野連に直訴するかもしれないが)。

武士の世界なら、「臣下の不祥事は拙者の責任!」と腹を切る主君もいただろうが、今どきそんなモーションははやらない。
相手が高校生だと、不祥事の責任を免罪してまるごと監督が預かるのがいか、個人責任を追及すべきか、難しいところだろうし。

やはり、問題部員が目覚めて、「集団責任でも監督不行き届きでもないっす。俺が悪いんす」と、切腹を買って出る勇気を誘い出すような監督マジックを見せてほしかった。
まぁ実際に切腹するわけには行かないから、喫煙ぐらいのことで網走刑務所に行ってもらおう。
国民も看守も受刑者も熱く同情して、上げ膳据え膳されるだろうし、出所時には門の前に数万人のファンの人垣。口々に「お務め、御苦労さんでござんした!!」と叫んでいる・・・と。
これこそ、ベッカムも真似できなスポーツマン任侠道というものだ。

高校野球を高倉健ワールドにしてしまうのも申し訳ないが、これ、高校野球だから救われている感じもする。
もしシンクロとか新体操の世界だと、あの子のスポンサーは教頭よ!とか、この子が私の彼を奪ったとか、どの子が引退後あっと大変身しそうだとか、下世話なゴシップが渦巻きそうな気もする。

あぁ、こんな偏見は、遥洋子に一撃されるかもしれない。
たしかに、野郎の世界でも、組織だ試合だ成果だという堅い話だけではなく、いろいろナイーブな問題はあるだろうと思う。
ただ、あんまり妄想をふくらませると、やおいのアニパロみたいな話になるから、ゲームセットにしておこう。


ブルー・シャトー

at 2005 08/05 06:51 編集

暑い。
熱帯夜が明けると35℃!!というような超真夏日にラテンを聴くとかえって暑いので、ボサノバなんかは冬に、サルサは春に合う感じがする。

なんといっても涼味あふれる「マイ避暑」は、北欧ジャズ。
たとえば、ヤコブ・カールソンの、まるで水晶の鍵盤の上を滑らかに踊っているようなピアノ・トリオもクールで気持ちいいが、優等生すぎるきらいも、なくはない。計算され尽くしたような・・・

それに、スウェディッシュ・ジャズはけっこうメジャーになってきたから、森の中に美しい泉を発見したようなお宝感は、「その他のスカンジナビア」に埋もれているような気がする。
で、最近まいっている(幸せな脱力感で)のが、フィンランディア・レーベル。まったく、打ちのめされてばかりだ。クラシックもよし、ジャズもよし。ハズレがない。

まったく偶然に中古屋で掘り当てたヘイッキ・サルマントの「スオミ」は、こりゃまぁクールといえばクール、かなりエキセントリックなジャズ・アルバムだった。
ライナーノーツによると、ヘルシンキ大学で音楽と言語学を修めて渡米したというヘイッキ・サルマント・・・なにやら右脳と左脳をフル活用しているようなプロフィールではないか。
アメリカのジャズ・シーンに影響を受けたというとおり、良くも悪くも「バーンスタイン」している。い意味で、先入観を裏切られた曲が並んでいる。

スオミ、と聞くと「森と湖の国」だったか、そんな意味の込められたフィンランドの旧国名だったと記憶しているが、サルマントの指揮するオーケストラは、「森の中のサマーフェスティバル」という感じ。
まぁ、そこはカウント・ベイシーにならず、ディキシーランドにもならず、気品のあるオーケストラ・ナンバーになっている。

ジャズなのか、クラシックなのかと区別するのも野暮な話だが、そんな「?」も頭をかすめながらの心地よい違和感が味わえた。ジョン・ウィリアムスに近いポジションかもしれない。
ともあれ、お買い得な逸品ではあるかな。
北欧ジャズ鉱脈からは、目が離せない。


発掘手帳

at 2005 08/04 23:16 編集

本屋でタイムスリップしてしまった。
光文社知恵の森文庫から、谷口尚規・石川球太『冒険手帳』の復刻本が出ていた。不意に。
一体、だれが発掘したのだろうか!?

初版は1972年。札幌五輪で、日の丸飛行隊が金・銀・銅メダルを独占した年だった。
本の中で取り上げられている「最新の科学の成果」がアポロ計画だったりするのは、古いように見えて、実は古くない。
30年たっても現代人はモヤシであり続けているし――サプリ漬けになっているのかもしれないし――、交通や通信のシステムが麻痺するとパニクるし、高度経済成長の絶頂期に警鐘を鳴らすメッセージ
goo日記アーカイブ2005年 | 23:23 | comments(0) | trackbacks(0)
2005年7月の日記
こども帝国こども人事院

at 2005 07/31 16:35 編集

図書館でボーーーッとしていると、いかにも「おれたち夏休みの暴れん坊」らしき小学生低学年がうろついていた。

何かのポスターの前でバタバタしていたとき、偶然そのポスターがパラリとはがれ落ちた。当たったわけでもない。
「し〜らんで!俺ちゃうもんね!」
と、ジャイアン級のボス猿は、子分を連れて一目散に逃げて行った。

残されたミニのび太が、しかたなくポスターをおさえているが、上の方を押しピンでとめようとしても届かない。けなげに、うぃ〜〜〜んと背伸びしてポスターを貼りなおそうとしている。

「こまったな〜」と、とまどうような、助けを求めたいような、でもしかられるのを脅えているような、複雑な心境がひしひしと伝わってくる。
いじらしい。キミの責任ちゃうのにねぇ。
優しいオジサンosawasenseは、押しピンを集めさせて、修復作業を手伝った。

作業完了したころ、ジャイアンについていったスネオ級が様子をうかがいに走ってきたところに、まわりで見ていた爺さまが「コリャー!!静かにしとれ!!」と怒鳴り散らして、ガキどもは退散して行った。

爺さまの気持ちもわからんでもないが、まぁ夏休みの子供って、こんなものだ。
むしろ、夕涼みがてら座り込んでペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャペチャクチャやっている女子大生風、奥様ふうの方が僕にとっては迷惑だが、婦女子は怖くてだれも注意できない(笑)。注意しても治らない気がするし。

子供は、しっかりしつければ、まともな大人になる。
ただ、十把一からげにチヤホヤしたり雷を落としたりするのは雑すぎる。ちゃんと現場検証してみよう。

仲間を置き去りにした「逃げ足の速いガキ」は、重罪である。リーダーシップ欠如。利己主義。冷酷無情。
こいつに親玉の資格はないぞ。島流しを申し渡す。
ついていったスネオ級もそうだ。「あいつを助けなきゃってボクは言ったもんね言ったもんね」と自己弁護しそうだ。それなら情状酌量は認めてやらん!!

とまぁ子供相手に裁くのも大人気ないが、でもこんなダメ親分に、なんでつるんでるの?と言いたくなるような、さびしげな野良犬っ子は、いつの時代にもいるものだ。
教育パパママだったら、「つまらない仲間について行くのはやめて、習い事しなさい」と導くものかもしれないが、偏差値秀才の道というのも、なんだか情けない。

たしかに、子供がいろんな不条理を体験する独特の世界のふくらみを「ダイエット」してしまうのも、大人のおせっかいかなーとも思う。
かといって、放ったらかしにして、我が子川や池から二度と帰ってこなくなるのも悲しいし、そんな親心に、プレイボランティアやジュニアリーダーのおにーちゃん・おねーちゃんが、遊び相手役を買って出てくれるのだろう。

結局は、子供が「この子(人)と一緒にいたい」と選んだ相手が、明らかに有害でなければ、尊重するのが一番だとは思う。そうして、子供は大人の目の行き届かない「子供の聖域」で、その中で子供なりの自治が働いていればいい。
だから、リーダー選びは大切だ。危機に瀕して先に逃げるリーダーか部下を先に逃がしてくれるリーダーか・・・。
やれやれ、大人の転職みたいな話になりかねないな、子供の王国も。


熱湯甲子園へ、選手入湯

at 2005 07/30 18:56 編集

ゆであがってしまいそうな高校野球シーズンが、地方大会でクライマックスを迎えている。
コーリョーが先制点!
と、ふと実況放送が飛び込んできて、一瞬どこの高校かわからなかった。
松井秀喜の母校もコーリョーだったし、広島の方にもコーリョーがあるし、神戸にもコーリョー学園がある。
教育者にとっては、あやかりパワーを感じる字面なのだろう。せめて頭に地名をつけてほしい気もするけど(うちの母校は兵庫県にあるのに、未熟アナウンサーには東京都立高校みたいに読まれる!)。

地方大会で真っ先に甲子園行きが決まったのは、沖縄尚学だったと思う。
ここは、僕の駅までの出勤経路にある県警本部のとなりの旅館を常宿にしていて、よく看板がかかっているから、地元ではおなじみさんになっている。がんばってほしいぞ今年も。

ただ、おなじみさんといっても、地域と触れ合う機会がないから残念ではある。夜はゴーストタウンのように静まり返っているからねぇ。
「あんまり街の中をうろつくなよ!」と球児たちにプレッシャーをかける効果もあるのかもしれない。超豪華超高層の県警本部タワーが玄関の目の前にそびえていると。
中華街にもハーバーランドにも歩いてすぐだし、風俗街はないから、気が散らない息抜きができる好条件の宿なんだろうけど。

しかし夏の甲子園は、北国の球児には本当に気の毒だと思う。第一、明らかに不利ではないか。
夏だけ札幌大会にすればいいのに(新庄がどこかのチームに紛れ込んでいたりするサプライズつき)。タイガースの「死のロード」もなくなる。

甲子園がドームでエアコンというのは似合わないし、妙に伝統や神話にこだわるところが、野球界にはあるようだ。
かちわり氷なんか、何がうまいのか、なんで風物詩なのか、僕は買ってみて首をかしげてしまったことがある。
やがて「なつかしアイテム」になって行くのだろうけど、もうちょっと気の利いた名物をヒットさせてほしい。

楽天が、「ホームグラウンドはボールパークにして、家族で楽しめる場所にしたい」と打ち出したときは、いかにもアメリカのパクりくさかっったが、1つの正解だと思う。
テレビ観戦ばかりのファンが、気軽に行きたくなるような演出を考えてほしいし、できれば家族でその気になればもっといい。
「今岡が手取り足取り腰取り教えます母子キャッチボール教室」とか。
「ミスタージャイアンツ終身名誉監督が胸を貸しますシルバーソフトボールのすすめ」とか。
そうして、サッカーや格闘技とも、子供を魅了する競い合いをすればいいのだ。

とすると、やはり「女子解禁」は大きな課題だな。
いきなりプロ野球で、とはいわないが、高野連は前向きに考えてはどうだろうかと思う。
「女子はソフトボールで」と決めつけなくても、軟式野球でもいいい。
となると、チアリーディングはイケメン少年軍団か?
日本中から、おねーさん&元おねーさん&昔おねーさんが、レミング・・・じゃないイナゴの大群のように甲子園に集結するだろう。

これこそ、ジャイアンツが腐らせた野球界リフレッシュの秘策である!
見てみたいやら、見たくないやら・・・


難問相談室

at 2005 07/29 10:49 編集

仕事を終えて11時ごろ帰宅すると、となりのトラちゃんが道端でウンコの真っ最中だった。
呼ぶと、顔をこっちに回して目を細めやがる。夜風にあたって、「あ〜極楽、極楽」といいたげに。
「キミそれ風呂に入ったときの顔でしょうに」と苦笑しつつ、おやすみをして別れてきた。

で、やっと7月は仕事納め。
夏休みといえば、お楽しみの子供電話相談室だ(おじさん何を楽しみにしてんだか・・・)。
やさしい先生たちが、電話1本で答えてくれる「答えの自販機」になる季節だ。
ただし、理科に限る。そして、検閲する(笑)。

子供電話相談といえば、「保健」分野の恥じらい質問も手を焼くだろうが、言葉のプロならどうにでもごまかしようはある。
むしろ、絶句する質問が続出するのは「社会科」だろう。

「じゅうぐんいあんふって、いたんですか?なにしてたんですか?」
「あまくだりは、どうしてもんだいなの?せんせいは、あまくだるんですか?」
「らいしゅうげんぱつをねらう、ってメールがきたんですけど、ほっといていいかなー」
「てんのうせいがどうわもんだいのねっこだって、おおさわせんせいがいってましたけど、とつぜんいなくなりました。どこいったんでしょう」

こんな素朴な子供たちこそ、真実に直球を投げてくるから、渋谷も麹町も赤坂もお台場も、蜂の巣をつついた騒ぎになるだろう。革命分子よ、がんばれ。
中には、「子供を装った26歳おねえさん」てのも、電話をかけてきたりするかもしれないが。

中高年の電話相談は、深刻でお気の毒な内容が多いけれど、「昔からよくある話」ではある。みのもんた名人の「別れちゃいなさい!」でかたづくことが多い。実際、すっぱり別れたら解決するのに、別れられないから悩むのだろうけど。
つまり、問題の真っ只中にいる。
子供の理科相談のように、客観的に外から見れば、「あぁ、これどうしようもないわ。悩んでないで、ご破算にしよう」と気づくことも、あるかもしれないのに。

うちの軒下にいたツバメは、どこ行ったんですか?
というような具体的な問いに、理科の先生は、「ツバメというものは・・・」と、一般論から話をする。
この発想が、中高年の電話相談の福音になるのではないだろうか。具体的でリアルな問題に巻き込まれている人にこそ、原理原則論・一般論は大切だ。

「姑のいやがらせがひどくて、主人も守ってくれませんの」
「嫁いびりは、嫁を介した近親相姦ですから、姑さんにやめろったって、そりゃやめられません」
「じゃあ私はどうしたら・・・」
「いびられるに身を委ね、随喜の涙を流して気づく被虐の悦楽に到達することじゃ」

まぁこんなところが無難だろう。
あくまでも具体的に相談に対応しようとすると、「あなたにも落ち度がありませんか?」てな展開にもなりかねないから。

問題状況というのは、具体的であるほど他人には伝わりにくいし、他人にはメスを入れてほしいのか触れてほしくないのかわからないケースも多い。
だから、一般論があって、それを自分なりに咀嚼したり距離をはかったりしながら、自然に解決してきたものだろう、人の世の悩みというのは。
そんな究極の一般論は、宗教であったし、これからもそうであると思う。

いや、これ宗教じゃないの。スピリチュアリティなの。
・・・と、不意に2年ぶりに電話をかけてきた人物は、数十分にわたって、「私の前世」と「転生」について語り続けた。
まぁ、それが彼女の生きる杖になっているならいいとしても、みのもんた名人の一喝にあやかりたい気もした。宗教じゃないと言い張る宗教まがいほど、いつの間にか宗教になって行くんですって。


スペース・ラブ

at 2005 07/28 23:27 編集

「野口さん効果」で、スペース・ラムが垂涎の的になった日清食品は、笑いが止まらないだろうなぁ・・・。僕も、ちょっと食べてみたい。あんかけビーフンみたいな感じか?

日清は、カップラーメンの元祖だし、「美智子皇后のふるさと」でもあるし、業界のリーディング・カンパニーであることはだれも疑わないけれども、明星やマルちゃん、エースコック、寿がき屋にも花をもたせてあげたい。赤いキツネと緑のタヌキも宇宙に行きたいだろうし、出前一丁も、なんぼでも宇宙に出前しまっせ!という意気込みだろう。
日本人の国民食は、こういう各社の競争のおかげで、味が磨かれてきたわけだから、どのメーカーもインスタントラーメン界の主役だと僕は思うぞ。

缶詰めやジャンクフードのメーカーはアメリカにも星の数ほどあって、「宇宙デビュー」を競い合っているはずだが、お湯をかける、好みで具材を足すような細工ができるのは、「カップラーメンの人徳」みたいなものだ。

ジャンクフードと来るなら、かっぱえびせん、ぼんち揚げ、かりんとう、柿の種、みたらしだんごetcetcのジャパニーズ・ジャンク・フードも、できることなら宇宙デビューしたいのではなかろうか。
スペースシャトルの中で空中浮遊しながら、
「船長、そのebisen僕にも下さいよ」
「いやじゃ。君こそ、柿の種のピーナッツばかり食べすぎて、柿の種に失礼ではないか」
てな場面が実況中継される日は、来るだろうか。

PRのために、やってみてもいいと思う。サポーターを募れば、日本人は喜んで献金しよるだろう。
国連の経営みたいに、ジャパニーズマネーで支えられるスペースシャトル・・・
テレビに映る船内が、まるでコンビニみたいになっているのも楽しい。


幸福向き日当たり良

at 2005 07/27 15:12 編集

台風のおかげで一時的に涼しくなった昨夜は、なんと鈴虫が鳴いていた。
とはいえ、これからが夏本番なんだろうなー
と思うと、西日直射のボロ部屋暮らしは試練の場である。こんな夏こそ、通勤したいのに、休みはつらい。

こんなことをぼやきつつ、この部屋で10回目の夏。
住所も勤め先も、少しずつズレながらも、だいたい10年周期で替わってきたから、そろそろ「リセットどき」かもしれんなぁ・・・と、ふと感慨にふける。

で、ヤフー賃貸物件情報を見ていると、激安物件が多い。増えている感じ。
トータル15平米前後の、それこそ寝に帰るだけのカプセルホテルふうワンルームが、3万円台からゴロゴロある。神戸の都心の山の手で。
築浅で、おそらく震災後にスクラップ&ビルドで、雨後のタケノコのように建てられた急ごしらえの棟々だろう。
「仕送りニート」や、フリーターのような層には、手頃な棲み家という感じか。

デフレのせいで「底辺物件」が増えたように見える一方で、安全で文化的な生活のできる立地と物件を・・・と探してみると、これがなかなかヒットしない。
今も昔も、条件のいい宝物は、めったに見つからないということなのか。

賃貸家賃なみのローン返済で持ち家!!
てな広告も、よく投げ込まれているし、実際あちこちの賃貸住宅を訪ねて回って「住み替えませんか?ローン組んで」と伝道して回る営業マンの姿も、よく見かける。

この営業努力が実って持ち家族がうんと増えてくれると、程度のいい分譲貸しや、賃貸物件の値崩れが出てくるものだが、持ち家vs賃貸のかけひきは、なかなか決着がつかない。
営業マン諸君もっとがんばってくれないと、賃貸物件たたき売り(たたき貸し)が進まないぞ。

OLもサラリーマンも、ローン組んでマンション買え買え買え!!と煽られて独身のうちに高い買い物をしてしまうと、いざというとき処分するのがはばかられるのだろう。持ち家は住み続けて賃貸家賃なみのローン返済をするからお得感があるのであって、売却すると買い値の半額に叩かれたりする。

結局、売れないから住み続ける。本末転倒かもしれないが、こうして配偶者より物件と熱く結ばれている(笑)持ち家独身者は、かなり多いのではないだろうか。
そんな、持ち家と結婚している孤独な城主にも、親と結婚しているようなパラサイトにもなるまい!とふんばっている賃貸流民が、僕の周囲には多い。
こういう種族の首に鈴をつけることが、できるのだろうか。少子化なんとか政策は。

個人的には、配偶者控除もパートの非課税枠も撤廃して、ワーキングウーマンの待遇を改善する――逆にいえば「働きやすくして、ガッポリ所得税納めてもらいましょう」が最も現実的な策ではないかと思うのだが、保守層はいい顔をしないだろう。「母親が家を空けるなんて、とんでもない!!」「女性の管理職で、組織がうまく行くわけないわい!!」と鼻息も荒げて。

でも、同じことは父親にも言える。
今以上に父性に接しない子供が増えたとしたら、行く末が心配だし、それは育児にかかわらない父親と、父性と子供を切り離した母親の共同責任なのだ。

女性ほど多弁ではないにしても、一生ローンを背負って酷使される「日本のお父さん」像と自殺率とを、冷静に見ながら懐疑的になっている青少男も多い。
19歳にして達観してしまっている少年もいる(笑)。僕は非難しない。
こんなのは気の毒な状況かもしれないが、年金問題なんてこの世に存在せず、学生は女!旅!バイト!でかけずり回っていればよかった80年代と今は違うのだ。

せめて、猜疑心や不安を「言語化」する手助けをするだけが僕にできること。言語化しないと思いが伝わらないし、対話が成り立たないし、老若男女が集まって話し合う土俵――公共空間ができないし、ひいては未来が開かれて行かないように思う。
言いにくいネタにこそ、無口な人にこそ、言語は必要だ。

前途ある少年に変に入れ知恵してしまった結果、「彼がこんなこと考えていたなんてショック」という少女もいる。あぁなるほど、「男は一生ミツグくん」って・・・その言い回しの出どころは僕ですがな!!と言うべきか、素知らぬ顔を貫くべきだろうか・・・(笑)。

今どき、自信があると言っても疑われる、自信がないと言えば逃げられる、で同性諸君は大変だわね。
実際、絵に描いたようなモテナイ君・できない君は僕ぐらいのものなのに、世間では「できる女性の社会進出・怖じけづくダメ男」のステレオタイプは受けがいいのか、マスターベーションのように報道され続ける。
アホな分析(にもなっとらんわい)を続けていたら、ますます少子化には歯止めがかからないだろう。

負担ばかり増えて、負担を上回るようなお得感がないから、否婚、否年金etcetcが増えているのに、霞ヶ関と永田町では「いかに巧妙にこいつらの首に鈴をつけるか」ばかり論議されているのも困ったものだ。

海老坂シングル大明神が、「男と女の解放を」とうたったように、持ち家(ローン)やら、高くつく家政婦(女房)やら、(丈夫でバカな旦那に寄生する)お嫁さん願望やらの幻想から解放された方が、文明人としては幸福ではないかと僕は思う。
なるほど縛られてこそ得られる幸福感というのも、わからなくはないけれど、そんなフレーズ、過労死や鬱自殺した働き蜂の御遺族の前で言えるのか?

とまぁ、働き蜂と主婦が営々と築いてきた日本人の幸せを、はたして僕は尊重しようとしているのか、壊そうとしているのか疑われかねないが、さしあたっては、独身で中途半端な不動を買ってしまった男女は、そんなもの安く手放して、さー解放されましょう!!


レアル・ジャイアンツ

at 2005 07/26 06:14 編集

親善試合とはいえ、レアルマドリッドがまさかの完封負け。
なんでも、北京で試合をしてすぐ来日、日本酒でグデングデンになっていたようだから、無理もない。
「連中、いま疲れて千鳥足だぞチャ〜〜〜〜ンス!!」というわけでもないだろうが、ヴェルディに続いてジュビロも金星を狙っている。

この勢いで、ガタガタのヴィッセル神戸がレアルマドリッドに勝つ珍事も夢ではない。
あたかも、ちびっこ親善相撲で、横綱がころがってみせてやるみたいなものか?それでヴィッセルが勇気づけられればいいけど。

親善試合といいつつ、ヨーロッパのクラブチームがアジア各地にわざわざ試合をしに来なくてはいけない理由は、「実はマーケティング」だったりするのは見え見え。
あっちこっち引き回されて、中華料理でフォアグラ腹になって、日本酒で千鳥足になったあげく負け戦をして、ご苦労さんなこっちゃなぁ・・・と、お見舞いするばかりだ。

傾きかけているといえば、相撲協会もそうだし、ジャイアンツもそうだ。
相撲協会は「琴欧州さまさま」で少〜し人気を盛り返しているが、花田君という難物をかかえている(笑)。理事のサプライズ人事に期待したい。

国技はやはり野球だ。
あのオーナーとゼニカネ作戦が癌だと気づかない球団は、堀内を引きずり下ろして次期監督候補に星野さんに札束を積み、案の定、断られたと思ったら、次はヤンキースのトーリ監督だというではないか。
バックスクリーンのように開いてしまった口がふさがらない。トーリは現役のヤンキース監督である。
札束を積めば何でもできる、客寄せ効果が頼みの綱・・・という発想は、だれか頭蓋内手術してやれないのか?

部外者としては、トーリでだめならアルベルト・フジモリ、それでだめならサダム・フセイン・・・と迷走しそうな気配が、楽しみだったりする。
これ。まるで財産をもっているお年寄りに、リフォーム業者がハゲタカのように群がってくるように、金満球団に「どうですか、いっそミッキーマウス監督という奥の手は」とそそのかしている(笑)やつがいるのかもしれない。

クロマティも候補に上がっているそうだが、クロマティは日本を相手に裁判中である。なに考えてんだか。
個人的には、大洋ホエールズで腰を振っていたカルロス・ポンセを再び見たいけれど、ジャイアンツのために真面目に考えれば、名キャッチャー山倉を発掘してくればどうかと思う。「今は静かにちゃんこ屋をやってますから、放っておいて下せえ」と断られるかもしれないが。

「あぁ、だめじゃったか。んじゃーバースに札束積んでこい。牛も連れてきたら読売牧場つくってやるからの」と、ソファーにふんぞりかえって指示を出したりしているじーさまが、あの球団の癌ではないのかな。
客寄せ効果しか考えてないとしたら、ベッカム監督とかクリント・イーストウッド球団社長とか、意表をつく監督人事も飛び出してきそうで、わくわくする。
監督の指示はハチャメチャになることうけあい、でも経済効果はけっこう出たりすると思う。
いかがですか、ナベツネさん!


六本木トーチュア・ヒルズ?

at 2005 07/25 13:54 編集

関東で震度5の地震は、いくら地震慣れしている(?)関東人でも、さぞかし驚いただろう。
交通ストップ、電話不通となれば、帰宅難民が何百万人も発生しかねないから深刻だが、疋田さんのような自転車ツーキニストは、がぜん得意げにシャーッと走るのかもしれない。

乗り物で僕が心配なのは、前にもロープウェイ事故について書いたのと同じ理由で、エレベーターである。
もし、どこかのテレビ局のエレベーターが突然止まって(お台場のフジテレビが止まったそうだが)、たまたま山口もえと僕が乗り合わせていて、彼女が300cc以上の水分をとって1時間以上監禁状態になれば、一体どうなるか!!

停電して真っ暗だと、まだ救われる・・・といっても、拷問のような密室になるのは必至。
「救出されたら、大丈夫、それ僕がしたことにしましょう!!」と、ええかっこしてみせると、ひょっとする展開になるのだろうか。
でも、シースルーエレベーターだと、望遠カメラで実況中継されてしまうわ明るいわでさらしものになるからこわい。

都市部の震災だと、家に帰れない心配どころか、どこかに缶詰めになる可能性が高いのに、その恐怖を実感として想像できる人はどれだけいるのだろうか。
地下街の停電・洪水もかなりこわいし、地下鉄やエレベーターの停電もこわい。

せまい箱の中だと、生理現象でまず困る。
10年前の震災でも、我々男どもは、避難所にいてトイレが黄金の楽園になってしまうと茂みの中で用を足せたが、個室設備が絶対不可欠の婦女子は大弱りだった。無理もない。
沖縄のおばあちゃん(特に意味のないたとえ)だと、「しょーがないさー」と適当なところでさり気なく「一件落着」できるかもしれないけど。

こんな非常時にどう頭を使うか、仲間が機転をきかせるかは、アウトドア経験が役に立ちそうだが、RV車でトイレやシャワー完備のオートキャンプ場に日常生活を運び込むだけだと、どうだかなぁ・・・と思う。
トイレがあったとしても、かえって不潔で不自然な感じが否めないから、慣れてくると、「もよおしたとき即そこらへんで」となってしまう(もちろん、穴は掘って、紙はライターで燃やしてという程度の作法つきで)。

山パートナーのホリエモンとは、お互い山道で、「ちょっとタイム!」と用足しに出かけてくる気心の知れた仲だが、戻ってきたときのバツの悪そうな表情がだんだん消えて、すぐに至福そのものの達成感(笑)が満面の笑みをもたらしてくれるようになるものだ。

そんなことを集団でやると環境問題だが、15歳までの間のどこかで経験しておくと、いざというとき絶望しなくてすむかもしれない。
「女子の世界」には、もよおしてなくてもつきあわないと後で協調性云々と陰口を叩かれるトイレ仲間の絆というのがあるらしいが、いざというとき、何かの役に立つのだろうか。
まぁ、男子の世界にも妙に「クソ」の似合う体育会系のやつと、人目をはばかって個室に忍び込む僕のような貴公子(実は奇行子)がいるものだが。


乙女心と夏の空

at 2005 07/24 21:03 編集

夏の旅のプランが、なかなか進まない。
「年齢差ちょうど2倍」の危ないオッサン+乙女の二人連れである。
そりゃ、うまく行かないよう、全世界の八百万の神様が怨念をかけてくるのもわかる。
だめもとパターンになりそうな予感は、だんだん確信に変わりつつある(笑)。まぁ、いいか。

職場のシフトが・・・とか、夜中帰宅はしんどいとか、細々したハードルが、途中で次々に出てくる。
まぁ、乙女の言うことだから、「障害事項は初めから言いなはれ!!報告連絡相談!!」と、キレる上司みたいな態度に出るのもヤボというものだが、これ別に「乙女とフリーターおじさん」に特有の問題ではない。

水星と冥王星ぐらいに遠い(!?)乙女とおじさんの間柄で、仕事の都合や体調、気分その他もろもろが何から何まで合わないのは、当然ではある。
では、ご同輩だと阿吽の呼吸でぴったりコトが運ぶかというと、そうでもない。
ご同輩サラリーマンたち相手でも、なかなか呼吸は合わない。
それぞれ事情があるからしかたないとして、お互いの職場の事情や気分の移り変わりや家庭事情etcetcが、さっぱり見えないのが難しいところだ。

きっかけと行動との間に介在する「媒介変数」が、水モノのように変幻自在になっていて(これは昔からそんなものだっただろう)、まさか「私の気分は言わなくてもわかってもらえる」と思っている王子様お姫様はいない(いや、僕の周囲からは排除しているだけか)としても、心模様をもれなく伝えられるものではないし、だから第三者には把握できない。

毎日職場や学校で顔を合わせている間柄だと、集まって打ち合わせすれば10分でまとまる話も、メールでウジャウジャ打ち合わせしていると、遅々としてまとまらない感じがする。
顔を見て、「じゃ、この線で行きましょう。いいね?」とやれば阿吽の拘束力になるものが、メールだと、「都合が悪くなりました〜ゴメン」と、指先1本で簡単に変えられてしまう。いったん決まったように見えて、実は決まらないのだ。
ちょうど、シャッター押せば完成するフィルム写真と、レタッチし始めると永遠に完成しないデジカメ写真との違いに似ている。

メディアそのものが持つ落とし穴のせいか、使う側のメンタリティによるのかはわからないが、人間関係をいろんな意味で難解にしているのが、メール社会ではないかと思う。
正高信男『考えないヒト』(中公新書)は、前著『ケータイを持ったサル』に続いてケータイ依存人間の退化ぶりを科学的に(?)コキおろしている新刊書で、心理学屋さんらしい単純明解な展開なので、読み始めたところだが、あんまり深い絶望は感じなくてすみそうだ(笑)。

メール1本で退職願まですませてしまう人種は、そのうちメール婚約、メール離婚、メール遺言、チャットセックス(これは今あるか)まで導入しそうで、行く末がこわいやら、楽しいやら・・・(笑)


1000匹

at 2005 07/23 16:21 編集

カメラのパーツの安い店をネット上で見つけたら、それが梅田の店だったので、買いに行くのはすぐなのに、なんとなく通販してみた(通買?通購?)。
しかも、店まで歩いて行ける梅田の銀行のATMで振り込む俺はバカか?と苦笑しつつ、待つこと数日。
と思いきや、振り込みの翌日に郵送されてきた。
なんじゃっ、この速さは!!

銀行振り込みって、たしか昔は文書扱いがデフォルトで、やたら決済に日数がかかっていた。急ぐならバカ高い手数料を取る電信扱いとか。
まず銀行が速いのと、おまけに店の対応が速いのと、加えて郵便が速い。
ありがたい話だなぁ。

店も、「商圏は関西一円」どころか、ネット時代になって全国区・世界スケールで競争せざるをえない。
銀行も郵便局も競い合っている。
競争すれば、消費者にとっての利便は確かに上がるものだなぁと実感した買い物であった。

という市場競争パラダイスを、木曜日にはねかえしてみる。
その夜は、「福祉職の市場競争」の可能性について、いくつかのキャッチボールをしてきたのだった。

すでに、ある分野の教育者は、成果主義で採点されている。毎年、採点を総決算して、場合によっては代役に入れ替えられる。だから、教育者というよりパフォーマーに近い(教育者にさえなりきれない趣味の研究者というのは国公立大学に多数生息しているようだが、これも文化的な不良債権といえそうだ)。

実際、予備校はきつかった。
大なり小なり、営業マンや販売員というのも、競わされ比較されて生存競争しているものだと思う。そんな査定と競争の世界から、「私なりにがんばれる世界」で、「私らしいヒューマンサービスを」と思う青年男女が、福祉や心理の世界に向かっているのは、状況としてよくわかる。

そして、「お客さんと私」の蜜月関係だけ見ていれば、そこは平和で小さな楽園になる。エンプロイアビリティだコンプライアンスだコア・コンピタンスだと追求しなくていいし、会計の知識も英会話能力も法律武装も営業努力もプレゼン能力もいらない。

でも、お客さんから見て「もっと相性のいい担当者はいないのかしら」と思ったとき、選択肢がないのは不幸だ。そんなNOといえない袋小路で、実際に多くの入院患者や障害者が生かされている。

こういう人たちに情報を与え、選択の自由を広げ、ひいては人権を擁護する専門家というのは、たいてい今そこでお世話になっている施設内部のスタッフだから、言いたいことが自然に言えなくなる構造が「デフォルト」になっている。
「学校に不満のある子いらっしゃい」と、学校内に置かれているカウンセリングルームみたいなものだ(笑)。
外部から抜き打ちで、入院・入所している利用者に率直な意見を聴取しにくる福祉・医療ミシュランというのは、まだいない。やれば大ヒットするぞ(!?)

いま自分が受けているサービスを、「こんなもんか」と思い込んで囲い込まれている病人・障害者・老人に、「もっといいとこがよそにないかな」と目覚めさせるような風は、徹底的にシャットアウトするのが組織の本性というものだから、そこに風を吹きこもうとする政府の方針は、この部分だけ見ると意義はあると思う。

そうすると、スタッフも経営努力をして、成果を上げなくてはいけなくなる。ケアする専門家のケアをする専門家が必要だ。
で、専門家や専門施設が増えて、それなりの待遇を求め始めると、福祉財政がパンクしないのかね?

いや、もう破綻確実ですから、ここまで!というのが支援費の問題だが、障害者と健常者、入院(すべき)患者と通院(でいい)患者の線引きをしなおす必要も出てくる。
実際、僕の旧友で、作業所に囲い込まれて「自立できない自立支援」を受けている男がいるが、彼の方がワーカーより社会経験も豊富で人間ができていて、ワーカーに適任ではないかという気もする(笑)。違うのは、資格を持っているかどうかだけ。

線を引きなおしてみる――つまり定義を考えなおしてみるのは、やってみる価値があることではないかと思う。
たとえば、「成人は15歳」、
「80歳以上を高齢者と呼ぶ」
と変えてみれば、社会問題のかなりの部分は解決するような気もするが、アナーキーかな?


モーニング・セミ・コール

at 2005 07/22 22:12 編集

今朝もなんてこった。
セミしぐれの声があまりにもうるさくて、目覚まし時計の音が聞こえなかった。セミに起こしてもらって、目覚まし時計が小声で鳴っていたのに気づいた。
セミ天国の理由は、目と鼻の先にある。
幹線道路から30mしか離れていないのに、車の騒音を吸い込んでほとんど聞こえなくなるほど、うっそうと街路樹が茂っているせいだ。
もしホコテンにしたら、絶好のキャンプ場になる。
・・・と思えるほどだから、セミや鳥の声も、はんぱではない。
フクロウがいたら楽しいけど。

汗だくで起きて、ひと風呂浴びて出勤してきた。
まだまだスカッ!!と夏休みにはならなくて、「週末婚」じゃないが、毎週後半にちょぼちょぼ通勤が残っていて、8月も完全に休みにはならない妙な夏だ。

世間がバブリーなころは、今やると過労死しそうな「週休20万円労働」に明け暮れていたが、そのかわり夏休みとか春休みは2カ月ずつあった。
そんなバブル景気は、もうごめんだという気がするものの、オンとオフのめりはりはあった方がいい。

いちがいに景気のせいではないだろうが、今のような薄暗がりの世相だと、オンといってもサービス残業のような部分、持ち帰り仕事も増えて、一方オフといっても、とことん安心して休めないような気がする。
これも不景気サラリーマンの宿命なのかねー


海の日の苦しみ

at 2005 07/21 13:37 編集

なんてこった、誕生日の夜に見た夢で「世界初の出産男性」になってしまった!
当然、分娩なんか経験がないから、どう苦しんだか?の実感はない。
「おまえ、太ってきたねぇ」と、たまに会うたびに老母にあきれられ、そう、極秘のうちに出産に至ったのである。ええかげん「マル高」だったのに加えて、たしか早産だったと思う。

さて世間にどう公表しようか、でもこの子の幸せになるやりかたが第一だわ・・・と(笑)、わが子の寝顔を前に悩みつつ朝を迎えたのだが、「お産野郎」になるとは、なんぼなんでも神様を冒涜している!

ふだん、他愛もなく「シングルパパ・恋人あり」が理想だなぁ・・・とほざいているツケが、神様が与えた「産む苦労」の夢体験だたのかもしれないが、なにぶん現実に体験できるものではないから、そこだけきれいに抜けていた。

とはいえ、産院で、とまどいながら「おめでとう」と言われ、祝福されているのか気持ち悪がられているのか複雑な心境に投げ込まれながら、行く末の苦労や責任感を、「お気楽男」なりにヒシヒシと感じたのであった。

いま一部の国会議員が、介護保険の赤ちゃん版「育児保険」を検討しているそうだが、たしかに育児の負担は社会全体で分かち合ってほしいワ!という気持ちもわかる(官僚は、出生率回復の呼び水になればということばかり考えているだろうけど)。

ただ、育児負担の支え合いが、「現金を強制徴収するだけ」という形でしかないのが社会保険方式の素っ気ないところで、もっと血の通ったいい方法はないものかと思う。
「子供をつくった夫婦と親族の責任で負担しあいなさい」というのも冷たいし、かといって「全国民で」というレベルに広げてしまうのも、不公平感や反感を招くかもしれない。

介護保険だと、介護サービスを受けずに世を去った人の遺族に、掛け金が戻ってくるわけではないし、利用者が少ない方が制度としてはありがたいわけだ。加入者の「掛け損」が制度の成功、逆にいえばモトをとる以上のサービス受給はお得だが、保険制度の運用側としてはありがたくないから何としても阻止しようとする。

これが、主に高齢者を対象にした年金と介護の保険制度の矛盾だが、育児(児童)保険は、その成果が未来の社会で見える形になって生かされるのがポイント。
たとえば、無医村に喜んで赴任する若い医師や看護士、貧乏人から金をとらず大企業や金持ちからうんと金をふんだくる青年弁護士、自分で勉強します!先生お疲れでしょうから寝てて下さい!という学生(笑)・・・
こんな子ばかりになれば、育児保険の加入者としては、かけた甲斐があるというものだが、ホリエモンとか女子アナみたいな少年少女が増えると、金返せ!!の一揆でも起きるかもしれない。

どんな子になればいいか、どんな子になればビシバシ叱られるか、近所の村人が四方八方から教えてくれたようなムラ社会は、育児責任が母親一人に押しつけられることはなかっただろう。親の周辺の大人達が、部分的に親代わりをしてくれるから。

農村ではない神戸の都心でも、僕たち3兄弟は、そうして育ってきた。
親の職場が自宅の隣りというのも地の利だったから、遊び相手・遊び場に事欠かなかった。社会勉強も兼ねて。
こけたケガした血が出たとなっても、僕を取り上げたという産科医がそこにいるから、こんな安全・安心な遊び場はない。

今そんな子育ての共同体があるだろうか?
と考えると、現実はお寒い。
手助けを最初からあてにするのもお気楽すぎるかもしれないが、心配しなくても自然にあてにできる社会というのは、たとえ○○保険の類がそろってなくても豊かな社会なんだろうな・・・と思う。
せめて「気持ち保険」に、皆さん加入しましょう!
・・・では、なかなか福祉の現場で労働をしている人の待遇は改善されない。

ゼニもうけにもなって、社会貢献にもなって・・・という利潤と福祉の両立は、決して不可能ではないと僕は思う。
ところが、収益を度外視するのが美徳という妙な福祉思想があって、現場もそんな空気に満ちている(らしい)。サービス残業あたりまえ、労災なんて申請しません、私の好きなお仕事だから・・・というのは、ある面で立派な心がけかもしれないが、それで長続きできるのは親元パラサイトぐらいで、どうしても離職率も高くなる。

僕が会社を経営するときは、保育所と特養を敷地内に併設するぞ。
これで労働者が安心して仕事に打ち込んでくれたら、投資は回収できるはずだ。この画期的ビジネスモデルを特許申請して、二番煎じが出てきたらロイヤリティをがっぽりいただく。マスコミが来たら取材費をがっぽりいただく。

保育士さんは素人芸の従業員。「いかにも保母さん」のお嬢ちゃんだけでなく、「多様な大人に触れる」方がいいのだ(←屁理屈)。
ついでに、保育所を児童劇団にして子供にかせいでいただく。松田聖子や黒木瞳みたいな女子従業員が増えるだろう(社長秘書にする)。

特養の入居者は、従業員の親御さんだから、わが子の会社の警備や清掃は喜んでただ働きしてくれる。もちろん、我が社のおじいちゃん・おばあちゃんとして、子守りもしてくれる(はず)。
あぁ、奴隷搾取と紙一重の発想かもしれんな。


44

at 2005 07/20 18:24 編集

また1つ年をとった。死のゾロ目。不吉な1年だ。
獅子のように猛々しい「志士」になれるか、結局へこたれて「死屍累々」のひとカケラになってしまうか・・・。

ハッピーマンデーになっても、学校の終業式は律義に20日!となっているところが多いようで、専業主婦にとっては子守り仕事が増える暑い夏になるのだろう。ご苦労さん。
いつか、主婦の方々を預かる(笑)ビジネスでもできるかもしれない。子供の春・夏・冬休みに合わせて、投資教室とか、ダイエットキャンプとか。
「そんなに僕が家にいるのイヤなの?」
と子供に不審がられそうだが、もしかすると子供はとっくに「夏休みは主婦が大変なんだって」「定年後のお父さんも、濡れ落ち葉になるそうだよ」てな話をして、ため息をついているかもしれない。

20日は、雑誌発売日の波でもある。
モノクロ職人アルベルト君がついに入賞を果たした『アサヒカメラ』は、立ち読みで感動をしみじみかみしめて、買ったのは『カメラGET』(アルベルト君ごめんね)。
もともとジャンク、中古シンパなカメラ雑誌(明らかに写真雑誌ではない)で、「さすが学研」な中身だが、カメラ仙人のお部屋拝見というグラビアで、マミヤカメラのエンジニアOBが載っていた。
74歳にして、工具が密集する工房でくつろぐ姿は、神々しい。
カメラだけでなく、時計や楽器まで自在に操る「メスさばき」らしい。
すばらしい!!

そういえば、このごろ大人の自由研究だとかクラフト云々の雑誌がやたらに増えた気がするし、その頂点がスケール部門で「家造り」、ミクロ部門で「カメラ修理」ではないかと思う。
電子ブロックの復刻ヒットは、「無線機を作ろう」のムックにまでつながる(電波法抵触すれすれ)エレキ部門という感じか?

ものづくり大国ニッポンの心意気は、いまや子供より中高年に残っているだけにも見えるのは、さびしい限り。
パソコン自作派が多いようだから、「デジカメを作ろう」「プリンターを作ってみよう」あげく「CPUを作ってしまおう」まで、クラフトブームが行ってしまうと、これはすごい。
これからは、「ものづくり中年」になってみようか。
 


しあわせ〜

at 2005 07/19 15:02 編集

ちゅーぶるカメラマニ屋の秘境、M宮カメラへ寄ってきた。
ほとんど、「巡礼」するような気分だ。杜や神殿で心が洗われるように、金属とガラスの光沢で目が洗われ、すがすがしくなる(笑)。

おまけに、昨日は「境内(=店先)」でホノボノしてしまった。
50歳に手が届くかどうかの夫婦が、三脚を品定めしている。
奥さんの方が、職人店主にいろいろアドバイスしてもらいながら、中古のジッツォをいじっている。
フランス陸軍の機関銃の台座を製造しているメーカーである。今はやりのカーボンやマグネシウム製ではない、鉄製のズシリと重いタイプは、この小柄なご夫婦には本格的すぎるように見えたが、とにかく奥さんは勉強熱心だ。
店主のインスアントレクチャーを受けて、無事お買い上げ。
ペットをかかえるようにして、裸の三脚を抱きかかえ、「あぁ、よかったー」「幸せ〜幸せ〜」と、意気揚々と駅へ歩いて行った。

中古三脚を買ったぐらいで、こんなに幸福をかみしめているカメラウーマンは珍しい。旦那に連れてこられた風でもなく、その旦那は終始無言でニコニコ見守っていた。
僕も幸せ気分をおすそ分けしてもらった感じ。いい夫婦だなぁ。

最近、写真に目覚めたおばちゃまだろうか。
旦那の方はよくわからないが、共通の道楽にふける夫婦というのは、貴重だと思う。
山登り夫婦、写真夫婦というのは珍しいわけではないから、次のステージ(笑)では、道具でペアルックとか、または道具で対決というのが仲睦まじくていい。
くだんの夫婦は、もしかして旦那がカメラとかレンズに凝っていて、奥さんが三脚やホリゾントにうるさいとか・・・(渋い!)。
勝手にうらやましい。

ちゅーぶるカメラ道やビンボー鉄道旅行やラジオ等々、一緒に楽しんでいたように見えた相手と久しぶりに再会して、普通のOLさまに「戻っていた」のを発見したときの、気が抜けたような寂しさは、大なり小なり、道楽野郎ならば想定の範囲内だろう。
よくスピーチの類で「パートナーシップは二人三脚」といわれるし、それもそうだと思うものだが、二人四脚になってしまうと、二人三脚ごっこの日々がウソくさく見えてくる。あぁ、これが大人の道楽の哀愁というやつですか・・・(笑)。

サブカルチャーが主食の人種と、サブカルチャーがおかずの人種は、似ているようで実は違う。二人はいつか永遠の岐路に立たされるのである!!(笑)
だから、最初から「女にはわからん」と決めこんで、一人で楽しんでいるマニ屋も多い。
それも賢明なやりかたかもしれない。
高いレンズなんか買おうものなら、「マイホーム資金が・・・」とブツクサいわれるのも、想定の範囲内ということで。
でも、「あんたにハッセルブラッドなんか、10年早いわっ!!」と罵倒されつつニコニコしている道楽者こそ、達人というものだ。
とはいえ、達人になるための試練のようなパートナーシップというのも、ねぇ・・・


明日ベター

at 2005 07/18 13:13 編集

今さらのように騒いでいるアスベスト禍、「石綿」と書くと、これ昔あちこちにゴロゴロしてたよなぁ・・・と思い出す。理科実験では「石綿つき金網」が定番ツールだったし、くずれた壁をほじくって遊んだこともある。
工事現場は絶好の探検場所だし、ましてや解体現場や廃墟は最高のスリラー・スポットだった。
ということは、今なんともないのは、ただの潜伏期間か!?

何十年も後にアスベストが肺ガン因子だとわかったところで、当時の行政に責任を問うわけにはいかないのだろうが、「あれ、実は危いんです」と言われても困る。
困るし、手遅れ・・・でも大問題・・・という環境汚染は、ほかにもけっこうあるような気がする。

たとえば、良い子は外で真っ黒になって遊びましょう!!と勧められていたかと思えば、今は紫外線だ皮膚ガンだと「UV商売」が花盛り。
いったい、真っ黒になっていいのか悪いのか!

車道沿いのジョギングとかオープンカフェは、肺ガン誘発行為だ!と、前々から僕は「一人キャンペーン」を展開しているけれども、日光や空気や水の汚染は、なかなか感覚的に気づきにくいから、ちゃんと科学的にチェクしてほしいものだ。

大本営発表で国民総動員できる時代ではないから、せめて義務教育のレベルで、「実は体に悪い」を教えてやってほしい。
そこに日教組や保守勢力や政財界がからまって、文春vs朝日の「買ってはいけない」論争が再燃するかもしれない。

子供の人体実験のようになってくるのは気の毒だが、なんだか国民まるごと、ええかげんな環境政策の実験台にされているような気もする。医療や福祉も、実験と軌道修正の繰り返しだからなぁ。
それが、子孫にいい未来を遺すための犠牲になっているなら、浮かばれるものだが、あの世でスティーブ・マックィーンは「ま、いいさ」と苦笑しているか、「許さねぇ」と怒り狂っているか・・・?


心身植物園

at 2005 07/17 14:53 編集

梅雨が明けそうな、でもどんよりと蒸し暑い薄曇りの土曜日、そろそろ終わりのアジサイを見送りに、森林植物園へ出かけてきた。「トヨエツ同級生」のK林君と、小娘M子との異色の3人編成で。

この季節の山歩きは、熱中症と背中合わせである。
そのせいか、3連休初日にしては登山者はまばら。とにかく暑いわい。
まぁ、まったくの炎天下を歩く部分はわずかで、たいてい森の中だから、「木漏れ風」は涼しくて心地いい。濃密な緑に、目が洗われる。

植物園のアジサイ村も、盛りを1週間ほどすぎた感じだったが、しなびた花はなく、満開で出迎えてくれた。
とりあえず、携帯で撮ったスナップだけアップ。
しょぼい100万画素だから、遠景はモヤモヤだが、マクロモードはけっこうきれいに写っていて、中途半端なデジカメは無用かもしれない。
くそ重たいフィルム一眼レフで撮った方のデジタルスキャンは、今夜あたり、アップ作業かな。

雨が降るだの照れば暑いだの軟弱なことをこぼす人間より、天の恵みを全身に浴びて咲き競う夏の花を見ていると、あぁ真夏の山歩きもいいものだと思う。
「夏の穂高、いきましょー!!」の誘いに怖じけ怖じ気づいていてはいけないな。
あと1回、足慣らし(+汗流し)しておくか・・・。


ヘミングウェイの名言

at 2005 07/16 21:42 編集

気の利いた名言で、人を支配するヤカラというのがいる。
「大事なものは、目には見えないんだよ」
の類の名文句を、自分の言葉のように人に浴びせるエセ聖人が。

時の洗礼を浴びて生き残った名言は、それはたしかに宝石のような至言である。だから、好きなのを選んで自分流に解釈して、自分の糧にすればいい。

サマセット・モームの『要約すると』のようなアフォリズムは、これはこれで1つの珠玉の随筆へと熟成している名作だが、名言というのは、幾億もの言の葉が降り積もった中から発酵して芳香がたちのぼってくるようなものではないかと思う。

そうした名言を、つい安易にいただいてしまうばかりか、人に押しつけなくてもいいだろうにと思うのだが、他人のふんどしで相撲をとるようなことを恥ずかしげもなくやってしまう神経はどんなもんだろう。

こう診断してみようか。
偉い人の名言をもっともらしく語りかけると、それは神託の意味を帯びて、口にした方は偉い人格が憑依した気分になり、聞かされた側も、勘違いする。
そんな、政治的な土俵ができあがってしまう魔法のつえが、名言・至言・箴言の類なのだ。

口先で子供を支配することにふけるお山の大将が、テロリストを改心させたとか、自殺率を下げたとか、悪徳経営者を引きずり倒したという話は聞いたためしがない。
負け犬をさらにひれ伏させて、打ち負かしているだけなのだ。
なんだかなぁ、こういうのは。

そんな神託があふれかえって腐っている権化のような場所が、学校という牢獄なのかもしれない。
金八先生ドラマがその象徴で、あれを「くさいのぅ」と笑っていた僕も、かつては中村雅俊の「涙は心の汗だ!」に感動していた単細胞少年だった(苦笑)。

そのまま単細胞中年になると、「涙は心の汗なんだから、うんと流していいんだよ」てな助言で弱者をマインドコントロールし続ける。また、無宗教な国民はそんな「魂の救済者」を求め、ありがたい御言葉を求め、生産され、消費される。N谷彰宏はまだ笑えるが、サッカー選手に語らせた「語録」まで、ありがたがる信者がいる。
まぁ、イワシの頭を信仰するのも個人の勝手だが。

最初「あぁ、またか」と思ってしまった今村楯夫『ヘミングウェイの言葉』(新潮社新書)という新刊を、工学部社会学科米文学専攻の僕は、つい手にしてしまった。
ところが、この名言集、けっこう気が利いている。
というより、なんだかアトランダムにワンフレーズ抜き出してみて、それを肴に書いた文学者今村楯夫の軽快なエッセイなのだ。

スピリチュアルくさい引用句は、最後の
「単純なことを永遠にとどめるためには、目を閉じては不可能だ」
ぐらい。

もしかすると、「偉大な文豪の名を安っぽい名文句集で汚してなるものか」と謹むような気持ちが働いたのかもしれない。
とすると、すばらしい翻訳者であり、文学者であり、エッセイストだと思う。
この夏、今村訳のヘミングウェイを、あらためて読んでみたくなった。



世界遺産JR北海道

at 2005 07/15 14:05 編集

知床の世界遺産登録は、当然といえば当然で、北海道の国立公園は、どこが登録されてもおかしくない。利尻・礼文も穴場だし、阿寒・摩周湖もいいし、根釧原野もいい。

長崎の軍艦島を文化遺産にしようという動きもあるようだから、それなら夕張炭鉱もいかがかと思うが、とりあえず自然遺産は異論がないだろう。
ついでに、どさくさにまぎれて歯舞・色丹島も含めてしまえば、いつの間にか日本領に復帰・・・ということにはならないだろうか。

熊の生息密度が世界有数だというから、世界遺産になったおかげで、ますます守られるわけで、どうも人の足のようなものをくわえている熊とか、人の頭らしきものをころがして遊んでいる子熊なんて姿も、どこかで見られるかもしれない。
こやつら野獣にとっては、世界遺産さまさまである(笑)。

もしかして、今回の登録の陰で鈴木宗男が暗躍してることがわかると、登録キャンセルされたりしないのだろうか。ぜひ、しばらくの間は「俺の力さ」とは言い出さないでいてほしいが。

こんな国際的評価になると、どうしても政治的な力は否定できないから、かなりのロビー活動もあったと思う。
それはそれで政財界人の仕事だからとやかく言わないが、純粋に民間力で世界に魅力をアピールするものがあってもいいと思う。

「遺産」「北海道」「文化」といえば、鉄道だ。
線路と駅と車両、ついでに運行ダイヤもセットで世界初の鉄道遺産にすればいい(D51も復活するかも)。大赤字でも律義に走り続ける路線は、遺産と呼ばれるにふさわしいではないか。

青函連絡船も、再び列車を乗せて津軽海峡をわたってほしい。
あのドラマは、日本人が見捨てても、アジア、欧米の鉄ちゃんが放っておかないだろう。
微笑みの貴公子やチェ・ジウ、ベッカムさま(あぁまた引き合いに出してしまった)、ブリトニー・スピアーズ、ミシェル・ウィー・・・みんな「日本の鉄道大好き。私お忍びで旅してます」といえば、猫もシャクシも鉄道に殺到するぞ。

これが「東名高速をドライブするのが好き」だと、東名高速にファンが殺到することはないと思うけれど、鉄道となると、乗り合わせる幸運を探すゲームのような感覚が味わえる。だれが1537Mに乗ってたとか、どこの駅で803Dに乗り換えたとか、リアルタイムで2ちゃんねるが盛り上がるかもしれない。

この「北国の鉄道こそ、文化遺産!」という誇りは、同時に「遺産になりかねないわびしさ」と背中合わせでもあるから、このバロック風味がまたいいものなのだ。
がんばってほしいぞJR北海道!


萌えカップ

at 2005 07/14 13:20 編集

ロボカップが大阪で開催されているとは知らなかった。
京都にしろ大阪にしろ、かなり「アナログな街」だと思うからこそ、よけいに意外な感じ。

で、厚遇役人の総帥の関市長が大会委員長をしているとかで、スピーチをしていた。
失笑してしまった。
これは、「コストパフォーマンスの悪い市職員はロボットに替えて行きまっせ」といいたいのか、「ロボット以下の怠慢職員をかかえてトホホ」といいたいのか、ともかく陰のメッセージを感じた国民が多かっただろう。

これにこたえて、何年か後の大会までに、だれか「公務員ロボット」でも開発して披露してくれないものだろうか。
呼ばれたらスローモーションで歩いて行くくせに、12時のチャイムが鳴ったら猛スピードで充電スタンドへ走るとか、当てこすり芸を256パターンほどプログラムしてほしい。

当てこすりに終わらず、公務員以上に高性能なレスキューロボットや地雷撤去ロボットは、ハイテク日本のお家芸だと思うし、萌え風味をトッピングしあ介護ロボットなどが開発されると、「目的外使用」でバカ売れするにちがいない。
がんばれ、街の機械工!

といいたいところだが、こりゃ行ける、となると大手が市場参入するのは確実。
「ソニーの微笑みの貴公子ロボットが、貴女に寄り添います疲れ知らずで」「東芝の萌えロボットは着せ替え衣装つき」「サンヨーの大阪ソフトロボットは表面が人肌加工」・・・と入り乱れてくると、あぁますます出生率は低下するね。


破壊的ちゃんこ

at 2005 07/13 10:37 編集

「破壊王」橋本の若すぎる急死は、あらためて、強いのと健康は別なんだと考えさせられた。アンディ・フグもそうだった。
もしかすると、サプリメントやら筋肉増強剤やらで薬漬けになっていて、血管寿命を縮めたのかもしれないし、プロの格闘技は「そうでもしないと・・・」の世界なのだろう。

格闘技といえば、貴乃花の激やせは、「整体師の変な影響か!」「タレントになりたいのか?」「病気か?」と、いろいろな憶測を呼んでいる。
いくら引退したからといって、あのやせかたはないでしょう?と素人の僕でも思うのだが、素人は髪形の方が気になってしまう(笑)。

プロの識者によると、あまりやせすぎると、弟子たちの稽古をつけるとき胸を貸せないのが致命的なマイナスになるという。「あれじゃ肋骨が折れる」と指摘する元現役力士もいるようだし、実際に「胸を貸す」体当たり稽古は親方もつらいらしい。

体を張って弟子の育成ができないとなると、口先でああしろこうしろと言うしかない。なんだか野村監督のID野球セオリーを思い出すなぁ。
あの雄弁な(笑)貴さんの、落ち着きはらった神経質ぶりは、弟子たちを追い詰めているのか、脱走者も出ているようだが。
いっそ、貴乃花部屋はやめて、「貴乃花プロダクション」にでも転業すれば、背後にいる元女子アナも本領を発揮するのではないだろうか。

闘いを見せるプロの世界は、純粋な腕っぷしで勝負しなくても、いろんな意味での「話題性」が収益を呼べば、それはそれで許されるのかもしれない。
芸能界も女子アナ界も(あ、同じか)実際そうなっているようだし。

先代の故・貴ノ花も、大関止まりだったが、角界のプリンスだとか、華やかな結婚とか、父子鷹の物語とか、話題は豊富だった。そして、若すぎる病死。
太く短く生きるのも、細く長く生きるのも、それぞれの人生だと思うけれど、不本意な早死にや長生きは避けたいものだと思う。
「スキャンダルにまみれたまま永眠」とか、遺族に紛争の種を残すような最期というのも、残された身内が気の毒ではある。

その点で、若貴兄弟はどちらも犠牲者といえなくもない。
仲良く弟も兄貴の店の向かいで仲良く張り合って(?)ちゃんこ屋でも始めれば、相乗効果ですごい売り上げになりそうな気もする。
いやー、あの嫁さん・あの髪形だと(こだわりすぎ!)「イタリアン・レストランTAKAをプロデュースさせていただくことになりまして・・・」なんて言い出しかねないが。


もんでます

at 2005 07/12 22:17 編集

朝イチの通勤電車とは2カ月ご縁が切れる。やれやれ。
「定位置の顔ぶれ」にしてもケータイマナーにしても、ビジネスマン&ウーマンの世界にはある種の秩序がきちんとできていて、それはそれで「苦痛に満ちた電車通勤」でもない(押しくらまんじゅうにはならないから思うだけか?)。読書もできるし、マイカー通勤より「お得」感がある。

今月最後のラッシュアワーでは、「無秩序の中の秩序」を目の当たりにして感動した。
スポーツ刈りの高校生が、デイパックの中からラップにくるまれたおにぎりを出して、一生懸命もんでいるのだ(笑)。
そりゃ、ラップしてるとはいえ、本やノートと一緒にデイパックにぶちこんでいれば、崩れるわな。つまり、「にぎり直し」をしているわけだ。

がさつな少年じゃのう・・・と思いつつも、なんだかほほえましかった。
たぶん、ママのにぎった(パパでもいいけど)おむすびなのであろう。
いっそ、そこで食っちゃえば?と思ったぞオジサンは。

おむすびと通学電車といえば、つい先日のJR事故で、犠牲者の遺品になってしまった弁当を思い起こす。不幸の予感などまるでない朝、手渡された弁当こそ、あの世とこの世をつなぐ絆として、何よりも饒舌な「遺品」になっていたと思う。僕は「遺されたお弁当」の報道に接して、号泣したぞホント。

不吉な連想はイガグリ少年には失礼だが、事故に遭わなくても、弁当を手作りして持たせる習慣は、本当にいいものだと思う。
手頃な外食店がないとか、高いとか、いろいろ事情はあるだろうが、弁当という絆は、適度な距離感があっていい。

それに、愛妻弁当とか「かーちゃん弁当」を律義に職場や学校に持って行く男に、悪いやつはいないと思う(勝手な思い込みか?)。
鬼瓦のような柔道部主将が、かーちゃん弁当にパクついている姿なんて牧歌的でいいし、手厳しいカマキリ課長が、意外にも愛妻弁当に舌鼓をうっている昼休みというのも、「人間性の片鱗」が垣間みえるひとときだ。

あんまりメルヘンチックなレイアウトだと開くのに勇気がいるし、僕なら新婚野郎の愛妻弁当とみれば茶化しまくると決めているから、シンプルかつ安全に「おむすび」がいい。
この手仕事で家族が結ばれているわけだから、「おむすび」と呼びたい。「おにぎり」は、どこかエッチだし。

へー、家族愛にめざめたんすかー!!と、社長令嬢サバ子の冷やかしも聞こえてきそうだが、そうであって、そうでないような・・・。
職場で弁当を開いて、「へー、愛妻弁当ですか」と聞かれたときに、「まー近いかな、法的に妻じゃないんだけどさ」というのがクールでいい。超・愛妻弁当である。

さらに妄想特急で行けば、娘に持たせる「パパ弁当」には、腕によりをかけて全力投球したい。
娘が幼稚園で聞かれたら、「これパパがつくってくれてるの」で先生たちをどよめかせる計画となっているのだ。
「なにか事情がありそうだわ。家庭訪問しないと」と思い立った竹内結子せんせいを、からくり屋敷で待ち受けるワタクシ・・・
そうは問屋が卸してくれない世はまだ末ではないな。


松嶋彩

at 2005 07/11 16:07 編集

雨宿りがてらハーバーランドのベンチでメールをごそごそやっていたら、親子3人連れがやってきて、のどかにアイスクリームを食べ始めた。
どことなく、しんみりしている。暴れ盛りの兄弟も、妙におとなしい。
すると、だしぬけに、次男(推定6歳)が、
「ママー、りこんだけは、しないでね」
と言うではないか。なんじゃいな!?

母親は一瞬絶句して、「こんなとこで、そんなこと口にするんじゃないのっ!」といいたげな狼狽ぶり。
なんだか深い事情がありそうだが、よくありそうな話でもある。

兄弟そろってウィーン幼年合唱団(架空)のようなかわいい坊やで、母親はというと、アマチュア松嶋菜々子とアマチュア杉本彩を足して2で割らないような、驚きの女神である!
これはもう、「キミたち、ママの離婚ぐらい許してあげたまえ太っ腹で」と命じた上で、「ママの離婚後はおまかせ下さい」と太鼓判を押してしまいそうになるが、変なおじさんに見られるのがオチだろうから、やめといた。

と謹慎あいつつも、
この子たちの養育費は、俺が払わにゃならんのか?
と、つい気遣いしてしまったのも、先走りのしすぎかもしれないが(笑)、前向きに検討してもよかったぞ。

「ママー、妹ほしいよー」と坊やが無邪気におねだりすると、ママはどんな顔をするのでしょうか!!!!
とまぁ、妄想特急が暴走しそうなので、人騒がせなビューティフルママは離婚など考えず、貞淑に暮らしていただきたい。

こんなミセスは、一人で外出するとナンパされ続けて大変だろうから、「男よけにもなる子連れ」でいるのかもしれないが、ワタクシの前では逆効果というものだ。
それなら、たとえば出川哲郎ふう旦那と幸福絶頂期のファミリーを演じていたらどうか。たぶん妙にアマチュア出川野郎を勇気づけることになって、これも逆効果だろう。

ベッカムだんなという選択肢はどうか。
絵になりすぎるカップルというのはイヤミだし、長続きしないものと決まっている。
どれにしても、ミセスのかけこみ寺は結局ワタクシということになるのだ。
んー、しかし3号被保険者にはしてあげられないかもしれない・・・(笑)。


半日鞍馬天狗

at 2005 07/10 08:54 編集

ニコンのズームが安く手に入った。もちろん中古で。
「アウトドア撮影はペンタックス」で一通りそろえて、かれこれ20年、故障知らずで働いてくれていたのが、標準域のズームニッコールを入れたせいで、2系統のメーカーがそろってしまった。

もらった父の形見がニコンだったせいで、どんどんニコン勢力が増強されて行く。危うし、ペンタックス!
ペンタックス軍はLX1台を酷使するばかりなのに、ニコン精鋭軍はすでに2台ある。おまけにマニュアルニコンは、どのボディも優秀で、全部ほしくなるから困る。

先月、裏山へお供してフィルムが半分残ったので、抜いてニコンに詰めて、昨日は京都へ出動してきた。ズームニッコールの試写を兼ねて。
行き先は、やはり山間部の、鞍馬寺である。

格安切符を買うと、京都まではJRで50分一直線、たった550円で行けるが、京都市内で地下鉄や叡山電鉄を乗り継いで580円かかる。変な気分。
それほど市街地から離れた鞍馬界隈は、緑が深くて静かだった。祇園祭の最中だったが、しょぼしょぼ雨が降っていたおかげで、山里は観光客でごったがえすほどでもなかった。

それもそのはず、鞍馬寺参詣道は、これでもかといわんばかりの登山道そのもので、ほとんど修験道の山寺である。
だから、鞍馬天狗じゃない一般庶民が手にする観光ガイドブックに載せるのはいかがなものか?天気と季節によっては遭難者が出かねないよ・・・と思うようなコースだった。
ふと思い起こせば、うちの裏山の摩耶山天上寺や再度山大竜寺も、こんな感じだった。

雨の森はしっとりしているし、もやに煙る古木は荘厳で、お堂で雨宿りしてぼーーーっとしている気分は悪くない。
テープで聞かされた宇宙エネルギー云々の講釈には笑ってしまったが(名シェフが腕を奮うレストランの客席に味の素が置いてあるようなものだ)、そんな安っぽい御託をばらまかなくても、参詣道を黙々と歩くだけでも命の洗濯になるわい。

それでも強まる雨足にしっぽり濡れながら、急ぎ足で泥んこになりつつ貴船へ急ぎ、下山してほっとひと安心。
鞍馬寺は花の1つも咲いていない森また森の謹厳な山寺だったのにくらべると、貴船神社は「華」がある感じかな。川床のある飲食店や宿もちょこまかとあって、「お忍びの旅」スポットかもしれない。

あたふたと神戸に戻ると、雨はあがっていて、京都との季候の違いを実感した。雨粒だらけのズームニッコールとF3は、とりあえず故障せず働いてくれていた。

しかし野の花の1つも皆無の、地味ーな寺ではあった。京都にしては珍しいのではないか?ツユクサぐらいはどこかにあって、見落としていたのかもしれないが。
この季節だと、藤や紫陽花や桔梗など、寺社ごとに咲き競っている花を巡る旅というのも楽しみになるけれど、たまには森と草木だけの精霊を感じる静かな参詣もいいものではある。
宇宙エネルギーというより、むしろ大地からしっかり養分を吸っている草木の生命力そのものを感じる「サイエンスなお散歩」だった。


串田孫一さん追悼

at 2005 07/09 10:00 編集

不意に飛び込んできた、串田孫一さんの訃報。
なんとも寂しい。
先月、新聞で晴耕雨読のような生活を楽しんでおられる哲人の姿が紹介されていたばかりなのに。

でも、「自宅で老衰のため永眠」という自然な最期は、珍しい。89歳だと、普通なにか病気をかかえて、病院で看取られる場合が多いから。
僕の祖父母も、眠るように家の畳の上で息を引き取った。そして串田さんは、なぜか僕の祖母にそっくりなのだ。「おばあちゃん顔のおじいちゃん」は、本当に親しみがわく(ドクター日野原の人気の秘訣も、そのへんにあるのかもしれない)。

おばあちゃん顔といっても、串田さんは哲学者でもあるから、柔和な顔の奥に深い思索をたたえて、膨大な著作を遺しておられる。
著作数と古本で流通している量の比率を出してみると、極端に「出回ってない多作家」が串田さんだと思う(両方多いのが赤川次郎か)。
それほど「愛蔵度」の高い随想が多くて、それもやはり読者が同じような立場に身を置いて追体験できる楽しみがあるせいかもしれない。山野を駆けまわりながら詩を読み随想を書く行動派・・・というと薄っぺらくなってしまうが、真似事をしてみたくもなるのだ、山男は。

山を歩きたかったから定年前倒しで国立大学の教授をやめてしまったというから立派だ。
そして、存分に山を歩き、音楽を語り、FMのDJを始めてしまう。
この身軽さは、名誉教授だなんやら審議会委員だと公職にしがみつく学者とは好対照だ。

不謹慎だが、著作集が出て、手に入らなかった本も読めるかもしれない。
虎は死して革を残すというが、串田さんは著書だけではない。
杖を置いて路傍の岩の上で一服している老登山家の姿に、山小屋で地酒をちびちびすすって若い登山者の話をニコニコ聞いている老登山家夫婦の姿に、串田孫一の面影を重ね合わせることができる。

今の「中高年の登山ブーム」の未来に、串田孫一的「山の思索」ブームがあると僕は直観している。
合掌。


郵便的不安

at 2005 07/08 08:35 編集

夜勤日だった昨日は、ロンドンの地下鉄テロより、電車が「須磨駅で小動物と接触のため8分遅れ」というトラブルの方が気になった。
車で出勤していた同僚も、その隣りの区のインターで「小動物が迷い込んだとかで渋滞してたわよ」と笑っていた。

イノシシかなんかですかねー、とうなずきあうものの、少し雷雨が降ったぐらいで、電車や道路をふさぐほどゾロゾロ人里に出てくるお騒がせ者ではないだろう。
未だに謎。

あぁ、「小動物」で電車が止まる日本はのどかでいい。
もちろん、地下鉄サリン事件などは外国からすると宗教テロで、イスラム原理主義テロと同列に見られているのかもしれないが、日本人自身は、テロ対策という意識はピンとこない。「鉄道事故」で100人、飛行機事故で500人という単位で犠牲者が出るから、テロより人為的ミスの方がこわい。

それにしても、英米が中東に干渉するのは今に始まったことではないのに、ニューヨークやロンドンの一般人を一瞬にして何百人、何千人と直接狙うテロが
結果的に、国民を直接不安にさらすような政治にも、どこか致命的な脆弱性があるのではないだろうか。
その象徴がブッシュとブレアという、おちょくられやすいキャラクターだ。

米ソが対立していたころの、レーガン、サッチャーには、水も漏らさぬ威厳と風格があったのに、「アンポンタンといたずら某や」は脇ゆるゆる、難題にぶち当たると癇癪と恫喝とヒステリー・・・で、威厳のカケラも、風太くんほどの風格もない。

一国のリーダーシップというのは、小手先の手練手管ではなく、国民の「恭順」を自然に集めるような謹厳、風格、威信のようなもので、ただの票集めゲームで「合法的に首班になったもんね。文句あっか」では、ちょっとそれは・・・という気分になる。
これが、デモクラシーが宿命的にかかえる脆弱性のようなもので、その兆候として、足元から国民の安全が崩れてくる。

かといって、君主専制を復活させよというつもりはないし、テロのいいなりになれというわけにはいかない。
そもそも英米国内にだって、中東から手を引けという世論があるのに、「テロに屈したことになるのはボクいやだから、後には引かないもん」という意固地なバカ殿様と軍部と戦争商人が、国をまるごと「座礁」させてしまっているように見える。

日本にとっても、他人事ではない。
不条理な犯罪、自殺も増え続け、出生率は減り続ける。国民が逃げ出すのではなく(優秀な頭脳は流出し続ける)、この国で生きて行くことを否定する国民を増やし続けている政治は、投票という形で政治参加する国民を減らし続けている。
なにか「根本的に失格」という気がする。いや、そもそも政治になっていない。

かといって、バカ殿様の手遊びを否定しようにも、オルタナティブは石原慎太郎か、宗教政権かということになるから、どうにもあぶなっかしい。
数合わせで議席総数だけは多い民主パッチワーク党も、いつ空中分解するかわからないし・・・。

いま国民をしっとり安心させる勢力は、郵政民営化反対議連かもしれない。支持政党を超えて、国民の熱烈な支持を得られるだろう。
その勢いで、郵政党をつくればいい。いかがかな?綿貫さん、静香ちゃん。
まずは文月にちなんで、「手紙を書こう」キャンペーンで、やんわり人心を包み込んで行く。キャンペーンソングには、中島みゆきの「恋文」を使って。

これで、「省が消えても政党として復活する」前代未聞の例になる。
となると、個人的には、鉄道省も復活させたい。これも、確実に社民党以上には党員、票を集められると思うのだが。


ロリンピック2012

at 2005 07/07 14:37 編集

オリンピック開催地を、英米仏で争っていたとは知らなんだ。
お互いに、
「テロの標的になるようなものだ」
「うまいもの何もないじゃないか」
「チーズくさいぞキミたち!」
てな痴話げんかも、あったにちがいない。

極東の島民にとっては、どこでもいいようと思えるし、今は北京五輪で日本選手が襲われやしないだろうか、いっそボイコットした方がいいだろうか・・・で頭が一杯だろう。

この際、「
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2005年6月の日記
さとえる

at 2005 06/30 09:39 編集

サトエリが七・三ヘアでマスコット(笑)キャラクターになっている7月3日の兵庫県知事選挙。
実際ほとんど無風選挙だから、ポスターがオークションに流出しているとか盗まれるとか、「サトエリ効果ニュース」ぐらいはオマケで巻き起こってもいい。選挙広報にもなるし(共産党立候補者より佐藤江梨子に投票する有権者が多くなるかもしれない)。

ポスターのサトエリは、まじめな顔して七・三でスーツだからこそ、そこはかとなくふさげていて絶妙な空気。
ほんと、いいキャラクターだ。

アイドル?・・・ケッ!と、ほくそ笑んでいそうな、腹にイチモツありそうなサトエリは、熱烈応援したい希少種である。
ルックスはマリア・シャラポアやミシェル・ウィーを打ち負かしそうなジャンルなのに、性格は故ナンシー関そのものではないかと僕はにらんでいる。

JR車内にまで中吊りポスターが下がっていて、阪神電車ならいいとしても、京都の客や大阪の客には関係ないでしょうに?と、ふと思いながらも、僕はポアーッと眺める通勤おじさんと化している。
ま、いいか。

これと同じ図柄のウチワとティッシュが地元の駅前でばらまかれていて、これが引っ張りだこだった。
もちろん僕も両方仕入れてきた。
アイドルのポスターやブロマイド、ステッカーの類を飾るという習慣が決してなかったから、サトエリウチワが一輪の花という感じ。あほらしいが、しかしこのキャラクターはいい。
「腹にイチモツありげなアイドル」「ことあらば芸能界抹殺候補アイドル」を、熱烈に応援するファンクラブでも設立しようか・・・


意義あり?

at 2005 06/29 19:57 編集

株主総会の集中日だそうな。
自由主義経済なのに。ここはソ連か?(笑)
せめて、大学入試なみに分散させろよな。

フジテレビやニッポン放送、JR西日本など、何かと話題の会社に、株主が憤懣をぶつけられる正当な機会でもある。
テレビのインタビューでも、「いかにも」な株主が、怒りをぶつけてやったんでさあ!あんな経営者なっとらん退陣じゃ!てな口調で息巻いている。また、そういうキャラが、株主総会ニュースには欠かせない味つけだったりするのだろう。

株主がガミガミかみついて、経営陣がざんげをくりかえす。
日本の株主総会、ないし企業統治というのは、宗教儀式に見えてしかたない。同じことを何十年も飽きずにくりかえしている。
株主というのは、本当に配当を追求しているのだろうか。経済人なのか宗教人なのか、どうも判然としないぞ。

なけなしの小銭をためて、ミニ株投資で目を吊り上げているぐらいで、「俺様は株主である」「企業経営に物申す」つもりになれるものだろうか。
むしろ、企業を支配した気分を味わえる「気分料」みたいなものの支払いを差し引かれて、ふざけた低配当に甘んじているような気もする。

配当を最大化すること、そのために経営効率を追求してもらって、企業価値を高めることが、出資者の本分だろうが、実際には株式市場もタニマチと力士のような関係に支配されているようにも見える。
だから、経済人としては当然のホリエモンの取引が、異様に映っただけで、そろそろ予定調和のなかよし世界も終わりではないだろうか。

株主総会での質疑応答も、「それは言いっこなし」というような暗黙の紳士協定があって、うっかり禁じ手を口にしたとたんに、「異議なし!!おらおら異議なしだろうが!異議な〜〜〜し!」なんてドスのきいた声に踏みつぶされるはずだ。

それでも、株主総会での質疑応答もなり経営情報の開示義務なりがある株式公開企業は、まだ透明性は少し高い。

僕にとっては、株主総会より、「出資者ノータッチ」という不思議な経営をしている組織の方が、謎だらけで興味深い。
たとえば、宗教法人、社会福祉法人に代表される公益法人や中間法人の経営は、会社より闇が深い。

山口県では、第三セクター大学(!?)が倒産しかかっているが、学校法人の経営難というのも、「そうなる何年も前にわかっていたでしょうに」といいたくなるようなオソマツぶりが目につく。
くだんの山口の大学に限ったことではないが、留学生だのみというか、アジアからの出稼ぎの隠れミノでしかないような「学校もどき」は、倒れるべくして倒れるわな。
だれか、「こんな学校に血税から助成金をつぎ込むのはおかしい」と言わなかったのかね?

腐っても学校、腐っても国際交流、腐っても国際貢献、腐っても大学教授・理事ポストである。
ポストがほしいジジババには、「名誉学位」「名誉理事」でも販売してやればいい。これ、けっこういい商売になるかもしれない。紳士録商法のアカデミック・バージョンみたいで。


おてヤワラかに

at 2005 06/28 18:47 編集

ヤワラちゃんの妊娠会見は、アッパレだった。
「田村亮子で金、谷亮子で金、ママになって金の三冠王をめざします」って、まぁ、あの笑顔であけらかんと語られると、実現しそうでこわい(笑)。

しかしあの人の笑顔には、なにか言いたいことがある人を有無をいわせず黙らせてしまう笑気ガスのような作用がある。
将来もし日本柔道連盟会長になったとしても、ヤワラちゃんと呼ばれてニコニコしていることだろう。
なんだろう、あの人徳というのか、魔性といえばいいのか(笑)、「行き止まり感」というか・・・。

インタビューだって、
「ご自身の戦いをふりかえってみて、いかがですか」
「ひたすら、ファイトあるのみです」
「日本の柔道の課題は何でしょう」
「そうですね、ファイトあるのみです」
「第二子はいかがですか」
「とにかく、ファイトあるのみです」
という明快一直線。

新聞社だって、予想問答集をつくってあって、コピペすればインタビュー記事はすんなり書けるのではないだろうか。これほど、予想しやすい発言の主はいない。
日本人の求める「究極のわかりやすさ」が、泉のように涌いてくる天然記念物という感じもする。

こういう人を、外務省とか防衛庁の顧問に据えれば、あれやこれやの難問も「撃ち込むだけです」か「あきらめましょう!」で片づきそうな気もする。
どうですか、慎太郎知事!


スーパーティーンズ

at 2005 06/27 16:59 編集

ったく・・・主婦に鞭打った後は、高校生である。
というのも、なんだか最近、高校生が爆弾にかかわる事件があいついでいる気がするのは、僕だけだろうか。去年もコインロッカーや自宅でプチ爆破騒ぎがあったっけ。

昔から、火薬だ銃火器だというものにコーフンするのは、男の子か、例外的な「美女サバ子」と決まっているから、その延長上に起こっているだけの騒動にすぎないのか?
または、よほど鬱積したものがあって、でもそれを晴らす回路がなくて、「とにかくドカンとやっちゃえ」と走ってしまうのか・・・。
アングラ(だけどネット上にあふれている)情報を仕入れておもしろ半分に「試作」してしまうのか・・・。

動機は人それぞれだろうが、テロリストの専売特許が少年少女にまで広まって行くのは、必然的な流れだろうと思う。
プリンストン大学だったか、学部生の卒論で原爆の作り方が提出されて公表禁止になったハプニングも、もうずいぶん古い話ではある。まさか実験成功したわけではないから、封印されたということは、「この通りやればできる」と証明されたようなものだ。

日本の高校生でも、英文論文を読んでハイテク兵器を開発したという第一例が出てきてもおかしくない。
そんなとき、厳しくオイタされるべきなのか、それとも称賛されるのだろうか。
もし刑罰を科するとしても、知能犯テロというのは、よほど厳重に独居房に隔離でもしておかないと、刑務所が「技術伝達塾」になってしまうから、扱いが難しい。

世界を変えるイノベーターというのは、往々にしてリスキーな存在ではある。
だから、主婦の知恵というのが、「ティッシュ箱を切り開いたら文庫本ケースになるのウフフかわいい工夫っ!!」てなレベルのオンパレードなのに比べれば、「スーパー十代」のおつむに、僕は期待したい。何が出てくるかわからない恐怖・・・いや楽しみがあるってもんだ。

マスメディアでは、スーパー高校生といえばロボットコンテストばかりで、番組づくりをする大人の発想の貧困さがにじみ出ている。しょせんロボットはハイテクおもちゃにすぎないから、工学レベルを競い合うだけの単線思考なのだ。

そこは、ちょっと発想を変えて「美少女アンドロイド・コンテスト」なんかやれば、審査員オヤジたちの心を溶かすような秀作も出てくるに違いない(大量生産すれば世間の不倫問題はなくなるぞ)。
「性能は悪いが愛嬌があってよろしい」とか、「高性能だが無愛想」とか、ロボコンの採点とは思えないような血の通った競い合いが実現すると思う。
「早口の山口もえ」「36歳あやや2号」なんてのも、できるかもしれない。ロボコンを究めると。

ついでに、「合法的にいろいろ効きまくる薬物コンテスト」「僕が私が日本一のUFOコンタクティ甲子園」「ミス(ター?)トランスジェンダー選手権」なんてやってくれないものだろうか。
少年少女を歪める不届き提案だと非難されるだろうから、受けて立ちましょう。


増税するなら

at 2005 06/26 20:24 編集

「道楽パパの愛娘きたれ」キャンペーンはお預け(笑)。
ブロードキャスターが扇情的な反増税プロパガンダをやっていたので、許し難い!
・・・とまぁ怒っても空しいだけだが、TBSの子供だましの絵づくりも問題なら、真に受ける視聴者がいても困る。

控除縮小で大幅増税→サラリーマンいじめだ!国会議員の厚遇を先にどうにかしろ!

というアピールが、庶民感情に媚びて視聴率をかせぐだけのトリックなのは、冷静に考えればわかる。

この国に、国会議員は700人強しかいない。
たとえ議員報酬を半額にしようと、議員年金を全廃しようと、まったく財政赤字の解決にはならない。
サラリーマン+ウーマンは、6000万人もいる。
日本の勤労者の最も多い層だ。ここから広く薄く税負担してもらおうというのが、「国民負担」の発想で、これ自体は合理的な考え方だと僕は思う。

かりに年収5000万円を超えるぐらいの富裕層が何%かいたとして、この金持ちから所得税70%取るような税制にすれば、庶民感情としてはスカッとするのかもしれないが、そんなことをしても、資産の海外流出や外国投資が増えるだけ。80年代の累進課税はそうなっていた。
金持ちの所得なり資産なりは、流動性が高いのだ。

となれば、金持ちが不当に軽くなる社会保障負担もどうにかしなくてはいけないが(上限数十万円の健康保険料とか、定額の国民年金とか)、人口規模が最大のサラリーマン層が、広く負担を分かち合うしかない。

社会保障費や文教予算がこれだけ増えて、歳入不足がこれだけ見込まれるというデータは出ているから、庶民がすべきことは行政のムダを厳しく監視することと、負担する勤労者を増やすことだろう。
分子が減って分母が増えれば、負担が軽くなるのは小学生でも分かる分数計算だ。

少子化からの労働力不足も、じわじわ効いてくるだろう。
それなら、休眠労働力をたたき起こすことも本腰を入れてはどうかと思う。つまり、主婦である。

「あら困るわ、こんなに増税!あなたがんばって」
てなことを繰り言のようにしゃーしゃーとのたまう主婦が、日本の見えない「最不良債権」になっているのではなかろうか。

主婦を目の敵にするつもりはないし、僕の姉も典型的な「パート主婦」だが、21世紀の福祉社会は、いい大人が家にいては支えられないことが確実だ。
そりゃー年収1000万円もあって、愛のある女中(笑)を養う感覚の高給取りはいるだろう。
けれど、パパ一人の稼ぎで500万円かそこらをかせいで住宅ローンや進学希望の子供をかかえていたりしたら、奥さんたち、奥にいたらあかんじゃないの?いつ旦那がポキンと倒れるかわからないのに。
一人で二人分働かされる企業の現場は、生きるか死ぬかの断崖のようなもの。そんな現場に「あなたがんばって」と旦那の背中を押す配偶者というのは、優しいのか無知なのか・・・?
控除の縮小で増税になれば、奥さんは太ったまま、旦那の小遣いばかりやせ細って行く。これじゃ殿方は死にたくもなるよな。

真剣に、奥さんたちも、ブランド中毒のパラサイト娘も、ニート息子も、家事手伝いとやらの娘も、働きましょうや。
かといって、年間2000時間もクタクタにならなくてもいい。
働ける人がどんどん働けば、平均1500時間労働で社会はちゃんと回って行くし、家族で旅行や映画に行けるゆとりだって生まれる。
働き蜂のパパを汚いボロ雑巾のように見る吸血メス虫たちも、働くことの意味がわかるだろう。
だから、きっぱりと配偶者控除なんて変な控除は撤廃してしまって、そのかわり定年制なんかもやめて、働ける人をどんどん活用できる労働環境をつくって行けば、介護予防にもなるし、外国人労働力に依存しなくてすむ。
オフィス街に託児所もつくろうではないか。女性専用車なんぞ廃止して、「子連れ出勤パパママ専用車」を走らせいっ!

近視眼的に増税だけ目が向くと、「サラリーマンいじめ」としか見えない税制改革だが、少子高齢化のリアリティを冷静にみて、「仕事のしかた・家族のしかた・男女のしかた」を変えて行く発想も、必要だと思う。
大黒柱1本で、いい年した妻やいい年した子を養う歪んだ家族生活は、どれだけストレスフルでリスキーか・・・。

それにしても、ブロードキャスターのスタジオにずらり並ぶ司会陣やタレントなど、サラリーマンの見方のような顔をしているが、実際には個人事業主と経営者ばかりだった。給与所得控除や配偶者控除の痛みに真剣にあえいでいる年収500万円会社員の立場など、みな別世界ではないのかねぇ。
おい福留にクボジュン!庶民づらする前に、きみたちの年収を告白しろよな。


ちちべると

at 2005 06/25 18:03 編集

ハッセルブラッドと秤にかけて、どっちを買うべか迷っていたニューマミヤシックスを、上北沢に潜伏――といってもリンクしてるのだが――している友人アルベルト(コードネーム)に、熱烈推薦。

きのうも、その現物を確認しに行った店で、中古博士のようなご主人に「すごい優秀なレンズやから、ハッセルよりよく写りますよ」と熱烈推薦されてきた。このタイミングは、なんだかなぁ・・・。

そんなにいい機種だったら、すーっと売れて姿を消してしまうより、ちょっと遠いが知り合いに買っていただいた方がいい。
使い飽きたら1万円で下取りさせていただけるし(=腹黒い企み)。
というわけで、アルベルト、買わないかい〜?と熱烈メール。

通販もやってるかどうかわからない店(広告を出さない店だから、たぶんやってない)なので、さて東京在住のアルベルト君どうするや?と思いきや、「奈良在住の父に買いに行ってもらう」という作戦もあるらしい。

チチベルトか・・・。
息子のアドレスがgo.jpだから、チチベルトは「ドットgov」なのだろうか。すごい親子だ。勝手に決めつけるが。
「おやじぃ、買い物たのまれてくれないかなー」
「なんだおまえ、大統領に向かって!補佐官の前で・・・」
「そうですよ、おぼっちゃん。この紋所が目に入りませんか?控えおろう!」
てなボケを家族でやっていてくれたら、NHKに出ていただきたいほどだ。

ボケなくても、息子の道楽に父が協力するという姿は、目頭が沸騰するほど、ほほえましくていい。
うちでは直接そんな関係はなかったが、父は酒の席で、息子の道楽を楽しんでいたのがわかった。
オーディオ雑誌は僕が買って届け、手間賃がてらの「紙幣」をもらっていたし(こういう小遣いはスマートでいいと思う)、趣味のパーツ類や新製品情報もやりとりしていた。
インドア派の僕と違って、弟は車マニアで、「乗り心地談義」に、父と興じていたようだ。

アルベルトとチチベルトが「父子鷹カメラマン」かどうかは謎ではあるけれど、まぁ中高年以上の男性のほとんど全員にとって、カメラというのは、格別の輝きを持った耐久消費材だろう。
日本でも欧米でも中国でも、こんな「高級品」がとりもつ親子の絆というのは、共通した消費文化になっているはずだ。

そろってレンズの光沢にうっとりして、写り具合に目をみはって、機材を貸し借りしたり譲り合ったりしている父と息子の関係は、いいものだなぁと思う。
これは父と息子だからこそ素朴にいい!もので、たとえばメカニカルマニアの娘と父が、カールツァイスがどうのVツイン8気筒がどうの、マザーボードのプリントパターンが美しいだのと盛り上がっていても、「純度」は3%ほど劣るのではあるまいか?(と思います田嶋先生)。

趣味が共通で仲がいいのは慶賀の至りでございますね・・・とは言いつつも、あんまり娘とパパが一心同体になりすぎると、「第二の男」が触媒になって関係が歪むことも往々にしてありそうだ。
よけいなお世話だが、たとえば「宮里藍の彼氏」「浜口京子の彼氏」の大変さをお察ししてしまうのだ。宮沢りえの彼氏、SAYAKAの彼氏も、ちょっとパターンは違うが大変かな?

男からすると、彼女の父親とは、道楽をご一緒できる仲になれたらいいなぁとぼんやり思う年頃になった。
彼女の背後霊のように見え隠れする「ビッグ・ファーザー像」を、ライバル視しているうちは、青くさいのかもしれない(彼女のパパと同年代だったりするのも人騒がせなんだが)。

「交換レンズ1本買うにも皆に反対されるでのぅ・・・」「スキーに行くにも白い目で見られて、いつも独り旅なんじゃ」と嘆いている哀愁の60歳の娘よ、来たれ!(笑)。
以下続編は明日。


ジャパニーズ・ダレス・バッグ

at 2005 06/24 23:12 編集

乱雑にプチプチにくるまれ紙袋に入れられただけのスカンジナビアン・カメラを携えた帰り道に、いかん!前から未解決であった「別の案件」にひっかかってしまった。

といっても、不幸なハプニングではない。
カバンが1つ破れてしまったので、新調しないとなぁ・・・と思いつつ、百貨店2軒、専門店3軒を巡回視察(笑)していたところに、「いいのがありますよ、お兄さん」の誘い水。マシンガンのように売り文句を放送するデパガより、なんだかすんなりツボに効く声だった。さすが、おばちゃんの年の功。

カチャッとワンタッチで開け閉めできるダレスバッグ、しかもブルーグレーという渋い色だ。ドブネズミ色やら無芸な黒一色というカバンは、もう勘弁なのだ。
店は京都祇園の袋物屋さんらしいが、洋物バッグも得意分野なんだろうか?

そこは客あしらいに熟練したおばちゃん、「今なら2割引きセール中です」と耳元でささやいてくれたおかげで、よろめいてしまった。
中国製があふれている中で、珍しくメイド・イン豊岡だった。
水害復興に少ーしはカンパできるかな?というのも後押しになって、でも値引きしてもらって成約。
ハッセルブラッドより丁寧に包装してくれた。これ、祇園の流儀どすかなぁ(笑)。


馳っせる

at 2005 06/23 16:20 編集

また・・・といっても20年ぶりぐらいに、ブローニー判に手を出してしまった。
「初感染」は、マミヤの二眼レフ。
マミヤの造りは精巧で、シャッターショックのない二眼レフは、これはこれで使い勝手がよかった。6cm×6cmの独特なフォーマットは、上下左右のない宇宙を写す枠に見えた。

けれど、ぜひ中判写真をこう作品化したいという「出力」が思い浮かばなかったので、やっぱり便利な35mmに・・・ということになってしまう。
大伸ばしして飾って楽しむ趣味もなかったし、もちろん印刷原稿にするプロのようなニーズもなかった。

「出力方法にあてがない」という事情は、ただのド素人サンデーカメラマンでしかない今の我が身にあっては、さっぱり変わっていない。
だから、同じ無駄づかいをくりかえす可能性が限りなく高いのに、またまたスクエアな世界に吸い寄せられてしまった。
いかんなぁ。

やはり、ロクロクといえば「聖地」はスウェーデン。安くなったとはいえ、レンズとフィルムバックとボディのフルセットが、中古でもで十数万円の世界だ。
でも、いずれほしくなる機種ではある。

「いずれほしくなる」なら、おあずけにしておく理由はない。「好物先食い野郎」は、おとなしくしておらんのだ。周到な下調べをしつつ、「ロクロクの真打ち」に、照準を合わせていた。

そして、昨夜いきなり射程視野内に飛び込んできた「カメラ界の銀色のボルボ」には、ん??と目が点になる値札がついていた。
1がついていたら相場価格なのだが、なんじゃこりゃ!?状態で、いぢくらせてもらった。
レンズに拭き傷が2カ所あるが、その他はピカピカである。ボディには錆ひとつない。動作に問題なし。半年保証もついている。

店員も、「写りにはまったく影響ないと思いますよ。でも、ツァイスのユーザーは傷を気にしますからね、それで値落ちしてるだけで」という。
拭き傷だけで「1」がとれるとは、笑える世界だ。
おっしゃ、買いましょう!!

という運びになった500C/Mは、プチプチに包まれて紙袋に入れられ、ちょっと情けないやら、あっけないやら、わびしいやら。
ビロードに包んで化粧箱に・・・とまではいわないが、それぐらいのうやうやしさがあってもいいだろうに、なにしろ「1」が取れたちゅーぶるだから、しかたない。

ちゅーぶるながら、「どうだ、おぬし俺を使いこなせるかな?」という顔をしてたたずんでいる風格と、今は睨めっこ状態。
街を撮るか、森を撮るか、人を撮るか、旅に出るか・・・。
持ち歩いてみると、「重い!」と弱音を吐きそうな気もする。



日本不透明協会

at 2005 06/22 11:35 編集

あいつぐ不祥事で低姿勢になっていたと思いきや、NHKが攻勢に転じて、「日本払って協会」になっている。いつもは、いかにも「転職しましてん」という感じの地味な中年が前線に出ていたのが、今度は屈強な集金マンが二人連れでやってきた。

徴収の最前線にいるのは、地域スタッフであってNHK職員ではないはずなのに、NHKへの不満をもろに浴びるトホホな役割だと思う。

それでも、おかしいものはおかしい。
公共放送という面を強調するなら、国営にして税金で運営した方が、支払い能力に応じた費用負担ができる。「年金生活者もホリエモンも同額」という逆累進性が、重圧感を感じさせているのは、壊れかかっている国民年金と同じ。

業務形態そのものや経営方針への不満をいくらぶつけたところで、地域スタッフがどうにかできる問題ではないから、全国の確信犯は「NHK正職員をよこせ」と要求してもいいだろう。

払うからには、職員の給与水準を開示しなさい!
と要求するのは間違っていないと思うし、出演タレントのギャラも公開するのが筋である。
民放なら、スポンサーに開示されている。費用を払う側に、使う側が支出明細を示すのは、当たり前の信義原則というものだ。公務員の給与が納税者に公開されているように。

天下って稼いでいるNHKOBに、退職金と厚生年金がどれだけ支払われているのかも、丸ごと公開すべきだろう。
「プライバシー」に逃げこめないよう、名前は伏せてもよろしいと思う。

金の問題だけでも、いくらでも追及できるが、息抜きモードの追及もできるぞ。
じょーおう様とかロープーウェイとかオフィースとかノルーウェーとか、変てこな発音はやめなさい!
ヨンさま見たくないわい!
・・・と、八つ当たりオンパレードになってしまいそうだから、日本不満協会への反撃は、今回これまでにしておこう。


シグマる

at 2005 06/21 19:03 編集

ぬいぐるみやブリキ玩具のコレクターが、気になる物件を見つけたとき、「救出してあげる」「私が買ってあげないと!」と思うらしい。
その気持ち、しみぢみとわかる。
救出してしまったのだ、シグマリオンを。

サンキュッパで長いこと中古コーナーに並んでいたのが、売りさばき値下げでサンニッパまで下がり、それでも売れないからサンキュッパに戻っていた。もう、開き直り価格である。

それが、日曜日の閉店前に、売りさばき安値を掘り下げる最安値がついていた。ポイント10倍バックもついて。
これは「勝負価格」だ!
よし、受けて立とうではないか!

・・・といったって、買うだけのことなんだが、ともかくも、店にサジを投げられたり引っ込められたり、売りたいのかどうしたいのかわからん扱いをうけていたシグマリオン靴髻◆峙濬弌廚靴燭里任△辰拭

新同品のように見えるが、なにぶん廃止秒読みのドコモのPHS接続に特化した端末である。もう、引退する運命にあるから、中古市場に出てきたのだろう。
そこは、ちゃんとカードモデムも持っているから、ダイヤルアップでしっかりネット接続できるわい。

シグマリオンは、初代からなにかと話題を巻き起こしていた名機で、ほしいと思いつつ、買いそびれていたから、その最終型をやっと迎え入れたという感じ。ただ、「やっとこさ」すぎる。

というのも、すでに通勤の友にはザウルス、喫茶店仕事にはテリオス・・・とポジションが決まっているから、シグのポジションを用意してあげなくてはいけない。
液晶が日なたでも暗がりでも見やすい半透過タイプなので、これは「公園仕事」にぴったりではないか!?
こうして、家でも外でも、すきまなく入力の仕事場と化して行くのを感じる。
便利なのか、不幸なのか・・・?


発車モーオーライ?

at 2005 06/20 13:58 編集

JR福知山線が開通した。
垣内社長の制服・制帽姿というのは、いかにもとってつけた「よそ行き」風にしか見えなかったが、前向きな後始末もして行けばいいと思う。
本当に安全対策がなされていて、尊い犠牲に応えられるような補償交渉が進めばと願うしかない。

遺族が同意していない運行再開!という声批判的なもあるようで、心情はわかるものの、列車の運行を再開するかどうかは、経営判断と行政の許認可の問題だ。
JRと国土交通省は、通勤苦にあえいでいる福知山線利用者のことも考えないわけには行かないのだから。

僕の家族がもし犠牲になっていたら、どう考えるだろうか。
JRしか足がないところだと、ボイコットするのも大変だから、ボイコットできる街に引っ越すと思う。

そういえば、今年はJAL123便事故からちょうど20年。
家族があの飛行機事故に遭っていたら、どんな声をあげているだろうか。「東京―大阪間に飛行機を飛ばすな」とまでは言わないと思うが、「JALには乗りません」とは言えるかもしれない。
国内航空だとJAL系列かANA系列しかないから、小泉竹中政策を熱烈指示して、外資系の航空会社が国内路線に参入してくるのを応援するかもしれない。

ただ、「競争」で料金やサービスは改善されるだろうが、安全は高まるかどうかわからない。
客の目に見える面では競い合っても、見えないところからはできる限り手を抜くものだから、安全が犠牲になる面はあるだろう。

料金が100円安いとか、女性スタッフの制服がいいとか、そんな採点しかできない消費者は、致命的な手抜きを見抜けない。安全性というのは、事業者の思惑と、消費者のチェックの狭間で叩き上げられるものだと思う。
だから、JRが問われていると同時に、利用者も問われている面がある。
もちろん、実際の、今回の事故の犠牲者には、責任はないのだが。


タイガース百貨

at 2005 06/19 09:05 編集

ついに通勤カバンが破けてしまったので、新しいのを探している今日このごろ。
建て替え記念(?)バーゲン中という阪急百貨店をのぞいてみると、たいしたものがなかったので、お向かいの阪神百貨店に寄ってみた。
父の日セールの真っ只中だった。人出も多い。

でも、考えてみると母の日や父の日というのは、贈り物を買いにくる客がターゲットで、安物を買いあさるバーゲンとはちがうのだった。
ご祝儀モノを安く買い叩く客はいないはずだし、店としても、値引き合戦より「ラッピングやメッセージカードなんかのおまけをつけます」というサービス・デーなのだ。

だから、贈り物どころか自分のために買いに来た僕は、おばちゃんや娘っコたちがひしめく売り場で、当然のように浮く浮く浮く。

店員も、客をさばくことしか考えてないようで、マシンガンのように「これなどは、いかがですか?」と一方的に売り込みトークをしてくるから、「あぁ、場違いなところに来てしまった」と思っていたら、どこか行ってしまった。すまんねぇ。

差別するわけじゃないが、男性通勤カバン売り場担当の女性店員というのは、男のカバンというものをわかっているのだろうか。そのこだわりやら、求められる機能やら、職種ごとの違いやら・・・。
よほど、「店員さん、これだけの本をつめたなカバンを毎日持って通勤したことありますのん?」と尋ねてみようかと思った。

やった者でないとわからないことは、たしかにあると思う。
女性店員でもいいが、男性通勤カバンを売るなら、何十年間も電車にゆられて通勤する男性と同じ立場を経験してみないと、客の求めるものがぴんとこないのではないだろうか。
もし逆に、男性店員が婦人服売り場にいて「こちらなど、着心地がようございます」」なんて言ってたら、何がわかるのさアンタ!と撃沈されるに違いないでしょうに?

ま、せっかく店が父の日セールで盛り上がっているから、ヤボなこといわずにGDP増大を応援しつつ、立ち去るしかない。
やはりデパートは、ご婦人の庭園なのであった。


京阪市

at 2005 06/18 12:11 編集

梅雨に入ってからというもの、寝床も「衣替え」して、布団、毛布の類の暑苦しいものは撤去したので、1年の三分の一は「裸族のゴロ寝」のような生活になっている。

裸族は携帯など使わないのだ!というつもりはないけれど、うっかり留守電を解除し忘れていて、けさ確認したら、「明日の仕事よろしく」と確認の電話が入っていた。
「心は裏山へ」と発進しかかっていたので、いきなり大阪へと方向転換。
あわただしいったらありゃしない。
それにしても、よくまぁ早起きしていてよかった。
もし、「毎朝登山会」みたいな団体の幹部でもしていたら、嬉々として毎日早起きしているかもしれない。

出勤先は、京都から大阪までつながるベタッとした平地の静かな街。門真と守口の合案が出たかと思うと撤回されたりしているから、いっそ「京阪市」ができたりすると、すごい大都市になる。

坂道だらけで騒々しい神戸とは、感触がずいぶん違っていて、まぁたまにしか行かないが飽きない勤め先ではある。

逆にいえば、平たい街で生まれ育った人たちにとって、神戸なんかは観光しに行くところで、住むと重労働(笑)かもしれない。進学や仕事の関係で引っ越してくる人で、たとえば上京すれば青山!代官山!ワンルームに10万払います!という感覚のミーちゃんハーちゃんだと、北野町なんかに物件を求めたりする。

「るるぶ」も「歩く地図」も、等高線なんか書いてないので、いざ観光地のイメージで住んでみると標高差に驚き、北野町なんかから通勤・通学しはじめると、1週間で下界へ脱落する(笑)か、筋肉質になって行くだろう。

北野町に近い坂道タウンで生まれ育った僕でも、毎朝ラッシュアワーにあたふたと出勤しなくてはいけないようなプロレタリアートにとっては、「エキチカ」の方が暮らしやすいと思う。

僕のような年期の入った自転車野郎にとっては、京阪沿線のような、チョコマカと見所があって、庶民的で、平らな街は、歩いていてもおもしろい。
家賃を払ってまで・・・と及び腰になるのは、まだニセモノくさく見られる欠点かもしれないが。


フレキシブル・タイプ

at 2005 06/17 12:22 編集

「なんだか私のことほめてくれているようで・・・」と、リンク先からメール。

とはいえ、もじもじしているかと思いきや、「あたいをほめちぎってどうにかしようったって、そうはいかないよジジー、ケッ!」と言いたげなメッセージが行間にびっしり埋め込まれていて、ピシパシと突き刺さって来る。行間読み過ぎか?(笑)。

で、その本件はというと、「私のブログにトラックバックがついてましたけど、これって何ですか〜?」てなことで、あらためて考えてみると、わかるようでわからないようで、ピンとこないというか、合点がいかない。・・・結局、わかってない。

ブログ自体、このgaiaxのサービスと本質的にどう違うのか僕には納得できてないし、だから未だに目新しく見えてこないし、自分のブログも放ったらかしにしたまま。

Movable typeを開発してヒットし、今はsix apart社オーナーのミナ・トロット女史が、『AERA』にコラムを寄稿していたが、失業生活の中で知恵を絞ったアイデアウーマンの笑顔は、愛くるしく輝いている。
弱冠28歳。すばらしい!!
でも、使いこなしてません。ごめんよ、ミナ。

HTMLファイルをFTPで送る、というスタイルは、個人がいろいろなプラットフォームを使い分けて自分のサイトの管理をする時代には身動きがとりにくくて不便。
ひな型がサーバーにあって、コンテンツ――といっても、せいぜいtextファイルかjpegファイルがほとんどだろう――を手軽に変更・追加できるようなしくみになっていた方が、よほど便利でいい。
・・・という発想は、ごもっともだ。
追記が簡単=メーラーでもできるという点も、携帯をプラットフォームにしているユーザーが多い日本には、向いているシステムだと思う。
結局、日記しかコンテンツがなくて、それでも曲がりなりに「毎日更新してますサイト」とはいえるから、更新がラクというのは魅力ではある。

トラックバックも、引用するとか言及するという言論文化、パロディ文化が普通に根づいていた欧米だと、ルールにのっとっていればOK、という了解の産物だろう。
ルールがあるようでない日本だと、無神経なパクり放題か、非難を恐れて引用もできない(引用のしかたをだれも教えてくれない)か、どちらかだ。

レポートと称する文章を見ていても、ネタ本の丸写しだったりすると、「これを添削してくれったって、偉い学者の文章を添削しようがないわい
」としか反応できない。何が問題なのかも、わかってない。
「かみ砕いて自分の言葉」「そのまま使いたい文章は節度をもって引用する」といっても、そのハウツーを、国語教諭たちは教えていないらしい。
文章執筆の国民的(?)マニュアルもない。

そんな面では、血で血を洗う文化摩擦を教訓にしてきた移民大国には、表現マニュアルがちゃんとある。下世話にいえば、「相手を怒らせない・突っ込まれない・訴えられない書き方しゃべり方」という感じかな?Politically Correctonessの辞書まである。
トラックバックも、こんな言論文化圏の産物なのだが、ネットがきっかけになって、「引用の文化」みたいなものが根づけばいいがなぁと願うばかりだ。


秒読みマニア日本人

at 2005 06/16 12:37 編集

やっとJR福知山線が来週から運行再開。
「安全対策これでよし」とお墨つきをもらったいくつかの項目の中で、当然「ゆとりダイヤ」も盛り込まれている。

それが、ゆくゆくは京阪神のダイヤにも響いてくるのだろうけれど、やっとのことで数十秒とか1〜2分程度の時間延長をひねり出したという感じ。
それほど、タイトなスケジュールで運行されている現実のあらわれなんだろう。
逆にいえば、1分かそこら早く着くために、事故キワキワの運行をさせているわけである、利用者は。

一人一人は、「ゆとりは大事」と思っていても、無言の産業戦士を満載する朝の通勤電車に乗っていると、何かのトラブルで1分待たされただけでも、異様にイライラ感がつのる。この空気は、いったい何なのだ?

乗り換えの都合もあるかもしれない。
職場が、遅刻に異常に厳しかったりするのかもしれない。
JR事故では、学生諸君がずいぶん犠牲になっていて気の毒だったが、学校が遅刻や出欠の管理を厳しくしている可能性もある。

もともと、大学で出欠管理をするのは必修科目ぐらいで、あとは適当だった。「受講したい学生だけ来ればいいからね」という感じ。
それが、「出席管理ちゃんとやって下さい。出席しているから評価して下さい」と、学生みずから求めてくるのが現状だ。

「自主休講」して「社会勉強」に行っていたような、牧歌的な時代のキャンパスは、懐かしい・・・けれども、今もそうあるべしとは思わない。
通信教育じゃないんだから、体を運んでなんぼの学生である。営業マンでもOLでも同じだろう。

そんな几帳面な社会の中で、数十秒単位で客の乗り降りを読んで、さばいているのが鉄道事業。
こりゃ大変だなぁと思う一方で、計算通りにさばかれている何十万もの乗客も、考えてみれば偉大である(笑)。

なにか大きな世間というシステムの都合にカチャリとはめこまれるのが、「日本人の掟」なのかもしれない。
休まない大学生とか、産科医の都合のいい日に分娩する妊婦さんとか、日が暮れたら夜明けまで放っとかれる遭難者etcetcなんて個人は、システム側にとっては好都合だろうが、一人の人間としての意志や都合は、「わがまま」として一蹴されるしかないのだろうか。

さいはての音威子府駅に旅するにも、明日の何時何分に着くかまできっちり予定が立てられて、たいていその通りに旅が進められるのは一見ありがたいが、「それって、旅か?」「業務の工程とどこが違うのだ?」という疑問も、ふと沸き起こってくる。

とはいえ、僕は正確な旅が大好きである。スキーも山登りも、渋滞なしのJRで。
定刻に遊びを「始業」できるのがよろしい(あちゃー!!)。


マイケル無罪

at 2005 06/15 15:58 編集

マイケル・ジャクソンの陪審が「完全無罪」とは、あっけなかった。
ずいぶん大騒ぎして、ひゅるひゅると祭り囃がフェード・アウトしてしまった感じ。
陪審制だと、司法まで政治と似てポピュリズムに揺れ動くのかもしれない。

検察は、さんざん性倒錯者だ人格異常だとマイケルを攻撃して、スカッとしたことだろう。
陪審員も世間も、裁判の名のもとに次々にほじくり出されるマイケルの行状を、案外楽しみにしていたり・・・。スキャンダルを生産して大量消費させるマスコミも、一蓮托生みたいな存在だ。

もし完全有罪だと、これでマイケルは塀の中の人になってしまうから、無罪にして泳がせておいた方が、ほとぼりが冷めたら、またスキャンダルで楽しめる。
・・・そう世論は判断したのではないだろうか。
あなおそろしや!

日本でも、国民が陪審をするようになると、「今回のところは物的証拠もないし、無罪としておいて、しばらく観察してましょうや」てな暗黙の陪審談合が、生まれないとも限らない。

例のミラーマン教授など、かっこうの標的にされそうだ。
スカート覗き未遂だけのことで、家捜しされて、秘蔵DVDまで押収されて変態のレッテルを貼られる。かりに無罪判決が出たとしても、検察は明日からふだん通り仕事をして行くだけでも、個人は立ち直れないかもしれない。
国家権力だけが、裁判の名において被告個人の性癖まであばきたてたあげく、一生をつぶしてしまうのも、考えてみればこわい話ではある。

世論にかきまわされながらも、裁判がオープンになれば、「ま、ここまで庶民に恥をさらしたんだから、許してやろうよ」という展開も、あり得る話ではある。
事件の性質によるとはいえ、血の通った社会が罪人を裁く形は、導入してもいいような気がする。


YAH00

at 2005 06/14 21:54 編集

つかまったフィッシング詐欺師が、「撒き餌」に使っていたニセ・サイトの画像には笑ってしまった。YAFOOって、あのねぇ、G-SHOCKの中国版C-CHOCKのノリですやん(笑)。
こんなのにアクセスしてログインする被害者も、ちと恥ずかしくはないかね?

犯罪は犯罪はとして、イケマセンことだが、この剽軽なノリは、なんとなく憎めない。
もしかすると、GoooとかGooogleとか、infoceekとか、模倣犯が出るのではないだろうか。

本物サイトとしても、使われそうなドメインを片っ端からおさえなければいけないし、対策が厄介だろう。
yahuuとかyah00(ヤーゼロゼロ)とか、「え!ヤフーって、どういうつづりだった?」てな感覚のユーザーを、吊り上げるニセドメインは、いろいろでっちあげられそうだ。

しかしYAFOOは愛嬌満点だ。
「パロディ・ポータル」がはやるかもしれない。
不謹慎だが、ちょっと期待してたりして・・・


グリーン・シャワー

at 2005 06/13 14:20 編集

「ちょっとハイキング入門」程度の案内役を求められて実際に行ってみたら、けっこう行けますがな・・・と調子に乗ってしまい、きのうは登山隊を結成して婦女子4名を汗だくにしてきた。

登山といっても僕の散歩コースの裏山だが、標高460mとなると、梅雨のしめっぽい陽気の中では、さすがにきつかったかもしれない。
僕は晴れ男なので、雨にだけはめったに祟られないのだが。

「行き先は植物園」とだけ言っておいたので、街の中で塀やフェンスで囲まれた植物園を想像しておられたとしたら、「いったいどこへ連れて行かれるの?」と不審感をかかえていたにちがいない。

それでも、鳥の声や、目に染み入る緑や、それ以前に新幹線の駅から数分で深山幽谷を満喫できる手軽さが、新鮮だったのではないかと思う。

僕も、もう数え切れないほど歩いた散歩道でありながら、歩くたびに発見があるというか、道を見失いかける間抜けぶりのおかげで、新鮮味がある。
へー、こんなけもの道があったのか・・・てな調子で。

あいにく、アジサイ見物は見ごろに少し早かったようで、満開の花より観光客の方が多かったような感じ。
それなら、「また来ればいいさー」と、沖縄発想でのんびり構えていればいいかもしれない。気が変わったら、そのときはそのときさー、と。

「移り気」の花言葉を持つアジサイが神戸市の花ということになっているのは、実にお似合いだと思う。
「変わるときゃー変わればいいさー」のノリで、多彩なカラー、多面体の標高を持つ街。
だからこそ、まとまりも、コテコテの郷土愛も乏しいのかもしれない。平松絵理さん以外に、神戸出身で神戸への愛をアピールしている人は、ちょっと見当たらないし。
移り気でけっこう、どんな街へ引っ越して行っても、関東弁をしゃべっていても、とやかくいわないよ・・・とでもいいそうな気風が、自由でいい。

暑い夏の六甲山は見捨てて、心は信州の乾いた岩山へ。
僕の浮気な野遊び心は、梅雨明け=海の日=誕生日を心待ちにしつつ、通勤の行き帰りに六甲の山肌と無言の対話を楽しんでいる。


ビババ

at 2005 06/12 08:57 編集

女子アナ界ドン加賀美幸子女史が、大宅映子さんと深夜トークをしていた。
高校の同級生らしいご両人も、64歳。
かたやNHK理事待遇、かたや道路公団民営化推進委員会で、委員が次々に辞任していった中で、猪瀬直樹と並んで二人だけ生き残って(?)いるサムライである。

ときどきテレビで見かける大宅さんは、高校時代から体重が1kgしか増えていないという驚き発言(奥村チヨ、由美かおる、ピンクレディと並ぶ四天王か?)。
あぜんと絶句している元同級生――でも女子アナ界ドンのNHK理事――に、「あなた、今の半分ぐらいしかなかったわよね」と強烈なジャブをくらわして、ケタケタ笑っていた。いやぁ、あけっぴろげでおもしろい。

大宅女史のことだから、「NHKの経営改革も、進んでるの?ウミいっぱい出さなきゃーだめよ」ぐらい、サラリと言ってのけるかもしれないと期待したけれど、そこは同級生のよしみか、「お手やわらか」にかわされたままだった。ま、生放送だからね。

でも、「あぁ、さわやかに、いいトシをとっておられるなぁ」と思う。
何者にも媚びない、達観したような境地は、まさに「一日にして成らず」だ。樋口恵子女史が「老婆は一日にして成らず」と明言を生み出しておられるが、老婆といっちゃ失礼な、円熟味のあるオバサマのトークは、心地よく頭のツボを刺激してくれる感じ。
こんなさわやかなオバサンとなら、飲みに行きたいし、旅をともにしても、混浴しても(!?)全然OKである。
ビバ!オバサマ略して「ビババ」の認定証を贈りたい。

さわやかオバサンといえば、スイマー木原美知子さんも、楽しくて愛嬌があって、それでいて言葉の端々ににじみ出る「大人の割り切り」が、絶妙で好きだ。混浴OKである(笑)。

いや、あえて「オバ専」になるつもりではなく、かといって枯れた者同士になりたいわけでもなく、しっかり目と目を合わせて対話ができる異性同士というのは、貴重な間柄だと思う。

青木さやかじゃないが、「どこ見てんのよ!」とバリアを張り合わないとつきあえない男と女(あさましく財布と肉体を品定めしてしまうのが現実)が、ただでさえ狭い日本を、どんどん小さな仕切りだらけに区分けしているような気がする。

しばしば男子便所に乱入してくるオババたちに僕は縮み上がるが(笑)、あれはあれでボーダーレスな旋風になっていて、まぁ大らかになりましょー!!と笑い飛ばして下さっているようにも見える。たしかに、そやねぇ・・・。
なに見てんのよ!といいたげな顔のオババが愛くるしく見える境地に、いつ僕は達することができるのだろうか。


オプティオ

at 2005 06/11 11:45 編集

ホリエモンこと山仲間ホリエクンから「初デジカメを買いたいのだが・・・」と相談メール。
ちょうど、職場近くの店で在庫処分していた防水モデルが目についたので、熱烈推薦して、結局なかば強制的に買わせてしまった。
展示品処分なので、ソフマップでワゴンに乗っている同型機のさらに半額だった。ラス1だそうな。

ところが、ラス1だったはずの同型機が、今週また出ていた。同じ激安値段で。
これはもう、「もひとつ、いかが?」の甘い誘いである。
あっさりと、負けてしまった。
ホリエモンとも、「カメラでペアルックするかー!!」と苦笑しあうことになった。

もともとカヌーイストのホリエモンは、「防水のきいたカメラがほしい」と希望していたから、ちょうどいいタイミングだった。
単三電池が使えると、予備電池を持って行けば、充電できないアウトドアでも安心だ。
こういう基本的な仕様は、とても大事だと思うのだが、今のデジカメは薄さと画素数ばかり競い合っている。
買って何年かたったデジカメなど、充電池がへたっていたりすると、新品を買おうとしても、規格が変わっているか製造中止になっているのがオチだろう。

メーカーが機種ごとに好き勝手に規格を決めているリチウムイオン充電池は、安くないデジカメを使い捨てさせるだけの、罪な手口だと思う。
ほんま、充電池の規格ぐらい、「単三電池」なみに統一して、何年たっても、世界中どこででも、確実に買えるようにせんかい!
と、怒鳴ってみせなくてはいけないぞ消費者も。

だからこその、「単三デジカメ」である。
いや、この理屈自体、われながらワナにはまっているのを感じる。
「タバコは体に悪い」の禁煙議論が、いつの間にか「他人に迷惑をかけない吸い方は?」「軽くて害の少ない銘柄は?」の話に横滑りしているようなものではないか。

なぜ、フィルム一眼レフをしぶとく使っているのか俺は!
と、静かにたたずむニコンFM2とペンタックスLXに問いかけてみる。
電池いらずだから。
・・・だったはずではないか。
それが、ロビンソン・クルーソーの写真流儀なのである。

日曜日に会ったサバ子は、愛用のレンジファインダーカメラの露出計がおかしいというので、絞りとシャッターを勘でセットして撮っているという。デジカメプリントの軽薄さには、「許せない」と憤っている。
偉い!
見上げたロビンソン・クルー子である。

完成で光を読んで、メカを手で調整して、ちゃんとした「写真」を撮りたいものだ。
そんな基本を、逆に教えられた気がする。
おぬしは免許皆伝じゃ。
「なんなんですか〜それ」と、笑われそうやな。


ミセス・ロビンソン

at 2005 06/10 22:07 編集

実はきのうは、サッカーよりアン・バンクロフトの訃報の方が、マイ・ニュースだった。
とはいえ僕は、日本でよく知られている「卒業」を封切りで見た世代ではなく、テレビの吹き替えやビデオで見ただけだし、映画より前にS&Gの歌う「ミセス・ロビンソン」が映画の挿入歌だとも知らなかった。

ミセス・ロビンソンを演じた当時のアン・バンクロフトは35歳。43歳の松田聖子の水着写真集を脳裏に思い浮かべると(そんなことしなくていいのだが)、成熟度は「あちら」が二枚も三枚も上手だ。

映画の中では、今でいうNEETのダスティン・ホフマン演じるところのベンジャミン君を誘惑してみたり、いや実際に深い仲になるのだが、旦那とも顔なじみなのに、よくやるよ・・・と思ったほどのドロドロ劇なのだった。

ただの「熟女の坊や遊び」だと、どうにも落としどころがない、ゆるゆるドラマで終わってしまうところを、ミセス・ロビンソンの役は、ちゃんとした見せ場になっていた。
手のひらの上でころがしていたベンジャミン坊やが、娘エレーヌに近づこうとすると、感情をあらわにして妨害しようとするのである。
女が母に変身する場面は、ひとつのヤマ場だと思う。

熟女にとって、大学生ぐらいの若い彼氏などツバメみたいなものだから、「多少のやんちゃも愛嬌のうち」かもしれないが、娘を狙ってヤマタクに(笑)なろうとする坊やは、シャレにならない。

結果的には、例の駆け落ち場面が有名なクライマックスになるのだが、僕は妙にミセス・ロビンソンの存在が気になってしかたなかった。
たぶん、エレーヌは、ダスティン・ホフマンを捨てて医学生だか青年弁護士だかに走り、捨てられたホフマン君は、また熟女の元へ戻ってくる・・・
ように思えてならないのだ。
続編映画「卒業後」なんてのができていたら、そんな筋書きもあり得る話だ。

でも、怒りあらわにする年上の女性というのは、貴重な存在ではある。
年の差が開くほど、ケンカしたり感情をむき出したりするつきあいは妙にしらけてしまって、最初から「危うきに近寄らず」を決め込んでしまう大人は多い。
ある程度の大人になったら、大人であればこそ、演技ででも怒ってみせた方がいい場面もある。

それを、「ま、子供だからいいか」と思って目を細めてしまうと、結局ホンネがぶつかり合わないまま時が流れてしまう。ケンカできない仲というのは、すれ違いを蓄積して行くだけ。争わないから仲がいいと勘違いしてしまうのも、不幸な話だから、やるときゃ派手にやった方がいいのかもしれない。
菩薩の心を持つ僕なら、「僕ならうーん、キミの真剣な目がせくしーだ!」なんて茶化して終わりだろうけど(エロ菩薩か?)


祝勝利

at 2005 06/09 14:11 編集

ジーコ・ジャパンの勝利はだれも疑わなかったから、予定通りに「ドイツへの入国手続き」をこなしたような試合だった。
無観客は異例だったが、高校サッカー部時代の練習試合にタイムスリップしたつもりで、難なく戦えたのではないだろうか。

勝つとわかっていたからこそ、パブリック・ビューイングとやらも、なごやかに盛り上がっていたように思う。なんだか「昔の街頭テレビ復活」のような、平和な眺めもよかった。サッカーは、みんなで見るのに向いている。相撲や野球は間延びしているからなぁ。

ふと想像してみると、もし相手がドイツとかブラジルだと、「神風特攻隊と見送り隊」のような悲壮な試合になっていたかもしれない。
そんな立場で応援していた場所が、コリアンタウンの街頭テレビだったのではないだろうか。
住んで働いている場所が日本、でも祖国は分断されたままの半島・・・という在日の方々にとっては、どっちを応援していいのか、葛藤と背中合わせで盛り上がれるんだか、盛り上がれないんだか。

でも、この複雑な気持ちこそ、応援の醍醐味ではないかと思う。
大阪のジャイアンツファンみたいなものか?
「日本人だろ俺たち!お前もジーコジャパン応援するの当然だろ」という暗黙の了解が下地にある村社会だと、「在日じゃないが北を応援するよ僕は」なんてやつがいたら、大政翼賛体制を乱すひねくれ者!とみられるのがオチだ。

まぁ今は弾圧されたりはしないだろうが、ややこしい議論になりそうなら最初からかかわらないのが日本人。
中国人民と台湾選手の関係はどんな葛藤をはらんでいるのか、在米キューバ移民はアメリカ対キューバの試合なんてのがあればどう応援するのか、単純な日本人にはなかなかわかりにくい世界の現実だ。

日の丸を振って、顔に日の丸を描いて日本チャチャチャをやっている応援それ自体は、お祭り気分だからそれはそれでええんちゃう?と思うけれども、愛国者は意外に多いのがわかる。スポーツの試合になると、あぶり出されてくる感じ。

ただ、あくまでも自国のチームを愛するだけで、政治的な騒ぎを起こさないのが長所といえるかもしれない。
意味をよく考えず、「とりあえず、それしかないから日の丸!」というノリだから、スポーツの応援としては純粋でいい。

これがもし韓流俳優ブームになると、なにぶん映画もドラマも「言葉の世界」である。あの微笑みの奇行師いや貴公子さまは、竹島についても言いたいことがあるに違いないと僕はにらんでいる(笑)。でも、言えば売り上げ激減するから言えない。

かりに、発言をしたとたん、または国内向けメディアで反日的セリフしゃべり放題だとわかったら、日本の韓流サポーターもとまどってしまうだろう。
「竹島領有を主張するお前は間違っている。でも憎しみ合うのは避けよう」と言えてこそ、国際交流だと思うのだが、思考能力が幼稚な日本人は、いきなりタカ派になるか、ペコペコ土下座外交をくりかえすか、どっちかに流れてしまう。

こんな問題で、大衆を操作する政治手法は、中国も韓国も、ついでにアメリカも、日本より数段上手だと思う。
日本も見習ったらどうだ?と思う面もある。

さしあたっては、ドイツに向けて、北朝鮮に特使を派遣して、マスゲームを習ってくるといい。あれを世界に披露すると、震え上がらせ効果抜群(?)ではなかろうか。
ふいにハーケンクロイツの模様が浮かび上がったりすると、ドイツ人は打ちのめされるか、奮い立つのか・・・?

でも、自衛隊の艦船でさえ、日の丸よりタチが悪い旭日旗を掲げて平気で東南アジア諸国に寄港している鈍感国家が日本である。日本村で生まれ育って、歴史の授業ねてました〜と笑っている無邪気な少年少女は、現地でナチスSSのコスプレなんてやらかすかもしれない(汗)。


インサイダーズ・アイトサイダー

at 2005 06/08 12:25 編集

アイドル写真集は買ったことがない(と思う)僕でも、もう何度か手を出してきた作家の写真集があって、2日に出たばかりの高橋しゅん著『旅人 開高健』というのを即買いしてしまった。

思い出したように、雑誌で特集されたり、ムックが出たり、アンソロジーが編まれたり、関係者が回想本を出したりするのもわかる、たしかに味のある文豪ではある。
別にイケメンというわけでもないし、ポスターを貼って「健さま!!」と崇拝するような対象でもない。けれど、絵になるオッサンなのだ。
そこは、さすがサントリー宣伝部のコピーライター出身だから、見せ方をよく心得ていたのが、「売りやすい肖像」として死後も重宝がられてい使理由かいなと思う。
虎は死して革を残すのである。

その足で神戸に戻って「古本あかつき書房」に寄ってみると、同じ本が3割引きで出ている。一体なんじゃい!この速さは。
新古書の流通ルートは不可解だ。
たぶん新古本を先に見つけていたら買っていただろうが、そうすると差額の600円は出版側に渡らないわけで、ということは「俺は新刊で買って著作者の労に報いていますよ」ともいえなくなる。

ちょいと惜しい気も引きずりつつ、その代わりに海老坂武先生の絶版本を見つけたので、あかつき書房は許して(身勝手な!)あげよう。
こちらのハードカバーは、森有正と加藤周一を俎上にのせた評論集で、ちょうど僕が大学に入った年に出ている。その時代のみすず書房のハードカバーにしては珍しく、海老坂氏の肖像写真がカバーにでかでかと載っていて、「おぉぉぉ若い!」とのけぞってしまった。

今は東大の姜尚中教授が、マスコミ女性界で「カンさまブーム」の偶像になっているそうだが、海老坂ファンも、お堅い思想書出版社に当時いたにちがいない。
「ぜひ先生の御真影を、裏カバーに刷って出したいものですわ。できることなら、カラーグラビアも!!」と、社内会議で切々と訴えるお茶の水女子大出身編集嬢28歳。というのがいたことを匂わせる装丁なのであった(考えすぎか?)。

のちに『シングルライフ』を出してブームになり、本人の赤裸々な恋愛―連愛―経験や恋愛観、家族論なども書き散らされるようになったが、一貫して独身主義を貫いておられるから、見方によっては、ファンにとって罪なセンセイである。

キラ星の目で「エビさま」を慕っていたお茶の水女子大OG編集者28歳も、いま52歳独身。
まさかエビさまに添い遂げるつもりではなかろうに、こんな被害者なんだか信者なんだか解脱者なんだかわからない読者を産み出したのは、海老坂氏の最大の罪である(→絶賛しているつもり)。

海老坂氏が俎上にのせている森有正は、僕はたった一冊の単行本しか読んだことはないので、その評論を僕がとやかく評する資格など二重にない。かすかに、明治時代の文相の子息にして哲学者、軍国主義と政争の日本からスピンアウトして、パリで客死・・・という生きざまが、印象に残っている程度でしかない。

加藤周一氏は、運営にかかわっている研究会のシンポジウムでお目にかかっているけれども、おそらくだれもが認める現代日本の最高の知識人だろう。
この二人に共通するのは、フランスであったりドイツであったりカナダであったりする国々に暮らして、日本のアウトサイダーであろうとしたこと。海老坂氏も同じ。

こてこてのインサイダーである僕は、インサイドから日本を見てあぁだこうだとわめいているにすぎないが、アウトサイダーの目なり立ち位置なりは、大切だと思う。彼らの目を借りてこの社会を見るのも、絶望できたり、再評価したりして、なかなか飽きない。

海老坂氏自身、夫になり父になる「標準的日本男子」の人生を送ってこなかった哲人でもあり、定年後あっさり「都落ち」して地方都市に引っ越した旅人でもある。
地位にしがみついているジジイとは正反対の粋人なのである。

考えてみれば、開高さん一族も、死に絶えてしまっている。
独身だった一人娘は、買い物帰りにフラフラーッと踏切にさまよいこんで轢死してしまい、最後に残った御夫人も数年前に世を去った。
家系が絶えてしまった文豪というのも、いさぎよくていい。
だからこそ、ご本尊の遺伝子のような本が、静かに売れ続けるのだろうか。


リムーバブル?

at 2005 06/07 14:34 編集

JR福知山線の開通が秒読み段階。通勤通学客にとっては、「1日も早く」と待ち望んだ運転再開だろう。
電車が衝突したマンションは、JRが購入価格で買い取ると申し出ていて、この条件が新たな火種になっている。

たしかに、あの立地で生活したい、「ここ」に暮らしたいと思う気持ちあってこその分譲ローン購入だ。ところが、「ここ」は現実に百人の御霊が眠っている悲劇の現場でもあるから、場所への思いは、どうにかして整理して行くしかないと思う。

たしかに、場所への思い、場所が持つアウラのようなものは、金銭に換算しにくいし、さりとて簡単に消し去ってしまえるものでもない。
地理学者のイーフー・トゥアン氏によると、空間の意識、場所の霊力のようなものが、都市計画にも影響を及ぼし、歴史をも左右するという。もっともだと思う。

僕の「生家」も、立ち退きで取り壊され、生家の廃墟を見たときは、悲しいを通りこして、大げさだが「世界が1つ終わった」ような空虚感に襲われた。
その「場所」は国有地だから、もともと先祖代々受け継いだ土地というわけではないとはいえ、そこで家族生活を送った経験が立体的な記憶として頭に刻み込まれているから、たぶん一生消えないような気がする。

JRが衝突したマンションは、そこで家族生活をスタートさせたニューファミリー、終の栖にするつもりの中高年の方々など、それぞれに思い入れのある住まいだっただろう。
だから、「マンションはただの物件であって、元値を払うから代わりを見つけてね」という感覚がみえみえのJRは、反感を浴びて当然だと思う。

こんな事故はレア・ケースとしても、山古志村の村民や三宅島、奥尻島の島民にとって、住み慣れた土地に帰れないもどかしさ、昔の風景を失った喪失感は、臨床心理士などにはわからないものではないだろうか。

家屋は再建・再現できるが、風景やトポスは「一から住民パワーで造りなおしましょう」といわれてできるものではない。
造るものというより、そこに最初からあって、人によってはゆりかごであり、墓場にもなるのが、「住み慣れた界隈」というものだ。
もしかすると、母胎に似たものかもしれない。「おやっさん」や「アニキ」は世間に大勢いたりするが、「おふくろさん」は唯一無二だから。

それが、たとえ分譲マンションであっても、失う気持ちはいかばかりかとお察しする。
そんな住民感情には最大限に配慮して、とはいえ前向きに、円満な引っ越しができるよう、願うばかりだ。


真心福祉

at 2005 06/06 16:03 編集

日曜夜の、がらんとしたオフィスビル地下街で、そんな「かりそめの廃墟」がなぜか似合う美女と一杯やる至福のひととき。
・・・ななななんですかいそりゃ〜!!
と笑われること確実だ。

「あ”〜酒よわなった」と、初老のサラリーマンみたいなくたびれかたをしている。
仕事帰りだというので、何はともあれ、お疲れさんの乾杯。

介護や看護、保育と並ぶ「究極のサービス業」ともいえる福祉従事者は、ある社会学者にいわせると、感情労働を強いられる気の毒なプロレタリアートだ。
労働基準法など、あってないがごとし。
残業手当て・・・なんだねそりゃ?コンプライアンス・・・ハア???の世界らしい。

もちろん、「その仕事が好き」なのはけっこうなことだとしても、好きなことをするだけなら趣味かボランティアで同じことをやっていればいいわけだから、給料をもらうからには不本意な仕事、苦手な仕事もやらなくてはいけない。
こんな面があってこその職業だと思う。

最近のはやり言葉で、スピリチュアル・ケアなどと要求されると、まるで全人格的な奉仕を期待されるようで、労働とプライベートライフの線引きは、どうしてもあやふやになってしまう。
「はい、スピリチュアリティは定時の6時まで」というわけにはいかないから、医療者や介護職はどこで息をつけばいいのか、お見舞いしたくなる。

とはいえ、日に16時間も献身的に「奉仕」してしまう天使のような労働者が、窒息寸前の労働実態を支えてしまっているのも、民間保育ビジネスや障害者施設の事実だったりする。
もっと正常な形で、この業界人の地位や待遇が上がらないと、若い人材など就職して5年以内につぶれてしまうのも無理はないと思う。

好きで、あこがれて就いた仕事だからこそ、弱音を吐いたり愚痴ったりすることに後ろめたさを感じるのかもしれない。

不満や、ちょっと冷静に考えたときに、「この経営はおかしい」と気づいた点は、ともかく言葉にして表現しないと、タコツボの中の海洋汚染みたいなものだ。
発言することで切り拓かれて行くはずの福祉や医療の近代化が、言葉を呑み込んでしまうと、何も変わらない。

「福祉は真心」「理屈より行動」が自明視されている世界に致命的に欠けているのは、言語能力かもしれない。
本来なら、「真心と知恵が福祉には必要」だし、「理屈も行動も両方大事」なのに、日本人は極論が好きらしい。

理屈は役に立たない!具体的な、目の前の仕事をこなしていればいい!というので、抽象的な思考を放棄してしまう。
だから、読書という習慣がない。語彙の仕入れがないから、思考の幅も奥行きも限られてしまう。

私的なモノローグをつぎはぎしたような「感想」やメールはダラダラダラダラ書ける大学生〜二十代あたりの層に限ってみても、ロジカルな文章を書いたり説得力のある分析をしたりする能力は、ここ10年、15年で確実に退化しているように思う。
昨夜の酒の相手は、具体的な話も抽象的な話もできるし、読書家で、スピーチもできる才色兼備な絶滅危惧種(笑)ではあったけれど・・・。

経験を他者に伝えること、組織や社会で共有できる知にすることは、言葉を尽くしてすべきことなのに(まさか涙を武器にしているキャリアウーマンなんていないだろうが)、「理屈をこねるのは経営者だけでいい」という衆愚政治が蔓延している。政府にも自治体にも企業にもNPOにも。

政策を策定するエリート官僚と、「おかしいな」と感じつつ、その違和感を思考に、言葉につないで行く回路設計がうまくできていない(教育者の責任大である)現場労働者が、未来の福祉をどこに持って行こうとしているのか、よくわからない。
エリート層も、わかってないのかもしれない。


ガードレール

at 2005 06/05 13:46 編集

「おじさんの変な寝言を解読して」と依頼のあったナイトスクープに、いきなり韮沢たま出版社長が出てきた。
なるほど宇宙語ですか・・・ハイハイ。では、全国2万カ所で見つかっているガードレールの金属片は、いかなる宇宙メッセージなんでしょう?
報道番組にこそ、韮沢さん出てほしかった。
したり顔で、「これはね、第七銀河の使者から送られた暗号なんですよ」としゃべり始める(であろう)韮沢さんは、絶妙なトンデモ・エンターテイナーだ。

結局のところ、金属片ミステリーは、接触事故の後始末が放置されたまま、積もりに積もって2万カ所!!というあたりで「やっと発見されたお役所仕事の怠慢ぶり」というところに落ち着くか(確率80%)、静かに全国波及した「ミステリー・サークルごっこ日本版」という線が浮上するか(10%)、かまいたちか?地球外生命か?という調子でイオンド大学教授まで出てくるか(確率10%期待度100%)、楽しみではある。トンデモ度が高いほど楽しめる。
ただのイタズラには見えないし、そうだったらちょっと芸がないよ犯人諸君!

偶然に出くわした不可解なサインに、どんな意味付与をするかは個人の勝手だが、ある世界の住人にとっては共通のサインがあったりするものだ。
おじぎのしかたひとつ見ても、「堅気でない世界」には全国に通じるしぐさのサインがあるようだし、フリーメイソン、ユダヤ人、中国のティンパン、そしてわれらがサイキッカー(?)なども、狭くて深いそれぞれの世界で通じる符牒を持っている。
眉毛を片方だけ動かすあいさつは、世界に広がる眉唾族ネットワークの合図だ。

ガードレールにつけた金属片も、ローリング族が草の根的に全国に広めた何かのサインだったりすると、おもしろい。第一、2万箇所でやっと発見されるなんて、すごいではないか。

ただ、ケガ人が出かねない危っかしさは罪な気がするから、はやらせるつもりなら、日本中の路上駐車に剣が突き刺さっているとか、「世直し大王」の暗躍を思わせるミステリーを期待したい。
あ、これは犯罪教唆かな?。


健康強迫症

at 2005 06/04 12:28 編集

黄金連休から海の日あたりまでの2カ月は、祝日がなくて1年で一番疲れる時期だ。
遅ればせながら、上着はクリーニングに持って行って、来週から衣替えするかなぁ・・・という初夏の週末。健康診断の「通知簿」が郵送で届いた。

ふだん、のどのつかえは喉頭癌!?ひどい首肩凝りは転移!?鼻の奥が煙たい(笑)のは脳腫瘍!?・・・と、病気だらけの(と勝手に診断している)我が身を「苦しみに耐えて、よくがんばった!感動してるぞ俺!」といたわったりしているのに、異常なしのほぼオールA判定やがな。検尿と血液検査を見る限り。

集団検診の盲点に、わが全身倦怠感の病巣は潜んでいるのだ!
と、病気探しにこだわってしまうのは、病気なのか健康なのか。
薬おたく・フィットネスおたく・健康おたくの部類ではないつもりだが、検査にこだわるのは偏差値世代の性だろうか。数値の意味はさっぱりわからないけれど。

毎夜毎夜、おまけに昼寝でもドラマチックな夢を見るので、睡眠も浅くなっているはずだし、ときには夢の中でクタクタになっているほどだから、あまり頭は休まっていないだろう。

いや、仕事でストレスを感じる場面がめったにないので、スリルとサスペンスとスペクタクルを求めて夢の世界に心躍らせているのか。
だとしたら、こんなに安上がりなレクリエーションはない(笑)。

世間の老若男女も、夢の中で若返ったり不倫したりテロに走ったり仇討ちしたりして、それでスカッとすれば、リアルな争いごともなくなるだろうに、と思う。

心理業界には夢分析などやっている専門家もいるようだが、「夢演出」をしてくれた方がありがたい。
「めくるめくような夢を見せて」「着手金5000円。成功報酬1万円ね」てな取り引きは、あってもいいのではないかねぇ。
罪な夢を見させて財産を巻き上げる投資話よりは、のどかで微罪だと思うのだが。


喪主戦争

at 2005 06/03 15:39 編集

やはり再燃したか!若貴の対立。
「地獄の確執」と書き立てているスポーツ紙もあった。
兄弟の言い分は、それぞれわからなくもない。
「部屋を継いだボクが喪主だもんね」「世間の習わしでは長男が喪主」と言い争う兄弟を、天国の親父はどう見ているだろうか。

二人で喪主をすればどうだね?と、相撲協会が忠告をしてもよかっただろうに、弟の方が耳を貸すようには見えない。
ホトケさんに鞭打つつもりはないが、「骨肉の争い」の原因は、やはりリーダーシップ不足にあったような気もする。

神童と呼ばれたころからの優等生で、親父の地格を越えて舞い上がった末っ子をコントロールできる人は、昔も今もいないのかもしれない(景子夫人があやつっているのか・・・?)。

法律は喪主など規定していないが、遺産については均分相続と決めているのだから、「葬送の義務も平等に」と書けば、喪主は共同でやれていいと思う。または、「遺族代表」ということでもいい。

我が父の葬儀の喪主は、疑うまでもなく長兄になっていたが、おかげで葬儀屋にハゲタカのようにぼったくられた悲劇は忘れられない。
もし僕が喪主なら、クリスチャンに戒名をつけられ、坊主の事務的なお経に毎回何万円も払うカモには絶対ならなかっただろう。
この国では、流れに乗せやすいカモが
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2005年5月の日記
追悼ワカさま

at 2005 05/31 15:32 編集

貴ノ花親方の訃報は、「いつかは・・・」と思っていたとはいえ、どうにも早すぎる。

数カ月前に、息子たちが見舞って、「会話はできないが、手を握ると握り返してくる」状態だと聞いたとき、臨終の父と子が最後の会話を無言で交わしている様子が、胸に突き刺さるように伝わってきた。
そして、世間も身内も、少しずつ覚悟はしているのだろうと思った。

生き急がされた人生という感じもする。関取一般に、そんな印象がついて回る。
ガッツさんのように楽しくいけばいいのに。仏の顔も三文の得だろ?てなノリで。
そんなガッツさんより若い親方は、55歳にしては貫禄がありすぎて、老成するのが早すぎた。

長男がアメフト選手にかつぎ出され、次男が洗脳され、女房が不倫したり脱いだり(笑)、つまり家族まるごと笑いのネタにされても、じっと耐えていた。よくも悪くも、「日本のお父さんやなぁ」と思う。

ホリエモンのように、口から先に生まれてきたような男だと(ホリエモンの風体だけは、昭和のおとっつぁん風だが)、反論だディベートだ対案だと騒ぐだろうに、伝統の日本のお父さんは、「男は黙ってサッポロビール」なのだ。

それが男の美学のようなものかもしれない。
が、ただ口下手なだけかもしれない。
天下国家を論じるように、我が社のビジネスを語るように、おとっつぁんというのは饒舌になれないものだ。
そこが、なおのこと不憫だと思う。

あとはただ、安らかに、とご冥福を祈るばかり。
憲子もと夫人は、線香ぐらいあげに行くのだろうか。
それぐらいはしてあげないと、だれかが「仏の顔も三度の飯だろ」と怒りだすかもしれない。


沢野絵

at 2005 05/30 13:46 編集

たしか角川文庫版で買っていた沢野ひとし怪しい探検隊員の『休息の山』が、古本で出ていたので、500円也でお買い上げ。

単行本で買っていて、文庫が出たら買い直して、でかい単行本はsabato財閥へ・・・というのが定番の図書流通で、単行本を買い直すのは

やはり、画文集は大判が合う。大判といっても、『休息の山』はソフトカバーだから、重苦しくない。
沢野さん独自の飄々とした色鉛筆画は、絵の中の世界に吸い込まれるような細密画とは逆に、見る者の想像力を絵から拡散させてくれるような感じがする。日常世界にぽっかり開いた「異次元ドア」という感じ。

簡単なタッチに見えて――いや実際そうなんだろうけど――雨の描写など、安藤広重を彷彿とさせるぞ。さーーっと雨音が聞こえてくるようで。
いつもカメラで簡単にスケッチしてしまうからこそ、こんな山旅も、できたらいいものだと思う。

八ヶ岳の相棒が、初めてデジカメを買って、「はりきりメール」を昨晩くれた。取説と格闘しているそうだ。
おととしだったか、テントかついで妙高へ一緒に登ったとき、山道で僕がシャッターを切っている四半世紀昔のペンタックスの、拍子木みたいな音を「かっこえー!!」と笑っていた彼も、今さら重たいフィルム一眼を買うほど酔狂ではないのだ。そりゃ当然だろう。

僕だって、ふとザンゲしてみれば、デジカメは次々に5つ買い替えてきたくせに、どうも未だデジカメなんちゅうものに、心を許せない意固地なところがある(笑)。

撮って帰ってからの処理が面倒、選別も悩む、レタッチしはじめるときりがない(永遠に完成しない)・・・と、デジカメの利点は難点と背中合わせ。
つまるところ、消去もコピーも含めて「加工が簡単」なのがデジタル写真だから、いってみれば「鉛筆で書いた契約書」みたいなものなのだ。永遠に完成しない。いや、最初から、そのときそこにいて撮影しなくても、どうにでも作り上げられる。

ある批評家にいわせると、いくらでも後から加工できる点では油絵と似ているのだとか。もう、デジカメと画像ソフトは「描画ツール」としてとらえた方がいい・・・という意見には、思わずうなずいてしまう。

でも、沢野絵は、色鉛筆でしか描けない世界だ。
俺の手、俺の頭でしか。
コピーもレタッチも受けつけない、こんな表現を手に入れたいものだ。


心斎橋

at 2005 05/29 13:58 編集

あっけらかんと「24回目の誕生日なんですよ〜お祝いして下さい」とリクエストをうけてノコノコ出かけてきた。「たまには心斎橋もいいでしょ?」と場所も指定されて、人込みでごったがえすミナミへ。彼女の気に入ったイタメシ屋があるらしい。

お仲間と待ち合わせて、4人で海鮮パスタを山分けしつつ、楽しいバースデー晩餐になった。
24歳から29歳まで、ピーチクパーチクとかしましい輪の中で居場所がなさそうだぞこりゃ・・・と不吉な予感があったので身構えて(笑)いたら、なごやかに普通のサークルバレーボール風になったのはよかった。
こんなこと、「説教くさい・カネ出さない・セクハラ満載」の僕には、一生に一度しか訪れない珍しい宴席である。

仕事人ばかりだから、世代も職種も職場も違えど、めざしている境地は同じ。
だから、それぞれの問題を持ち寄って、ユーモアまじりでつつきあって、堅苦しくならない肥やしにするような「談話の作法」を、みな自然に身につけている。
美酒美食で話は泉。いい夜だった。
ま、皆さんがんばって下され!

と言い残して、日付けが変わるころ家路へ。
土日をまたいだFM番組「ジャズ・トゥナイト」が、ばっちり留守録音できておった。ジャズ・ギター特集だったので、どうしても聞きたかったのだ。

DJの渡辺香津美あにぃの同時代ギタリストで、フュージョン・ブームの真ん中で華麗に超絶技巧を誇っていた貴公子といえば、リー・リトナー。
番組では下世話なゴシップは話してくれなかったが、最近、このリー・リトナーが、杏里と結婚した(する?)というニュースには驚いた。
意表を突くというか、「でもけっこういい感じ」と、しみじみ感じる。

ともに70年代デビュー組。
杏里は最初からニューミュージックふうでもなく、いわゆるJ-POPにも行かず、女優の方向にも行かず、演歌への仰天転向もせず、なんだか独特の位置にあった。杏里といえば「オリビアをききながら」のイメージが強すぎて、その後のはまり位置が難しかった。
同世代というと、松田聖子、黒木瞳、浅野ゆう子、浅野温子・・・おぉ、だれ一人として、「同類」とくくれない独特のキャラクターばかりではないか。できあいの「ジャンル」にも、どうにも入れようがない。

個人的には、生まれて初めて、コチコチになりながら自分で足を運んだ喫茶店で、同級生の井上雅文君が大事そうに持っていたLPレコードを見せてもらったら、それが杏里だった。キョウリ?アンズリ?と間抜けな読み方を是正指導(笑)してもらった思い出がある。

このころが、なぜか西海岸ブームで、西海岸テイストのサザンにはまるやつ、濃いやつになるとイーグルス、本場の本物サウンドを聞きたいが英語の歌詞はわかんねーよ!という中途半端なやつはフュージョン・・・と、なんとなく分かれていたように思う。もちろん僕は中途半端だった。

サザンのように開き直ってしまえば、もう大御所の「四十代実力歌手」になっていたであろう杏里ご本人は、独自の路線を邁進。
ただ、踊り歌う四十代といえば、復活ピンクレディのインパクトが強すぎて、タップダンスを踊る黒木瞳も光り輝いていて、大地真央にまで「カルメ〜ン!!」と踊られては、音楽性を究めるしかない。
それで、「日本に安住していないわ〜私♪」の気合いで、スーパースターギタリストと結ばれたわけか?
それはそれで、ますます尊敬する。
リー・リトナーとのコラボレーションからどんな音楽が生まれるか、楽しみだ。第二デビュー作「リトナーをききながら」とか。

それにしても、カリフォルニア一派のジャズメンと大和撫子との結婚は、けっこう多い。故エリック・ゲイルもそうだったし、ルー・タバキンより有名になってしまった秋吉敏子は現役のジャズ・ピアニスト。
マイケル・フランクスは、神社で神前結婚式をあげたらしいし。

リー・リトナー世代はフュージョン(融合)と呼ばれ、少し前のクリード・テイラーやジョージ・ベンソンの時代にはクロスオーバーというジャンル・・・というかジャンル崩しが生まれた。
だから、ヨーロッパから見た「東洋ブーム、オリエンタル・テイストの日本」というより、カリフォルニアの西にある日本が、新しもの好きな西海岸ジャズメンの目に留まるのかもしれない。

「新世界」は、西海岸の専売特許ではない。
僕の好きな東海岸ジャズ一派にボブ・ジェームスというおっさんがいて、彼が自分のレコード会社を創立したときのレーベル名がタッパン・ジー。会社近くの川にかかる橋の名前だったそうだ。

こんな調子で、どんどん架け橋もかけて、クロスオーバーしあったりチャンポンしたりしながら、いい音楽が生まれてほしいものだ。
日本でも、心斎橋レーベルなんてのが生まれないものだろうか。


浦島太郎上等兵

at 2005 05/28 12:54 編集

またまたフィリピンで見つかった旧日本兵、栄養も治安も悪いところで、よくまぁ90歳近くまで長生きしておられたものだ。
身元を保護して、労をねぎらってあげられればと願うばかり。

そして、ゆっくりと、この邪悪にまみれた(笑)21世紀ニッポンを確認してもらおう。
ご無礼かもしれないが、なんだか未来のチンパンジーが現代アメリカを観光して回る『猿の惑星』の続編を思い出す。

昔の日本にも、今のフィリピンにもないものは、どう見えるだろうか。
たとえば、普通に街にあふれている茶髪。「毛唐の真似などしおって非国民!」と憤慨するか?
ましてや、生き残りのヤマンバと遭遇したら、卒倒すると思う。
女性のミニスカートを見たら、90歳にして青春がよみがえり、19歳へとワープしてしまうかもしれない。

阿鼻叫喚の都会を逃れて、自衛隊の基地か演習場かで古巣に戻った気分でホッと一息つけるかもしれないが、米軍基地が日本国内のあちこちにあるのを見ると、卒倒するかもしれない。
皇軍感覚がよみがえって、「天皇の御真影を掲げたまえ諸君!」と、思わず檄を飛ばしてしまっても、まぁ、察してやってくれたまえ諸君。
そして、テレビの皇室アルバムなんかに気軽に出演しておられる「あのときの皇太子様(現陛下)」を見ると、まぶしくて直視できなくて、土下座したまま顔を上げられなかったりして。

テレビやクルマや旅客機なんかはフィリピンでもなじんでいただろうから、浦島太郎状態といってもハードウェアそのものの進歩には驚かないと思うが、ソフト面の変化にはなかなか慣れないだろう。
小野田寛郎さんも、横井庄一さんも、そうだった。そして横井さんはブラジルへ行ってしまったっけ。

60年の空白を経て祖国に帰ったとき、我々だったらどんな感じがするか。
逆に、今の感覚で60年さかのぼってしまえばどうか。
こんな空想は、実はアメリカ生まれの社会学エスノメソドロジーの実験手法でもある。

たまに僕もインスタント実験をしてみることがある。
地元にいるのに、関東人のふりをしてみるのだ。これだけのことで、関西人同士と了解しあっている間柄では出てこないキャラクターが出てくるのがおもしろい。

「食い倒れの街って聞いたんだけどさー、ファストフードとかコンビニばっかで、東京と変わんないよねー」とでも嘆いてみたら、大阪人の営業精神に火がついて、濃厚サービスにありつけるかもしれない。
僕のはまり役「日本語が流暢なフィリピン人」になりきって、日本人ミナイイヒトデス、デモ日本女性ハ心ユルシテクレナイ!!と嘆いてみたら、何かいいことでもあるだろうか(笑)。

帰国された老境の元兵士は、邪悪にまみれた現代の祖国になじむには苦労されると思うが、「わしら浦島太郎じゃ」と割り切って、驚きを楽しんでいただければと思う。
その前に、空港でアメリカ機のパイロットに、発作的に殴りかかってしまうかもしれない。スチュワーデスに羽交い締めされてときめきつつ(笑)。


逃避行

at 2005 05/27 15:10 編集

「中学教諭、駆け落ちで欠勤」という朝日新聞の見出しに、もう物珍しさは感じないご時世って、どうなっちょるのだ!?とも思いつつ、チェックしてみると、想像と事実はちょっと違っていた。

よくいるロリコン先生と敬老少女の逃避行か?と思いきや、センセイ同士の火遊びだったのだ。
ともに32歳の、同じ学年を受け持つ教諭同士が駆け落ちして、九州各地を3日間クルマで転々としたあげく、戻ってきて停職処分。
なんだかなー・・・。
いい大人がねぇ。

かけおちしなくても、コッソリと・・・というのもいかんが、大人同士、もっとスマートかつ合法的にコトを進めてほしかった。
退職して仕事を引き継げたら、あとは大人の責任で好きにすればいいと思うが、退職届すら出せないほど切羽つまったというか、いきなり発情してしまったのだろうか。

あたたたたた・・・と思うのが、男性教諭には妻がいるそうで、あぁこれで家庭を失うかもしれないし、下手すると職を失いかねないし、代償は大きい。
免職を免れて退職したとしても、32歳だと退職金も大してもらえない上に、共済年金もまだつかない。お先真っ暗というか、真っ白というか(笑)、一体どうするおつもりか。

お間抜け教諭たちに教わっていたチュー坊たちは、そんなにトチ狂うほど、燃え上がった二人なのか?と詮索してしまって、受験勉強も上の空だろう。これも罪つくりだ。
校長センセイは、全校集会でどう釈明するのだ?

いま、問題の男性教諭の方は停職で研修施設送りになっているそうだが、「色恋沙汰で職務放棄」など、会社員なら即刻クビ。
犯罪をおかしたわけではないとはいえ、教諭というのは、つくづく過保護な特異種族じゃのぅと思う。
地元の納税者からすると、どうせなら納税した甲斐のあるエンタテイメントを見たいから、「失楽園まで行ってみせろ!!」と、野次も飛ばしたくもなるってもんだ。
厚労省としては、「少子化に歯止めがかかればいいから、もっと行け行け」という気分かもしれないが。


ドタキャン

at 2005 05/26 11:59 編集

中国が動揺している。
4000年の老獪な政治大国だから、日本を手玉にとることぐらい簡単だろうにと思うのだが、首脳会談を来日してからドタキャンというのは、前代未聞。
子供の「もう、帰る!」と同レベルではないだろうか。
それほど、老いて子供帰りしている証しかもしれないし、もしかすると逆に、深い計算があるのかもしれない。

アジア諸国は、どこも日本からの戦争被害を恨んでいるだろうが、「靖国神社ぐらい、勝手に参っとればよい」と構えているのが大人の国というものだ。
外国の癇に障る部分もあるとはいえ、政治家の神社参拝というのは内政問題だから、苦々しくは感じても首脳会談ドタキャンの理由にまではできない・・・と、常識的な国なら考えていると思う。どうしても気になるなら、最初から首脳会談を持ちかけなければいい。

とりあえず、靖国参拝はしない方がいいと個人的には思うし、一歩引いた方が言いやすくなることもある。
「押してもだめなら引いてみる」の要領で。

「日の丸を燃やす抗議行動は、国際法違反の犯罪だぞ」
「日本から多額のODAをもらって核武装している国には、もうビタ一文あげません」
「選手の安全が心配な北京オリンピックも、ドタキャンしよっかな」
「中国人へのビザ発給、どうしよっかな」

小細工もいろいろ思いつく。
野口みずきは、42.194km走った地点で抗議の棄権をするとか。
男子マラソンに、人民服を着せた目立ち屋さんを沿道からから乱入させるとか。
水泳は、例の「大磯ロングビーチ作戦」で、ライバルを骨抜きにする。

かように、外交カード「オリンピック部門」は、いくつも使えるぞ。
使うかどうかは別として、ちらつかせることはできる。
いやらしいかもしれないが、これが外交交渉というものだと思う。

オリンピック・ボイコットといえば、モスクワの教訓があって、できれば避けたいと思う素朴な国民感情はあるようだ。
ちょうど僕は予備校生だったから、おかげでテレビに目を奪われることもなく、ボイコットさまさまだったのが幸運だが(僕以外の受験生のために、つい見入ってしまうオリンピックが開催されていたら、もっとよかった)、今は経済的な損失も大きいから、ボイコットは難しい。

ただ、「スポーツの祭典を政治で動かすな」というのは甘い幻想というもので、政治力なくしてオリンピックも国際試合も成り立たないし、スポーツそのものが政治と宗教のチャンポンだったりする。

IOCもJOCも日体連も日本陸連も高野連も――まぁどこの組織も同じように――まるでミニ政府、ミニ国家で、政治が選手を動かしているのが現実。だから、選手の選考と政党の人事は、そっくりなのだ。
オリンピックや世界選手権クラスの選手は、もう「スポーツ外交官」と言ってもいい。

だから、外交に影響されるのは宿命というもの。
あぁ、ミッションに向かう途中で撃沈された戦艦大和なのか選手諸君は!(笑)。

もちろん、自費で行くのはかまわんし、カンパを募ってもいい。
個人的には、キューちゃんのリベンジ・ランを見てみたい。800円カンパするぞ。
金で配当10倍、銀で5倍、銅で2倍、無冠でゼロ配当・・・。
「北京ギャンブリンピック」になってしまいそうだ。


ハウツー道楽

at 2005 05/25 17:06 編集

神戸の玄関口にあたる阪急電車の駅構内東口に「ブックファースト」ができたせいか、昔からある西口の本屋がつぶれてしまった。

僕も、待ち合わせのひまつぶしに使っていたようなところがあるから、なごりを惜しむ資格はないのかもしれないが、小さくて手狭なわりに、品揃えはけっこう工夫されていたのになぁと一抹の寂しさを感じる。

駅の改札脇だから、タウン情報誌やマンガ週刊誌を大量に積んでさばくのが、売り上げ確保の定石でもあっただろうに、そんな傾向はなかった。
もっと店の個性なり、経営者のメッセージなりが打ち出されていてもよかっただろうに・・・と今さら応援しても、後の祭りか。

それでも、ミニ書店応援団員の僕は、ある種のメッセージは感じていた。
毎号立ち読みしている(本屋さんごめんなさい)『アドリブ』という雑誌があって、たいていの本屋さんでは近くにPATIPATIとかカラオケファンとか、音楽雑誌がゴチャゴチャゴチャッと集められている。小さい店だと、クラシックとか演劇とかJ-POPとか、分野ごとにタグをつけて区分する余裕なんてないのだ。

このゴチャゴチャ棚の、しかも大判が多い音楽雑誌の背が並んでいる棚に、いかにも肩身がせまいというか、背が低いというか、新書がこっそり並べられていた。
元東フィル指揮者の大町陽一郎マエストロの『クラシック音楽を楽しもう!』だった。
どことなく、「雑誌も買ってほしいけど、じっくり音楽を聴く手引きもいかがですか」というようなメッセージが伝わってくるではないか。
気にはなりつつ、いずれ買おう買おうと思っているうちにいきなり閉店になってしまい、「まぁ、絶版でもないし、別の店で探すか」と思っていた今日このごろだった。

きのう1週間ぶりかに出かけた「10万冊古書店」は、一週間でずいぶん品揃えが変わっていて、その中に、マエストロの新書が「新古本」状態で入っていた。
数百m東の駅構内で閉店してしまった書店には、財産の保全管理の貼り紙はなかったから、もしかして、そこから回ってきたのか?
何かのご縁かと思いつつ、即お買い上げ。

このマエストロの手引き書は、初版が1965年だというから、ちょうど40年
売れ続けているわけで、すごいロングセラーだ。マエストロ34歳、東フィルの指揮者になって5年目の年に上梓された一般向けのクラシック案内書だったらしい。

ただのマニュアル本ではなくて、演奏家の気持ち、名だたる作曲家の人となりとその時代社会、音楽界を取り巻く文化、音楽の都のスケッチなど、さりげなく書かれたエッセイでもあって、敷居が低くて親しみやすい。

とはいえ、中には1本筋が通っていて、それは「音楽を楽しむ方法」である。音楽を楽しむための音楽の歴史、楽器の知識、音楽学の基礎が静かに語られていて、説得力がある。

65年の初版時にはなかったカラオケやCDについても、近年になって加筆している。時代に適応した、こんな寛容さも、長年売れ続けている秘訣なのかもしれない。

音楽の楽しみ方なんて、「ご自由にどうぞ」としかいいようがないけれども、簡単な趣味の楽しみ方を、おもしろく・わかりやすく・目からウロコを落とすように書けるプロというのは、めったにいない。
たとえば、マエストロは演奏家の立場で、コンサート会場ではコートを持ち込まずクロークに預けるよう、やさしく勧めている。それがヨーロッパでは常識で、コートの持ち込みを許さない会場もあるという。
その理由もちゃんと書かれていて、「赤ん坊同伴でコンサート鑑賞はいかがなものか」以前の、文化の常識が、エレガントかつ折り目正しく説かれている。

「方法」こそ趣味のエッセンスなのかとも思い知らされる。
どんな音楽を聴くのも自由だから、それ自体は趣味というほどでもない。それが、「私はレコードを蓄音機で聴くことにこだわるのだ」とこだわると、かなり濃い道楽になる。
また、模型マニアが、製作用と保管用に、パッケージを必ず2つ買うとか。

聴き方、買い方、集め方、食べ方・飲み方にこだわらず量と数だけ追求しても、それは動物的な物欲にすぎない気がする。
豊かな時代だから、こだわって手に入れた逸品を大切に頬ずりしつつ(笑)愛蔵したいものだなぁ・・・と思う。

LPレコードをなかなか捨てられないのも、どこか感情移入してしまったせいかもしれない。
趣味はアニミズムである。
とすると、「マイ宗教」でもあるのだろうか。


カレーなる採点

at 2005 05/24 08:47 編集

とりあえず、通勤経路周辺の全カレー店は点検することにしているので、最近リニューアルして「インドカレー」を大々的にアピールしている某店に、試合を挑んでまいった。

ごていねいに、INDOカレーと看板をかかげている(メタル印度カレーのテイストでんな)。
「関西の玄関口」の改札口を出て真正面にあるので、責任重大だぞインドは。
毎日のように挑戦状をつきつけられている気がしていたので、いざ出陣である。

なにやら、能書きがカウンターのあちこちに貼ってある。

「トワイライトエクスプレス」の食堂車「ダイナープレアデス」をクリエイトしている総料理長が厳選したカレー・ルー使用!!

だそうな。
おいおい、なんじゃい、そのクリエイトちゅうのは?
最近よく聞く、わけわからん「プロデュース」の上を行って、はぐらかされているような気もする。
クリエイトとは、ご大層にも「天地創造」の「創造」だぞ。

それに、「厳選」とは何することであるか。わしらが、たとえばボンカレーとククレカレーのどっちがうまいかしらんとスーパーで厳選する客と、どう違うんじゃい?

てな揚げ足取りはさておき、肝心のカレーライスだが、採点は首をひねってしまった。自分のゴールにシュートしてしまいよったチームを見る気分といえばいいか。
たしかにルーは「準絶品」で、カレースタンドにしては上出来だ。
ただ、ご飯がパサパサで、おまけに天井のエアコンからの強冷風で、すぐ冷や飯になってしまうのだ。

おおざっぱにクリエイトなんていうからには、店内の空調やご飯にまで、気配りの広さみたいなものが問われるのではないですかい?「カレールー以外にはこだわってません」では、クリエイターといえぬわ。
と、僕は海原雄山になった気分で採点するのであった。50点!
極楽カレースタンドを訪ねる終わりなき旅は続く・・・


つつじフェロモン

at 2005 05/23 14:00 編集

「裏山を案内するように」との仰せで、おねーさん二人組を山へ連行した日曜日。
僕のいつもの散歩コースを逆に回る形で、新神戸から元町へ、山を大回りして向かう。

「接待」にしてはあいにくの小雨しとしと。
潤いをもらってか、路傍のつつじが生き生きしていて、あたり一面に香りをふりまいている。
こんな小雨の中の山歩きは悪くない。
雨が草木に降る音、地面に降る音は、感性の「解像度」を高めると、一粒一粒が聞き分けられるようになる気がする。

ふと、子供たちに座禅を組ませ、「耳を澄ませて、心を澄ませて・・・」と明鏡止水の境地に置いてから授業を始めるのを儀式のように続けていた塾の経営者先生がいたのを思い出す。
それだけで、特に宗教色はない淡々とした補習塾だったが、当たり前のことを忘れさせないというのは、大切なことだと思う。

とはいえ、僕はじっと水面を凝視し、天を仰ぎつつ思索にふける風流人ではない。つい、トットコトットコ歩いてしまい、初ハイカーを置き去りにすること度々。
そのせいか、3人そろって平等に尻もち転倒1回ずつ。こりゃ引率者失格かもしれない。「もう懲り懲り」と思われてなければいいが・・・。

なんとか無事に、5時間ほどの裏山逍遥を楽しんで、雑踏へ下山。
心地よい疲れが残った。
「下山して有馬温泉」というのは身近な極楽だが、それはまたの機会にということで、家風呂でさっぱり。
これぐらいの山歩きが、日曜日にはちょうどいい。
あらためて、紫陽花の季節が楽しみだ。



高田みずえ「私はピアノ」

at 2005 05/22 10:20 編集

いま話題のレッサーパンダは、中に人間が入っていて、「四つん這いばかりだと疲れるわい」とばかりに、よっこらしょ!と背伸びしているように見えてしかたない。
旭山動物園の成功を横目で見て、「うちにも目玉がほしい」と思ってしかけたネタのようにも見える。うちで代々飼っていた猫だって、じっと立つぐらいはしていたし、ましてや熊だと珍しいしぐさでも何でもない。
みんな、ヒマなのねぇ。

しかけといえば、もっと匂うのがイギリスのピアノマン。
そっくりな話の映画が「たまたま封切り間近」だというから、これは前宣伝の疑惑を持たれて当然で、このニュースを聞いたヨーロッパ人も、眉に唾しながら、「だまされているかも」気分込みで楽しんでいるのかもしれない。

もちろん、本当に記憶障害の患者さんかもしれないから、そのつもりで徹底的な治療計画を立てて、公言すればいい。映画宣伝のネタだったら、会社も役者も「これはヤバい」と降参するだろうし、本物の病人だったら救われる。
こういう追い込み方は、仮病を訴えているかもしれない子供に「注射してもらおうか」と迫る親の発想と似ている(笑)。

かえって、クロシロはっきりつけるより、灰色を楽しむのがミステリー文化だったりする。
コトの舞台がイギリスというのも、「なんだか・いかにも・いやはや」な感じ。あのBBCは、昔から4月1日に大ウソを放送する(ロンドンの鐘ビッグベンが落ちましたとか、王室ネタもあったっけ)ことで有名だった。視聴者もそれを楽しんでいた。

ピアノマンねたも、僕が限りなく「ねた」と疑うのも、それで国が動くとか、だれかに迷惑がかかるような面がなくて、それどころか、いろいろな楽団や大道芸人の名前が出て波及宣伝になっている面が見えてくるから。

それはそれで、種明かしされてから、「なーんだ」と笑ってすませればいい。
逆に、本当に記憶障害の患者さんなら、オチがないというので、がっかりされるかもしれない(笑)。

BBCの上手を行くメディアが、「ピアノマンが、映画の宣伝であることを自供しはじめました」と報道してみれば、何かが動き始めるかもしれない。
大スポ(東スポ)みたいなタブロイド新聞がたくさんあるイギリスだからこそ、すでに鵜の目鷹の目でいろんなシナリオが開陳されているかもしれない。
日本のメディアは、鋭いえぐりもユーモアもイマイチなのが残念。
妙に道徳的な「投書オヤジ」や「PTAおばさん」が多いせいか?


シンタロー・アイランド

at 2005 05/21 13:08 編集

東京都小笠原村沖ノ鳥島に乗り込んだ慎太郎は熱かった。
「日本国」と明記された石碑にキスするわ、スキューバダイビングして「透明度は最高」と海の男ぶりを見せるわ、しめくくり会見では「あれは領土だ。文句あるか!」と息巻いていた。
このパフォーマンスが受けている面は、たしかにあるだろうな。

しかしねぇ・・・2つ合わせて9平米というと、6畳そこそこ。これでは、「定住して経済生活」を営んでみせるのは至難の技ではないか。
個人的には、国土を守りたいし、中国の領海侵犯はけしからんと思うが、沖ノ鳥島に限っては、中国もいうように島というより「やがてなくなりそうな岩」に見えてならない。

日本としては、「住めるが、たまたま今は無人島」というところをアピールしなくてはいけない。
国家主権の問題を、「領海侵犯」して、自治体の首長としてやってしまうのがシンタローの熱い持ち味だ(笑)。

そこで、環境保護はさておきシンタロー特区でもつくって、居住できるよう改造する。
地下10階ぐらい掘り下げた上で、超高層ビルでも建てれば、小さな村ぐらいの人口は暮らせるかもしれない。台風が来れば地下(海底?)に避難するとして。
ふだんは、どのフロアからも、釣り糸を垂れたら新鮮なおかずが入れ食い状態。魚好きにはたまりまセブン!!(という古いフレーズがあったような・・・)。

ただ、海に囲まれて庭も緑地もない孤島の「鉛筆ビル」に閉じ込められると、拘禁反応も避けられないだろうから、精神科医も常駐しなくてはいけない(ドクター自身が変調をきたすかも)。

こんな不安も、愛国心で乗り切れる都知事さんご自身が、ぜひ手本を見せてほしいものだ。72歳でダイビングしてみせた、山下汽船の御曹司・・・生え抜きの海の男ではないか。たしか『海の地図』という小説も、僕は読んだことがあるぞ。
海のロマンにちなんで、海が好きそうな加山雄三、鳥羽一郎を、助役と収入役に任命して、一所に連れて行けばいい。

シンタローの次の手は、「ここは我が東京との領土なんだから、警備員の代わりに海中機雷を沈めておいてかまわんだろう。警官は拳銃を持っているじゃないか」という理屈で、東京都vs原潜を持つ中国海軍の「太平洋海戦」になるかも????
指令長官石原慎太郎が、「大和も建造したらいい」と口走ったりすると、角川春樹が映画づくりに燃えて、戦費は興行収入でまかなえるかもしれない。危うしシベリア超特急!!

結局、キティホークが出撃でもしないと、中国は引き下がらないだろうから、日米安保に頼ろうというのが小泉さん、米軍なみの軍備を持つべしというのがシンタロー。
西村眞悟やシンタローやアーミーおたく石破茂etcetcと並べてみると、小泉首相がずいぶんハト派に見えてくるのも、不思議な錯覚だ。


夢の夢

at 2005 05/20 13:26 編集

まさに目が覚める1分前に見ていた夢が、おもしろい展開になりそうだったのに、起床せざるをえなかった。
残念!

出てくるのは、あの人と、この人と・・・と具体的に現実社会におられる面々で、なぜか一緒に民宿に泊まることになって、洞窟の奥のような狭い狭い階段を降りて行くはめに・・・。
なんじゃこりゃー?というところで、幕。

もう、30cm四方ほどの隙間にもぐりこむような奈落の底への階段だった。
なんだか、これからの人生を暗示しているようで(笑)こわい。しかも、この宿を選んで友人たちを招いたのは僕自身である。あぁ、罪な話。

もしかして、夢の世界の魔王が「罪のない友人を、お前の奈落人生に引きずりこんではならぬ」と戒めてくれたのか?
謙虚に受けとめなくては・・・

しかし、もっと幻想的というか、それこそ夢見心地の夢というのを見たいものだ。トム・クルーズになって、黒木瞳と海を越えた不倫の恋の物語りとか、ジローラモになって山口もえにいたずらするとか。

実際わが夢の世界など、リアルすぎて「あぁ、あの町この界隈やなぁ」と思い出せる眺めばかりだから、夢であって夢がない。
どこか闇の世界の大魔王に「託宣」を突きつけられているような気にもなる。
だから白日夢が豊かになるのか・・・妄想癖と笑われておしまいだが、なんとか大スペクタクルや大河ラブロマンというのを見てみたいものだ。
通販で「夢見マシン」でも買えないものだろうか。


さぁご飯ですよ

at 2005 05/19 09:18 編集

「めし」は腹持ちがいい反面、腹にもたれる感じで、忙しくてバタバタしているときは、なかなか落ち着いて茶碗と箸を持つ構えになれない。
で、ついサンドイッチやトーストとサラダか何かのセットを、喫茶店でかきこんだりしているのだが、そうすると「1日1回は必ず飯を食わねば!」と強迫観念に襲われてしまう。

手軽に腹を満たしたい若い子がハンバーガーの類に飛びつくのもわかる気がする・・・とはいえ、ファストフード屋を横目でみると、どなたもまったり落ち着いていて、別に「ファスト」で食い急ぐ必要もないんちゃうの?とも思う。

ファストでも一応まともな食事に近いのはミスタードーナツの飲茶セットのような気もするけれど、ミスドは最近なにかとトラブル続き。ぜひ仕切り直しをして、立ち直ってほしい。

中華系は豪華な方に行くと天井知らずだし、ミスドやパンダのようなファストフードにも合うし、変幻自在なところはすごい!と思う。
和食党の僕でも脱帽するしかないが、和食もがんばってほしい。

二十歳前後の少年少女に「サバ定食はうまいよー」「冬は粕汁やねー」「たまに変化球でカレイの煮付けもいい」・・・とPRしても、重苦しい印象はつきまとうから、片手でホイホイ食えるような和定食を開発してみてもいいと思う。カウンター形式のお茶づけ屋でもいい。

こんなふうに、僕が追求している「安くてうまい和食」がどんどん普及してくると、和食は昔から晩ご飯―つまり日本人の正餐―のイメージが強いから、家族団らんの求心力が低下して行く心配も、あるにはある。

昨夜の仕事は、大卒者ばかりのセミプロさんグループとの対決(笑)だったが、僕の定義する「家族」を問われて、ふと考えさせられてしまった。
具体的に「だれを家族と見るか」は、まだ答えやすい。人によっては法律的に定義するかもしれないし、僕はとりあえず「腎臓片方あげられる相手が家族」と答えた。

ただ、家族という場なり、ドラマなり、現象なりは、もっと曖昧模糊としていて、「何が家族を家族らしくしている力か」というのは、難問だ。
インセスト・タブーだ嫡出の原理だ配偶契約だと、もっともらしい概念を手際よく説明することはできても、ルールで定義づけて「おぼえなさい」というのも、どこか逃げている感じがする。

身近な世界に立ち戻って考えれば、やはり食事を共に囲む場のようなものが、家族のような気がする。
子供が塾、旦那が残業と赤提灯・・・というのが自然になってしまうと、それは何のための家族なんかねー?という気がする。

そうなる以前に、「食堂の達人」と化してしまうと、家庭に寄りつかないで外へ外へとさまよい出てしまう癖が治らないので困る。
親元に深く深く錨を下ろしているパラサイトさんたち、すっかり女房に調教されている働き蟻さんたちと、家庭なり家族なりのとらえかたは、なかなか一致しそうにない。

僕のような食堂族は、決して例外ではなく、増える一方ではないかと思う。
こんな世の中で、個人の意思表示がなくても、家族が「あげます」といえば臓器を摘出される法改定が、国会で審議されている。
議員センセイたちにとって、家族は個人より優先していいほどに神格化された「ご本尊」なのかもしれない。
個人があって家族があるのか、家族が合って個人があるのか・・・
難問はすっきり解けそうにない。


いらっしゃいマンセー!

at 2005 05/18 17:26 編集

万景峰号が正式な手続きをして入港しているのに、定番の反対運動。
別に僕は北シンパでもないけれども、感情的な反発はどうかと思う。

あの船の入港を阻止すれば、拉致被害者が帰って来るのか?日朝友好になるのか?北の脅威がなくなるのか?
と問いかけて行くと、どれも効果が疑わしい。

どころか、「とにかく反対」というのは、拉致問題をこじらせてきた某政党の発想と似ている。
国民感情としてはわかる面もあるとはいえ、これでは中・韓の反日デモをとやかくいえないし、大人気ない態度を諌める大人になれるのか日本は!?と、つい憂国の士になってしまうぞ。

むしろ、怒りの矛先は年金対策や警察不祥事、公務員厚遇問題に向けるべきだろうに、船一隻にお決まりのようにシュプレヒコールをあげるのは、マスコミがターゲットを設定しているのも大きな理由だろう。報道に躍らされている印象が拭えないのだ。
報道されなくなれば、岸壁で声を張り上げていた人々は、潮が引くように消えて行く。薬害エイズの問題で厚生省を取り巻いた人間の鎖は、今どうしているのだろうか。

マスメディアの「議題設定効果」は、メディア社会学で言い古された説ではあるけれど、ネット社会になっても基本的に放送局の優位は揺らいでいないような気もする。
ブログばやりとはいえ、ブログがニュース性を持てば持つほど、読み手の時事的好奇心は星の数ほど分散して行くから、やはり放送と新聞の力が相対的に強大になって行くのではないだろうか。

せっかく個人で「発信」できるブログなんだから、大手報道機関にできないような「報道」をすればいいと思う。
「JR事故の加害者はスピードを求めた利用客みんな」だとか、
雅子様の不倫願望(!?)をスクープする「皇スポ」とか、

例の「北の船」なら、熱烈大歓迎するメディアもあっていいと思う。
敵視ばかりしていると、反日思想を支えにしている国には励ましになるだけ。
だから、日本に来航した船員を、上げ膳据え膳・酒池肉林で接待漬けにして、「もう北に帰りたくない!亡命しますっ」と言わせるまでとろけさせれば(笑)、日本に行くたびに船員が消える万景峰号は、そのうち来なくなるぞ。

なんだか、チョコレートで日本の子供をとろけさせたGHQみたいな発想だが、「日本よいとこ国交回復」と思ってもらえれば、交渉も前に進むだろうて。
甘いかな?





ミニらも

at 2005 05/17 15:06 編集

駅は、出会いと別れの舞台である!

・・・なんて気取らなくても、人間模様があふれかえっていて、なかなか飽きない。
いやまぁ、玉石混淆、まるでニンゲン見本市である。

駅の食堂街で、いつもの炊き込みご飯定食を目当てに入った店には、でんと酔っ払いが座ってクダを巻いていた。
昼の1時すぎに、もう真っ赤な顔でマドラーをもてあそんでいる。中島らもを縮小して若返らせたような感じの小太り君(推定38歳)。一応、スーツにビジネスバッグ姿だ。

なぜか関東弁で、「俺ってさぁ、普通のサラリーマンには見られないんだよね」と店員を捕まえてはからんでいる。
「ねーねー、俺何に見える?よく芸能関係とか、医者とか弁護士に見られるんだけどさー、当ててみてよ」と、むやみに馴れ馴れしい。

昼間から飲んで自由人になった気分は、それはそれで勝手だが、芸能人、医者、弁護士という発想がプア〜である。キミのような自由人」はいるかもしれないが、それでは仕事にならないから、プロフェッショナルといえるかい?

ミニらも周辺には、あんまりかかわりたくない空気が漂っていて、注文追加のたびに行かざるをえない店員は、つかまっては手を焼いていた。ここはスナックではない、昼の定食屋なのに。

そこは、大阪のおばちゃんパワー!!
店のおかみさんが、
「何に見えるゆうたかて、普通のサラリーマンちゃいますの」
と直球を決めた。
魚雷をくらった成り金のクルーザーは、「ナメクジに塩」と化して行く。

「あた〜り!!ただのサラリーマンですっ」
「学者さんとか弁護士さんやったらね、ちょっと話しただけでわかりますわ」(あんさんそうは見えまへんで!の婉曲表現)

と言われたミニらも君、今度は、へりくだりモードに入って「慰められたいのボク」男になりよった。
「こんなふうに昼間っから酒飲んでる俺って、最低だよね。余剰人員だよね」
と、ヨイショを乞うような、不遜な謙譲。

さすがは百戦錬磨のおかみさん、さわやかに返していた。
「でも、ええ会社ですやん(昼から酒を浴びているあんたを雇用しているなんて、ありがたい話よね)。甘えてたらあきまへん」
「・・・ねぇ」と、いきなり僕に振ってきましたがな、おかみさん!
そうだそうだ、と僕は全面的に「働くおじさん」モードに入って、酒に逃げちゃーいけませんぜミニらも!とテレパシーで檄を飛ばしておいた。
そして定食屋の仁義を守り、15分で炊き込みミッションを完了して店を出たのであった。

階上の待合室で、食後のコーヒー。
この片隅に、NTTのフレッツスポットというのがあって、使い放題の端末が並んでいる。
そこで調べ物をしていた、坊主頭の推定ドイツ人バックパッカー君が、次は公衆電話をかけて何やら懸命にシステム手帳にメモ書きしている。

おそらく、片言の日本語で宿と交渉して、ドイツ語でメモっているのだろう。逆だったらすごいのに。ドイツ語で民宿かどこか強引に交渉して、日本語でメモ書きしているとか。

海外でトホホな顔をしてイエローページをくりくり公衆電話で宿探しをしていた僕と、似たことをやっているなぁ・・・と、ほほえましく眺めてしまった。
ようやく一件落着したバックパッカー君の、不安が洗い落とされたような軽い笑顔は、とてもまぶしかった。
いい旅してるなぁ・・・と思う。

それにしても、なんだかヘドロの海底から石垣島へ移動したような感じ。
季節柄、この新幹線駅には外国人旅行者をよく見かけるが、けっこうな熟年夫婦でもバックパッカーが多い。尊敬してしまう。

ミニらも君も、しゃきっと旅に出て、風に当たってきてはどうかね。
職場→同僚と飲み屋のレールも、思い切って脱線して、職場の違う飲み友達を持つのも、旅みたいなものかもしれない。
もっとも、同僚に飲み友達ゼロの僕は、職場に人生のレールを敷いてもらって走らされている貨車の立場は、よくわからない。
犯罪はよくないとしても、人生の脱線は大いにけっこうだと思うのだが・・・


ダイヤ革命

at 2005 05/16 15:38 編集

スピード優先のダイヤを見直そう、というので、JRはわざわざ所要時間を遅くするダイヤ改定を検討しはじめた。
たしかに、停まる駅が増えて時間が同じということは、それだけ猛スピードで走っているからで、利用者だれもが気にはなっていたんではないだろうか。

JR西日本のドル箱路線の大阪・神戸間は、30kmで20分(新幹線と5分しか違わない!)。停車時を含めて単純平均しても、時速90kmになる。
こりゃ速すぎる・・・とはいえ、僕は乗るとコックリコックリ安眠しているから、慣れというのはこわいものだ。

なんだかんだ言っても、鉄道会社に「とにかくスピード!!」と求めてきたのは、ほかならぬ沿線に住む利用客で、あと5分早起き早発ちすれば、安全ダイヤで通勤できるのだ。
ところが、巷のプロレタリアートの出勤場面は、たぶんバタバタと忙しくて修羅場になっているだろうと思う。

「あなた今日は遅いの?」とか、
「ねぇゴミ出してきて。あっまだ詰めてないのがあるからそれも・・・(用意しとけっちゅうの!!)
とか、企業戦士スクランブル発進の出鼻をくじく嫁にも一因があるのではないだろうか(八つ当たり?)。

そこで、こんな朝の修羅場はそっとしておくとして、ダイヤ改善案を提案してみたい。

1.阪急も阪神も一斉に遅くする。こうすれば、「客が逃げるんじゃないか」と恐れてスピードダウンできないってことはない。

2.全般にスピードダウンしてもよろしいが、大阪〜神戸間ノンストップの「超快速」も走らせる。たしか昔はあったような記憶がある。
「うちにも停まってくれ」という駅に応じていたらキリがない。芦屋も尼崎も、あきらめて下さい。
ついでに、飛行機に対抗しようと思えば、東京―大阪―博多だけ停まる弾丸列車を走らせればいいのだ。飛行機は、羽田〜横田〜名古屋〜伊丹なんて鈍行立ち寄り飛行はしないでしょうに(でも、あったら楽しい。DC-3か何かで)。

3.これが一番かしこくソフトな改善策だと思うけれど、なかなか進まないのがフレックスタイム出勤制。
1分、3分の時短や遅延に目を血走らせたい熱血サラリーマンだけ、いわゆるラッシュアワーに乗ればいいし、鈍行でゆったり通勤通学したい人は時間をずらせて乗ればいい。

安全とゆとりの見直しのためには、ダイヤ「改正」で遅くするという逆転の発想は、悪くないと思う。
もし、それを許さない「1分たりとも速く!!」の産業社会があるとすれば、そっちの方がおかしい。鉄道会社を敵にしてカタルシスをしていただけだと、本当の社会病理は治らない。
過労死も鬱自殺も、日勤教育におびえるJR乗務員も、同じ根から出ている被害者かもしれない。


猫と狐と狸

at 2005 05/15 13:01 編集

母の飼っている猫が、業者にシャンプーやら爪切りやらしてもらっているんだとか。
その業者が、毛玉取りだけはできないという。「暴れると危ないので、獣医に麻酔の注射を打ってもらって下さい」ということになっているらしく、どうしたもんかねーというので、「やめとき!」と一喝してきた。そうやねぇ、注射うってまでねぇ・・・と、愛猫のタヌキ顔を見ながら納得していたようで、何もわかってない猫は、きょとんとしている。

これ、いかにも獣医とペット業者の結託が透けて見える構図ではないか。
でなければ、ただ業者が低能なだけ。
市場サバイバルできまへんで〜!!

そもそも、毛玉で死んだ猫というのは聞いたことがないし、ただマスコットをキレイキレイにしてこねくりまわしたい買い主心理をくすぐる商法が、あれこれ乱立しているのだろう。

実にうまいタイミングで、認知症の老姉妹が、カモに群がる悪徳リフォーム業者に過剰工事で4000万円むしり取られたニュースがテレビから流れてきた。
「こわいなぁ」と眉をひそめる母は、「私は大丈夫」とタカをくくっている、典型的なカモ候補かもしれない。

ペットを思う気持ちはわかるとしても、「ペットぼけ」で判断能力が低下してしまう健常者は多い。
過剰な栄養、過剰な薬、過剰な毛づくろいetcetcで温室育ちしてしまった犬や猫の方も、ガンや痴呆など人間の病気で命を落とす割合が高くなっているという。お気の毒な話だ。

高齢者イコール判断能力なしというわけではないが、「親切にしてもらったから、つい」というだけの動機で、不要な契約をしてしまうことは、よくある話だろう。

・孤独と隣り合わせの身の上
  ・・・に、
・サービスや商品が日に日にわかりにくくなっている
  ・・・と、
・業者、店員の親切を信用してしまって、つい「お任せ」

というシナリオは、さんざん全国各地で悲劇を生んでいるのに、なかなか後を絶たない。
せめて「その場で判断せず、だれかに相談する」ぐらいのクセがあれば救われると思うのだが・・・。

幸い、母と同居する弟も僕も「安全第一野郎」で(笑)、ダブル・チェックマンとして働いているから、今のところこれといって被害はないが、それにしても世知辛く、物騒な世の中やなぁと思う。

携帯ぐらいの身の回り品でも、油断できない。「着信履歴が画面に出ていても、知らない番号に絶対コールバックするな」と注意しておかないといけないし、いつどこで引ったくりに遭うか、油断もできない。
骨折して寝たきりにでもなれば、ゆっくり殺されているようなものだから、ほんと高齢者を狙う犯罪は極悪非道だと思う。

大半のペット業者は、まだ「過剰」なだけで、詐欺とまではいえないからいいとしても、露骨に高齢者を食い物にするリフォームまがい業者や振り込め詐欺師などは、つかまえて特養の人柱にしてしまえばいい。

未成年者は、いくらしっかりした高校生でも法定後見の対象になっているんだから、一定年齢以上の高齢者は包括的に成年後見の対象にして、「補助」を適用すると決めれば、こと詐欺(的)被害については、激減するはずだ。「施設から地域へ我が家へ」とうたうなら、目に見えない制度的なガードで高齢者や障害者を守るしくみがあって、実際しっかり活用されていないと困る。

気丈夫な高齢者なら、「私の年金を私がどう使おうと、自己責任じゃい」と息巻くだろうけど、実際だまされたりすると、自責の念や身内への気がね等で深く落ち込んでしまったりする。
こんな後遺症まで考えると、ちょっとしたつまづきも、罪つくりな事件だと思う。

「自己責任」は、否定しないけれども、やりなおしがいくらでもできる若い人の論理ではないのだろうか。
男と女の色恋沙汰など、「キツネとタヌキの化かしあい」だから、くやし涙に流せばそれでいいとしても、高齢者や子供をだます商売は「別格の悪行」という気がするから、ゴルゴの出番だ。


ムフフフフ

at 2005 05/14 14:03 編集

カーペンターズ・ライブ、白い巨塔テレビ版、ウルトラセブン・・・!!
DVDのおかげで、なつかしい映像がどんどん復刻されている。
もちろん、買えば買える値段ではあるものの、いけませんなぁダビング癖は。

そんな不埒なやつに対抗して、コピーガードがつけられるのもデジタルメディアの利点ということになっているが、「フリフリ」グッズが続々と出ているのも現実。しょせんはイタチごっこなのだ。

私的複製や私的編集がどこまで許されるのかは問題として横に置いといて、なんとか「フリフリ」を手軽にやれないものかと、貧乏ったらしいことを考えてみた。

ビデオ信号を高周波に変調して、またビデオ信号に復調すればよろしいのではないか?・・・21世紀のレオナルド・ザ・ピンチにひらめいた仮説である。

むさくるしいだけの我が部屋は、ときには宝が埋もれている魔界でもある。
ビデオ入力端子がなかったころのテレビにビデオを映すためのRFモジュレーターという80年代グッズが、ころがってましたがな。
これをかまして、僕は83年型テレビを2004年まで使っていたのである。

思い立ったが吉日!で、さっそくやってみたところ、あっけなく大正解。
コピーガード信号は消えて無力化していた。

VTR1で再生したDVDを、わざわざ電波に直して、それをVTR2で受信する回り道をしているわけで、理論上は画質の劣化が避けられないが、見た目ではわからないほど忠実に再現されている。
こんなRFモジュレーターなど、今どき売っているのかどうかわからないが、電器屋街に行けば二束三文で在庫一掃しているのではないだろうか。
同じ理屈で、5000円ほどで買えるビデオトランスミッターも使える。

「画像安定化装置」と銘打ったダビング用アダプターは、保証してくれるのかどうか怪しげなメーカーが、怪しげな値段で、怪しげな店で販売して荒稼ぎしているアングラ市場のヒット商品だから、抵抗感はぬぐえない。
そこは、ちょっとした発想の転換で、あっけなく夢はかなう(なんて大げさな!!笑)のであった。
めでたしめでたし。


ポケットの中のオアシス

at 2005 05/13 16:00 編集

連休明けの文庫発売第一波は、今柊二『定食バンザイ!』で買い衝動を直撃してくれたちくま文庫(+ちくま学芸文庫)が豊作だなぁ・・・と思っていたら、講談社文庫も多彩な献立てになっていてうれしい。

アリエス編集部が、在日界随一のイケメンとの誉れ高い東大教授にインタビュー構成した『姜尚中にきいてみた』は、堅苦しさ一色なのが少し難点。せっかくだから、「カンさまの好きな花は?」とか、「プロポーズのお言葉は何でしたか」という女性誌テイストも少しあれば、めりはりがついたと思う。
少々悲観的な日本社会論には、大前研一氏のあいかわらず前向き楽観的なビジネス説法『やりたいことは全部やれ!』で、いいバランスがとれそうだ。

悲観も楽観も、どっちにしても疲れるから、「脱力系」で椎名誠&和田誠『やぶさか対談』が気持ちいい。
この「ダブルまこと」は、別の単行本に『ビールうぐうぐ対談』という、タイトルからして名著があるが(著といってもビールをうぐうぐ呑みながら酔いどれトークしているだけ)、いやはや日本のサラリーマンをくつろがせる名人と鉄人だと思う。

永遠の少年のように見えるご両人も、すでに六十代。読者層であるサラリーマンのほとんどの上司より、さらに年上だ。
ぜひ、中堅クラス〜若手の「うぐうぐ脱力系」のモノカキが後に続いてほしいものである。
たとえば、綱島理友さんの80年代ポパイ的コラムなど、僕はアニキと慕って愛読していたのに、最近あまり見かけないのは、どうしたコトであろう(=ちと綱島さん語法の真似)。
まぁ、皆さんジュニアの進学だ就職だと心休まらない時期なのかもしれない。

それより若いコラムニスト、エッセイストなどの「文筆系」というと、もうブログの方に行っちゃってるのは時代の流れというものか。
でもなぁ・・・やはり、仕事がひけて疲れた体を駅の本屋さんに引きずり、「ガソリン補給」して心が潤う感覚は、文庫本であってほしい。「画面で読書」なんかしたくないのだ(論文やEジャーナルは抵抗がないのに不思議)。

もしかすると、コミックの世界にこそ、そんな文化が濃厚に残っていて、毎週、出たばかりのジャンプ、ビッグコミック類が山のように百均露店に並んでいるのを見ると、やはり紙の上に目を走らせたい欲求みたいなものを感じる。読んで捨てて、拾われてまた売られる雑誌の山また山、波また波・・・!!

製本された紙の束は、ただのメディアではあっても、「それなら電子化して画面で読んで課金」とはならないアウラのようなものは、やすやすと消去できない。

今月はしばらく、ちくま文庫と講談社文庫を読み終えるたびに、次々に1冊ずつ通勤カバンに入れておくだけでも、なんとなく「オアシスを携帯している」ような気分になりそうだ。
脳天気というか錯覚というか、まぁ安上がりな幸福ではある。


大阪人ゴルゴ十三

at 2005 05/12 12:48 編集

イラクで襲撃された日本人警備会社員があれこれプロファイリングされているのをみると、「ゴルゴのような人物が実際いるものだ」と妙に感心してしまう。ともかく無事を祈るばかりだが。

ズドン!・・・「俺の後ろに立つな」

を、地で行っていたのだろうか。
いや、それはイラク武装勢力の側か。

これで、また外人傭兵部隊の存在が知られて、志願するフリーターが出てきたりすると、尻ぬぐいに追われる外務省としては気が気じゃないだろう。
冗談で、のほほんとしている若い子が「自衛隊で鍛えてもらえ」と言われたりする。まるで「お金をくれて資格も取らせてくれる国営トレーニングジム」のように見られる自衛隊も、迷惑していることだろう(笑)。
僕も、救急救命士の卵に「イラクに赴任すれば毎日が救急救命」と発破をかけたりするけれど、温厚な日本人がうかつに戦闘地帯に踏み込むべきではないとも思う。
命懸けの仕事は、やりがいがあるだろうが、「命あってなんぼ」だから。安全第一で命を懸けてほしい(笑)。

カメラ片手にイラクに進入したフリーター香田さんの悲劇も、記憶に新しい。
根無し草の気分でいても、日本国籍を離脱していない限り、世論を気にしてか、外務省は国税をかけて法人の保護・救援に追われるのである。

ゴルゴになるならなるでいいと思うが、「祖国の国民の皆さん、僕に何かあったら税金で助けてね」ということになってしまうしくみは、念頭においてほしい。健康保険に加入して暴走運転するようなものだから。

血なまぐさいところに惹かれて行く「若気の至り」というのは、わからなくもない。死と隣り合わせる陶酔感のようなものがあるのかもしれない。
中近東にまでは行けない「冒険野郎」を惹き寄せる身近な魔界が、高い山だったりする。
僕も安全第一の軟弱山男である。それでも、安全運転男を全うした亡父にいわせると、単独登山するだけで「危険!」と採点されていた。

安全人類が眉をひそめる山岳遭難話を直接・間接に聞くと、遭難は「みっともない」「迷惑」「人騒がせ」なだけで、植村直巳さんのように美化されるケースは、めったにない。
ただ、遭難は単独でもグループでも起こり得るので、僕は「安全のためには集団行動」とは考えなかった。僕の前提は、「事故・遭難はいつか・どこでも・だれにでも起こり得ること」だから、そうなったとき友人を巻き込むかどうかと考えてしまう。

それが、「相棒に迷惑をかけたくない」と友人を思いやる憚り心理なのか、ただの身勝手なのか、自分でもわからなくなってきた今日このごろではある。
たとえば、個人装備として地図さえ持たずに山に同行しようとする仲間はどうにも受け入れ難いし、お互い荷造りしてから険悪なムードになって出発を断念したこともあった。
「それは危ないよ」と説得する一方で、「コース判断もこちらに任されて責任を負うことになるのはかなわんなぁ」という口調になっていたのかもしれない。

「命がもったいない」「危ないことして何の得になるんや」と、浪速の発想になっている自分に気づいて苦笑してしまう。
ご縁はないが、もしかしてゴルゴ13は、「淀川区十三」出身だったのか?


運転士からアナウンス

at 2005 05/12 23:48 編集

事故後、JRへのいやがらせが急増していて、女性運転士が蹴られて負傷する例もあるという。お気の毒に・・・。

八つ当たりしたい庶民感情はわからなくもないし、会社組織全体の問題といえば怒りのやり場がぼやけてしまうから、結果的に最前線の駅員や乗務員が標的になるというののは、なんともやるせない。

事故後、上司の命令ではない宴会をしていた・ボウリングを楽しんでいた・ゴルフに出かけていた社員は、矢面に立って罵詈雑言や暴力やツバを浴びている同僚に対して、どんな気持ちでいるのだろうか。
事故は事故として、その後の対応が、レジャーにふけるなど人として非道なことであれば、その方が罪は重い。

ANAの元機長だったという内田幹樹さんの『機長からアナウンス』(新潮文庫)は、人間くさいコックピットの様子を軽妙洒脱に書いたエッセイで、「人間パイロット」の素顔がうまく描かれているような気がする。
パイロットも、もちろん客室乗務員も整備士も、人間なんだと思う。

ロボットのような正確な仕事を期待するのも酷・・・というより、非現実的ではないだろうか。
楽しくて、やりがいがあって、誇りに思えて、結果として安全で便利なプロフェッショナルの現場は、いやがらせや八つ当たりではできあがらないだろう。

鉄道マンの正直な声も、聞きたいものだし、素の声でアナウンスしてもいいと思う。
「ただいま駆け込み乗車がありましたため1分遅れで運転しております〜」ではなくて、
「あのね、いま駆け込んだ赤い服のお客さん!!気持ちはわかるけど、やめなさいよっホント。危ないったらありゃーしないプンプン!!」
てなふうに(笑)。

人間車掌と人間運転士、人間駅員に人間保線員etcetc・・・が鉄道運行を支えているのだと、当たり前のことを思い知るきっかけになるのではないだろうか。



母校ドットネット

at 2005 05/10 16:46 編集

大学同窓会が発行しているメールアカウントというのを取ってみた。
「3月中はオンラインでの申し込み停止」というので、「年度の変わり目は申し込みが殺到しているのかな」と思いつつ、その表示が黄金連休になってもそのまま。

しかたなく電話で問い合わせると、FAXで承りますというので、送られてきた用紙に書き込んで、「くちゃりくちゃりとFAX文通」で申し込んだ。
希望のアカウントがとれたかどうか、オンラインだと即座にわかるのに、アナログな方法だと、妙な間が開いてしまう。

連休をはさんで、やっと完了通知が郵便で届いた。
あっけなく、「名字そのまま@大学ドットネット」のアドレスが決まっていた。
おいおい、同窓生20万人らしいが、同姓の同窓生で、ストレートな名前でアドレス取る人おらんのかい!?と、首をかしげてしまった。そんなに珍しい姓ではないのに・・・
「サバト」なんてのも確実だろう。

同封のマニュアルというのも、カラーコピーを綴じて製本テープを貼っただけの、まるで同人誌のような、手作り風味満点(笑)。まぁ、初期費用ただ、月料金500円に見合った節約ぶりというところか。

プロバイダーの盛衰も親会社の動きも先行きがよくわからないご時世だから、パーマネントアドレスがほしいと思えば、大学ドメインの方がまだ大丈夫かな?と思うが、なんともいえない。
国公立大学でも、商船大学や小規模なところは、統合で母校名がなくなってしまうから、倒産しない程度の安定経営の私大の方が、まだ安心というものだ。

12〜13世紀から続いているオックスブリッジのような大学なら、ドメインの恒久性はもっと確実だろうが、凡人にはおいそれと「.edu」ドメインのアドレスはもらえない。
凡人の僕は、個人的には@berkeley.eduにあこがれる。オックスブリッジやスタンフォードとは違って、街の名前であり大学の「分校」の名前、わかる人にしかわからないところが通好みだから。

そのあたりの心理をくすぐるドメインビジネスも、現実にあるとは思うけれども、商標権の関係もあって、きわきわのドメインネームになったりするかもしれない。
カップリングパーティーでもてたい男向け商売で、医科大学っぽいドメイン名(@なんとかikadaigaku・・・うさんくさいっ!!)とか、なにがなんでも「UCLA出」になりたかった世間のコガジュン男たちのために、「気分はUCLAよく見るとLAじゃない@uc1a.com」とか(笑)。

コガジュンやサッチーは、みっともない「なりきり」にすぎなかったが、日本の学生の中には、「本命は東大だった慶応大生」という類が少なからずいる。こんな諸君のために、@rokudaigaku.ac.jpドメインのアドレスを発行してあげるのはいかがなもんか?
でも、@***.u-tokyo.ac.jpの学生はわざわざ六大学ドメインなんて取らないだろうから、この聞きなれないドメインのアドレスは少なくとも東大生ではない、というしるしになる(あぁ、じれったい!!)。

そこ行くと、関西なら@kankandouritsu.ac.jpが実用的かもしれない。
「ダンゴ、まんじゅう、ようかん、大福」みたいな4大学だから、どの大学にも、「おっ、@kankandouritsu.ac.jp、ええやん。いただき」てな学生が一定割合いると思う。
万一どこかが倒産しても、アドレスはそのまま使えるから、この「ひとくくりドメインネーム」は名案じゃないかと思うのだが・・・?


おとなりさん問題

at 2005 05/09 08:09 編集

盛大に在宅10連休を満喫した僕の部屋のすぐ近所では、マンションの新築工事が始まっていて、この現場は律義にカレンダー通り仕事をしておられる。
晴れたら月曜から土曜まで、朝9時から夕方6時まで。

その工事関係者の詰め所のような使い道で、長らく空室であった隣室がふさがった。
これが、ちょっとドタバタやってくれる頭痛の種なのである。

大家さんにとっては、とにかく空室をなくすのが経営問題だというのはよくわかる。
巷の不動産広告でも、事務所可、ペット可、ルームシェア可、保証人不要・・・と、あの手この手の「条件緩和」が売りになっている。
なにやら格安航空チケットの投げ売り状態に似ている。
ただ飛行機は、どんな客と乗り合わせてしまっても、せいぜい10時間ちょい辛抱すればすむ。

それが集合住宅暮らしとなると、事務所や土建業の詰め所が同居するのは、どんなもんだか・・・という感じもする。
大声での業務電話、ガチャガチャと機具を出し入れ(?)したりする音や振動が響く土建業者の詰め所も、壁1枚隔てた隣りにいてくれるとかなわんなぁ・・・と思う反面、夜は完璧に無人で静か。当たり前だが、生活の気配は皆無だから。
ものごと、考えようなのか。

前に住んでいたマンションは、真珠加工会社が半分ぐらいを占めている半オフィスビルのような物件で、案の定うちのとなりでも昼間はドリルを回す音が響いていた。

もちろん、そこも夜中は無人だから、夜の静けさが保証されるなら事業所の隣室というのも割り切れるものだな・・・と、少しは大人になった(のか??)。
何かの熱心な信者さんとか、パンクロッカー、声の大きいラブラブカップル(笑)なんてのも、リスクレベルはミドル級だ。

幸運なのかバカのなせるわざなのか、僕は最上階にしか住んだことがないので、「朝から夜中まで元気な子供が住んでいる2DKの直下」なんて悲劇は未体験なのだが、こういうのもリスクではある(しかも、子供はそんなもんだと言われれば、子供公害は打つ手がない)。
いくら広い部屋に家賃を払う余裕があっても、ファミリー物件の一隅に閑居するのをためらう思索家(笑)が世間にいるのはよくわかる。

部屋の両隣りが、残業をまるでしない、定時にからっぽになる役所だったりすると、火の不始末は心配ないし、夜の静けさも完全だからありがたいが、まぁそんな物件はない。

でも、ないものだろうか。つい、ないものねだりをしてしまうぞ。
商業ビルの、たとえば六本木ヒルズの、あらゆる窓から遠い中心部分に部屋があって住むことができたら、これは神秘的で楽しいだろうなぁ・・・と夢見ることもある。

夜景が見えないどころか、照明は絶対に欠かせないから、電気代もかかるし、それとひきかえに家賃は格安になるはずだ。
僕にはワイングラス片手に美女をはべらせて夜景を眺める趣味は絶対ないので、だれもがあこがれる要素を逆手にとって、「ナイスビュー・ゼロで家賃格安」の方をとる。

たしか、地下室は建築基準法で居住用の部屋を造ってはいかんことになっているはずだが、「ビルの脊柱部分の窓なし密室」はどうなのだろう。実際、そんな物件は見たことがないから、法規制の抜け道になっているかもしれない。

倉庫を演劇やバンドの練習に使ったりアトリエにしたりする流行も一時あったように思うが、最近はどうなっているのだろう。運河に面したハードボイルドなスタジオというのも、悪くない気がする。藤原新也ふうの写真家なら住んでいそうだ。

こんなハードボイルドな夢想にふけっていると、必ず反動がくる。
黒木瞳ふうシングルママが引っ越してきて、その娘がやたらなついてしまうという筋書きも、あっていい。
「あのねぇ・・・あたしのパパになって」と、ある日ふいに出てくる小さな告白。
「君のパパにということは、ママのアレということで、あぁそんなことって・・・およよ!!」
てな展開が楽しみというか、妄想過剰というか。


面影

at 2005 05/08 12:18 編集

深夜に近い静寂に浸されたイスラム・モスクの前の歩道で、「ダゴさん」とすれ違った。

チリから神戸へ移住して数十年のダゴベルトさんは、日本人の奥さんと「グラン・ミカエラ・イ・ダゴ」という南米料理屋を中山手通りに開き、息子さんも手伝って、繁盛していた。

道1本隔てたブロックに住んでいた僕は、「接待用」の店の1つとして、何度か食べに行った程度だった。かんかんに熱く炒められたパエジャは、元気をもらえる家庭料理だった。

そして、あの大震災で、店は半壊状態。その後、仮店舗へ移り、さらに移転してしまった。
いくつかの「接待用」の店も、街から消えた。僕も1kmほど西へ引っ越した。

それからちょうど10年。
当時すでに還暦は越えていたであろうダゴさんは、不思議なことに、昔のままだった。
なんとテンガロンハットに、キラキラ光る白いスーツ上下というおしゃれすぎる姿(笑)で、愛犬を散歩させていた。

さすがに、愛犬は代わっていた。
「野生のライオンが神戸を走っている!?バカな!!」と、探偵ナイトスクープに依頼が舞い込み、桂小枝がロケをしに来ていたのは、このダゴさん宅の、胴体丸刈りに散髪されたミニコリーだった。とても人なつっこくて、放し飼いにされて、近所のアイドルになっていた。
いまダゴさんが連れている犬は、ちゃんと縄で引かれて、ダゴさんは「糞始末セット」を携帯していた。

ドッグイヤーという言葉があるように、犬にとって10年というのは、人生の半分かそれ以上を経過する年月なのだろう。
わが実家にいた猫たちも、みな今はこの世にいない。

しかし、スーツで小走りするダゴさんのお元気ぶりには、人間の生存力のようなものを感じてしまった。
地域に根を生やす力が強いのかもしれない。

自分の意志で、この街に暮らすのだと決めた住人に、日本人も外国人もない。
むしろ、行政の都合で、立ち退きだニュータウンだ特養だとベルトコンベアのように動かされる無辜の民より、我を張って、誇りも責任も持ってそこに暮らす人が、血の通った街を創るのだと思う。

明らかにイスラム教徒とクリスチャンとユダヤ教徒が、こんなに接近して共存して暮らす街も珍しいと思う。ハンチントンのいうような「文明の衝突」は、少なくともこの界隈では見られないというか、目立って表面化はしていない。
中国各地で反日デモが頻発していたころ、中華同文学院の前には24時間態勢で警官が常駐していたが、ほとぼりが冷めたのか、今は警備も解かれている。
あんまり難しい理屈を掲げなくても、「いろんな人おって楽しいやん」程度のノリで保たれている、この自然な「平和共存」を、大切にしたい。


オルグ!

at 2005 05/07 08:20 編集

JR事故の被害者ご遺族の一人が、「同じ境遇の方々で団結しましょう」と、被害者の会を呼びかけておられる。
気丈夫だなぁ・・・と感心しつつ、陰ながら応援したいと思う。

こうした立場の、この世のどん底に突き落とされたような立場の人々を救えるのは、受験秀才の臨床心理士でも精神科医でもない。
同じ立場の仲間が集う「場」なのだ。
それを、被害者の側から創ろうと動く姿には、敬服するばかりだ。まだ事故のショックも癒えない日々だろうに・・・。

ところが、こうしたオルグを阻む最大の敵が、ほかでもない、事故を起こした西日本旅客鉄道株式会社そのものである。
事故直後のボウリングやゴルフコンペや宴会にはずいぶん熱心なのに、被害者の自主的な救済活動には、手のひらを返したように冷酷なのがよくわかる。

「プライバシーの観点から、被害者の連絡先は教えられない」という言い訳も、開いた口がふさがらない。アホかいな。
正直に「被害者が団結してもらっちゃ困るんでさぁ」と言えばいいのに。
企業のこんな反応は、ホリエモン風にいえば「想定の範囲内」で、むしろ、何をされたら困るのか、企業体質が陰画のように浮かび上がってくるかのようだ。

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2005年4月の日記
遅ればせながら追悼ポール牧

at 2005 04/30 14:13 編集

なじみの折り畳み自転車専門店が、拡大・移転したというので、パーツ仕入れを兼ねて見に行ってきた。
移転先の北浜は、東京でいえば兜町。さすが連休だけあって、ゴーストタウンのような静けさだった。

そのオフィス街(余談だが、NHKはなぜオフィース街とかロープーウェーとかノルーウェー・・・と間延びした言い方をするのだろうか?)の、どんよりと澱んだ川のほとりに店はあった。
界隈がひっそり静まりかえっているのに、店内だけはマニアックな客がウヨウヨ。なんだか異次元の世界。
これがMTBやロードレーサーの専門店だと、ムキムキマッチョなあんちゃんたちであふれているのだろう。

北浜といえば、三越が閉店セールをやっているのだった。そうか・・・百貫店不況は下げ止まってないわけか。
「350年のご愛顧ありがとうございました」と垂れ幕がかかり、客でごったがえして・・・いなかった。
どうにもこうにも、寂しいぞ。エレベーターガールが涙目で・・・ということもない。
もう、醒めきった空気の中で、在庫を投げ売りしているだけ。
クリスチャン・オジャールという聞いたこともないブランドの、でも不思議とサイズがぴったりのバックスキン・シューズが9割引きでワゴンにのっていたので、「三越最後の買い物」になった。

時代の流れとはいえ、すでに神戸・元町にどーんと構えていた三越が朽ち果てて行く様子を地元で見てきたから、あらためて感慨はもよおさなかった。
三越北浜店は、どうにも古くさいつくりの、入ってすぐエレベーターもエスカレーターも見えない不便な店だから、客足が遠のくのも自然なことかと思った。設備投資をやめていたら、そりゃ客は寄りつかなくなるわな。
まだ田舎町のサティの方が洗練されているような・・・。

神戸に戻って、宵の口の街をひと駅歩いて帰ることにした。
北野坂で、インフォラータという「路上花展示」をやっている。
日が暮れてからの方が、なおさら花びらの香りが漂っていて、界隈まるごと花屋さんのようだ。
この花を、JR事故現場にたむけることができれば・・・。

考えてみれば、この路上を美しく彩る花も、すべて花の亡骸なわけで、死者の柩を埋めるのも花の死骸である。
花は、死んでもしばらくは花としての強烈な残り香を発散している。
人として形がなくなっても、面影や香りが立ちのぼるような人柄を磨きたいものだ。
あぁ、指パッチンが、聞こえる聞こえる・・・。


GWイブ

at 2005 04/29 13:55 編集

連休に入る昨夜の街は、職場や学校の新人歓迎も一体になって、阿鼻叫喚のにぎわいだった。連休の渋滞というと、「高速道路が何十km」のニュースになるが、僕は「歩道の渋滞何百人で自転車なかなか進みません」ぐらいですんだ。

まだあまり遅くない夜に、繁華街から離れた山の手のスーパー前の電柱に、スーツ姿の若いあんちゃんが、泥酔して寝転んでいた。
通りすがりの作業服姿おとっつぁんが介抱を始めて、目が合った僕に「どうもならんわい」と苦笑している。

道の向かいに交番があるので、僕は「保護してもらったらどないでっしゃろ」と、なぜかおとっつぁん口調になって提案だけして(笑)、スーパーへ買い物にと立ち去った。早く行かないと、半額シールのお総菜が売り切れてしまうのだ。
あぁ、エゴ丸出し・・・。

繁華街でどんちゃん騒ぎして、さ〜次いこかー!!!!の勢いで移動に弾みをつけるようなとき、必ずスピンアウトする分子がいるものだ。門限やら肝機能の都合やら、人それぞれの理由で。

電柱男クンも、どんな事情でダウンタウンから山の手まで弾かれてきたのかわからんが、このあたりの自宅をめざして、息も絶え絶えの千鳥足で一応たどりついたのだろうか。そして犬の糞尿の上にへたりこんで・・・。

こんな酔いつぶれが出るような宴会は、永いことご無沙汰しているなぁと思う。
ギラギラと自己主張しないとスピンアウトしてしまうような、弾みのある飲み会というのは、はやらない昨今なのか?
そんな渦の中核にいた人気者ではなかった僕は、「やや周辺」の微妙な位置で、離れたい・戻りたいの微妙な力学に翻弄されて、社会学を学んだものだった。先生は、教授・助教授・酒と旅(笑)という感じで。

最近の若い子の宴会は、妙におとなしくて、ほてった渦がヘタレをスピンアウト&ドロップアウトして、純度(!?)を高めながらネオン街を練り歩くようなことはない。
まぁ、そんなエネルギー自体がなくなっているのかもしれないし、冷静な宴会なんてのは、ナンセンスではある。

ただ、春の宵というのは、ほろ酔いには絶妙の空気だ。夏の夜は気分的に粗暴になりがちだし、冬は凍え死ぬ。春の「ちょっと一杯」の後こそ、いい感じで生暖かかったり、闇から花の香りが漂ってきたりするから、さわやかに飲める。

いっそ、渋滞と人込みにもまれに行くような行楽はひかえて、地酒の全国旅行でもした方がかしこいかもしれないな・・・と思いつつ、まだ瀬戸内の旅の計画が練れていない。寝正月ならぬ「練れん休」である。


薮の中の理性

at 2005 04/28 15:19 編集

JR運転士が電車を遅らせたとき会社から課されるペナルティがいかに陰湿か、いま報道されている実態のほんの一部は、僕も国鉄マンの義兄から洩れ聞いたことがあった。

缶詰め、洗脳、儀礼的な説教、無意味な懲罰作業、あげく自己退職に持ち込む恫喝・・・
いくら乗客の命をあずかる要職だからといっても、恐怖感でプロ意識を叩きこめるものではないだろう。

21世紀にもなった今、シミュレーターを使った再訓練や、行動科学的なスキルアップ・プログラムなど、進んだ人材管理のしかたがいくらでもあるだろうに、使い捨てするばかりで「いい人材がいなくてね」とほざいている会社は多いのではないだろうか。

人を育てる側に、人を育てるスキルを学ぶ必要があるのに、昔ながらのやりかたが横行しているとしたら、特攻隊の時代とあまり変わっていないような気もする。

マニュアル(普遍的なセオリーとノウハウ)も大事だし、マンツーマンでの経験則の伝授も不可欠で、どちらが軽視されても重大なエラーにつながるのは、交通、医療、土木建築などに限らない真実だろう。

「谷から突き落とされて強く育つものだ」なんてのは、まぁ獅子の子育てはそうかもしれないが、ということは、教育以前の、畜生レベルの野蛮で無能な責任放棄でしかない。

かといって、ほめておだてて乗せてチヤホヤすればいいというものでもない。
うまくできない相手のミスをちゃんと診断して、相手に合ったはしごをかけて昇らせることができてこそ、上司の値打ちというものだ。

企業が人件費を抑えて、研修しなくてすむ即戦力を求めているのが、不景気な産業界のせちがらい現実ではある。
それなら、だれが即戦力を育てるか?という火中の栗を、だれが拾うのか。
職業学校のような場で、実習を経験しながら「卒業即戦力」になるのも、1つの方向だろうし、本採用前にインターンを義務化するのも1つの策にはなる。

そして、学校と企業が直結して、研修や仕事、人事考課を「こんなもの」と思うしかない日本的企業社会が、風通しを悪くしているから、重大事故が起こって初めて訓練実態が明るみに出る。

ただ無意味に厳しいだけでなく、あってはならない馴れ合いが、事故の予兆を見えにくくしている面もあるだろう。仲良くなると、どうしても同僚に「それはまずいよ」と指摘しにくくなるし、ましてや上司に提案もしにくい。

ようやく内部告発が法制度化もされたが、転職する先を確保してからでないと、なかなか告発もできないから、結局は労働市場全体がもっと流動的・開放的になっていないと、不正・腐敗の温床はまず明るみに出ない。

アメリカ流がいいとは断定できないし、あちらにも不正・腐敗は少なくない。けれども、少なくとも透明性は見習うべきだと思う。
事故と原因、背景にある遠因は、ちゃんと調べて資料化し、公開されないと、社会全体で共有できる知恵にならない。

JRが置き石の可能性を話したことが「責任転嫁だ」と叱られていて、またそんな論調が庶民に迎合して支持されている気配もあるのは、少し怖い。「家族がJRに殺された!」と叫ぶ遺族は、商業メディアの飛びつくネタになるが、結局ネタでしかなくて、本当の原因究明にはならない。

願わくば冷静に、あらゆる可能性を俎上に乗せて調べてほしいと思う。
場合によっては、JRも被害者、運転士も被害者という一面が見えてくるかもしれないけれども、そんなコメントは抹殺されかねない。


三都三社物語

at 2005 04/27 21:16 編集

今日も尼崎を通って出勤してきた。
あと夜勤をこなせば連休突入である。
やはり、電車の旅をすることになるだろう。せいぜいJRには収益をあげてもらって、事故被害者やマンション住民への補償にあててほしい。

宝塚方面から京都の同志社前まで結ぶ電車は、尼崎―同志社前間の折り返し運転になって、始発になった尼崎駅で静かに停車していた。
この尼崎駅は、東海道線と環状線が平行しているだけの大阪駅以上に、要のような駅だなぁと気づく。
西側の‥豎て酸∧|了垣と、東側のE豎て酸こ惴ε垰埓が交錯していて、、の東海道一直線だけでなく、、な悗發△襪掘↓□J悗發△辰董運行路線がX形になっている。

この柔軟さが、客にとっては便利でありがたい。ここはすなおに評価していいし、事故さえなければ、沿線住民は絶賛して、一生ローンを背負ってまで引っ越しているわけだから。

阪急がY形のルートになっていて、すべての電車が要の十三だけでなく終点の梅田をめざしているものだから、京都と神戸を直結する便がない。ここがJRと比べて致命的に不便な点だ。

便利で速い代償が事故というのは許されないが、これを機会に、「宝塚と京都または神戸を直結する阪急電車」を走らせてほしい。
梅田はパスしていい!・・・なんてわけには行かないだろうが、鉄道事業としては京阪神と奈良を柔軟に結ぶJRがまっとうな発想だと思う。だから僕は、未だに阪急に乗る気になれない。

阪神電車は、姫路〜神戸と大阪ミナミ〜奈良を直結させようとしている。これも、斬新で柔軟な発想だと思う。
もちろん、安全と沿線への環境もよくよく考えた上であってほしいが。

理想をいえば、多少は安全対策でスピードダウンしてでも、乗り換えが減ると結果的には時間短縮になるから、阪急梅田駅のような「世界の終点」みたいなターミナル駅はなくなってほしいなぁと思う。

今日も、大阪(東淀川駅)で人身事故のため東海道線がストップしている。
鉄道会社だけの努力で事故は根絶できないのも、事実の一面だ。


逆快速を!

at 2005 04/26 14:41 編集

JRで事故現場の30分前にほんの1駅横を通って出勤し、ひと仕事終えると職場が騒然となっていた。
昼食をとりに行った新大阪駅構内の食堂でも、くちコミに尾ひれがついて事故の話で持ちきり。

ところが、帰りの東海道線は、ダイヤの乱れもなく整然としている。
これはこれで、JRの旅客振り分けが整然とできていたということか?

別に若い人の命こそ惜しいというつもりはないが、学生とおぼしき犠牲者の一覧には胸が痛む。
ただただ、ご冥福を祈るばかりだ。

あの路線は、大阪に近いニュータウンとして開発が進んでいて、犠牲者の住所にも○○ケ丘、○○台の町名が多かった。
おそらく、夢のマイホームを構えてのどかなローカル線で通勤するサラリーマンや、その家庭で愛され前途を期待された学生たちも多かっただろう。
そう考えると、これはどこの家族にも起こり得る悲劇で、他人事ではない。

他人事でないどころか、ふだん少し遅れると「遅れを取り戻してくれ」とテレパシーを送りまくっている張本人としては、少し責任の一端も感じる。
神戸で2分遅れ出発が、芦屋で3分遅れ、大阪で5分遅れ・・・と開いて行くのがよくあるケースで、「おいおいその差を縮めてくれよ」という気が募るのが常だ。

だから、若い運転士など、遅れ回復のプレッシャーを感じて、焦ったのかもしれない。僕など、3分遅れが1分遅れなんかになれば、「よくやった!がんばれ」と拍手喝采したくなるから、これもよくないのかな?

それにしても、飛行機は「落ちるもの」と僕は覚悟を決めて乗るけれど、まさか通勤・通学電車が事故を起こすとは、だれも想定していないはずだ。もちろん、飛行機に乗って墜落すると「危険も承知した上だから文句は言えない」とは思わないが、通勤通学電車を選んだ乗客には、完全に何の落ち度もないはずだ。
それに、事故ったときに被害を最小にくいとめる努力が、飛行機やマイカーと違って客には何もできす、全面的に運転士任せになっている。

そうだからこそ、不意に命を奪われた乗客と家族の無念さは、はかりしれない。
電車は、よく日記にも書くように、全面的に安心しきって、ゆるみっぱなしで、ヨダレ垂らして寝ているだけだから、少しは危険意識を持った方がいいのかもしれない。
これでも、相対的には安全な足ではあるのだが、客が求める速さに応えるサービスが、結果的に客の命を奪うわけだから、「ゆっくり便」のような電車を求める客も増えていい。


ヤマタク・リベンジ

at 2005 04/25 07:57 編集

福岡の衆議院補欠選挙で、やっぱり返り咲いたヤマタク!
こうなるとは思っていたものの、博多の有権者の答えがこれだったということだろう。

福岡は好きな土地なのでこきおろすつもりはないし、ひいき目に見るなら、ある意味で「大人の選択」だったといえるかもしれない。
愛人騒動も、しょせん大人同士の火遊びだから、「公私の区別をつけておれば、勝手にやんなさい。政治手腕をしっかり見せてくれたらよろしい」と半ば公認されたような感じだろうか。
政治家に清廉潔白を求める生徒会の発想より、ご乱行ありありでも実績と成果があればよし、というのが現実的な判断ではある。

でも、「小学校の校区ごとに選挙事務所を設置した」なんて報道を聞くと、そわそわしたぞワタクシは。
ヤマタクおじさんについて小学生のわが子に聞かれる親なんか、ハラハラドキドキだろう。

アイジンって、なに?
パパはアイジンっているの?
こら、そんなことママの前で聞くな!
なんですってあぁた!どういう意味よっ
・・・というような波紋を、福岡県人にもたらしていたかもしれない(笑)。

それにしても、民主党のていたらくぶり。
リーダーシップ不在、右寄りから左寄りまで足並みバラバラ、ルーズな金銭感覚・・・。
「否・自民」のエールだけを集めてバブル人気がふくらんだだけのように見えるし、もっといえば虚構政党ではないだろうか。

自民党も社民党も共産党も公明党も、基本的に「この党が好きだ」という愛情が結集されているのに、民主党だけは、「民主党が大好き」な議員がいるのかどうか、ちょっと思い浮かばない。
むしろ、議員の皆さん、党を利用してか、踏み台にしてか、自分が一旗あげてやろうとしているようにも見える。

というのも、そもそも結党した大幹部(ハトカン)が旗振り役をやめてしまっているわりに、議員はやめない無責任体制にあって、党の顔が見えないのが疑惑の引き金なのだ。
あの「ペパーダイン大学卒」にしろ、秘書給与ごまかしにしろ、有権者を小バカにしたような低レベルのインチキをチェックできすに、よくまぁ党籍や公認をくれてやったものだと思う。

こんなときこそ、核武装まで唱えてしまうほどノリのいい西村眞吾さんには、「身内だろうと打ち首にしてみせる!」と息巻いてほしいし、ついでに竹島へ別荘を建てて住んでみてほしい(前に強硬上陸したのは、その下見だったかも)。

何か、ひと波乱ありそうでなさそうな民主党をブレークさせるには、やはり「小沢一郎のホンネ」が欠かせない。
そこはかとなく怖いようで、でもスリラーを見たい気もして、発言によっては政界地図激変にもなりそうで、目が離せない。


半ズボンその後

at 2005 04/24 13:37 編集

小学生の半ズボンはどうなるか!?
の記事が、反響を呼んだらしく、地元紙で「緊急特集」をしていた。
神戸大附属小学校は今でも半ズボンだとか、けがをしやすいから長い方がいいとか、やっぱりイヤラシいから半ズボンいやだわっ!とか、読者の声の特集だったのだが、つまり全部「お母さんの声」である。

ええい!らちがあかんわ!!
子供のズボンをピーチクパーチクいじくっとらんと、ママもはいてみなさい半ズボンを。
九分九厘、家族に衝撃が走るかもしれない。
「おまえ、何があったのだ?」
「あーん、こわいよ〜」
大丈夫、そのうち目がなれる。じろじろ見られていればきれいになるし。

はいてみて、「あら、いいわ」と思えば子供にもはかせて(ママの半ズボンはキュロットスカートにちょうどいい)、「だめよ、やらしいっ!!」と思えば、旦那に限定の武器(笑)になることうけあい。

ひとごとでなくて、やってみてから論じてほしい。
パパの半ズボンになると、トランクスは禁止してブリーフにしないと「大変なハプニング」が発生しかねないが、虫捕り網を持ってぴたっと決まる山下清のような先達もいる。

ただ、似合う市井のパパというのは、ちょっと思い浮かばない。
郷ひろみの「バツ2あいさつ」のFAX文面がスポーツ紙に載ってたが、短い文面に3カ所も「ボクは」「ボクの」「ボクたちは」と出てきて、あぁ49歳でも郷ひろみだから許される一人称かなぁ・・・とボクはしみじみ思ったものだったが、やはり結婚そのものが似合わない「永遠のボク」にこそ、半ズボンは似合う。

やはり、おかあさんたちは、ピンクレディ47歳を手本にしてほしい。
もう、近所のお父さんたちがソワソワムラムラするかもしれないし、「ED絶滅モデル地区」になるかもしれない。半ズボン問題は、文部科学省から厚生労働省に移管されるだろう。
子供なんか、もう何ズボンでもよろしい。


見出し波

at 2005 04/23 13:12 編集

女性週刊誌の見出しは、これでもかと言わんばかりの詰め込み方をして、一種異様な曼陀羅になっているもので、このグロテスクぶりは何を象徴しているのだろうか。

それにしても、
「39歳バツ2男が女性二人の遺体を刻んで捨てるまで」
の見出しの下に、
「名古屋グルメ6番勝負」
は、あんまりではないかい?・・・と思うが、切り刻むことと食べることは、女性週刊誌感覚では地続きのようである。すごい。
男の欲は金とエロと権力に集約されるが、どれも似たり寄ったり。
というか、形を変えただけの同じ根っこかもしれない。女性週刊誌の「魔界度」の足元にも及ばない。ヘヘーーーッ!!

仕事帰りに駅スタンドで目に飛び込んできた「ポール牧さん自殺」の見出しには、ちょっとショックを受けた。思わず、大スポに伸びた手がカーブして日刊ゲンダイを買ってしまった。

ポール牧さんが、またはポール牧さんを、涅槃で待つ人がいたのだろうか。
指パッチンしながらも決して目の奥は笑わない、どこか闇を感じさせるキャラクターは、類を見ない逸材だと思うし、芸人としてもまだ若いのに・・・。
ただただ、ご冥福をお祈りするばかりだ。
そういえば、ポール牧みたいなおばさんが、よく女性週刊誌を読んでるなぁ・・・。

珍しく何も用事のない週末だから、喪に服するしかないか?
それとも、「嵐の前の静けさ」か?
もう来週末は10連休に入っているわけで、しまなみ街道こぎこぎ旅の話も舞い込んできたから、愛車を整備するか?
それより、人体を整備しないと、どこかの島で行き倒れになりそうな予感もある。
山スキーに誘われて、遭難覚悟で生半可な返事をしていたので、瀬戸内海に方向転換できるのは渡りに舟だが。

全長75kmの橋めぐりか・・・。
行く前から、吐く息がゼーゼーいいはじめる(笑)。
整備、整備!


新品の古本

at 2005 04/22 14:57 編集

古本屋で、今月新刊で出たばかりの『偽ライカ同盟入門』を発見。
どんな経緯で新古書ルートに乗ったのかねーと思いつつ、新品で買ってしまうところだったので、少し高めというか安めの「新古書価格」でお買い上げ。

この某ブルートレインと同名の古書店、なかなか通好みの新古書をよく仕入れてくれるので目が離せない「街のブックマーク」の1つだ。
おまけに、店番のおばちゃん(推定57歳)が、柔道選手のような、女子登山隊長のような、陸上自衛隊おばちゃん方面本部長のような、まぁ恰幅のいい方で、ジーパンに前かけ姿で、キビキビと仕事をしている。
常に化粧気ゼロの地味な身なりなのだが、妙に愛くるしい。
いたって愛想も悪いのに、そう思わせるキャラクターというのは、希少価値でもある。「魔性の女」か?(笑)

金を置く皿というのが、なんともいえない年季の入った木彫りの灰皿みたいなオブジェで、釣銭も取りやすくていい。
そんな雰囲気もひっくるめて、少し相場高めの単価でも通いつめてしまうのだが、してやられてるなぁ我ながら・・・と思う。

古本は著者に1円も貢献できていないし、新古書になると新刊書店の経営にかかわる鬼っ子かもしれないが、出版→取次→小売→返品→裁断のベルトコンベアからはずれた本には、お得感のような、当たり感のような余禄がついてくる。
クレイジーな新刊流通を笑えるような個性的な古本屋よ、がんばれ!


ショタコン?

at 2005 04/21 17:50 編集

地元新聞に、謎めいた記事が載っていた。

近ごろ、小学生の半ズボン姿を見かけない。なぜだ?
調べてみたまえ新人記者ヒトミ!
了解しやした!

というわけで、街で母親の声を拾ってみると、「半ズボンなんてダサいわよ」「なんだか、いやらしいわっ」と、けんもほろろの半ズボン虐待ぶりである。
そして、絶滅危惧種の半ズボン少年のに代わって、ひざ丈パンツ(昔バミューダパンツとよばれていたタイプね)が支配的なのだとわかった。
さらに、ヒトミ記者(仮名)は子供服業界を調べて、トランクスをはく子供が増えて、半ズボンだと下着のすそが出てしまうので、半ズボンの丈が長くなったのだという事情もつかんだ。

・・・というナルホド記事なのだが、WEBで調べてみると、神戸新聞ではけっこう何年か前から半ズボン問題を散発的にとりあげているようで、新聞社には半ズボンマニアが潜伏しているのかもしれない。

謎めいているのは、この記事が(勝手に決めているけど)新人女性記者ヒトミ嬢が書いているところ。おそらく、デスクは仕事にかこつけて、婉曲なセクハラプレイを楽しんでいるのではないか?という構図が透けて見えるのだが、穿ちすぎだろうか。
つまり、男の子だって半ズボンには桃色の悩みがあるわけで、それを新人女性記者ヒトミ嬢に取材させて、どうさばくか首を固くして・・・いや長くして観察していたにちがいない。

半ズボン少年の3大悩みは、ホモおじさんとショタコンおねえさん(オバサンにも及ぶ)、それに「ポロリ」である。
しかし、まさか「そっち系」の記事は書けないから、大事なところをかわしながら取材執筆しなければいけない。大事なところなのに・・・

どうだヒトミ、かけまい・・・かくかね・・・かけてほしいものだがね・・・かきまくるかね・・・
と、メタルフレーム眼鏡で加虐の悦楽をカムフラージュする宮村デスク49歳。
きっと、こんなとこだろう。

やめて下さいデスク!といいつつ、まんざらいやでもなさそうな「ときめき顔」のヒトミ記者なら、由々しき事情もちゃんとつっこんでほしかった。それがジャーナリスト魂ぞ。

いったい、男児のトランクスとは何事であるか。
そんなに急いで坊やをオトコにしようとするのはなぜだ?ママたちは。
トランクスが好きなら、自分ではいとれ!

世間の坊やたちよ、君たちには「グンゼの白ぶりーふ」が似合う。おじさんになってもはいていたら爆笑されるから、今しかはけないものは、今はこうではないか。
そして、男になって彼女に「なにーそのぶり〜ふ!!」た笑い飛ばされたとき、ママあてがいのパンツを捨てて「おにいさんパンツ」にステップアップを遂げ、しみじみと男の自覚と苦悩に浸ればよろしい。
笑われて成長、人知れず泣いて成長、ショックを乗り越えて成長、である。

少子化で、大人の目が子供の世界に行き届きすぎる世の中は、子供にとっては災難ではないだろうか。そうして大人ウケするとっちゃん坊や、ませ少女ばかりあふれては、おもしろくないではないか。
小学生のあこがれの職業が公務員という日本の未来に、公務員嫌いの僕は失望するよほんまに。

早熟なわりに、ショックをかわしてトシだけくってしまった寂しいおにいさん&おねえさんが、「子供たちのため」の仕事に殺到しているのは、皮肉な話だと思う。
少女買春してつかまった日航パイロットがニュースになっているけれども、そんな犯罪はわかりやすいドジではある。それより、だれも変だと気づかない大人と子供の関係こそ、ちょっと冷静に見れば病的ではないか。

今回は小学生トランクスぐらい大目に見てあげてもいいが(えらそうに)、小学生の半ズボン絶滅は、やはり寂しい。冬でも生足の女子高生おねえさんを見習いなさい。
いや、決してオジサンは、女子高生が好きというわけではなく、かといって「マイケル釈尊」なのでもなく、わんぱくを大事にしたいなぁと思うばかりである。
ほんまですかー?と、おねえちゃんに疑われそうだが。



プロテスト

at 2005 04/20 15:27 編集

いったいカトリック信者が何%いるのかわからない日本で、ニュース速報まで流れていたローマ法王がやっと決まったらしい。おそらく日本人のだれも知らないゲルマン人だ。

煙突の煙がどうなるとか、古風なサインが話題になっていたので、「そうですか、勉強になりました」という程度の感想しかないが、もしかするとライバルを火あぶりにした煙ではないか?
・・・と、異端裁判や魔女狩りの歴史ぐらいはしてきた日本人は邪推してしまう。

まさか、そんなことは今やっていないだろうが、カトリックが中南米で何をやらかしてきたか、コロンブスがインディオに何をしでかしてきたかは、日本の戦争責任どころではない血みどろの歴史が残っている。
いま、イスラム教が「野蛮なテロリストたち」の温床のように信じ込まされている日本人は多いけれど、カトリックとプロテスタントの裏面史は、残虐非道の見本市みたいなものだ。
ラッツィンガー爺、代表して反省するように(笑)。

人の世が無法状態で弱肉強食になっているのがいいのか、宗教が人の世を統治して「信じる者だけ救われる」のがいいのかは、なんともいえない難しい疑問だ。

まぁ、過去は過去として、これから世直しに力を尽くしてくれれば、何教でもいいと思うし、やはり信仰に近い信念みたいな精神構造が、プロフェッショナリズムの基盤にあるのも事実。

だから日本人は、過労死するまで働く。道行く人のだれも見てわからない会社のバッジをつけて出勤する。クビになったら、「もう明日は明日の風が吹かない」と絶望して命を捨ててしまう。
こんな日本人を救いたまえ、イエズス会よ!(笑)

しかし、ヨーロッパで最も共産党が強いイタリアが、カトリックの聖地でもあるというのは、おもしろい。
共通して、信仰心のたまものではないかといえなくもないけど。
イタリア人は、どっちを信じれば幸せになれるのだろう。
日本だと、赤旗と聖教新聞をダブル購読してみれば「敵も2倍・幸せも2倍」になれるかもしれない。


移動疲労日

at 2005 04/19 15:13 編集

『移動祝祭日』をもじったタイドルに自己嫌悪を覚える(笑)。
「あちら」がパンプローナ、シエスタ、ヘミングウェイ・・・
と来れば、こちらは
通勤電車、居眠り、夕刊フジ・・・
とまぁ、こりゃ情けない。

朝イチ出勤して半ドン、そのあと7時間半をおいて夜勤をして、帰宅して今日はまた朝イチ出勤・・・と、スカスカというかスキスキのシフト。
このパターンは、去年もそうだったが「好き好き」になれない。どうやって空き時間を有効に使えるか、未だ名案は出てこない。

若手の同僚にぐちっていたら、「僕ならネットカフェでひまつぶししてますね。ヨドバシの1階に、ケイ・オプティコムのホットスポットがありましてね・・・」と勧めてくれた。さすが、若いなぁ。

結局、いちいち家に帰って雑用をかたづけ、律義に大阪〜神戸間を何度も往復したのであった。こんな調子で、だんだん頭がほてって疲れがたまり始める。

疲れると自然に体が求めるようになるのが甘味で、自然の生理にかなっているのだろうか。肉は受けつけなくなったのに、むやみに砂糖を毛嫌いしていた頃とうって変わって、スイーツにフレンドリーなオッサンになりつつある。
われながら、キモい。

つい、『SAVVY』の阪神間スイーツ特集なんかに手が伸びるので、いかんいかん!となんとか自制はしているのだが、なにか甘味に疲労回復物質みたいなものがあって・・・とサイエンスで裏づけられたりすると、すっかりはまってしまいそうな気もする。
まだ飲み物に砂糖は入れないけれども、この最後の牙城(笑)が陥落する日は、近いのだろうか・・・。


そのときであった!

at 2005 04/18 15:48 編集

宝塚の廃線跡を歩いてきた。
有名な散策スポットで特に秘境でもないし、桜の名所でもある。

「暗闇トンネルもあるけど、桜がきれいだよ」と誘うのが正攻法かもしれないが、今回の探検隊員川口浩子はツボが違う。「桜もあるけど、暗闇トンネルがある!!」と誘うとらんらんと輝く目に、ただものでない気骨(笑)のようなものを感じる。

特に難所もないので、すんなりトンネル5本を制覇して、大阪へ戻ってニューミュンヘンで反省会(というふれこみの打ち上げ)。
「健全な肉体に健全な精神は宿る」そのものご本尊と対面して、健康美というか、自然な存在感に圧倒されてしまった。「体育会系です」と自称する人は多いが、それを乗り越えて、このリアル国立体育大OG様は「自衛隊系」である。ヘルメットが似合うこと確実。

仕事や世間や人と向き合う目線に、ブレがない。
甘えもない。脇も甘くない。
おかげで、さわやかに飲んで食って、心地よい疲れをスカッと発散してきた。

終電近くで帰って、今日の仕事で使うプレゼン用模型を作ったりしていると、もう早起き鳥の声。
2時間ほどしか横になれず、アサイチ出勤になったのはきつい。この小休止で、夜勤まで持たせるか。

つくづく、体育大でタフな体を身につけておけばよかったと思う。
今となっては、「探検隊」でご一緒するだけでも、元気のおこぼれをいただけるのは余禄だろうか。
10連休の僕に対して、連休がない川口浩子の働きぶりは、とうてい僕には真似できない。やれば過労死か、酸欠か?
そんな合い間に速攻できる次の探検地は、どこを選べばいいか。
んー、行きますか・・・軍艦島!



ホワイトカラー肉体労働

at 2005 04/17 09:36 編集

やっと春休みが終わり、明日からフル出勤。
といいながらも、また山田錦の素直な酔いに、昏倒していたのであった。
気分も一新、自転車に油をさし、ブレーキワイヤーを張り、タイヤ空気圧を調整して・・・なんや仕事と全然関係ないことやっとるがな!と天の声に笑われつつ、一応テンションは高まった。
ブレーキがききすぎてロックしてしまうほど、こっちもテンションは高まった。いやー、実にキビキビしてていい。

たまたま、マウンテンバイク仲間からはマウンテンバイクを捨てた僕に「走りに行きましょかー」と電話が、ヒトミ3号からは「お花見は?」とメールが、たて続けにやって来た土曜日だった。

そういえば、つきあい悪い日々を送ってるなぁ最近・・・と、少し反省。
スキーも平日にゆったり滞在して堪能していたし、2カ月春休みというだけで殺意のこもった視線が突き刺さるし(笑)、未だに協調性のある遊び方がマスターできていない。

経済的には、仲間たちの方がはるかに堅実で裕福だと思うのだが、「楽しみを定年後にとっておいて働き盛りのうちは仕事に没頭」という殊勝なことができないので、そのうち泣きを見るかもしれない。
ま、ツケが老年期に回ってきて、ボケてるひまもないぐらい仕事に追われるのもいいか・・・とも思う。

少し前には、去年病気に倒れた昔の同僚が、「やっと歩き回れるぐらいに回復しまして」と電話をくれて、わびしくなりがちな中年フリーターの行く末を、あれこれ語り合っていた。
四方山話はやがて「経済分析をネット販売したい」という話になり、「うーん、情報に課金するのは、難しいでしょうねー」としか返せなかった。素人の僕には、はっきりした見込みは立てられないが、それでも「簡単ではない」とだけは断言できそうな気がする。

健康上の理由とか、育児や介護や障害をかかえている人にとっては「希望のワラ」かもしれないSOHOブームは、ブログ熱と合体して、なんだか結局ゴミ情報(矛盾するようだが)を氾濫させているようにも見える。

調べものをしたくて検索しても、ブログと掲示板がやたらヒットする。「検索にひっかかりやすいブログを販促ツールに」なんて記事のおかげだろうか、そのおかげで、無編集のモノローグが羅列されて垂れ流される一方だ。
個人の道楽日記なら気軽に並べてもらっても、それはそれでひとつの味になるけれど、企業はブログなんかになびかず、情報の編集力を見せてほしい。パシッと、必要な情報にたどりつけるようなレイアウトこそ命だと思う。

SOHOは個人事業と法人事業の中間のようなグレーゾーンだから、手軽に使えるツールにはとりあえず手を出してみる人も多いのだろう。
でも、経済分析なり未来予測なりの情報発信は、書き始めると際限がない。日垣隆さんが『売文生活』(ちくま新書)で書いておられるように、有料メルマガで数十万の読者を獲得しても、事務諸経費をまかなうのが精一杯だという。
文筆業のプロでさえ、そうなのだ。
ましてや、金を払いたくなるようなデータや名文をネット配信して、毎月数十万円を売り上げ続けるというのは、至難の業だろう。

件の経済の先生に、「そりゃー細木数子みたいにヒットすれば、i-modeの占いだけで年間10億かせぐ怪物もいますけどね」と話していると、電話だが「目の色が変わりました、私」という様子が伝わってきた(笑)。
あぁ、僕は罪な夢を吹き込んでしまったのだろうか。
まさか、「株の予想屋を始めました。よろしく」てな方向に流れて行かないですよね・・・と祈るばかりだが。

売れっ子占い師やスピリチュアルな山師が発信すれば、実際には情報とはいえない「言い放題」でも巨額の値段がつく一方で、木村剛や中谷巌のようなエコノミストが発信する情報は、タダに近いか驚くほど安い。
こんな奇妙な構図が、むやみに夢をあおるのだろうか。

でも、僕はやはり何か体を動かしてかせぎたい(理想は百歳スキーヤー三浦敬三だが・・・)。
歌手や役者がボケないように、歌って踊ってしゃべって表情を千変万化させていれば、幸福に老いることができそうだ。「かせぐには血と汗と涙で」というと古い青春ドラマのようだし、たしかに血と涙は流したくないとしても、わかりやすい疲れ方をしたいものだ。


反日反中

at 2005 04/16 13:20 編集

どうも政府が糸を引いているような中国各地の反日デモは、現地の日本人会社員にとっては災難でしょうねぇ・・・とお見舞いするばかり。
観光客は敬遠すればいいだけだが、ビジネスマンは会社の命令だから、命がけだ。

それほど、中国に依存した経済事情になっているわけで、企業は30年前の石油危機から何を学んだのだろうか。
喉元すぎれば・・・で、適当にほとぼりが冷めて行くのを待っていれば、中国人民のカタルシスも落ち着くべきところに落ち着くのかもしれないが、人民をあおって「草の根」の反日感情を刷り込んで行くやりかたは、手を替え品を替え、何度でも「ゆさぶりとおねだり」を繰り出してくるだろう。

「目には目を」という復讐の原理は、なぜかタブーになっていて、実際あまりいい結末にはならないことも多いが、相手からの反撃で学ぶことがあるのも事実。
逆に、反日暴動で日本側がびびってしまえば、「暴動は効果的だ」と学習されてしまう。おまけに、中国政府の失政で起こっている貧富の格差や都市問題まで、「日本のせいだ!」とこじつける回路ができあがって行く。

だからといって、即やりかえせとあおるつもりはないが、一度冷静にお互いの通商をストップしてみてはどうだろうとも思う。
コチコチの西尾幹二や石原慎太郎などは、労働鎖国をかかげて「外国人労働者に仕事をくれてやるな」と訴えているが、人の交流、物資の通商、情報の流れ、金の流れのすべてを断絶するのは不可能だから、試験的にどのカードを使ってみるか?と考えるのも、外交の1つの術ではないだろうか。

たとえば、中国産の繊維が入らなくなれば、シャツもズボンも高くなる代わりに日本の会社の仕事が増えて雇用拡大するか、中国以外の途上国に生産発注が増えて喜ばれるか。
どっちにしても、損得は相殺されるではないか!?という気もするが、これは素人考えだろうか。

政府が強硬な「復讐カード」を使わなくても、一般国民が中国旅行を避けて大陸にジャパンマネーを落とさなくなれば、暴動が逆効果だと学習するだろう。台湾と日本が蜜月関係になって行く、いい機会にもなる。
ボイコットは、静かにやった方がかしこい。


真夜中ぼらぼら

at 2005 04/15 09:26 編集

春の番組改編で、例のニッポン放送vsホリエモン騒動のせいでか、ラジオがけっこう危機感を持っている様子がにじみ出ている。
もちろん、ニッポン放送や文化放送といっても、AMだと東京局も一地方局にすぎなくなって、どうなっているのかさっぱりわからない。

関西ローカルラジオの改編率は、平均して3割から4割にもなるそうで、「ごめんやす馬場章夫」も「おはようさんさん原田伸郎」も、消されてしまった。どっしり残っている関西代表といえば、やはり「ありがとう浜村純」である。

寂しい思いをしていたら、なんと週1回だが、ばんばさんが真夜中に復活して、「深夜の65歳生放送」に挑んでいる。
うれしいが、酷やなぁ・・・。いかにも、NHKに対抗しているようだが、違いをアピールしたいのか、似た線で行きたいのか、ちょっとぎくしゃくしたトークの「間取り」に不安がよぎる。

昨夜というか、今朝にかけてが第2回目だったが、朝の帯番組で「私は朝型人間ですから、夜9時になると眠くなって・・・」と笑っていたから、週1回といえども、1時から4時半までの生放送はきついのではないだろうか。ほんと、ご苦労さんなお勤めである。

もっとも、NHKだって60歳から70歳の元アナウンサーが、日替わりで深夜6時間の生放送を受け持っているわけだから、こんなシルバーパワーは、どんどん民放にも伝染して、「聞かせるトーク」が競いあうようになればいいなぁと思う。青少年は、シルバーな「お話」につきあって、命を考え、生い先を思い、夜中をしみじみ過ごしなさい!!と強制するのもいい。

深夜ラジオは、青少年にとっての「兄貴姉貴トーク」の時代から、独り寝の高齢者の心をつかむような、ある種のライフラインになるのが、生き残る道だと思う。
こんなラジオ・スピリットがさっぱりわからないのが、秀才ホリエモンの低能なところだった。

関西の深夜放送ラジオは、この先どうなって行くのだろうか。
「山師」が出てこないのが、関西の放送界のいいところでもあり、寂しいところでもあり・・・


暮れましたー

at 2005 04/14 07:45 編集

家で日本酒を飲むのは、初めてかもしれない。
醸造用アルコール抜きで、米と麹だけを使ったという沢の鶴の「山田錦」を見つけて、試飲してみっか?と買って帰る。とりあえずワンカップサイズで。
喉越しがしつこくなくて、後味もさわやか。日本酒のベタベタ感がない。
なかなかうまかった。

成人してからというもの、学生の分際でサラリーマンみたいに「ウィスキー専攻」、ビールは「清涼飲料水」感覚だから、これから日本酒の旨みがわかる年頃になるのだろうか。
太田和彦に「超居酒屋入門」しなくてはいけない。

酒といえば、昨夜のアサヒ・コムには、たまたま
「グラス傾け心見つめ直す ゴールデン街に実験バー」
という見出しの記事があった。

ゴールデン街というのは、よそ者にはなじみがないレトロタウンのようで、かつて文化人を引きつける磁場を持った界隈らしい。
ここに、クレマスター(http://cremaster.vis.ne.jp/)という一応ちゃんとしたバーができたという。
店主のDr.藤田は、自己紹介によると看板もにぎやかで、美容外科・形成外科・美容皮膚科・麻酔科・内科・眼科・精神科が専門だとか(オイオイ)。

もともと、バーというのはマスターがクールにかまえていて、客をいい気分に酔わせて観察している店ではなかっただろうか。
僕が蝶ネクタイなんか締めてバーテンダー見習い補佐そのまた助手のアルバイト(!!)みたいなことをしていたとき、客のオバサマから一杯すすめられて応じようとしたら、誇り高き上司に「ここはスナックちゃうぞ」とたしなめられた苦い思い出もある。
一緒に飲んで歌って・・・というのは、その土地密着のスナックのおはこみたいなもので、バーはちょっと違う気構えみたいなものがいる。そんな一定の敷居みたいなものが、バーの持ち味だと思う。

それにしても、「実験バー」というのは屋上屋を重ねるような語感があって、なんだか「新鮮な寿司屋」みたいな感じもする。
文壇バーや手品バー、占いバーなど、いろんな売りのバーがあるから、精神分析バーもあっていいとは思う。

でも、マスターが精神科医というのは、おもしろ半分に訪ねたとしても、いざとなると緊張しそうだ。いくら飲んでも酔えないとか。
このバーには斎藤環や香山リカなんかもトークをしに来ていたそうだが、んー・・・「お勉強」にはなるだろうが、あんまり夢見心地の酔い方はできそうにない。町沢静夫なんかが来ていたら悪夢だし、「しゃべり場」みたいな未成年者の輪が名越康文を囲んでいたりすると、アルコールご法度のバー(なんじゃそりゃ)になりそうだ。
リクエストすると、ドラッグカクテルなんか出してくれそうなキワキワ感もあって、保険が利いたりするとパラダイス。
というわけには行かないか。


イチゴミルク

at 2005 04/13 09:06 編集

札幌で、中3坊や3人がホストとして働いていた事件には、笑ってしまった。アッパレなのか、間抜けなのか・・・。
少女が夜の商売をしているのは痛々しくて見てられないが、この15歳の「お仕事ぶり」は、不謹慎ながら参考までに拝見したい気もする。
ちゅー坊といっても、ホストである。発情中の女性客というのも、ワンセットで見てみたい。
なんといっても、需要があってこその供給なのだから。

そもそも、少年少女が夜の商売に入ってくるのが問題で、そこを児童福祉法は厳しく制限しているわけだから、夜の客が昼の少年少女世界に顔を出すのはよろしい、という理屈になる。
キャバクラに通っているようなおじさんがボーイスカウト、ガールスカウトの指導者をしていたりしても、お咎めナシどころか、世話焼きで立派な大人ということになる。

よし、これだ(けしかけてどうする)。

新規開店「ホストクラブ・体育倉庫」とか、会長は選挙ではなく指名の数で競うとか、同伴出勤は保護者の許可がないと厳禁とか・・・まずいかな?

客も、和泉元彌ママみたいな、ボリュームも年の差もゴージャスすぎる罰ゲーム(隠語)タイプより、ジャージ姿で来店するお姉さんタイプの方がホスト君も扱いやすいだろう。

「おい、く・く・黒木瞳(隠語)が純白のジャージで来てるぞ!だれが接客する?」
「よーし、ヒンズースクワットで勝負だ」
「でも、和泉節子まだ帰んないよ。だれが追い出す?」
「よーし、ハンマー投げで決めよう」
というやりとりが、跳び箱の陰でくりひろげられていたりするはずだ(笑)。

花形は、やはり体育会系の部員で、未来の北島康介みたいな水泳部員は引っぱりだこである。プールが客であふれて沸騰する勢いだろう。
体操部員なんかは、「おかあさんといっしょ」追っかけママが、ツバをつけまくっている。武道系部員は、婦警さんと婦人自衛官ご用達か?

マニアックなのになると、鉄道研究部員とか物理部員にも、まれにお呼びがかかるかもしれない。
けど、鉄ちゃんや天体少年や電子工作マニアに、どんな客がついて何をさせるのかは、あまり想像したくない・・・というか、何というか。


雨雲たなびく摩耶山

at 2005 04/12 12:42 編集

出勤モードに入っていて、念のため職場に電話確認すると「休業日だよ」と言われてガックリ。
どうも、出端をくじかれたようでバツが悪い。
しかたないので、出勤してきたつもりで風呂に入って「あー、お疲れお疲れ」と仕事疲れのようなつもりになっていた。

月曜日をふりかえる今日は雨の日。カーペンターズも歌っていたように、うっとうしい日の代表が雨の日と月曜日で、僕も長年そうだったが、このごろ月曜日は元気だ。雨の日も、ほこりっぽいよりいい。

あいかわらず3時4時まで夜更かししているのに、アサイチ出勤も難行苦行でなくなってきたのは、もしかしてこれは、急にお爺ちゃんモードに体質が変わってきたということだろうか。ラジオ体操までやっているわけではないが、ちゃんと朝食をとって出撃できるし。
ただ、あんまり「早起きは三文の得」だと思ったことはない。カラスが札束でも拾って渡してくれないだろうか。

奈良の稲村ヶ岳で、残雪期の大峰山系を甘くみていた若者6人組が、すわ遭難か!?という騒ぎになっていて、山仲間にメールで知らせたら、速攻で返ってきた。「まだ雪あるんですね。八ヶ岳はどれぐらいでしょう」と、「心は信州へ」と登る気満々になっているではないか(笑)。

稲村ヶ岳は、彼が以前さそってくれた名峰である。
幸い、ハイキング気分の6人は雪の名かでビバークして生還したのはよかった。たぶん、寒い思いをしたとか、計画の甘さを思い知らされたとかいうより、月曜日に出勤だった人は、職場で大目玉をくらってこそ、甘いハイキングを心底反省したことだろう。

逆にいえば、いかに雨に遭わず、いかに月曜日に影響せず大自然を楽しめるかが、腕の見せどころみたいなものだ。涼しい顔で「ウィークデーワーカー」に戻ってこそ、気持ちが切り替えられると思う。

そんな切り替えがうまいのは在日外国人かもしれなくて、貯蓄とローンのために過労死寸前まで働いているような本末転倒はどこ吹く風。
英語学校にいたころ同僚の数カ国人を見ていても、仕事への集中と、肩の力の抜きどころに、メリハリがあるなぁと思った。

http://www.outdoorjapann.com
というサイトを見ていたら、ふだん日本人が見慣れているしまって「こんなこと特にアウトドアとか趣味の世界ではない」と思っているようなことが、在日が異国人外国人にとっては新鮮なようで、あらためて彼らの目を通して足元を再発見させられる気分だ。

たとえば、神社がアウトドアかい〜?と笑ってしまうが、なるほど日本独自の宗教といえば、滝や山や木を崇め奉っている神道だし、自然の中に身をおく意識が神道の神髄だから、なんだか「日本人まるごと森の民」のようにも見えてくる。

セントラルパークもブローニュの森もハイド・パークも僕は行ったことがないけれど、大阪市中央区あたりで働いている欧米人を六甲の森の中に連れて行って、「ここ、神戸の中央区ね」と笑ってみせたい。
食いだおれの街とか、神戸ビーフなんか自慢したってしかたないのだ、




at 2005 04/11 15:03 編集

九州で4人の中学生が命を落としてしまった防空壕跡。
お気の毒でしかない事故だが、こんな穴ぐらの探検ほど興奮するものはない。少年の気持ちはよくわかる。
そもそも、人は穴から生まれて穴で育ち穴に永眠するようにできている。穴は、エロスと同時にタナトゥスの香る摩訶不思議な存在なのだ。

僕も、下水トンネルや廃墟、工事現場、廃屋、ほら穴などなど、何度「川口浩探検隊」を組織して出かけたかわからない。
たいてい、子供なりに「不測の事態」を想定して、いろんな武器やら食糧やら持って行くものだ。その準備で、いやが上にも気分が高まる。
パンやお菓子をごちゃごちゃ持ってきた隊員がいると、「おい、真面目にやれよな!遊び半分ちゃうし探検なんだかんな」とか偉そうなこと言って(笑)、妙に本気モードで遊んでしまう。みな遊び半分のくせに。

ただ、子供の考える不測の事態など、たかが知れているから、酸欠を感知できるローソクさえ思い浮かばないものだ。もし、ガイガー・カウンターなんか持ってくる理系少年がいたら尊敬する。

残念ながら、今度の事故で大人は「危険な場所」のあぶり出しを進め始めているから、探検隊も風前のともしびになって行くのが世の流れかもしれない。
「安全第一」は正論ではあるけれど、大人の目が届かない子供だけの世界というのは、神聖な宇宙のようなものだ。大げさにいえば、自我形成の場になったりする。ムーミン谷の背後にあるおさびし山みたいなものだ。

そこで、いろいろ経験して身について行く何かが確かにあると思う。
具体的に、それが何なのかは、明らかにしなくていい。たとえば「危機管理意識に目覚めます」ということになると、アホな大人は、ボランティアとかNPOまで持ち出して、「遊びの中から危機意識を習得できる、子供のためのプログラム」なんて展開しそうだから。

バカなままの僕は、飽きずに今週末はトンネル探検。川口浩子とともに(笑)。
大人が「お遊びのお膳立て」をしてあげたくならないタイプの、可愛げのない子供のなれの果てである。


ボイコット合戦

at 2005 04/10 11:39 編集

中国でも韓国でも、どうも周期的に日本叩き熱が高まるしかけがあるようだ。
日本の教科書検定という内政に干渉してきた隣国に、日本のペ様ファンは、どう言い返すのだろうか。
「そうよそうよ、竹島は僕たちのものだってヨン様が言うんだったら、日本のものじゃないわ」とか?

しかし、ええかげん、反日感情を支えにしたような国のありかたは、見直しましょうよ、という在韓韓国人はいないのかね(日帝の手先だとか言われそうだが)。「独身時代の夫婦げんかの種を蒸し返す古女房」みたいで、陰湿だし、未来志向ではない。あげくの果てには、織田信長が韓国を侵略してきた謝罪もなされていない・・・とでも言いかねない。

未来の日韓関係を築こうとしているときに、いつ過去のしこりを持ち出して「決着が・・・」と言い出すかわからないのは、難儀な相手ではあるなぁと思う。
不買運動が盛り上がっているわりに、「うちの輸出品は買ってね」と抜け目がないし、日本のパクリもやめない。

いっそ、屈折していないで筋を通してもらってはどうかと思う。
中国だと、「オイ日本!漢字は使うな」と、いいがかりをつけそうな勢いさえあって、国民感情の根っこに、そんな文化的なアイデンティティがあるかもしれない。
そうなりゃ、カタカナだけでやって行ける女性雑誌はいいとしても(笑)、新聞は困る。
韓国から「焼き肉はうちの名物なんだからパクるな」と言われても、僕はさしつかえないが、大阪市民は飢え死にしそうだ。

まぁ、実際こんな大人気ないことを言い始めると、国際社会で笑われるだけだが、「国際社会」といっても一枚岩ではないから、まず二国間できちんと対応してほしい。

幸か不幸か、日本人は世界に例がないほど雑食性で、特定の国から「うちの○○は使うな」と言われても、致命的なほど困ることはない。ラーメン食うなとなれば少し寂しいが、うどんもソバもあるし、キムチを捨てても漬け物がある。
漢字まで使うなと言われれば、日本語ローマ字化に余生を捧げている梅棹忠夫さんなどは、奮い立つだろう。

むしろ、カップラーメンなんかは本家の丼に入ったラーメンと並ぶ新しい食文化だろうから、逆に「インスタントで作るなよな」と言い返すと、あちらも困るはずだ。
文化というのはそんなもので、「そもそも、うちが・・・」と先駆者がいばっても、後出しでいい応用品を創れば勝ちである。独占より、競い合いをしてほしいと思う。

形のある領土問題など、明快でわかりやすいはずなのに、ナショナリズムがからむと、よくまぁこれほど感情的になるものだ。
国際司法裁判所でクロシロつけてもらうのが、賢明だと思うのだが、まさか「竹島は日本のもの焼き肉は韓国のもの」てな判決が出てしまうと、これはもう第2ラウンドである。


ひと山2400円

at 2005 04/09 12:58 編集

ブエナビスタ・ソシアルクラブを見る合間にザッピングしていたら、テレビショッピングをやっていた。
ハイヒールがソファーにくつろいでやっている、妙に美容と健康用品が多い関西おなじみ番組だ。

最初ドキッとしたのは、ヌーブラ・・・は商標名だから、何か別の商品名がついていたと思うが、薄いカップ状のものを2コ胸に貼りつけている二十歳ぐらいのモデルが、「貼りつけてない」ように見えたから。
あぁ、びっくりした。
夜中だからいいようなものを!

この番組は、ハイヒールの庶民的なトークを特色にしているもんだから、このほぼ半裸状態のモデルに、モモコもリンゴも「あんた、この仕事どない言うて受けたん?」「つけ心地は?ホンマのこと言いやー」「ちょっと跳びはねてみて〜」と、オバサン丸出しつっこみを浴びせる浴びせる。

モデルも、まぁリラックスして受け答えしているから、これが妙にハラハラする。
普通こんなシチュエーションだと、これ以上の平然はありません!!っちゅう顔をしてシラーッと立っているのが下着モデル、と閣議決定していたはずだ。だから視聴者も純粋に「商品装着見本」として見過ごせる。
それが、ハイヒールおばさんトークに一緒に加わってアハハと笑っていては、妙に生々しくていかん。

たしかに、ヒモもワイヤーもない貼りつけだけだと、呼吸も楽でございましょう。
パッと見てもぢっと見ても、やはり半裸に近くて、ほとんど衣類を着ているようには見えない。
これで、ワンセット4800円!!というのも驚く。
あぁ、それじゃーもう、つけんでええんちゃうの?と、井筒監督なら言いそうだ。なんだか、2歳の女児が水遊びで着ているヒモビキニのような感じもするし。

これぐらいの布片にも金を払って、装いの道具としてこだわる女性心理は涙ぐましいなぁと思う反面、理解に苦しむ小道具もあるものだ。シャラポアの小道具もそうだった(薄着のおじさんがシャラポワしているのは、よく見かけるけど)。

春の陽気につられて何がはやるのかよくわからないが、今回の「貼りつけるブラのカップだけ」は、かなりシコリが残る。
とにかく、高すぎる。
980円なら納得するのに。


沈黙は禁なり

at 2005 04/08 16:49 編集

レギュラー・ステージ稼業が始まった。
テレビの視聴率はサンプリング調査だが、「わがステージ」の反応は全数調査で、おまけに細かい項目ごとにフィードバックがある。
何がつまらないのか、いけないのか、よくわからないから、とりあえず「OK」に○をもらっているだけだろうな・・・という気配もあるので、わかりやすい×をステージに埋め込んでみる。

いや、そんなハイテクニックを操る名人ではない。ただ、「あぁ、これは減点されかねないな」「反感を持たれたかもしれない」「賛否両論あるかな」という予感は、同時進行的に冷静に浮かんでくる。

たとえば今週は、女性専用車ネタをしゃべったとき、「いやー、なかなか気苦労がありましてな」とぼやいていただけなら、それでよかった。
自分で背中を押して、口を滑らせるのが悪いクセなのであった。

「その必要がなさそうな人も乗っていて、丸ごと保護されている女性専用車というサービスは、いかがなものか」としゃべったときには、即座に突き刺さってくるものを感じる。

これは、我ながら差別発言になると思う。
具体的な人をさして「あなたは大丈夫」「あなたは心配」と分けてみせると、それはわかりやすい無礼だが、「保護されなくてもいい人がいる」という曖昧な言い方が、勘ぐりを招いて、自分の居所が定まらない違和感を持たれるかもしれない。この線引きで、自分はどっちに置かれているのだろう?と。
そして、保護が必要・不要というのは、どういう意味で?とも。

痴漢被害がいろいろな形をとることは、ホモと痴女にうんざりしていた身としてはわかる。露出するやつもいるし、ただ「視線がポール牧」している(笑)だけでも、それ自体が不快な存在感というのもある(ポール牧さん実物をどうこう言うつもりはない)。
最近だと、メールするふりして盗撮するケータイ男もいるだろう。

証拠をおさえて現行犯で突き出せるようなことは、迷惑行為の中のごく一部でしかないから、きっぱり車両を分けてしまうのは、とりあえず即効で予防できるとは思う。
が、女性専用車の是非を論じるつもりはない。風呂屋やトイレと同じノリでやればいいのだ。

するどいダメ出し光線を発信してきたのは、
「女性専用車が必要ない女性」って、一体だれのことをおっしゃってるんざーますの?ああん?言ったんさい!
という、目だけ笑ってない笑顔の淑女同盟である。

いやー、まいった!とひれ伏すればいいのか?

否。

淑女同盟の想定している答えと怒りの回路を、社会学の回路につなぐことが、これから半年間の仕事なのだ。
そして、男女別名簿に怒って男女別電車に怒らない変な風潮が、ちゃんと変に見えてくれば成功である。

で、初日に埋め込んだ、「女性専用車の不要な女性」だが、僕の中にある下衆な美醜のものさしを槍玉にあげたい淑女同盟もいるだろうし、そんなものはないともいえない。
しかし、痴漢の立場で考えてみると(こういうわが身の置き換え話は、妙に納得してもらえる。失敬な!)、標的は美女とか美少女というより、「おとなしそうな相手」つまり犯行がばれない安心感が、行為を誘発するのだ。だから、制服の婦人警官は大丈夫。

と断言すると、もしかすると「本職」さんから異議が出るかもしれない。
そりゃ、制服婦警さんにも果敢に挑む特攻野郎も、いるかもしれない。泥酔したふりして交番で婦警さんに抱き着くおとっつぁんもいるそうだし。
でも、それは「女性のあなた」ではなく、制服にもよおしている別の趣味だったりするのだ。

だから、相手の美醜にだけ欲情しているのではなく、「得るもの失うもの」「手間」など、いろいろ考えているのが痴漢の立場なのだ。・・・なんだか弁護しているような、「主婦も大変なの」に似ているような、変な口調になってしまう(笑)。

いくらなんでも、いきなり生殖行為をしかけてくる痴漢はいないはずだから、最初は「当たってますよ」「やめてよね」と言葉で言うべきではないだろうかと思う。
最初の防御ができないと、犯人は「拒否されないからOKなんだ」と都合よく考えてエスカレートして、被害も泥沼化する。

意思表示はしっかりやらないと、それで責任を問われるのは酷だとは思うけれど、エスカレートを招く環境ができてしまうのは確かだ。
だから、睨みつけるだけでも少しは意味があるだろうし、しゃべれなければ泣くのも周囲へのメッセージになる。僕に娘がいたら、きっと無口な美少女だから、安全ピン、彫刻刀、カッターナイフ、ライターを持たせる(笑)。

だまっていること=加害者にとってはOKサインと映ってしまうことは、いじめも、セクハラも、職場の汚職も同じ構図だと思う。
放送局のようなしゃべり屋さんは、ややこしい秘め事には巻き込まれないのではないだろうか。えこひいきの恩恵にもあずかれないだろうけど、差引すれば安全な方がいいだろう。

黙っていること、しゃべろうにも訴え方がわからないから結果的に不正や腐敗を追認していることで、メスが入らない問題は多々あると思う。
特に、病院や学校という特殊な場で起こっていることは、管理者裁量が法的にも強く認められていて、内部で処分を受ければ不起訴か起訴猶予でチャンチャン・・・。おいおい退職金までもらって天下りかい?というケースも少なくない。

最近、お茶の水女子大の教授が教え子に暴行した(酒の弾みのハプニングというより、襲った後で言い訳にできると読んでの飲酒だろうね)ような事件は、全国の被害者が「黙っていること」で、第二・第三・第四・・・の行為が条件づけているのだろう。
いろんな思いが錯綜して話せない被害者を追いつめる空気ができてしまうのはよくないと思うが、つくづく、声のあげかたというのは難しい。

クリントンが妙に株を上げたわりに、モニカ・ルインスキーがぱっとしない米国。
日本では、いい思いをさせてもらった政治家の下半身を暴露して小銭をかせぐくだらない女性が絶えない。
下手くそな告発は、ワイドショーの埋め草にしかならない。
やるなら、政府が崩壊するような、歴史を変えるような「告白の技」を見せてほしい。
ミラーマン植草さんも、この際あっと驚く告白をしてくれないだろうか。


婿養子殿!

at 2005 04/07 15:21 編集

関西のえらーいお方のセクハラ事件がダブルでたてこんで、やはり「愛の家族・性の奴隷」を囲っていたロリコン牧師の方がインパクトがあるようで、少し助かったかな?池坊短大学長は。

ロリコン牧師の方は、救いがないというか、笑えるところがない陰惨な事件で、世間の親が娘に「牧師を信用するな」と教えなければいけない時代は、世も末という気がする。灰色のいかがわしさは、教師、警官、医師、弁護士ぐらいまででくいとめてほしい。

だから、「池坊の乱」の方がつっこみどころがある。
この学長、東大法学部を出て大蔵官僚になったあと、華道家元の婿養子になってキャリアの道を捨てた勇敢な(笑)青年だったようだ。写真を見ると、かなりのイケメンである。
それが、地方の短大の学長ポストをもらったあげく、セクハラ疑惑で解任されるというのも、サラブレッドが安楽死させられる半生のようにも見えてくる。結局、彼は種馬だったのか?

学長が家に女子学生を招くぐらいは、あまり奨励されることではないとはいえ、「もうしません」ですむレベルの灰色行為だろう。
これはまず「そろそろ解任」ありきで、適当なエクスキューズを探していたところへ、家に招かれた学生がいたという耳よりな噂・・・という筋書きではないかという気もする。いや、「私、学長の子を産みました」という女子学生でも出てきたらどうしようもないけど。

婿養子殿のお気持ちを察するに、ずいぶん忸怩たるものがあるのではないだろうか。
古い名家の力に、外から入って行く婿なり嫁なりの立場としては、太刀打ちしようがない。決めたからには、「お家に染まって、役目を果たします」と誓うばかり。それができなければ、婿でも嫁でも、子供を置いて出て行っていただいてけっこうざます(笑)という話になるのはわかりきっている。つまり、子供を人質に、つなぎとめられているような立場かもしれない。

あぁ、こわい話だ。
「用済みの種馬」とされるむなしさと、初めから「役立たず・用なし・甲斐性なし」と見られるわびしさと、種馬役に気づかない愚かしさ・・・みんな、どっこいどっこいですなぁ!!と男どもが連帯できる日は、来るのだろうか?


春微熱

at 2005 04/06 14:01 編集

ちょうど季節の変わり目を告げてくれるようにやってくる風邪にやられて、「18切符の旅」にあてようと思っていた貴重な平日ホリデーがパー。

今回の症状は、神経が過敏になっているのか、シャツが胸をこするだけでも激しくくすぐったい。
困ったものだ。ニヤニヤ笑いがやめられない。

食って安静にしているだけが、わが風邪治療なのだが、風呂には入るぞ。
くすぐったいのも鼻水もくしゃみも咳も全部消える。熱も自覚しなくなる(だけだからこわい)。風呂は風邪の万能薬ちゃうか?とさえ思う。

おかげで、ずいぶん楽になった。
病み上がりの夕方から出勤というシフトも気が滅入るが、軽い運動だと思って行くことにしよう。

しかし、初夏みたいな陽気の春爛漫だ。
僕は花粉症にはまだ縁がないが、弱り目にたたり目で、ひよんなところでかかってしまうかもしれない。

杉林から遠く離れた都会でも花粉症の人が大量発生しているのは、人や車の行き来が多くて、落ちた花粉がシェイクされ続けるせいではないかいなとさえ思う。落ちてもコンクリートかアスファルト、人にかかると電車やクルマでどんどん遠くに運ばれるのも、被害を大きくしているのではないだろうか。

だから、駅の改札口には花粉センサーでもつけて、「あなた粉だらけ。はらい落とさないと乗せません」とアラームが鳴る・・・ような世の中になりかねない。粉と聞くとビクッとくるシャブ中の客がそわそわして、挙動不審でマークされるかもしれない。一石二鳥ではないか。

あんまり過敏なのもどうかと思うが、今のところ花粉には免疫がある僕も、粉吹いてるような厚化粧には免疫ができていない。これはもう、過敏ところか撃沈されてしまう。


昭和同窓会

at 2005 04/05 14:22 編集

1年ぶりの天王寺は、あいかわらず活気があるなぁと思った。
ここで、経済学の先生、会計学の先生、経営学の先生と4人で雀卓を・・・ではない、コーヒーを囲んで同窓会。

その昔は「決起集会」と呼んでいた同僚の集まりも、オルグの首謀者として吊るし上げられた僕が真っ先に職場離脱、ポロポロと仲間も離脱して行った。
で、今どうなってますのん?といった話から始まったのだが、顔ぶれからして、昨今のフジテレビ騒動がネタになるかと思いきや、そこは僕より年長の方々ばかり、病気の話と医者とのケンカ談義へと流れて行った。
今回欠席されていた民法の先生がいたら、「それは告知義務違反ですね」と、スパッと法のメスで片づく問題だったかもしれない。

しみじみ、健康は宝だと思う。
雇用者の立場からすると、「丈夫で長持ち」な労働者は不可欠なわけで、「秀才だがいつ休むかわからない」労働者は経営の危険因子になる。

では病弱な人は働けないのか、障害者はどうだ、育児や介護をかかえていても働きたい人はどうだ、と問われるところに、在宅ワークという希望の星(?)が輝いて見えるのだろうか。

薬害で長く自宅療養していた経済学の先生も、金融の論文を家で書いていて、なんとかネットを使って・・・と模索しておられるので、僕の知る範囲のことを情報提供したけれども、「ネット接続するのは年に数回」と苦笑いしておられた。課金できるところまで、道のりは遠いかな?

なにしろ、集まっていたセルフサービスの200円コーヒー屋は全員が初めて、携帯電話を持っているのが僕だけ、という「昭和の人々」だから(就職したのが平成元年だから、平成をともに過ごした戦友なのだが、なぜか昭和感覚なのだ)、仕事のスタイルを変えるITといっても、知ってはいても実感がぴんとこないのかもしれない。

ただ、マーケティングや金融やロジスティクスの知識と実務経験は豊富だから、eコマースの世界を知ってのめりこみでもしたら、だれが投資会社をどーんと立ち上げるかわからない。

その節は、ぜひ子会社「ライムドア」でも設立していただいて、ワタクシを飾りでいいから社長にして、ピーチのような広報担当秘書をつけて下さいまし・・・と下世話なリクエストをして散会したのであった。
世の中、甘くないぞ!といわんばかりのクールな笑顔に見送られながら。


ラビリンス

at 2005 04/04 07:05 編集

3月末の中公新書新刊『平家物語』を買った足で、古本屋へ。いつもとは逆のコースだった。
偶然、いいタイミングで、神田龍身『源氏物語=性の迷宮へ』(講談社選書メチエ)を見つけて、読書の世界で「源平合戦」することになった。

鵯越の山肌は、もう少しすると山桜が美しい名所で、学生時代は毎日その谷あいを電車で通っていた文系学生の感覚からすると、やはり源氏より平氏びいきになる。
学校の古文の教材といえば、源氏物語が定番で、須磨や明石が出てくることもあって、結局どっちも神戸市民にはなじみ深い(気がするだけで、通読したわけではない)。

むしろ、『平家』は血なまぐさいというか、作者像も浮かんでこないし、男くさい硬質の戦記文学という感じもする。
いろいろな読み方ができる深みがあるのは、やはり源氏の方だろうか。

そんな、あれやこれやの伏線を種明かししているのが、『源氏物語=性の迷宮へ』だった。
それにしても、光源氏から派生する人間模様のおどろおどろしいこと。
同性愛あり、二股あり、近親姦あり、略奪愛あり、たしかにエロスの迷宮だ。
極めつけは、自ら衰弱死を選んだ大君の臨終の床に、ついに結ばれることがなかった薫が寄り添っている場面。これなんか、まさに人形愛から死体愛(ネクロフィリア)へと薫の視線が変貌する場面なのだ!と解釈しているのである。なんとまぁ、大胆な・・・。

あらためて、「古典への入り口」を思いかえしてみると、現代語訳しかしない古文の授業なんかではなく、講談師のような古典の先生がいたら、さぞかし楽しめただろうに、と思う。
目をギラギラ輝かせて『金瓶梅』を語る漢文の講師(関川夏央ふう)はいたけれど、理想をいえば「京大に留学していたイザベル・アジャーニ」のような先生に、日本の古典を教わるというのも官能的でいい。もう、中退ゼロ、理系クラスもゼロ、先生が帰ると部活で残る子もゼロ、と大革命が起こるだろう(笑)。

「先生に質問をつっこんで困らせてやろう」と思うバカヤロたちが、夜の文学全集を読み耽ってむやみに耳年増になったりするのも、あとあと文化の蓄積になるのではなかろうか。

それにしても、源氏を通読できるような「真空な時間」こそ、大人が捨てたもったいないものの代表だと思う。
だから、文庫でも5冊となるとなぁ・・・
だれとはいわないが、自己啓発本の大量生産者の手にかかると、大活字でたった1冊に「教養シリーズ,垢阿錣る源氏」というのがまとまるかもしれない。
僕の「源氏入門期」には、谷崎か円地文子の現代語訳しかなかったものだが、今はこなれた訳がいろいろ出ているようだから、おすぎとピーコ訳とか出てくるのも、時間の問題か?



2系統

at 2005 04/03 11:07 編集

「私、体育会系です」という男女はよくいるが、本物の筋金入り体育大OGと会食。
「ナベ希望」ときいたので、よーし、ちゃんこ屋に行こうかドスコイ!と「支度部屋」という店を訪ねて行ったら、移転していたのか、見当たらない。
しかたないので、行き当たりばったりで入った台湾石鍋屋さんで、ニンニクが効いて滋養強壮にあふれた鍋をはさんで、楽しいひとときになった。

しかし終電&
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2005年3月の日記
王将作法

at 2005 03/31 10:27 編集

会議のため久々に大阪へ足を運んで、くったり疲れてしまった。
命がほしいときは中華料理である。

神戸に帰った足で、何週間かぶりに、王将へ。定番の中華丼+餃子6きれ計609円でパワーをもらう。
そこへ、OL1年生ふうの二人がご来店(イラサイマセー)。
王将では、しょぼいカップルはたまに見かけるようになったが、光り輝く乙女二人連れは珍しいのぅ・・・と、しみぢみ感慨にふけっていると、この二人もしみぢみ感慨にふけっているのか、席につかない。
ここの1階はカウンター席しかない。勝手に座って「餃子とビールね」で3秒。これが王将の作法というものだ。

ははーん、OLさまというもの、席を指定されることに慣らされてしまったのか、「飲食店は席を選べない」と信じ込まされているのか、「案内してくれなきゃイヤ」と構えているのか・・・?
結局店のおばちゃんに「こちらどうぞー」と促されてご着席になり、メニューを見て悩む悩む。キミたちに忠告電波を送っておくけどね、3秒で選ぶのが作法というものだよ(笑)。

たしかに、僕もレストランでアルバイトしていたころは、客を案内すべし、と教わった。
店の思惑としては、目が行き届きにくい死角のような席についてほしくない、すいていればできるだけかたまっていた方が食事の上げ下げがラク、といったところでしかない。
だから、案内する店で勝手に遠い席につく客がいれば、声をあげて呼ばれるまで御用聞きに行かないイヂワルをしたりする(反省)。

ところが、自分が客として行く店で「席をご案内します」と言われると、「席を指定するんか。選べへんのか」とカチンとくるから、勝手なもんだ。
だから、ファミレスも面倒くさい。「おタバコ吸われますか」と確認するのがサービスだと思っているのだろうが、「となりがモクモク喫煙している禁煙席」なんかに座らされたら、それは喫煙席と同じことではないかバカモン!
喫煙するかしないかと、喫煙席がいいか禁煙席がいいかは別問題でだねぇ、そこまでマニュアル店員が細かく機転をきかせるのは至難の業だから、客に選ばせたらええではないか!と思うのだ「身勝手な客代表」としては。ここで椎名誠なら、ドン!と机を叩いて主張しているはずだ。

なんだかくちゃくちゃ憤懣を反芻している間に、OLさまのオーダーがやっと決議された。中華丼と餃子。なんじゃとて!?
「いいものを選びましたね!と合格電波を送っていたら、来店したおっちゃんが間に入ってきて、3秒の早業で「ビールと餃子とホイコーロー!」
くちゃくちゃ音をたてて食べ始めた。
とんだ洗礼を受けてしまったOLさま・・・二度と来ないだろうな(笑)。



プリンス

at 2005 03/30 16:38 編集

コクドグループが、全国数十ケ所ものリゾート施設を閉鎖か売却にするというニュースで、なじみのある場所がリストアップされていた。
てっきり、コクド西武グループ=関東勢と思い込んでいたのに、琵琶湖判の伊吹山スキー場もコクド系らしく、リストラ対象になっていた。
「総帥」の経営失敗とはいえ、よほどうまく経営していたとしても、リゾートで荒稼ぎする80年代の発想は、いずれ行きづまっていたと思う。

僕が一番慣れ親しんでいる妙高は、まんま漢字の「山」の形をした山らしい山で、富士山より美しい山容だと思う。
ところがここは、コクドの妙な開発の跡が残っているエリアで、全面閉鎖になることはないだろうけれど、今後の形が予想しにくい。
もともとあった妙高国際スキー場が、2000mクラスの長い高速リフトを延ばして行って、たてに細長いスキー場ができていた。
そこと谷を隔てて、コクドグループが開発したのが杉ノ原スキー場である。どーんと3000級のゴンドラをつけて国際スキー場上部に接続し、Λ形のゲレンデエリアを造っている。

間の谷を埋めて広大なゲレンデにしてしまうようなことも、コクドならやりかねないが、そんな無謀な乱開発はなんとか免れているようではある。それでも、滑走距離8.5kmは日本最長だし、標高差1100mも、日本最大級の堂々たるゲレンデだ。
こんな標高差を、ドライブウェイだったら何分で走って降りて行けるのか見当がつかないが、スキーだと10分以内で豪快にダウンヒルできる。
このダウンヒル感が、妙高高原の魅力だ。

ところが、コースはダイナミックでいいのに、ふもとにはホテルというものが1軒もない。プリンスホテルどころか、数十人規模のキャパシティの民宿とペンションしかないのだ。
一方で、東大や一橋大などのロッジ、大企業の保養施設がひしめいていて、簡保の宿が唯一、ホテル規模の宿泊施設といえる程度。

となりの赤倉になると、温泉旅館やホテルが林立しているが、ここは京王グループが開発したゲレンデ。
もしかすると、地元での乱開発反対運動であったのか、プリンスホテルができたのは、車で15分も離れた野尻湖畔(野尻湖プリンスホテルはリストラ物件にあがっていた)。その裏山は東急がおさえている。

つまり、コクドがあちこち食い込もうとして果たせないままの、未完の作戦跡というのが妙高エリアだ。
おかげで、とても静かで清潔で地味なスキー場で、コースはダイナミックだから質実剛健でいい。どんちゃん騒ぎするような施設や、発情期のにーちゃんねーちゃんが色気づいている盛り場もない。

うまいものは都会でいくらでも食えるから、まずくない程度のメシと、地酒と温泉があれば、リゾートはそれでいいと思う。妙高は上越の幻の銘酒というのがあるし、僕は地元でつくっているピルスナービールに陶酔している。
高輪プリンスホテルみたいなのを雪国に建てて、投資を回収しようなんて考えるところから、リゾート業者は狂っているのではないだろうか。
すでにある土地の名産を、静かに楽しめればいい。コンシェルジュもコースディナーも、いらんわい。


お手つき!

at 2005 03/29 15:41 編集

ときどき覗く間口1.5mの古本屋に、もうずいぶん長いこと、開高健の単行本が5冊ほど並んでいた。
寄るたびにパラパラ立ち読みしては、ムッシュ開高に心酔していたころを懐しんでいた。

単行本は30冊ぐらいは読んでしまっていたから、ちらほら出る「周辺本」が目に留まっていた。
そんな中で、開高さんの畏友で文芸評論家の谷沢永一と向井敏による評伝を、前から買おうかどうしようかと迷いつつ、結局ほとんど立ち読みしてしまっていた。

そしてきのうも、いよいよ読了か(笑)というところまで読んで戻したところへ、不意に店に入ってきた熱血管理職ふうの57歳(推定)が、「開高さんの本、あるー?」と店主に単刀直入に告げてきた。ずいぶん勢いがある。
「そのあたりに並んでますよ」と指さされた、つまり僕の陣取っているコーナーを、ぢぃっとチェックしている。全部さらわれそうな気配を感じて、僕はとっさに谷沢永一『回想 開高健』(新潮社)だけを抜き取って、結局「お買い上げ」。まぁ、いいきっかけにはなったかな。

しかし、あの57歳は一体どういう勢いで開高モノを「猟書」しているのだろうか。
重役が「読みたまえ」と勧めてくれたから・・・なんて理由は、中学生の課題図書みたいでみっともないが、もし純粋なファンならちょっと珍しいと思う。
ウィスキーの好きな「戦士」が、不意に読みたくなる作家なのかもしれない。開高さん自身、サントリー宣伝部員だったから、かなりのウィスキー・キャットを日本で育てた張本人だといえるかもしれない(僕はニッカ専攻だが)。

豊饒な語彙、深いウィット、哀愁漂う笑いをたたえた開高文学の森は、89年に繁殖を終えてしまったが、多作な作家にもかかわらず、古本屋にあまり出ない。「愛蔵度」の高い作家の筆頭ではないだろうか。
だれが何と言おうと、「生きていたらノーベル文学賞に値する戦後作家」は、三島由紀夫、安部公房、そして開高健だと僕は勝手に考えている。

物故作家を慕うのは昔ながらの文学道楽かもしれないが、今は作家もアイドルである。
それもいい。谷村志穂のようにポルシェを飛ばす女優なみの優雅な作家もいるし、川上弘美も、「えもいえず」いい。
あぁ、こんなふうに美形ばかりひいきにしている僕のような浮ついたやつが、罪滅ぼしのように硬骨漢作家を愛蔵しているだけなのか・・・

角田光代さんが、週刊誌のインタビューで開高健ファンだと話していたが、ちょっと尊敬してしまった。関係ないが、ピンポン愛ちゃんに似ている。
事実婚で育児もしているという。すでに両親がいないとのことだから、いい自立を遂げている表現者だと思う。孫をかわいがってくれる親がいて、「種馬を廃棄処分」して、母子家庭も大変なのよ!とうそぶく幼さは、角田さんからはカケラも漂ってこない。

表現者の家族構成というのは、つい気になってしまう。
別に、子煩悩なハードボイルド作家がいたって、メルヘン小説を書く鬼嫁がいたっていい。文学の命は読者の想像力だから、生活の現実と作品との距離は、そこそこあった方がいい。

開高さんなど、自分の生活そのものを描いていたわけだが、謎は多い。
その死後まもなく独身四十代の一人娘が奇妙な鉄道自殺を遂げ、詩人として連れ添った牧羊子も最後に亡くなり、完全に文学者の家系は絶えてしまった。
ヘミングウェイやピカソやカミュの子孫が「現役」で活躍している生命力とは、優劣ではないけれど、彼我の差を感じてしまう。
それも、日本文学のワビ・サビなのかもしれない。



ホワイ?ナイト

at 2005 03/28 10:23 編集

ホリエモンに支配されるなら・・・と、ソフトバンク・インベストメントと組んだフジサンケイ・グループ。
この経営判断が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るところだが、それにしてもホリエモンアレルギーは、これほど強かったのかと、あらためて思い知らされた。

ところが、世論調査では、過半数がホリエモン・シンパなのが不思議ではある。
なにかサラリーマンの鬱屈した思いがあって、テレビ局をうろたえさせている青年起業家に溜飲を下げているのかもしれないが、自分の勤務先がライブドアに支配されるのはどうか?といえば、7割超がイヤだと答えている。
まぁ、そんなもんだろう。

フジさん宅に土足で上がり込んで「提携しようよ」というのは、法律には触れないが礼儀知らずだ、だから堀江くん宅に戦車で乗り込んで「どうする?坊や」と問いつめる・・・というのは、脅しの応酬のようで、あまり生産的な感じがしない。

その気になれば、ソフトバンク・グループと楽天と民放連がライブドアを窒息させることさえできるだろう。
そうなってしまうと、桟敷席のわれわれ一般人としても、後味が悪い。
ゲッソリやせたホリエモンが九州の実家に帰るシーンは、見たくない。
ノーネクタイでどこまで闘えるのか、限界を見せてほしいものだ。

「M&Aは私が日本一よくわかっている」と自信満々のSBI北尾氏は、ホリエモンをどう懐柔するのだろうか。
会談の内容はともかく、北尾さんには、ぜひこれだけはレポートしてほしい。
あなたに会うときも、ホリエモンはTシャツ姿でしたか?と。


文具の春

at 2005 03/27 15:39 編集

Lマガジンの5月号は、「恋する文房具」特集。そんな季節やなぁ・・・。
タウン誌のレベルを超えた、気合いのこもった取材と構成になっていて、なかなかすごい。
ロフトとハンズと「私が始めた雑貨屋さん」の類をちょこまかと並べて、新春の生活応援特集!という類のやっつけ仕事とは違っている。
「かわい〜」しかボキャブラリーがないコ娘に媚びたよう、あおもちゃのカタログでもない。
ちゃんと訪れて、ちゃんと話を聞いて、ちゃんと使ってみて、記事を書いている。京都府知事にまで取材してますがな。さすがは、エルマガ。

文具は、事務用品とは言い切れなくて、人によっては創作ツールでもあり、文房具を使って何かをするのとは逆に「何かを文房具のように使う」こともできる点で、行動様式をさす言葉にもなる、不思議なものだ。

その筆頭は、たとえばカメラ。
コンパクトカメラをメモ用紙のように使う人もいたし、コニカはちょうどA4判が接写できるビッグミニというタバコ大のカメラを売り出して大ヒットした(その正面には、デザインロゴでA4とプリントされていた)。カラーはフィルムで当たり前でも、コピーではまだまだ・・・という時代だったからこそ、僕はカラーコピー機「として」カメラを使っていた。

今は、リコーが、文面複写モードや1cm接写のついたデジカメを出してきた。カメラというより、OA機器という感じ。
ソニーのサイバーショットU50シリーズのように、少し大きめの消しゴムぐらいのサイズになると、これはもうペンケースに入れて「文房具化」してしまえる。

文房具といえば万年筆フェチの人は多くて、その証拠に、文具もの雑誌といえば「万年筆特集!」である。なんでかわからんが、僕にはあまり興味がない。すでに中学生のころ21金のパイロットを使っていて、良さも不便さも知っていたせいかもしれない。
大学に入って、講義ノートを清書して業者に売るアルバイトをしていたが、そんなときは万年筆が楽だし印刷もきれいに出る。ただフェティッシュな愛着はないから、カーボン入り水性サインペンも適当に使っていた。

万年筆が文房具の象徴のように扱われているわりに、それで手紙を書いているのか?と尋問すると、「いやー、なかなか」という人が多いのではないだろうか。
とすると、万年筆は文房具というよりアクセサリー、装飾品に近い。

だったら、天の邪鬼な僕としては、文房具に入れてもらえないものを「我が文房具の辞書」に入れてあげたい気がする。
たとえば、僕など自転車を運転しながら雑誌をよく読んでいたから、自転車は「書見台」だったわけで(あまり人には勧められない)、つまり「文房具として」の世界である。

それなら、車なんかは、読み書き空間としては悪くないんじゃないかと思うが、経験してみないとわからない。運転しながらエロトピアを読み耽るのは、人騒がせな世界だが。
通勤・通学電車で読書する習慣になじんでいる日本人なら、クルマや電車が文房具の延長と考えることもできると思う。

乗り物は上北沢の専門家に任せるとして(笑)、ではパソコンはどうか。
いや、これも専門家がいるから任せるとして、冷蔵庫や洗濯機や電子レンジを文房具として使うのは難しい。できれば天才だろう。
凡人としては、せいぜい、カセットウォークマンやMDウォークマンを「オーディオブック」として使うぐらいで、これもアメリカのようなクルマ大国だと、カーステで聞くカセットブックが日本の文庫本のように名作ぞろいだとか。
日本語だと、常用漢字かな混じり文400字がだいたい1分で読めるから、2時間朗読を聞いていれば、新書ぐらいは確実に目(耳)を通学せるという計算になる。
「耳で読書」というのは、僕は大賛成だから、もっと安く普及すればいいのに、と思う。そうすれば、目の不自由な人にとっても選択肢が増えて、単価も安くなる。耳学問だって、あなどれない。

こんな風に、家電と文房具というのは、わりと親密な関係になれると思うのに、「デザイン家電」という家具シフト、「IT家電」というロボット化(?)は叫ばれても、あまり「文具家電」は聞かない。
もしかすると、かなりの文房具の機能が、ケータイに備わってきているせいかもしれない。辞書もカメラもメモ帳も録音もラジオも、もちろん「手紙」も。
あとは、台所用品、大工用品、化粧品あたりを「文房具として使う」道に挑んでみるか・・・?
農機具、漁具、武器を文房具として使いこなせたら、達人だろうなぁ。


9回裏のピッチャー

at 2005 03/26 08:29 編集

きのう、ついにドコモからのDMで「ピッチやめるからね、FOMAに替えなさい」と通告があった。
おぉ、いよいよ来たか。
まぁ、別にあわてなくても1年か2年の猶予はあるのだが、全国の約130万件の契約者が、一斉にこの「秒読み通知」を受けているわけだ。
ちょうど、京都市か福岡市の人口ぐらいの数になる。署名を集めてホリエモンに送って「ピッチ事業やってくれない?」と持ちかけても、無理かなぁ・・・。

ドコモは、退職勧奨するかのように、いまFOMAに乗り換えると端末の割引券1万円だとか、何かのポイントを引き継げますとか、小手先のエサをちらつかせているのだが、やる気あるんかねぇ・・・としか伝わってこない。

ドコモに致命的に欠けていたのが、ユーザーの実際の使い方を把握することだった。「こんな端末、だれが使うの」「どうやって使えっちゅうの」と思うような端末を、供給者の論理であれこれ出しては、売れ残って叩き売り。
ピッチにしても、その特色を生かした唯一の端末は、CFスロットにそのまま挿し込んでデータ通信できる611sぐらいだったと思う(僕はもう6年ほど使い倒している)。
あとは、子供のおもちゃみたいな端末ばかり。

回線の性質を考えると、早めにデータ通信に特化した方がよかったのかもしれない。携帯電話感覚で使ってみたユーザーは、ずいぶん失望したはずだ。
会社も、契約者が通話とデータをどう使い分けて、それぞれ用途がどうなっているのか、きちんと調べていたのだろうか。
特別に高速ではないが、定額で一定速度だから、DDIポケットを除外した・・・というのが、ドコモのユーザーだったはずなのだ。

それを、FOMAの高速データ通信に乗り換えるようそそのかして、「6月から新料金プラン登場」というので見てみると、基本的には「パケット従量粋金で速度不安定」のまま。
1パケットあたり0.02円で、何万パケット分が無料!!なんて書いてあるが・・・あのなぁ、webサイトみながら「あ、このページは写真が多いから2万パケットダウンロードしちゃった」「メールがきたぞ、これで1000パケット」なんてカウントしてるやつが、おるんかい!!!!
64Kでええから、一定速度の定額プランを導入してくれた方が、はるかに安心できるのだが、こんな「まったり接続放題」は回線を無駄に占有するから、許さない構えのようだな携帯キャリアは。

無線LANを使えってことか?
しかし、ホットスポットがPHSエリアなみに広がるのは無理な話だから、やはりせっかく構築してしまったPHS網を活かして、安くて安定したデータ通信ができる方がいい。
どこでもカード1枚さして、低速でもネットラジオを気楽に聞ける醍醐味は、手放すとなると少し寂しい。
ウィルコムに期待するか。1社独占事業というのが、不安ではあるなぁ・・・。


ボイコットラジオ

at 2005 03/25 10:56 編集

「本丸」に斬り込まれそうなフジテレビが、ソフトバンクと手を結んで防波堤を築こうとしている。おもしろい展開だ。
ノーネクタイの成り金坊やに「支配」されたり、「殺さなくては」とおちょくられっぱなしより、同じIT屋さんでちゃんとネクタイをした社長と手を組んだ方が賢明、と考えたのだろうか。

ゲスなたとえをすれば、僕がだれかに一方的に熱烈求愛したようなとき、「これ以上言い寄ってくるなら、私はあなたの恋敵の○さんと結ばれます!」と抵抗されるようなものか?(とすると、言い逃れに使われた○さんが気の毒だが)。

もしかすると、フジテレビとしては、業界の内部抗争に持ち込んで、同業他社にホリエモンを牽制してもらおう・・・という読みもあるのかもしれない。
ソフトバンク側は「ライブドアの乗っ取り妨害のつもりはない」と会見していたけれど、こりゃそのまま「ライブドアの乗っ取り妨害のつもりです」と言っているようなものではないか。
敵のライバルと手を組むというのは、敵を囲い込むマーケティング戦略としては珍しいやり方ではない。JALはANAを追い詰めるためにJASと提携したわけだし、電話業界だと、もしドコモとauが提携すればボーダフォンには「王手」だ(独禁法違反になりかねないが)。

しかしまぁ、焦土作戦といい囲い込みといい、いろんな手が出てくるものだ。これをきっかけに、「合法だが禁じ手」を真似る業者が、雨後のタケノコのように出てくるのかもしれない。
中島みゆきやタモリや倉本聰など、「ニッポン放送には出ないぞ」と、焦土作戦に一肌脱いでみせようとしているが、これで「ニッポン放送の企業価値が暴落→ホリエモン窮地→買収断念」とはならないだろう。中島みゆきの代わり、タモリの代わり、倉本聰の代わりを入れたらいい、金なら払いますよ・・・というのが、金満坊やの発想だろうから。

たとえ社員から自殺者が出ても、鼻で笑って「僕のせいじゃない」とブログやなんかでうそぶいているかもしれない。
そこは、山一証券がつぶれたときに号泣して見せた野沢社長のように、「社員は、ぅぅぅぅ悪くありませんからぁぁぁっ!!」と、演技してみせるご愛嬌も、あっていいのに。
司法の場で追い風をもらったホリエモンは、さて人気商売の現場で、どうリスナー・視聴者のハートをつかめるのだろうか。


愛名古屋博

at 2005 03/24 15:05 編集

前景気をあおるニュースがいろいろあったので、とっくに始まっていたのかと勘違いしていた、愛・地球博。
大阪万博のようなお祭り騒ぎは、あまり伝わってこない。タネもしかけも、「ゼネコンと電通をもうけさせるしかけ」だと、中学生にも見透かされている時代でもある。

環境に配慮してますよ、愛があふれてますよ、と偽善を偽善で上塗りするから穿った見方もされるわけで、ここは堂々と「名古屋みてちょ博」としていればよかったのに・・・。
そうすれば、いじらしい(?)シャチホコの展示だって、ちゃんと意味が出てくるだろう。

それにしても、地球博とセントレアと名古屋の位置関係が、どうもぴんとこない。成田も羽田も行ったことはなくても、東京との位置関係はわかるというのに。
この、「イメージ湧きにくさ」が名古屋の名古屋らしいところで、あまりメジャーにならん方がいいような気もする。日本中のマニアが、100人いれば100通りの名古屋アイテムを大事にして、「マイナゴヤ」を暖めておけばいいと思う(僕はきしめんが好きだ)。

メジャーになりたい、世界にアピールしたいと思うと、かえって田舎者根性をさらけ出すことになるのは、大阪万博の轍というものではないか。
どこかの工事現場で拾ってきた石を「月の石」だと思って熱狂する浮かれ者(あぁ、僕も何時間も並んで見に行ったぞ恥ずかしー!!)は、今回また懲りずに拾われてきた石コロに、列をつくるのだろうか。
「火星に生えていたシャチホコ」「カッパドキアから発掘されたきしめん」「天国に行けるリニモ」など展示されていたら、ユーモア博にはなるかもしれない。
ともあれ、はじけてほしいものだ大名古屋!


犯人の気持ち

at 2005 03/23 14:36 編集

マラッカ海峡での海賊騒動は、とりあえず解決して、「海の男」たちのさわやかな生還にホッとひと安心。
会社側の会見を、ふだんはニュースの突っ込みが甘いNHKは、しつこいほど「水面下の交渉があったことを示唆しました」と報道していたが、水面下のゴタゴタの百貨店は一体どちらさまだ?

夕迂回とくれば身の代金と決まっているから、あったもなかったも、「支払って解決」としかいいようがない。
いくら払ったのかは会社の判断だからしかたないとしても、払ったあと取り戻す手も考えてみてもいいかもしれない。

まず、「毒をもって毒を制する作戦」。
「○億円もふっかけてきたこいつらの仁義はいかがなものでしょうか、海賊の皆さん!」
とマラッカ海峡で叫ぶと、海賊業界で内部抗争が起こり、こわくて大金をせしめる誘拐行為はなくなる・・・というわけには行かないか(笑)。

次に、「○億円ふんだくった海賊を襲う海賊諸君、取り戻してくれたら懸賞金1割!」という作戦もあるが、これは火に油を注ぐだけかもしれない(作戦ちゃうがな)。

いずれにせよ、悪いやつには、海賊、誘拐は割に合わないことを学んでいただくべきで、だから日本国内では、身の代金目的誘拐は極めて少ない。
そもそも、手段(誘拐)と目的(身の代金)が時間的に離れるほど、不測の事態で作戦遂行は難しくなるのである。・・・って、一体どっちの味方なんや!?と糾弾されそうだが、敵の考えそうなことをシミュレーションしてみた方がいいと思う。

悪いやつに、「被害者(+家族)の立場になって考えなさい」と説教したりする農村思考は、凶悪犯罪には太刀打ちできないから、逆に犯人の立場になって考えるのが、類犯の抑止につながるのではないだろうか。

犯罪ではないが、いま話題の会社乗っ取りも、「乗っ取られたくなかったら株式公開しなきゃいいんです」というホリエモンは正しい。
たぶん、役員会でも「上場して大丈夫だろうか」という異論も出たはずなのに、「乗っ取るような悪いやつやつぁいないよ」で楽観視していたような気がする。こんなとき、上司に異論を告げた身内は、冷や飯を食わされるのが日本の会社だ。もしかすると、フジサンケイグループの反乱分子が、ホリエモン一派に一枚噛んでいるかもしれない。
フジサンケイグループは、以前の買収王マードックとテレビ朝日の買収騒動から、何を学んだのだろうか。

グループで株式を持ち合って、よそものを排除する農村思考と、市場経済が共存しているのが変な話で、ルールの隙を狙って何をしでかすかわからない百鬼夜行の世界のようだ。現実の金融市場は。
「性善説に立って安心して共存共栄できる社会」は、実現すればいいとは思うけれど・・・

マラッカ海峡はどんな世界なのかよくわからないが、「左舷に性善説、右舷に性悪説」ぐらいの感覚で航行しないと安心できない修羅場になっているようだ。
機関銃ぐらい船につけておくのはだめなのだろうか。
家の玄関ドア外側の上に神棚とか日の丸を掲げておくと、訪問販売がよりつかない・・・という程度の「はったりガード」にはなるかもしれない。


オールナイト・セイ・パック

at 2005 03/22 07:25 編集

オールナイト・ホリエモンを期待する日記を書いた後に、NHK80周年にちなんだスペシャル編成で、往年のDJが往年の弁舌を再現してくれた。
さすが太っ腹の受信料放送局(?)。民放が築いた深夜文化を、無視できなかったわけか。

生トーク番組のゲストは、オールナイトニッポン代表の「アンコー」さん、パックインミュージックの「欽欽」、セイヤングの「レモンちゃん(完熟60歳!)」のお三方。
いやもう、懐かしさ極まって、タイムスリップしてしまった。

パックといえば、野沢那智+白石冬美の黄金ペアが、たぶんファン投票ではナンバー1だと思うけれど、この「なっちゃこパック」は文芸誌の別冊付録(?)についていた復刻版CDで楽しめたから、今回は愛川欽也の水曜パックが聞けてよかった。

深夜ラジオといえば、時代の流れか、「高齢者仕様」のラジオ深夜便。聞きながらお休みいただいてかまいませんよ、というNHKアナウンサーを前に、「おしゃべり好きな僕は、みんなに聞いてほしいからね、寝てもらっちゃ困るんだ」とまくしたてる愛川欽也パワーは、あいかわらずご健在でうれしい。まるで、公共放送と商業局は違うんだ!といいたげだった。

テレビとの二元生中継もはさまれていて、「完熟」の落合恵子さんの輝いていたこと!髪の半分は白いが、目は悩ましく、無理のない愛くるしさには、思わず「ちと年上だが、いいかな?」と、バカな妄想をくすぐられてしまった(笑)。
それほど、深夜のラジオ文化は強烈な一時代を築いてた・・・というのが実感だ。おかげで、「おねえさん原風景」を、そのまま年月を超えて引きずってしまうのがこわい。

二夜連続の第二弾は、「シンガーソングライターDJ」が商品名まる出しで熱い生トーク。こちらは坂崎幸之助にしろ、南こうせつにしろ、谷村新司にしろ現役だから、懐かしいというより「併走者」という感じ。
でも、DJの中島みゆき節が聞けたときはしみじみと懐しかった。みゆき姉さんも、「ちと年上だが、いいかな?」である(笑)。

この中島みゆきが横綱だとすると、関脇クラス(?)の兵藤ゆきも、麻世れいらも、中山恵美子も、それぞれ味の違う姉貴たちだった。
こんな兄貴・姉貴が熱く語りかけてくる感覚が、深夜ラジオを解放区にしていた下地だったように思う。

今の中高生にも、こんな夜空の兄貴・姉貴がいれば幸せだろうと思う。
まさか、「僕ラジオ深夜便リスナー。須磨佳津江さんファン」というチュー坊がいたりはしないだろうが、もしいたら、うぬぬぬぬ手ごわい・・・おぬし、ライバルか?と闘志を燃やすかもしれない。


藤岡新喜劇

at 2005 03/21 14:40 編集

ついこの前が震災10年か・・・と思っていたら、今度はサリン事件から10年。
命を落とした被害者と遺族にとっては、天災よりも、無念な思いが消えないだろうと思う。

あれからカルトの問題は解決したのかというと、表向きは「風化」して、実態は「潜在化」しているのが現実。上祐さんもオウムシスターズも、テレビに飽きられてしまった今、報道されなくなった。
現代人にとっては、テレビに映っていないことは存在していないのと同じだから、もう注目度はライブドア100に対してアーレフ1ぐらいではないだろうか。
「その後」の10年の間には、宗教学者が大学から消され、スピリチュアリティがはやり、宜保愛子亡きあと細木数子が稼ぎまくり、ドタバタと同じところを回って、何も変わってない気がする。

トンデモ系といえば、矢追純一と並ぶ川口浩探検隊。二代目の藤岡弘探検隊が間抜けな生け捕り芸をやっていた。
小学生でも蹴って出られそうな檻を細い木で組み立てて、落とし穴まで掘って、まるでガキ大将のいたずら遊びである。それを、いい年した大人が真面目にやっているのは、ドキュメンタリーなんだかコメディなんだかわからない(ドキュメンタリーとして見ると激しくおもしろい)。

で、うまいタイミングで、「おぉ!いよいよ生け捕りにしたぞ」と、そいつが捕らわれたのに、なぜか一晩放置して帰り、翌朝これまたうまいこと逃げられたことになっていて、落とし穴に子熊が落ちていた。熊ちゃん、かわいそうに。

おかしくてたまらなかったのは、ふつう未確認の動く生物を見ると、あれは何だ?→人畜無害か危険か→危険なら退治できるかどうか→退治できなければ逃げよう・・・と考えて行動するのが、まともな反応というもの。
なのに、何かが動いただけで「逃げろーっ!!」というのも、あんたら小学生の肝試しかいな?と突っ込みそうになった(笑)。

結局、謎の生物は発見も捕獲もできなかったわけで、そんなの最初から「いることにする」番組制作の産物だったんでしょう。
まぁ、無邪気に探検ごっこをやっている腕白おじさん番組というだけなら、罪はない。リングロープに投げつけられたレスラーが跳ね返って戻ってくるプロレスと同じ「お約束」の世界だなこりゃ。

先に出せばいいのに、さんざん人を斬り殺した後に水戸黄門さまの印籠を出す「お約束」。
ハエ1匹落とせない気功が人を吹っ飛ばすという「お約束」。
あなたは水に縁がありますね・・・なんていう類の、占いの「お約束」。

こんなタネとしかけを了解した上で、だまされてみせる自分を楽しむ妙な観客気分というのは、確かにある。
なんだか世の中、定番ギャグの吉本新喜劇の世界ではないか。


オールナイトホリエモン

at 2005 03/20 14:04 編集

「ごめんやす馬場章夫です」が、予告もなく終わってしまった。35年の幕引きは、あまりにもあっけなかった。
去年は25年続いた五木さんのトーク番組がスポンサー(カネボウ)の都合で打ち切りになってしまったし、生活の一部になって1週間を刻んでくれていた長寿番組が、あいついで「寿命」になるのは寂しい。

つくづく、ラジオ世代やなぁと思う。
深夜放送やラジオ工作に熱をあげた世代は、いま社会の腰骨のような中堅世代になっている。みな、ラジオを忘れてテレビだホームサラウンドだと転向してしまったのだろうか。
ハード先行の家電ブームは、どこか空滑りしているような気がするのだが。

主婦向け、老人向け、少年少女向けの番組はあっても、「セイヤング」「パックインミュージック」世代が楽しめるラジオ番組が、なかなかない(テレビもか?)。
たしかに仕事で忙しいとはいえ、電車やクルマで移動中とか、職場でBGMのようにかけ流すとか、「ながら」が簡単にできるのはラジオの手軽なところなのに・・・。僕の職場もFM802がかかっている。

それに、仕事と扶養家族を背負った世代は、「乗せにくい」かもしれない。公開放送に足を運んだりリクエストを送ったりするのは、よほどのマニア(=常連)以外はしないだろうから、昔とことん熱中して冷めてしまった世代をもう一度乗せる番組というのは、かなり難しいだろうなぁと素人でも思う。
いまニッポン放送の矢面に立っている亀渕社長や、主婦のカリスマみのもんたも、セイヤング世代にとっては、ハガキを宛てて出す「お兄さん」だったが、みな管理職や一国一城の主になっているのを見ると、リスナーも卒業気分になるのだろう。

支持される番組といえば、保険商品の選び方とか、投資術とか、不倫ごっことか、まぁオッサンの関心はそのへんに収束するに決まっている。
去年だったか、ラジオ広告総額を、ネット広告が超えたそうで、もうAMやFMのラジオは、慢性不況どころか終わっているのかもしれない。
だから、ギャラが高額な長寿番組が次々に打ち切られて、文化祭のような番組が残る。

でも、こんな分野にこそ、ホリエモンは斬り込んでほしい。
あのとっつぁん坊やは、ネットと電波媒体の融合なんて言ってるが、芯の部分では「俺の声を流したい」「俺の話を聞いてくれ」と思っているのではないだろうか。テレビカメラの前での憮然とした口調より、ラジオでしゃべっている声は生き生きしているような印象もあるのだが。
メルマガを配信して、それで政治や経済を動かしたとしても、それで生理的に満足できないタイプにも見える。

ビル・トッテン氏は、「大金をつかんで好き勝手やっている坊や」と評していたけれど、大金の代わりに、「よく届くマイク」と「よく聞く信者」を与えられれば、案外ニコニコしているかもしれない。
あぁ、これはスターリン、カストロ、ヒトラーの世界だ。


グレー・ゾーン

at 2005 03/19 15:51 編集

いよいよ、ペ様が竹島問題に発言しはじめた。
どうせなら、もっと踏み込んで「竹島を日本のものだっていう日本人は、ボクきらいだな」とでもいえば、日本のファンは、ペ様をボイコットするか、竹島を手放すか・・・?
いや、なびきやすい日本人のこと、結果は火を見るより明らかだろう。

芸能人といえども、日本より、はるかに「政治的な存在」なのは、韓国流だけではなく欧米も同じ。芸能やスポーツと政治は無関係(・・・であってほしい、・・・であるべきだ)というのは、日本人の集団幻想かもしれない。

韓国にしろ中国にしろ、幼いころからから全員が徹底的な反日教育を受け、親から祖父母から反日感情を刷り込まれているから、表向きは中日友好・韓日友好と唱えても、反日を核にしたアイデンティティは簡単に変わらない。日本人が「打倒鬼畜米英」から「英米大好き」にコロッと寝返ったのとはわけが違う。

違いは違いとして、相手側にわだかまっている先入観その他のメンタルバリアは、だれが解消すればいいのだろう。
恋人同士の関係にさえ、歴史が陰を落としていることがあるし、「他人の先祖がしでかしたこと」を、愛は越えられるのだろうか!?!?!?

と、戦争映画のような話になってしまうが、相手の背負っている日本人への先入観なり反感なりは、まるでグレー・ゾーンのような部分で、これがいろんな人間関係で見えてくるたびに、僕は立ち止まってしまう。

たとえば、勉強や学校そのものに不審感や恐怖感、獲得性無力感のような感情をかかえた学生に、教育をするという場合。
義務教育だと、その子を「勉強好きにする」ことも含めて、教師の仕事になるだろう。義務でない学校だと、かなりグレー・ゾーンが広くなる。
「自分で勉強する態勢になってから学校に来なさい」というのは正論だろうし、欧米の高等教育だと、それが自明の前提になっているようではある。
京大から新設の私大に赴任した杉山幸丸氏の『崖っぷち弱小大学物語』(中公新書ラクレ)を読んでいると、このグレー・ゾーンまで大学が上げ膳据え膳して学生(=お客さま)に奉仕する不条理感が、ひしひしと伝わってくる。

学校と学生の関係だけではない。
遊び仲間も、今まで上げ膳据え膳しすぎてきたせいか、腰が重い。表向きには、病気と仕事と結婚が3大原因に見えるものの、もっと内面的なモチベーションの次元で、「自分の家庭と仕事とせまい人間関係」の中に自閉してしまう。

これが、高度経済成長時代の社会学の教科書には必ず載っていた「疎外」という問題だったようだが、今は流行遅れのテーマになってしまった。でも、解決はしていない。
「やる気を起こす」のは、あれやこれやの専門家の仕事なのか、個人でどうにかすべきことなのか・・・。やる気が起こらない人を「支援する」というのは、どういうことなのか・・・。

お膳立てされ飼い馴らされてかろうじて「NEETでない」ところにいる若者と、本物のNEETとの距離は実は紙一重で、自主自立でガンガン進む一握りの開拓者との距離は、ますます開いて行くような気がする。
それが階層格差を生み、ますます細分化して、生まれつき人生が決まってしまう昔の身分制度に替わって、「自分で選んだ責任」が個人を縛っている。

ところが、階層を分けるものさしは「所得」ばかり光り輝いていて、法を侵さなければ稼いだ者が勝ち!といわんばかりの空気がバブっている。
それも全面否定するつもりはないし、心の豊かさを愛でるほど僕は地位も名誉も財産も築いていないので、とりあえず金はほしい(笑)。

ただ、生活に必要な金が最低限あれば(給料のかわりに家と飯をもらえたらそれでもいい)以外では、時間と静けさがほしい。
まぁ、余暇を楽しむにもクビにならない程度に、という条件に縛られているのはしかたないことかもしれない。「浜ちゃん」のような生活は、ご機嫌うかがいしなくてはいけない愛妻がいたりすると、夢物語でしかないだろう。

そんな柔肌・・・いや真綿の檻に閉じ込められた仲間とたまに集まる週末、無難な話に終始して刹那的に笑っていると、あぁエレジーやなぁ・・・と思う。
いっそ、もうイエズス会のような「布教」はやめて、個人的な修験道の世界に移ろうか(笑)と、姿勢転換しかかっている春ではある。怠けていてはいけません、ヤマブシズム教祖!と、キュ〜トな乙女から檄が飛んできそうだが。

体を動かしてなんぼ、とのたまう僕も、北国へ旅するのは年に4〜5回でしかなくて、ふだんはゼニの街とゼネコンの街を往復して、合い間に紀行書で息抜きしているのが実態だ。出たばかりの『山の本』春号の手触りは、いいなぁ・・・とウットリしながら。
まだまだ「伝導師」の資格に欠けている。


青年よ疑問を抱け?

at 2005 03/18 15:25 編集

あれやこれやの贈る言葉、送る歌が世にあふれる季節だ。
義務ではないものの、任意で出かけた式典で、全員起立・国歌斉唱のとき一人で静かに着席した学生に、僕はこっそりエールは贈ってきた。

「私を支えたあの一言」の類も、昔からテレビや活字から垂れ流されているから、今に始まったブームではないと思うが、それにしても、なぜテレビに麗々しく字幕までつけて、名文句が量産されているのだろう。
連ドラのせりふも、J-POPの歌詞も、「これ、使ってね」といわんばかりのコじゃれたフレーズばかりでできあがっている気がする。

この無気味なブームは何なのだろう。
僕は言葉を贈る(ことが期待されている)立場にいても、特に「僕から何か聞きたい」わけでもない学生に気の利いた言葉を贈ったことがないし、色紙、サインの類も書いたことがない。「彼女が彼に求めるものはタネとカネ」と、一日一句は口にしているかもしれんが(笑)、まさか感動して涙している相手はいないだろうな。

そもそも名言など、自分で選んだ本を読んで心を打たれたフレーズとか、偶然なにかのチャンスかピンチかに耳に入って消えない言葉が、「私の名言」になればいいだけ。一人が大勢にふりかける口当たりのいい言葉というのは、プロパガンダと紙一重だ。

想像するに、おそらくミニ神様になりたい猿と、大きな神様(キリスト、釈迦、マホメットetc)は荷が重いから「マイ神様」に服従したい犬とで、このくさい空気はできあがっているのではないだろうか。
芸能界では、三代目魚武なんたらというのが名言安売り芸というジャンルを切り拓いたように思う。その前の武田鉄矢は(あ、現役か)もう喜劇的にくさいから罪は薄いけれど、「夜回り先生」になると、批判を許さないナーバスな空気で取り巻かれている。最先端のコミカル系というと、江原スピリチュアル商人か?

子供が親の言葉を聞かない、生徒が先生のいうことを聞かない、社員が経営者の親心を汲み取らない、国民が政治家の言葉を信用しない・・・こんな世の中だから、「和を尊ぶ日本人」なんか幻想で、実はバラバラなのだと気づきはじめたのだろう、普通の庶民も。
納税者が政治家を信用しないような関係は、もしかすると何千年も昔から当たり前の話だったかもしれないが、これこそ切実な不幸だと社会的良心が警鐘を鳴らしているのが、「世の中を信用しない子供」という存在だろうと思う。

年金問題にしろ犯罪にしろ、自ら創り出してしまった大人社会の病理を何とか治して、新しい世代にバトンタッチするのが、大人の責任であるべきなのに、それすらしないで、ありがたい言葉を垂れるしか能がないジジババは多い。
そりゃ、ラクだわな。

その一方で、道で子供に声をかけるだけで110番通報される日本は、どう考えても異常だ。
見知らぬ人はリスキーだというので、「遊ばせ役」の先生、おにいさん、おねえさん、ボランティア、NPO、じーさんばーさんが、巧妙に工夫したお膳立てに子供を乗せて、その笑顔や涙を肥やしに、自慰にふけっている。

集団自閉症社会(惨)。
子飼い牧場(ブヒッ!)。
やっと資格1枚のおかげで「患者側」に入れられずにすんでいるカウンセラー(笑)。
自立してない自立支援者(笑)。
ロリコンの塾教師(危)。
心の豊かさを説く金持ち(偽)。

こんなイカサマを放置して子供をはじめ弱者ばかりいじくるより、ありがたい手垢のついた名文句を垂れ流すより、ちゃんと自立した大人として生きてみせる方が、まともな発想ではないのかと思う。
子供といえども、もしかすると直観的に見抜いているはずだし、二十代の学生や新入社員になれば、知性と失敗経験から、偽善を見抜いてほしい。やさしいボランティアさんや無難な先生のおかげで、子供が身体感覚で失敗や挫折を経験するチャンスを奪われ、言葉だけで操縦されている超管理社会だからこそ・・・。
ありがたい言葉は、乗せられて涙するか、乗せられず唾するか、リトマス試験紙になっているような気もする今日このごろ。


デフレ三連発

at 2005 03/17 12:17 編集

ソフマップを通りかかったら、やたら不鮮明なコピーのチラシが置いてあって、ウィルコム(旧DDIポケット)同士の通話が2900円定額!というのが、いよいよ始まるのだそうな。
眉唾な気もするものの、不人気なPHSは回線に余裕があるだろうから、技術的には可能なのかもしれない。

かくいう僕も、「旅先ネット」の実験用に、ウィルコムの「京ぽん」をパケット定額プランで買ってしまった物好きだが、肝心の端末を旅先に持って行くのを忘れたので、「圏内」の広さ、通信の安定度についてはよくわからないまま。
自宅近くの「里山」のようなエリアで持ち歩くと、かなりの田舎まで圏内には入っているから、普通に都会生活をしているぶんには、ウィルコムで充分かもしれない。宅配便だって、業務用に使っているぐらいだし。

ただ、今のところ最新端末の「京ぽん」は、ケータイと比べると機能は激しく見劣りする。カメラ11万画素というのは冗談ちゃうかと思うから始めから使う気も起こらないし、ブラウザはPCと同じオペラを使っているのでPC用サイトも見放題!!というが、荷が重いのか回線速度が遅いのか、やたら表示が遅い。
テレビ電話なんかもできないからこそ、不人気で回線に余裕があるだろうから、このままでいてほしい気もするけれど、PHSの驚き料金プランが、「定額ケータイ」への布石になるのだろうか?

次に東急ハンズに走って、アーミーナイフの潤滑油を買おうとしたら、ふだんは定価販売ばかりなのに、2000円のオイルが630円になっていた。
お買い得やなーとレジに持って行ったら、店員曰く、さらに安くなっておりまして、「10円!」だという。200分の1とは、激しすぎる値下げではないか。
「システムエラーか?でも訂正されないうちに買っておこう」と、そそくさと買って帰った。効果は、まぁ10円ではある(笑)。

先週の「1000円スキーツアー」につづいて、価格デフレの春がやってきた感じ。ぬか喜びに終わらなければいいが。


名残り雪

at 2005 03/15 12:09 編集

そろそろ最後の冬将軍残党かな?と思わせるミニ寒波が来たので、冬を惜しみに裏山を訪ねてきた。

冬枯れの樹々に当たる日ざしは、さすがに強い。
たぶん、その気になって探せば春の兆しはそこここに見えたのだろうが、雪山ほどダイナミックな変化は見えない。リフトに乗っていると、樹々の枝先に輝いている若芽や、幹を取り巻く雪面の窪みは、鮮烈に目に入ってくる。

都会の里山は、今ごろは「杉花粉の原産地」として恨まれるのが気の毒ではある。
たしかに粉が降っていた(笑)。花粉症は経験がない僕でも、いつか突然にやられてしまうのだろうか。

冬を探しに行ったんだか春を迎えに行ったんだか、優柔不断なポクポク歩きをして(ちくま文庫から出たカメラ中毒おじさん赤瀬川原平の『優柔不断術』がまったりと楽しんでいる今日このごろでもある)、いつもの再度公園へ。

標高400m弱の公園の池には、かすかに粉雪が舞っていた。
池のほとりの茶屋は、客どころか店員もいない。ぼーっと待っていたら、おばあちゃんが戻ってきて、おでんを注文。40年か50年は時間が止まっているような、「昭和の行楽地」だ。

「週末は雪ふったけど、ここだと積もりました?」
「いんやいんや、積もりまっかいな」
と、一言二言交わして、大根と卵とじゃがいもとこんにゃくで400円なり支払って、下山路へ。
月曜日にハイキングしている働き盛りの男を、どう見ていたのだろうか(笑)。

3〜4時間のウォーキングは、スキーでガチガチになった筋肉をほぐすのに、ちょうどいい運動になった感じ。
でも、もう1回、寒波が来てくれてもいい。少しふるえながら眺める夜桜というのも、オツな花見だから。


企業価値

at 2005 03/14 17:40 編集

ニッポン放送のライブドアへの逆襲が「焦土作戦」だなんて、マスコミ各社はバトルイメージをあおりつつ、「明日は我が身かも?」とは思わないのだろうか。
ヤジ馬としては、いろんな手を見せてもらって、高見の見物をしていればいいだけだが。
しかし、資産ナシになってしまえば、
買っても損→支配断念・・・
と、行くのかねぇ目論見どおりに。

民事紛争だと、まず差押えをして財産が動かないようにしてから支払い請求するようなダンドリは、よくある手ではある。
けれど、株取引の世界だと、ライブドアが勝ち取った「違法性がなければ原則自由」の司法判断は、今度は支配しようとしている会社がみずから「焦土」になるような資産売却も可能にしているわけだから、返し技という感じだろうか。
いやー、いろんな手があるものだ。

戦略的に、企業価値を下げてM&Aをかわす作戦は、フジテレビだって使えるぞ。
女子アナがまともにニュースを読んだり取材に行ったりする、スポーツ選手と交際しない、薄着をしない・・・こうしてNHK化して行けば、フジらしさはなくなって行く。

まぁ、フジテレビだからこう大きく話題になるわけで、8ch系列の関西テレビからやってみると、関西では「いちびり」が人気者になったりするから、意外にもうまく行くかもしれない。

それに、アルビン・トフラーも主張したように、ITは地理から自由になる点が革命的なわけで、アメリカだとド田舎のシリコンバレーが有名だとしても、メディア王はニューヨークやロサンゼルスになんか住んでいない。

日本で成功して青山だの六本木だのに豪邸を構えるのは、田舎者の発想だよねーと、江戸っ子は思っているのではないだろうか。
だから、ホリエモンは六本木ヒルズなんか引き揚げてしまって、神戸の六甲山か京都の六波羅か、んー・・・「六」が好きなら天六商店街にでも居を構えて、関西からメディアを変える!と息巻いてほしかった。
「移動の足は京阪です」とか「Tシャツのおっさん体型は阪神電車にジャストフィット」と笑ってくれると、一皮むけた成り金として、一目おかれると思う。
いっそ、大阪市を買い取って、自治体を完全民営化してみれば、本当の世直しになりそうな気もする。


日本海決戦

at 2005 03/13 14:44 編集

きのう吹雪にあおられながらレッスンを受けていた仲間が、今ちょうど銀世界で検定試験を受けているころかなぁ・・・と、春の太陽さんさんの神戸で思うのも、不思議な感覚だ。
特急を乗り継いで帰ると、正味5時間ほどで新潟から神戸まで帰れたから、あんまり「はるばる感」がない。土曜日の夕方に出したスキー宅急便が、もうさっき届いたではないか。早いというか、あわただしく追っかけられたような気分もする。

北陸回りで上越を往復した今週の旅は、JR東日本と西日本をつなぐコースで、ちょうど糸魚川が天下分け目の日本海決戦場になっている。そこを西へ越えて北陸に乗り入れる特急「はくたか」というのが、JR西日本の「雷鳥」を意識した東日本の5番打者という感じ。
雷鳥はサンダーバードと改名しているんだから、「はくたか」はウルトラホーク1号とか、対抗モードに入ってほしいわね。

このあたりの車両の優劣は、上北沢暗室の主にジャッジしてもらうとして、旅情といえば駅弁。
富山駅で、なんか日本海の幸でもないかなーと売店をのぞくと、「ぶりかまめし弁当」というのを売っている。ぶりの釜飯ではない。「ぶりかま」というどっしりしたブリの身を酢飯に乗せたもので、なかなかうまそうだ。

そこで、「ぶりかまめし弁当1つ!」と名指しで買ったのに、売店のおねーちゃん(25歳)は、「幕の内いかがですか?」と、とぼけたセールスをふっかけてくる。
「いや、ぶりかまめし1つね」と念を押すと、なおも「幕の内、残り2つですがいかがですか?」と、面と向かってプッシュしてくる。

ぼけてるんだか大阪人なんだか首をかしげつつ、ようやく納得させたぶりかまめし弁当を、今度は包んでこっちに差し出そうとしないので、手を伸ばして奪い取り、スーパーサンダーバードにかけこんだのであった。
ったく、なに考えてんだか!
売りたくない弁当を、並べるなって。

弁当本体はというと、まずまず合格。
寒ブリなのか冷凍ものなのかはわからないものの、あんまり脂身がのってない、僕好みのブリだった。

アルベルトkuni君など「スキーで4日間も?もの好きでんなぁ」とあきれているようだが、スキーは主食みたいなもので、おかずが楽しみなのである。温泉、絶景、美酒(これはおごられてばかりだった)美食、滑り仲間(なんだかkuniちゃんも経験した予備校みたいですな)、そして駅弁・・・。

惜しいのは、とにかく高いJR料金だった。大阪から15000円で往復して信州一円を1週間ぐるぐる回り放題の「信州ワイド周遊券」の廃止が、とにかく惜しい。
バスも使って、見所満点のかしこい節約旅行でも考えてみるか。


では、また

at 2005 03/12 23:41 編集

相部屋に、「今夜遅くに着くお客さん一人加わります」と聞いていたので、気を利かせて、ふとんを川の字に敷いて眠りについた。同室の紳士と僕が両端で。

なんだか夜中に人が入ってきてゴソゴソと荷物をかたづけて寝てるようだなぁと思いつつ、zzzzzzzzzzz・・・・
で、朝起きると、川の字の真ん中にお姉さまが寝ていて、気づいた一同そろってビックリ。
あらまっ!いけないわっ!どうしましょ!!とノーメイクぼさぼさ頭でうろたえる姿が、妙に悩ましかった。
宿の手違いだっただけだが、ちょっとしたご愛嬌かな。

外は、きのうまでの「春スキー」陽気とはうって変わり、ボタボタと大雪。寒くはない。
最終日の今日も、丸1日講習があったけれども、夜行「きたぐに」に懲りて、今日中に帰宅できるよう夕方の特急に変更して、早めに引き揚げることにした。午前だけ講習を受けて「早退」。
そのあと一人でゲレンデてっぺんからゴンドラふもとまで2〜3回滑り納め。

4日間のスキー三昧が終わった。
もう、しみじみとジャパニーズ・スキーリゾート・ステイを堪能できた感じ。
でも、これぐらいで満ち足りていては生ぬるい。
中高年一色の客層にうっかり(?)まぎれこんだような「女子高生直後」は、けなげに一人でスキーバスで往復して5日間も滞在していた。
ルームメイトの紳士Tさんは、いったん週末は横浜に帰り、また来週平日に再来するというので、宿にスキー道具一式を置いて帰る段取りを決めていた。すごい。
酔っ払いのKさんは「越乃寒梅」をボトルキープしていたが、わけあって酒を断ちましたというTさんは、板とブーツをキープしたわけだ。
まるで達人の技の見本市やなぁ。

そんな宿に戻って、妙高特有の硫黄泉につかり(いつでも入れるのが、温泉宿のいいところだ)、なごり惜しくチェックアウト手続きを済ませる。
精算は15000円ぽっきりですんだし、陽気なお父さんが毎夜地酒をふるまってくれたし、特別ルートで仕入れてます(笑)というリフト券は定価の半額だし、コストパフォーマンス満点の濃厚スキー休暇だった。

三々五々、全国各地から老若男女が「スキーと美酒美食とおしゃべりが大好き」という共通項を持ち寄ってロッジに集い、すぐ名前を呼び合う仲になり、そして各自の都合でサラリサラリと別れて行く。この、ドライで暖かい一期一会に、なんともいえない旅情を感じる。
宿のスタッフも、すべての客を名前で呼んで、ユーモアに富んだ応対をしてくれる。この気配りがうれしい。

平日ステイという形もよかったのだろうけど、そんなウィンター・リゾートを楽しむのは六十歳代以上の「サード・エイジ」か、学生ぐらいしかいない。三十代、四十代の働き盛りの殿方はいない。
それが寂しいといえば寂しい。
働き盛りでなければいけないのに遊び盛りの僕が旗を振って、三十代、四十代の働き盛りの殿方をもっと遊ばせることができれば、日本は変わると思うのだが・・・


在来線でGo

at 2005 03/09 06:03 編集

玄関に立てかけたままの最新カービングスキーを見るたびに、後ろめたくて「晴れ舞台がなくて悪いねぇ…最近はホリエモンの時代だからねぇサロモン、そのうち一緒に滑ろうな」と、おわびテレパシーを発信する今日このごろ。
やっとこさ、平日スキーを思い立った。

行きつけの温泉ロッジに電話してみると、タコ部屋なら空いてるよ〜というので、ほな、よろしく〜とあっさり予約成立。
「長くステイするほど割安」という連泊プランにあっさりつられたせいで、月曜日に問い合わせて火曜日の出発となってしまった。
3泊4日6食と温泉と講習4日つき15000円。講習単価が4日で14000円だから、ん〜・・・、なんじゃらほい!この値段は(笑)。
宿賃だけだと3泊で20100円だから、客に6000円払って4日間みっちり講習してくれる珍しい宿ともいえる(んなアホな)。

チャンスというのは、いきなりである。
おかげで、荷物の宅配は、佐川に聞いてもヤマトに聞いても「1日で新潟は無理」と言われたので、もう間に合わない。
しかたない、重装備をかついで行くか。
荷造りすると、お・重い!
なにしろ、8年も前に長いスキーはやめてしまって、ずっと超軽量のショートスキーに没頭していたから、その軽快さになれてしまうと、なんなのこのズシリ感は!!と涙が出る。重さにして4倍ぐらいの違いがある。
情けないことに、家から駅までで、すっかりクタクタになってしまった。
宅配便が使えたらなぁ…

格安で直通のシュプール号も、さすがに3月となると平日便はもうなくなっている。
JRの在来線夜行で行くしかない。「原点」に帰ったような気分だ。
新潟行き「きたぐに」は、自由席も半分ぐらいしか埋まってなかった。シュプール号と違って、ボーダーの少年少女ばかりというわけでもなく、「旅人」ふうのオヤジやオバサマも乗り合わせていた。

となりの枡席(この車両はリクライニングなしのボックス席なのが苦痛だ)には、いかにも高卒ホヤホヤの少年2人が、いかにもな「旅気分」で浮かれて、オセロとトランプに興じていた。あと将棋が出てくると3点セットだったのに。
ほほえましくていいねぇ、この年頃の子が、親友同士が、春休みの旅の道連れというのも。もしカップルで夜汽車なんか乗ってる18歳がいたら、演歌みたいな旅するんぢゃないぞ坊やたち!!と説教してやるところだが(笑)。

さぁ、直江津に着いた。
乗り換えて、雪国へと入って行く。
高原の宿は、たぶんPHSネット接続が圏外だから、携帯からブログを更新してみよう。初めての試みだが、うまく行くかな?


ブログレッシブ

at 2005 03/08 07:33 編集

わが電脳判事の強い強いすすめで、ひっそり開設してみたブログは、放ったからし。
もともとgooのサーバー不調でピンチヒッターとして出してみたようなもので、もったいないといえばもったいない。

gooのブログはシンプルだし使いやすいけれど、ここの方が書きやすい気がするのは、慣れの問題かな。
友人は続々と(といっても数名)ブログに移行しているから、人によって相性が違うのだろう。畏友アルベルト君など、旺盛に写真批評をアップしていて、インスピレーションを与えてくれている(→リンク)。

「コンテンツを追記して、ブラウザーやメーラーで更新できる」というのは、ブログがはやる前から、gaiaxや魔法のiランドの無料サービスがやっている。
それが、なぜこんなにブログブログブログブログ・・・とはやりだしたのだろうか。

ブログの「らしさ」といえば、記事1件ごとにコメントとトラックバックがつくことと、ファイル形式が共通なら引っ越しやバックアップもしやすいこと・・・ぐらいしか、初心者の僕にはわからない。
素人目には、「お題ごとに掲示板とリンク先がついている構造」ぐらいには見えるのだが、そうだとすると「レクチャーとディスカッション」のような形になるから、常連が役割分担してまめに書き込むようになっていたら、ちょっとおもしろくなりそうだ。

ビジネスには果たして効果的ななのかどうか、最近のeビジネス・トレンドは、どうもわけがわからん。
「顧客と密接なコミュニケーションがとれる」といっても、本当にブログ上で客とのやりとりをしようとすると、忙殺されそうな気もするけど、ベンチャーさんやソーホーさんは、よほどうまいこと処理してるのだろうか。

ホリエモンなど、ブログで熱心に意見を「配信」しているらしいが、「日枝さんブログ」とトラックバックしあってたらおもしろいと思う。そんなことが柔軟にできる可能性は、確かにブログにはある。

けれど、会社の商品案内なんかは、効果的なレイアウトを考えてwebページに載せてくれたらいいわけで、だらだらと日記ふうに書かれても困る。
たとえば、京ぽんの情報を探そうと思って検索すると、ブログが出るわ出るわ・・・で、肝心の情報がどこに埋もれているのか、わかりにくくて困った。

ブログの短所でもあり長所でもあるのが、時系列的に蓄積されて行くだけ・・・つまり記事が階層的に編集されていない点で、このシステムにふさわしいコンテンツ、ふさわしくないコンテンツというのがあると思う。

ブログの「無編集・時系列の蓄積」が活かせるのは、未完成の商品をPRするような用途ではないだろうか。
サービス業など典型だし、顧客一人一人にカスタマイズするような製品だと、客とのやりとりや、どんな別業者と関連しているか=トラックバックしているかがわかれば、なにかと参考になる。

だからこそ、たとえば病院や学校、福祉事業所の役員クラスが、ぜひブログってほしいと思うし、sabato財閥にも期待したいところだ。
ただ、今のところお楽しみナンバー1は、フジテレビ日枝さんとホリエモンのトラックバックに、あの里谷多英がからむ三つ巴。

堤義明はブログなんて縁がなさそうだが、代わりに渡部絵美がからんできてもおもしろい。
からみこんできそうなキャラクターといえば、礒野貴理子あたり「あたしだって言わせてもらいますけどねー!!」とくちばしをつっこんできそうだが、そんなブログは革命的にヒットするだろうなぁ。


卒業指揮

at 2005 03/07 13:44 編集

卒業式が「旬」の季節。
少子化で、しゃちほこばった保護者と少年少女が街中にあふれかえる眺めはないけれども、12歳、15歳、18歳、20歳、22歳の当の本人たちは、どんな気分なのだろう。

この満年齢の人口がいっせいに「仰げば尊し」を歌い、君が代を聞かされて、日の丸を拝む儀式というのは、なにかしら意味のある共通経験になっているはずだ。入学式と卒業式の間につめこまれた拘束の日々(笑)が、まさに学校の本質なのだから。

「本校には卒業式がありません」とスピーチされた特異な学校が、予備校だった。「それなら入学式せんでもええやろ。晴れ晴れした気分で出席する生徒なんかおるけぇ」と思ったものだが、とはいえこの予備校ほどまじめに通った学校はない。楽しかったわけでもないし、友達は後に行方不明になる一人しかいなかったし、ただバカ正直に体を運んでいただけだが。

通学定期も学割切符も買える学校法人なのに、何年通っても学歴にならないというのはけったいな話だ。ゆるみっぱなしの(一部の?)短大や専門学校より、予備校生の方が勉強はしているはずだろうに。

今は予備校業界も淘汰されていて、SKYダブル戦争(駿台、河合、代ゼミ、早稲田セミナー)とまで言われた競争も、ふりかえってみるとお祭り騒ぎだったようにも見える。
でも、学歴にもならない1年なら、お祭り気分でワァワァ楽しみながら通りすぎて行った方が、精神衛生上いいと思う。鬱々と、陰湿に、ひねくれて過ごすより。

浪人なんて、その気になってしまえば無限に泥沼化するギャンブルのようなものだから、「自主卒業」すべきものだよ、続ける者は自分の責任でやればいい、というメッセージを、予備校の校長は発していたのかもしれない。

3年で形式的にどんどん卒業して行く中・高や、4年で一応終われる大学は、ある意味でわかりやすい。
本当の社会勉強がそこから始まるので、何を身につけたんだろう?と立ちすくむ少年少女が、フリーターになったり引きこもったりするのかもしれない。
ダスティン・ホフマンの『卒業』は、もう30年以上も前に、ポスト・スチューデント・アパシーを描いていたのに、日本でNEETだフリーターだと問題になりはじめたのはごく最近の話。

そんな「先輩たち」の姿も、いろんな報道で見ながら卒業へと送り出されて行く18歳や22歳は、少し気の毒やなぁと思う面もある。
人生トコロテンみたいなものだから、強引に押し出されでもした方が、自立するチャンスにはなると思うのだが、突き放されて成長する子、突き放されると変なものに依存する子・・・と人それぞれだから難しい。
押し出し役であったはずの親や教育者も立ちすくんでいて、紋切り型のことしかいえない。

だから、卒業式こそ、もっとホンネを吐き出せる場になってもいい。最後なんだし、やっと言いたいことをぶちまけて出て行ける。「私をもてあそんだ、ちっこいO・Y先生、式後にスペシャル反省会で吊るし上げます!」とかね。

学生帽をほうり上げる、おなじみの防衛大だか保安大学校だかの眺めも、ホンネが解放されたような爽快感が伝わってくるから、卒業式としては上出来だと思う。
帽子がなければ、
教師「これから、がんばれよ」
生徒「オッサンも、がんばれよな」
なんてやりとりができると、ほのぼのとしてていい。

ホンネを出し合える上級者だと、
教師「がんばって年金制度を支えてくれよな」
生徒「合法的に、のがれてみせるさ」
という火花を散らせるかもしれない。

大学や院になると、卒業生が恩師より年上というケースも増えてくるから、「うちの子は就職したし、センセも早く親離れしないと」なんて言われるアッパレな卒業式も見られるかもしれない。
あぁ、そんな場面に立ち会いたいものだ。


袖擦り合うも他生の縁

at 2005 03/06 07:00 編集

図書館→喫茶店のコースをキコキコ走っていたら、幹線道路に警察車両が10台ぐらい停まって、数十人の警官がずらり並んでいる。

検問にしては並び方が尋常ではないし、おぉ、これは初めて見る非常線か!?包囲網というやつか!?と興奮しかかっていたら、横断歩道を渡り終えたところで僕も呼びとめられた。

「先週ここでおばあさんが轢き逃げされたんですが、そのころ通られませんでしたか?」
と、交通事故の目撃者探しをしているのであった。

よくある事故で拍子抜けしてしまったのも、犠牲者には失礼だが、それにしても、轢き逃げ事件があるごとに、警察はこれだけの人員を出しているのだろうか。
もしかすると、警察幹部の親だったりするのかもしれないな・・・と首をかしげつつ、郵便局に行ってサバト財閥(→リンク先)あて紙メールを出してきた。便箋は段ボール紙なので重い紙メールなのだ。

サンマルクでコーヒーを飲んでいたら、向かいの席で、ゆず似のダブルあんちゃん23歳(推定)が、向かい合ってなごんでいた。
とてもいい第一印象のさわやか野郎で、他愛もない話に興じている。

「男ばっかりの中で女の子一人というのもなぁ・・・」
と、なにやらバンドの人事ネタ(笑)のようだ。

「ほら、ことわざで言うやろ、えーっと・・・」
「・・・・・・・・・・」(紅一点か?と助け舟を出したくなったが、別にことわざではないから、朱にまじわれば赤くなる?いや、ちと違うな・・・)
「ほら、ん〜っと・・・」
「・・・・・・・・・・」
「つきあう人で、性格わかるって」

なんじゃそりゃー!ことわざかい!?
と、ガクッとずっこけて、1時間前にかしげた首が直ってくれたぞ(笑)。
しかし、君たちのはずれ方も、いい人柄に免じて許してあげよう。

ほのぼのと閉店を迎えるサンマルクであった。
平穏な土曜日は、日光を浴びずに終わった。



さっとやれタエ!

at 2005 03/05 06:05 編集

スキーヤーにとっては、上村愛子と並ぶアイドル里谷多英が、知らん間に人妻になっていたのも驚いたし、それどころか「離婚秒読み」を伝えるゴシップにも驚いた。世間の動きは早い。僕が鈍いだけか。

ふと思い返してみると、スケート界には女王やアイドルが昔から多かったのに、スキー界はまったく色気がなかった。
ようやく、もうひと昔も前に世界の檜舞台に出るようになったアルペンの川端絵美はというと、失礼ながら「おっかさん!」と呼びたくなる感じだったし・・・。

そこへ、モーグラーのアイドルがあいついで誕生。
グラビア映りもいい、それでいて金メダルクラスの実力、柔軟な筋力、といえば、これはもう何か起きるとワクワク・・・いやハラハラしていたものだ、雪山風紀委員としては。
案の定、やってしまったのが里谷多英。
ついに、トーニャ・ハーディングが日本のスキー界に現れたか!と思ったね。
ちょっと酔っちゃいましたを大ジャンプして、カラオケ個室で外国人と交尾!店員にとめられても交尾!コップを投げつけながら交尾!とまぁ、ぶっとんでいる。
「お客サマ、そげなこと、ここでは困ります」ととめられると、「なに見てんのよ!」と、青木さやかになっていたのかもしれない(笑)。

おまけに、この里谷を監督する全日本スキー連盟の会長が、現役時代の渡辺絵美にせまっていた(!?)と暴露された堤義明だというから、白銀の世界も実はずいぶん色と欲で桃色だったわけだ。

これが陸上や球技の選手だと、合宿といっても人里に近いところで適当に気分転換しながらトレーニングできそうだが、スキーの強化合宿だけは、寒い山奥に隔離されて、年頃の男女が禁欲的な修行の毎日。ニホンカモシカやニホンザルを恋人にしてしまう選手もいるという。
夜の六本木なんかで飲み会でもしようものなら、もよおしてくるのが自然だと思う。ちょっと同乗、いや同情する。

しかしまぁ、里谷多英は「謹慎解除=グラビア解禁」の勢いでキューティー鈴木路線をめざしてもらうとして、女子選手絶好調のフィギュアスケート界を、清く正しく応援するとしよう。
しかし、だれも、僕がウィンタースポーツ界を清く正しく応援していると思ってはくれない。


チュートロ

at 2005 03/04 07:08 編集

阪神タイガースの応援歌を勝手に著作権登録していた応援団・・・「中虎」ときいて、魚好きな僕には「中トロ」と聞こえてしまった。
だれの作かわからないまま歌い継がれてきた曲というのは、「実は俺の作品」と言ってしまえばどうにかなるのだ、と知らしめてくれたような事件だ。
けしからんなぁ・・・とはいえ、うまいことやりよったなぁ・・・という気もする。

タイガースがらみの知的財産権といえば、「阪神優勝」を商標登録した男は、その後どうなったのだろうか。
名前が出ると、おそらく刺客に狙われるだろうから、報道は徹底して匿名化されていたけれど、知的財産の濫用や争いが、やっと日本でも庶民ネタになってきた感じがする。

「阪神優勝」はさすがにひどいと思うけれど、本当に頭を絞ったアイデアがパクられ放題だったりすると、「頭を絞るよりパクる方がうま味がある」と考える猿だらけの社会になってしまうから、権利は権利できちんと守られるべきだとは思う。
とはいえ、工業所有権(発明)はまだ実体があってイメージしやすいものの、ビジネスモデルや実用新案、翻案著作権・・・となってくると、限りなく灰色に近くなる。パクリか、インスピレーションを受けただけか、線引きは難しいから、裁判所も大変だ。
若いタレントがみな同じに見えるオヤジ世代の判事さまは、つんくの曲と小室の曲なんかも、全部同じに聞こえてしまうのではないだろうか。

最近も、メロディーをパクられたと訴えに出た作曲家の小林亜星さんが敗訴した紛争があった。
音楽にしろ映像にしろ、消費者は「著作者の権利に対価をもって報いよう」なんて考えず、素朴に「よければいい」と思った商品を買うから、パクられた側もパクった側もどっちもOK、みたいなところがあるから、原著作者にとっては油断できない時代だなぁと思う。

だからこそ、著作権ブローカーみたいな商人も暗躍するようになるだろう。
ビジネスチャンスは、たとえば素人が「こんなの著作とはいえないよな」と思いこんでいる写真や詩やイラストを、「私の手にかかれば著作物になって、あなたもビル・ゲイツへの道!!」とそそのかすところに発生する。
人間まるごとだって、肖像権、パブリシティ権としてガッチリ買い取る契約を結んでしまえば、本人が自由に人前に出てなにか芸を披露することもできなくなってしまう(タレントのように)。
おかしな話
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