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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
2006年12月の日記
聖子の辞書

at 2006 12/31 19:40 編集

電子辞書のコンテンツ・カードを買いにヨドバシへ行ったら、もう駅から正面玄関へ、ベルトコンベアのように客が注入される勢いだった。
クリスマスでも正月でもないのに。

なんだ、君たちはっ!!
と憤慨しようにも、「おまえこそ、なんでこんな晦日に電子辞書なのだ。われわれは、家族団欒用品を買いに来た正しい消費者なのだ!」と逆襲されると完敗だから、ひたすら人込みをかきわけかきわけ売り場へ直行。

ソニーが撤退していた。
あらまっ!!

電子辞書市場は、カシオ、シャープ、セイコー、キヤノンの4強の麻雀戦と化している。

ソニーお得意のくるくるダイヤルも愛嬌があったのだが、辞書にだけでなく、どうも最近ソニーは覇気がなくて寂しい。
辞書データをパソコンで編集できるソフト添付・・・なんてのも、画期的だったのに。

結局、セイコーの電子辞書に乗り換えた。語学を一番よく研究している感じなので。
市場の「麻雀対決」は、変なオプション競争も飛び出していて、カラー百科やワンセグ視聴なんてオマケもついているが、そんなもん辞書にはいらない。
辞書に備わっていてほしいのは、枕機能とダンベル機能(笑)である。まぁ、それも電子化されるとなくなってしまうけど。

SEIKOの辞書は(YUKARIブランドの辞書があれば、触りたおしてみたい)、コンテンツ自体にそれほど奇抜さはないが、使い勝手はまぁまぁだ。キーボードの触感はいい。

英仏・仏英辞典が入っているので、仏語を引くと自動的に英語の勉強になるぞ!!
といっても結局、そこからリーダーズかジーニアスで和訳にたどりつかないと意味不明、という語彙もあるにはあるが、仏和、英和をストレートに引くより、こんなふうに「迂回」する方が、頭を使えるのではないかと思う。

あぁ、来年こそ外国語を・・・と誓ってはかなわずのくりかえしになるのがシャクだが、外国語の勉強というのは、そんなものかもしれない。昔から。
そして、次はアラビア語だの、スペイン語だのと次々につまみ食いするのも、けっこう楽しかったりする。何百とある言語だから、文法や構音の違いで、自分の向き不向きがわかったりするのもおもしろい。
僕の頭は、どうにもドイツ語や中国語には向かないようで、何度も何度も挫折してしまった。

ただ、「やーめた」と思った寸前に憶えたフレーズが、案外ずっと記憶にあったりするから、挫折するのも悪くない。
禁煙回数が多いほどタバコがうまい。断酒するほど酒がうまい。なんてのと同じかな?

さて、来年はフィンランド語でもやってみようか。
英訳辞書はすでにアマゾンで買っていたりするのだが、英語で標記すると「フィニッシュ」だから、なんだか速攻でマスターできそうな?というか、「あなたムダだから勉強終わり」と言われているような気もしないでもない。


ゲレンデの波平さん

at 2006 12/30 21:00 編集

四国も九州も、積雪!!
とニュースが脅かしてくれて、「そうかー、裏山が八ヶ岳になってくれるかな」と山歩きの用意をして楽しみにしていたのに、なんだ、この陽気は????と肩すかし。さすがに、京都市内はうっすら雪化粧したらしいが・・・。

雪乞いさえしている冬好きな身にしてみれば、うららかに、サラサラと温暖な瀬戸内気候は、うらめしくなる。
何カ月も鉛色の雲の下のような気候も気が滅入るかもしれないが、冬は冬らしい方がいいと思う。

おてんとさまはニコニコと小春日和ですましてやがる一方で、冬の便りはメールでやってくるご時世だ。
僕から見ておとっつぁん世代になる横浜のスキー仲間から、「いつ行きますか?私は今シーズン3級にチャレンジします」と、年末恒例のメールをいただいた。律義で向上心のある好漢でいらっしゃる。

放送大学で勉強しておられて、メーリングリストやスクーリングを活用して順調に単位を習得しておられると思ったら、大学院までめざしているという。すごい!
身近な友人や職場の同僚や親戚筋が、かえって憚って言わないこともぶつけてきてくれる貴重な殿方でもある。

ギョロリと大きく、しかし優しい目で、
「結婚は、しないんですか」
と、ポツンと尋ねてくる。そして、しみじみ感慨深げに
「した方が、いいでしょうなぁ・・・」
と、虚空を仰いでおられる(笑)。しろ!とプレッシャーをかけてくることもない、仙人の風格である。

かつての身近な遊び仲間は、足並みが合わなくなって何年もたつのに、ここのところ、現地で集結する雪男、雪女たちのご縁の方が深くなっている。年齢層も3世代にわたっている。
こんな遊びの輪も、時空を飛んでいるようでファンタスティックだ。
「ぜひ、1月にお会いしましょう」とレスを書いて、ようやく僕は年賀状の印刷にとりかかった。


年取りを 忘れさせるか 年越しライブ

at 2006 12/29 22:14 編集

まだ土日ちゃうやん!と憤慨しているのに、図書館までもが年末年始の休みに入ってしまい、居場所がなくなった・・・というのは大げさだが、もうそんな時期なのだった。
帰省ラッシュも始まったようで、心ある一部の篤志家からは、こんなありがたいメールまでいただいた。

> 急なお誘いごめんなさい。
> ちょうどさっき私を除いた家族が田舎に帰ったので、家に私一人なんです。
> 普段は狭く感じるこの家が今は広く感じます…。
> ちょっと寂しいので遊びに来てくれませんか?
> もちろん接待しますよ。
> 食事・寝る場所は提供します。
> 年の瀬で忙しいとは思うんですけど、もし時間あったら来てください。
> http://freeweb.lovelovesexywoman・・・

うぅぅぅぅぅっ、うれしいねぇ。ラブラブ・セクシー・ウーマンさん!(笑)
この手のお誘いも成長しているのか、だんだん手がこんでくるのが楽しみである。「接待」としか書いてなくて、「聖行為」をほのめかさないところが、ハイ・テクニックといえるかもね。

でも、こんな誘いによろめく老若男女もいると思うぞ、この時期は。
「来年こそ○○したい」と反省しているポジティブ人に、「歳末特価!年内入会なら入会金無料 **フィットネス」とか、「歳末在庫一掃叩き売り!! **ウェディング」とか。

ま、そんなのはウソくさいが、近ごろの新種は、カウントダウン・ライブというやつらしい。
一見、好きなアーチストと楽しく新年を迎えよう、という趣旨に見えるのがミソ。同じアーチストの、クリスマス・コンサートにはちょっと行きにくいがカウントダウン・ライブなら・・・というファンがいるのだ。

第一、家で永平寺の鐘の生中継を見ているのが正しい日本人の年越しだというのに(笑)、家にいたくない男女が外に集まって年を越すとなれば、それは即ち「ライブのように見える出会いの場」ではないのでしょうか!!

と憤慨してもしかたない。
あの手この手で、少しでも出生率が上がればよろしいのだ。
どうせなら、ムッシュかまやつクラスが養命酒でも飲みながら、「仮面夫婦、やめちゃいなよ〜」と無責任にアジるカウントダウン・ライブをやれば、ファンの定年世代も発情して、離婚だ再婚だおめでただ(笑)と、騒動になるだろうね。

観客の中には、エロかわいい女子を仕込んでおけばいい。
すると、さすがに厳寒期は玉が縮こまっているおじさんも「エロやらしい」元男子に戻って、「あぁ、古女房に退職金も年金も半分くれてやらー!!」とケツをまくって、若い吸血女を囲う夢を見る。
こんな老いらくの酩酊も、団塊退職金が世に循環するきっかけになると思う。

保険会社でも車メーカーでもなく、吸血女よがんばってくれ!
そして、ほしいモノにはひと通り満ち足りて、今度は「チープ&シックがいいな」と思ってくれたら、次に控える共通一次世代のワタクシにお鉢が回ってくる。
・・・かな?


さぶっ!

at 2006 12/28 22:17 編集

夏の終わりに「物件確認」で初めて訪れたとき以来、今のアパートの廊下には絶えず落ち葉が散らばっていた。
南北に細長い3階建て長屋が2棟ならんで建っていて、廊下でつないだような構造だから、山側から浜側には吹き抜けになっていて、壁がない。

そこへまさか、50mほど北側にある山からじかに葉っぱが飛んできているわけないわなぁ・・・とは思うものの、なぜだか落ち葉が絶えない。毎週、ちゃんとメンテナンスで掃除されているのに。

そんなすきまだらけの建物も、自然の好きな僕は気に入っているからいいとして、きのうの爆弾低気圧とやらで、近所の雑木はすっかり裸になっている。
僕の毎日の足になってくれている自転車は屋外に停めてあって、上にさしかかっている木が、うまいこと雨よけのひさしになってくれていたのが、一夜にして葉っぱが全部吹き飛ばされてしまった。もう、屋根ナシの雨ざらしである。

、部屋に入れてやらにゃいかんなー・・・と、氷雨に濡れる愛車をみるたびに思う冬の訪れ。紙ふうせんの「冬が来る前に」が脳裏にリフレインする(笑)。
キンキンに冷えた六甲おろしが吹き始めた。
部屋に入れてあげられるのは、とっくに冬が来てから以降になりそうだ。


ケトル人

at 2006 12/27 21:08 編集

雑貨屋の店先で、ホーローのケトルが目に入った。
ケトルがワタクシを呼ぶ顔をしていたのだ。

家には、とても「ケトル」などと呼べない、安物のアルミのやかんしかない。内側はどす黒くなって変な匂いがつくようになったし、かといって電気ポットはあんまり好きではない。「今からお茶するぞ」というとき、いちいち湯を沸かす手間が、要介護予防になっておるのだ。

金属臭がつかない素材といえば、チタンである。チタン製のシエラカップは熱伝導率も低くて、使いやすいけれど、高いのが玉に傷。
なら、ホーローが手頃かな?と思いつつ、いい出物を物色していたのだった。

出会ったケトルは、炎を底にもれなく受けて沸かしますよ!といわんばかりのアポロチョコレートみたいな円錐形で、容量は2リッターあるから充分だ。ずしりと重い。

「Tuwano」とブランドらしきロゴが書いてあって、ひかえめな花柄がついているから、「もしかして安野光雅さん監修?」とも思ったが、2000円足らずのケトルで、そんなことはないわね。

ストーブに乗せて、じっくり時間をかけて、かんかん湯を沸かすのが、なかなかいい気分。加湿器の代わりにもなってくれるし。

沸騰するのは案外早くて、コーヒーをいれるぐらいの量だとあっという間だ。バニラ、ヘーゼルナッツ、メイプル、ブルーマウンテンと好みの粉を並べて、とっかえひっかえ喫茶している。
あぁ、この自己陶酔、「結婚できない男」の阿部寛そのものではないか!!
まぁ、いいか。

コーヒーより何より、僕が感動したのが、ホーローケトルで冷えた白湯の、柔らかくクセのない清らかさだ。
飲んだ翌朝にケトルに冷えた湯冷ましは、実にうまい。あぁ甘露!・・・と心に染みる感じさえする。なんだろう、この魔法は。

今年は、「愛情をもって接すると、水の質がよくなります」なんていうトンデモ理科教育が話題になっていたけれど、うちでは逆。水の愛情を感じるのだな。
小中学校に、伝道にでも行くか。「ぬるま湯より、冷水かぶれ!」と。
もちろん、相手は教育公務員である。


高校駅弁選手権も見てみたい

at 2006 12/26 22:04 編集

もう「一昨日記」になるが、たまたま・偶然・ひょんなことから高校駅伝を見ていた。
アジア大会以来、怪物がいる!と地元校の前評判が高かったのは、あぁこの競技?という程度に思い出した。

たしかに、力走だった。
1区で二十何位と出遅れたところを、2区の小林祐梨子はなんと20人抜き。生で実況を見ていると、胸がすく快挙だった。もう、父親世代としては号泣もの(笑)。
彼女には、「人間機関車ザトペッ子」の愛称をあげたい(迷惑だろうけど)。

アンカーの小林幸栄も、ストイックにスパートをかけてきて、実にみごとに凜とした勇姿だった。ナギナタの選手にも見えるほど、眼光の鋭く美しいことよ。
心を打ち砕かれたワタクシは、もう涙の海に浮かびつつ優勝を祝福していた(笑)。

個人的には、声で癒される須磨佳津江さんにも萌えているが、須磨学園の女子選手は燃えている。すごい。
なにより偉いなと思ったのが、留学生で強化していない点。
この「選手強化」が、最近の高校や大学対抗の陸上競技のいじましい眺めで、違和感をぬぐえないのである。

たとえば、純粋に広島が好きで、日本で働きたくて留学してきましたエチオピアから!という留学生はいいとしても、いかにも、「勝つために留学の名目で招聘してきました合法でしょ?」といわんばかりのチームづくりは、うーん・・・クロではないが、どこか白々しい。

商業スポーツや芸能がどんどんグローバル化することは、それはそれでいいだろうが、お国同士の合戦が「兵庫vs宮城vsケニア」みたいな戦いになると、ちょっと違和感を覚えないわけにはいかない。関ヶ原の合戦に、強いから助っ人を、というのでポルトガル人やオランダ人が加わっていたら、「そりゃないよ」という気分になるのと似ている。

選手自身に責任はないし、国際競争に刺激されて、日本の駅伝の質が上がる面もあるのだろうが、インターハイやインカレのスポーツは、そもそも排他的でいいと思うのだ。
かといって、国籍を条件にすると「王貞治さん問題」が再燃するから、何年か以上この国に住んで納豆を食べていれば何国人でもいいよ、とすればどうだろうか。
都道府県単位の「地域条件」もつけて、兵庫代表で出るなら結納は生田神社でやってもらうとか、東京都代表なら知事とケンカしてみせるとか、三重県代表ならミエを張りまくってもらうとか(もう、ヤケクソ)。

やはり、観戦する側は「すごいね、広島焼きパワーは」「雪国で練習しにくいだろうに、立派だな」というふうに土地のイメージを重ね合わせて見ているものだから(僕だけか?)、その先入観にこたえまくってほしいものだ。
となると、佐賀県は困る。いや、佐賀県人は困らないだろうが、観戦する県外人が、イメージを持ちにくくて戸惑う。
あと、僕の個人的な戸惑いだと、群馬県、栃木県も困る。いやまぁ・・・ひったくり日本一の府で、よく無事に練習してなさるな」と同情してしまう某府のような、鮮烈なイメージがわかないのだ。

だから、案外カラーの薄い県からは、ケニア人、エチオピア人、セネガル人etcetcetcの留学生が出るチャンスが大ということになる。
そうならないように、おとなしい県は、次の駅伝でがんばってほしい。


冬至からイブへ

at 2006 12/25 13:04 編集

白夜の国には、太陽の恵みに感謝する夏至祭という行事があるそうだが、近所のスーパーに行くと、「冬至祭り」と銘打ったカボチャ・パンを売っていた。
カボチャがパンになるのかなぁ・・・パサパサちゃうかなぁ・・・と思っていたら、案の定パサパサしていた(笑)。
でも、まぁ香ばしくてよろしかった。

明けて天皇誕生日は、悲しい別れの日。
9月の末に古いアパート退去のあいさつをして、ぐずぐず後片づけを引き延ばして、やっとこさ完全退去を遂げたのだった。
仏のような大家さんの「お住まいでないんでしたら、家賃いいですよ」の言葉に甘えるあまり、いやはや3カ月も家賃を踏み倒していた計算になる。通常の家賃からして大幅割り引きしてもらっていたから、もう、敷金を放棄してもいいぐらいだ。

40歳を境に、前後5年半ずつ暮らした思い出多き部屋には、未練も若干しみついていた。
それを拭き清めるかのように念入りに拭き掃除をして、トイレや風呂場のタイルも磨き抜いたあと最後のゴミ袋をまとめて、ガランと空いた暗い部屋を振り向いくと、ジーーーンとなる。

あの震災直後の、妙に空が広く、街はしらじらと埃っぽく、乾いた寒風の中を、赤帽の軽トラック1台で引っ越した日が、つい最近のことのようにフラッシュバックする。「仮住まいのつもり」にしては長く、しかし実感としてはあっという間の下山手ライフだった(最近『下山手ドレス』というコミックを見つけたが、あまり土地柄は描かれてなくて、木村紺さんの『神戸在住』の方が、神戸の山手ライフを生き生きと描いている感じがしたぞ)。

鍵を返しに行くと、大家のおばちゃまは風邪を引いた様子で、寝床から出てきたような姿で応対してくれた。
ただただ恐縮する。

別れられない・・・というか、案外ふらりと会いに行くのに抵抗がないのは、お隣りさんのトラちゃんである。
久しぶりに道端で会ったら、やはり顔を憶えてくれていて、ニャーニャーとまとわりついてスリスリしてくれた。「冬仕様」で丸々と太っていて、それがまたご愛嬌だ。

きみに会うべく、わざわざ回り道をして、この歩道でラブコールしちゃるからね、と念押しの撫でこすりをして、別れてきた。
イブはトラちゃんと路上の逢瀬であった。
わびしいんだか、寂しいんだか・・・


徳川家斉へ

at 2006 12/24 16:07 編集

ルミナリエで騒がしかった我が「晩飯ガーデン」に、やっと平穏が戻ってきたと思ったら、週末とクリスマスが重なってまんがな・・・。なんだろねー、このオスメス繁殖率は!?

クルマでクリスマスの北野町にくる痴れ者も、後を絶たない。案の定、大渋滞していた。

これと同じことが、住宅街で起きているのだそうな。
調和もコンセプトもない家々(レナウンかい!!)のイルミネーションを、だれが名づけたか「イエナリエ」。オカマの徳川家斉じゃあるまいし、むしろ中国語っぽく電飾家並と書いた方がしっくりくるわい。

それも過熱気味で、電気代がかかる、見物の車で渋滞する、ゴミを捨てられる、あげく電飾を盗まれる・・・と苦労も募る一方だとか。そのうち消防から漏電の危険など指摘されるのではなかろうか。
やらかしている本人が、満足感との兼ね合いで続けるかやめるか決めればいいだけだから、まぁがんばって下され、と「対岸の火事」を見物する気分でいるしかない。これから目立とうと思えば、「炎上第一号」になるしか・・・(失敬)。

学生さまに、「なんで家を飾るんでしょうね?」と聞かれて、「まわりにつられてるだけちゃう?やらないと、村八分もされかねないし」と答えてはみたものの、やりたくない家とか、旅行に出たい家は困るだろうね。
街中うかれてキラキラチカチカやっている中に、ブラックホールのように暗黒の家が実在すれば、それはそれで目立つだろう。目立つ家は村八分になるから、目立たないようにキラキラやってもらわないと困ります!!と自治会で決議されたりして(笑)。

実は、我が亡父が40年も前にイエナリエをやっていた。
LEDなんかなかった時代だから、ボ〜ッと灯る豆電球を何十個と連ねた電線を軒先に這わせた地味なやつだが、もちろん近所中あるいは昭和40年前後の神戸市内でやっている家なんかなかったと思う。だれもやってなかったからこそ、意義があるのだ。

母には大不評であったが、子供としては幻想的で、ショボい長屋がにわかに華やかになったようで、楽しかった。
今でも、豆電球の電飾を見ると、ふるさとの軒先へと想いがスパークして、懐かしい気分になる。

案外、こんな発想自体は昔からあったのだろうが、近所の手前とか世間体を気にして、抑えている家も多いと思う。それも普通の感覚だろうけど、いざ始まれば、顔では平静を装っても、実はムキになって競いあっているようで、ハラハラする。

ニュータウンというのは、ドングリの背くらべみたいな世帯がはめこまれている街だから、夫の地位や子供のお受験、妻がVERYに出たか(笑)、次はイエナリエ・・・と、近所に差をつけたい欲望が渦巻いていたりする。
それを商機とばかりに、一軒一軒に、「来年は勝てる最新イタリア直輸入イルミネーション豪華版150万円!!」てなDMを投函して回れば、けっこう飛びつくのではないだろうか。「イエナリエ勝ち組・負け組」とか煽ったりして。

いや、最初からイルミネーションをパネルではめこんで、ミニコンポやラジカセみたいにグラデーションで光ったりする住宅というのも、出てくる可能性はある。
イエナリエで過熱している三田市ワシントン村に対抗して、三木市(神戸市にパンダの耳みたいに隣接している左耳が三田市だとすれば、右耳にあたる古都)に「キラキラ村」なんてできれば、分譲が飛ぶように売れる・・・かな?

今は、マイホームの電飾なんて、とお笑いぐさだが、行政も住宅メーカーもデベロッパーもスクラムを組んで大々的にやれば、お笑いぐさから暴挙へとグレードアップして、やがて快挙に変わるでありましょう!!

でも、やはり「暴挙止まり」かもしれない。
ヤマンバと同じ運命かも。


モスいずこ?

at 2006 12/23 17:37 編集

何年かおきに改装工事をしていた――ということは、それなりに設備投資していた――モスバーガーが、工事もせず閉店の貼り紙もせず、ひっそりとシャッターをおろしたまま、年末になってしまった。
かなり、人間くさい、いい店だったのに・・・いや、「モスバーガーを食べないモスバーガー常連」としてマークされていただけかもしれないが、もっとマークされたかった(笑)。

ごったがえすほどでないとファストフードの収益は出ないのかもしれないが、閑古鳥がさえずる店が、僕は大好きなのだ。でも、いつ通りかかってもガラガラで、スタッフも余裕の応対ができるのは、会社にとってはまずいのだろう。

最寄り駅が同じで、利用する改札が西口から東口に変わった程度の素行の変化でも、見えてくる街の景色はずいぶん違う。
もう、西口方面に足を延ばすことはさっぱりなくなったが、なんとまー味気ない界隈だったもんだと思う。

いや、別にけなすつもりはないが、県庁や県警本部のお膝下というのは、意外とコバンザメみたいな店も少なくて、夜は実にひっそり寂しくなる。
職場のすぐ近くで仕事の延長みたいな飲み食いをして、トラブルや機密漏洩が起きるのはまずいから、「オフィス直下」のような飲み屋でクダを巻く公務員など、今どきいないのかもしれない。

朝は、駅から押し寄せる役人の大波小波をかきわけつつ駅に向かっていたのが、いま東口に向かう朝は、大波も小波もない。
東と西とで、行き交う人種がまったく違うのだ。

そして、退勤後に神戸に戻って東口から恋の川筋(ただのマイ・ネーミングで、地図には鯉川筋と書いてある)をトボトボ家路につくと、個性的かつ魅惑の飲食店が程よい間隔で鼻をくすぐってくれる。この点だけでも、僕は「東口の幸福」を感じる(笑)。

そんな並びにモスがあったのだが、あまりファストフード需要がない区域なのか、なかなか素人には事情がわからない。シナボン・カフェなんか半年かそこらで撤退したし、独立系のカフェは焼き肉屋に代わってしまった。軽飲食業の厳しさは、まぁ足を引っ張る張本人の僕がいうのも何だが、大変なのでございましょう。

そして、トア・ウェストの雑貨屋さんムーブメントが恋の川にまで迫ってきて、いまトアロードから恋の川までのブロックに、コチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャコチャした小間物屋さん(あぁ、昔はこう呼んでたよなぁ)がひしめいている。

これはこれで楽しいからよろしいとして、昼間の辻でいきなり「あったー!!」「かわいー!!」と指をさす乙女にはイエローカードである。きみたち、もっとモスバーガーに行ったげなさい!

テレパシーで警報を発したり、去った店をレーダー探査したり、まれにお初の店をひやかしてみたりと地元を耕しながら、無難なクリスマス(僕の犠牲者が出ないということ)をマイペースで楽しんでいる。
あと1日、単発の臨時出勤で仕事納め。
まだゲレンデからラブコールが来ないのは寂しい暖冬だが・・・


僕を捨てるなんてっ!!

at 2006 12/22 23:24 編集

「約束してた結婚、やっぱりやめるわ」と破棄して2カ月後に別の男と結婚した女を訴えた元カレに、けっこう風当たりが強い。
「それぐらい、許してやれよ」「お前もお前、見る目がなかったんじゃないか」「女はそんなもんだよ」・・・このへんが、殿方の代表意見のようだ。
ま、たしかにね。

これが男女逆だったら、裁判ではすまないだろうし、新妻までターゲットになり、また振られた元カノをそそのかす男もいたりして、ベトナム戦争状態になるでしょうなぁ。狙撃覚悟でいえば。

裁判所は、親にまで紹介して実質的に婚約が成立していたとみなして、婚約解消の損害賠償を支払う命令を出したらしいが、まぁ駆った原告も負けた被告も、どっちも後味がよくない結末だ(まさか、控訴するのか?)。

腰の軽い元カノに、今の夫はちょっとタチが悪くなる(笑)可能性だってあるし、セックスレスになるとこの元カノは、「進めない・戻れない」気まずい立場に追い込まれるのではないだろうか。
だから、この微妙な三角関係未満のV字というかΛ型というか、できあがった三者関係のキーマンは、「新しい夫」だろうと思う。元カノが反省しているとは思えないから(失礼)、よほど夫の人間ができていないと、お二人の未来にも暗雲がたちこめている。

それは、もう当事者だけの問題だからいいとして、僕が「逆の関係だったら」と仮定して考えたのは、さらに裏ねじりした「円満
に祝福してくれる元カノ」である。こんな元カノの「おめでと。お幸せを祈るわ」こそ、恐ろしい呪文(笑)はないと思う。

第一、祝福する必要がないのに祝福するようにふるまう腹が恐ろしいではないか。
「あなただったら、いい人みつかるわ」
「新しい彼女、私に似てる人?」
てなこと、あぁぁぁぁ・・・言う必要が256%ない、ウルトラおせっかいなのに、これを言わずにおれない御婦人がいるようで、恐ろしい!!(笑)
もし元カレが「俺とどっちがうまい?」なんてこと言えば、ストーカーか変態か嫌がらせにしか見られないだろうに。

別れた未練や復讐心は、男女どっちが持つものか一概にはいえないものの、あるならあるでいいから、別方向に活かした方がよかんべ?と思う。
その結果として「ポジティブ・シングル」が増えているのか、人口動態のわびしい将来予測が出ていた。
裏切ったの約束果たしてだの、ドロドロした婚姻はやめて、石田純一とシングルママばかりの社会になれば、それはそれで出生率が上がってストレスは減って、いいではないか。ねぇ。


初めてのCDラジエム

at 2006 12/21 17:09 編集

今はもう、ラジカセといわないようで、ラジMといえばいいのか、CDMDシステムという一部の呼び名も変だし、ともかく混乱するラジMを通販で買った。見つけた店は、四国の三豊市にある、「にがり商品製造・販売、冷凍冷蔵倉庫業、車海老養殖、生餌販売、活魚・海産物販売」の多角経営な業者(笑)だった。

秋葉原や日本橋でしのぎを削っている業者だと、店舗がないとか、会員登録させるとか、電話での問い合わせ不可とか、コストを切りつめ客をギリギリまで縛ろうとするところが多いが、四国のこの会社は、ちゃんとフリーダイヤルで問い合わせや変更を受け付けているのが良心的だ。それでいて、「ほぼ最安」だった。

2日で届いた。エビもジャコもにがりもオマケなしで。
ピピピッと日付やらディスプレイやら調整して、ループアンテナをつけて、セットアップ完了である。

平凡な形の「CDラジエム」だが、内蔵メモリーが512MBついているほか、USB端子がついていて、カードリーダー/ライターがつながる(ようだ)。SDカードに録音できれば、ザウルスで聞けるのではないか?と考えたわけだ。カードリーダー/ライターを買ってないので、まだ実験できていないが。

あと、BBSによるとバスパワーのHDDをつないで外部録音している人もいるらしい。
そう、はやりのHDDコンポがほしいと思っていたのだが、どうもまだまだ割高感があるし、すぐ容量アップしてモデルチェンジするのは目に見えている。外づけドライブだと、ディスクのアップグレードは簡単だし無駄にならない。

まぁ、実際にCD1000枚分も入れたりしても聴く時間がないから、容量競争はバカバカしいものだが、ラジオをガンガン録音できるのは安心だ。
MDだと最大で5時間ちょっとだったから、語学講座なんかデイリー録音していたら、あっという間に一杯になっていた。第一、一杯になるほど怠けて聴かないものは、まとめて聴くことなど決してない!

HDDだと、ラジオ講座数年分は楽々入る。
こりゃ確実に、「怠け癖強化マシン」になりそうな予感(笑)。


ドラムス缶でフィンランディア

at 2006 12/20 14:31 編集

ここ2年、「フィンランド研究家」と化しているので、フィンランディア・レーベルには敏感に反応してしまう。
とはいえ、冬は妙にボサノバやタンゴなど、ラテンが心にしみる。暖房かんかんの部屋でアイスクリームがオツな味になるのと同じかな。

ラテン的な楽器の中ではスチール・ドラム(パン)の暖かい音が好きで、いろいろ漁っていても、なかなかソリストというのは見つからない。せいぜい、「ラテンの味つけ」的に起用されているぐらい。

これ1つでメロディとリズムの両方を奏でられるマルチな楽器だから、ソロでしみじみ聴くにも向いている楽器だろうになぁ・・・と思うのだが、ひょんなことからスチール・ドラムでクラシック!?というCDを見つけた。

そもそも、スチール・ドラムは、アフリカ人奴隷が中南米に連行されて働かされている合い間に、捨てられたドラム缶を楽器代わりに奏でていたという悲惨な歴史が背景にある。「もとはゴミ」だから、世界一チープというか、貧相な楽器だろう(一度、習うつもりでスチール・ドラムの取り扱い店を検索したら、市価が 20万円もしたのでびっくりした)。

このCD、ドラム缶出身の(笑)楽器で、バッハを、ビゼーを、ヘンデルを演奏しているのだ。
ジャケット写真には、20人余りの陽気なおっさんたちの黒い顔が並んでいる。英文ライナーしか入ってないので苦心して解読すると、このバンドは、すでに1940年代に形ができはじめた、という。「設立1940年」ではないアバウトさが、いいではないか。

トリニダード・トバゴの地元バンドの演奏だ。バンド名はデスペラード――ならず者――という。すばらしい!!
ならず者によるG線上のアリアである。ヘンデルのメサイアである。
なんといっても、僕のお気に入りシベリウスの交響曲フィンランディアを、カリブ海バンドが奏でているのはすばらしかった。まるで「緯度80度はなれた異文化感」が時空を超えている。

本来ならフィルハーモニーで奏でるメロディーをドラム缶で・・・ということだから(笑)、いったい何個叩いてんだべ?と思うほどの連弾になっている。
そのせいで、スチール・ドラムにも、アルト、テナー、ソプラノがあるのではないかと思うほど、色とりどりにパートを分担していて、見事な合奏になっているのであった。
いやー、暖まるなぁ。

舘野泉さんのピアノ曲にも、じんときている昨今なのだが、ラティーノ奏でる北国のクラシックというのも、親しみやすくていい。とはいえ、ファンキーでヒップホップ!!というのではない、大まじめなクラシックだから、スチール・ドラムを知らずに一心不乱に一直線にピアノやチェロをやっている良家の令嬢や貴公子が聴くと、一瞬なんの楽器かわからないかもしれない。
「ドラム缶専攻」という芸大生は、ジュリアードやバークレーにはいるかもしれない。習うには、やはり渡航するしかないかな?
(と、本気になりかけているのが我ながらこわい)


がんばれ広島漁協連

at 2006 12/19 22:55 編集

「トムとジェリー」の生みの親でアニメ作家のジョゼフ・バーベラさんが、95歳の長寿を全うされたそうだ。
ご冥福を祈りたい。

劇場アニメのディズニーは別として、僕が初めてのめりこむように没頭したアニメが、トムとジェリーだった。
猫とネズミのいたずらのかけあいなんて、日本の寓話みたいだが、サリーちゃんやオバQとは、滑らかさ、弾力感、とびかかる寸前の間まで表現するリズム感が、明らかに違っていた。

悪さをしても憎めず、こらしめも間が抜けていてむごたらしくならず、どっちのキャラクターも、本当に愛くるしい。まさかとは思うが、いたずらvsこらしめの両方の役を憎まれないキャラで立てるという芸は、ドリフターズに受け継がれたのかもしれない(99%違うだろう)。

それに、僕がずーーーーっと印象に残っているのが、ジェリーがよく盗み食いしていたチーズだった。穴だらけで、スポンジのような、しかもドカンと煉瓦のように置いてあるチーズなんて、当時の庶民の家庭には縁がなかった。
だから、実にうまそうに見えたものだった。
モノクロのテレビで見ていただけなのに、子供の想像力は食い気に刺激されて、とても発達していた、ということか。

チーズといえば・・・と結びつけるのは強引だが、今「海のミルク」が風評被害で売れないんだとか。
生ガキ=ノロ・ウィルスと直結させてしまう消費者が多いのか、実際には人同士や排泄からの感染がほとんどで、カキからの感染はないらしいのに、敬遠されているのだそうな。

今年は豊作(というのか大漁というのか)で、身も大きくてうまいらしいのに、もったいない話である。二枚貝だというだけで、なぜかカキが風評被害のスケープゴートになっているのだ。

それに、ウィルス騒動になると、いまだブルース・ウィルスと呼ばれるブルース・ウィリスさんも怒っているだろう(ベッドは別途、人間ドックは人間犬でまかり通ってしまうアバウトな国だから、まぁ許してやって下され)。

しかし、いざカキの卵とじ丼など食べようとすると、どうしても気になったり、実際に緊張のあまり腹具合が変調をきたしたりするから、食品衛生の問題というのはナーバスで難しい。
拾い食いや悪食がまかり通っていた「トムとジェリー」の時代は、アトピーの同級生もいなかったし、いじめ自殺もなかった(そのかわり、仲間を募って決闘したりしていた)。

そんな時代に戻るべきだというつもりはないが、心も体もナーバスな時代になるというのは、賢い方向に進化しているのかどうか、疑問ではある。
「賢明に、あえてアバウト」というのが幸福かもしれんなぁ・・・とボンヤリ思いながら、うがいも手洗いもせず「怠けてアバウト」になってしまっている我が身に、天誅はくだるのか?


教育基本波動

at 2006 12/18 23:51 編集

教育基本法が、あっさり改定されてしまった。
「××な日々」で勝谷さんは、改定に猛反対する日教組系教員のドタバタ騒ぎを非難していた。ずいぶん先鋭化した反対運動もあったようだし、シンパな報道機関も、ちょっと中立とは言えない取り上げ方ではないかい?と思う。

それに、現場の先生方の危機意識もわからなくもないが、あまり過敏になりすぎると、抵抗のための抵抗になってしまうのではないかと、つい老婆心も出る。

改定のポイントは、公共心を育てることと、生涯教育の必要性を初めて明確にうたったこと。
これ自体は、高齢社会の教育の目標としては至極もっともだと思う。たぶん、ワタクシの選挙公約を参考にされたのであろう(エヘン!)。

たぶん現場の教師は(他人事みたいに・・・笑)、公共心の育成=君が代・日の丸の強制→軍国主義と直結する回路をお持ちなのだろう。
たしかに、そんな回路はあり得ないわけではない。警戒は必要だ。

ただ、学校でいくら「左の先生」が国歌斉唱で起立せず国旗に礼もせず抵抗を示したとしても、スポーツの国際試合になると、日本人こぞって日の丸と君が代に涙するのだ。オリンピックで金メダルをとっても日の丸にそっぽを向く選手がいたらアッパレだと思うが(一度見てみたい)、公共心云々の次元をすっとばして、愛国心に簡単に吸いついてしまうのが日本人の現実だからね・・・。

国家による教育統制に反対するなら、教員社会はきちんと自律・自浄・自己管理をしてみせてほしいぞ、と世間は注文をつけていると思う。
変態教師の存在や、教師しかできない教師、いじめにお手上げなサジ投げ教師などなど、日教組が何もできないなら、教師みずからが品質管理をするTQCでも実践してもらわなくてはいけない。

現場も雑務に忙殺されて大変なんです・・・といった声も、ある意味わかる。言いたいことは皆どんどん吐き出せばいいと思う。
それより僕が最近、こりゃ愛国心云々よりこわいぞ、と思ったのが、水の伝説というのか、「水に語りかけましょう」教育のような、トンデモ系のネタ。
あまりにも疲れてしまったせいか、スピリチュアルな世界にイっちゃった先生もいるらしい。
または、確信犯か?

どっちにしても、こういうトンデモ先生を笑って楽しめる分別を持った児童と、伝染してしまう免疫不全児童がいるわけで、「トンデモ耐性格差」みたいなものが出現するだろうね。子供の世界も格差社会なのだ。
伊吹文明大臣、こういうセンセイに熱烈なテレパシーを送って、第七銀河に導いてあげなさい!(笑)


ルミナリエは佐呂間町で

at 2006 12/17 12:24 編集

土曜日夕方の元町駅界隈はひどかった。
「ルミナリエ渋滞」である。それも、歩道に群集ダンゴができてしまって、にっちもさっちも行かない。そのせいか、遠くを迂回する誘導路が用意されて、そっちに行けだの立ち止まるなだの、詰めろ渡れ急げだのと、拡声器と警笛が鳴り響く。

この渋滞は、(暖かい週末だったせいか)過去に見たことがないほど異様な混み方だったが、不思議なことに報道によると、今年の「ルミナリエ観客数」は過去最低だそうな。
募金も協賛金も集まらず、経費も節減して、それでも来年は開催できるかどうか・・・と主催者が嘆く声というのは、毎年聞く話だが、演出ではなく本当なら、さっさとやめればよかろうに。
1年か2年やめてみて、再開を熱望する声や寄付金がちゃんと集まったら、またやればいいのだ。

来客動員が減っているのは、東京でも大阪でも似たようなことを始めたせいでもあるし、単だ飽きられつつあるのかもしれない。

真偽のほどはわからないが、著作権を独占しているプロデューサーの黒い噂も、報じられていたっけ。
実行委員会は、一度このプロデューサーとの関係を白紙に戻して、入札制度で費用を抑えようとしたそうだが、結局このプロデューサーが最低額で落札したという。なんのこっちゃ。それなら、最初から安くやれっちゅうに(笑)。

第一、「まずプロデューサーありき」の実行委員会だから、あのプロデューサーとイタリア人コンビに金が流れなくなるような落札なりコンペなり、ありえないのだ。もう、バカな入札パフォーマンスをするでない!
そもそも「鎮魂のともしび」なのか商いなのか、だんだん灰色になってきたから、市民はあれやこれやと憶測して、足が遠のいているのではありませぬか?

ルミナリエ粉砕を叫びはじめると1テラバイトぐらいになってしまうのでさておくとして、三宮の駅構内のドトールコーヒーにお茶しに入ると、不思議にも静か。普通の週末なみの混み具合だった。

ホットラテSをすする僕の向かいには、作業服姿の「35歳マイホームパパ」が、ノートを開いて何か御検討をしながら、アイスコーヒーをがぶ飲みしていた。ストローなんか使わず、まさに「マグ・コップ」スタイルが、豪快でいい。

間もなく、疲れたのか、ウトウトしはじめた35歳現場監督。
世間がルミナリエで浮かれている週末に、冬の現場で働く現業労働者こそ、えらい!いやほんと。

旦那、お疲れさんですなぁ肩もみまひょか・・・と言いたい気持ちだけテレパシーで送っておいた。
それにひきかえ・・・と比較してもしかたないが、ルミナリエぐらいで錯乱して汚らしくチューしあうバカップルよ、ここはニューヨークでもパリでもないアジアの路上だ!
これもテレパシーで散布しておいた。


次は松下EMI?

at 2006 12/16 17:27 編集

東芝がEMIに株を「売り戻す」らしい。
つまり音楽業界から撤退するということで、EMIはビートルズの版権を持っている大御所だから、これからどんな形で音楽資産を活かして行くのか、期待したいところだ。

ビートルズ党の同級生を尻目に、中坊の僕はオリビア・ニュートン・ジョンのLPばかり買っていた。そのオリビアの音源も、東芝が握っていた。
LPは1カ月の小遣いとほぼ同額で、レコードは本と同じくビタ一文値引き販売していなかった。東芝一社をうらむつもりはないが、国内各社の横並びは、やはり旧通産省ひきいる護送船団で守られていたわけだ。

10円でも安く買いたいファンは、洋楽党であれば抜け道があった。輸入盤は、500円から1000円も安かった。まだ今ほど円高ではない時代で、為替レートは1ドル250円ぐらいではなかったかと思う。
アメリカ盤がこれだけ安いということは、いかに音源を輸入しているレコード会社が暴利をあげていることか!!という憶測を、中高生でも温めていた。その矛先を、「ライナーノーツくだらんのぅ、こんな紙切れで1000円アップするか〜」と、オマケに八つ当たりしていたものだ。

不満分子にとっての「風穴」は、輸入盤であった。せっせとタワレコに通って、密封されたラップをやぶいて「おぉぉぉぉバークレーの風〜!!」とバカな快感に浸っていた、そんな夢を見させてくれたのが、タワレコ。

震災全壊から11年たって再建された神戸新聞会館にテナントで入ったタワレコは巨大で、DAPの時代を忘れさせるほど繁盛している。やっぱり、メディアを手に取る悦びみたいなものは打ち消せないということかな。

しかし、「円盤党」を自負する僕でも、タワレコもバージンもHMVも、ポイントカードが埋まらないまま有効期限が終わってしまうほど、新譜は買わない。中古ばかり買っているから、結局CD業界には貢献していないのだ。

その代わり、りずむぼっくすのポイントカードは何回更新したことか。
きのうも、ふもとの支店(里で飲食、買い物して山に帰るという感じがいい!)でデンマークの準古典カール・ニールセンの交響曲ボックスを発見。

3枚組のうち、1枚に盤質最低印がついているのが気になったので、店員さんに「大丈夫?」と聞くと、検盤をしてくれた。
スタンドライトに斜めにかざして、「ここの端から端まで、擦り傷が何本かあるんですよ。それでCランクなんですけど、全面ひっかいていても再生できますよ。問題ありましたら、返品しますんで」と、対応してくれた。

良心的な店は、商品の評価が厳しくて信頼できる(マツミヤカメラもそうだ)。
おまけに、13cmの至近距離で顔を寄せて説明してくれる店員の美貌に、不肖ワタクシは撃沈されたといってもよろしい(えらそうに)。
2980円でお買い上げ。20円おまけしてくれて、スタンプ3個。ありがとう!

帰って聞くと、問題なかった。
ロイヤル・ストックホルム・フィルの演奏は、冬にふさわしい、ダイヤモンドダストのような透明感があるような・・・。
ともかく身が引き締まる感じがする。
交響曲は重厚すぎてめったに聴かないのだが、滑るような音の大河は、聴き疲れない。

オープン・ザ・ドア!タイプのシックな赤い紙箱には、ライナーとディスクが3枚。箱にもディスクにも、紅葉がデザインされている。
こんな質感もいい。ふと、CDは「ダウンロード」にはない質感で勝負すればいいのに、とも思う。贈り物にもいいし(これが「贈りダウンロード」では、ちょっとね・・・)。

圧倒的な質感、というより、粗大ゴミになりかねないズシリと思い円盤が、LPである。
レコード・プレイヤーは粗大ゴミで出したくせに、30年も前にせっせと買っていたLPは性懲りもなく引っ越しで持ってきていて、どうするねん・・・と我ながら途方に暮れている。

おまけに、家電屋の売り場なんかで、昔ひいきにして使っていたオルトフォン(偶然、ニールセンと同じデンマークのメーカーだ)のカートリッジや、トーン・アームの曲線にうっとり見入ってしまう我を発見する。
あぁ、また場所ふさぎな道楽が、ぶりかえしかねない!!


本間かいな

at 2006 12/15 22:03 編集

政府税調会長の「官舎の愛人問題」で、マスコミが浮き足立っている。よくある話だが、飽きもせず焚きつける下半身ジャーナリズムは健在だ。

本妻とは離婚調停中で、いま同居して身の回りの世話をしているというパートナーは、新地のホステス出身の五十代美女だという。
やりますなぁ本間センセイ!

このさい、青臭い世論を挑発するように、ケツまくればよろしいのではないか?
私たち、愛し合っているのです!
愛人と同居して、配偶者手当をもらっているわけではない。一人で住もうと彼女と住もうと、家賃は同じではないか。
それに、日本のシルバー恋愛が活性化すれば、景気もよくなる。
などなど、論理で盾つけばいいのだ。

本間センセイは、シンポジウムか何かで遠くから拝見したことしかないが、同僚の経済学屋さん、経営学屋さんらの評価も高くて、確かなエコノミストのようだ。
僕は本間センセイご専門の財政学にはまったく門外漢だが、専門分野でいい仕事をされているなら、愛人の一人や十人、いいではないかい?と思う。別に官舎が「愛の流刑地」になるわけじゃなし。

こんな「無理めのスキャンダル」が焚きつけられるたびに、僕は愛人が墓参に訪れるミッテラン元仏大統領をひきあいに出すのだが、まぁ日欧の社会背景は違うといえば違う。
違うからこそ、給与を愛人に使って、それでいい仕事ができていたらスキャンダルにしない「大人の反応」を、参考にしたらどうかとも思うのだ。

芸能人の親玉格では、最近ルチアーノ・パバロッティが何度目かの再婚で、六十何歳かでパパになっている。
この線をめざして下さい本間センセイ!(笑)

愛人が55歳だと、ちょっと厳しいけれど、そこがセンセイのえらいところ。「飲み屋の女の子に手を出した」なんて殿方は掃いて捨てるほどいる。
もし本間センセイが、小娘をはらませて、ゆすられて、家庭崩壊・・・と絵に描いたような間抜け教授なら、すぐクビにすればいいのだ。

いま報じられている愛人の魅力で、めでたく63歳にしてパパになれたなら、おめでたムードで倫理だ公私混同だと追及する声はかき消されてしまうだろう。
メディアは、愛人報道なんか保留しておいて、センセイの肝心のお仕事ぶりをきちんと伝えて、評価してみせてほしいぞ。


カンパ希望

at 2006 12/14 17:20 編集

冬の訪れが遅い。世界的な暖冬のようで、ヨーロッパ・アルプスのスキー場でさえ、全面滑走可はゼロだそうだ。
日本でも、雪は降れども、まだまだ根雪がつかずゲレンデ・オープンとはいかない。
雪乞いをしたい陽気だが、佐呂間町や山古志村の仮設住宅の御苦労を思うと、おいそれと雪遊びの都合ばかり考えるわけにはいかない。

おまけに、悲報が入ってきた。
JRが、シュプール号を廃止するのだそうな。
トホホホホホホ・・・
毎夜、通年運行の夜行の間をぬうように信州直行のシュプール号が出て、週末など3本も増発して、それでも乗客で満杯になっていた盛況ぶりは、ほんのひと昔前の眺めである。

それが、今の乗客は最盛期の30分の1だというから、運行すればするほど赤字なのだろう。スキー人口が減っているばかりか、「電車で行くよりクルマ」が常識になっているようだ。
あぁ、これも時代の流れかなぁ、とあきらめるしかない。
在来線は走っているから、足が完全になくなったわけではないし、当分の間「鉄分濃厚なスキー」は続けるつもりだが。

それに、電車好きな僕でも、そもそもシュプール号はあんまり乗らなかった。車両はいいが低料金とはいえないし、JRが「抱き合わせ販売」していた提携の宿も印象がイマイチ。
こんな怠慢企画も、客離れの一因ではなかったかと思う。失敗して「やめちゃいます」では無能そのもので、失敗を改善してこその経営ではないのだろうか。

たしかに、友人のクルマに便乗させてもらうと格安になるメリットは大きい。
でも、ワリカンで安くなるということは、土日しか休めない仲間に日程を合わせなくてはいけない。一人抜けると割高になるから、僕だけ先に行っている(または、しばらく旅先に残る)というような「和を乱す行為」は嫌われる。
僕の友人は全員がそれぞれ別職種・別職場のサラリーマンだから、仕事の都合やモチベーションを合わせるのは至難の技だったりする。

ワリカンにならない不便さが、個人の自由を保障してくれるのが公共交通のメリットでもある。4人でも割安にならない反面、たとえ一人になっても割高にならない。
だから、僕と似た境遇と思われる一人客、家族からはじき出されたと思しき(?)おとっつぁんが、夜行列車には多い。

そのあたりの哀愁(笑)を、シュプール号の演出に使えばよかったんではないかい?とワタクシは思う。ネーミングも「後ろ髪号」「しがらみフリートレイン」とか。
まぁ、今さら提案しても無駄か。

いま飲酒運転に風当たりが強いが、運転へのプレッシャーが強まるほど、飲酒や喫煙は増えるのではないか?と、飲酒運転にも煙草にもクルマにも「部外者」な僕は想像するばかりだ。
運転そのものが楽しくてたまらないカーマニア様は、がんばっていただけばいいとしても、何時間も「排気ガスの帯」の中を同じ姿勢でじっとしているなんて、激しく健康に悪いでありましょう?・・・とお見舞いしてしまう。

冬の旅の楽しみは、車窓を眺めながらの雪見酒でしょう!!
てなトドメをワタクシごときの若造からちくちくやられると、「ワシも夜汽車でスキーに行きたいもんじゃ」「あなただけなんて、ずるいざーます」というシルバー人口は少なくないと思う。

この層に応えられるウィンター・リゾートこそ、世界一の健康寿命をダントツで維持できる秘訣になるはずだ。
ゲレンデに広瀬香美をかけなくていい。藤あや子に氷川きよしで、しみじみズンドコ滑ればいい。

いやほんと、子供相手のリゾートなんぞ、未来はない。銀世界はシルバー・エイジのものだ。
六十代のガールフレンドに、「いつ初滑り行きます〜?」と、冬の訪れメールでも出してみようか・・・


代理人は影武者でいるべし

at 2006 12/13 21:12 編集

松坂の交渉が難航している。
のは本当なのか、難航ドラマを演出して交渉技術に箔をつけようとしているだけなのか、代理人スコット・ボラス氏の腕も腹もわからない。
僕の予想は、「苦闘しました」顔のボラス氏が、まんまと報酬をせしめて、めでたく松坂メジャー・デビュー!・・・となる筋書き。

「日本のシステムをメジャーリーグのシステムにはめこむのは大変だ」とはボラス氏の弁だが、おいおい、システムのせいにするか〜?
むしろ、代理人交渉というアメリカン・システムに有能な選手がはめ込まれて、交渉決裂のあげく選手が活躍するチャンスをつぶしてしまうことも、あったのではないだろうか。

自分の意志で代理人に交渉を任せたい選手はそうすればいいだろうが、球団もファンも選手もボストン市民も、ぶっちゃけた気持ち「代理人が交渉をややこしくしているだけちゃうの?」と思っているにちがいない。もう、ひと昔も前から、大リーグ選手の年俸高騰は、代理人交渉が元凶だと指摘されていたからね。

依頼人と代理人との間で意志疎通がうまくできなくて、「丸投げ」しているようだと、歩み寄りも足並みが乱れて、交渉が成功裏に完成しないことだってある。
今回は、松坂がボラス氏とどれだけ「交渉」を詰めていたのか、また松坂&ライオンズがどれだけ交渉代理人を主体的に活用しているのかが、気になるところだ。

これは弁護士や税理士とのつきあいも同じで、「ソリューションを丸投げ」する日本人は多いと思う。
そもそも、松坂自身「球団はどこでもいいっす」と言っていたのだから(これはこれで、潔い腹のくくり方だ)、そもそも代理人いらずの入札ではなかったかな?とさえ思うぞ。
西武での3億円を最低落札価格にして、ヤフオクに出品者「松坂大輔」、出品「俺」で出しても(笑)いいのだ。
交渉や質疑応答の内容は全世界に公開されるから、ヤフオクは空前のPVを記録するだろうね。

こんな大リーグ選手(候補)の代理人交渉で、たとえ年俸インフレのような弊害があっても、旨みを求めてビジネスにする人々が続々と出てくることは確かだ。
それならそれで、野球とは関係ないところで、代理人交渉を採り入れたらいいのに、と思う場面は多い。

たとえば、お見合いも、ある面で代理人交渉といえるかもしれない。
別れさせ屋という商売があるぐらいだから、デート代理人、代理夫、代理妻というのも出てくるかもしれない。代理母より簡単だし。

スポーツ界だと、高校球児たちも代理人交渉の時代になって行くだろうし(まぁ、未成年者の雇用契約には法廷後見人が設定されるわけだが)、力士の世界など、とっくにそうなっているのかもしれない。モンゴル・ルートやヨーロッパ・ルートで金の卵を発掘してくる代理人というのが、いるとしか思えない角界だから。

ただ、代理人の手綱さばきは日本人の未熟なところだから、丸投げしないで、暗礁に乗り上げたら「無能な代理人は解任する!」と出ないと、法外な報酬をかすめ取られるだけ。
なかなか心を鬼にできない優しい日本人には、「代理人を解任する代理人」なんてのも、必要かもしれない。


食堂街の天の声

at 2006 12/12 22:14 編集

食堂街を通りかかったら、定食屋のおばちゃんがいきなり「四季あるよー!!」と声をかけてきたので、蜘蛛の巣にかかった虫のごとく、僕は「うを清」に吸い込まれて行った。座る前から、四季定食730円なりのオーダーが通っている。
おそるべし、おばちゃんフェロモン!

といっても、僕は「色気より食い気」だし、ここのおばちゃんは調理も給仕もしない客引きとレジ専門。雌蜘蛛ひと筋50年という風格で、毎週寄るわけではない僕のような浮気男の顔もしっかり記憶して、熱い視線と絶妙の呼び声で捕捉してくれるのだ(プロですなぁ)。

でも、こんなおばちゃんのいる飲み屋なら、常連になってもいいと思う。「あーらセンセ」と魂胆みえみえのおねーちゃん声には注意しろよ・・・と「天の父の声」が脳裏にこだまする。

この「天の声」が年の瀬から会計年度末にかけてのキーワードになりそうな、談合知事が出てくる出てくる。
いやはや、素敵な言葉であるね。天が発するメッセージだから、知事が言った事実はないのに、聞く方が「この工事はA社に発注するように」というように聞こえる。これは便利な符牒だ。

まぁ、時代劇をみても、「わかっておろうな?」「しかと承りました、お代官さま」なんて会話は定番だから、たぶん卑弥呼の時代から談合=まつりごとの常として定着してきたのだろう。だから、なくならない。

とすれば、談合根絶なんてムダなことはやめて、思わず納税者がうなってしまうような、見世物的な談合を披露してほしいものだ。
「宇宙の波動が私を動かしたのだ」と口走るニューエイジ系の知事がいてもいいし、NHK出身の某知事など「あぁぁぁっ私の脳に、電波がっ・・・!!」となれば説得力抜群。

でも、魂だの宇宙だの崇高なことを垂れ流しているやつほど、ゼニの流れている地上には降りてくるから、タチが悪い。天の声を発するやつは、天国に祭り上げておけばいいのだ(ポアしろというつもりはない)。

我が地元の県知事はどうだかわからないが、知事や市長の選挙からして与野党相乗りで候補を一本化する「できレース」は、談合選挙だと非難されている。談合選挙に加わっていないのは共産党だけだといってもいい。
談合が問題だというなら、首長の選挙も俎上に乗せろといいたいね。

我が家から出勤するとき、ドカーンと屏風のように立ち並ぶ県庁舎の威容がいやでも目に入る。東京都庁の3倍はあるのではないか?とさえ思う。
そのたびに、県知事というのがいかに権力を握っているか、つい考えさせられる。

ほんと、地方自治体というのは、知事の王国ではないかね。
警察と教育委員会の人事権を握っているだけでも、相当な権力だ。これだけで、その気になれば反対勢力を「粛正」できるに充分な公権力だ。
連邦制のアメリカと比較するのは無理があるが、警察権力は郡や市の単位に分散させた方がいいのではないだろうか。「ロス市警コロンボ」「サンフランシスコ市警マクロード」だと絵になるが、県警となると「犬警」みたいな響きになるし(こうなりゃほとんどイチャモンだな)、実際ワンちゃんなみの無能警官もいたりする。

せめて、アッパレな公共工事を発注して県庁舎はぜんぶ地下に埋めてくれれば、大阪湾が一望できるようになって気分はスッキリなのだが、そんな僕のような庶民は「庁舎が目障り」てな次元でしかブーイングできないのが哀しい。
地の声に耳を傾ける知事は、いるのだろうか。


日曜大工と日曜破壊

at 2006 12/11 17:57 編集

忙しい日曜日だった。
銅線やら両面テープやらバタバタと買い物をして、愛車で市街地を駆け巡る。
旧居留地を通りかかったら、まだ点灯3時間前だというのに、ルミナリエ会場の歩道に見物客がズラリ並んで座り込んでいる。皆さん、ヒマねぇ・・・。

この日は、旧宅に置き去りにしていた個人情報関連の紙ゴミを、焼却処分する日に決めていた。
旧友ひろゆき君が「もう、ほかそと思てるボロボロのバーベキューコンロありますよ」というので、それを借りることにして、本人とワンセットで来てもらった。「お礼するでー」と条件つきで。

「燃料」は、なんでこんなに細切れ仕事ばかりしてきたのか・・・と情けなくなるワーキング・プアの象徴のような雇用契約書類だけで数百通。
そのほか郵便物、給料明細、領収証などなど、袋づめして20kg強はあったが、盛大な焚き火は「プライベートごみ」をどんどん灰にしてくれた。

屋上で盛大に始めたところ、火の粉がまわりに飛散しはじめたので、ドアを締めて踊り場でパチパチ燃やし続けたので、二人で燻されること2時間。最後は水で完全に消火して、灰を処分。

「お疲れさん〜」で二人してカレーうどん屋へ。熱烈推薦のカレーうどん卵かけ御飯セットを、ひろゆき君ペロリと猛スピードで平らげてしまった。
ありがたい友である。
おかげで、やっと引っ越しの残務処理が完結した。

そのあと、アンテナの「設計と施工」である。
といっても、段ボールに銅線を貼りつけてスパイダー・コイルを巻き、AM用アンテナに仕立てただけ。
原価は105円だが、コンポにつなぐとバッチリ高感度で作動してくれた。捨てるときも惜しくない。引っ越し前も使っていたタイプだが、その「1号機」は壁に直貼りしていて、あまりにもチープな見栄えなので、運び出す家財道具にさえ入れず、あっさり捨ててきたほど。

「2号機」は段ボールに貼りつけているから、自立型・方位可変型のバージョンアップ版(笑)である。
こんなものでも、既製品を買うと4000円ほどの値がついているから、百均で部品調達すると、笑えるほどハイ・コストパフォーマンスのアンテナができる。

おかげで、いい音でラジオが聞こえるようになった。めでたし、めでたし。いっそ手作りで商売しようかな?(笑)
次は105円でFMアンテナ、ゆくゆくは「中華鍋でBSアンテナ」である。そうなると105円には収まりそうにないが・・・。


クーガ115救出

at 2006 12/10 14:07 編集

冷たい雨の中、モトコーを通ってハーバーランドへ歩いてみた。
自宅と三宮とハーバーランドの「三角形」がちょうど一周1万歩だったのが、ちょっと尖った二等辺三角形になったので、足で実感してみるか・・・とエクスキューズをつけないと腰が重い、じめっとした夕暮れだった。

モトコーに入るまで、けっこう遠かった。
入ってすぐ、間口数十cmの時計屋があって、「電池交換500円、Gショック1000円」と貼り紙が出ている。
怪しい激安である(笑)。ふつう時計屋だと1000円、Gショックは下手するとメーカー送りで3000円とられたりする(ヨドバシカメラがそうだったような・・・)。

液晶は出ているが針が止まったプロトレックを見てもらうと、「10分ほど待ってや・・・いや、15分もらおか」と、ちょっと気になるためらい方をされながらも、預けてヒマつぶしして受け取りに行く。あまりにも間口が狭いから、何度か通り過ぎてしまったほど。

「ハイ、できとるよー1000円。0.5秒しか狂うてまへん」と、推定63歳のおやっさんは自信満々で手渡してくれた(笑)。必至に時刻設定しておきやした、といわんばかりに。
自信より腕前が不安なんだが、一応ちゃんと動いているから、まぁいいか。

カビくさい商店街を、さらにチュルチュルと西へ進む。
ときどきのぞく、間口が1mもある(!?)リサイクル電器屋に、短波ラジオが並んでいて、銀のクーガーが輝いていた。クーガ・シリーズの「7」と「2200」はこの店で買った。どこから仕入れてくるのか知らないが、わりと通好みのラジオを並べている店である。

動作チェックさせてもらうと、さすがに30年以上たったらしいガタが出ている。が、感度抜群。雑音源になっているロータリースイッチとバリコンの汚れは、分解して何とかできそうだったので、8000円で購入してしまった。ズシリと重いのに、ユニクロのビニール袋にしか入れてくれないのが少し不安。

このあとハーバーランドをうろついていたら、なにぶんラジオが頼りないビニール袋に入っていることもあって手がしびれ、市バスで帰宅することにした。
自宅最寄りまでのバスというのも、初めて乗った気がする。20分でも30分でも歩いて、とにかく駅をめざすのが電車男の習性だから、路線バスには乗らないのだ。

週末の夕食どきの車内はガラガラで、歩いて帰るより時間がかかった気もするが、初めて見る街の明かりのような気分で、車窓風景を楽しめた。30分弱も乗っていると、とろんと眠くなってくる。
バスに揺られてウトウトというのは、悪くない気分だ。
あぁ、まだまだ知らん地元があるなぁ・・・「宝探し」せんといかんなぁ、と思う雨の夕暮れ散歩だった。


暴露する草される華

at 2006 12/09 15:55 編集

石原眞理子の暴露本で芸能界激震か・・・?
いや、「その程度」で話題になる芸能界と、「その程度」のことで動揺する男性芸能人と、「その程度」しか売りものがないお騒がせ女優の、ちーちーぱっぱでしかないと思うが。

名前のあがった諸君に、ワタクシは助言してあげたい。
名誉だ家庭だと今になってあわてふためくでない!ウンコふんだ俺が間抜けだっただけ、と観念すべし。

「火遊びがいくつ表に出てもいいけど、あの女優と遊んだことだけは秘密にしたかった」とでもぼやいてヤケ酒呑んで、忘れようではないか。俺とのネタで小遣い稼がせてやるか、ぐらいに太っ腹でいればいいのだ。

トレンディ女優というのは、芸や能と無縁の、ほんと泡みたいな存在だったなぁ・・・と幻の80年代を回想するばかりだ。
といっても、僕は結局リアルタイムでその手のドラマは見たことがなかったから、バブル崩壊後に何かの拍子で東京ラブストーリーや男女七人を見ると、爆笑できる。まじめに変なリアクションのオンパレードで満ち満ちている喜劇ではないかとさえ思えるのだ。

実際あの手の精神構造というか、躁状態のOLや女子大生がいたのかどうか、当の石原眞理子の頭が沸いていた時代に、僕はテニスサークルにも発情オフィスにも縁がなかったから、その中に生きてきただろうに、生きてきた実感がない不思議な時代ではある。

むしろ、ドロドロ系の「無邪気な関係」の方に僕は見入っていたけれど、故・古尾谷雅人も鶴見辰吾も、いい俳優になっている。
となると、織田裕二は、このまま野口五郎の後を追うのか?さんま路線へ舵を取るのか?

そして、石原眞理子に刺激されて、鈴木保奈美が復活してきたら、どうするのだ?
今さら出せる芸や能はないから、暴露本という出し物しかなくて、すると震撼となる男優たちは多いと思うね。
石原で13人だったから、保奈美だと26人ぐらいは、今の愛妻に頭を垂れる騒ぎになるだろう。

あぁ、若気の至りは恥ずかしいツケが回ってくるものだ。ちゃんと先回りして暴露してしまえば、ワクチンにもなるだろうに。
口が軽いのと口下手なのと、どっちがみっともないかといえば前の方だが、サバイバル能力は「口軽尻軽ギャラ軽」の方だ。
だから、男性諸君も、股間・・・じゃなかった沽券など捨てて、先回り暴露すればいいのだ(どうですか石田純一さん、羽賀研二くん!)。

そう考えると、暴露本なんか出して訴訟騒ぎまで巻き起こさなくても、騒がれるまま・言われるまま笑って泥をかぶって芸人をやっている石田、羽賀は妙にえらいと思う。
嫌われつつも、ちゃっかりサバイバルしているキャラクターは、見習いたいものだ。
と僕が参考にすると、江頭2:50か出川哲朗の方に行ってしまうこと確実なのはつらい。


コープvsトーホー

at 2006 12/08 21:45 編集

4年間、たぶん埃まみれのメンテナンス不足で故障したであろうMDコンポが、こりゃ自己責任だなーと後ろめたく思いつつも無料で修理されたので、引き取ってきた。

その足で、同じダイエーの別フロアで寸法直ししたズボンを受け取りに寄ると、北川正恭前三重県知事のような実直な店員氏が、やけに恐縮して「実は、商品を汚してしまいまして・・・」と低姿勢。
見せてもらうと、すそに米粒大ほどの薄〜いシミがついている程度だった。

僕のオフのズボンは、自転車に乗るときチェーンの油汚れが右すそ内側に必ずつくので、汚れは遅かれ早かれつくと覚悟している。シミぐらい全然OKである。

それでも、恐縮しまくりの店員さんはあたふたと「代金2割をご返却ということで・・・」という処理をしてくれた。
ありがたいことである。

ダイエーには、再建に税金が投入されたりして風当たりも強いせいか、けっこうサービスに気をつかっている感じはする。ただ、手際が悪いというか、万事「あたふた感」があって、それがスーパーらしいというか、ご愛嬌というか(笑)。

高級スーパーとか高級コンビニというのが僕はきらいだから、ダイエーにはバタくさい路線で突き進んでほしい。ひいきにするからね・・・とテレパシーを送りながら、実は近所のコープで加入手続きをしてしまった。
サービスカウンターの沢田嬢が伊藤美咲といい勝負をしていたので、1万口出資してしまいそうになったほどだ。

この灘神戸生協もダイエーもそろって地元だから、両方立てていると、ふだんの買い物は2店でほとんどまかなえてしまうのがありがたい。偶数日はダイエー、奇数日はコープ、とでも使い分けるとするか?
こうして、閉店前「半額シール」狙いでお世話になったトーホーストアともお別れである。
「お客さん、私を見捨てて伊藤美咲に行くのね」と、トーホー松浦亜弥のうるんだ目線が俺の背中に突き刺さる。
すまねぇな、あばよ。達者でな!(笑)


スーパーフリーウェイ

at 2006 12/07 15:52 編集

会員が高速道路を「無賃乗車」していたフリーウェイクラブが解散したそうな。
というより、会員が次々に逮捕されて、会が崩壊したというのが実情だろう。クルマ社会に疎い無免許男の僕でも、国がその気で取り締まりをすれば、あっけなくつぶされるわけね・・・と察しがつく。

このクラブがどれだけ一理あるポリシーを持っていたのか、詳しくはわからない。
それでも、「簡単につぶされないしかけ」を備えていなかった点は脇が甘かったでないかい?と思う。

たとえば、NHK受信料不払いを訴えている個人や団体はいろいろあるが、バックには朝日新聞社や東大がついていたりする。
いや、組織ぐるみで違法行為をあおっているというつもりはない。訴える側にも、それだけの地位保障がないと、なかなか実力行使ができないということだろう。

犯罪を助長するつもりは毛頭ないけれど、犯罪とはいいきれない「脱法」行為はどうだろう。
たとえば、国民年金は踏み倒しているが、経営する会社は税金を何億円も払っていて、国が強く出ると法人登記を海外に移してしまうよ♪という経営者とか。通行料は払わないけど、サービスエリアの上得意客で、走るたびに何万円も落としているSAマニアとか。

ついつい引き合いに出してしまうのは申し訳ないが、NHKに貢献していながら受信料を払っていない芸能人なんてのも、いるに違いない。
逆に考えれば、あの大人気タレントが、なぜ出ないの?というタレントは、叩けばホコリも出るケースがあるにちがいない。

NHKとしては受信契約しているかどうかすぐ把握しているだろうから、出演させるわけには行かないだろうね。どこで「おれ受信料払ってないけどさ、出演してNHK視聴率に貢献してんだよね」としゃべられたりすると面目まるつぶれだから。

貢献は貢献、料金は料金、別問題です。
と、「公会計放送局」も国も、当然つっぱねるしかないのはわかる。

が、トータルで考えて、取り締まりの副作用とモラルハザードの損益をじっくり検証してほしいものだと思う。

僕がもし高速道路会社の社長なら、料金所を突破したやつがいたら、監視カメラやオービスですぐ捕捉できるわけだから、出口でつかまえて仕事をさせるね。料金相当の補修作業とか、清掃とか。その場で労賃を支払って、源泉徴収して、直後に料金相当額を支払ってもらう。
こうすれば、突破者は「タダで突破してやったさ」なんて誇り(?)を持ったまま、道路会社側も金銭的損害はなく、国も所得税を取れる。

裏返せば、NHKにも使える手ではないだろうか。
「私を写すなら、取材料として○千円払ってよね」という人が増えたりして・・・いや、決してあおるつもりはないが。

そこで、「フリーウェイクラブ」に戻れば、このさはバージョンアップして、「スーパーフリーウェイクラブ」として生まれ変わってほしい(元早稲田大生の和田受刑者は入れないよ)。
ちゃんと料金は払うことにして、犯罪行為は慎むと誓約する。

その代わり、道路会社は料金相当額以上の旨みを用意すればいいのだ。有名な北陸道の、越前海岸に張り出したルートにはガードレールをつけず、速度制限もつけない。思いきりヘアピンカーブをつけてやればいい。
すると、ローリング族なんか、「球児の甲子園」のごとく全国から走りにくるぞ。道央道も東北道も東名も名神も山陽道も、波及効果で潤うにちがいない。あぁ無責任・・・(笑)。

なら、責任をもって提案できるのは、安全運転を戸塚ヨット・メソッドでしつける暴走族よ出でよ!である。

おい少年、親を刺したくなったらハーレーでぶっとばせ!おっと免許ちゃんと取りな、あたいがうしろに乗って、ムギュッと熱血教習してやるからさ、と藤原紀香みたいな姐御が仕切るレディースがいたら、最強の交通安全団体になるね。もう国家公安委員会から天下り希望のじいさま続出で、国のお墨付きにも支えられて。
会費10万円でも、僕は入会する。少年会員より、中年会員の方が多くなりそうな気もするが(笑)。

「婦人部」は赤西君みたいなのが仕切る。こんな暴走族は、出生率も異常に上がったりする(笑)。
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2006年11月の日記
紅白裏合戦

at 2006 11/30 16:54 編集

月刊テレビ番組誌が、年末号を出す季節。きのうは、紅白の出演者も発表された。
本放送を見なくなって18年ぐらいたつから、「品揃え」がニュースになって、あーだこーだといちゃもんをつけている方が楽しい。
紅白は歌合戦のためではなく、紅白舌戦のためにあるのだ。あぁ、非国民(笑)!

出演回数順にならぶリストを見ると、男性はゴスペラーズまで、女性は夏川りみまでは顔と名前と歌が一致して浮かんでくるが、それより若手になると、わたしゃさっぱりわからん(涙)。
このあたり、NHKらしく「家族で見てね」という顔ぶれをとりそろえたのだろう。

別格は、80年代AORの徳永英明。
渋いっちゃ渋いが、今さら紅白出演というのは、なんでかね?この時代にクリスタルな学生時代を謳歌していたパパ、ママ世代サービスだろうか。

でも、「昔のままで歌っています」は松崎しげる帝王ぐらいのもので、懐メロは音源だけ聴いていた方が幸せな気もする。
ひねくれ者としては、裏番組の奮闘が見ものだったりする(そう言いつつ実際、見てないけど)。

日テレは、泉ピン子のウィークエンダー。
桂朝丸は出ないだろうが、再現フィルム・コーナーがあれば許せる。すどうかずみという、微妙にアイドルが崩れた感じのレポーターは、健在なんだろうか。

格闘技が定着したTBSは、K−1だそうな。
北尾でこけて、曙でこけて、ゴージャス松野さんでこけて・・・格闘し納めの大晦日というのも、どうだかねぇ。
やるなら、山本モナとくさまん(草野満代)のキャットファイトを見せてほしい。
そうすれば、まちがいなく視聴率は紅白と逆転するね。おっと・・・リングサイドのいつも堺屋太一がいるはずのかぶりつき席に、民主党のH議員が!野田聖子を「越境妊娠」させそうな鼻息を荒げて・・・(笑)。

スポーツ対決とばかりに、フジはフィギュアスケートで地味に打って出る。
ここにも、隠し球がほしい。トーニャ・ハーディングが乱入して、ミキティに難癖をつけるとか。すると、荒川静香生徒会長が「やめなさいよ!」と仲裁に入り、浅田真央が先生に言いつけに走り(滑り)、村主章枝がさめざめと泣いている・・・というスケバンドラマ仕立てにするのもいい。
伊藤みどりのキックなんか、破壊力がありそうだが、あの方いま足が上がるのかな?渡部絵美は元気だから、デビ夫人とバトル再燃してもらうのもいいか。

とまぁ、おバカな特番で笑い納めするのが、日本の年越しらしくていい。
スリリングな(笑)温泉中継がなくなったのは寂しい限りで、局の女子アナまで入浴させられていたバブリーな時代が懐しい。徳永英明の時代のサンテレビ、東京12チャンネルこそ、テレビの古き良き良き時代の末期だったような気がする。


ソニー信者の維持費

at 2006 11/29 12:39 編集

この前あずけてきたコンポだけではなく、修理に次ぐ修理に追われている。
ブロックノイズがとれないハンディカムは、あっと驚く2万5000円円!!の見積もり。「見積もりが買い値の半額以下だったら修理」のマイ・ルールではOKでも、これは修理を断念。使えることは使えるが、もうハイビジョンの時代かな。

動かなくなっていたMDウォークマンは、1万4000円かかった。「メイン基盤、モーター、光ピックアップを交換」と書いてあるから、まるでほとんど入れ替えたようなものだ。

旧宅からごっそりかき集めてきたMDを聞いてみる。録音したことさえ忘れてしまったような、初耳感があっていい。
しかし、コンポ、ビデオ、ウォークマンと、ここまでソニー続きである。ほんま、ひよわな家電ばかりですなぁ、世界のソニー。

家電どころでない「最大」の修理品が、なんとバスタブであった。というより、ひび割れたまま入居契約させやがった業者の偽装工事みたいなものが発覚しただけ。

さんざん待たされたあげく、きのうやっとINAXの作業員2名が来て、置き換え作業をして行った。給湯タイプの風呂桶だから釜とつないだりする工事らしい工事もなく、1時間ほどドタバタやって、あっけなく新品に交換された。
入居1カ月にして初めて、落ち着いて風呂に入れた。なんとまぁ、悠長なこと・・・。

ともあれ、風呂まるごとリニューアルされたような気分はいいもんだ。
中古の賃貸物件でも、バスタブだけは新築に化けたわけだから(フローリングも壁も畳も新品だったが)、どんどん難癖をつければ新築同様になるのかもしれない。
ついでに、マシンOSもサービスでVISTAに「新築」してほしい。
こりゃ無理か。


犬オヤジ

at 2006 11/28 20:38 編集

内縁の妻の息子を虐待して逮捕された男は、たしか同い年だった。
他人事ではあるが、まるでガキの頭やなーと情けなくなってくる。足に竹刀をはさんで正座させたり、犬小屋で寝起きさせたり、トイレは駅に行かせたり・・・絵に描いたような「罰ゲーム」ではないか。

まじめにスパルタ教育だと思っていたなら知能レベルが疑われるし、もしかするとイチビリ半分でやっていたのではないか?とも思える。
そして、そんなバカ男と内縁婚をしている女も女。そろっていいトシだから、これは治らないような気がする。司法は、こういうバカップルの親権を廃止した上で塀の中に収監し、子供を保護するのが最優先だろう。

だれかがコメントしていたが、このごろ内縁の夫(とやら)が、彼女の連れ子を虐待したり殺したりする事件が目につく。
そりゃ昔も連れ子が継母や継父から冷や飯を食わされるような、礼遇を受けることはあっただろう。うちもそうだった。

日本語で継母とか継父と書くように、実の父・母でない他人と親子になろうとするところに、大人、子供双方にとって無理があるんではないか?と僕はかねがね考えている。
子連れパートナーと一緒に生活を始めると、大人は父・母のように、子供は息子・娘のようにふるまって、しつけのようなことも必要だろう。とはいえ、しょせんパパの恋人であったりママの恋人であったりするだけだから、「本物のような親子関係」を期待しすぎない方がいいのではないだろうか。

これは義理の父母とも同じで、難はあっても(ごめんね)父母はこの世で唯一無二の存在だから、彼女の親という存在は僕の親ではない。さすがに、波平さん!とかヘイ!ガブリエル、と気軽には呼べないが、「格下」なのだ。

娘をやる相手として認めるとか認めんとか、お嬢さんを下さいとか、昭和の家族ドラマのような世界は未経験だから、理屈でしか考えられないのは僕の限界。理に働けば角が立つ、情にほだされると流される・・・のバランスは、経験で体得して行くしかないだろう。
ま、そういう難しさを避けながら生きているから、良家の子女とはご縁がないわけか(苦笑)。

相手の連れ子、連れ親(笑)というのは、なかなかドライに割り切れないもの。
子供はグレるかもしれないし、親は要介護になるかもしれない。そんな事態に心を砕き手を差し伸べる責任は、だれに帰属するか?が難しい。
こうしたグレー・ゾーンがあるから、「思いっきり生電話」が成り立つわけで(笑)、クールに「これはあなたの仕事だ」と線引きするか、清濁併せ呑む覚悟で一緒にいるか、どっちかでしょうよ・・・となるのは、みのもんたも僕も同じ。

パートナーと価値観が合うのは大事なことだが、親が長生きする時代だから、相手の親とも価値観が合わないと、なかなか大変だろう。これも、婚姻率低下の一因ではないのかな。

「裕司くん、スキーが趣味だってね。こんど一緒に苗場へナンパに行こうや」なんて誘ってくれる気さくなおとっつぁんがいたら申し分ないが、実際には星一徹だったりするのだろう。
あぁ、虐待問題から変な方向へそれてしまった・・・。


反省オフ

at 2006 11/27 21:11 編集

で、「二人オフ会」は大失態であったなぁ、いかにも。
我ながら、もっと気の利いた案内ができんかったのかと嘆いても後の祭りだが、待ち合わせてまず向かったのはホームセンターであった。

つい忘れて延ばし延ばしになっていたから、なんとしても片づけねば!と思った買い物はCRC。愛車のペダルがキコキコいうので、油をささねばと思っていて、うまい具合に忘れずにいた(よりによって、こんなときに)。

インド・レストランで晩餐を囲み、さて夜警の・・・いや夜景の見えるバーで一杯。
と行くべきなんだろか。
結局、これまた「ほしいほしい」と思っていたスチーム・アイロンをドンキホーテに買いに行って、998円の激安品をた手に入れただけ。もう、早く試したいもんだから、出てそのまま駅改札に送り届け、サラリと別れてしまった。

こうして、「二人の買い物」は、潤滑油に始まりアイロンに終わったわけだ。なんとまぁ庶民的な、というか生活臭ありすぎの二人オフ会なのであった。たしかに、清く正しく明朗会計でよろしかったのだろうけど、それにしてもトキメキもヨロメキもイロメキもない、失敬なオフ会になっていたような気もする。反省。

次はぜひ、5人とか10人集まってドンキホーテへ・・・がだめなら、ソフマップにでも。あぁ、どこまでマニアやねん!(笑)
今回、僕が引っ張って行かれた同人誌ショップも、相当濃い客が静かに群れていたから、もう開き直って「おマニヤさまオフ会」にした方が賢いと思う。
夜景もロマンもマロンもなし!(笑)


懺悔のオフ会

at 2006 11/26 19:34 編集

二人オフ会というのも、風紀委員に叱られそうで(笑)いかがなもんでしょうか・・・と思いつつ、しかし後ろめたいところがないなら臆することもないわけで、行ってみよー!ということで、初オフ会を迎え撃った。

子羊だか子兎だか子鹿だか、まぁその線のいたいけな妹分が、はるばる御来訪なさったのである。
もちろん、熱烈歓迎したい気持ちは山々ながら、あいにくの天気が玉に傷だった。

3日あると、神戸の「海と山と街」三点セットがぴったりだが、土・日の一夜をはさんでの、ムラムラはらはらドキドキの(笑)オフ会である。
旅疲れを引きずって到着なさった土曜日の対面前は、「一人で三宮から神戸までの3km、高架下を歩いてマニアショップを散策したまえ!」と熱烈推薦して、その後やっと御対面となった。

たぶん、同人誌やフィギュアをしこたま買い込んで宅配してもらっただろうが、僕にはよくわからん世界なので(だから一人で歩いてもらった)、「小物より大きな海へ」とばかりに港へ舵を切る。
たまたま飛鳥兇停泊していて、「いいわねーこんな船でクルーズしたいわ」「そうだね、ロイヤルスイートのコースなんていいかもねー」てな、ろまんちっく会話など皆無。
当然、僕は「男の夢は船長である!なぜなら・・・」と、一方的な蘊蓄機関銃を披露して、潮風に洗われる乙女を沈黙させるのであった。あぁ、反省。

「では、中華街へまいりましょう」と、本場の味どころへ連行すると見せかけて、「私、辛いのダメで・・・」と聞くと、条件反射のようにサディストに変身するぞわたしゃ。四川料理で辛味攻めしたろか、いやインド攻めで行こうか?とまぁ、こんな加虐サービスになるとやたら気配りしてしまう。
で、インド料理店へ急カーブを切る。といっても、ひたすら徒歩、徒歩、トホホ・・・の酷な「市中そぞろ歩き引き回し刑」である。

残念ながら、辛味は少々不足気味。命拾いした子羊さんは、疲れたのか、食後の一杯でほとんど白目をむいて眠りかけている。
「では、明日は山ですからの。充分お休みを」と、僕は送り狼になるのをうっかり忘れて、釈放してさしあげた次第。ツーストライクを知らずにバントで空振りしてしまったような、凡ミスである。
ま、結果的に「二人オフ会の罠」に穢れなき乙女が落ちなかったから、神様はヨシとしてくれるでしょう、ということで、痛恨の土曜日(先方にとっては命拾いの土曜日)は終わった。

しかし、日曜日には、ついに倒れられてしまった・・・いや、押し倒したわけでは決してないのだが、「俺様ペース続編」で山へ引き回したおかげで、アウトドアのトラウマを刻みつけてしまったような気がする(反省)。
血と汗と涙の日曜日篇は、またあした。


部屋に光が、電波が、根が

at 2006 11/25 15:08 編集

ラジオだけの生活が少し寂しくなってきたので、やっとテレビを引っ越した。ビデオも一緒に。
ケーブルをつないで、前よりクリアな画像が見えると、あっけなくも感動する。アパートは年々まわりに林立する高層マンションの谷間のような立地になってしまい、地上波テレビもVHFがアウトで、UHFでも苦しいチャンネルがあった。
それが、当たり前のようにクリアに見えると、今までのあきらめムードをあっさり反省してしまう。

いまや地デジとかハイビジョンのご時世だが、15インチの液晶だから、画質は充分な気がする。
でも、兄が「プラズマはええなぁ」と喜んでいたので、15インチのプラズマ画面というのを電器店に探し行ったら、そんなものはないのだそうだ。おやまぁ。

そういう店に、仕事帰りにスーツ姿で寄ると、平気で32インチ、50インチの機種を売りつけようとする、この感覚はわからん。
いまどきの消費者が、浮かれて分不相応な大画面をホイホイ買っているせいかもしれない。

だから、ヤッケにリュックに泥だらけのトレッキングシューズ、という服装でうろつくと明らかに気楽になる。「妻子をマレーシアにおいて極貧生活に耐えてがんばっている留学生(笑)が冷やかしにきてるだけですゴメナサイ・・・」という姿には、ありがたいことに声をかけられることはない。

しかし・・・家電はもう業務用みたいな冷蔵庫とか、8畳間でもホームシアターとか、でかい電熱器ぐらいの暖房機がイオンだなんだと謳った5万円とか、ゴージャスになってますなぁ、と僕の頭の中は???????で充満する。
ほんまに、「戦後最長の景気回復期間」なんだろうか。

「洗濯機と冷蔵庫のセットで5万円」でも、僕は清水の舞台から飛び降りる構えで新調したというのに、太っ腹な消費者が多いようで、けっこうですな日本経済!と、他人事のように見えてくる。
かくいう僕は、テレビなしの約半月間、たまにラジオだけ聞いて本を読む新生活をしていたのだが、これでも本当に清貧な生活とはいえないものの、気分はさわやかだった。欲が湧かない感じ。
そこへ次第にサラウンドだ地デジだ光プレミアムだ(これはもう申し込んでしまった)・・・と、一見豊かなAV環境が整って行くにつれて、実は飽きなることを知らない欲望がふくらんでいるだけなのだろう。

運び込んだ本とビデオソフトをじっくり干渉する静かな部屋は実現した。最大の難問は、時間である。定年のない僕には、「老後にゆっくり」なんて言っているゆとりがない。
冬休みは、スキーもお預けで部屋にこもって目を酷使することになるかも・・・なのにゲレンデ・オープンのニュースは酷である。


列島縦断新幹線へ

at 2006 11/24 08:34 編集

水曜日の退勤時のこと。
救急救命士の卵くんが「北海道まで電車で何時間かかるんすか」と聞いてきたので、「たった20時間で行けるぞ。学割が効く今のうちに、鉄分濃厚な旅をしたまえ青年!」と檄を飛ばしておいた。
はたして行く気になったのかどうか気がかりではあるが、ぜひ発車オーライとなってほしいものだ。

わしが君たちの年頃には、北海道へ寝台特急といえば、駅のみどりの窓口には徹夜で行列して切符を取る客がいたほどだが、いまやすっかり「鉄道熱」はマニア限定になってしまった。
救急救命士の卵くんたちの中には、なぜか毎年沖縄や九州の離島出身の少年が何人もいるから、こういう前途ある、しかし生活に鉄分のない少年にこそ、忍耐とロマンの(笑)スロー・トラベルを経験しといてほしいと思う。

いま別の意味で、鉄道が話題になるといえば高速化とネットワーク。
ニュースによると、九州新幹線が5年後に全通すれば、東京直行便が走ることで、ようやくJR各社の調整がついたそうだ。
すばらしい!

大阪からだと、鹿児島までは4時間になるという。この時間を、どうとらえるか。
たしか長距離バスで大阪から最長の路線が、鹿児島行きか仙台行きだったと思うが、これだと片道12時間ほど、2万円かかる。これはちとつらい。車体は「排気ガスの帯」の中をずーっと走るわけだから、健康上もよろしくない。

飛行機は「かけこみ搭乗」もできないし荷物検査もあったりして、おまけに空港は市街地から遠いので、所要時間は新幹線とほとんど同じになる。
速さを求めれば飛行機なんだろうけど、そこは陸路の鬼(!?)として、新幹線に軍配をあげたい。
そして、山あり谷あり人情あり出会いありの長距離鉄道の旅は、人生経験のひとつになると思うのである。

この際、せっかくの新幹線規格なんだから、東北とも上越ともつながってほしい。
そう考えると、夢は北海道新幹線が開通して、根室(または稚内)発・鹿児島行きの「夜行新幹線」であろうね。半袖で乗ろうとしたら、「終着駅は吹雪いておりますので冬服をご用意下さい」なんてアナウンスがあったりして・・・(笑)。

まぁ、これは大阪〜札幌のブルートレインでもあり得る話だし、同じ時間かけて飛行機で南下すれば、季節は逆。
格安で海外に旅する世代からすると、もしかするとブルートレインで終着駅に降りたときの方が、目からウロコが落ちるかもしれない。

アメリカの大陸横断鉄道はディーゼル機関車だが、日本は電化されている。
安全かつ正確に電車で北海道や九州まで行ける国というのは、それだけ公共交通のソフト&ハード面のインフラが整っている証拠だし、縁の下の機関区や保線区の活躍も車窓から垣間見える。
未来のレスキュー隊員なら、ぜひ見ておくべき日本の夜の眺めでもある。
飛行機の客室乗務員の活躍を見る方がいい、というオヤジ頭は、二十歳の少年に宿っていたりするから、洗脳解除してやらねばなるまい。


コンポ入院

at 2006 11/23 12:27 編集

さんざんエアチェックに使い倒して、西日を浴びホコリまみれになり、ついにCDチェンジャーがいかれてしまったMDコンポを、捨てるか治すか迷いながら保証書を見ると、5年保証が余裕で残っていた。

これを買ったハーバーランドのダイエーは店舗リストラで閉店してしまったが、別のダイエーの家具売り場で長期保証の家電品を受け付けています、というので、持ち込んで治してもらうことにした。ダイエー跡地の1年間の長いゴーストタウン状態がやっと終わり、イズミヤが開店しました!というニュースが伝わったその日である。

保証期間としては長いようで短いようで、この間パーソナル・オーディオの世界は「MDコンポ」から「ハードディスクSDコンポ」の時代に変わってしまった。
ほんの4年前に買ったMDコンポでも、ほこりを払ってクリーニングしていると、どこか懐かしいような、妙な感慨を覚える。市場価値はゼロに近いだろうが、それなりに買ったころの夢と、買った後の思い出がつまった鉄の箱という感じ。

1台でオールマイティなミニコンポの世界も、慣れてしまうと捨て難いもので、手をのばせばすむのに、リモコンのないAV機器が不便でたまらなくなっている我が身も、情けない。
そこで、引っ越しを機に、ラックスマンの真空管アンプやタンノイのスピーカーなんかを掘り出してきた。これからは「スロー・オーディオ」の時代だ!と思って、その道の雑誌を立ち読みすると、あぁ変わってませんなぁ30年も。

アメリカのスタジオモニター用スピーカーなんかを6畳間に押し込んで、むやみに小難しい顔で、中音域がどうのこうのと蘊蓄を傾けている、ポマード臭のおじさん世界が、時間が止まったように残っていたのである。

天の邪鬼な僕は、こういう世界に漬かってしまわないように、オープンデッキも夕マのアンプも「封印」して、ミニコンポでカジュアルを装ってきたような気がする。
お手軽デジカメを笑うデジイチのマニアがいたら、おもむろにハッセルブラッドを出してぶつけてやる(笑)のも、同じ発想。あー、性格いじけてるな。

ただ、なかなかiPodまでは手が出ない。第一、外で音楽を聴く習慣がないし。
好きな音楽は、雑音を遮断した部屋でオンザロック片手に聴いて、そのまま寝てしまいたいと素朴に思う。
「ねえ、30ギガいっぱいになったわよ」などとぬかす乱入者は、猫を見習っておとなしくしておれ!(笑)


出戻りと下野と

at 2006 11/22 22:11 編集

聖子ちゃんをはじめ、いったん自民党から出た元党員か復党するかどうか、本家自民党がぎくしゃくしている。
刺客まで送り込んで反対派をたたきつぶして行った前首相の置き土産が、復党という人事の難問と、何もできないまま後ろ盾が引退してしまって「不良債権」と化した小泉チルドレン。

一体、どうすんの?と安倍さんに聞いても、とりたてて手練手管を持っているようにも見えないし、妻は川島なお美と化して犬ばかり相手にしているし(笑)、公明党に支えられている安倍内閣でしかない。

もしかすると、1年前の総選挙の当落にかかわらず、刺客と戦った議員の実績は、箔がつくというもの。チルドレンより、はるかに有能でタフではないのだろうか。だから、「参院戦前夜」を待たずして、野党からも与党からも引っ張られる存在になると思う。

そのかわりに、当然チルドレンの処理が条件になるはずだし(まさか仲良く行きましょうとはいかないはずだから)、戻る議員と刺客の処遇はかなりナーバスな問題だろう。
たとえば、聖子とゆかりのどっちをとるかといえば、政治的には聖子が適役に決まっている。修羅場をくぐってきた女性首相候補!!・・・となる可能性はぐんと高まっただろうし、刺客と闘い、子づくりに奮闘する聖子は大健闘していると思う。

その他のチルドレンのほとんどは、公認をはずされれば次の選挙であえなく沈没して行きそうだから、衆議院の「在庫一掃解散」というのも、あるかもしれない。
その結果タイゾーがどうなろうと知ったことではないし、落選して1年もすれば、「そういえば、そんな若手議員もいたっけ。名字なんだったっけ?」ぐらいの存在になるだろう。

そして、タイゾーと入れ替わるのは、紀香つながりでわけわからんままかつぎ出される陣内くん(笑)で決まりだろう。紀香は全国人気だから比例名簿に、陣内君は兵庫選挙区で出るね。

むしろ、僕が気になるのは、いや待ち望むのは、「ゆかりの身の振り方」である。安達佑美ママのような末路(失敬!)をたどるのか、若貴ママのような大胆かつ開放的な「区切り」を示すのか、どっちになるにしても(どっちかになってほしい)、ハラハラどきどきである。

そして、週刊ポストのグラビアか、週刊現代のグラビアかも、とてもとても大問題(どっちかに出てほしい)。
日本のおじさんの93%は、「ゆかり脱皮」に注目しているはずだ。ちがうかな?


初アサイチ新居出撃

at 2006 11/21 11:04 編集

寒い朝の出勤は、分単位で惰眠をむさぼりたいので、駅まで少しでも近い家の方がありがたいもの。それだけの動機で、月曜の朝だけは眠り慣れた(?)部屋から出勤していたのだが、ええかげん新しい環境に慣れないと・・・と思って、駅から遠い方の部屋から初月曜日アサイチ出勤してみた。大げさなこっちゃ。

住宅街の小川のような細い路地は、だれも歩いていない。静かな朝である。
やがて二級河川ぐらいの道に出ると、駅に急ぐサラリーマンたちの姿がちらほら。そして、「大河」に合流すると、駅までの一直線の坂道である。
実測で最短1kmなので、20分みていた道のりが、10分ちょっとで着いた。上出来かな。

仕事が終わって、同じ道を駅から歩いてみる。
寄り道も楽しい午後のゆとりという感じ。歩道に乗り出した店先で柿とミカンを見つけて、買い込んでしまう。
レジのおねーさんが、「あっ、ちょっと・・・!」と外へ走り、なにごとかと思ったら「こっちの方が、痛んでないみたい」と、別の袋と交換してくれる。ホノボノとした、気のきいた店ではないか。
まぁ、昼の3時にスーツ姿でミカンと柿を買うワタクシが、怒らせると厄介な客と見られたのかもしれない(苦笑)。

さらにモリモリ坂道を上り、日曜日もかたづけにきてくれた友人が、新居から駅まで歩きながら「へー、いろんな店があるんですね」と意外そうな顔をしていた、アーケードのない市場のような通りを抜ける。魚屋さん八百屋さん肉屋さん総菜屋さん寿司屋さん酒屋さん・・・と並んだ青空商店街である。

そういえば、朝から、肉屋さんはコロッケを、天ぷら屋さんはゴボ天を揚げていた。こんな生活感は、活気があっていい。コープこうべがどーんと構えている並びで、個人商店はよくがんばっていると思う。夜が早いのは難点だが。

コンビニは、徒歩5分圏内に4店あった環境から移って、今は1件しかない。
こっちが正常なのかもしれないが、それが不便で、個人商店が8時に閉まるのは早すぎる!と感じる生活感覚が、実はおかしいのだろう。
清く正しく買い物カゴ生活(=怪しいおっさんでしかない)ができそうな、新しい地元発見である。


雨音は電波に乗って

at 2006 11/20 22:51 編集

住まいの「匂い」は、家族のありようを象徴しているように思うが、僕がこだわったのは音だった。
静けさがほしい。物心ついて以来ずっと僕は静けさを追い求めていた。音楽を聴くのは好きだが、部屋を完全に静寂にして聞きたい。

一時住んでいた郊外のニュータウンが静かかというと、近隣のアホな飼い犬やらピアノやらの騒音に悩まされて大学に落ちたような気さえするほど、気に障る騒音は多かった。
開放的な戸建てだと、音は漏れ放題だし、移動販売車は毎日何台も回ってくる。

だから、気密性の高い都心のマンションの方が静かな暮らしができるように思う。
先月までの部屋は、幹線道路から数十m入っただけで、うっそうと繁るプラタナスのグリーンベルトが車の騒音を吸収してくれるのか、ときに人恋しくなるほど(笑)静かだった。

そこへ、日本語は片言なのに夫婦二人で上海の喧噪のように(行ったことないけど)賑々しいお隣りさんがやってきて、ベニヤ板一枚隔てたような暮らしに様変わりしてしまった。
こりゃたまらん!と引っ越しの後押しになってくれたようなものだから、それはそれで、いいきっかけになったわけだ。

新居は建物事態の気密性は高くて、おかげで日差しを入れておくと、今のところ暖房はいらないほど。
ところが、騒音とはいえないまでも変わらない音があって、窓ガラスに雨がじかにたたきつけるのである。
どっちも、上の階のベランダというヒサシがないせいだ。まぁ、それは承知で入居しているから耐えられない悪条件というほどでもない。

申し訳程度の飾り屋根が出ていた旧居がなつかしく思えるほど、新居はいきなり「上は空」である。
ワイヤー入りの分厚いガラスだから、雨が漏れたりガタガタ鳴ったりすることはないものの、前の部屋でも窓のすぐ横に寝ていたので、まるで雨ざらしで寝ているような、ホームレス感覚(笑)を味わっていた。
テントで寝ていて雨に降られたときは、ちょうどこんな感じだから、アウトドア気分が味わえるが、高い家賃を払ってアウトドアなマンションというのもネ・・・と、少し苦笑気味。

それと、鉄筋コンクリート造りは共通のはずが、旧居では部屋のどこでもラジオがよく入った。AMもFMも。さては、旧居は「鉄筋木造4階建て」ではなかったのか!?(笑)と疑ってしまうほど。

なのに、今は窓から離れて奥に入ると、特にAMがさっぱりアウト。ラジオだけ窓際に並べて(並べるほどコレクションしてることが、外からばれてしまう)聞いている始末。不思議と、FMは地元神戸の電波より大阪の電波が強い。なんじゃこりゃ。

電波の入り具合にも要注意であるな、ウム。
と、またひとつ引っ越しの教訓になったような気がする。
風水マニアは方位磁石持参で物件の理知や間取りにこだわったりするらしいし、パナウェーブさんたちはガイガー・カウンターを持ち歩いていたっけ。

電界強度計がほしい僕は、同類なのかもしれない。
あぁっっっ・・・雨が放射能がマイクロ波がぁぁぁっ!!と悪夢にうなされる夜が、いつか来るのだろうか。


タイムカプセル発掘

at 2006 11/19 21:08 編集

リサイクル屋の軽トラがよくスピーカーを鳴らして走っているし、テレビでは引っ越し業者のCMがよく流れているし、そんなに秋は移動シーズンだったっけ?と思っていたところへ、ちくま文庫がおもしろい新刊を出してきおった。
阿部絢子さんという薬剤師さんの『アイデアいっぱい!整理・整頓術』である。
一見、普通のノウハウ本のように見えて、図解に乏しく、前半はかなり講釈くさい。

それでも、引っ越しノウハウ書のようにも読めるエッセイだと思うとおもしろい部分もある。
この種の整理術といえば、野口悠紀雄センセイをして「文化遺産さえ捨ててしまう割り切り方に、恐怖さえ覚える」と批評せしめた辰巳渚に通じる「思い切って捨てましょう」が基本ポリシーになっている。
マダム阿部もそれに近いのだが、「私のまな板は最近タクアンを切ってもつながるようになりました」なんてくだりを読むと、「おぉ、まな板をそこまで使いたおしているのか」と感心するやら、ほほえましいやら。
そこまで家事道具を大事に使うなら、いつくしみながら処分するのは、かえって供養になるのかもしれない。

ところが、我が身にひるがえると、これが捨てられないんだな。
もう、前の職場の関係書類なんかは全部ばっさり捨ててせいせいしているけれど、小学生のころ使っていた目覚まし時計なんて出てくると、「そうか、君は4回の引っ越しを生き抜いてきたわけか」と感動さえ覚えて、よーし墓場まで一緒じゃい!(笑)と、梱包してしまう。

自分の成人するころまでのアルバム写真というものが、実家の火事で手元に残っていないので、なんてことない小物が過去へワープする扉みたいなものになっているのだ。
大阪万博で買った切手帳、亡父が学生時代に使っていたという計算尺なんてのも出てきた(こんなの、今の学校教育では使わせないだろう)。

ついでに、小中学校のクラスのマドンナが実物でひょっこり登場してくれる生タイムカプセルがあればいいのだが、そんな気持ちを裏腹に、実は見たいような、見たくないような・・・(笑)。
そんな過去は脳裏で楽しんでおくだけの方がいいような・・・邪念が浮かんでは消える悩ましい発掘作業である。


前長野県知事はガールフレンド・コレクター?

at 2006 11/18 21:42 編集

和歌山といえば、愛人の経営する旅館に血税をジャブジャブ貢いで逮捕され、刑務所の中から市議選に立候補していた(おまけに当選!笑トンデモ市長で有名になった自治体だった。
そして今度は県知事逮捕だ。どうなってまんねん(笑)。

知事どのは、腕時計マニアだったようだ。
こういうわかりやすいおマニヤさまは、いかにも物欲しげな顔で「こういう賄賂がほしいな、ボク」なんてツラをしているだろうから、贈賄側からするとたらしこむのは簡単だろう。
現金の授受は問題視されやすいから、ブツを渡す方が安全なのかもしれない。昔まんじゅう、今ヲタグッズである(笑)。

しかし腕時計コレクターというのは、わけわからん。両手に10個ずつつけていると、ある種「危いおじさん」として評判は立つだろうが、実際には「本日の1個」以外はしまっておくわけでしょうに。
僕も3つ4つ腕時計は持っているが、これだけでも電池の管理が大変だし、自動巻きだと振っておかねばならないし、面倒くさいったらありゃしない。

腕時計マニヤおやじというのは、出かける前に「これ、だれか気づいてくれるかのぅ」とときめきながら(笑)ショー・ケースの中からお気に入りのを選んで、人にチェックしてもらえたら蘊蓄を垂れまくる・・・あぁ、哀しい寂しい貧しい男よ!

と、知事を笑いつつ、ふと我に返って胸に手を当てると、コンパクトカメラ・コレクションがあったのだった。あちゃー!!
ただね、僕の場合はだな、あるシリーズ完全制覇とか、レアもの狙いとか、ビンテージ限定とか、そんな邪悪な動機で集めまくっているのではないんです!実用的な機能を選んで、ちゃんと使うために買っているわけで・・・
と言い訳すればするほど、「ヲタクのマニフェスト」くさくなって行く(自滅)。


ひかりにのぞみ

at 2006 11/17 23:46 編集

通信環境を、ぼちぼち整備しつつある新居に、やっと電話が開通した。

いっそ「電話機」も新しいやつにするか・・・と、工事日にFAXと電話とスキャナーとカラーコピーの兼用機というのをヨドバシで買って、死ぬほど重くてでかい段ボール箱をかついで帰った。
工事とやらは、NTT社員が二人きて、ほんの30秒ほどで終わり。なんじゃこりゃ。もう、自分で回線チェックできるキットでも販売してくれた方がええんでないかい?

開通したてホヤホヤのモジュラージャックをつなぎ、セットアップもパタパタと速攻ですませて、めでたく家庭的な電話(笑)のある部屋になった。

実際、もう固定電話で長電話したりということはないのだが、そこは兼用機ということで、コピー機として、デジカメ・ダイレクトプリンターとしていじくって楽しんでいる。
いやはや文明の利器だねぇ・・・こりゃ街のDPE屋さん商売あがったりになるわなぁ、と思うほど手軽で便利。普通紙にインデックスプリントをしてチョイスできるし、光沢紙にプリントするとサービス判程度は「ほほーカラー写真ですね」というぐらいには見られる。

ただ、やはり時間がかかるから、何十枚も撮ってプリントしようと思えば、かかる時間はばかにならない。このあたりは、街のDPE屋さんにメディアを預けて「焼いといてもらう」方が、時間は有効活用できるというもんだ。
葉書プリントも早くてきれいだから、なるほど、世間の民は皆こんなズボラをしているわけか、とよーくわかる。
でも、さすがに僕のプリントごっこも、お払い箱になりそうだ(涙)。

さて、次は光プレミアムの工事待ち。
今の超アナログ回線0.056MBPSが、100MBPSに速度アップする(らしい)。
NTTのおばちゃんも、営業ノルマをかかえているせいか、テレビも光電話もビデオオンデマンドもお楽しみいただだだだけけますます!!!!とのけぞりつつ、宣伝しまくっている。
速い回線にあわせて、マシンも入れ替えるか?
さすがに、ウィンドウズ95マシンは、どうにもやり場がなくて困っているが、案外おしゃれかもしれない。95マシンで使う光!とか(笑)。
なんだかんだいいつつ、結局LPレコードなんか引越し先に持ってきてしまったバカだからなぁワタクシは・・・。


シャチハタといえば大野しげひさ

at 2006 11/16 16:45 編集

あぁ、年賀状が出てるか〜、と気づいたのも遅すぎるのか、もう転居通知と年賀状を兼用にしてしまおうか、と思いつつ、とりあえず住所印だけ発注することにした。
で、「大学生協なみ」の安さが年中無休で爆発している富士商会へ。

いらっしゃ〜い!!
と、元気な看板娘歴50年の娘さん(笑)の声が響く。
「シャチハタのパンフレット、ありませんか?」と聞くと、「あるよー!」と打てば響くように出てきたのが、電話帳なみの、業務用のカタログ。
へぇ、シャチハタだけでこんなに商品があるの、と驚きながら(そりゃ印字のフォント一覧まで載っているから)、四苦八苦しながら組み合わせる。

印面は、「んー、正式な注文用紙みたいなのがあるんちゃうかなー?」と首をかしげつつ、カーボン紙の発注台帳みたいなのに書かされる。なぜなら、「お急ぎみたいやから、すぐメーカーにFAXしとくわね」というお心づかい(?)からなのだ。発注者欄と発注原稿を兼ねている(そりゃ住所印だからね)、この合理的なこと!(笑)

代金6000円なり。持ち合わせがない。
「普通は前金いただくんやけど、おにーちゃん、いつも来てくれてはるから、後払いでいいよ〜」と、お目こぼしいただいた。
たしかに、いつも店をうろついている顔なじみかもしれないが、この店、12階建ての商業ビルの1階にあって、エスカレーターで1階に下ると「アラ、いつの間にか店内!?」になる「ビル内の露店」みたいな売り場展開をしているから、エスカレーターで下ってくる客は必ず通るのだ。

そういえば、壁とかパーティションというものがない店なので、どこからが店なのか、よくわからない。
僕は2階、3階部分の古本屋にしょっちゅう通って、帰りがけに通るだけなのだが、あまりに絶妙な場所で待ち構えている店なもんだから、看板娘さまの「いらっしゃーい♪」が聞こえると、ついつい小物を買って出る。まるで箱根の関所である(笑)。
まぁ、サービス満点で、しかもいいものを確実に供給してくれるプロ・ショップだから、だれも文句は言わないのだろうけど。

富士商会の階下は、あまり繁盛してなさそうなので1カ月は煮込んでいそうな絶品どろりルーのカレー屋さんや、超特急ハイカラ丼の食堂etcetcが並ぶ個性派グルメフロアである。
郵便局も、サンマルクもファミマもモスもあって、半日は過ごせてしまう。郵便貯金が自動的に増えてくれたら、もう永遠に過ごせる(笑)。
今週末には、3階の古書店から出張引き取りに来てもらうことになっている。生活の一部どころか、プライベート・タイムの半分ぐらいは世話になりっぱなし。わが極楽である。

ただ惜しいことに、オランダかどこかの風車を真似たオブジェが立っているのに、4枚羽根が1枚破損、2枚もげ・・・で1枚も残っていないのが哀しい(笑)。それもまた、「アバタもエクボ」になるのかな?


60億円!!

at 2006 11/15 22:01 編集

松坂が買われた金額60億円は、どうもピンとこないが、イチロー以上なのだと聞くと、「すごい」と実感する。それだけの資金があればタイガースを丸ごと、楽天を巨人とワンセットで買えるのではないだろうか。

まぁ一点豪華主義で行くか、にぎわい盛り合わせ主義で行くかは球団経営者の判断次第だろうが、球団と選手を取り巻く世界もまたビジネスだねぇ・・・と、僕は唖然としてしまった。

松坂の代理人というのが、医師と弁護士の資格を持つという必殺プロフェッショナル代理人で、いやはやスケールはでかいが、ふと007に出てくるような、要塞にこもってハイテク武装している野心家の姿が重なって見えたぞ(なんだかドクター・ノオとかネモ船長みたいなキャラクターが欧米には多いような気もする)。

というのも、「ここが、我が社の秘密の中枢機関です」という部屋を日本のテレビクルーに特別公開していて、スパコンのような巨大端末が林立しているのである。それで何を処理・保存しているのかというと、選手のプロファイリングと成績なのだそうだ。

うーん、僕のオヤジ・大沢親分なら、頭の中に入っている程度のデータ量ではないのかな?
たぶん、アメリカの野球ビジネスの対象になるのは、MLBと日本プロ野球、あとキューバあたりの中南米選手も入れて、選手の過去成績や全試合のスコアブックまで入れて、パソコンに入ってしまう程度ではないんだろうか。門外漢の僕には、あんまり確信的なことはいえんけど。

こと日本のプロ球団のスカウトマンだと、おそらく手帳1つで選手の連絡先や成績ぐらいを管理していて、安上がりなことこの上ない(笑)。あとは、「データにならない選手の人となり」つまり気合いや印象、可能性なんてのを球団幹部が頭の中に刻み込んで、それでなんとなくやってきたのだろう。

楽天あたりは、あの社長がナレッジマネージメントだ、形式知だ、見える化だ!と檄を飛ばしているだろうけど、成績は最下位続き。
いや、別に野球のIT化に反対するつもりはないのだが、プロの勘や判断能力、情報処理なんかを機械に置き換えてこすと・パフォーマンスを追究しようとすると、それ自体が巨大ビジネスになるのがよくわかる。

松坂の代理人の報酬は契約額の5%らしいが、代理人業の経営にはスパコンへの設備投資も含めて、何かと金がかかるようだから、そのツケはどこに上乗せされるのか?
そこに、○○権料という形で、権利が換金されるしかけができあがるのだと思う。権利が金になるのではなく、逆に金をむしりとる正当な理由として、交渉権料だ使用権料だと口実が添加されて行く。

何にでも金をかけて、そのかわりに選手も家族も自分の持つ権利を換金して、こうして貨幣が潤沢に流通することで繁栄するのがアメリカ流のスポーツビジネスなら、それが日本の野球少年の家庭に持ち込まれると親は大変だろうねぇ。

いや、すでに実際そうなっているのかもしれないし、音楽家の生い立ちを聞いても、フィギュアスケート選手の英才教育を見ても、こりゃ育児=投資だわい、と恐れおののいてしまう。
これも、少子化の一因ではないのかな?

ハイコスト・ハイリターンな英才教育も否定はしないが、僕は投資したくても資金がないから、逆に「いかにローコストで、ローコストに見られないか」を考えてしまう。子供がいたら、何歳まで無料の家庭教師ができるかが問題だが。
身軽な今は、納豆ご飯で極楽になれる朝!!とか、自転車を「俺のメルセデス」と呼んでラグジュアリー・クルーズするとか、冷静になると涙がこぼれてくるようなローコスト生活にふけっていればすむけれど。

もともと日本人は清貧人種だったはずだから、60億円の日本人メジャーリーガーなんてのは、「あんらまー、すごいねぇ!!」と、まるで月世界を天体観測するような気分で線引きをして、我が身の丈に合った満足を追求するのが賢明だと思う。
バブルな時代なんて、バカバカしいだけ。資産価値なんかゼロにして、ガンガン資産課税して、配分を刺激した方がいい。
と考えると、それもアメリカ人好みのフロー経済だが、けしからん非国民め!ということなのかねぇ・・・。


くっついたり離れたり

at 2006 11/14 21:47 編集

ビッグカップル誕生!!
ったって、あの「お塩」で、ビッグなんか?
と拍子抜けするほど、「なんだかなぁ・・・」の芸能ニュース。そりゃ身長はビッグなんだろうけど。
今どきの芸能界は、入籍・・・さてはできちゃった婚か!?と速攻で邪推されてしまう、男優とも歌手ともいいかねるようなあんちゃんでもビッグ扱いするほど、ネタ不足な世界なのだろうか。

逆に破綻一直線の中村獅童と竹内結子にしても、「梨園の妻が勤まらなかった」というほど、あのいたずらっ子みたいな旦那は、ほんとに歌舞伎俳優の修行をしていたのか?路地のタバコ屋さんみたいな個人事務所をかかえていて、さっぱり歌舞伎俳優らしくないわなぁ。

浮気は芸の肥やしといっても、肝心の本業あってこその肥やしだろうに。そんな旦那も旦那、選んだ方も選んだ方で、似た者同士ではないかい?

離婚は、できちゃった時点から想定済みの「女の戦略」だと思うが、俗っぽすぎて芸能人らしいハイライトがない。
たとえば、旦那の浮気相手の彼氏を略奪してみせるとか、手の込んだことをやってみせてほしいものだ。そうすれば、大竹しのぶを引き継ぐ「かわいい顔して恐ろしい女」枠に、うまく収まるにちがいない。

そして、矢田亜希子である。
どう見ても、あの「お塩」がおとなしくなるとは思えない(笑)。だから、ビッグカップル!!と煽るのは、次のニュースで「あ・あ・あのビッグカップルが・・・!!」と動転してみせるための、うそくさいメリハリなのかもしれない・・・と、失敬な邪推をしてしまう。

本当にビッグなカップリングというのは、松浦亜弥が氷川きよしとくっついて演歌歌手デビューするとか、TOKIO長瀬クンが浜崎あゆみと倖田來未の二股かけていたとか、それぐらいのアッパレ感あってこその芸能界だよなぁと思う。

そう、めでたい話にしろ悲劇にしろ、アッパレ感がほしいのだ。
披露宴を東京ドームでやるような「どでかさ」に走るのもいいし、Kinki Kidsが実は夫婦だったというのも、まぁいいでしょう(笑)。

庶民の世界の延長みたいなことは、いかに陳腐な芸能人かをアピールしているようなものだから、もう見飽きた感じ。
細木数子も、実力勝負でトム・クルーズを改心させられたら、一応アッパレなんだがなぁ・・・


暖房問題

at 2006 11/13 08:08 編集

あれよあれよという間に、初冬の気配。
延び延びになっていた新居のガス開通式を執り行い、工事会社からやってきたマンガみたいなひょうきんなあんちゃんに説明を受ける。

「えーと、ガス器具はこれだけですかね」
というので、旧居に置き去りにしてきたガスストーブを思い出した。
毎年約8カ月間、ホコリをかぶったまま冬の訪れをじっと待って、潤いも温もりも団欒も皆無な我が部屋にたのもしい炎をともしてくれる、寡黙な忠犬のようなやつである。

石油ストーブの香りも好きだし、電気暖房の安全性もいい。
が、瞬間に炎があがって暖めてくれるガスストーブの便利さは、なかなか捨てがたい。壊れようもないし。

ガスストーブなんて、ガスコンロと親戚みたいなものだから、僕はガスコンロのように使う。昔、電熱器を暖房に使っている下宿生なんかがいたのと逆の発想で。
そのつもりで、上が平たい網目になっているやつを選んだので、これが燃え盛っている間は常にヤカンが乗っていて、加湿器兼熱湯ポットになっている。ときには鍋物をグツグツ煮込むのにも使う。餅もスルメも焼けるぞ。

おぉ・・・万能選手ではないか!連れてこなければ!!
と反省しつつ、まだ旧居からの荷出しがぐずぐずと続いている。
いかんなぁ。「いつまででもおって下さい」と笑って引き留めてくれる大家さんに甘えっぱなしで。

僕は夏の暑さには強いので、バカだ煙だと笑われようと最上階にばかりすんでいて、おかげで冬は暖かい。だから、いつも暖房は12月から。
今はまだ暖房はいらない気もするものの、心機一転、電化生活に変えて行こうとしているだけに、ちょうどいいタイミングで連日の木枯らし。さて、どうするか。

実家を出てからコタツというものを使ったことはないし、あれにはまるとコタツに根が生えてしまいそうでいけない。最近は出っ張りのないスマートなやつが出ているようで、コタツ禁欲(笑)がよろめく。

これで、「一緒に入ろ」という乙女なんかがマブタに浮かんできたら、もう、横並びのラブコタツ(こんなタイプあるんかいな)速攻お買い上げである!
とまぁ、アホな妄想を呼び起こすのが、コタツの罪である。
今月いっぱい、待つのだ乙女!


チャルメラ一番。もあり?

at 2006 11/12 21:48 編集

うんと先輩の藤岡琢也さんが亡くなって、追悼の記事や番組があいついだ。
渡る世間シリーズは一度も見たことがないので、僕にとっては藤岡琢也さんといえば「サッポロ、サッポロ、サッポロ一番〜♪」と直結したままである。

あのころの――もちろん今もある――インスタント袋ラーメンは、うまかったなぁ。
ちょっとこってりした明星チャルメラ、とにかく手軽で、そのままポリポリ食べたりしていたチキンラーメン、スープが絶品のサッポロ一番・・・。

新しモノ好きな父も、インスタントラーメンが好きで、マルちゃんの天そばがお気に入りだった。たしかに、通好みの味がして、インスタントながらハイクラスなインスタント麺に見えた。
今でも、僕はメジャーな日清より「東洋水産びいき」である。

家庭の味がインスタントラーメンというのも、なんだか貧相で同情を誘いそうだが、実際そうなんだからしかたない。
そのベースが、両親の職場の労働組合が仕入れていたオリジナルの袋ラーメン。段ボール箱で、そのおすそ分けを持ち帰っていたから、まるで我が家の「常備麺」だった。

たしか「ローフク麺」という名前の、味もそっけもない塩ラーメンだった。おそらく、親が働きに出ていて鍵っ子になる子供にあてがわれるために開発されて、「労働者福利」の頭文字をネーミングしたのだろうと思わせる、質素な食材だった。
それはそれで、キャベツやモヤシを入れて炊くぐらいのアレンジをすれば、けっこういける味になった。

ともかく我が家では、このローフク麺が「即席ラーメンの標準」だったから、サッポロみそラーメンや出前一朝のようにカラフルな包装の即席ラーメンは、ごちそうに見えたほどだ。

そんな古きよきイメージの即席ラーメン業界も、いま買収だ再編だの動きで揺れている。
明星が外資系ファンドに買収されそうになっているため、業界トップの日清がホワイトナイトを買って出るという。
いい麺つながりだねぇ、と思う。日清も明星も、ある面で確かに戦後日本の台所を支えた会社だから、がんばってほしい。

阪神と阪急みたいな合併になるのかどうかはわからないが、ラーメンのチャンポンというのは、ちょっと楽しみだったりする。
ラ王の日清とチャルメラの明星だったら、新製品「チャルメラ王」とか(笑)。

えーと、社名に間違いはないはずだが・・・
この世界は、商品名はすごく知れ渡っているのに、製造元が結びつかない場合が多いのは不思議。
たとえば、エースコックの豚のマークは全日本人が知っているだろうに、さて主力商品は?となると、ワンタンめん以外に、なかなか浮かんでこない(本当に焼いた焼きソバは、僕は名作だと思うが)。
ローカルな個性を売りにする寿がきやも好きだが、これも商品名は?となるとモヤモヤする。

やはり、ヤワなラーメンファンである程度の僕は、知名度と資本力には勝てない。なんといっても、サッポロ一番が一番!
明星を助けて、仲よく百花繚乱の即席ラーメン・パラダイスを築いて行ってほしい秋である。



劇場型投書

at 2006 11/11 12:02 編集

いじめられているので自殺します私!!
と手紙で暴露した子を、「劇場型」と形容していたメディアがあった。

決死の自殺宣言なのか、「私」の存在確認をしたいのか、匿名だと確かめようがないから、せめて夜炉死苦銃惨災とか、ペンネームでも書いておいてほしい。もっと注目してもらえるし。

と、けしかけるのもどうかと思うが、これで日本中の役人や教員がすったもんだして、現場が動転して大騒ぎになっている・・・と期待するのは、さて、どうだか。
1通(コピーして数通か)の手紙で日本中の学校が激変するんだ♪・・・と学習してしまうのは、まずいとも思う。

たしかに、怠慢な教師や役人が多いのはけしからんことだが、こういう「私劇場」で学校が革命的に変わることは、絶対ない。
むしろ、似たようなことを考える少年少女が続出して、「私も11月10日に自殺します」「僕も11月10日にオサラバ」・・・という匿名郵送遺書が続けば、それだけで第一号の遺書は霞んでしまうし、劇場は劇場でなくなってしまう。

匿名投書で個人名を名指しするのは卑劣きわまりないが、「私のことが特定されるから加害者も学校名も書けないけど、私を追いつめているいじめをどうにかして下さい!」と、私も加害者も匿名にした告発は、良心的というか、無害というか・・・。
もし本当に教育の改善を求めていたなら、効果は乏しいのではないか?というのが僕の予感。予想に反して、これで実際に文部科学省から末端の学校現場まで変わるなら、役人の仕事は生徒の手紙ほどの威力がないと証明されることになる。

せっかくだから、匿名の「手紙王子」か「手紙姫」の期待に沿って、学校現場に目安箱を設置して、告発を処理するのも、ささやかな改革になるかもしれない。事なかれ主義で澱んだ組織に風穴を開ける必要はあるからね。
授業は郵送での通信教育、進路指導も部活も手紙!(笑)
いじめも、手紙でやりあうようになれば、国語力もつくぞ。気合いが入っているからね。

「拝敬 日に日に冬の足音が聞こえてまいります季節となりました。あなたさまにおかれましては、早くお風邪を召されますようお祈りいたしております」
「拝啓 漢字を間違うほど食欲の秋を堪能してらっしゃる御様子、心よりお慶び申し上げますわ」

なんて陰険な手紙をやりあう小中高校生がいたら、すばらしいと思う。将来は作家か脚本家か?
匿名だと、不幸の手紙というのも、まぁ頭をしぼって手間ヒマかけて、ときには切手代まで払って投函してくれるわけで、「これも愛だな〜」と考えられるほど、今はメール時代。

まぁメールの方がアシがつきやすいから、匿名を貫くならアナログな郵便で、と考えた生徒が今回の手紙王子か手紙姫だったのなら、なかなか賢明ではあるね。
ぜひ、教育委員会に採用して「手紙お兄さん」「手紙おねえさん」になり、全国の悩める子供たちの相談相手になっていただきたい。
「いじめられたら公務員になれる」となると、いじめ希望者が急増して、いじめっ子は「いじめてやらないといういじめ」に走る。
万々歳である。
と、うまく行くかな?


定食欲の秋

at 2006 11/10 22:21 編集

24時間定食屋の激戦区で、ずいぶん長く工事で休んでいた行きつけ店が、新装開店していた。インテリアはがらりとシックになったのに、メニューはあまり変わりばえしない。

あいかわらず、「牛丼需要」を意識したような肉食が主力なのは、どの外食チェーンも同じ。
もちろん、ヘソ曲がりの僕は、魚料理を捜し求めるさすらい男であるから、シマホッケ定食690円也を捜し当てて食券を買う。

おぉ!どかーんとでかいホッケが、じゅーじゅー焼きたてで出てきた。
何か煮物の小鉢でも1つついていたら申し分ないが、680円だと、ホッケと味噌汁で妥当なところだろう。
ホッケは、同じ値段ならサンマやサバをしのぐボリューム感が魅力だから、僕の大好物の北の魚だ。実際、充分食べごたえがあった。うまいし。
よしよし、夜勤帰りの立ち寄り店としてブックマーク!である。

680円といえば、これも行きつけのカレーうどん屋が、1杯680円で、ずっしりシコシコ麺、どっしり辛口スープのうまいカレーうどんを出しているのだが、秋のメニューが加わった。

カツカレーうどんに、こだわりの卵かけ御飯がついて780円。たった100円の差は、安いのか、元の「素カレーうどん」が高いのか、悩ましい値段設定で困る。
困る困るといいつつ、ウハウハとこちらも週何回かはおいしくいただいて帰る。

ったく、元町駅周辺は夜は静かだが、実に手頃な外食スポットが散らばっていて、自炊の敵みたいな界隈だな。
せっかく、大型冷蔵庫を買ったというのに(ムダな買い物!!)。
この白い箱は、腰くだけ自炊失敗男の恥さらしになるだけだろう。
それでも「外ごはん」生活は便利で快適で、困った困ったワハハハハなのだが。


よその選挙なのに

at 2006 11/09 22:04 編集

アメリカの中間選挙は民主党が圧勝。50州で議席を制したという。すごい。スラムダンク的な勝利ではないか。
僕には選挙権はないが、この調子でヒラリー大統領誕生へ、大いに期待したいところだ。月給20万円でいいから、秘書にでもしてくれないものか?いや、「副秘書補佐代理」でもいい(笑)。

それにしても、他国の選挙を連日トップニュースで伝える日本のメディアは、ひまなのか、奴隷犬根性なのか、国内ニュースを発掘する力がないのか、ちょっとイビツであるね。

和歌山県知事の汚職で、知事の大阪にある実家に捜査が入った場面を見ていると、実につつましやかというか、質素すぎる板張り造りで、哀れだった。
それこそ、ミカン箱で勉強に励み・・・といった立身出世物語の舞台として似合いそうな、二宮尊徳の世界だ。
アメリカの州知事と和歌山県知事を比較するのはフェアではないが、この彼我の差!

富を強力に分配して「見かけ平等」な社会を築いてきた日本の財政は、最近やっと議論されるようになったものの、横並び好きな日本人が格差に敏感に反応しすぎているのか、本当に格差が深刻なのか、どうもクリアではない。

エリートの世界、成り金の世界、清貧の世界、フリーターの世界それぞれに、ただの階層としてでなく、文化として存在している。あるものさしを当てると上下がランキングされるだけで、格差そのものはなくならないから、否定するわけにはいかない。

たとえば、低所得なので満足な教育が受けられないと嘆くほど、日本の公立学校は高くて低劣なのだろうか。
私学や予備校に行く費用がないなら、公立学校を良くして行くのが納税者の責任ではないかと思うのだが。

軍事力で国民の誇りを保ち、「強いアメリカ」でいようとする政権に対して、国民を守り教育や福祉を手厚く保障してほしい米国民が民主党に投票したとすれば、良識だと思う。
だから、アホな政権に鉄杭を突き刺す国民がいるだけ、アメリカは救われているとはいえる。

いっそヒラリーさん、日本に帰化して衆議院に出てくれないものか?
そうすれば、僕は正式に「私設第8副秘書代理補佐ぐらいできるのに。


竜巻見舞い

at 2006 11/08 22:17 編集

今年は、季節の変わり目が劇的な気がする。
きのうの関西には、やっと木枯らし1号が吹いた。あと120号ぐらい、何度も何度も押しかけてくるのだろう。
木枯らしだったのはニュースで知ったので、きのうの出勤はボタンダウンシャツ1枚で「涼しいな」と感じたので、僕はやっと今日から背広に衣替えした。

我が国では史上最悪だという竜巻まで発生していた。
この竜巻というやつは、局地的に襲って建て物や車を吸い上げ、広範囲にばらまく迷惑なやつだから、いっそ六本木ヒルズに発生してゼニ・株・セレブを巻き上げ、全国に散布してほしいものだ。そうすれば竜巻は「天の恵み」として大歓迎されるぞ。

・・・というのは不謹慎な冗談だが、実際にサロマ町で被害に遭った人たちには、心からお見舞い申し上げるばかり。
これから長い冬に向かう入り口のところで家を失った北国の被災者には、1日でも早く仮設住宅なり、空き家への仮入居なりを取り計らってほしいと思う。

心のケアなんかより、ともかく物理的な居場所を確保するのが緊急に必要で、タコ部屋みたいな避難所でインフルエンザが蔓延したりストレスを募らせたりする危険は、11年前の神戸の教訓なのだ。

とはいえ、やはり被災者が集まってグチったり慰めあったり(慰めなくても、ぉなじ立場の仲間がいるだけでも孤立感は緩和される)する場も、あればいい。
神戸ぐらいの都市だと、炊き出しの路地や公園や学校がそんな広場になっていた。世帯の3分の1以上が単身だから、寄る辺ない被災者がにとっては、かえって災害が人の絆を感じさせてくれるきっかけになったりするものだ。

サロマ湖畔は、旅の途中で通りかかったことしかないので、どんな土地柄なのかはわからないが、ふだんの住民の助け合いはどうだったのだろう。
カウンセラーを希望する被災者など、いるのだろうか。
専門スタッフは、望まれれば供給してもいいと思うが、被災者が一人一人が、それぞれの流儀で絶望したり、嘆き悲しんだり怒ったりする機会を奪ってはいけない。変なプログラムにはめこんで、回想させて泣かせたり、災害の絵を描かせたり作文させたり(あぁ、バカな教育者やテレビ屋が考えそうなことだ)する必要もない。

災害の後5年、10年とその土地に腰をすえて、生活の再建に手を貸せるマンパワーが、なにより住民に生活復興の力を発揮させるものなのだ。役所への各種申請や簡単なFPもできるソーシャルワーカーこそ、面目躍如してほしい。
北の大地の被災者が、自力で元の生活を取り戻せるよう、心からお祈りしたいと思う。


なごみ系コメンテイター梁山泊

at 2006 11/07 15:10 編集

仕事の「中休み」が7時間も空いたので、いっそ帰って寝るか・・・と帰宅して、夕方ローカル番組をつけていたら、いやはや関西風味のなごみかたにホノボノしてしまった。
足のはえたバンドウイルカが捕獲されたニュースをサカナに、大まじめな関西おじさんの解説が飛び交っていた。

「もともとイルカは、『海の方がええで〜』ちゅうて、海に住んどるわけでしょ」
「陸に上がるための足がはえるイルカいうのは、進化やなくて退化ちゃうんかな〜」
「進化いうのは、何世代も積み重ねてきた変化やから、親の言いつけをよく守る偉い子が続いたっちゅうことですやん」

・・・と、思いつくまま擬人化した解釈は、さすが毎日放送デスクやアナウンサーの発想だ。それぞれ「元」がつくOBの無責任さもあって、ナニワのおっちゃん知識人の持ち味全開!
「海がええで」にしろ、「進化は親の言いつけ」にしろ、実になごみ系の生物学ではないか。

冗談半分の中に、ノーベル賞級の大発見が埋蔵されているのが権力筋から遠く離れた「魔界関西」の文化風土だから、この調子で暴論暴発・・・いや談論風発、がんばってほしいものである。そのうち、京橋に出没するというスティーブン・セガールも、関西弁で炸裂トークしに来るのではないだろうか。

ミヤテツも、大阪に来るとやけに楽しそうだし、「勝谷成分」が染み込んできているようで、暴発する日(笑)が楽しみだ。
がんばれ大スポ系!


ヤマダサイクル職人技

at 2006 11/06 08:32 編集

ブレーキを引いたとたんに、ブチッ!!といやな音とともに、パラパラといくつかのパーツが路上に散乱した。
あちゃー、ブレーキワイヤー切断か・・・初トラブルである。
頼りになる自転車屋は、2km弱の彼方にあって閉店まで20分。微妙な距離と時間やがな・・・かなんなーどうしよーいくかーで向かうことにした。片ブレーキがこわいし、それでも飛ばしたいし、運悪く連休でむやみに人出が多いし・・・とイラつきながら、なんとか無事故でたどりついた。

前回のシフトワイヤー交換では若旦那がてきぱき作業をしてくれたが、今回はおそらくそのパパ。
「あー、ワイヤーすっぱりやねぇ。交換せな。ハイ1700円ねー」
と、いつもの明朗会計である。安心!

もちろん後払いで、「いかにも昭和のお父さん」が、キビキビと作業をしてくれた。
ビニール皮膜をカットしたら、間違えて中のワイヤーも一緒に切ってしまい、「あちゃちゃ〜」と笑っておられたのはご愛嬌。もちろん、この失敗ワイヤー代金は請求されない。

ワイヤーをつないで、遊びを調整して、可動部分に注油して、リズミカルな作業は15分ほどで終了。
おぉ、生まれ変わったようにブレーキがよく聞く!
パッドはへこたれた古いやつのまま替えていないのに、おそろしい効き具合になっている。ほんの2cmほどキュッと握ると、後輪は完全ロックである。

若旦那がワイヤー交換してくれたディレイラーは、あいかわらず無調整でカタン、カタンとライカのシャッターのように正確にギアが入るし、絶好調の肝入りである。

もちろん、これぐらいの作業は自分でできるし、整備マニュアルや工具やDVDまで持ってはいるのだが、場数を踏んでいるプロにやってもらうのもいい。
これが、サービスのルーツでもあるし、コミュニケーションの1つにもなっているように思う。愛煙家が、人に火をもらって一服するとうまいと感じる(らしい)のも、サービス+αの何かをやりとりしているからだろう。

・・・とすると、30年間寄り付かなかった散髪屋(今はヘアサロンと言うらしい)に、僕はついに道場破りをする日も近いのか。
ヌォォォォォッ、そこの若いの、おぬしの生まれる前からバリカンを操っておるワシに、挑んでみられよ!
と力んで戦闘モードで行ってみたら、コロリと開眼してしまいそうな予感もある。


選べるものなら・・・

at 2006 11/05 19:40 編集

ガンで痛んだ中古の腎臓を移植して、それでも「先生ありがとう」と感謝されている宇和島徳州会病院は、はたして乱暴な「やっちゃ場」みたいな病院なのか、もしかすると熱いハートのバンカラ病院なのか、続報を聞くたびにわからなくなってくる。

執刀医は、66歳とは思えないほど元気はつらつで青年医師のようなノリだし、生体移植のエキスパート集団だという瀬戸内グループ(なんだか漁船団みたいだが、ナマモノの鮮度で勝負する点では似ている)として知られているそうだから、悩める患者のかけこみ寺になっているんだろうなぁ、と思う。

「ちょいとガタがきているけど、この腎臓を移植すれば、透析からは解放されるよ」と言われたら、移植を希望する患者がいてもおかしくない。「癌腎」だと、全国で何百個と捨てられているだろうし、元の持ち主は喜んで提供してくれるだろうから。
ガン進行度に応じて値段も安くなっていたり・・・てことはないか。

そんな説明をちゃんと受けて納得したなら、医療としては望ましい形でなくても、厳禁されるべきものでもないと思う。
もしこれがだめなら、すでに行われているドミノ移植もNGということになる。

ふつうドミノ移植は、故人Aさんの腎臓→ドナーBさんへ移植→Bさんの不要腎を、もっと重症のCさんへ、という流れになるようだが、生きているBさんとCさんの立場は微妙だ。
Cさんにしてみれば、「A腎を先に私にくれ」と言いたいだろうから、優先度が上のBさんには「とれたての腎臓をもらうからには、代わりにあなたの腎臓を提供していただくこと」のような条件がつくのだろう。

どっちにしても、つらい立場ではある。
このドミノ移植を、Aさん抜きでやってしまったのが宇和島の病院で、効率的なんだか、ずぼらなのか、もう何が何だか・・・(苦笑)。

おそらく臨床医の立場としては、目の前にいる患者を延命させることと、手近に得られる医療資源を最大限に活用することが使命で、「とりあえず移植して、いい脳死腎が手に入るまでのつなぎにしよう」ぐらいの現場の判断があったのだろう。
けれども、「つなぎ・・・って、本当の移植は、いつなんですか」と患者は問いたくても、医師にも答えられないし、それがわかっているから患者は問わない。
だから、こんな場面で患者の意思を確認してインフォームド・コンセント実施といっても、うそくさいエクスキューズに見える。

第一、「手術うけますか、それとも死にますか?」と聞かれて、「死にますからよろしく」と答える患者はいるだろうか。いや、いたら医者が困る。だから、インフォームド・コンセントは、選択肢はあっても選択肢がない場合と同じ答えを選ぶであろうことを前提にした儀式になっている。

何かあったときの責任を徹底的に避けようと思えば、なんでもかんでも患者に選ばせて、いちいち署名捺印させればいいわけだから、これからは質問攻めのような医療現場になって行くのかもしれない。

「あなたに移植する腎臓は、A:生体からがいいか、B:脳死体からがいいか」・・・Aなら次、
「Aの1:腎不全と。Aの2:腎臓癌のどっちがいいか」・・・2なら次、
「Aの2あ:第1期の高齢者の使い古し腎と、Aの2い:第4期の青年の元気腎もどっちがいいか」・・・

なんて確認をして行って、「えっと・・・脳死腎で癌だったらどうなるの?」と不規則な質問をしようものなら、質問のディレクトリをどこまでさかのぼっていいのか、一瞬とまどうだろうね。
質問シートを見せてもらって、チェックリストが「Z−8−わ」で終わっていたりすると(笑)、気が遠くなって、「せんせ、ゲタをあずけますけん、よろしく!」となってしまうのも無理はない。

また、ゲタをあずけたくなるようなキャラクターが外科医の条件だったりするのだろう。
日本で初めて心臓移植を執刀したドクター和田など、当時は押しの強い、まるで板前さんのような丸刈りのおとっつぁんだった。鉢巻の似合いそうな。

僕も、心の病なら香山リカちゃん、脳腫瘍ならペンシルバニア大学病院のドクター福島、いよいよ末期となると聖路加の日野原理事長に、「署名捺印した白紙おまかせ状」持参ででもお世話になりたいものだ。これでだめなら本望だしね。

そんなのどかなリクエストをしていると、「不純な動機も垣間見えるから、あなたには開頭手術しちゃいます。精神科専門だから、わたし一度でいいからメスをさばいてみたかったのよ」とメガネの奥で笑うリカせんせい・・・(笑)
そうですか、そうですか。
「なぜパンツ脱いで満ち足りた顔してるんですかっ!!」
と叱られたいものだ。


明朗会計生活は高次方程式

at 2006 11/04 16:21 編集

「あわてて出て行かれんでも、なんぼでもおってもろうて、いいですよ。次の入居の募集もしてませんし、年内は空けときますんで」とおっしゃる大家さんの御厚意に甘えて、新居と旧居を行ったり来たりの変な二重生活をしている。いかんなぁ。後ろ髪が釘づけ状態ではないか。

新居でも、ご近所づきあいが少しずつ始まった。たまたま玄関から部屋まで一緒になった「コードネーム吉岡美穂」と、軽くあいさつ。
「あの、私もこの前入ったばかりで・・・友達と一緒に暮らしてます。よろしくお願いします」と、びびりながら(笑)二人分のお名前とともに自己紹介して下さった。

そういえば、2部屋空いていて、おぬしの部屋は業者に見せてもらったのじゃよ、と話がはずむ中、盗聴器をしかけておいたことは伏せておいた。
それは冗談として、なぜ家賃が同じ西向きの暗い方を契約したのだろうか。タッチの差で、うちの方がふさがっていたということか?
夜景ビューの方が希望だったのにっ!!そこに下宿させてっ!!
ということなら、喜んで。ルームメイトのコードネーム伊藤美咲もご一緒にどうぞ。
てなことには、ならんでしょうな(笑)。

とはいえ、ルームシェアか・・・いいねぇ、青春してますねぇ、友情のメモリー256MBですねぇ!
と、孤独死に向けて一人暮らししている毒身中年は感慨にふけるのだった。

そういえば、愛媛から進学してきて、不動産屋から「家賃が安いよ」というふれこみで、ルームシェアしているという少年がいたのを思い出した。
「へぇ、友達と?」と聞くと、
「いいえ、知らないおじさん。台所も冷蔵庫も共同で、僕のもの勝手に食べられちゃうんです」
とグチっていた。
これはルームシェアというより、悪どい抱き合わせ契約ではないかと思ったけれど、まぁおじさんと少年の愛・・・いや友情を祈って(笑)エールを送っておいた。
これも修行だと思えなくもないしね。

最近うちの兄はローン分担という約束でワーキングウーマンと再婚したが、明朗会計で生活をシェアする感覚こそ、大人の結婚だなぁ・・・と僕は感心したものだった。
友達との同居生活も、深刻なもめごとの種の代表が、金の問題だろうと思う。

宮崎哲哉さんが、生体腎臓移植についてテレビで「自分の体の売買は絶対に悪いことですか?愛情や親族のしがらみで後々もめるなら、金で処理するのもひとつの知恵」とコメントしていたけれど、たしかに金で割り切れることは明朗会計してしまった方がいいのかもしれない。
家事や掃除の分担で深刻にもめるなら、代行業者に頼んで費用を折半するとか・・・。愛情で片づかないこともあるからね。

そのへんは、二人(でも三人でも)の相性次第だから、ゴタゴタしながらもうまく行っているケースは多いと思うが、やはり僕には無理な気もする。たとえ「費用分担ナシ」の共同生活であっても、半額負担してでも自分の権利を主張するだろう。

あくまでも架空の話として、「あなたのために、退社してスーパーに直行して、あなたの好きな石狩鍋の具を選んで・・・ブツブツブツブツ・・・」とでも言われた日にゃ、「外食するわ」となってしまう。
こう明言されなくても、言いたい気配をワタクシは敏感に嗅ぎ取り、そう言われかねない状況を予知し、予防線を張り巡らせば、これが孤独死への一本道である(苦笑)。

このあたり、聞き流せるか、言われている意味が完全にわからないかの殿方が、うらやましい。
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2006年10月の日記
開け、ゴマカシ!

at 2006 10/31 21:58 編集

きのう退社して新大阪界隈を歩いていたら、僕と同じ道を駅に向かって歩いている浴衣野郎がいた。ダッフルバッグを肩にかけて、スタスタと。
琴欧州だった。あらま!

付き人もつけないで、よくまぁ大胆に、飄々と、お気楽に・・・。すれ違う人々みな小声で「琴欧州?・・・だよね」とささやいたり、おじさんはうなったりしている。
自然体で、いい感じ。

どんな日本人も胴体の陰にすっぽり隠れるほど、でかくて腰の位置も高い上に、ゆっさゆっさ・のっしのっしと力士歩きではなく、競歩のような歩き方は、かっこいい。
目撃しただけで御利益がありそうな、不思議なオーラは、やはり国技の担い手だからかな。

僕のように、喫茶店に入って気づかれにくい存在は哀しいが、力士は逆に目立ちすぎて、プライバシー皆無だ。いくら「変装」しようと、全身で「力士です」と宣伝して歩いているようなものだから、ふだんウンザリするほど見られ続けて穴だらけだろう。お気の毒に。

こんなふうに力士が目立ち過ぎるのと対称的に、かなり悪どいことをして面が割れていない公務員がいる。
5年間欠勤して血税をだまし取っていた奈良市職員が、匿名報道のままなのだ。

これも、サイキック・コメントによると、丁重に扱わないと逆ギレして、いもづる式に汚職の構造を大暴露しそうだから、組織ぐるみで守っているのだという。
なるほどね、そう考えた方がつじつまが合う。

組織が崩壊して業界から追放された「話題の人」に、あの姉歯事件関係者もいる。こちらは、EホームズのF田社長・・・なんて匿名にした方が目立ってしまうが、このF田さん(僕はかなりシンパである)、「APAホテルグループにも偽装があるぞ!女傑社長とねんごろな安倍首相に直談判させろ」と息巻いている。

これが本当なら、ホテルや不動産業界まるごと、耐震偽装どころか、震源地そのものになりそうな話ではないか。
いいぞ、がんばれH田!(笑)

暴露が怖ければ、F田さん、ヒューザーO嶋社長、S研のU河社長・・・という具合に匿名にして、業界の血の結束で守り通さなくてはいけないよな(笑)。それとも、かなりの確率で、F田さんは暗殺される。
それでこそ、隠し合いかばい合いの、談合体質な業界の闇の力である。

かと思えば、あちこちでいたいけな女子中高生が、いじめを苦に相次いで自殺している。闇を感じるぞワタクシは。
ぜひ遺書を公開して、加害者を明らかにしてはどうだ?

およそ、いじめで自殺する被害者はいても、加害者が責任を取って後追い自殺した話は聞いたことがない。加害者の人権が保護されて匿名化したまま、というより、いじめっ子は「あの子も、この子も、みんなでからかっていた」と申し開きすれば自然に匿名化するから、永遠に加害責任はうやむやのまま風化して行く。
わずか5年もたてば、「昔そういえば死んじゃった子がクラス(クラブ)にいたな」「だれだったっけな〜?」てな程度ですんでしまうのだ。

どこの学校でも、クソ役人校長が(ちくしょー好調のまま県教委幹部になれたかもしれないのに、とダジャレ混じりでツバを吐いているだろう)、「いじめは確認できませんでした」とぬかしている。マスコミの取材では、ちゃんと加害者を指摘した証言も次々に出てきているのにね。

ひたすら実態を隠そうとしているのか、本当に実態がつかめていないのか、どちらなのか。
教師が調べて実態がわからないのだとしたら、生徒が教師に心を開いていない学校なのだということだろうに。

本当に生徒が何でもかんでも暴露するようになれば、いじめも体罰もセクハラも差別も、どんどん出てくるような気がする。
だから、心を開けさせる学校臨床心理職という部外者が現場に入ってくることに抵抗する教員文化というのがあったと記憶している(別の意味で僕はスクールカウンセラーに反対し続けているが)。

実態をつかもうとすれば、純粋に上下関係でない、客観的な第三者でないと、無理ではないかと思う。学校でも、企業でも、組織は闇だらけだから。

F田社長のような暴露マンが、学校いじめ業界(!?)からも出てこないだろうか。
「私はこれがおもしろくて、いじめ歴10年!でも足を洗ったので、心を入れ替えて暴露します」という転向者が、いじめの闇を開いて見せてくれると思うのだが。
 


トリックは予想内

at 2006 10/30 19:35 編集

おいおいソフトバンク、0円といいつつ、長期契約やらゴールドプラン指定やら9時以降は200分やら条件をいっぱいつけて、かなり偽装に近いんではないかい?

基地局や回線の増強こそ最優先の課題だろうに、よほど資金が不足しているのか、宣伝が先行しているのはアベコベな気もするが、まぁ僕はユーザーではないから他人事でしかない。

本当の通話定額でぢーーーっくり会話したい人はウィルコムを選ぶだろうから、もしKDDIとウィルコムが提携して複数回線割引でも始めれば、ドコモもソフトバンクも致命傷になるのではないだろうか。

そこが、業界通でない僕には謎で、なぜ元DDIはKDDIと提携してくれないのだろうか。業界の牽制か役所の指導か、不思議な力が働いているような気がしてならない。
たしかに、あまり独占が進むのはよくないだろうが、それを言うなら、ドコモのケータイ事業とPHS事業のカップリングこそ問題だろうに・・・(ドッチーモなんて端末もあったけ)。

独占に近い寡占といえば、阪神間の電車3社でも、熱い戦いが始まった!
まぁ、これは10年戦争以上の長期戦になっている宿命の対決だが、JRが阪神、阪急の間にまた新駅を造る工事を進めていて、来春のダイヤ改定が決戦になりそうだ。

「阪急以北」の住民は阪急に乗り続けるだろうし、阪神以南の住民もわざわざJRに乗りに行かないだろうから、実際にJRに浮気する客は、阪急と阪神の間に住む限られた層にはなるだろう。
それでも、JRの鼻息は荒い。利便性の競争は、大いにがんばってほしいけど。

通勤通学客の奪い合いは、KDDIウィルコム問題と少し違うが、やはり素朴な疑問は感じる。阪神は、奈良まで直通の新線を工事中だから、開通したら「姫路から奈良まで乗り換えなし」が実現する。これはJRにないメリットだから、期待が高まる。

ところが、阪急は何やってまんの?と思うほど、小手先の対抗策しか打ってこない。JR夙川に対抗して、「阪急夙川にも特急を停めます」といっても、こんなことをしていると、特急が限りなく普通に近づいて行くぞ。「その代わり、スピードアップします」ったって、スピード勝負は事故を連想させるから、客の命を賭けた競争なんて、禁じ手ではないかい?

やはり、KDDIとウィルコムの提携(案)のような劇薬に相当するのは、阪急の京都線、神戸線の直通だろう。
長年阪急に通学定期代を貢いでいた身としては、不甲斐なさは募るばかり。ええかげんに、十三駅乗り換えをさせる変な運賃体系は見直して、神戸から京都に直行できる便を導入しなさい!と思うのだが・・・。

そうすれば、JRの代わりに阪急で京都に行こうか、と思う「阪神間の客」は増えるだろう。大阪の客が京都や神戸に行く、または京都や神戸の客が大阪に行く流れだけを考えている阪急経営陣の頭は、どうしようもなく古いのだ。

阪神間だけを移動するなら、阪急でもいい。僕も、学生時代までは阪急だけ乗っていればよかった。
でも、いま新大阪に通勤するにはJRしかないし、京都へ遊びに行くのに阪急で行こうとは思わない。

「スルっと関西」なんてソフト面でJRに対抗するのはさておくとして、ハード面も伴ったネットワーク思考が欠けている。50点頭なのだ。
そりゃーたしかに「宝塚や箕面や阪神間の沿線開発地域と大阪を結ぶ電車」が阪急の原型だったとはいえ、大阪中心で考えるより、京阪神、ひいては滋賀と瀬戸内を結ぶ広域ネットワークで考えるJRの方が、少しは利口だと思う(大事故は起こすけど)。

梅田を素通りする「広域移動」には、JRがダントツで便利。おかげで、梅田にはめったに途中下車しなくなったぐらいだ。
そうか・・・
ははーん、さては大阪の財界が、大阪を素通りさせないよう、阪急に京阪神直行便を走らせない闇の圧力をかけているのかもしれないぞ(笑)・・・なんて考えはじめると、ますます疑惑は深まってよろしくないが、僕と同じ「阪急客OBいまJR客」は少なくないと思う。

JR夙川駅は、(僕は通過するだけだから関係ないが)大歓迎。阪神の奈良作戦も、アッパレな発想だ。
大阪起点発想の阪急は、そろそろ脳ミソを入れ替えたらどうだ?
社名もよくない。
「大阪スルー電鉄」
これしかない!(笑)「阪休電車」でもいい。

いっそ阪急は、十三を大阪の玄関口にすればいいのだ。
「十三ギャグ」で笑わせてくれた故・岡八郎さんも喜ぶだろう。


単身赴任のような、家族ドラマのような・・・

at 2006 10/29 22:01 編集

明け方近くまで荷造り作業をしても、なかなか終わらなかった。
もう、泉のようにゴミがわいてくる。
思い切りのよしあしで、ゴミの量は変わってくるようだ。
さばさばしていると、どんどん捨てられる。
「これはいつか使えるかも・・・」「記念になるから」と思って取っておいたものは、いざ執念をあっさり解き放つと、「もう、ええわ」と簡単に手放せる。
この執着気質が、一瞬だけか、何年も尾を引くかが、ゴミの量を大きく左右する。

クセモノは、昔やっていたミニコミとか、大学時代のゼミやサークルの機関誌の類を「発掘」してしまったとき。非売品だし、片面コピー+ホッチキスの安っぽい冊子だが、こんなものでも、軽薄でクリスタルで、底抜けに明るい80年代が目の前に広がって、ついつい見入ってしまう。
僕の手元には、大学進学までの幼少年期の写真というものが残っていないので、20歳以降の人生絵巻だけでも貴重なのだ。

こんなとき、家族でいると温度差が違うものだから、ビジネスライクに淡々と作業しているときママが昔のラブレターを出してききたり、娘が家とお別れしていたりして、ドラマチックな引っ越しになる。
そういうのが、ないもんなぁ・・・

もっとも最近だと、「そんなものは、持って行けませんよ」と言われても、「パパは置いてってもいいから、この壁の落書きは持って行きたいの!という子は普通にいそうに見える。
ゲーム機は肌身離さなくても、ペットの犬や猫は置いて行ったりする。

で、何百kmも離れた新居に、買い主を追いかけて訪れた犬や猫なんかが話題になることもある。
捨てるような買い主を追いかけることもないと思うけれど、引っ越しは家族の愛情模様をあぶり出すリトマス試験紙になっている面は確かにあるようだ。「パパはニューヨーク支店に栄転だ♪」となっても、置いてかれることをそろって望む妻と子供・・・もいたりするから、引っ越しはもう、家族の愛情を測るイベントではなくなっているのかもね。


秘宝館廃止か?移転再開か?

at 2006 10/28 23:51 編集

あぁ忙しい。
そろそろ、頼んどくか〜と気軽に引っ越し業者さんに電話しはじめて、だんだん焦ってきた。かける先、かける先みな「満車です」でアウト。いかにも「え、あさってですか〜!?」と驚いたような声のトーンは、言外に「バカヤロー」を匂わせている。

たしかに、最近やたらCMを見るような気がするから、引っ越しシーズンなのだろう。
そんな大手業者は全滅。
10件目に届こうかという「すがるコール」に、やっと地域密着運送店が応えてくれた。見積もりは明朗会計、ダンボールは前日までに届けておきましょう、ただ忙しくて先約を回ってから行くので夕方になります、と断りがあった。これはもう、しかたない。
ともあれ、今度ばかりは専門業者の2トントラックで「一掃」できそうだ。

あたふたと「魔界」にメスを入れはじめると、荷造りに夜通しかかりそうな気配。ワナワナ・・・
「ねぇパパー、このプーさん連れてっていい?」
「だめだ、今度のマンションはぬいぐるみ禁止だ」
「あーん、やだよ〜」
なんてドラマチックなシーンはどこにもないのが独り身の味気なさ。出てきた古いアルバムをめくり、「ありがとう」ってつぶやく・・・てな干渉に浸りたくても、そんな「ろまんちっくアイテム」もない。
つくづく、味気ない暮らしだなぁと思う。

前回のプレ引っ越しに集まってくれた悪友たちは、天然男たちだから、「ろまんちっく映像ソフト」のおすそ分けを期待しているような口ぶりだったが、それもない。
どこかに、景気よく空気をパンパンにつめた人形でも隠しておいて発見してもらおうか?(笑)
南極何号ならともかく、角刈りで柔道着を着た細川たかし似の人形があったりすると、後々語り草になりかねないから、あれは空気を抜いて畳んでおくとするか(!?)。


ステーション・ポータリビティー!

at 2006 10/27 15:47 編集

再び、琵琶湖岸の新幹線駅誘致問題。
このゴタゴタに嫌気がさしたのか、栗東市職員の新規採用内定者は、一人を除いてほとんど辞退してしまったらしい。代わりに馬でも採用するのだろうか。

栗東市がはじいた新駅の経済効果予測は、どうも怪しいぞ・・・ということで、滋賀県が調べなおしたところ、予測は半額ほどだったという。
どちらの調査も政治的な意図がこもっているはずだから、おそらく正解は「間」にありそうだが、やはり見込みは甘いのではないだろうか。

この秋のJRダイヤ改定では、京阪神を結ぶ通勤電車が福井県まで開通した。西は瀬戸内・姫路、東は北陸・敦賀まで直通、しかも特急・急行料金もいらない!というのは画期的だ。
太平洋と日本海をつなぐ通勤電車なんて、全国にどれだけあるだろうか。
もちろん、JR西とJR東海と行政の仕事はそれぞれ別だが、こんな風に在来線をもっと便利にする方が、投資対効果は大きいのではないか?と素人目には見える。

どうしても造りたいなら、新駅をとりあえず開業してみて、あてがはずれたら即ご破算にするぐらいの潔さがあってもいい。ただ閉鎖するだけだと「もったいない」から、どこかに移転すればどうじゃろか?と思ったりもする。

たとえば、品川駅の次に「新品川駅」なんか、どや?(笑)というのは悪い冗談ですむが、京都・大阪の中間に新高槻駅というのは、アホな政治家がまじめにぶちあげそうな話ではある。
あと、在来線乗り換えの要衝になっていて、空き地も広々とある尼崎駅(大阪駅から5分!)も、「新」がつくとおもしろい。
もう、新幹線と新快速の違いが紙一重になってくる。

大阪のベッドタウンになっている三田市には新三田駅があるから、ここは駅名を変えなくても新幹線駅にできるのがアドバンテージ!(もしかすると、新幹線が通ることを見越して新三田駅を開業していたのかもしれない)。
福知山を突き抜けて、「山陰新幹線」としては悪くないルートである。

とまぁ、昔ウルトラセブンに出ていた「空中浮遊する都市」みたいな感じで、あちこち仮設駅を動かしてみて、経済効果をみればいいのだ。
レンタル料金とか命名権料なんかをくっつけて、浮遊することで収益が上がる駅なんて路線もいい。
利用者にとっては、こんな駅は迷惑でしかないだろうけど。


履修偽装高校

at 2006 10/26 22:48 編集

全国の高校で発覚した履修漏れ・・・というより、履修偽装といえるほど確信犯もあったようで、地方の進学熱心な高校が、幕府に従わない藩になっていたということか。
それほど地方では高校が予備校化していて、受験シフトせざるをえないのだなぁという事情が浮かび上がってくる。

今の大学受験で、社会科の選択は、必修のはずの世界史が25%、日本史42%、地理33%になっていて、この世界史が主に偽装のターゲットになっているようだ。
ただ、この受験シフトゆえの履修偽装は、生徒や保護者や教師まるごと一蓮托生になった要望でもある。「生徒に罪はない」と擁護していた校長先生もいたが、「入試でいるかいらないか」で科目を選び、「偏差値が上がる授業」を求めているのは、生徒自身ではないのかな?

オトシマエは、補習である。
何十時間か、多い高校で200時間の補修を受けるはめになるようで、ご苦労さんなことだ。
まぁ、それで卒業できなくなって大学合格が無駄になるようなことには、ならないだろう。形式的に春休みあたりに集中授業をして、「居眠りしてていいから授業を受けているふりをしろ」「試験は全員通してやる」ということになる。いや、そうならなければ暴動が起きる。
つまり、受験に直結しない授業なんて、「儀式」になっているのだ。昔から。

文科省の学習指導要領が、どこまで大学受験シフトすべきか、純粋に高卒者が習得してほしい学科構成であるべきかは、これから議論していけばいいと思うし、そのきっかけになった事件ではあると思う。
時代によって、必要な公教育コンテンツは違ってくるだろうし、社会科に限っても現代社会が消えたり、倫理社会はけっこう大事に思えてきたりする昨今なのだ。

公教育で足りない部分は予備校で、といっても、経済的な余裕がない家庭や、予備校がない地域だと、おいそれとは補えない。こうして「大都市圏の裕福な師弟」とのさまざまな格差が開いて行くのは、問題ではある。
「社会に出てからが勉強だ」てな乱雑な意見もあるけれど、18歳の受験の結果次第で、かなりの程度、社会のどの層に属して行くかが決まってしまうのが現実。
だから、現役の高校生と保護者は「我が子の通っている今の高校」で頭が一杯になってしまうのも無理はないだろうなぁと同情する。

そこは、企業で何十年のキャリアを積んでいる親が、長期的に学歴の意味について大人のスタンスを持って、我が子の進学を考えてほしいと思う。「進学だけが人生じゃない」と、本心からいえるのかどうか。
となると、親の責任も重大になってくる。教諭は教育行政の世界しか知らないから、自分の業績は「○○大学進学させ率」でしか自分の評価基準がない。あと教えられるのは、教員試験合格術ぐらいだろうから(笑)。

たしかに、働きながら、必要に応じて経済や法律や情報処理や医学など勉強できる社会教育、リカレント教育の必要性は、僕が前々から訴えてきた選挙公約だが、考えれば考えるほど広い問題だから、あえて下世話で個人的な「せまーい補修希望」を叫んでお茶を濁しておきたい。

女子高生と机を並べて勉強したかった!
である(笑)。

下足箱にラブレターを入れさせたり、第二ボタンを下さいと言わせたり、インターハイのアマチュア無線の部でモールス通信優勝を木陰で祈ってもらったり・・・(結局そんなチャンスに恵まれない少年だとわかっているから、全部たのんでしていただくのである)、そんな青春よプレイバック!!

・・・と願ってもしかたないか。
こういう授業以外のオカズは、未消化な大人が多いと思うから、ビジネスになるかもしれないのだが。
腹の出たガクラン姿や、オババのセーラー服や、怒った瞬間に脳卒中の鬼監督・・・で阿鼻叫喚(笑)。
もちろん、メインコンテンツの国語も英語も、けっこうおもしろいと思うぞ。教育実習で来た女子大生や好青年を、いぢめ抜いてやろうと待ち構える親世代の生徒たち!
というのも、ときめくではないか。

幸か不幸か、僕は優等生であったので(そりゃ就職クラスにいたからか)、補習の必要はない。ただ、「女子高生」が一人も一カケラもいなかったのが、悔やまれてならない。
母校は男子校のままでいいから、万葉集とか古今集なんて独立した科目はやめて、「コンパ」「出会い」「ナンパ」に置き換えて補習をしてほしいものだ。
しかしまぁ、美しい国づくりを反映したような、右寄りの母校だったなぁと懐古するばかりである。


ナンバー・ポシビリティ

at 2006 10/25 20:57 編集

ナンバー・ポータビリティが解禁。
といっても、実際に動きはあまりないようで、すぐ競争激化とは行かなかった。
すでに各社とも、長年の顧客を囲い込んでいるということか?

僕の携帯は旅行のときしか携帯しないので、古い機種のまま特に不自由もないのだが、たしかに10年近く使っている1号機PHSと、最新の(といってもドコモの505シリーズ)2号機を合わせても、維持費はめっぽう安い。特に、長年のユーザーはドコモ率が高いから、あえて割高な乗り換えをしようとしないユーザーが多いのかもしれない。

手数料5000円なりを払ってもほしいサービスがよそにあるのか、それと別に単価何万円も払ってでもほしい端末がよそにあるのかと考えると、ふと頭が覚醒してしまうのだ。
それほど、似たり寄ったりの品揃えなのだ。

個性的といえば、一人負けするのではないかとささやかれているソフトバンクは、ウィルコムをパクって自社端末同士は通話無料なんて打ち出していて、もう破れかぶれ感さえある(笑)。
売りのアクオスケータイは、特定の文字列入力で幻想的な反応をするというので話題になっていたし、この会社からは目が離せない。ある日いきなり孫社長がフサフサになって登場するぐらいのことも、やりそうだし。

テレビは空き時間にチェックできればいい程度にしか見ていないので、ワンセグでいいか・・・と食指を動かしているところだが、まだ機能がこなれていない。
録画できても画像はコピーできないとか、いろいろプロテクトがかかっているのだ。来年のドコモのアクオスケータイでは少し緩和されるようだが、どうせそうなるんだから、いっそ潔く機能ブレークしてほしいものだ。
今は、手軽さと「もどかしさ」とのジレンマで、自然に買い替え控え状態、というところかな。

わが本命は、時期未定のPHSナンバー・ポータブル化である。
050をIP電話にとられ、060で落ち着いていたら070に移れといわれ、ケタ数も勝手に増えて、なにやらPHSは哀れな流浪の民なのだ。おかげで、不変の下4けた番号にはむやみな愛着があるぞ。
まぁ、来年度中にドコモが撤退するから、いやおうなくキャリアを替えるしかない。ウィルコム独占市場というのは、ちょっと癪だがなぁ・・・

だから、ドコモやauでは見えない「社長の顔」があるソフトバンクは、ケータイ市場ではあっさり負けて、PHSに乗り換えるのも手ではないかな。いっそ、PHSはヲタのハッテン場として生き残ればいいのだ。


5ドル定食

at 2006 10/24 22:38 編集

また新しい定食屋を発掘した。
チェーン展開しているようだから、とりたてて珍しい穴場でもないだろうが、鮭の切り身二丁が乗ったちゃんちゃん焼き定食650円、松茸と野菜の炒め定食690円、五穀米のとろろ丼580円・・・という具合だ。
ご飯の量が少なめで、ちょうどいい。

割安感あってか、いつも店は混んでいて、安い店特有の若い客が嬌声をあげてはしゃぎまわっていたりする。
それと、なぜかいつ行っても必ずといっていいほど外国人観光客がいて、もの珍しそうに和定食屋にチャレンジしている。
ガイドブックにでも載っているのだろうか。

食券の販売機で戸惑い割り箸にとまどい、付け合わせの漬け物に顔をしかめている(笑)のは、決まって白人系だ。ま、和食の味にめざめて下さい。
日本人と似た観光客は、もう手慣れたものだ。

その分野について僕はまったく知らないので「アニメ」としかわからないカードをごっそり買ってきて、店で点検しているOTAKUさまグループに囲まれて、僕は孤独なんだかにぎやかなんだかわからん晩飯をとっていた。

僕の向かいで親子丼を先に食っていたあんちゃんは、仲間に「それ何が入ってるの?」と聞かれて、chicken and eggと答えていた。そりゃあまりにもその通りだが、丼の感覚をつかんでませんな。
案の定、そいつは具だけ早々と食ってしまい、残った「汁かけ飯」を黙々と食っていた。今後の上達に期待したい(笑)。

でも、こんな不手際も、旅人にとっては「異文化」の楽しみなのだろうと思う。どの国でもマクドでスイスイ、片言の片言英語で注文OKというのも、便利なようで味気ないから。

日本にきた観光客にしても、5ドルかそこら相当の「和風の定食」を食べて、ジャパニーズ・キュイジーヌだと思われても困る。海原雄山でなくても、これは許すわけにはいかないのだ(笑)。
和風やフレンチ風、イタリアン風、中華風・・・が混沌となっている全体が、和風な雑食性というものかもしれないが、「ここに連行したら何国人でも脳天落雷の大ショックを受けて和食に開眼する!!」というような、600円程度の定食屋がないものだろうか(あぁ、無理か)。
そういう「美食洗脳倶楽部」が無数にあるのは中華の強みだろうが、寿司屋も蕎麦屋も、がんばってほしいものだ。


リットー調査団

at 2006 10/23 16:23 編集

新幹線の新駅を誘致するかどうかでもめていた栗東の市長選挙が、投開票された。
案の定、現職強しの地方選挙だから、「やっぱり駅ほしい」派の現職が当選はしていた。
当選は当選だから、これで「よーし駅つくるのじゃ」と勢いづくのもしれないが、民意の実態としては、当選者を支持しない票が6割だったのだ。知事も「駅いらないわ」と公約して当選している。
こんなとき、県知事のマニフェストと市長のマニフェストの、どっちが優先されるのだろうか。

滋賀県民の気持ちはよくわからないのだが、同じJRアーバンネットワークの沿線住民として見れば、「新幹線駅がなくても、新快速があればいいんでないかい?」とも思う。

180億円もかけて駅を造って、さて需要はあるのか、駅前再開発やなんかの公共投資は回収できるのか、草津駅や彦根駅や大津駅まで「うちにも新幹線」と名乗りをあげてこないか(笑)等々、問題山積であるね。
僕は個人的にファンである嘉田知事は、県民の人気はあるのに役所からは不人気だ。かわいそうに。

それなら、「東海道新幹線新駅凍結」が県知事公約なんだから、いっそ「ニュー新幹線」を通して、好きなだけ駅を造ればよろしい。たとえば琵琶湖一周の環状新幹線というのも、総延長200kmぐらいになるから、けっこう乗りごたえはあるだろう。

湖北の余呉もマキノも高島も志賀も「駅ほしい」と言うだろうから、20ぐらい駅を設ければいいのだ。そこを時速300kmでは目が回るから、駅に番号をつけて、この便は偶数駅に、この便は奇数駅に、スペシャル便は5番飛びに停車する・・・というようにすると、どの駅も公平になる。まるでルーレットである。

乗り間違うと厄介なことになるが、それは今の新幹線でも同じこと。この「のぞみ」は、この駅に停まるんだろうか?と戸惑うことがあるからね。

そもそも、当初の趣旨を尊重すれば「のぞみ」なんかは博多・新大阪・名古屋・東京だけ停車でいいと思うし、飛行機と対抗するなら「のぞみ」の上に「回天」でも新設して、博多発・東京停車・盛岡直行なんて弾丸列車にすればいい。
割り切る潔さも守らないと、「うちの村にもリニア駅を!造らないなら用地売らないよ」てなことになってしまう。

すでに、のぞみを、うちにもうちにも!!せめてひかりを!・・・と「こだま駅」がおねだりするから、のぞみはひかりと大差なくなってしまったのだ。
なんだか、エレベーターに乗ったらいたずらで全部のフロアのボタンを押してあって、各停になってしまった歯がゆさに似ている。

栗東駅は、ローカルな問題のように見えて、新幹線駅が増えるかどうかという問題なんだから、全国の鉄ちゃんが論じ倒す格好の話題になる可能性がある。
また、そうなった方がいいとも思う。「もう、宮城県の鉄ちゃんまで、なんで栗東駅をごちゃごちゃいうの!!」という気持ちだろうけど、停車駅と通過地域のメリット・デメリットを、交通経済の枠組みで考えなければいけない。
そこが、途中停車しなくていいエアラインに勝つための、「鉄の使命」なのである!(笑)

そのうち、駅が増えすぎて、今度はリストラ駅なんてのも出てくるかもしれない。
造ったはいいが、すぐ用済みになってしまった「新品ピカピカの廃墟」なんてのは、上北沢暗室アルベルト室長あたりが喜んで撮影に行くだろう。


「レコパル熱」再来?

at 2006 10/22 22:51 編集

渡辺香津美さんのDJでジャズ番組を堪能。いい感じの「深夜感」だ。
たいてい留守録音を夜中にプレイバックすることになるが、聞いているうちに寝てしまう。トーク番組も、1時間たたないうちに確実に寝てしまう。
人が語る声は、最良の子守歌になるようだ。
夜通し電灯をつけているから、おしゃべりがにぎやかで明るい部屋で安眠するクセが、すっかり僕の身についてしまった。

深夜ラジオを聞きながらの勉強というのは、あんまり僕には経験がないが(実際、勉強にならないだろう)、ステレオをかけながら寝てしまうことは、しょっちゅうだったし今もそうだ。

ウォークマンやi-podを聞くのとは別次元の、部屋がコンサート・ホールになる「夢見装置」が、ステレオという家具。
あぁ、オーディオ・コンポも新居で再構築したいなぁ・・・と思ってオーディオ雑誌を見ると、基本的にマニア度は
オーディオ青年、オーディオ少年が、そのまま年をとってオーディオおじさんをしているからだ。

今のトレンドは、5.1chサラウンドでホーム・シアターを!!がブームだとか。浦島太郎の僕には、プラズマも、フルスペック・ハイビジョンも、なんのことやら、さっぱりわからない。
昔から、4chだのスーパーウーハーだのバイノーラルだの、いろいろな立体音響がはやってはすたりをくりかえしてきたものだから、その1つの波にすぎないか、と構えているだけ。
2chで聞くとクインテットがデュエットに聞こえるわけじゃなし、「ウットリできるハイファイ・サウンド」が楽しめたらそれでいいではないか。

うるさがたのオーディオ中年には、「僕のアンプはマーク・レビンソン、スピーカーはJBL4343・・・」なんて言えばもう、殺し文句になって、ハハーッツ!!とひれ伏させるぐらいの威力があるものだが、こんな伝説をまとったコンポーネントというのは、今あるのだろうか。5.1サラウンドが、そうなるわけか?

映像を楽しむ道楽は、それはそれでいいとして、映画やテレビを見ながら寝てしまうと、どこか損したような、もったいない気がするのに、音楽を聞きながら寝てしまうと、幸福感が残る。
僕だけかもしれないし、その理由もわからないが、こんな錯覚を感じさせてくれるのも、「オーディオの懐」みたいなものかもしれない。
震災まで愛用していたラックスマンの真空管アンプとタンノイ・エクリプスを再び震わせる日は近い!(押入れの中で死んでなければいいが・・・)

リモコンつきCD・MDコンポの手軽さも、これはこれで捨て難いグータラな体になってしまったのが、ただただ悔やまれる。
来週の引っ越し助っ人は、同じくオーディオマニアで、トヨエツ同級生のK杯君だが、彼がゴージャスに一人暮らしする芦屋の広々マンションに行くと、同じくグータラになっていた(笑)。
「ブルータス、おまえもやな」と、ちょっと安心した。


M8はライカではなーい!!

at 2006 10/21 21:05 編集

毎月20日の写真誌チェックは、もうほとんど
なんで毎月、「最高画質」のデジカメが出るねん!頂点を極めたというカメラが、なんでこんなに多いねん?メーカーの提灯持ちにふけりおって・・・とブツブツ悪態をつきながら、アホらし。
と「総括」して終わり。

今は新聞夕刊の方がおもしろい。
産経の関西版に、抒情的な写真とともに連載されていた内田ユキオ氏のエッセイは単行本になったし、今は日経に宮本隆司さんが連載をしている。

静謐な建築写真、というより廃墟写真で有名になったかもしれない宮本氏は、阪神大震災で被災した友人に「ぜひ撮りに来てほしい」と請われて現地入りして、壊滅した被災地の光景に慄然とする。
その瓦礫の一部を使ってベネチア・ビエンナーレに出展したくだりは、小林康夫さんの連続対談集『表現者たち』(講談社)で語られているが、この縁なのかどうか、今は神戸の芸大で教えておられる。

そのキャンパス模様が短いエッセイになっていて、写真専攻の学生の「いま」が伝わってくる。
僕も「えっ、夜行列車というものを知らないだとー!?」と驚かされるのと近い昭和の終わり世代は、ときに「フィルムを見たことがない」と無邪気に語り、宮本センセイを驚かせる。
たしかに、写真はケータイ、使いきりカメラはフィルムにノータッチ、ちょっと真剣に構える子だとデジカメという時代に、あえてフィルムを装填するカメラを使う子はいないのかもしれないわな。

またある子は、印画紙を買って来て明るい部屋で開封し、小分けしてから学校に持って来たというので、感光するという現象を教えるはめになったそうだ。
感光という化学反応、光がレンズで屈折して像を結ぶメカニズムなんかを知る機会を、デジカメは奪ってしまった。たしかに、失敗カットはどんどん消せるし、費用を気にせず撮りまくれるし、パソコン→プリンターと直結して、プリントアウトも自前でできる。

そんなデジフォトの本質はとても便利で、僕もありがたく活用しているのだが、そこに宮本センセイは「失敗をおそれちゃいけないよ」とレクチャーをかましておられるそうだ。
そうだそうだ!(笑)

そういや学生といえば、もう、フィルムを知らない世代どころか、普通の学校教育を受けた日本人のほとんどは、鉛筆と消しゴムでノートを取るスタイルを刷り込まれていて、ことあるごとに僕は革命のノロシをあげては総スカンをくらっている。
書き間違えたら消しやすいから、鉛筆(シャーペン)で書かないと不安。そして失敗は消せばいい、と学習する。
鉛筆なんて摩擦があって疲れるし、消していると書くスピードが遅いし、かすれたりするし、ろくなことはないと思うから僕はボールペン派だった(中国では万年筆を使わせているそうだから、戦前の日本の旧制高校と似ている)。

ちょうど、デジフォトが好き、というよりフィルムを避ける現代人気質には、自分の失敗を消してしまいたい鉛筆根性(いや消しゴム根性か?)もあるように思う。
そうして撮られた写真は、コピーも偽造(レタッチともいう)も自由にできるから、こりゃまるで「鉛筆書きの契約書」みたいなものではないだろうか。

デジフォトのコンテストとかデジカメで撮ったスクープ写真なんてのも、偽造の競い合いをしているだけだったり・・・(だからモナちゃん、そこから反論できるぞ!)。
フィルムならネガ(ポジ)に唯一の真実が残るけれど、デジタルデータにオリジナルもクソもないからね。

シャープな感性の『SWITCH』最新号も、「フィルム写真は生き残るか」なんて特集を組んでたりして、最近フィルム派としては居心地が悪いったらありゃーしない。
別にデジフォトを駆逐しようとか、無駄な抵抗をする気はないけどね。

もう、これはこれで、写真ではなくデジタル絵画だと思えばいいのかもしれないが、二度と再現できない「フィルムに感光する瞬間の緊張感」が、創作の火花になるような気もするんだがなぁ・・・。
まぁ、LPレコードや針、真空管アンプなんてのも静かにはやっているようだから、「良心の感性」みたいなものに、淡い期待を寄せたい芸術の秋である。


遭難したら晩酌

at 2006 10/20 16:35 編集

神奈川県では家族が、奈良ではカメラおじさんグループが、山で遭難する行楽の秋である。
気軽に紅葉見物に出かけるのもいいけれど、危機管理が乏しいと人騒がせなことになる。

祖父と母とともに山で3夜をすごした娘っこ二人ともフリーターだったことまで報道されて、ふもとで安否を気遣っていたパパは、しつけの甘さまで詮索されるはめになる。

報道もちょっと眉唾なところがあって、家族ハイキングの先導者だったおじーちゃんは、「ヒマラヤ登山歴もあるベテラン」らしいのだが、今回の神奈川県の山では、高度計表示を1けた見誤っていたそうな。おいおい・・・。
1000mの山を100mだと勘違いして「わしらの下山スピードはダイビングなみじゃな」と満足したり、10000mに見えて「ぅぅぅわしらは、エベレストを超えたんじゃ〜っ」と狂喜したりするベテランというのは、ちょいと怪しい(笑)。

900mの六甲山でも遭難死するハイカーはいるぐらいだから、八十代の「ベテランのOB」と、登山は初めてという孫娘たちが、低い山を甘く見てしまったのかもしれない。
僕も、晩秋の黒姫山で、日が暮れて途方に暮れて涙に暮れた(笑)ときは、「無謀登山者いい気味だ」なんて新聞の見出しが思い浮かんだ。
日が暮れた薮の中を漕いでいると、錯乱した脳神経の網の目をかいくぐっているような絶望感に襲われる。夜になると目視がきかないから地図もコンパスも役に立たない。

まぁなんとか偶然に登山道に戻れて、夜中近くに山小屋に駆け込めたから幸運だったものの、テントさえあれば、泊まって翌日じっくりルート検索ができただろう。
いや、最初から「適当にテントで寝る」つもりでバックパッキングしていたら、遭難することもないわけだ。ケガや急病がなければ。

とすると、食糧や寝る場所やコース・チェックなど、自分以外のだれかに依存するほど、危険は増すということでもある。いざとなると、飢餓!野宿!?救援要請!?費用は・・・とパニックになってしまうからね。

遭難すること前提に、それなりの装備はいるのではないかと思う一方で、高度計やGPSやケータイなど、手軽な道具が普及するわりに遭難事故も増えているような気もする。これも、ハイテク小道具がお守り気分を与えてくれて安心してしまうからか?
一口のんだら一夜は体温を維持して安心して生き延びられる魔法の救命薬なんてのも期待したいところだ。
「結局そりゃー酒やがな」ということにもなりそうだが。


著作物は著作者を裏切る?

at 2006 10/19 23:29 編集

夢は時間を裏切らない
時間は夢を裏切らない
は、松本零士さん描く星野少年の言葉か、ケミストリーの歌う槙原敬之のオリジナルなのか?
と双方が争っている。マッキーの「銀河鉄道999は知っているが読んだことがない」という弁明は、ちょっと苦しいから、わざと999を777とでも言い間違えてみせると、もっともらしくなるかもしれない。
窮地に立たされたマッキー、銀河鉄道の名前だって松本零士のオリジナルなの?先人がつくったのかもしれないのよね!と噛みついている場合じゃないのだ(オカマ言葉に深い意味はない)。

しかし、オリジナリティはというと、ちょっと微妙なフレーズではあるな。
松本零士さんは自信満々で、また愛着もあるようだが、これぐらいは自由に使わせてもいいのではないか?と思う言葉でもある。

それに、なんだかありがたい格言のように見えて、意味不明な気もしてくるぞ。夢は時間を裏切らず一緒にいるというなら、「夢がかなうには時間がかかるでー」とも受け取れるし、「時間が夢を置き去りにして過ぎ去って行く」ようにも思える。

いっそ、「夢は現実を裏切らない。現実は夢を裏切らない」の方が名文句ではないかい?
おっと、そうなりゃ夢を見るなといわんばかりの現実的なフレーズだが(笑)。

「阪神優勝」ぐらいでも知的所有権が認められるご時世だから、気のきいたフレーズは使いにくくなって行きそうな気もする。
もちろん、著作権は守られなくはいけないし、パクリとオマージュはきちんと区別されるべきだと思うが、純粋にビジネスライクな話でもない。芸術文化の創作の世界に、権利やらソリューションやらを持ち込むと、つまらなくなって、業界全体がやせ細って行くかもしれない。

松本零士さんのような大御所からすると、「一言あいさつぐらい入れるのが礼儀だろう」てな仁義の感覚から憤っているのではないか?とも思う。たとえば、堂々と「好きなラフマニノフのピアノ協奏曲へのオマージュ」と明言してAll By Myselfを書いたエリック・カルメンのように、フェアプレイで行けばいいと思う。

しかし現実に、マッキーと松本零士の距離感は、エリック・カルメンとセルゲイ・ラフマニノフより遠かったということなのか・・・おかしいね、せまい日本の芸能界なのに。



新書365冊は6年

at 2006 10/18 22:39 編集

朝日新聞社が新書に乗り出してきた。
ときどき新幹線で出張してきた宮崎哲弥さんを見かける書店で、どれどれ〜と朝日新書の品揃えを見て、その宮崎哲弥さんの『新書365冊』を購入。

帯には、「ミヤテツさん、読みすぎです!」と突っ込みが書いてある。ミヤテツなんて、「宮崎鉄道」みたいで、もしかして宮崎氏の秘められた趣味へのオマージュが埋め込まれているのかもしれませんなぁ。

疑惑はともかく、新書だけで毎月60冊読んでいるという。あいやー!読みすぎです(笑)たしかに。
僕の1年の新書消化量ぐらいではないか。ケタちがいやがな。ヒヤーッ・・・

新書100冊の書評集だから、どこからでも拾い読みできるし、それなりにおもしろく読み通せた。いやはや博覧強記なミヤテツさんの「読みすぎっぷり」には脱帽。
それでも、都市論や家族論などの社会学分野の新書は、いかにも社会学のタームを借りて書かれていて「おぉ、あんたもシャガクねぇ」と苦笑しつつ、少しは回路の接点を感じたのだった。

自分のおハチの政治分野の名著には、何ページも割いて熱烈推薦を寄せている反面、だめ本はケチョンケチョン。これも小気味がいい。
たとえば、トンデモ科学、似非科学本には手厳しくて、『ケータイを持ったサル』『考えないヒト』がヒットした正高信男なんかは数行でトンデモ扱い、「頭のいい人悪い人」の作文マニュアル本を乱発している樋口裕一に至っては、「かくも頭の悪い人の本がなぜ売れる?」の1行で切り捨てている。いやはや爽快。

感覚が合うなぁと思うのは、「無反省な越境」への警戒で、たとえばエンジニアが天下国家を論じたり、心理学屋さんが医学に踏み込んだりすると、往々にして基礎知識の欠落から理屈が破綻して「トンデモ」か「オカルト」に飛躍してしまう例がよくある(水に語りかけると愛情が通じていい水になる!なんてのが、僕を最近笑わせてくれたトンデモおとぎ話だった)。

動物の子育てを人間に置き換えて教訓にしなさいと諭すアナロジーや、遺伝子や環境ホルモンで社会病理を説明してしまう還元主義が、これまたヒットしたりするから、こんな「迷著」にミヤテツは手厳しい。中でも「脳モノ」の本を警戒しているようで、たしかにそんな気もする。

似非科学イコール宗教でもない、宗教書は宗教書としてきちんと評価して、怪しい宗教書まがい(たとえばニューエイジもの)はちゃんとあぶり出している。
この中でも、自分の立ち位置を仏教徒だと明言しつつ、霊魂をもてあそぶ世俗仏教やイカサマ坊主にもちゃんと鉄杭を刺している。
よく仏教を論じているニューエイジ学者の上田紀行なんかには、ちょっと批判的な評価のようだが、さてどんなもんだろう。
宗教論になると、論者の「目利き度」や良心があらわになってくるから、これからのミヤテツに、「お手並み拝見」である。


もの言えば 唇寒し ほっとこか

at 2006 10/17 12:14 編集

福岡の中学生の自殺は、担任教諭の差別発言だった!?
と告発が出て、どんどん出るわ出るわ、下品な冗談にもならないゴミ発言。
女子生徒には「豚」、ちょっとした親切をした子には「「偽善者」、そして今はこの世にいない当の生徒には、「イチゴが腐ったかのような表現」とぼかされているが、推して知るべし「再現できない言葉」なのだ。
こやつがまた国語教師らしいから、刑罰や民事責任を負うのでなければ、失語症になるのが報いというものかもしれない。

とはいえ、「犯人はこいつだ」と標的を決めて、いじめがなくなるわけではない。
担任教師の発言の責任は一番重いとは思うものの、差別的な教師に対して、このクラスには「抗体」ができなかったのだろうか。
「先生、ひどい!」
「そうだそうだ、○○君に謝れ」
というような連帯が生まれないほど、先生が専制的で(ダジャレかましている場合じゃない)、生徒たちは萎縮していたのだろうか。

もし、生徒一人一人が「あの子と先生」の問題に無関心であったり、ひどい場合グルになっていじめがはやるようなクラスだと、教師をつるし上げても本質は変わらない。次は、学校以外の場でいじめが潜行するだけだろう。

いじめは、取り巻きや傍観者がよけいに悲惨な構図を招くことがある。下手にいじめられっ子に味方して報復されるのも怖いから、知らぬ存ぜぬ・・・これでは、「気づきませんでした」という校長や教育委員会と同じ発想ではないか。いや、校長や教育委員というのが「中学生なみ」ということなのか。

今回のケースは、いじめっ子が担任教師だったようだから、なかなか盾つけなかったことだろう。教師が女生徒を「豚」と呼ぶのに相乗りして、同級生も「豚!」「豚!」と呼ぶようになった・・・なら、もちろん教師が主犯格だとしても、相乗りした生徒にも罪は問うべきではないかいな?と思うのだ。

でないと、主犯を断罪して共犯を免罪(こういう禊が日本人は好きだが、主犯と共犯が固い絆で結ばれている共同体であればこそ効果がある儀式なのだ)するだけだと、共犯は「新たな主犯」が出てきたとき、再び同じようないじめの温床になりかねない。

もしも、ひょっとして、件の中学教師が「クラスが団結するか分裂するか、反応を見るためにあえて偏った発言をしてみた」なら、それも1つの働きかけではあるかもしれない。僕も、「マヨネーズお好み焼き」を激しく差別してみせたりするが、これは若い子みな団結して反撃してきやがる(笑)。
でも、具体的な生徒をコケにするのは御法度で、マヨネーズやファストフードなど、できるだけ人格のないモノを貶める方が愛情というもんだ。

いじめと自殺そのものは、もう取り返しのつかない結果だが、その処理を誤ると、悲劇がなんの教訓にもならず、いじめは連綿とくりかえされる。そんな予感が残る学校事件は、気が滅入る。
学習しない学校組織というのは、つきあっているとバカを学習するだけ。時間と税金の無駄である。
 


ひとさまのマイホームへの夢

at 2006 10/16 18:16 編集

ありがたいことに、男ども3人と軽トラそれに3ナンバーのワゴン車が出動してくれたのに、一気に引っ越し完了とは行かなかった。
しょぼい買い出しと、しょぼい小荷物の搬出で、「プレ引っ越し」の日曜日。なんだかなー、我ながら要領わるいぞ。

それというのも、DKをかたづけはじめて、これはもう掃除の次元ではない、産廃業者に来てほしいほどの汚染の巣窟であることがわかり(笑)、友人を病気にするわけにはいかん!と変な遠慮が働いてしまったのだ。そんな意味で、引っ越し人夫は気がねしなくていい業者が一番、という説も納得できる。

軽トラを借りてきてくれた親切なホリエクンとしゃべっていると、「パパの鑑」のような奮闘ぶりに、あぁ病気・ケガをさせるわけにはいかん!と感じ入るあまり、なおさら人夫扱いはヒツレイに思えてくるのであった。

筋金入りのカヌーイストが、「今年はどこにも漕ぎに行ってませんわ。たまの休みに、赤ん坊背負って自転車で近くの公園に行くぐらい」と苦笑しつつ、良きパパ良き夫へ全身全霊シフトしている。これはもう、邪魔してはいけない立派な家庭人兼仕事人の偉大な姿であるね。

最近よく言われる「ワーク・ライフ・バランス」なんて、僕なら「両方しないバランス」とうそぶいて遊びに出るだろうが、ホリエクンは101%と99%ぐらいの奮闘ぶり。200%フルスロットルの働く良きパパである。
まぁ、永遠に続くわけではないから、あと20年ほどの辛抱(笑)というところかな。

今は、世間の子持ち族と同じく「マイホームか、賃貸借り替えか」で悩んでいる様子。
どうも51対49ぐらいの割合で、「賃貸の方がリスクは小さいかなー」という心境のようだが、たしかに悩ましい選択だと思う。

もしかすると、伊根の舟屋のようないかしたカヌーイスト・ハウスを建ててくれるかもしれないし、MTBやRVのガレージを最初から組み込んで、趣味の仲間がドヤドヤ集まって、さぞかし子供にとっては刺激的で楽しい我が家になるだろう。ワハハハハ

その「ドヤドヤ」の首謀者はたぶん僕で、「おーい奥さんビールもう1本!」と好き勝手なくつろぎ方を満喫する。
ようやく日付が変わって退散した後、嵐の過ぎ去ったホリエクン・ハウスで主が配偶者からどんな視線を浴びているか、知ったこっちゃない(笑)。

あー、恩を仇で返す罪人になりそうで、まことに申し訳ない。
こうして予告篇を流しておくと、受け身ができているだろうか・・・?


パンドラの箱クリニック

at 2006 10/15 21:54 編集

「その業界」では有名なドクトル根津が、代理出産を請け負っていたことを、何カ月もたってから認めて、波紋を招いている。
・・・とはいえ、「この医師」にして「あの代理出産」だから、驚天動地の大ニュースとまではいえない。

ちょうど、向井・高田夫妻の代理出産裁判や、愛媛の生体腎臓移植が話題になっている折も折だから、ネガティブなイメージの「キワモノ医療」というより、「そんな手があったか!」と妙に希望を感じてしまう一般国民も多いと思う。

今回は、出産できない娘のために、母親が娘とその夫との受精卵を宿して代理出産したということだから、母親の血を引いた子が祖母から産まれた、という形になる。
母親になりたい女性にとっては、学会除名その他のバッシングをものともせず助っ人を買って出てくれるドクトル根津は、卵子を提供できない女性の姉妹から提供された卵子を使った人工授精を初めて実施した方でもある。

その際に、「第三者の精子を使う人工授精と同じで、子を持ちたい夫婦の夢をかなえる正当な医療だ」という趣旨の会見をしていたように僕は記憶している。
一抹の違和感はあるものの、この違和感と、生殖技術の「恩恵」と、どっちが正しいのか考えると、心もとない気分もする。

第一、被害者がいない。
関係者がそれぞれの呵責なり負担なりを覚悟した上で、いや苦労するからこそ授かった命は、ひときわ愛しいのかもしれない。

もし、我が身ならどうだろう・・・と、ふと考える。
健康な妻がいながら、病気で「タネが尽きた」なら、弟に「おい、よろしく」と頼むのもやぶさかでない(弟からは依頼されないと思うが)。
ヒマラヤ登山に行くようなことがあれば、精子冷凍保存も考えるかもしれない。オーストラリアだったか、男性の事故死の直後に精子が採取されて妻か婚約者との間で子をもうけたケースもあり、「死後生殖」が話題になったこともあったっけ。

妻が卵子を提供できず、その姉妹が「無償で代理提供」してくれるというなら、断わるだろうか。出産できない妻に代わって産んであげるという親族がいたら、断わる方が残酷な気もする。
親族の中でこういう「代理」が行われると、報酬が生じない限り正当な歯止めをかけようがないから、かなりハードルは低くなってしまう。

こんな場合のハードルをあれこれ考える――主に批判的に――のが生命倫理学で、僕も長いこと研究会活動にかかわってきたのだが、弊害より恩恵の方がクローズアップされるようになってきたのを感じる。それほど、生殖技術はポピュラーになってきている。

批判の1つに、「子供にとって親の認知が混乱する」という懸念もあった。
これも、どこのだれだかわからない(ようにされている)匿名の代理母より、「あなたは確かにパパとママの血を分けた子だけど、産んでくれたのは叔母さん」という方が、まだショックは小さい気もする。
僕の姉は、子供のできなかった叔父夫婦の養女になって幸せな親子として育ち、僕とも父とも変わらず家族として生きてこられたし、こんな養子縁組と代理出産なり代理受精なりは大差ない時代が、間もなくやってくるだろう。

そもそも、叔父(伯父)や叔母(伯母)と、子供や甥っこ姪っこが斜めの親子関係を築いていた複合家族は、日本人にとっては違和感が少ないし、公的医療制度の枠内で匿名化されたり、精子・卵子・受精卵のブローカーが仲介して商業化するよりは許されやすいと思う。

もちろん、臓器や精子や卵子、子宮を提供するかどうかは当事者の自発的な意思にもとづくべきではある。
それに、こうした「親族資源」に恵まれた人と恵まれない人との不公平は生じると思うが、一律に禁止した平等というのも酷な話だ。

子を持ちたい親心は、最大限に実現できればいい。
「家族制度の安定・維持」より、望まれた命が健やかに宿って育つことが大事ではないかと思う。
歯止めは、ケース・バイ・ケースで練り直して行けばいいのだ。
一番の追い風は、人工生殖で授かった子供との、幸福そのもののファミリーが堂々と世に出ること。
「僕は試験管の中で宿ったけど両親の愛情満点です」と胸を張れたら、普通の家族で憎しみ合っているより、はるかに美徳かもしれない。


段ボール・ララバイ

at 2006 10/14 21:19 編集

夜中に段ボール捜索に出かける。あぁ、怪しいアジア人やなぁ(苦笑)。
意外にコンビニやスーパーは廃棄物の管理をきちんとやっていて、適当に持ち去るなんてことはできない。
昔は酒屋の前なんかに持ってけドロボー状態で山積みしてあったものだが、牧歌的な時代は過去の話。

アパレル店の前には、冷蔵庫が入りそうなほど巨大な段ボール箱がつぶされて廃棄を待っている。
衣類は軽いわりにかさばるから、梱包もあんなサイズになるのだろうか・・・それでホームレスはファッションビルの閉店時間に箱をあさって、快適な大型マイホームを手に入れているのか・・・と、妙に納得させられる。

ボランティアに通っていた博物館で、イベントといえば段ボールで家具や家を作るデモンストレーションをよくやっていたのを思い出す。もちろん、僕が主導で。博物館には、建材やハイテク機材を搬入したときの、たんす大の段ボール箱がふんだんにあったから、燃えてしまうのだ(笑)。

まるで、秘密基地を建築廃材で造っていた悪ガキ時代の再演のようなことを、僕は嬉々として現場を仕切り、男児女児を問わず、けっこう段ボールハウスは人気上々だった。少女建築家も少女建大工もいたし。

段ボール・ハウスは設計も増築もリフォームも簡単。そして、そこそこ遮音&断熱効果もあって、「寝心地」は悪くない。
川俣正さんだったか、現代芸術家が掘っ建て小屋のようなインスタレーションを持ち味にしていたと思うが、どれもつい気持ちが中に引き込まれる、不思議な作品ではある。

大のおじさんがキャンプに熱中するのも、この「秘密基地」原体験があるせいかもしれない。
僕なんかは「クルマで行くならテントいらんやん」と身もフタもないことを口走ってしまうけれど(だからテントは背負って行く)、男はわざわざ鋼鉄の箱があるのにテントを張りたくなるようだから。

昔あるOLの一人暮らしの部屋に遊びに行ったら、段ボール箱をつないだ摩訶不思議な塔があって、猫の遊び場なのだと笑っていた。毎日飽きずに天井近くの「階」まで上り下りするから、運動不足の解消にもなるそうだ。
確かに、わが家にいた歴代の猫たちも、狭い魔宮のような空間が好きだった。子猫は出られないような隙間に入り込んで悲鳴をあげていたりするし、とんでもないところに入り込んで出産する雌猫もいた。

もしかすると、「段ボール箱入り息子」の僕は、猫成分が濃いのかもしれない。
猫ひろしはどうなんだろう。聞いてみようかね?


懲りないザウ中

at 2006 10/13 18:39 編集

ザウりぐせが治らない。
ピカピカのザウルスが、売れ残ってワタクシを呼んでいる。
・・・ように見えた。
現代人ケータイ中毒症を笑えない。もう重症の「ザウ中」である。

いまやケータイやスマートフォンが手帳代わりになって、PDAの低迷が止まらないのか、神戸のソフマップなんかじゃ、中古PDA売り場まるごとなくなっているではないかっ!!
というわけで、大阪へパトロールに行くと、ガラスの檻の中から「救い出して、第一線で働かせてくれ!!」と懇願する目(笑)。

ありがたいのか、やるせないのか、ともかくトホホな安値で救出」してきた。クリエも安い安い、ジョルナダやインターリンクなんかのHPC2000も投げ売り価格だ。
そんな中で現役でがんばっている「ザウ千」は、いま使っているモデルと、クロック5MHzぐらいしか違わない上メモリー構成は同じなのに、動作がきびきびしているのは不思議。
USBホストがついたので、キーボードを外づけしてみようとか、HDDつないでみるか?と、拡張の野望(笑)が出てくる。そんなことしていたら、せっかくの「胸ポケに入るリナックスPC」が、身動きとれなくなって行くだろうに。

買ってすぐ単体で一通りのことができるのも安心できる。
データを移して、前の動作環境を引き継げるのは、定評あるザウルスの「人徳」みたいなものだが、赤外線でやると2時間近くかかったのは閉口した。
なんとか、設定も住所録もメールデータもブックマークその他のファイルも全部移して、「クローン・ザウルス」が完成。
いやー快適だわ、この操作感。

なのになのに、旗色が悪いPDA。
ケータイにPCファイルビューワーやらフルブラウザーやら押し込むより、逆にPDAに電話機能をつけた方が、本当に「業務通話しながら業務書類作成」ができるのに・・・と思っている間に、W-ZERO3が出た。
こいつがPDA客を吸い寄せてくれたおかげで、「純PDA」が売れ残って値崩れしているのかもしれない。変な恩恵である。分譲マンションブームが賃貸マンション家賃相場を下げてくれるようなものか?

ともあれ、ザウルスはジャイアンツよりは不滅です!と讃えながら、この日記を「5代目」でポチポチ打ちまくって行こうと思う。


オーバースペック家電

at 2006 10/12 20:49 編集

ありがたいことである。「引っ越し人夫」を買って出てくれる仲間や、その口コミで集まってしまった。アウトドア野郎たちだから、パワー満点である(土建業や自衛隊員の友人がいれば、鬼に金棒・ジョンイルにトマホークかもしれない)。

人夫1号の「ホリエクン」が、転居先を豪邸地帯だと勘違いしているようで、「豪邸地帯=大沢さん金持ち=日当たんまり」との推理が伝染した気配もあるが、事実誤認とサスペンスと大どんでん返しに出くわすことになるだろう(笑)。

まぁ、ちゃんと礼は尽くそうと思うが、僕が「当事者」としてすべきことはさっぱり進んでいない。さみだれ風の出勤があると、なかなか片づけもうまく行かないのだ。

空いた時間に電器屋へ白もの家電を見に行くと、どいつもこいつも豪勢だこと。つくづく、豊かになったねぇと思う。不景気だ雇用不安だというのはウソで、実は消費天国でバブっているのではないか?
とかなんとか憤慨しつつ、腕組みして頬に片手をあてて、ワタクシは家電音痴で悩める昼下がりの主婦を演じていた。

「容量10キロもいらないわ、半分でいいの」と店員に伝えると、「お子様はそんなにいらっしゃらない・・・?」と勝手な見当をつけられるから、「うん、まぁ、一人だけやし」とごまかしておく(子供が一人ではない、世帯人員が合計一人である)。

洗濯機は、縦穴式に加えて最近の流行が出し入れしやすい横穴式だそうで、洗濯係のズボラを手助けしているようだ。
そうかいそうかい、そのうち下穴式洗濯機が出てくるだろう。

冷蔵庫も、250リッタークラスが標準で、野菜室だなんだと今はわけわからん小部屋がついているのね〜アラすてき!!・・・とは行かないぞワシは!
こんなにでかいのを置けば、ますます食べ残しが埋没してしまって、発掘作業をすると恐ろしいものが出てきそうだ。今の冷蔵庫は霜取りを数年に1回しかやってないから、冷凍庫にこびりついた氷は、けっこうな年代物になっている。

下宿学生は減っても、単身赴任やシングル中高年は増えているだろうから、もっとシンプルで安いものが並んでいてもいいのに、あいかわらず家電売り場というのは、家族生活が標準的ターゲットのようだ。
まぁ、しかたないといえばいえるけど。

とまどう家電の筆頭は、電子レンジだで、そういえば使ったことがないのだった。70年代から実家にはあったが、自炊生活にはないまま「何とかなって」きた。電子レンジよりポット、ポットよりアイロン、アイロンよりこたつがほしい。どれも、ないならないで何とかなるものだが。

電子レンジ最新鋭機は、グラタンだ炊き立てご飯だピザだ餅だと、細かな設定ができる。アラ〜いいわ買いましょう♪・・・とはならんぞ、まだまだ!!。
こうなると、まるで中に何も入れなくてもご飯やおかずができそうな気がしてくるから、いやはやアラアラの家電マジックではあるね。
こんな家電の魔法のおかげで、主婦がどんどんズボラになって行く気もする。
その上で育児支援??・・・わけわからん。


各実験

at 2006 10/11 20:48 編集

偉大なる将軍様が、人騒がせな火遊びをやりおった。
はたして核実験なのか、「核実験のつもり」なのかはわからない。地震計でマグニチュードいくらと出ていても、こっそり建造してた将軍さまの巨大銅像を倒してしまった揺れなのか、はたまた核実験とまちがえて原発を暴発させてしまったのかもしれない。そういうこともありありな、支離滅裂な国だから。

ただ、今度ばかりは中国が激怒しているそうだから、いざ王国が崩壊したとき、陸続きで難民が流れ出して行く先は中国か韓国しかないわけで(日本のカニ漁で網にかかるかもしれない)、アフターケアの方が大変だろうと思う。
勤勉な、ロボットのような小学生は、商魂たくましい日本の進学塾あたりが受け入れようとするだろうが・・・。
受け皿がない限り、将軍様が固執している「俺様体制の維持」は、結局そうならざるをえないのだ。

たとえ「民族統一」が悲願だとはいえ、ドイツのようには行かない気もする。
そもそも、民主的な混乱と、専制的な安定のどっちがいいかは、なんともいえない。タイの政変だって、プミポン国王がいなければ流血の内乱になっていただろうし、日本の戦後復興にはGHQが判断した君主制の維持(つまり天皇の処刑は回避、ただし象徴的に存続させる)が結果的にはよかったと僕は思う。
これがもし共和制にでも転換していたら、ひょっとしてアメリカの52番目の州になっていたかもしれない。

アメリカの建国者たちこそ国王の専制から逃れた移民たちだったが、専制政治の長所を経験的に知らない上に、建国者の手前、自分たちの創り上げてきた体制が世界一でなくては納得できないのかもしれない。

その反面、無能ブッシュは、ジョンイルやサダムの国民的人気や、ジャップの皇族への尊崇が、うらやましくてしかたないのではないだろうか。
不適切なおイタで蹴落とした前大統領「葉巻王子」が、ただの人になってもけっこう人気者だったり、その女房が次期大統領にかつぎあげられたりするのを見て、ブッシュの脳の中は「なぜだ!」で満ち満ちているにちがいない。

レーガンの時代ならまちがいなくガツンと反撃していただろうに、度重なる核騒動に、ブッシュは拳をあげていいものやらいけないやら、迷っているありさまだ。
将軍さまの側も、ちゃちな実験で国際社会の出方をうかがっている作戦かもしれないから、我々としては乗ってあげないイケズな態度も、効果があるのかもしれない。

なり注(なりゆきに注目しています)でいるとしても騒いだとしても、すること・しないことは大して違わず、どっちにしても日本人一人一人は何も行動しないんだから。
東京の政財界人連中にとっては、山手線の内側にテポドンが落ちて、ようやく身に迫る危険を感じるのではないだろうか。

うまいぐあい(?)に、もし六本木にミサイルが撃ちこまれたら、さすがに報道各社はお祭り騒ぎになりこそすれ、東北や北陸の原発が破壊されたって、他人事でしかないだろう。
「阪神大震災の1カ月後」が、サリン一吹きで吹き消されてしまったのを、関西人は忘れてないからね。

いざ日本に核ミサイルが命中したとしても、それは本番ではなく、日本人の反応を見る「各実験の1つ」にすぎないと僕は思う。


わけわからん県代表

at 2006 10/10 09:36 編集

国体が終わった。
予定された「地元優勝」。なんだかね・・・。

東北の某県代表で、卓球の強い国ふうの選手名も見えた。
どういういきさつで、この選手がこの県を代表することになったのだろうか。帰化したのか?

都道府県対抗という構図が、もう形骸化しているようにも見える。石原慎ちゃんの「国体やめたらどうかねぇ」発言も、ごもっとも感がある。

たとえば、青森県代表で出ている鹿児島大学生はギリギリOKだとしても、スキーヤーひしめく北海道の選手枠に漏れた道産子を大勢スカウトして、冬季国体スキー種目に臨む沖縄の学校なんてのも出てくる可能性はある。「沖縄に引っ越せば、生まれ育った北海道より国体に出られる確率が高い!?」とかね(僕も考えたことがある)。

なにかと話題になった高校野球も、「駒大苫小牧エース」は兵庫県人だったし、アフリカ人ランナーを留学させて大学駅伝にぶつける大学もある。

留学生を排除しろというつもりはないが、外国人留学生や内地留学生になってくると、いったい何と何が戦っているのかわからない。
いっそ個人戦としてやれば?とも思う。強ければいいのだ!となると、モンゴルからの留学生でそろえた相撲部なんてのも出てくるだろうけど。

国民体育大会の「国民」「県民」の資格は何なのか?
現にあるケースとして、中国残留孤児が一家で日本に「帰国」してきた場合、その子は日本人なのか、中国人なのか。日本で生まれた外国籍の在日外国人はどうだのか。
王貞治さんが国体に出られなかったエピソードは、50年たってもすっきりした形で収まってはいない。

個人的には、民族学校の生徒も外国籍の「定住者」も国体には出てもらって純粋にスポーツの祭典として楽しめばいいと思うが、ただ勝つために戦力として外国人選手を投入する手口は、あさましいといえばあさましい。

コトはスポーツだけにはおさまらない。
国会議員選挙に、ペルー出身アルベルト・フジモリさんは出られるが、僕の主治医の「大阪出身北朝鮮国籍ドクター」は出られない。おかしい。
あの偉大なる将軍の、できの悪そうな息子が亡命してきたら、日本人は受け入れるのだろうか。

ダニエル・カールやデイブ・スペクター、マルシアはもう、日本人でいいと思うけれど、ボビー・オロゴンやゾマホン、ユンソナになると、正直「まだまだ」感も完全にはぬぐえない。僕のものさしは、肌の色や言語能力ではなく、「ダジャレと方言」である(笑)。
ユンソナは、関西に住むように。

つまり、都道府県、ひいては国への「帰属」はどんな条件で証明されるのかが、あらためて問われるのだと思う。

逆に、もし日本人が、たとえばアメリカ代表でオリンピックに出ようと思えば、せめて永住権を取って、税金を払って、できれば兵役に就いてイラクで戦い、だめ押しでクリスチャンになってみせれば、アメリカ人は同胞として受け入れてくれるかもしれない。

では外国人に、どんな基準で日本人の身分を与えるのか−−日本人として受け入れるのか。
これが明らかでないから、スポーツの祭典がサスペンスの舞台になるのだ。

ローカルのレベルでは、わかりやすい都道府県もある。
たとえば大阪に住んで大阪弁をしゃべらないやつは永遠によそ者だし、転校生は迫害さえ受ける(笑)。我が街では、「海と山」をほめておけば、おめでたい神戸市民は喜んでいるが、山口組とか「日本一広い同和地区」をほめてはいけない。

あぁ、年の瀬にかけて、ますます悩みは募るぞ。
NHKの紅白歌合戦なんか、昔から夫婦デュオは紅組か白組か?と視聴者を悩ませてきたし、女ことばで歌う中条きよしは紅か白か(笑)?・・・となると、これもはっきりして下さい橋本会長!という気分ではあるね。


山麓のエイリアン

at 2006 10/09 21:28 編集

隔月ペースの読書会に出席。
輪番で自分の担当回だったのに、あいかわらず一夜漬けもいところだ。
朝までに1冊読んで、夜が明けたらレジュメを打って・・・で行こうかと思って「読む態勢」に入ったのが想定外の始まりだった。「読む態勢」と「眠る態勢」が、同じラーゲなのだ(苦笑)。
やはり、目が覚めたら当日の昼前だった。あぁ・・・!!
火事場のバカぢからで何とかまとめて、会議場へ自転車を飛ばして一件落着。

久々の研究仲間との談論風発は楽しい。
同じテーマでも、哲学者さんやビジネスマンからの切り口はいろいろな発見をさせてくれるし、ふだん教祖として信者の洗脳ばかりしている僕が、知的な謙虚さに身を置ける場は貴重だ。
ぴったり会議場の閉館時刻までねばって、会食へ、食後のコーヒーへといつもの段取りで流れて行った。

3連休の真ん中、しかも体育の日である。
よりによってこんな日に読書会というのも、物好きねぇあなたたち・・・と我々を笑うかのように、山から下りてきたハイカー数名が居酒屋に入ってきた。

地元で国体をやっていて、すぐ裏山は山岳競技の舞台になっている。カラッと晴れ上がって、絶好のハイキング日和だから、この連休はふだん以上に一般市民ハイカーの姿を見かけた。

山歩きは僕自身「お仲間」でもあるし、楽しさも醍醐味も、現場の高揚感もよくわかる。
とはいえ、あまりにもモノモノしいから、お仲間でいることが恥ずかしくなって、そっと目をそらしてしまうこともあるのは哀しい現実だ。六甲山を日帰りで歩くぐらいで、なぜ40リッターは入りそうなでかいザックや、雪山仕様のような重苦しい登山靴が必要なのだろうか(六甲を歩くスタイルで雪の八ヶ岳に登る僕の方が、たぶん責められるのだろうけど)・・・と、ふと疑問を覚えるぞ。

かつて山男は、「臭い・汚い・がさつ」の三拍子で人里をのし歩く鼻つまみ者だった。
当の本人は、「アドベンチャーに挑む俺様」の自己像に酔っているから、街行く人々のうさんくさそうな目線さえエネルギーに変換してしまうほど舞い上がっているから、意に介さずである。あぁ、反省するなぁ。

冷静になって「お仲間」をみると、やはりうさんくさい(笑)。
泥んこのザックに熊よけの鐘をつけたまま、ガラガラ音を立ててショッピングモールを歩く神経は、どうなっているのだろうか。
モノの本には、下山して「社会復帰」するための着替えを持参しましょうとまで書いてあるご時世なのだが。

たとえば、祭りが好きだぜ!!という荒くれ男が、ふんどしにハッピ姿で電車に乗ってたりすると「ポロリ公害」で迷惑千万だろうが、似たようなことを堂々とやってしまうのが山ヤさんの恥知らずなところでもある。
サーファーは、真夏でも海パン一丁で街をのし歩いたりしないから、ケジメがついてて立派です!わしら山男お恥ずかしい限りです・・・と、僕は頭を垂れてしまうぞ。

「ビーチサンダルでバーに行かない」という類は、決してダンディズムや格式のような構えたものではなく、大人の良識といってもいい暗黙の了解だったと思うのだが、いまや「大人の教科書」に書かれないと型破りを平気でやってしまって、またそれに気づかない大人も多い。若年痴呆である。

一番きくのは、子供が注意することかもしれない。
「恥ずかしいよオバサン!その着メロ」
「おじさん、そんなタバコは本当の愛煙家には見えません」
と、公衆の面前で恥知らずな大人を罵倒するスーパー少年少女が出てきてくれたら、日本の未来は明るいと思う。
その意味で、山はジジババ天国であってほしくない。


初雪が初吹雪とは
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2006年9月の日記
不協和音

at 2006 09/30 21:14 編集

伊吹文明さんという文部科学大臣は、よく知らなかった。黄河さん家に養子に入れば、「黄河文明」と偉大な名前になりそうだが。

この大臣、指名してくれた安倍総理に、どんどん盾ついているのがスリリングだ。
露骨に反旗をひるがえすのではなく、小泉+竹中政策を継承するなら、ちょっと慎重にしたまえよ、といいたげなトーンだが。

その1。「小学校からの英語教育?そんなもんより、まず国語じゃ」

ごもっともである。
英語不要ではないが、まともに母国語で思考して表現して感情を伝え合う能力の方が先決だろう。
幼稚な買い物英語ぐらい使いこなしているつもりのジャップは、世界の笑い者。和歌を詠んだり返歌したり、できれば連歌までできる日本人こそ美しく知的で、尊敬されると思うね。
ワタクシは右翼だから(笑)「日本に来ている外国人には日本語で通せ!」と教育してもいいとさえ思うぞ。特に腐女子には。

その2。「秋入学・卒業は混乱を招く」

たしかに。
入試が真夏の7月、8月になると、倖田來未
みたいなエロかわいい受験生があふれて、目の毒というもんじゃい!
夏休みのリゾート経済も冷え込むだろうし。
それに、大学入学や新卒の入社が10月になると、時期的にも気分が冷え込んで行く時期ではなかろうか。五月病が半年ずれこむと、木枯らしが吹き始めるころ適応障害とか鬱的気分を催すわけで、ちょっとつらいのではないかい?

やはり、固くコートに身を包んだツボミが春にいっせいに開花し、夏に向かって1枚また1枚と身軽になって行く・・・という「日本の新年度」は、いいもんだと思う(なんだか不純だな)。
欧米の大学に進学したい子は夏を準備期間にすればいいわけで、長い人生、半年ぐらい無理にせかしたりせず、ワン・クッションおいてもよろしかろ?

その3。「教育バウチャー?そんなもんいらん」

バウチャーはまだ絵空事でしかないので、実際どんな形で実現するのかわからないが、教育受給権に需給の法則を持ち込んで、貨幣のように行使できるようにしたいようだ。
となると、名門公立学校の入学権みたいなのが、売買されるかもしれない。
まぁ、そんなまわりくどいことしなくても、今でも校区に住民票を移せば越境入学し放題ではある。
「購買客」がいない不人気校をつぶしたって、地方税が下がるわけでもないしね。

まず部活ぐらいからバウチャー化してみると、神童みたいな野球少年やゴルフ少女が、強い学校に流れて行くかもしれない。それをテスト・ケースにしてみてから、判断すればいいと思う。

シンゾーも保守を自認しているようだが、それ以上の右より閣僚もいるようだから、日教組とのバトルも楽しみではある。部外者としてはお気楽な立場だ。
せいぜい、児童・生徒の前で国の建て前、教師のホンネを闘わせてもらって、そこから子供たちが学んだことが、将来なんらかの糧になって行くと思う。それでいい。
政府と学校現場が「まったり仲良し」というのは、息がつまるだろうから。


新居成約

at 2006 09/29 23:14 編集

契約してしまった。
10年周期の引っ越し人生を実行するのも面倒くさが、うまいこと転機が訪れるから、天命に従うとするか。次は10年周期転職人生の転機である。

家選びは、配偶者選び(経験はないが)と似ているのではないかと思う。結婚式の直前に逃げ出したくなる花嫁の気持ち(これも経験ないけど)というのがあって、いざ新婚のサヤに収まっても、これでよかったのかどうか、承認を求めたくなる心理が働くようだ。
そんな時期に、「○○さんで、よかったの?」と不安をつつくようなことをいう罪人もいたりする。

同類の「不動産ジャッジ」みたいな素人も少なくない。賃貸だと家賃を聞き、持ち家だと値段を聞いて頭の中で電卓をはじいて「坪○○万」を出し、コメントしたくてしかたないようだ(笑)。
「私もその近くで物件を探しているので、参考にしたいんです」と前置きでもあれば、純粋に情報提供として会話できるものの、まるで配偶者の体重を聞くような無遠慮な覗き屋さんには困ってしまう。

だから、「いや〜、ボロボロの狭いワンルームなのに9万円」とか適当にカムフラージュしておいて、「こいつは愚か者」と裁かせて得意気にしてあげれば、とりあえず無難にやりすごせるのだが・・・。
こやつが家を借りた、恋人ができた、クルマを買った、パソコンを買ったetcetcのとき、同じ手で復讐すれば、してやったりである(笑)。ムハハハハハハ

たしかに、不安がなくはない。たぶん、もっといい条件の物件が、来週出てくるかもしれない。
この物件でいいかどうか、最後のダメ押しで、近所の似たような「空室あり」物件に条件を問い合わせてみた。
2LDKで11万円。ヒヤ〜〜ッ!!
LDKというからには10畳ぐらいはあるんだろうが、リアルに強気の家賃ですなぁ。
おかげで、ふんぎりがついたぞ。「L」がないだけで、うちの方がリーズナブルというもんだ。

新家賃は今より5割以上アップするが、広さも5割増し、あとオートロックと光回線とウォシュレットがついている。これは、まだありがたみがわからない。
給湯がついているということは、シャワーもありですか・・・と納得していると、「こいつ、どこの発展途上国人や?」といいたげな目で見られてしまった(笑)。

犬猫が同居すると2000円加算というのは、細かい気もするが良心的なのか・・・すると鳥だと1000円ですむのか?爬虫類で500円、昆虫で50円とか(笑)。
松江のフォーゲルパークで芸を見て以来、フクロウとは気が合いそうな予感がある。新居はすぐ裏が山だし、ベランダが四畳半ぐらいあるので、フクロウ向きかもしれない。鳥小屋を置くか?

登山口がますます近くなったので、下山してすぐ汗を流せるのは利点かなーと思うが、ハイキングより毎日の通勤を考えなくてはいけないのは当たり前。
そこで自転車のメーターで測ってみると、駅までちょうど1kmあった。ただ、「駅まで15分、駅から25分」みたいな急坂に怯えている今日このごろである。冬の朝に凍ったりすると、身動きとれない。

残る問題は、実母なみに親しくなってしまった大家さんとの円満解約が寂しいことと、ゴミ御殿(笑)からの引っ越し作業である。もう、敷金は放棄してもいい気分だ(追加請求されても文句はいえない)。
一番つらいのは、お隣りのトラちゃんとの別れである。
あら、私より猫ですか?
とチクリと笑われるかもしれない。



1粒で3度おいしい液晶

at 2006 09/28 21:45 編集

きのう今日と、あちこちで話題になっているのが、シャープの開発した、3方向から別画面が見える液晶モニター(モニタと書くのが理系石頭の作法らしいが、タンカーは単価になるんかい!と啖呵を切っておこう)。

これがローカルテレビでの生ワイドで紹介された瞬間、堀ちえみが「え〜〜〜っ、音どうなるん?」と突っ込んでいた。
堀ちえみはするどい。
彼女自身の頭の回転が速いのに加えて、この世にこわもいものがない主婦である強み、住人をホンネ丸出しムキ出しさらけ出しにさせる大阪の空気が、発言ヒットを生むのだろう(ほめているつもりが、あちこちに敵を増やした感じ・・・笑)。

スポンサーの製品の揚げ足取りを平気でやるのもいいところで、それを許す会社も会社。
さすが大阪の家電製造元シャープは、画面に合わせて音声の3方向分割は製品化してないそうで、「開発したけど、使い道は消費者で考えてくれっちゅうところが、おもろいでんな」と、タレントたちは納得したんだかサジを投げたんだが、笑いで納めていた。
ええなぁ、この阿吽の呼吸。
東京の番組で東芝にチャチャいれたら、ディレクターの首が飛ぶのではないだろうか。

たしかに、シャープにしろサンヨーにしろ松下にしろ、「アイデア家電」は得意芸だ。
そして、僕の勝手な経験則だが、関西メーカー品は丈夫で長持ち。

もちろん、技術的にもピカイチで、シャープのサプライズ技術といえば、立体モニターがあった。もう一昔も前だったか。
ホログラムだか何だか原理はよくわからんが、梅田の地下街に水槽のようなモニターが展示されていて、たしかに立体で踊り子が踊っているのである。ありゃー、たまげたな。

メガネとか特殊な道具を使わず、あれほど生々しく立体視できるなら、当然だれもが「あっち方面」の映像に応用できるんじゃないかと思うだろう。
そんな「サイバーな伴侶」が普及すれば、もう婚姻率は激減するね(笑)。

シャープさんには、ぜひ3D動画をがんばってほしいが、PCモニターや液晶テレビの世界競争について行かなくてはいけない事情もあるのだろう。実際のところ「3方向で別画面」なんて、家電としては個人個人で自分用画面を持てばすむだけの話だから、街頭広告ディスプレイが、とりあえずの用途になるそうだ。

巷では、オフィスで仕事中にこっそりパソコンで「目の保養」をしている社員もいるらしいから、右斜め後ろの課長席から見るとエクセル画面、正面から見ると目の保養・・・という用途もありかもしれない。
「席替え」となると、小中学生みたいに、やたら敏感になったりして(笑)。


どうってこと内閣

at 2006 09/28 01:18 編集

入閣できなかった(笑)。
論功行賞と引き換えに大臣ポストを奪い合う派閥の力は、あいかわらずでんなー・・・と思ったのは、僕だけではないだろう。

どうせなら、「論功行省」を設立して、党内政治しか能のない連中を収容するのも一案ではないか。そんなヤカラは肩書きがほしいわけだから、大臣や総裁や長官や閣下、提督、正大師、プラチナディストリビューターなんかのポストをいろいろでっちあげて、くれてやればいい。

高市早苗に沖縄担当、北方担当、少子化担当・・・と「イルミネーション」がいっぱいついてて、本人は汗だくで「今まで3人の大臣が担当してきたことを一人でやんなきゃいけないので・・・」とヨロコビ会見してたが、めでたいビジネスウーマンは、コケにされていることに気づかないのだろうか。

一人の政治家が本気でやって成果を出すのが難しい、そんなポストを初入閣の新人が3つ背負わされるのは、「高市クンなら3人分の能力があるから」と見込まれたのではなくて、「できなくても無理はない」エクスキューズを与えられたということではないのかな?

結局、議院内閣制で実力を持っているのは省庁生え抜きの次官、審議官級のキャリアであって、大臣ごときに真剣に仕事をされたら困るのが役所の事情なのだろう。大臣はお客様用座布団に数年すわるだけの置き物なのだ。
だからこそ、真剣に兼務できるわけがないポストを3つもあげて「おしゃべりなおばさん」に花を持たせて、内心「適当でいいよ」と笑っている。

そもそも、一人として、その省庁の仕事のプロがいない品揃えだから、実は来年の参院選までの暫定内閣だと首相本人が考えたのかもしれない、と勘ぐりたくなる。
改革続行内閣をうたうなら、官僚の天敵を配置することこそホンキ印になると思う。天木直人さんとか、竹中さんの元同僚ながら天敵の金子勝とか、森永卓郎とか。まぁ、ありえないだろうけど。

たとえば、法務大臣は民間起用みのもんた!死刑執行ゴーゴーサイン!!というウルトラサプライズは、案外いけてるかもしれない・・・と僕は半分本気で思う。歴史に残るパッパカパー南野ナースより800倍ましだろう。
あぁ、ガツンとやれるプロを求めるのは、僕も保守反動化しているということなのだろうか。



季節限定

at 2006 09/26 22:25 編集

今年は彼岸の前に急に涼しくなって、たしか10月に入っても30℃あった去年を思い出してみると、秋の訪れは快調だ。
僕は夏より秋、秋より冬、冬より春、春より夏が好きなので、秋の味覚に命をかける。スイカ娘と別れた心の穴を、梨乙女で紛らすような、まぁどうしようもない身勝手男の年中行事である。

梨なんかは手軽でパクパクいただいているのに、カキに手を出し遅れていたので、なか卯に登場していたカキ丼をいただいてきた。
おぉ、これは学食にあった「広島丼」ではないか。うま懐しい!

今も広島丼が母校に生き永らえているのかどうかわからないが、たしか玉ねぎや三つ葉なんかも乗っていたような、かすかな記憶がある。うま淡い思い出である。
豪快な連中はカツ丼をわしわし食っていたが、僕は広島丼とかキツネ丼とか、昼飯からして脇道人生だった(牛丼なんてジャンキーなものはなかった)。

ウニやイクラ丼は年中どこでも食べられるし、カキもあんまり季節限定ではなくなってきたけれども、「初夏から真夏にかけておあずけになるシーフード」のままがいい(サンマも)。待ち遠しさや「再会感」も、うまみの引き立て役だと思う。

季節限定といえば、ファッション・チェック。
真夏でも見かける普通の長袖ワイシャツに対して、半袖シャツは夏限定ののまま。Tシャツは冬にも元気なあんちゃんが着てみせているのに、不思議に流通ルートにも乗らないのが半袖シャツなのだ。かわいそうに。

僕もすでに「シャツそでまくり仮性半袖シャツ」に衣替えしてしまったが、長袖の倍の数だけ半袖を持っている。半袖シャツ愛好会の会長ぐらい務めてもいい。
それほどシンパシーを寄せているのに、この時期は、あたかも線香花火の最期を見るように、街の中から半袖マンが減って行く。こんな秋への坂道に、僕はそこはかとない風情を感じるのだ。

がんばれ半袖マン!!

と、僕は10月いっぱいでフェードアウトする半袖サラリーマンに、晩夏の残照を透かし見るのである。
・・・なーんて、哀愁満点の服でもないんだが。


次はシルバー野外フェス

at 2006 09/25 23:16 編集

伝説の「つま恋」」ライブ再演!で、オヤジとオバサンが大盛り上がりだったそうな。オリジナルは75年だったそうだから、ちゅー坊だった僕も胸を熱くしていい世代ぎりぎりなのだろうが、当時はぴんとこなかった。なんとなく、熱い兄貴や姉貴たちが歌い踊る祭典・・・ぐらいの感覚で、「つまごい」「さんれも」「ぽぷこん」「ねむ」がチャンポンになっていた。

21世紀のつま恋は、たくろうサンもこうせつサンも風邪いや風も、元気な姿を見せてくれて、幸せに浸った何万もの顔が、とてもよかった。人は老い衰えて行くけれど、いい曲はいいまま時代を超える。
これで、ちょっとは出生率が刺激されるだろうか(笑)。

ただ、軟派な僕としては、平田隆夫とセルスターズ、青い三角定規あたりの「当時キュートなおねえさん系」にも、登場してほしかった。もちろん、いまアンヌ隊員やジュン・サンダースを生で見るのと同じ心構えをしておかにゃならんだろうけど。

サーカスなんて現役だから(叶姉妹のもっと前に、すばらしい叶兄妹がいたのだ)、僕はサーカス、久保田早紀、庄野真代あたりの世代の「再結集」を見たい。
ところが、このあたりになると、ほんの数年だけ後なのに、野外フェスでフォークギターをかきならして・・・の乗りはない。不思議なものだ。
四畳半から世界へ(アメリカへ、イスタンブールへ)と、フォーク&ニューミュージックの舞台が変わって行く、ちょうどその節目が70年代後半=昭和50年代だったのかもしれない。

小学生の分際で陽水に浸って、いま紙ふうせんやかぐや姫を再評価している僕も、肝心の(なのか?)中高時代は、かぶれていた。トミー・リピューマのアレンジがいい、クリード・テイラーはすばらしい、マーカス・ミラーにしびれる・・・といった調子で、愛聴していた平壌放送、モスクワ放送がいくら米帝の陰謀を非難しようとも、甘美な洋楽に浸ってしまえば抜け出せない。
父は「よそ行き」のポップス・オーケストラに浸っていたから、オーディオ仲間の不肖ムスコの僕は、ちょっと日陰のセッション・ミュージックにしけこんでいた。
日陰とはいえ、ドライでグルーヴィーなのは快適だ。四畳半や銭湯につきものの陰湿さはない。

四畳半も長屋も銭湯も、リアルに僕の生活そのものだったから、そこから遠ざかりたい気持ちもあったのかもしれないが、いま逆に風呂なし同棲生活をミスチルやゆずあたりが歌えば、あこがれるファンが出てきたりするのだろうか。
だとすると、銭湯の入り口で、ぷちぷち「まだ?」とメールしてたりするのがイマふうなのかもしれないが、そもそも電話も金もないところに「愛」が芽生えることなどなさそうにも見える。


無人運転=人間魚雷

at 2006 09/24 23:04 編集

ドイツのリニア鉄道事故は、よくある「衝突・脱線・転覆の三段跳び」だと思いきや、実際そうなのだが、無人運転だったという。
これは格別にこわい。というより、空しくて、やりきれない。まるで「回天」ではないか。

そりゃ運転士がいても犠牲者数に変わりはなかっただろうが、危機的な場面で必死に危険を回避しようとしている乗組員の存在と、運転指令所みたいなところで遠隔操作している「小手先」とでは、重みが違うわな。
で、事故ってみたら「リニアが事故ると乗客8割が死にます」と不名誉なデータを残してくれたような感じ。
日本のリニアも、大丈夫か?

「有人運転に見えて実は無人」は、コスト削減でワンマン化が進んでいるローカル鉄道だと、いまやおなじみのスタイルだ。
人件費節減は空でも同様で、飛行機のコックピットも、3人乗務体制だったことが忘れ去られようとしている。「操縦をかわりばんこにやって、手が空いたパイロットにはアテンダントが後ろから肩もみをする席というのがあるんだよ」と説明すると、納得してしまう少年少女がいるほどだからね。

こういう子に、「ファーストクラスはエコノミーシートより速く着くんだよ」と説明すると、「へー、だから高いのかー」と納得してくれるから、教え甲斐がある(笑)。
今ちょうどアメリカ研修旅行中の少年少女たちの中には、意外に飛行機初体験者もいるから、「いいか、国際線は土足厳禁だから、恥をかかないようにキレイな靴下はいて行けよ」と冗談パウダーをかけておいたのだが、さて、どうなったことやら・・・。

このごろは修学旅行で海外に行ったりする高校もあるから(弟はニュージーランドへ引率に行ったりしている)、予備知識がついて引っかからない子が増えているのは寂しい。
「入国カードのsex欄は、正直に書いた方がいいけど、未経験の者はsoonとかNoとか希望を書けばいい」と教えて、真剣に悩む子が、僕は好きなのだが。

こんなネタで少年少女をひっかけて楽しんだ後、「ブルートレインは、中にベッドが並んでいる」と説明しても、真面目に疑うのだな、困ったことに。
こればっかりは、時代の流れのせいかもしれないが、かくいう僕も、20年前の上司に「昔は学割が5割引きで旅行できたもんだ」と聞いて驚いたこともある。

で、無人運転の恐怖だが、実際に神戸のポートライナーもそうなっているし、新幹線など運転席が見えないから、「運転してくれているプロに命を託している」感覚が薄れて行きそうで、ちょっと問題じゃなかろうかと思う。
僕はJRで通勤しているから、よく貨物列車と併走したりすれちがったりするとき、チラリと機関車の運転席を見る。乗客のいない列車でも、運転士がきちっとネクタイ姿で乗務している姿を見ると、感心してしまうぞ。

そう考えると、完全密室状態の飛行機操縦室の乗務員なんか、怪しいもんだ。女性乗務員の「品定め」とか「割り振り」なんかやっているのではないだろうか(失敬!)。

やはり、乗務員の顔というか、背中でもい、プロフェッショナルの仕事の現場が見える方が、絶対にいいと思うし、乗り物の楽しみでもある。
ただ、キャビン・アテンダントのギャレーでの「楽屋裏トーク」は、聞いて楽しいものかどうか、スリルとサスペンスではある。


2DK2万円

at 2006 09/22 22:11 編集

ひやかし半分どころか、「ひやかし九分九厘」で不動産屋をのぞくのも、店にとっては迷惑だろうが、やめられない味がある(窓一杯に撒き餌を貼り出しているんだから、ひっかかってあげるのも愛嬌というもんだ)。

その楽しみというのが、宝探し気分が3割と、現住物件の肯定感――つまり、今以上にコストパフォーマンス良好な物件が見つからない安心感、現住物件を選んで間違いではなかった・・・みたいな承認感覚が7割。
こんな「屈折」は、街角で通りかかった不動産屋のウィンドーでもできる、ある種スリリングなゲームにもなっていると思う。
分譲物件で、3000万で買った我が家の隣りが2000万で出ていたりすると心臓に悪いが、賃貸なら気軽に「敗者復活戦」もできるからね。

いまや不動産業もネットの時代である。
「フォレント」で見つけた撒き餌くさい物件を業者に照会すると、「空いてます」というので、店も近所だったし、のこのこひっかかりに行ってきた。

フォレントに出ていて実際に空いていた物件には、土田晃之そっくりの店長クンが車で案内してくれた。
うーん、いい物件になると、今より家賃が倍増する(今が安すぎるのか)。きついなぁ。
おぉ、眺めよし!のナイスビューぴかぴかハイツは、わが条件ぴったりなのだが、「オマケ」が家賃を吊り上げていた。
オートロックもウォシュレットも「ペット可」も、僕にとっては必要を感じないのだが。

山の手・夜景ビュー最上階・閑静・ファミリー間取りに一人暮らし・・・という僕の条件設定が無謀すぎるのかもしれないが、まぁ切羽つまっているわけではないから、気長に宝物を待つか?
シャワーも給湯もエアコンもなしで快適に生き延びてますから、その線で掘り出し物ありませんかね〜とプライスダウンを探るが、「今どき、そういう物件ないっすよ〜」と笑われるばかり。

山あり峰ありの物件探しは、まだまだ終わらない。
10件はクルマで案内させたあげく、値切る(笑)という迷惑客には、そろそろワケあり物件があてがわれそうな予感もある。


エロ美しい日本

at 2006 09/22 03:13 編集

筋書き通りの安倍総理が誕生した。
あとの二人は、何だったのだろう。「ちゃんと選挙で総裁を選んだ」という名目のためか。
しょせん自民党の顔を選ぶだけだから、負けても議員だし、むしろ新内閣でのポスト配分の方が関心事なんだろうね、総裁選というのは。

「そんなに秋葉原が好きなら、文化庁長官に任命してあげる代わりに、著者は秋葉原に移すよ」
ということになれば、麻生さんと文化庁のアキバ系職員は大喜び!とでもなるのだろうか。安倍さんも、コミックは好きらしいけど。
谷垣さんには、自転車担当大臣でもやってもらうか?

と並べてみると、安倍さんのいう「美しい日本」で3人ちゃんとつながる。サイクリングで爽やかな汗をかいて、マイヨ・ジョーヌの似合う政治家!!・・・これも美しい肉体美というか、健康美。

アニキャラも、まぁ人によってはうっとりする人造美なのだろう。
派閥や党派の垣根を越えて、健康美や「美しい秋葉原」をどんどん築いてほしいものだ(歌舞伎町や銀座の美しい老若男女も、黙ってないでしょうなぁ)。

ただ、安倍さんの唱える「美」は、美学や美意識のような形而上学的なものではなく、やはり保守政治家らしく「美徳」を復権させたがっているように見える。だから、教育改革を声高に訴えているわけで。
それはそれで、正しい政策理念だと思う。
政治イコール教育、教育すなわち政治なのだから。

いきなり修身復活、「ジェンダー・アリー」教育への復帰、とはいかないだろうが、愛国心や公共心は、あの手この手で刷り込む教育政策をとるだろう。

心理屋がつくった薄気味悪い「心のノート」なんか、大幅改訂してしまえばいい。
「コスチュームを変えても、ロールプレイしても、変わらぬ祖国への愛」とか、
「ギア・ダウンしてスローに走ってごらん、美しい路地や田畑がみえてくるよ」とか。
・・・とまぁ、こりゃ麻生、谷垣両氏に配慮しすぎか(笑)。

まだ実際にどんな政策が飛び出すかはわからないが、せっかくのキャッチフレーズをいろいろアレンジして、「美しい教育」を実現してほしい。
たとえば、教師のファッションは何とかならんかと思う。
「ブレザーにナイキのスニーカー」というのはもう、わかりやすい「教諭の制服」みたいなものだから、性犯罪監視のためにも(笑)残しておけばいい。あと、薄いくせに「前髪垂らし率」が高すぎるのも教諭の病気だから、いっそ美しく刈り上げていただきたい。

田嶋陽子成分の濃い女性教諭も、いやもう人生いろいろあったのだろうけど、ちょっと何だかなぁと思う(詳しくは書けない)から、せめて遥洋子を見習ってほしい。熱心な日教組組合員なら、辻本清美の方に行ってもいいでしょう。

教員免許を更新制にする案も出ているようだから、魅力のないセンセイは退場してもらって、免許を鈴木京香や藤原紀香に交付すればいいのだ。
すると、ぜひ保護者面談に出撃したい、家庭訪問いらっしゃい泊まりがけで!!(笑)という父親が増えて、波及効果で父親になりたい青年諸君も増えるから、少子化対策にもなる。

もちろん、「もこみちセンセイとシングルママ」という構図もありありだが、こっちは政策をごちゃごちゃいじらなくても、すでに進行中のゲリラ戦みたいなものだ。
学校やPTAが「余禄で勝負」みたいな世界になってしまうのもどうかと思うが、なにぶん少子化ストップが国家目標だからね(まるで葵の御紋のような言い訳である)。

もこみち先生が保護者と一緒に騎馬戦を楽しむ運動会、紀香センセイも同行の臨海学校は、荒れに荒れるだろうな。
「大卒のくせに息子の中学校に再入学した47歳パパ」というオジサンまで出現する。
・・・って、他人事じゃなくなりそうでこわい。


ライカM78星雲の彼方

at 2006 09/20 22:10 編集

雑誌、新書が出そろう集中期である。
で、何年に一度か規模のビックリニュースで、写真各誌は驚かせてくれよった。

ついにフィルムカメラの良心、ライツがデジカメに路線変更してしまったではないか。
フィルムのM7の次がデジカメのM8というのは、大胆すぎる路線変更だ。「新快速に乗ったら新幹線に変身してた」ようなものではないか。

気にくわん!!と僕がフンガイしてもどうにもならんが、ともかく見損なったのが、CCDのサイズ。せめて、ここはライツの心意気で、どーんと36mm×24mmで決めてほしかった。

フィルムでライカ判というサイズを世界標準にして、50mmレンズを中心に交換レンズの世界を築いてきたそのライカが、時流に乗ってデジカメに手を出すのはよろしいとしても、「50mm標準」を崩すのはどうしたことだ。
50mmの画角を頭にたたきこんできた世界中のユーザーが、まだ頭の中で、「えーと、デジタル24mmはライカ判だと35mmぐらいか・・」と換算しなくてはいけないではないか。

おまけに、コトをややこしくしているのが、M8がレンジファンダーだということで、レンズによってファインダーを手動で切り替えるようになっている点。ここは「ライカ判感覚」で、50mmを中心に広角と望遠の焦点距離が刻まれているのだ。
一体、ライツは将来、ライカ判のCCDに入れ替えるサービスでも予定してるわけか!?

そんなわけはないから、おそらくあのライツでさえ、今の小さな規格のCCDを扱いかねていたのだと僕は思う(認めたくないというか・)。
暫定的に変なサイズを各社が採用している現行のCCDに合わせて「エルマー30mm標準レンズ」なんてのを中心にシステム再展開をして行けば、数年後に規格変更になったとき恥さらしになることを、予測しているのかもしれない。

あぁ、それならば、そうであればこそ、かびくさいフィルムカメラ愛好家(つまり僕のようなやつだな)が、「うぅっ、さすがライカ!まいりました」と脱帽するようなデジカメ開発をしてほしかったもんだ。

M8の救いといえば、くるくる回るシャッターダイヤルがちゃんとついていて、操作感はM7を踏襲していること。
ただ、それだけの救いしかないのも哀しい。いつまで供給されるのか疑わしい専用リチウム充電池を使わせるのも、ライカらしくないし。
これなら、ライカ判CCDと単三電池のコンタックスNデジタルでも中古で捜し当てる方が粋というものだ。

なんだかんだと悪態ついても、35mmフィルムカメラの世界は、盟主ライカが幕引き宣言をしてしまったような気がする。
では、ブローニー判に逃げるか・・・いや、35mmと同じことになる可能性も大いにあるな。
フィルムの暗室に引きこもり、僕は光が射し込む透き間を捜し求めている。


聖地工場

at 2006 09/19 20:34 編集

麻原彰晃の死刑が確定しましたが、どうですか〜とレポーターが訪ねて行った先は、現アーレフの本部だというマンション。
驚いた。
上祐派と原理派に分派して、向かい合わせの棟にそれぞれの拠点を構えて対立しているんだそうな。まるでパレスチナではないか。
変なガスやら銃弾やら薬剤が飛び交っても不思議ではない「魔界」と化している様子が、画面からでも伝わってくる。都内に、あんなに異様な磁場を持ったミステリアス・アベニューがあるとは・・・新名所になるのではないか?(笑)

マンションの住民代表のような紳士は、「早く解散して、それぞれの居場所へ帰ってほしいですね。もう、資産価値が暴落して迷惑してるんです」とインタビューに答えていた。善良な住民が住む部分の外壁には、「親元へ帰れ」と書いた横断幕が掲げてある。

しかしまぁ、集会結社の自由がある以上、解散させるわけにもいかないし、信者の居場所は、家庭でも故郷でもなく、教団施設だから、反対運動されてもいるわけで・・・。家族のもとに帰れないからこそ、そこにいるのではありますまいか?

もし退去しても、モグラたたきのように別の土地に移るだけで、パナウェーブみたいにカーゴ化すると、それこそ監視できなくなる。
オウムだろうと摂理だろうと統一教会だろうと、見えなくなるより見えて管理できる方が「少しまし」ではないかと思うのだが、
もし住民パワーでアーレフが追い出されたら、次はどんな住民がはじき出されるのだろうか。イスラムか?

カルトにしろヤクザにしろ、実社会の影法師のようなところがあるから、「家庭や職場や学校や地域にないものがそこにある」のだ。
悟りとは?生死の意味は?前世は?と問いかければ、教師、家族、友人は相手してくれないし、自然に近所づきあいしている僧侶も牧師もいない。そこで、いきなりオウムや細木や江原に飛びつく羊さんたちが増えるのも無理はないと思う。

だからこそ、家族の復権!!
とNHKが喜びそうなお題目を唱えてもしかたない。
お年寄りがいよいよ最期となれば、病院→葬儀屋→石材店→墓園のベルトコンベアにお任せしてしまう家族に、生死の原理的な問いかけを受けとめる懐はもう、なくなっているような気がするから。

こんな時代だからこそ、オウムはふざけた国防省なんかつくるのはやめて、心のこもった葬祭業や格安の墓園、極楽のようなビハーラでも経営してみせてくれると、おもしろい。
そうすりゃ見直されるぞ。CSRを追求する宗教団体(笑)というのも、今風でいいではないか。そっち方向に行くのも、ひとつの生き残り方になると思う。団結力もモラールも最強の集団だからね。
調子に乗って、ISO認証まで取ったりして(笑)。


台風一過

at 2006 09/18 18:32 編集

台風が九州に近づいているわりに、雨がほとんど降らず風だけだったので、今回のは「風台風」タイプだった感じ。
予報で「台風一過、真夏の暑さが戻ってきます」というわりに、涼しくて、午後からコオロギが鳴くさわやかな秋の日がやってきた。

ストライクゾーンだった九州を中心に、10名も犠牲者が出たのが外国のニュースに思えるほど、関西では「ボール球」だったようだ。
とはいえ、他人事として遠目で見ているつもりはない。
延岡で、JRの特急にちりん9号の真っ赤な車体が横たわっていたのがかわいそうで、痛々しくて、そばに行ってなでてあげたいくらい・・・。よしよし、大変だったねぇ、と(笑)。

日豊本線だろうと羽越線だろうと、全国は鉄路でつながっているのだから、遠いも近いもない。どこで起きようと庭先の惨事である。
道路も郵便もそうだが、鉄道は国の大動脈。それが寸断されるのは、大動脈瘤破裂なみの一大事なのである!

と力が入ってしまうのも、周囲のおマニヤさまのせいで多少は鉄分が芽生えてきた兆しかもしれないが、未来のエコ世代(奥さま、あなたもですよ!)に鉄分を点滴して行くために、せいぜい充電しておかねばならないのだ。

あぁ、災害見舞いが、不謹慎なことに変な方向に脱線してしまった。
運転とりやめ。


ミラレテタシィ・・・

at 2006 09/17 20:32 編集

昼から何度日記をポストしても、サーバー・エラーの表示が出るので、またgooの不調かいな・・・と思っていたら、ちゃんと日記画面に反映されていた。
アホ丸出しで、同じ日記がズルリズラリならんでいたではないか恥ずかしー!!
消して回ったけど、いやはやおそまつ。
gooは、ややこしい表示をするなっ!
やっぱり、シーサー・ブログに移るか?


ミテクレルシィ・・・

at 2006 09/17 20:16 編集

ミクシィが上場したとたん、値段のつかない異常人気。
ライブドアと比較するのはトンチンカンな気もするのだが、ネットバブルか?本物か?と、評価も入り乱れている。

ミクシィは招待状をもらって、「どれどれ、登録だけでも」と思ったら、やたら細かい個人情報を入力させられるので、ひるんでしまった。「これって、個人情報回収ビジネスちゃうの?」と怪しんで、ほったらかしにしたまま。

となると、偽情報を入力して入会して、別のキャラクターをでっちあげて招待する・・・なんてことをネズミ算式に続けて行けば、にせものだらけになって、「実名でつきあえる安心コミュニティ」という前提は崩れてしまうのではないのだろうか。

結局のところ、出会う相手やコミュニティに参加するメンバーへの与信を業者に代行させているモデル自体が、どんどん抜け穴を作り出しているわけで、「安心」してしまうのは禁物だ。

それでも、健全な「出会い」や「居場所」「仲間」を求める人が多いんやねぇ、とあらためて思う。
「毎日何時間もミク中」なんてことになると、面と向かって人づきあいを開拓して行くスキルは置き去りになるわけで、別世界の人間関係がキラキラ広がる二十代ぐらいで「そっち系」にはまってしまうのは、いかがなもんかと思うぞ。牛としか出会えないような極端な僻地に住んでいるならともかくね。

まぁ、このgooだって、クローズドじゃないだけで似たところはある。
gooで起きるトラブルは、ブログでもミクシィでも多かれ少なかれ起きるのだろう。BBSへの広告貼りつけ以外は経験がないけれど、いざとなればコメント、トラクバックを掲載前に検閲できるシーサーに移るか・・・と構えている。

たぶん一番もろいというか、遅れているのがこのgooかもしれなくて、炭坑のカナリアみたいなところもある。
名残り惜しいしね。


グレー・ゾーン心理

at 2006 09/16 19:39 編集

自宅すぐ近くではないものの、最寄り駅からの帰り道にあるショップ99にばかり寄っていて、めっきりコンビニに寄らなくなった。元町の99は、店員も客も「中国率」がやたら高くて、ここは日本?とめまいさえ感じるのも、味わい深い(笑)。

ただ、雑誌類は「99」で扱ってないから、コンビニには立ち読みに寄って、申し訳程度に缶ビールぐらいは買って帰る。
それでも雑誌は買わないのに、コンビニ・コミックには手が出てしまうのはこれいかに???

と考える間もなく、はやせ淳『外へ出ようヨ』を買ってしまった。
連載ものではない単発の単行本のようだが、な〜んだか見覚えのあるぞ、このキャラは・・・と思ったら、『駅弁ひとり旅』なのである。

下旬の第2巻を心待ちにしている『駅弁ひとり旅』は、初の駅弁漫画というジャンルを拓いたといわれるほど絶妙の駅弁描写(笑)と、鉄分の濃さでコミック無縁だった老若男女の心をもワシづかみにしている(と思う)が、善良な中年男とコ娘のロマンスが伏線になっている。
コ娘の、びみょーな目の寄り方(笑)が魔性を感じさせるのは、はやせ淳の得意技のようだ。

『外へ出ようヨ』の主人公は、32歳と20歳の夫婦という設定になっているが、キャラはそっくりである。
夫婦という安心枠あってか(?)、コ娘のわがままぶりには磨きがかかっている。
クルマで連れてってもらって、料理もしてもらって(夫は料理の達人という設定だから)、ちょっとしたことにわがまま放題ですねまくる、テントを張らせといてクルマでふて寝・・・とまぁ、野外に来てはいけない性格のオンパレードである。

旦那も、ストレス発散に行ってストレスたまらんかな?とお見舞い申し上げる次第でありますな。コミックとはいえ、リアルな描話だし。
相手するのがただのスケベ男ではなく配偶者であるから、「あ〜しんど」と同情を禁じえない。

結局、おもしろいことは自分で足を運んで、自分で見つけないと、付け焼き刃でしかないのだ。
人に何かの楽しさを教えられるきっかけというのは、あると思う。たぶん、勉強も遊びも一人でやってきたつもりでいる僕も、気づかないうちにろんな達人の影響を受けてきたのだろうと思う。
「匿名のお手本」であった人たちには、謹んで感謝するばかりだ。

それが、「教える・教わる・世話する・世話される」の関係が自明になってしまったグループだと、不満や嫉妬や不審が渦巻くサスペンス劇場になりがちだ。
それをひきずって、大自然を楽しみに行くのである(笑)。

いや、危険と隣り合わせの泊まりがけの活動を共にする濃厚な人間関係は、ほんの数年でサスペンス化することもある。いい展開のサスペンスは、ロマンスに化けたりするのが「アウトドア・マジック」というものだしね。

ずいぶんサークルで「楽しませて」「行きたくなる気にさせて」と要望を浴びてきたワタクシは、まぁ要望ゼロというのは異様だから、とりあえず出してもらって検討して行けばいいか、と構えていた。

この「その気にさせる」というグレー・ゾーンが、くせものだ。
自分のモチベーションは、だれが高めるのか。
そりゃ自分でしょ、というのが大人の正解だろうけど、恋人や配偶者がその気にならないときどうするか?というと、結局「外へ出ようヨ」の世界になってしまう・・・のかな。僕は最初からサジを投げてしまうからよくわからんけど。

完全に遊びの場だと、「腰の重いやつは来なくてけっこう」ですむものだが、仕事や教育の場だと、そういうわけにもいかない。
前触れなくプッツリやめてしまう若者は、学校や企業の経営を揺るがす「液状化現象」みたいなもので、やる気を世話するあの手この手には、労務管理担当者も頭を搾り尽くしているようだ。

だからといって、富士登山なんかを社員研修に採り入れたりはしてほしくないなぁ・・・かえって「登山こりごり」を刷り込んでしまわんかなぁ・・・というのが、ひとり静かに自然を楽しみたい風来坊の素朴なつぶやきなのだが。


エロノミストのゆくえ

at 2006 09/15 20:53 編集

植草ミラーマンが、酔っ払って痴漢でまた逮捕!
とまぁお粗末な事件ではあるけど、植草教授をカムバックさせた名古屋の大学も、頭をかかえていることだろう。
ちょうど事件発生の日に、本屋さんでもらった日経新聞社のPR誌をもらって、「おぉ、植草さんが論説で復帰している!」と感心していたところだったから、残念といえば残念。

しかしまぁ、あらあら・・・どうしたんでしょう。
証券会社から大学に移るときも、「君は性癖に気をつけろ」と忠告されていた(らしい)という話も出てきているから、かなりの根の深さを思わせる。

摘発された事件は氷山の一角だから、余罪や累犯の兆候はいろいろあっただろうし、周囲も気づいていたと思う。
犯行に及んだのが本人一人だったとはいえ、ふだんつきあっている周囲の人間関係があったはずだから、いつかは再犯に及ぶと薄々わかっていても、無理やり治療させるわけにもいかず、対応は難しいのだろうね。

もちろん、家族や友人や上司が、45歳の大人の性癖まで監督しているものではないから、責任を追及するわけにはいかない。
が、このグレーな部分に責任をもってメスを入れられる「何か」がないと、同じような悲劇はなくならないと思う。

あえていえば、手鏡事件で有罪を追及した検察が、公判であれやこれやの証拠をあげて、「かなりの性癖」を指摘したのだから、判決では何らかの医療措置を命じるべきだった。
罰金50万円と手鏡没収だけで、反省して性癖が治り、再犯の恐れなしと判事は考えたのだろうか。ちょっと事務的すぎる気もするけどね。

ただの粗暴犯ではない、植草さんのように光と影のコントラストが強い犯罪者は、今風というか、これからも増えるはずだ。
すると、こうした人を語る「自称まともな私」の本当の知性や洞察力をあぶりだす、リトマス試験紙になったりもする。
「ビョーキだね、あいつ」と笑う者は、言外に「メンタル系の病人は社会から排除しろ」と主張しているようにも聞こえるのだが、自分の身内や親友が、もし「魔がさした」場合に、簡単に排除してしまえるのだろうか。

植草さんの罪は、「スカート覗きと尻触り」である。だれだって、ついやってしまう可能性はあるだろうし、訴えられなかっただけで実行してきた確信犯も多いだろう。
むしろ、地位を利用して部下を性のはけ口にするセクハラの方が、悪質かつ陰湿ではないのかな・・・とも思うが、見知らぬ少女にいたずらするのが微罪だというつもりはない。

さすがに今度は塀の中で罪を償うのか、それともきちんと精神科治療を受けるのか、ともかく三度目の正直で、やりなおしを果たしてほしい。才能がもったいないよ、ほんま。

次の仕事は、性風俗産業の経営コンサルタントとか、「こんな私でよければ・・・ホストー秀」とか、自宅ひきこもりトレーダーとか、そんな道しかなさそうだが、開き直って、「秀才のメンタルヘルスの効用」を研究されてはいかがかと思う。
すると、あちこちの大学や病院から、「先生の頭脳とエロを見込んで(笑)・・・」と、コンサルティング依頼が来るかもしれない。

変な話だが、こんな経験知が求められる社会は悪くないし、才能だけは活用する工夫をすればいいと思う。僕は、「性犯罪の前科を持つ名医」の診療は拒まないし、罪を償い終えた前科者が一念発起して弁護士になれば、仕事を頼んでみたいとも思う。
人間まるごと否定するのは、幼稚であるか宗教的な社会だから、ちょっとこわい。


飲んでも乗れる法

at 2006 09/14 21:37 編集

飲酒運転が増えてるのか、報道でそう見えるのか、実際の傾向はよくわからないが、ともかくタガがはずれた「走る凶器」はおっかない。
「危険運転致死傷」を厳罰化したらしたで、轢き逃げが増えるんだから、イタチごっこ。

イタチに知には、知恵で太刀打ちしなくてはいけない。
というわけで、来年当選したら、法案提出しようと思うのだが・・・

1.併合罪ではなく加重罪にする。

飲酒運転も轢き逃げ(道交法違反)も、証拠隠滅も公務執行妨害も、ぜんぶ加算して裁けば、一つ一つの法律は甘くても、懲役80年ぐらいは行けるのではないかい?

2。公益通報制度を導入

店で酔っ払い運転しそうな客を目撃して通報したら、チクった人の飲み代をタダにする。罰金や科料の中から通報者に「よくチクってくれました」と謝礼を回せばいいのだ。検問より、匿名通報の方が効果てきめんだと思うぞ。

これを単純に運用すると「いかにも」な客を横目に、ニヤニヤ笑いながら暴飲暴食を始める客もまた増えるのではないか?との懸念もありそうだが、最後にしっかり代行運転とかタクシーを呼ぶと、チクリのあてははずれる。でも、飲酒運転がなくなるならいいではないか。

それでも、「あいつが酔っ払い運転する方に賭けるぞ」という客は一定数いるだろうから、店の売り上げは上がるね(ほんまかいな)。
なんだか、目線が飛び交いまくる不穏な酒場だらけになるかもしれないし、友人宅で飲んで運転するような場合だと、友情を失うかもしれないが(笑)、そのへんは、運転しない僕の知ったこっちゃない。
あぁ非情の自転車男ゴルゴ・・・

それなら、「制度特許マン」を自称する僕が発案した、酔っ払える、事故は減る、クルマにも乗れる、いいことだらけの画期的な案で行こう!

ずばり、

3.代行運転つき飲み屋
である。

クルマで飲みにきた客には、有無をいわせず代行運転をつけるのだ。
その代行運転手は店に常時スタンバイしていて、ゆきえちゃん、ひろよちゃん、ヒトミさん、おトミさん・・・と料金がランクづけされていて、選んで「同伴退店」できる。あ、もちろん女性客にはデップくん(風)、もこみち君(風)、タッキー君(風)・・・と用意する。

部屋まで、いやオプションで寝床までご案内します無料で!!(もちろん人件費はメニューに上乗せされている)となると、大繁盛すること確実だと思う。

もちろん、「送迎後」を楽しみにする客はいるから、変な展開になりそうだと、そおは代行運転サービスにつきものの性質を活用すればよろしい。
「もう、大沢常務ったら、いけないんだからっ!!もう寝て下さい。ついてきているクルマで待っているお兄さんがいるんですから・・・永遠に眠らせにきますよん」と涼しげに笑うと、一件落着である。いい夢だけ見られて、部屋まで送ってもらえて、イザコザなし。

飲み屋は、これぐらいのサービスをしないと、取り締まり強化で客足が遠ざかるのを待つだけになりまっせ。
まぁ、実現されちゃうと、飲み屋という楽園がギスギスした場所になりかねないが、被害者をなくすためです!と大義名分を通す心心意気を見せてほしいものだ、取り締まる側は。


ワセダいろいろ

at 2006 09/13 19:28 編集

ハンカチ王子が大学進学を志望!
というぐらいで、すったもんだの記者会見までやらにゃいかんものか?と思うものの、これも「ハンカチ祭り」みたいなものなのかな。

「早稲田実業」だから「早稲田大学」で九分九厘決まりではないの?と部外者には思えるのだが、ひょっとして駒沢大学志望だったりするのだろうか(笑)。

というのも、早稲田には、ハンカチ王子様をてぐすね引いて待つ「ふんどし主将」や「手ぬぐい先輩」「マネジャー女王」みたいなのがいて、斎藤クン怖じけづいたりして・・・という可能性も、ないとはいえない。
甘いマスクに萌えている、いけないエルトン・ジョン顧問も、いたり、いなかったり・・・。

でも、まじめに早稲田を志望しながら、ふたを開けてみたら来年は早稲田セミナーに通っていたら笑える。なにしろAO入試だか自己推薦だかの変な入試で、某「中退女優」が入学してしまったりするから、今どきの入試というのは読みにくい。

「斎藤クン枠が満杯なのだ、悪いが一般入試を受けてくれ」てなことになると、大ピンチ。長嶋さんが、「なぁに、チャンスはピンチの、ネクストバッターズ・サークルですからねー」と、励ましてくれても、励みにならん(笑)。

長嶋マジックが祟って、来年の夏は教室でハンカチで汗ふきしながら受験勉強(トホホホ)。「ハンカチ浪人」で話題になるか?
ま、聡明な子だから、ひょっとして「六大学野球の万年最下位」に合格するかもしれないし、OGが萌えて特別入学枠を開いた日本女子大へ!という道もあっていい。

くれぐれも、早大→巨人という月並なコースは避けてもらって、一粒で二度楽しめる王子様でいてほしいものだ。
「欽ちゃん球団救済」という道も、あるけどね。



次回テロ予定日2・31

at 2006 09/12 10:09 編集

「9・11」から5周年。
ビル倒壊の犠牲になった何千人かと同じ数の星条旗が立てられて追悼の儀式が・・・と聞いて、「あぁ靖国と似たことやってるな」と、ふと思った僕は、不謹慎なのか?

旅行者も、北米先住民も、イスラム教徒も、中国人もいただろうに(もちろん日本人銀行員も)、いっさいがっさいまとめて合衆国の犠牲者として旗を立てるって、あんた、よくまぁ堂々とやりまんな〜と感心した。みなアメリカ側=みな反イスラム=みな犠牲者ということになってるのかね?

同じことが日本で起こって、日の丸立てて「日本はテロと戦う」と首相が演説すれば、在日アジア人や外国人の駐日会社員からは「一緒にしてくれるな」と、ブーイングもあげたくなるだろうに。

靖国だって、戦犯と一緒に祀られたくない一兵卒の遺族もいれば、「神社に勝手に祀ってくれるな」というクリスチャンもいて、裁判にもなっている。それが犠牲者遺族の自然な感情だと思う。

「うちとこの靖国」に相当するのが星条旗で、あれはただの国旗ではなく、日の丸以上に宗教的な意味が濃厚な、イコンなのだ。
だから、「テロに報復するのはブッシュが勝手にやってくれ、私たちは同調したくないから」と、離反する自由はあるはずなのに、いつの間にかイスラムと闘っている21世紀版十字軍の一員にされて奮い立たされて、おかげでテロの標的になっている(笑)のが、お人好しな共和党支持者たち。

命を落としてしまった人は気の毒だが、ブッシュへの忠誠と家族の命と、どっちが大事なのか、冷静に考えて大統領を選びましょう♪と、忠告してあげたい。ビルで命を落とした3000人の見返りに、アラブの4万人の民間人を殺してもらって、あなたたちはスカッと納得しておられるのかや?

次のヒラリー大統領がどこまで柔軟路線を取れるか未知数だが、イスラムと闘って皆殺しにしてやれ!というマッチョな荒くれ一派はテキサスあたりの田舎に追っ払って、第二アメリカをつくらせればいいのだ(もう、合衆国ではなく分衆国だな)。

「アメリカは1つ」に見えて、実は分断されつつある・・・とすると、それがテロリストの思う壷ではないかとも思う。
大国の恐怖は、「足元」がポロポロ崩れて行くこと、手足がバラバラに動いて統率がとれなくなることで、それはソ連を見たらわかりそうなものだから、あまり「米国民は一緒に戦おうぜ」と強制しない方が賢いと思いますぞジョージ君!

ヒラリー大統領になれば、立場上やはり国の威信というのは示さなくてはいけないから、似たような演説はするだろうね(余興は渡辺美里が適任かも)。
で、横から夫ビルが「ちょっと気合い入れすぎじゃないかい、穏便に行こうよ」と口をはさもうものなら、「不適切なあ〜たは、黙ってらっしゃい!!」とピシャリ。
「こんな女房の尻に敷かれてまんねん、トホホホホ・・・」
と、かかぁ天下を演じて、共和党支持者の同情票を集めるビル。
まるで、アメリカ版「大助・花子」の夫婦漫才である。

笑われついでに、ビル君には、「ハンカチ王子」斎藤投手のさわやか人気にあやかって、「葉巻王子」のニックネームをさずけてあげよう。
案外これで鷹派ヤンキーも「しゃーないやっちゃな」と苦笑しながら温厚になって、イスラムは態度を軟化させてくれるのではないかい?


ハーメルンの呼び声

at 2006 09/11 23:59 編集

秋風とともに、サブカルチャーの探究者(?)が、あいついで他界する悲しい週末だった。
なぜか、僕の愛読する作家は自殺してしまう。ねこじる女史に続いて(といっても何年も空いているが)、犬丸りんさんがマンションから飛び降りてしまった。

最初に知ったのは、『オトコ部屋のぞき』(文春文庫)で、するどい観察眼と弾むようなイラストに、マルチな才能やなーと感心した。ともかく、おもしろい!
それで、イラストライターというか、西原理恵子ふうの「絵のうまいエッセイスト」という印象を僕は強烈に植えつけられた。筑波大学で美術を学んだそうだから、文才も画才も併せ持つ才媛だったのだろう。

ただ、最近子供向け作品を生産しているのは知らなかった。
そんな中で、「仕事で悩んでいた」という報道もあったようだから、アンパンマンのように「お子様世界」で名を成すか、成人向けサブカルを極めるか、文筆の方を開拓するか(これが僕は一番向いていたと思うのだが)、岐路に立たされていたのだろうか。
「表現者」特有の悩みだったのかもしれない。

人生の後半でもあったのは確かで、てっきり同年代だとばかり思っていたら、警察発表ではやや年長だった。
漫画家の年齢というのは、わからないものだ。

いきなり飛躍するが、年齢を疑う漫画家といえば、楳図かずお画伯が代表だ。楳図画伯も僕の幼少期の宇宙を確実に歪ませてくれた(笑)魔人だが、もっと楽しく散髪屋で、ラーメン屋でスカッと笑わせ続けてくれたのが、「こち亀」!!

このところ、あちこちの新聞に「連載30周年(ということは、僕も読者歴30周年になるなぁ)」と大々的にインタビュー記事が載っている秋本治さんは、写真で見る限り、ギターでも弾いていそうな「あんちゃん」に見えた。
いやはやすごいスタミナだ。累計で数億冊は売れているそうだが、秋本さんにはますますがんばってほしいし、全世界にファンが増えてほしい(こちブロンクスやこちパリもできるかな?)。

秋本さんはあと20年は現役だろうから安心するとして、ボロッと頭の片隅が欠けたような寂しさを感じたのが、阿部謹也さんの若すぎる心不全死。
71歳というのは、学者としてはまだまだ現役だろうに、今年なぜだか自伝的エッセイを出されたのは、何かの前兆だったのだろうか。

社会学界の中でも、阿部さんの専門の社会史というのは、サブカル的な扱いを受けていたし、いまだその名残りはある。
『オルレアンのうわさ』が拓いたフォークロア・スタディでは、ダルマ女や神隠し、口裂け女のような都市伝説がとっつきやすいねたになっているが、キワモノ的なテーマつながりで、つい世間の関心はUFO騒ぎや魔界スポット遊びの方に流れて行ってしまう。

そんなブームのはるか以前から、笛吹き男という、コミュニティの周辺に生きているトリックスターのような存在に着目した功績は大きいと思う。
阿部さんの本は『学問と世間』(岩波新書)ぐらいしかちゃんと読んだことはないから、ご冥福を祈る資格などないのだが、「伝説の森」でも勉強してみようか。周辺に生きる笛吹き男としても(笑)。



ね、麻生さん

at 2006 09/10 21:37 編集

次期首相は「安倍圧勝」が見え見えなのに、相殺選挙いや葬祭選挙いや総裁選挙に一応でている麻生さんと谷垣さんが、立候補演説をしていた。

谷垣さんは、「21世紀の国家のありかた」云々のおもしろくもなんともない優等生演説に終わっただけで、これじゃー万一総理をやったとしても可もなく不可もなく、官僚と穏便に馴れあって消費税を倍にして終わり…という先行きしか見えない。
やはり、ガツンと突っ走れるサラブレッドを、自民党も国民も選ぶのではないだろうか。

となると、勝ち目がないならないでリラックスするのか、麻生さんはケツをまくっていた。演説の半分以上が、自分の趣味だというアニメとコミックの話だったのである(ワハハハハ)。すばらしい!

どうせ負け戦なら、楽しく、好きなことをぶちまけた方がいい。
この、ぼんぼん特有の開き直り方というか、真剣味のなさというか、ゆるみ方は、もちろん小泉内閣で国民が思い知らされた「二世政治」の持ち味というもので、米国民も同感だろう。麻生さんに、何をしでかすかわからないスリルとサスペンス(笑)を感じるのは、僕だけではないはずだ。

たとえ(いや確実だが)総裁になれなくても、倒れたままの河合隼雄さんに代わって文化庁長官ぐらい拝命して、日本の文化立国政策を強力に進めてほしいものだ。
河合長官が強力にプッシュする臨床心理士なんかより、「オタクの居場所」の方が癒し効果抜群だろう。コスプレなんか、歌舞伎なみに保護して(歌劇も忘れぬように、と堺屋太一は口をはさむ)世界に発信して行けばいいのだ。ね、麻生さん!

そういえば先日、ポーランドの少女デュオ”blog 27”が日本上陸、要注目!というニュースを見た。
14 歳らしくタータンチェックのミニスカにハイソックス・・・しかし、14歳にしてはむやみに(笑)アダルトなのである。なんだか飯島愛がセーラー服を来ているような、石川さゆりがテニスルックでこぶしをきかしているような、スクールメイツで踊っているノーランズのような、なんかきついものを感じたな。
もしかすると、砂浜でビキニではしゃぐ松田聖子43歳の方が、若く見えてしまう。ね、麻生さん!

まぁ、御本人たちは純情に日本で歌とダンスを披露しようと思っているんだろうけど、「あまりにもハズレだったtATu」アレルギーができてしまった日本市場だから、難しいかもしれない。麻生さんとともに、御健闘を祈る次第である。

このblog 27がめざしている(のかどうかはわからない)キュート路線というか、コケティッシュ風味というようなのは、たぶん日本が世界の頂点をぶっちぎって独走していると思う。
こういうガールズポップの世界市場ができたところで、イベントにほしのあき嬢あたりを派遣して「実は29歳」と自己紹介してもらうと、世界中のロリコン紳士たちは驚愕して、狂気乱舞すること確実。

松田聖子だって、ピンクレディだって、由美かおるだって、まだまだ売れる。もう、赤いスイートピーは造花でないともたないし、UFOから下船できないし、風呂から上がれません!てな勢いだ。
麻生さんも、前かがみになったまま動けない(笑)。

いや本気でそう思えるほど、なんぼ美形の誉れ高いポーランドのスラブ系美少女が逆立ちしたって、日本のアイドルにはかなわない。
「老婆は一日にしてならず」と樋口恵子センセイが述べておられるように、キュートも急にはできない。毎日、「かわいい」と「すごい」の二語だけで暮らして、ハンバーガーより重いものは持たず、マツキヨ入り浸りで体をいじり・・・こういう厳しい修行でできあがったツルピカふわふわキャラこそ、30年、40年と長持ちするのだ(笑)。ね、麻生さん!

また、それを暖かく見守る社会というのも、リアル・アニメ少女の聖地ニッポンの平和なところだなーと思う。
男女共同参画社会とかジェンダーフリーという逆風は吹いているものの、生のコスプレ美少女そのものの大和撫子を求める世界のオタク・マーケットは、田嶋陽子の雄叫びも上野千鶴子の論文も蹴散らしてしまう勢いだ。ね、麻生さん!

そういうおまえはどうなのだ、と追及されるかもしれないが、アニメキャラやコスプレ遊戯は、実際よくわからない。
それより今の日本のウリは「ハンカチ王子」だから、韓国のおばちゃんたちがいいお客さんになってくれるかもしれない。でも、韓国に流れる¥(円)と、日本に流れるウォンとでは、貨幣価値が違いすぎるからなぁ・・・
と、本気で経営戦略なんか考えてどうするねん!?


酔いから醒めない公務員アラよいよいよい♪

at 2006 09/09 19:49 編集

公務員の飲酒運転事故が、なくならない。酒気帯びから引き逃げまで、コンプライアンスもモラルもプロフェッショナリズムも、公僕意識も(あ、これは最初から持ってないか)もはや地に堕ちた感じ。
大阪市役所は丸ごとガン細胞化して末期状態だし、京都市役所も痰壷のように腐敗しきっているようだ。

諭旨免職とか諭旨退職といったって、どれだけの退職金もどきが支払われているのか、マスコミは暴かない。糞役人が「糞」だけになったとしても、再就職先が外郭団体や役所の関連法人だったりすると、処分はただの儀式みたいなもので、役所は浄化されないのに。

事件でつかまったバカヤロ公務員が四十代だと、「あぁ、これでやめても年金もらえるもんな」と、僕は空しさを覚える。20年たらずの勤続で、おいし〜い共済年金が一生もらえる職種があることも、ちゃんと報道されたなら、社会保険庁なんて焼き討ちに遭うかもしれない。

公務員というやつは、血税で身分保障されているんだから、悪いことすれば確実に実刑をくらわさないと、「クビになっても生活安心」とうそぶいている不祥事予備軍は減らないだろう。
懲戒処分を受けたって、何年かたてば再雇用されたりしてるんだから、もうお笑いである。そんな実態を追跡取材してこその報道ではないのかな。

ぬるみきった、ふやけきった役所の空気というのは、人によって感染の早さは違うだろうが、なじんでしまうと、何かを作ったり売ったりして金をかせぐ労働がバカバカしくなってしまうのではないだろうか。
ということは、民間では使いものにならない、どうしようもない殿様お侍さまぞろいなのだ。
こんな行く場のない無能者が、年功昇進で「民間の指揮・監督・指導」をするようになって、40歳ぐらいになると日本人の平均所得を5割も上回っている(実労働時間で割ると、時間所得は倍ぶらいになるのではないか?)。

「失われた10年」は、不良債権処理や税制改革の遅れなんかより、ぬるま湯の公務員制度にメスを入れなかったことが、根治の機会を逃したように僕は思う。

その10年のダメ押しをしたのが、阪神大震災だった。
震災後、寅さんが映画で訪れた知的障害者の作業所兼パン屋さんが、閉鎖の危機に瀕しているという。何度も経営危機は乗り越えてきたそうだが、支援費制度の改悪で、今度こそダメかもしれない…と、私財を切り崩してがんばってきた所長さんが、疲弊しきった顔でつぶやく様子が報じられていた。

精神障害者や身障者、高齢者の施設が、不要で過剰なサービスをしている面はちらほら見かけるし、「自立支援」を受ければ受けるほど社会復帰できなくなっている例もある。
ただ、知的障害者に限っては、無理に労働力にしなくても、公的に保護されて一生を不安なく過ごすことも許されていいと僕は思う。

それを、ちゃんと就労の場を築いて一定の収益を上げている事業所は、えらいと思う。
通所6人の作業所に年間600万円の補助金という実態が、適正なのか不適正なのかは何ともいえないが、公務員一人の平均年収より低いではないか。アホな公務員を1匹クビにすれば、全身全能を賢明に使って、日本一パンにうるさい土地で地道にパンづくりに励み、地域に貢献している知的障害者6人に、年収相当額の補助金が行き渡るのだ。

アホな税金泥棒をカットせず福祉予算をカットする役所は、二重に詐欺的な伏魔殿ではないか。
どれだけの血税を投入してどれだけの仕事をさせているのか、わかりやすく情報開示してほしいものだ。

一般労働者と同じ労働時間と賃金で、納税者のために働いている自治体というのがあれば、そこで多少のサービス切り詰めは許されるかもしれないが、そんな市町村があれば住民が続々と転入してくるから、財政は潤い、サビスは手厚くなるはずだ。

たとえばニセコ町はどうだ、矢祭町はどうだ・・・?と、聞きかじりのユニークな町名は浮かんでくるのだが、横浜市あたりで綱紀粛正と財政再建に成功すれば、全国に波及して行くかもしれない。
そういう面での強権独裁首長は出てきてもおもしろいと思うから、慎太郎さん、いかがかな?(少々こわいかも…)


人命より人権?

at 2006 09/08 17:23 編集

高専生殺害事件の容疑者が、自殺・・・という幕切れは、あっけない。双方の家族のやり場のない思いは、ずっと残ることだろう。
事件そのものの動機は、片思いか、キレる少年心理か、という推測の域を出ないから、これからは、プライバシー詮索より捜査のしかたが問題視されるはずだ。

未成年の人権に配慮して匿名の指名手配をしたのが、裏目に出てしまった形に見える。結果的に、被疑者の人権は守ったが命は守れなかったわけだ。

警察は苦しまぎれに、「第二の犯行に及ぶ可能性がないと判断したから匿名捜査してた」なんてぬかしていたが、おいおい、被疑者が凶暴な通り魔とか薬物乱用者ではなく、真面目な同級生と目星がついた時点で、「自殺する可能性」が、真っ先に浮かんだのではないかい?いくら田舎の警察でも、それぐらいの経験則は持っていたはずだ。

そもそも警察は、被疑者を追いつめたり断罪したり処刑したりする機関ではなく、裁判を前提に、とことん有罪の証拠を固める機関である(はずだ)。
ところが、警察が拷問や処刑までしてしまうドラマや映画が人気を集めたりするのは、国民の勘違いを反映しているということかもしれない。「こんな国民性あっての、こんな警察」なのだ。
被疑者を死なせてしまっては、すべて台無しなのに・・・。
だからこそ、通常逮捕した被疑者はスッポンポンにして、服毒自殺するための薬物や刃物を隠していないか、穴という穴を調べるのではなかったかい?

今回のような少年犯罪だと、かりに顔写真と名前を公開して捜査して、冤罪だったような場合に、落とし前がつけられない。すると、懲戒処分をくらうと天下りできなくなるぞ…てな公務員の思惑も、臨機応変な対応を妨げたのかもしれない。
それなら、法にのっとって匿名捜査をした、結果的に捜査に時間がかかり、発見したときには被疑者は自殺していました、残念。・・・とまとめた方が、無難なオチではある。

つまり、警察組織の責任回避体質が、重要な証人を失うことになったのだ。
それなら、結局のところ、捜査してないのと同じではないのか?

バイクで逃走中!広域捜査も視野に入れて…云々と騒いでいたわりに、被疑者の白骨化した自殺遺体が発見された場所は、現場すぐ近くの山中だった。
もし、バイクの写真と似顔絵ぐらい公開して捜査していたなら、犯行後にロープを買った店で目撃されて通報もあったかもしれないのに、今となっては「鴨・鱈・レバー」の話でしかない。

今回のような少年犯罪で、極秘捜査なり匿名捜査なりを選ぶ(選ばざるをえない)なら、警察はよほど人員や情報力に自信がなければ無理だろうに、通常の犯罪捜査であっても、地域住民や通行人の証言やタレコミあっての検挙だろう。
ところが、ただでさえ社会正義なんかより、警察にかかわりたくない・警察が信用できない・ややこしいことにまきこまれたくない・警察に恨みがある・疑われるのもウザい、等々の気分が蔓延しているんだから、警察単独での捜査能力は、あまり自信を持ってもらっちゃ困る。

能力が低い警察には、ますます信頼も協力も寄せられなくなって行くから、ますます被疑者捕捉率は下がる…の悪循環。すすんで情報を開示して、「協力お願いしますモード」で地道にがんばってもらうしかないと思う。

だから、警察を全否定するつもりはない。もう少し頭を使って、とにかく被疑者を生きて捕捉する率を上げてほしいものだ。
たとえば、警察犬を1万匹も放てば、けっこうスピード捜査できるかもしれない(ちょっと騒々しいだろうけど)。「警察鷲」も養成して、被疑者をワシづかみして飛んで来てくれれば、もっと速い(途中で落としたらゴメンなさい)。

そんな動物シリーズがアナログ的で古すぎるなら、最新のIT作戦はどうだ。
「首をしめられた女子学生が蘇生しました」という虚偽報道をして、CGを使って「私は恨んでないから、早く出てきて○○クン!!おつきあいしてもいいからねっ」とメッセージビデオを流すとか。
これも、昔から「お前が口封じをしたつもりの○○は、実は生きていて、ぜんぶ吐いてるんだぞ!」という類の自白誘導術で使われてきた「ウソも方便」の延長で、まぁ許されるかもしれない。

ただ、のこのこ出てきてつかまった被疑者がハンカチ王子みたいな「イイ子」だったら、世間の同情が集まって、だますなんてひどいっ!!と警察叩きが加熱しかねない。
僕の知り合いの高専出身者は、全員そろいもそろって真面目で聡明で誠実な好青年ばかりだから、「同情され率」は実際かなり高いと思う。
被疑者も、贖罪し続ける人生を選んでくれたなら、それはそれで意味のあることだと思うのだが。


ロイヤル陰謀

at 2006 09/07 23:21 編集

ともかくも、ベビーご生誕おめでとう!一色の9月になりそうだ。
大胆な推理をしていたのが、天皇陛下の同級生という紳士。
皇太子が秋篠宮に、「うちはだめだから、お前んところで男の子がんばってくれよ」と依頼してたんでしょうなーと笑っていた。
もしかすると、あり得た話かもしれない。

もし男系女性天皇を認めれば、秋篠宮さまの皇位継承順位は愛子さまの次になるから、まぁよほど愛子さまより長生きすればともかく、皇位は回ってこない。
それはなるものか!と奮起して、マル秘の「男子懐妊術」を使った!・・・と勘ぐる妄想屋もいるようだが、あの秋篠宮さま、そもそも権力欲もなければ敬われたくないとさえ思っているのではないだろうか。
できれば皇族をやめて、黒田クンを誘って、「クラシックカー博物館」の名誉総裁でもやりたいと思っているかもしれないオタクであらせられるから。

幻想奇譚や王室スキャンダルの本場では、腫れ物に触るように皇室を語らなくてはけない日本と違って、仰天モノのジャパニーズ・ロイヤルファミリー・ストーリーがでっちあがっても不思議ではないし、反日が生き甲斐の中・韓は皇室滅亡をひそかに夢見ているかもしれない。

もちろん僕は皇統断絶は望まないが、かといって女系天皇を安易に認めるより、側室を回復させた方が、男系ロイヤルファミリーの伝統は確実に守れると思う。
すると、田島陽子あたりは「産むだけの女なんてさー、差別じゃないか!!」と吠えるかもしれないが、「徴用」ではなく志願制にすればいいのだ。「主婦になる自由」が認められているようにね。

新聞に求人広告を出せば、800万人ぐらいの乙女、もと乙女(笑)、乙女もどきが殺到するにちがいない。
採用枠は毎年365人。基礎体温をきちんと管理して、毎夜「ちょうどいいあんばい」の側室が、かわるがわる皇室男子と愛を交わしていただく(すりきれかねないな・・・)。
そうしてできた子に、皇位継承順位をつけるのだ。

てなシステムになると、「うちの息子、皇位継承者ざぁますの」なんて自慢をするやつも出てくるだろう(ただし6271位なんて順位になると皇位は絶望的だが、候補になっているだけでもブランド価値はあるわな)。皇位継承者になるための乙女学校なんかがうじゃうじゃできるから、商売繁盛→景気浮揚も期待できるぞ。

が、もちろん脳みそ貧相なブランドねーちゃんみたいなのは選考で落とされるし、いざ側室になっても、イヤミなやつは国民からの「公益通告制度」で免職される。

となると、現在お気の毒にも評判がよろしくない雅子様は、下克上を画策する「側室労組」から突き上げられて、皇室を去る・・・ということも、案外ありありかもしれない。
いや、なにも側室がいなくても、今回の男子誕生で、少しは雅子様のも肩の荷を下ろせたのではないだろうか。

それでも、女性天皇を容認するのなんのと皇室典範論議が続く限り、お気の毒にも、雅子様の気持ちが落ち着くことはない。
大丈夫、外交の仕事、国際交流、どんどんすればいいよ、家事しちゃるけん!・・・と、「バツイチOKボクの胸に飛び込んでおいで」気分になりきりすぎている僕が雅子様を迎え入れる日は、来るのだろうか(笑)。

バカモン!!と右翼に狙撃されそうだが、ふざけているようで、実はちゃんと冷静に考えているのだ。
妻と、皇居に置いてきた娘との面会は、できる限り配慮しましょう!!
・・・って、これもまちがっとるか?


要領わるー!!

at 2006 09/06 20:08 編集

久々に、たまたま午前と夜だけの仕事になって、6時間も空き時間ができてしまった。
時間つぶしのあてがないので一時帰宅するが、まだまだ蒸し風呂のようなサティアンだから、ろくに昼寝もできない。結局、持ち帰り仕事をしてしまう。
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2006年8月の日記
かけます、かけます

at 2006 08/31 10:51 編集

熱帯夜がなくなったぐらいでも、ずいぶん朝夕だけは涼しくなった気がする。
あんまり暑いと、ずっと風呂に入っているようで、まるで静香ちゃん気分だし、滝のような汗も何か効用がありそうな気もするから、せいぜい夏はパンチのきいた暑さを楽しめばいいと思う。

めいっぱい暑いからこそ、涼しくなると恋しくなるのが「ぶっかけ飯」。まだ、鍋という気分でもない。

我が国には、味噌汁かけ通称ねこまんまという絶品があるものの、なぜか無性にマーボー丼が食べたくなる。
別に麻婆豆腐でもいいし、麻婆茄子でもいいいが、ご飯にぶっかかっているのがベスト。

これ、もしかして日本人がアレンジした「中華風」料理のようにも思えるが(『美味しんぼ』によると、坦々麺がそうらしい)、日本人はぶっかける名人なのかもしれない。カレーライスという不動の伝統もある。
汁を含んだ飯は消化吸収されやすいし(と言い訳しつつ、咀嚼せず丸呑みしがちなのはデメリットか?)、体にもいいと思うのは素人考えなのだろうか。

1年ほど御無沙汰していた中華街のはずれの日本風ラーメン屋に、さっぱり系ラーメンと麻婆丼のセット定食というのがあって、久々に食うか〜と思って出撃すると、このメニューがなくなっていた。
残念!もう破門しちゃる。

しかたなく、また別の店に浮気して「サバの立田揚げ大根おろしかけ定食」で晩飯をすませてきたのだが、あぁやはりワシは和風に還るのか・・・という感じ。
玉ねぎと崩れかかったジャガイモの味噌汁を温めなおして飯にぶっかけたりすると、もう、こんな安くてうまい決定版はないと思う。
それじゃー腕のふるい甲斐がないわんと言われても、かけめしで喜んでいるのは優良ローコスト男ではないか〜?と自画自賛しているのだが。


ジョンベネ茶番劇

at 2006 08/30 20:14 編集

ジョンベネ殺しを自供していたジョン・マーク・カーが、案の定シロ。
まず、「タイで逮捕」が怪しかった。
別にタイを差別視するつもりはないのだが、欧米人がオリエンタルでエキゾチックな性の香りを求めて、タイやフィリピン、ベトナムといった舞台を借りるのは、よくある話である。「エマニエル夫人」シリーズ(古いなぁ)を思い出すまでもなく。

僕はタイやアメリカの刑法をさっぱり知らないから、証拠なしで裁判所が逮捕状を出すのか、はたまた逮捕状なしで10年前の事件でも現行犯逮捕できるのか(笑)、どっちにしても奇妙な刑事制度だと感じたのだった。

現場で採取したDNAがあるなら、タイで身柄拘束した被疑者のDNAと照合すれば、逮捕できるかどうか簡単にわかりそうなものなのに。なんだか順序が変である。

とにかくつかまえてニュースにすれば、だれかが得するしかけがあるのだろう。
あの被疑者のメル友の大学教授というのが、ジャーナリズムだか映画学だかを専門にしているそうだが、あの事件のドキュメンタリー映画で一発当てようと考えている山師が、あちらの映画業界や報道界には生息しているのだろうね(そこに、タイ警察もからんでいるのかもしれない)。

伏線は、もともとの10年前の事件以来の報道でしっかり張られていた。
一体、ジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃんジョンベネちゃん・・・と、なぜ縁もゆかりも皆無な日本人が、騒ぎ悲しみ憤り怒り報道し続けなくてはいけないのだろうか。
宮崎勤に殺された女児たちの名前など、きれいさっぱり忘れて去られているのに(宮崎被告が名乗っていた今田勇子だけは、妙に記憶に残っているけど)。

謎めいた事件だから・・・というなら、行方不明の吉川友梨ちゃんを探し出す方が大事だと思うが、大衆の好奇心を新鮮に保って何度でもニュースにしてしまう米国の「映画仕掛けなマスメディア」の方が、はるかに巧妙かつ狡猾だということだろうか。

また、「ロリコン・カー」のような目立ちたがり屋もこれから続出するだろうし、そんな異形のキャラを祭り上げたりいじくったりして営利に結びつける業界があっても、不思議ではない。

日本でも、「パリのカニバリスト佐川君」が、よりによってカニバリズムのVシネマ(だったかAVだったか)にかつぎ出されたこともあったが、たとえ被害者が日本にいない事件ではあっても、やはり日本人が根源的に受けつけないエンターテイメントなのだろう、闇に葬られてしまった。

まぁ、佐川事件や宮崎事件は実話で、「犯人は彼本人」と確定しているから、どんなドラマに仕立てても、ウソくさい茶番劇にしかならない。事実は小説より奇なりだから。

今回の、アメリカとタイの司法当局を巻き込んだ茶番劇は、にせメールを永田議員につかませ民主党を揺さぶった茶番劇を思い起こさせる。
ネタをつかまされたのか、自らすすんで飛びついたかの違いはあるにせよ(無意味なほど小さな違いである)、にせメール=ジョンベネ、永田=ジン・マーク・カーという構図だ。

ということは、大失態のコロラド州の司法当局を陥れようとした力が働いたのか?
・・・と考えると、これは政治ドラマというか、現実の政争だから、新しいリアルなエンターテイメントになる。

ジョンベネちゃんは死んで10年たっても、エンターテイメントのダシに使われてノーギャラ。目立ちたがり屋さんや大学教授やマスコミなど、二流三流の具ばかり寄せ集めて、これほどまずい闇鍋はないだろう。
アメリカが日本をなめるのはわかるが、米国民自身も、なめられたものだ。


夏の夜と昼の夢

at 2006 08/29 21:52 編集

月曜日から、通常出勤。といっても午後からだから、これぐらいで疲れているようでは情けない。
おかげで、あっちこっちで居眠りしてしまう。
空腹は最高の調味料、というように、寝るのが楽しみな人にとって疲れは不可欠なのかもしれない。

まず、行きつけの喫茶店で、スーッとのけぞって仮眠。とりあえずスカッとした。
目が覚めると、隣の客が入れ替わっていた。
「はつらつOL風」が、向かい合った体育会系の大学4回生に、連盟がどうの支部がどうの、ネットワークを使って云々、サークルをどうする・・・なんて話をしている。摂理か?(笑)

電車でまたウトウト。
神戸に戻って、早く帰って寝ればいいのに、エクセルシオールでアイス・ラテその2。
昨日記を打っていたら、ドカドカドカッと短大生ふうの5人組が流れ込んできて、僕のテーブルのいすを動員して、「放課後」がスタートした。テーマは「児童中心主義と系統主義」ということらしい。ほほー、まじめだね。

「あの**(教員名)、一人でしゃべって一人で笑ってるねん」
「きもー!!」
てな風に、「キモい」と「かわいい」であらゆるものを評価してしまえる、最強の乙女ボキャブラリーである(一応ほめている)。
どっちも不幸な、ミスマッチな出会いですなぁ。

たぶん、こんな授業は居眠りかメールか内職が蔓延する「授業のような儀式」になっている気もするのだが、居眠りというのは僕は年々お目にかからなくなってきた。「寝るなら来るな」と通告しているわけではなし(そうしたいけど)、目が覚めるようなおもしろいトークをやっている自覚もなし、不思議な傾向ではある。

僕なんか、自分で履修すると決めた授業でも、けっこう居眠りしていたものだが。
まじめに出席して受講して課題をこなして・・・というのが恥ずかしいというか、軽い反逆を覚えるからこそ、寝てみたりもしてたのかもしれない。

今の学生は、正直まじめなのだ。「くそ」がつくほど。だから、心病む子も多いのかもしれない(あくまでも憶測)。
合コンはしない。ナンパなんて僕しません!!と誇らしげに言うし(笑)。
おいおいカンが狂うわい。
何かもっともらしいエクスキューズをでっちあげて教師を引き込んでおごらせるとか(僕はこればかりやっていた)、そんな悪知恵は働かないようだ。

まぁ、これが女子学生とおじさん教員の仲となると確かに難しいものだが、媚びて仲良くしようと考えるおじさんは哀れだし、冥王星人と実りある会話をしようと考えたとたん、これまた眠くなる。
しかも、安眠ではないしね(笑)。


逃げる夏〜の・・・

at 2006 08/28 21:08 編集

いくら日曜の夜といっても、昨夜ほんの11時すぎに、JR元町から山の手に上る目抜き通りで、たまたま人っこ一人見かけなかった。珍しい・・・というか、シュールな眺めだったぞ。

ふだんは、新しい飲食店も次々にオープンしてまぁまぁにぎわっている、トア・ウエストの西の境界にあたる鯉川筋である。
それが、まるで台風の夜みたいだった。この廃墟感には、ウットリする(笑)。

夏休み最後の週末・・・といったって、実際に夏休みを過ごしている幼稚園児から大学生までは人口の2割ぐらいだから、そんなに夏休みだ終わりだと日本中が騒ぐことかい?というのは、前々から消えない疑問。
たぶん皆そう感じながら、海の日で「夏休み!!」のドラを鳴らされ、「8月最後の日曜の夜」に幕を引かれて、粛々と帰宅なさる。愛すべき日本人の横一直線ライフやねぇ。

あいかわらず残暑も厳しいから、海の家なんかは真夏モードをキープしてくれてもいいのに、早々と解体されているのが寂しい。
最近は海に入ってないからわからないが、盆を過ぎたら泳げないほど、海はクラゲだらけになっているのだろうか?
イモの子を洗うような「夏休みの海」より、9月ごろの海の方が静かでいいし、海の家のメニューに秋刀魚、梨、牡蠣なんかがあるのも、風情があっていいではないか。

年中、夏休み明けのような顔色をしている僕は、ことさらに「夏どっか行きましたか?」と聞かれることはない(行ったにちがいない顔をしている)のが少し寂しい。
「夏山」も「18きっぷ旅」も、これからなのだが。
終わりかけてから追いかける、いつものあわただしい夏である。
焦るなぁ・・・。


飲酒運転だけ厳罰

at 2006 08/27 20:01 編集

盆休み明けの初出勤だったから、きのうの準夜勤で、夏休みは終わった。正味、1カ月しかなかった(こんなことで嘆いてるから、会社員の友人に嫌われる)。

帰って間もなく、悲惨な交通事故のニュース。
泥酔公務員に追突された家族5人乗りの車が海に落ちて、子供だけ3人、水死してしまった。母親は暗い海に4度も潜ったり上がったりして子供の救出を試みたそうだが、残念ながら助からなかった。

母は強し!とはいえ、これからのご夫婦の喪失感や憤りは、想像を絶する。子供のご冥福とともに、生き残ったご両親のこれからを慮るばかりだ。

親子でカブトムシを採りに行った帰りだったそうだかあ、あぁ、夏休み最後の行楽で、日曜日はパパの骨休めだったわけね・・・と思い浮かぶ、どこにでもある「いい家族」の夏休みの幕引きだとわかると、悲哀もなおさら。子供の短い人生まで幕引きになってしまうなんて、あまりにも気の毒だ。

もちろん、泥酔状態の22歳バカヤロ公務員も、罪は罪として服役したとしても、一生をかけても罪は償えないだろう。
こんな飲酒死亡事故の悲劇の背景には、酒にルーズな日本の風土や、飲酒運転に甘い交通行政があるから、ええかげん、毅然とした飲酒運転撲滅キャンペーンを推進してほしい。酒飲みの良識に任せていては、あと何人殺されれば飲酒ドライバーが自然消滅するというのだろうか。

もちろん、飲酒運転が摘発されたら、即刻免許取り消し。
飲ませた店も調べて営業停止。
飲酒運転を知ってて黙認した第三者も、共犯者として逮捕。

これぐらいのことはしないと、ほんと犬死にはなくならない。
普通の運転で前方不注意とか信号見落としとうのは「業務上過失」かもしれないが、酒は危いとわかっていて飲んで、自分の意志で運転を始めるわけだから、過失ではなく確信犯といっていいのではないかい?

そんな未必の故意が反映された危険運転致死罪が導入されるようになったのは、当然といえば当然。ただ、罪を重くするだけでは、なかなか抑止効果にならないから、効果的な運用を導入してなんぼだと思う。
たとえば、被告には、懲役刑の代わりに「飲酒運転Gメン」をやってもらって、罪の重さに応じて「10人摘発」「100人摘発」とノルマを課すとかね。

「おれ、酒ぐらいで運転ミスしないもんね」とうそぶくやつは、集めてサーキットでレースをしてもらおう。助手席には家族を乗せて、シートベルトなしだ!
「みーんな自分の運転に自信があるそうだから、大丈夫だよーん」と悪魔笑いをする、警察幹部!(笑)
酒気帯び運転レベルでつかまったやつへの講習は、これぐらいのスペシャルメニューがあってもいいと思う。

仕事でどうしても酒の席と運転は切り離せないんです、という事情をかかえた飲酒ドライバーもいるかもしれない。あまり同情したくないが、それなら酒の飲めない体に改造することを条件に免許を与えればいい。アルコール分解酵素を消してしまって、飲んだら運転できなくなる注射とか。

まぁ、そんな処置は人権問題に発展しかねないから、技術的な飲酒運転撲滅は、別方向から考えなくてはいけない。
運転席にアルコール・センサーをつけて、酔っていたらエンジンがかからないクルマというのは、簡単にできそうな気もする。そんなクルマは売れないから、すべてのクルマに設置を義務づけて、横一直線に始めるしかない。

すると、「センサー解除のノウハウ」なんてのもネット上に出てくるのは確実だから、イタチごっこになるのも確実だったりする。
『ラジオライフ』なんか愛読しつつ、こうやって規制すべし!とアジっているのは、矛盾しているのかもしれないが。


再定義

at 2006 08/26 15:43 編集

冥王星が太陽系惑星から除外されて、矮惑星に「格下げ」されてしまった。
かわいそうに。くさい駄洒落で「わい惑星や」と開き直っている大阪人みたいではないか。
世界中で耳につく関西弁も、天文学会には届かなかったということか・・・。

別に定義が変わったぐらいで、星が消滅したわけではないから、大騒ぎするほどのこともない。pluto=冥王星という訳語は、ろまんちっくな名前だと思うから、残しておいてほしい気もするけどね。

受信料で養われていながら、「受験生にとっては、憶えなきゃいけない星が1個減って助かりますね」と、くだらん・気の利かん・笑えんコメントをしていたキャスターには、ふと知能を疑ってしまったが、「教科書から星が1つ減って寂しい」と話す知的好奇心にあふれた小学生の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえばよろしい。

定義変更というインパクトなら、「高齢者」を65歳から80歳に変えてしまえば高齢者問題は解決してしまうし、もっと身近で影響のある定義変更を考えてみてはどうかと思う。
まさに某「公共放送」というのもそうで、「公共性のない番組もやっている公共放送」というのは自己矛盾しているから、暗黙の定義を考え直してみないと、噛み合わない議論に無駄な時間を浪費するだけになりかねない。

医療や福祉の世界では、病気の定義が世界各地でずいぶん違うようだし、タバコ1つとってみても「文化だ」「公害だ」と議論が鎮火しない。ついに、禁煙できない人は、タバコ依存症ということになるようで、愛煙家の皆さんは大変だ。

そうして病気の定義を増やしても、医療費がふくらむばかりだから、むしろ「そんなの病気じゃない、健康のうち」と再定義した方がいいこともある。
たとえば、妊産婦さんが1週間も入院しているのは、先進国で日本だけらしいし、現に日本の健康保険でも異常分娩以外は「病気ではない」ことになっているようだが、病人扱いしすぎることで医療費がかさむ面はあるはずだ。
個人的には、妊婦さんの苦労は正直よくわからないが、働くママ&パパへの育児休暇やフレックス通勤をもっと保障した方が賢いと思う。

定年というのも廃止すべし。
というのは、わが選挙公約にもかかげた「定義破壊」だが、有能な高齢者はどんどん活躍してもらうばかりでなく、有能な少年少女にも期待したい。

たとえば早実の斎藤投手、苫小牧の田中投手には特別に選挙権をあげて、「僕は投票に行きます!」とキャンペーンもやってもらえば、投票率も上がると思う。
いや、選挙の前に苫小牧のナインには住民請求権をあげて、セクハラ前市長の悪業を洗いざらい調べる仕事の方が先になるべきかもしれない。

苫小牧に限らず、地方自治でいう有権者は15歳ぐらいから認めてもいいんではないかと僕は思うが、その他にも、社会人とか、障害者、当事者、受益者・・・といった言葉の定義も、あらためて考え直してもいいと思う。
もっと一般的な、男らしさ、女性らしさ、おじさん、おばさんetcetcも。

きのうかおとといかの某新聞が、31歳の保育ボランティアお兄さんが子供に「おじさん」と呼ばれてへこんでいた投書をきっかけに、おじさん・おばさんの定義をおもしろおかしく書いていた。
当然、年齢ではなく「しぐさ」で線引きする文面になっていて、「おしぼりで顔をふくのがおじさん」「電車で空席に突進するのがおばさん」という調子。まぁ、他愛ない定義ではある。

こんな場面は、定義というか、あるモノサシで相手をおとしめて笑う快感みたいなものが働いている(おじさん、おばさんというカテゴリー自体が毛嫌いされる対象だからね)。
それが差別の始まりだ!・・・などと憤慨するつもりはないけど。

定義は、戦略的に利用すればいいのだ。
あの彼がおしぼりで顔を拭くかどうか、ドキドキしている乙女にこそ、「おしぼり上半身一周」を見せてやるのも楽しい。驚きを超越して、解脱できるというもんだ。

また、「素敵な彼氏」の定義を裏返してみれば、お荷物な彼女と円満に別れられる秘策も見つかるではないか。
つまり・・・
耳に鉛筆はさんでスポーツ新聞を読みつつ待ち合わせ、
デートの話題は墓と介護、
夜景の見えるワインバーで爪楊枝で歯の掃除、
夜景の見えるワインバーで彼女に説教、
夜景の見えるワインバーで座るとき「どっこらしょ」、
夜景の見えるワインバーで足を組んでさりげなく裾からモモヒキ、
夜景の見えるワインバーで鼻毛を拭く・・・

こういう「フルスペックおじさん」を演じれば、29歳の彼女でも「あんなオヤジ男、ふってやったわ」と優越感をもって、すすんで離れて行ってくれる(素敵!!と惚れ直す彼女だと、間違いなく老い衰えるまで連れ添えるパートナーだな)。

以上は「別れるための仮定義」だが、新しい出会いに向けて「素敵な彼氏」にすっと戻らなくてはいけない。
案外、おじさんの定義にどっぷり浸って快感に目覚め、抜けられなくなると、えなりかずきになってしまう危険性もある(笑)。

まぁ、こんなことを気にしているのは男の沽券なるものの弱さで、実際に「夢がない、鍛えてない、安定志向のてめえらこそ、オッサンそのもの」と指摘してやると言い返せない少年も多い。
「あたしら、ミニおばさん」を隠さず開き直っている関西女子は、本当に強いと思う。バルサンも金鳥リキッドも効かないし。


ハンズメッセでっせ

at 2006 08/25 18:33 編集

バーゲンにもクリアランスにも、いざ!と決意して出撃したことはないのだが、さすがに「町内」でやっているのだけは、散歩がてらチェックする。
で、年に2回のハンズメッセ。
ハンズメッセで夏休みが終わり、ハンズメッセで1年が終わる感じ。

2006年「前半戦」は、いやはやな夏の陣だった。外は猛暑、中は冷房、売り場は再び猛暑で、めまいがする。
たぶん、バーゲン慣れしていない僕の脇が甘かっただけだが、オババ含有率の高い大群にもまれて、何度ナマ温かくほてった「プルルン攻撃」をうけたことか・・・(涙)。

特にこわいのが、財布売り場であった。
一体、なにゆえオババは財布に燃えるのだろうか。
イレモノへのこだわりは、「中身」への執着とつながっていて、当然その出どころは金銭欲だから、とにかく「欲望むきだし」のオババが鼻息荒く財布をかきまわしているのである。
こりゃ日本人の人口が減っても、オババ人口だけは減るもんか、と思ったね(笑)。

ハンズメッセなんて大した割引率ではないから、1000円均一なんて、今どきどこの雑貨屋のワゴンセールでもやっている。
ふだん、高値硬直しているハンズだからこそ、バーゲンが目立つだけだろう。
それでも、「とりあえずいじくらせてもらうわさ!」というオバサンの法則があるようだ。

そんな財布売り場に行った当の僕は、「そろそろくたびれてきたなー」と感じる財布のリニューアルを、このハンズメッセで買ったのはいいが、その後8年、くたびれたまま壊れるまでいかないので、古い財布をしぶとく使っている。

バーゲンのたびに買い替えて、また買い足して行くモノというのは、案外ないものだ。
パソコンや家電品のように、一定周期で買い替え需要が巡ってくるようなトレンド商品が、そもそもハンズには見当たらない。

僕も何年か前ここでフィットネスローラーなるものを買ったが、健康グッズは、はやりすたりがありそうで、最近しばらくはホームラン級の商品がない。ヨガマットはハンズメッセに1000円で売っているが、あんなもん段ボールでええやん・・・と関西人は考えるね。

レシートを集めて景品をもらうために、いかにぴったり5000円単位で買うか頭をしぼっていたような買い物熱は、今いずこ。
だから、今回は結局、何も買わなかった。
「こんなの、バーゲンで買わなくても、百均の方が安いぞ」と思うようなものがゴロゴロしている。それほど、百均パワーはばかにできない。

たとえば、もう文具なんか東急ハンズで買う客がいるのかね。
MUJIのようにオリジナルブランドを開発しているなら客もつくだろうけど、「ただ高いだけ」だと、購買欲というのが湧かない。むやみやたらの文具フェチの僕でさえ、ちょっと食指が動かない。
ロフトもハンズも、「このペン先がほしい」「この色のルースリーフがほしい」とこだわりをぶつけるとたいてい失望するから、それなら最初から専門店に足が向くわい。

今はやるのは「安い店」か「深い店」だから、ハンズのような大型日曜雑貨店というのは、だんだん飽きられて行くのかもしれない。パルコのような80年代的「おもちゃ箱」のコンセプトは、客が醒めてしまうとメリットも見失ってしまうからね。

と、よけいな経営コンサルティングまでしてしまった。個人的には、店員がエプロン姿で仕事をしているハンズのような店は好きだし、がんばってほしいからね。
すぐ「卒業」してしまうマニアックな客を引き戻す何かがほしいのだが、「マニアの聖地」になるには、東急ハンズではなく、京阪ハンズ、南海ハンズ(キャンディーズ)に看板替えする必要もあるかも・・・。


愛の手回しシュレッダー

at 2006 08/24 16:37 編集

各地で、シュレッダーで子供が大ケガをした事故に、ニュースが浮き足立っているような気がするのは、ワタクシだけだろうか。
なるほど最近たてつづけに姉歯マンションやパロマの問題があって、製造物責任に敏感になっているのは、悪いことではないけどね・・・使い方の不手際を製造物責任になすりつけている部分も、あるかもしれない気配がなくもないという意見があってもおかしくない(歯切れが悪い!!)。

100円ショップにも売っている包丁だって、人を刺せば命を絶てるように、そもそもシュレッダーは「入れたものを裁断するようにできている機械」だから、指を裁断することもできてしまう。
扱いに気をつけないと大ケガするよ、ということ以上でも以下でもないと思う。

子供の指が入る作りになっているのが問題だ!ということなら、うっかり当たりクジでも入れて粉々になってしまったら、「けしからんシュレッダーだ!!」と憤慨すればいいのだろうか。子猫がしっぽを巻き込まれたら、だれが悪いのだろうか(飼い主だっちゅうの!)。
子供の指を裁断してしまう構造が問題というより、「子供の視界に入れない」という当たり前の注意が欠けていただけのような気がしてならないのだが。

そりゃ被害は、指9本切断となると本当にお気の毒で、お子さま本人には同情を禁じえない。かわいそうに。
親も、自責の念を感じているなら(これが正常な感覚だろう)心中はお察しする。

けれど、電子レンジで濡れた子猫を乾かそうとする飼い主や、炎天下に駐車したマイカーに子供を閉じ込めている親に近い、「悪意のない罪」は、それでもやはり罪として問われるのではないかと思う。
子供の災難を痛み分けしておられる親にムチ打つつもりはないけれど、「ロクヨン」ぐらいで、使用者責任が重いと思うぞ。

「失敗学」の畑村先生は「オフィスユースの機械が家庭でも使われることを想定して設計すべきだ」とコメントしていた。
なるほど、まだまだ改善の余地はあるかもしれない。
「どこでどう使われるか想定して安全仕様にする」という工業デザインの理念は大切だが、どこまで普及するかは、未知数ではあるね。

今回のようなシュレッダーだと、子供の指が入らないせまい開口部にすると数枚ずつしか入れられないから、本来の機能を充分に発揮できない(そもそも売れないな)。
指が入るシュレッダーには「チャイルド・シャッター」でもつけるか?・・・いや、そもそもお茶の間に置くなと消費者に周知徹底する方が賢明じゃないか・・いや、シュレッダーなんかより、高層マンションに住んでいる子連れ家族は、子供一人では窓が開かないマル秘ロック(?)の方が、命にかかわるから優先順位は高いはず・・・とまぁ、あれもこれも危険に見えてくる。

身近に潜んでいる危険を表に出して、安全になものに改良する、というのは当然すべき製品開発だと思う。
そんな理念が、「普遍的」かつ「包括的」に形になって行くなら、とりあえず僕は賛成する。ユニバーサル・デザインにも自然につながって行くと思う。

そもそも、便利だが危険な代表格といえば、なんといっても「走る凶器・クルマ」ではなかったかな?
自宅前で我が子や家族同様のペットをひき殺してしまう悲劇は、シュレッダーで指を失う事故より多いはずだが、それでも「クルマの性能に注意!!」という論説は聞かない。「人をひかない車の開発」は、どうなってまんねん?

家庭に入った事務用品といえば、なんといってもパソコン。
昔から、僕はなんか素朴な家庭のしつけで、「テレビは離れて見なさい」とガミガミいわれてきたものだが、こんな家庭のしつけは、もう迷信として葬られてしまったのかね?
今じゃ学習机の上にCRTを置いて、30cmの至近距離から15インチのモニターを何時間も凝視していたりするお子様もいるようだが、こんなえげつない環境を放置しているのも「シュレッダー家庭」と大差ないような気がする。

クルマもパソコンも刃物も、使えなくなっては困る。
だから、子供や老人や犬猫のいる家に持ち込むなら、いろんな使い方、暴走したときの被害をよーく考えておかないと、結局は弱者が痛い思いをするだけなのだ。

僕も激安のシュレッダーを持っているが、手動なので、うっかり指を裁断しはじめても5秒以内に自分の意志でちゃんと停められるぞ(イテテテテテテ)。
電動のオフィス用シュレッダーを家に置くなんて、ズボラなだけちゃうかと思うのだが、3億円当たりクジか万馬券でも裁断してしまわないと、気づかないズボラなのだろう。


処暑のトポス

at 2006 08/23 22:18 編集

やっと盆休みが終わった。
で、出勤しようとしたら、大阪だけ突発的な大雨で、「警報のため閉店です」となってしまった。
出鼻をくじかれた感じ。

大気が不安定になっているのか、風が強くて、おまけにカラッとしているから、日陰に入ると涼しいのがありがたい。気温だけは「熱帯夜」でも、もう秋の気配ひたひたで、なんというか本当に眠れない絶望的な夜ではない。

うちのとなりに昔あった病院が、通りに面してナースの宿舎を併設していて、何かの規定でエアコンがなかったのか、あんまりひどい熱帯夜にはベランダに出て寝ていた子がいた。
それほどひどい熱帯夜だったということかもしれないが、そんな夏の夜のしのぎ方は、ワイルドでよろしいと思う。夏合宿みたいで。

秋の待ち遠しさに弾みがついたニュースとえば、10月初旬に、震災で全壊した神戸新聞の本社屋がやっと落成し新装開店すると決まった発表は、しみじみとうれしい。あぁ、「震災後」が終わった・・・という感慨に近い気持ちかな。
NHK神戸が元の場所に再建されるまで、ちょうど10年かかったから、報道機関の震災復興というのはずいぶん年月がかかるものだ。

やはり、この場所にはコレでしょう!!と市民に昔から認知されているランドマークがどの街にもあって、トポスというのは神聖化する。
いくら「同じ機能がこなせる」といっても、やはり情報や人の愛憎を扱う報道機関の立地というのは、それなりの意味があると思うのだ。

まぁ、これでようやく、震災前の神戸の都心配置が復活した感じ。
この新聞社ビルには、いろんなテナントが入る予定で、その中に、西日本最大級だというタワレコがある。
「データ」より円盤の好きな僕にとってはうれしい大型出店なのに、ちょうど同時にタワレコUSAがネット配信に負けて経営破綻!というニュースも入ってきた。

「法人は日米で別だから影響ない」とのことだが、どっちにしろ円盤には逆風が吹いているようで全盛期の6割にまで減っているそうだから、がんばってほしいものだ。
タワレコでさえ、全米で89店しかないらしいけど。

好きな局だけダウンロードして曲単価で料金を支払えばいい。
といえば、「便利で効率的」だろうけど、なんだかねぇ・・・。
そのとき好きでなくても、何年かたってから、「好きでなかった曲が違って聞こえる発見」が、円盤の魅力だと思うのだが、それが何万と充満するレコード屋さんという「聖地」のトポスも、様変わりして行くのかもしれない。

やがて、音楽ソフト屋(そもそも、ソフトとかパッケージという呼び名が問題なのだ)も、ネットカフェみたいになって行くのだろうか。


猛暑の妄想

at 2006 08/22 16:50 編集

まだまだ来るんだろうけど、関西の住民にとって、今年は台風のハズレ年のようだ。
先週、スローペースで宮崎から福岡に抜けた台風は、よほどゆっくり九州観光したかったようで、被災地にしてみれば、さっさと行ってほしかったことだろう。

おまけに、「台風一過で秋の空」とは行かないのが、ウンザリするところだ。
たしかに、空は盆休みということもあって、空気の汚れが掃き清められたような、インディゴ・ブルーだったし、はけで描いたような高層の雲に夕日が映えて、秋空に見えなくもない。
あいかわらず気温はサウナ状態でも、セミは晩夏の鳴き声に変わってきたようで、「えらいもんやなー四季の時計は」と風流を愛でたくなる。

ちょうど猛暑のころだけ、ショボショボと驟雨を降らせてくれるぐらいの、都合のいい前線でも停滞してくれればうれしいのだが、まぁそれはないものねだりで、打ち水キャンペーンでお茶を濁しているのが、今年のはやりだ。
水を撒くぐらいの原始的なことが、けっこう効いたりするようだから、これも悪くない。

ただ、いかにも「キャンペーンです」といわんばかりの浴衣嬢が手桶で水を撒いている場面がテレビ中継されていたのは、もう失われた風情でしかないのかな。
・・・と思う一方で、そもそも「浴衣で打ち水」なんて姿は、とってつけたようで非現実的ではある。よくFRIDAYなんかに載っている「バスルームで身をくねらせている水着嬢」グラビアと同じぐらい、冷静に考えると「そんなこと普通せんやろ」シーンだ。
こういうのを、夏の風情とかセクシーショットなのだと刷り込まれて行くんだろうな、とワタクシは殿方諸兄に同情の念を抱くのである(堅いこと言うねぃ!とヤジられそうだ)。

現実の打ち水は、ホームセンターなんかで売ってる「ジェット噴射機能つきホース」なんてので得意げに、しかしズボラに水道水をばらまいて、通行人をヒヤヒヤさせている味気ない眺めしか見られない。ホース1つで風情もなにも吹き飛んでしまう。
金魚売り、竿竹売り、豆腐売りなんかも、軽トラの拡声器でガーガーやられたら、風情もへちまもないように。

やはり、浴衣嬢が1リッター1000円ぐらいのギャラで水を撒いて回りますサービス、というのが丁寧でよろしい(非現実的じゃないか云々は、とりあえず不問にしてあげよう)。
昔ながらの風情が、ハイテクやせちがらい世相でどんどん消えて行くから、「去り行く夏の風情をプレイバックしてあげるファンタジー・サービス」なんてのも、当たると思う。
湘南の思い出バージョンとか、禁断の避暑地バージョンとか・・・

たとえば、スケッチブックを持った麦わら帽子の少女が田舎の駅にたたずんでいる・・・てのも、映画かCMのワンシーンのようで、カメラおじさんの好みそうな「被写体」だが、現実にいたなら、「家出娘!?補導!!事件!?・・・の匂いプンプンだから(笑)、メイド喫茶ブーム後の元ウェイトレスは、こんな夏の乙女サービスをやってほしい。
モニター第一号に応募するぞワシは。


関ジャニ・ナインはいかが?

at 2006 08/21 20:25 編集

今日は、リアルタイムで甲子園決勝に感動。
世間に盾つきまくり竿さしまくり男のように見られる僕は、たしかに高校野球や年賀状、クリスマスなんて年中行事に「ケッ!」と悪態をついていた、尻の青いころもあった・・・が、そんな俺様は今いずこ。
「人生後半」になると、けっこう人間まるくなるものだ(笑)。

世間のまるい人間が、「北海道代表で、よくもここまで・・・」と感心していると、リトルリーグの坊やに「でもね、そんなに地元の選手ばかりじゃないって。地元ゼロのチームもあったよ。全国からスカウトされてくるんだって」と、解説されかねないご時世。
だから、身もフタもない実態に、あえて目を伏せて「創られたしかけ」に感動するしかけになっているものかもしれないな、スポーツ業界というのは(亀田三兄弟は、わかりやすすぎるシカケだろう)。

駒大苫小牧の田中投手も関西人だし、駒沢大学は東京だし、練習だって、純朴な僕など「豪雪の地で練習もできない苦難の野球部!!」と勝手に想像していても、冬は東京のグラウンドで合宿練習していたりするのかもしれない。とすりゃ「苫小牧高校駒沢校」だな。

優秀な野球少年が全国から集まってくるどころか、今後もしかすると中国の怪物みたいな子を帰化させて入部させる学校があったりすれば、都道府県代表対抗という構図が無意味になってしまうかもしれない。

応援団だって、「友情応援」という名目で、男子校にチアリーダーがついたりするようだから、「友情グラウンド提供」「友情OBプロ選手レッスン」なんてのも、ありありだったりする。
とすると、見たいのは堀越学園OG大挙出演のチアリーディング。もう、喜び組どころの騒ぎではなくなるね。

もし、高野連がしめつけを厳しくして、地元の子だけで野球部を組織せよと命じると、ひょっとして勝負にならないかもしれない。フェアにすることが、勝負そのものを成り立たせないおとだって、あり得るのだ。

たとえば、純粋に道産子だけの、道内でしか練習しない野球部なら、まず真夏の甲子園から生きて帰れないはずだ。早実の少年たちも、目の前でナマ関西弁を聞くと、ビビりまくって即ホームシックになるだろう。
「ここで打ちよったら、いてこますぞワレ!!」と、凄まれたら、ちぢこまってしまって、それを「あ〜ら、元気ないやん、慰めたろかー」と関西弁の松浦亜弥にフォローされたりすると、野球以前にもう、「ナマ関西」に撃沈される(笑)。

負けない野球部員というのは、甲子園のついでに関西のゲーセンにでも入って、大学野球で関西お姉さんに目覚めて、プロ入りして新地、祇園のラウンジ&クラブにデビュー・・・という、野球選手なんだかホスト王なんだかわからんスゴロクを進むやつである。
そんな将来がみえる球児が、甲子園で活躍しないものだろうか。


大海の中のタコツボ

at 2006 08/20 11:36 編集

ムーミンが一生懸命やりくりしている掲示板に、1カ月ほど閑古鳥が鳴いていて、思い余ってムーミンパパが「もう掲示板の役割は終わったのかな、集まって飲み会でもやらないか」と呼びかけるメッセージを書いておられた。
もともとは、みな同じムーミン谷で和気あいあいやっていた子たちだが、それぞれ就職して、「パパ」さえ転職して、接点が掲示板だけになっている。

このわびしさは、みな多かれ少なかれ感じていると思うし、思い余ったパパの呼びかけも、その心中はよくわかる。これは魂の雄叫び(笑)なのだ。
甲子園という檜舞台で、一緒に闘って汗と涙を流した野球部員だって、いつまでも一緒だぜ俺たち!!というわけにはいかないだろう。

ムーミンパパの熱いハートは立派だし同情するけれども、ムーミンやノンノンやスニフやミイたち自身が何とかしなくてはいけない状況というのは、主人公たちの自覚か、なりゆきにまかせるしかないと思う。それが「巣立ち」ということでもあるから。
僕など、谷の辺境で釣りばかりしている風来坊だから、「そんなもんだろうなぁ」と思うだけの、無責任な部外者でしかない。いやなやつである。

現役のクラスメイトだと、だれかが音頭を取らなくても利害は一致するようになっているものだが(そうでもないか?)、卒業して立場が十人十色になると、価値観やら利害やら目標やら何もかも違うし、また、それが自然なのかもしれない。

そうして自分のタコツボにこもってしまうプロフェッショナルたちの間に、資格をとるとか、共通の敵を仮定する(笑)とか、合同結婚式でも強行するとか、なにか共有できる利害でも生まれないと、なかなか「昔の絆」は戻らない。

同窓生同士というのは、20年もたって再会すると、中年の恋の火種になったりするスペシャルな絆だが、卒業して数年ぐらいの間は、みな自分の仕事と格闘している時期ではないのかな。みな目の前の「個人的で具体的な問題」で、頭が一杯だろう。

生産的な方向に向かうなら、具体的なタコツボに共通する「抽象的な課題」をさぐって動機づけて行く、ある種のファシリテーションが必要になる。
たとえば「日本国のありかた」なんてのは、思想好き爺さまの専売特許のように見えるけれど、福祉や医療の専門職でいるからには、いま毎日の仕事でかかえている自分の問題と「天下国家の問題」をつなぐ思考・表現回路は不可欠だろうと思う。

それを考えるスタミナというか、インプットが、若い子に圧倒的に不足している。読書と議論を避けて学生生活を終えるという芸当をクリアしてしまう二十代が、圧倒的に多いのだ(自分のかかえている問題を表に出すのに適切な言葉というのは、ドラマとかマンガから借りてくるのだろうか?)。

もちろん、こむずかしいこと抜きの「消費的な享楽」というのも、あっていい。ただのバカ騒ぎでもいし、鍋でも囲みましょう!というのは、いたって自然で、敷居も低い「緩み場」になると思う。

それが、人数も2けたになって鍋が3つ4つになると、3つ4つの島に分断されて、もう国後島・択捉島・歯舞島・色丹島みたいな関係になってしまうのが、よくある「日本の会食の眺め」ではあるけどね。
島民をつなぐのは、散会した後の掲示板だけだったりする(笑)。

こんなタコツボ化とコミュニケーションの分断化は、業種によって、また世代によって様相は違うはずだが、はたしてBBSやSNSが救世主になるのだろうか。
web2.0だなんだと浮き足立っている時代の、「同窓生」や「同業者」の絆というのがどうなって行くのか、僕には何ともわからない。

高齢者や病人と向かい合う仕事は、最も人間くさい職種でもあるから、どこまで人間が好きかを試すリトマス試験紙みたいな面もあるのが、こわいところだ(農業やるなら美白はあきらめられるか!?みたいな踏み絵は、どんな職種にもあるだろうけどね)。
あまり人間くささに巻き込まれすぎると摩滅してしまいかねないし、このしんどさは、分かち合うスキルがないと、孤独な闘いへと追い込まれてしまう。

人間の明暗や人材と個性の関係、職場の力学・・・そんな程度の「抽象的なテーマ」が共通の関心になれば、生産的なコミュニティができると思うのだが、ケース・スタディだコミュニティ・オーガニゼーションだグループ・ダイナミクスだと勉強して実践しているわりに、つい「灯台もと暮らし」になってしまうもののようだ。

彼ら彼女らが、すばらしく善人すぎるせいだろうか?
日本の医療にせよ福祉にせよ、いまだに従事者の滅私奉公で支えられているところもあって、それはそれで感謝しなくてはいけないのだが。
僕など、まず自分が快適な生き方があって、仕事や人づきあいを選んでいるから、悪人だの利己主義者だのと呼ばれるわけか・・・(笑)。


とてもコスモポリタン

at 2006 08/19 08:01 編集

大正末期から神戸に店を構えていたコスモポリタンというチョコレート屋さんが、突然に閉店した。まさに、閉店しました!というところを、たまたま通りかって、驚いてしまった。
貼り紙が何枚も並んでいて、道行く女性がそれぞれに「あら、まぁ!」といわんばかりに覗きこんでは、後ろ髪を引きずるように立ち去って行く。

倒産と違って、資産保全されているわけではなさそうなので、従業員が店内のかたづけをしている。
奥には、まるでしつらえたドラマのセットのように、「エカテリーナ・ショコラーノフ女史55歳」という感じの御婦人が、脱力した顔を隠さず座り込んでいた。関係者の心中は察するに余りある、絵に描いたような「苦汁の撤退」に見える。

貼り紙によると、「売り上げの落ち込みにより閉店を決意した」とのことで、客への感謝の言葉がつづられたメッセージの末尾には、「バレンタイン・モロゾフ」の署名。
このへんの経営スタイルも、部外者にはよくわからない。
クルト・ユーハイム、マカロフ・ゴンチャロフらと神戸で洋菓子の味を競って成長したモロゾフ一族と、独立したもののモロゾフの名前を借りられず「コスモポリタン」として開店した販売部門とは、それなりの長年の確執があったようだ。

ゴンチャロフやモロゾフは、ロシア革命の時代の菓子職人だから、僕など当然ぴんとこない歴史上の人物だが、「コスモポリタン」は、そういえば昔から地元の甘味どころとして、子供心にも「妙なる香り漂う魅惑のスポット」だった(という、昭和の記憶も風化して行く一方だ)。

バブルのころ、いや少し前から、冬にゴージャスな乙女が群がって、華やかな繁盛ぶりを見せてくれていた。
・・・かに見えたのだが、チョコが売れなくなったわけでもないだろうし、素人目には、バブルのころの生産規模をベースに経営していたのか、設備投資が回収できなかったのか、顧客層が固定化されてしまってたのかと、表面的な勘ぐりしかできない。

個人的には「ユーハイムびいき」の僕は、接待で甘味どころといえばユーハイム・レストラン、手土産にはユーハイムのパウンドケーキ・・・と、ユーハイムの「使い道」は広い。
ところが、結局「コスモポリタン」には一度だけ連行されて入った(笑)だけで、おじさんの日常生活にはとんとなじみのない店なのであった。いつの間にやら、「チョコレート=乙女のミサイル」になって久しい。

同じ乙女エリアといっても、日比谷花壇ほどにも縁のない、「乙女の気合い入れ場」と僕は勝手に決めつけていたし、実際おじさん客も家族連れも気軽に寄りつけないオーラをまとっていたのがコスモポリタン。
とまぁ、別に経営批判をするつもりはないし、断固としてもてない男の歪みまくった目で見ているだけのことだと思うが、また老舗の灯が1つ消えるのは、寂しいことではある。

そういえば、コスモポリタンという雑誌があったっけ・・・「ハイト・リレポート」って載ってなかったけ?・・・と僕は全然金いない連想をたぐり寄せるばかりだが、もちろん、タイアップしてたわけではない(だろう)。
「クロワッサン」と落合さんの「クレヨンハウス」と「通販生活」のイメージが頭の中で溶け合っているオジサン脳だから、チョコのコスモポリタンと雑誌のコスモポリタンとスパゲッティ・ナポリタンが頭の中でからみあってしまい、このボケは治りそうにない。


熱湯甲子園

at 2006 08/18 16:34 編集

マンネリも、どうだかなぁ・・・と思いつつ、甲子園テレビ観戦。
当たり前だが、勝ちと同じだけ負けがあって、汗と涙が流れる。負け戦を闘う姿は、気高く、美しい。

球場だけで何万人もの観客の視線を浴びてピンチで戦っている野球部員は、本当に貴重な経験をしていると思う。リリーズのヒット曲「好きよキャプテン」の歌詞が、よーくわかる(笑)。ついでに、「好きよ補欠」も歌ってから引退すべきでしたリリーズ!!

みな同じように闘っているのはわかるが、僕はあえてエコヒイキして、遠路はるばる甲子園に来ている出場校を応援したい。
というわけで、近所に泊まっていた八重山商工が敗退してしまったので、北海道代表を応援していた。
相手は、地元の東洋大姫路である。それでも、北海道を応援するぞ。冬は練習できず、夏は蒸し風呂のような猛暑の中、よくがんばっていると思う。

でも、北海道vs兵庫の戦いのように見えて、それぞれ東京の東洋大学と駒澤大学がバックについていて、そのまたバックはお寺さんである。仲良く引き分けてもよかったのに。

結局、1点差で逃げ切って辛勝した駒大苫小牧はアッパレだった。ピッチャー田中将大クンに、おじさんは萌えてしまったぞ(笑)。居酒屋で祝杯をごちそうしたら、クイクイ飲んでやがったりして・・・。
僕がカテキョーしていた高校球児は、たしか進学して古田とチームメイトになってから巨人に入団したが、すでに高3にして「授業お疲れさまっす!!」と僕にタバコをさしだしてくれる(笑)礼儀正しいやつだった。タバコはいけないが、こういうノリ(だけ)はいいもんだと思う。

それにしても、別に建学の理念を軽視するつもりはないのだが、学校名が土地の名前でない高校は、一瞬どこの代表?と戸惑ってしまう。
報徳学園やPL学園などはもう、関西の強豪として全国に名前が知れわたっているかもしれないが、思想や哲学を表現しているような名前は、ご当地カラーと結びつきにくい。

僕の勝手なお願いで恐縮だが、たとえば「智弁」より「和歌山」とか「奈良」をアピールしてほしい。
全国の高校野球ファンも、その学校創立の理念より、どこの街の高校?という点にこだわって、旅の思い出や身近な人の出身と結びつけて応援するものだと思うからね。

ただ、僕の母校も甲子園に出たことがあるが、PLほど有名でないから、関東人には「みた」と呼ばれそうで(OBの僕でさえミタです!と冗談でいうぐらいだから)、土地の名前もよしあしである。東京都立西高校だと、「西」だけでも寂しいしね。

日大**とか東海大**という形もあって、これも戸惑う。
願わくば、「琉球大学附属旭川高校」「薩摩学園津軽高校」みたいなおちゃめな学校が出てこないだろうか。どっちに力入れして応援すればいいんだか、めいっぱい戸惑わせていただきたい。

僕の好感度ナンバーワンは、「沖縄水産高校」だった。「青い海で漁に励むウミンチュー」が目に浮かぶではないか!!
大洋漁業のホエールズがプロ野球界から消えた今、水産高校は貴重だわな。

それなら、「おいしいシリーズ」で、夕張学園メロン高校というのも創立して、華々しく甲子園デビューしてほしい。
なんだかアンメやコミックの世界に出てきそうな名前に見えるけど。
となると、北海道で黙っていない(笑)あの人が、「鈴木学園ムネオ高校」創立(!?)ということも、ありえるぞ。校歌は当然あの松山千春の作で、試合で流れると「校歌がCDでミリオンセラーになる史上初の高校」になるだろう。

とまぁ、音楽産業と直結した高校も甲子園に出て、ウットリする応援パフォーマンスをやってみせてほしいものだ。
まだ「政治・宗教色グログロ」よりはましだから。


クールなヘッドホン道

at 2006 08/17 13:36 編集

こうも暑いと、ヘッドホンも暑苦しい。
昔から、大音響でスピーカーを鳴らせない情けない住宅事情は変わらず、今も「エアコンなし窓全開」で熱帯夜をしのいでいる。
そんなわけで、昔からヘッドホンが我が「リスニングルーム」になっていた。

ご同輩の諸兄も多いと思う。
ヨドバシなんかに行ってみても、今どきスピーカー視聴コーナーでじっくりスピーカーの音色を吟味している客はいないが、ヘッドホン・コーナーは「こだわってます俺たち!!」といわんばかりの二十代、三十代、四十代、五十代が群がっている。
おぉ、これこそ「男の世界と住宅事情」でんなぁ!!・・・と、僕は妙な連帯感を覚えるのだ。

女性はまずいない。髪が乱れるせいか、重い感じがするのか、伝統的なヘッドホンらしいヘッドホン(カチューシャタイプといえばいいのか?)をかける婦女子はいなくて、イヤホンタイプ、耳かけタイプで「かじゅある」に決めておられる(安いこともあってか?)。

ウォークマンやなんかに付属のインナーヘッドホンをそのまま使っていたりして、あんまり自分の好きな音を追求するわけでもないのだろうか。イヤホンタイプと耳かけタイプの視聴コーナーで、あんまりとっかえひっかえ「あたしの音」を模索しているオーディオ女子(笑)はいないようだし。

僕も「かじゅあるおじさん」になりたいものだが、どうしても「耳かけ式」になじめない。連戦連敗である。
去年ソニーの安物を買って、スカタンみたいな音質だったので、けちったのがよくないのかな、と思って、今週ビクターの高いやつを買ってしまった。珍しい密閉型である。

やかましいからこその大音響で視聴したときには気づかなかったが、静かな家で普通の音量で聞くと、やはり気が抜けたような物足りなさがついて回る。
両側から耳におさえつけると、しっかりとタイトな音になるのだが、「おさえつけない」のが耳かけ式のウリでもある。歯がゆい。
数ミリか数グラムかの圧をかけるか、かけないかだけで、天と地ほどの音質の差が出てしまう。

いっそ、カチューシャでおさえつけたろかとも思ったが、それなら耳かけ式を買った意味がない。
あぁ、かじゅある=スカスカ=漏れ漏れというこっちゃな〜、と僕は「ヘッドホンの法則」を学んだのであった。イヤホンタイプの方が、明らかに音はいいぞ。

世間のかじゅあるオーディオ愛好家は、この法則をどうキモに銘じておられるのだろうか。
僕が古いだけかもしれないが、耳かけ式の音質の上での利点は何もないような気がするから、なぜはやっているのか、どうにもわからない。音も外に漏れる・・ということは、騒音も入ってくるしね。


で、結局どでかいハウジングで耳を包むゼンハイザーのヘッドホンに落ち着いてしまう。イヤーパッドのビロードの触感も優しい。
こんなものを持ち運ぼうとは思わないが、そもそも18歳でウォークマンが世に出た「まさにその世代」なのに、僕には音楽を持ち出して聴くという習慣がないのであった。

ヘッドホンで音楽を聴く趣味がないかわりに、少し軽いAKGのK26というヘッドホンは、強力な密閉型で、遮音効果が抜群なので、読書するときに重宝する。音楽を聴く以外に、「音を聞かない用途」に使えるのも、一粒で二度おいしい(笑)。
音質も驚く重低音が出るし、ゼンハイザーにしろAKGにしろ、やはりドイツ〜オーストリアあたりのメーカーは、クラシックをじっくり聞かせる音づくりをしているような気もする。

これまた今はやりのノイズキャンセリング機能がついた最新機種は、電源もいるし何万円もするし、ちょっと手を出す気になれない(ヘッドホンの求道者としては、手を出してしまいそうな予感もある)が、K26は安いのが取り柄だ。

耳栓をして街を歩いていると変な人に見られるが、ヘッドホンだと音楽を聴いているようにしか見えないから、カムフラージュになるってもんだ。
こんな発想が、じわじわと『うるさい日本の私』の中島義道さん似の風貌に変身させて行くのかもしれない。カジュアルあきらめカタブツおじさんである。



靖らかな国の神と社

at 2006 08/16 17:48 編集

ぼちぼち、近所の店が盆休みから目覚めている。
まだ、寝ぼけマナコという感じ。

盆も正月もないスタバやサンマルクより、「盆休みします」と貼り紙しているような喫茶店が、人間くさくていい。
うちの近所の喫茶店は、まぁ「****カフェ」と名乗ってはいるが、全席喫煙席だし(嫌煙家の僕でも不思議に落ち着く)、レジがカウンターと化していて、常連さんが立ち話している。
いいねぇ、こんな街角の日常が戻ってくるのは。

寝た子を起こす騒ぎに巻き込まれて、「財政難」と書いた朝日新聞と敵対しているのは、あの靖国神社。
純ちゃんの参拝には、拍手と怒号が飛び交っていたそうだ。
こんなにエキサイティングな神社も珍しい。まるで亀田のチャンピオン戦だ。

ただ、興奮するあまり、加藤紘一さんの実家に放火したりする犯人はけしからん。右翼の風上にもおけない。
災難のカトちゃんは、ちょっと中国には弱腰な気はするが、個人的には「加藤の乱」に座布団3枚ぐらいはあげたい(笑)程度には評価している知将なのだ。

この問題に中・韓が口をはさむのは、たしかに内政干渉な気もするから、あまり他国の顔色ばかりうかがわず、国内の問題としてちゃんと決着つけるべきだろう。
日本に滞在した留学生が、神社が日本人の生活にしっとりなじんで、平和で温厚で賢明なエスニシティと「靖国」が、切っても切れない関係にあることを発見すれば、その祖国は、「小異に目をつぶって大同を取る」判断をするかもしれない。

ま、あくまでもこれは仮定であって、日本人の英霊信仰が外交関係にいい働きをしているかどうかについては、よくわからない。わからないからこそ、「靖国の政治経済的メリット」を明解に語れる政治家がいてもいいのに、と思うばかり。
説明できないから、誤解される。誤解の余地を与えないまでに説き伏せるのが外交力というものだろうし、少なくとも説明できないことを無理やり実行するのは、問題を「発酵」させてしまうぞ
。時が解決してくれる問題、風化して行く問題もあるだろうが、靖国問題はそうではないと僕は思う。

もし、他国が国ぐるみの圧力をかけて靖国が倒産(笑)するようなことになったとき、日本の反日・反韓感情は、あちらの「してやったり」感をはるかにしのぐ損失を招くかもしれない。賢明な政治家なら、ちゃんと計算しているはずだが・・・。
どうするつもりかね、韓流スターを売り込みたい手配師たちは。農薬漬けの野菜を売りさばきたい中国農産当局は。

まず国内問題として解決すべき神社の問題は、その一方で、戦没朝鮮人も戦犯も殉職兵士もごっちゃにして祀る大風呂敷な精神が底流にあって、僕の頭の中ではどうも整合しない。
日本人でさえ爽快にわかってないことを、反日ガチガチな隣国に理解されるわけはない。

キリスト教が、ユダヤ教との差異化、イスラム教との対立、宗教改革など、対決軸の中で教義を研いできたのに対して、神道は仏教と習合することはあっても、イスラム教やカトリックと縄張り争いをしたわけではない。なんとなく、この国の野山にあって、特に加入の儀式を経ていない民が「信者」になってたりして(笑)、アバウトそのもの。

戦死した家族は神社に英霊として祀られるが、納骨しているわけでもないし、葬儀は各々の家の信仰形式にまかされる。
そんなアバウトさに、大多数の日本人は違和感を覚えなかったのだろう。

ただ、違和感を覚える遺族もいることはいる。それは尊重してもええんちゃいますか?と思う。
「一緒に祀ってくれるな」というクリスチャンの遺族からの訴えに対して、裁判所は個別に分祀を認めているにもかかわらず、「英霊の御霊は一体となっているもので、分祀は考えられない」と突っぱねる態度は、誠実に説明しないと、日本人にさえ理解されにくくなって行くのではないだろうか。

東条英機の孫娘さんが個人の立場でそうおっしゃっている気持ちはよくわかるが、恨み骨髄に染み込んでいる元部下の遺族もおられるだろうから、分祀されたい人を強引に合祀することは、靖国さんの将来にとっても、決して得策ではないと思う。

おそらく、靖国神社の頭の中では、この国は法治国家ではなく、「神の国」なのだろう。
この点では、国家をつくっていたオウム真理教が重なって見えてしまうぞ(失敬)。

かりに、「死ねば御霊みな一緒」という発想を、世界が「すばらしい!!」と絶賛して受け入れるなら、神道も普遍的な世界宗教になるかもしれないけれど、難しいだろうね。
たとえばヒトラーとナチス親衛隊とドイツ軍兵士を1つの宗教法人で合祀するなんて考えられないだろうし、そんなことを平気でやってしまう神社&それを支持してたりする日本人というのは、なんとファンタスティック!!と尊敬されるのか、あきれられるのか・・・。

神道は決して有害で凶暴な信仰ではないと思う「神道シンパ」な僕は、政治(外交を含む)とからまって、不可解でうさんくさい信仰のようなイメージがつきまとうのは残念に思う。
だからこそ、形式的には政教分離を守って、靖国のありかたは靖国自身と信者が決めることにして、政治とお互いに口出ししない取り決めを結んでほしい。

それに、軍神を信仰するような性質があるとキナくさくなるんだから、いっそラーメンの神様でも祀っておけば、中国はホクホク顔だろう。
すると韓国が黙ってないから、あの微笑みの貴公子に神主を、ジウ姫に巫女をしてもらえばいい。「そんな神社があってもいい」だけの話で、明治神宮も伊勢神宮も出雲大社も、そのままでいい。
「フトコロひろし」の神道なら、なんでもかんでもありあり・・・を示してほしいものだ。


宿題ソリューション?

at 2006 08/15 17:32 編集

旭山動物園がきっかけになったのか、博物館にも「勝ち組」と「負け組」が出てきているらしい。特に夏休み後半戦の今、くっきり明暗が分かれているそうな。

子供の虫捕りひとつとってみても、リアルかつ親切(矛盾するのだが)に「動態展示」してある博物館が大人気。
これが「採集型から観察型へ」とよばれるトレンドのようだ。

じっくり観察だけしたいから、捕る手間は最小にしたい、という発想なのだろうか。たしかに虫に刺されず虫の観察だけできるし(笑)、わからないところは、すぐ専門家に聞ける。
保護者には、喫茶軽食とコンパニオンの「おまけ」つき(ママ向けに、体操のお兄さんも置くか?)。

僕がボランティアしていた博物館も、電子顕微鏡はある、小動物の解剖標本もある、理学博士も多数、世話焼くきたくてウズウズしているボランティアは無料で使い放題(笑)・・・。子供がここで理科の宿題をやれば、大学生なみの研究ができてしまう。理科の先生の評価を越えた研究ができるかもしれない。

でも、それが「自然」か?

たとえば、オオクワガタのいる原野に行く手間はかからないし、安全だし、便利だし、電話で「○○の卵から孵化まで、観察できますか?」と問い合わせたりして(ネットでも案内されてるわな)、「最短距離でソリューション」できる。
なんだか、ビジネスライクやねぇ。

こんな効率的な勉強と、ズボラとの線引きは難しい。いや、同じかもしれない。
「目的ピンポイント近視眼」な子供と保護者が増えるだけちゃうやろか、という気もする。
虫を捕る工夫や、池に落ちて溺れる経験や、マムシに噛まれる災難や、獲物を捕った後のケアなど、昆虫観察の周辺の「雑事」のやりくりも、貴重な勉強のうちだろうにね。

いい博物館が、気軽に子供にも保護者にも利用できるのは大賛成だし、日本中どの自治体にもミュージアム(of art、of natureof history,その他フィギュアとか鉄道とか、マニアックなのでもいい)が必ずあって繁盛している、というのは、望ましい知的社会ではある。
そんな施設を活用して理論的な勉強もするのは大事だとは思うが、人はつい便利な方に流れてしまうから、野山でのたうちまわる子供は減るだろうね。

そして、パパがちゃっかりググって「こことここを回れば、質のいいリソースがすぐそろうぞ」なんて調査プランを立ててプリントアウトしてやったり、ママは「泥んこになると洗濯が大変なんだから」とグチっりつつ、ぬかりなく子供にUVプロテクターを塗ることを忘れない。

子供の背後霊のような、こんな親を相手にしているセンセイたちは大変だ(あ、他人事じゃないか)。
形の上では子供が提出しても、中身は背後霊のしわざ(笑)が濃厚に反映されていて、採点すると、子供は納得してもバカ親が「どこが減点なんだ!」と反撃評価してきたりするそうだから。

いま平均して一人か二人しかいない子供は、親の「配慮」をわかりすぎるほどわかっていて、子供らしい「間抜け」を冒さず、ブクブク・ヒョロヒョロ・ずる賢く成長して行く。
「想定内の世界」で「ソリューション」をこなして行く子供は、実社会の不条理をどうやりくりして行けるのだろうか。

泥んこ、汗だく、けが・遭難・・・こんな経験は、成人してからやらかすとみっともないから、子供のうちに経験しておいた方が人生の宝物になると思うのだが、もし我が子がいたらどうするか?と考えると、正直ちと難しい。
よその子は、泥んこ汗だく傷だらけにしたくてしょうがないくせに(笑)。


御巣鷹山の尾根に追悼

at 2006 08/17 02:14 編集

サイキック青年団の怪談特集を聞いて、すこーしゾクゾクしてから、そうか今朝は荒ゴミの日か・・・と思い出して、不燃ゴミを出してきた。朝か夜中か、微妙な時間帯の静かな路地にトラちゃんがたたずんでいて、しばらく戯れてから部屋へ。

戻ると間もなく、さーっと雨(夕立か、朝立か?)。
一気に、涼しくなった。どこか、邪気を払うように。

今年も、御巣鷹山(すごい!ザウルスで一発変換できた)では慰霊登山で夏がひと山越えた。
事故の悲劇から、もう21年。
事故を知らない世代が、もう成人しているわけだ。光陰矢の如し。
僕も、絶命した「九ちゃん」の年齢を越えてしまった。

いま、九ちゃんが生きていたら、どんな元気な歌を連発しているだろう。渋いバラードも似合いそうだ。
水森亜土さんがシャンソン歌手になっているのも、とても似合う感じ。永遠の不思議少女(歴50年!!笑)のイメージだから。
九ちゃんは、永遠のソバカス少年だ。欽ちゃん球団でプレイしていたかもしれない。

亡くなったこと事態は悲劇だし、ご遺族にとっては残忍な最期だったかもしれないが、一ファンとしては、ただの交通事故とか病死より、飛行機事故で亡くなった九ちゃんは最期までスターらしかったし、永遠にスターらしい。
たぶん、自転車事故で死にそうな(救急車で運ばれた前科があるからなぁ)僕とは、格が違うのだ。

リバイバルヒットした「明日があるさ」も、御巣鷹山に散った後だからこその「明日」として、生前を知るファンには聞こえているかもしれない。
あなたが夢見た未来に、あなたはいないけれど、あなたの代わりに未来を生きている・・・ような感じ。
というのは、勝手な思い込みなのか、おせっかいな話なのか。

新しい人や旅先との出会いに、ふと「あぁ、○○がここにいたら、何というだろうな」と思うと、自然に、あの世の友とその場を共有しているような錯覚におそわれることがある(まだ、声が聞こえる境地にまでは行けてない)。

たしかに、過去は、そのとき共に生きていた相手と実体験を共有しているものだが、未来はいつ「生きていたころ僕の夢見ていた未来」になるかもしれない。僕が生きて迎える明日と、死んでもやってくる明日は、同じようで違う。いや、「違うようで同じ」か。

つまり、未来と過去の世界は、生きている者だけの世界ではなく、死者と共にあることになる。
苦痛や快楽や喜怒哀楽の充満するこの「現在」なんか、ごく一瞬の時間の狭間にすぎないのだ。
だから、過去を懐しむように未来を夢見ると、そこは犬猫、祖父母、父、友のいる、とてもにぎやかな永遠の世界だったりする。

できれば、気づかないうちにそこに行ってられるのが理想だが、なかなかそうは行かない。
盆が明ければ、またいつもの雑事と気慰みに追いたてられる日々が戻ってくるのだろう。
こんな年中暦も、悪くないものだが。



渋滞お見舞い

at 2006 08/13 13:52 編集

職場から、電話やメールや小包で相次いで夏休みの宿題が届く。おちおち「鉄分の濃い旅」にも行けない。
まぁ、とりたてて盆の行事はないし、帰省は自転車で10分だから、時間はどうにでもなるのだが。

自転車おじさんのくせに、まったく必要ない渋滞情報を聞くのが好きで、関越道50キロ・・・フムフム・・・中央道80キロ・・・フムフム・・・名神天王山トンネルで20キロ・・・オヤオヤ・・・と、渋滞に巻き込まれたドライバーを思いやっている。
わけでは、決してない。
「ご苦労さん」とは思うものの、渋滞がわかりきっていて飛び込むのは、もう、日本人やなーと実感する年中行事か、根性を試す儀式か、「笑ってなしゃーない」お祭りかもしれない。
渋滞や行列や「横並び」をやめる日本人は、もう日本人失格だ。

渋滞は、あたかも血がドロドロで、栄養過多な日本列島に張り巡らされた大動脈の、血栓みたいなもの。
日本経済だって、似たようなものだろう。
ガソリンが150円に迫る高値になろうと、あいかわらず渋滞は起きる。いっそリッター500円になれば、渋滞は消え、エタノール車、電気自動車、単車が一気に普及するかもしれない、とさえ思う。
ソーラーカーだん吉も、もちろん自転車も。

いま、ガソリン代の値上げに本当に実際に心の底からネをあげているマイカー族は、いるのだろうか。減価償却しなくちゃいかんとばかりに無理して乗っているオーナーは少なくないだろうが、「乗らない」という選択肢を採れないのは、クルマで商売をしている人か、福祉目的で使っている人ぐらいだと思うのだが。

歩けない老人や障害者や妊婦を運ぶ「福祉カー」みたいな乗り物は、環境にやさしい新世代車を開発して、国がどんどん補助してほしい。デザイナーが腕をふるって、車椅子リフトつきソーラーカーなんてのがモテモテになって、買う客には費用半額を公金補助する、とか。

今のところ、夜中でも光の帯みたいな渋滞が日本中にまたたいている間は、不景気も地球温暖化も、リアリティをもって感じる日本人はいないような気もする。
だからこそ、早く幌馬車の時代が再来しないものだろうか?と僕は本気で思う。たまたま、文春文庫の新刊で椎名誠さんの『地球の裏のマヨネーズ』を読んでいて、モンゴルやスコットランドや南米で馬を操るシーナさんの勇姿が、彷彿と浮かんできたせいでもある。

燃料は草だけでいい。そして、「排出物」は植物の肥やし、魚のエサになる。
「渋滞」していたら、勝手に前後の馬と交尾し始めたりして、「ママー、うちの馬によその馬がかぶさってるよ」「見ちゃダメっ!!」なんて、ほほえましい場面もあるだろう。
おまけに人間のオスメスが発情することになったら、出生率も上がるしね。


液体禁止

at 2006 08/12 20:31 編集

液体爆弾というのを初めて知った。
火炎瓶も、ある種の液体爆弾で、衝撃を与えて発火させるものだったような気がするが、今ふうのは、ジェルやドリンク剤のようにカムフラージュできるらしい。

英国メディアの中には、「ジンとトニックを混ぜるほど簡単」という耳より情報(!?)もあった。おいおい、ええんかいな?と笑いそうになるほど、酒飲みにとってはわかりやすいたとえだ。

僕は前々から、究極の毒ガスや毒薬があって、知っている化学者は知っていても、その製法は核兵器以上に地球上の最高機密になっているのではないかとにらんでいる。
たとえば、戦う気をなくすような神経ガス、幸福と恍惚感で頭がほてりっぱなしの麻薬ガスなんてのがあれば、戦争も、立てこもり犯罪もなくなるだろう。

そして、ありふれた日用品でも、偶然だれも考えつかなかった混ぜ方をしただけで麻薬効果や爆発力を持つような組み合わせがあったりしても、不思議ではない。
ジン+泡盛とか、すっぽんエキスとマムシエキスとか(これは別の意味で爆発しそう・・)。

液体爆弾はまぎらわしくて、ボトルのドリンクを読ませるチェックもすり抜けるそうだから、いっそ全面持ち込み禁止!となるのもしかたない。
手ぶらで乗ればいいのだ。
その代わり、ドリンクサービスを増やすのは簡単にできるし、どーしてもヘアジェルを使いたい客には、客室乗務員が「私の愛用ジェルをおつけしてあげるわサービス」を始めれば、話題になるかもしれない。ANAのエビちゃん似のあのCAに塗ってもらえるキャンペーン!!てのも、ありえるぞ。
テロさまさまの需要喚起である。

第一、たかだか10時間かそこらの空の旅で、やれ「経済座席」がせまいだの、照明がどうのと、異様に騒ぎすぎると思う。
乗ったらビールでも飲ませてもらって、ベロンと寝ておればいいのだ。

・・・と、ちょうど10時間ほどの密室の旅といえば夜行列車の感覚で考えてしまうのだが、列車は駅に降りてみたり、運転席を(外から)覗きに行ったり、いろんなアングルから写真を撮ってみたりと息抜き(なんだか、本業なんだか・・・)するゆとりがある。こんなことを空の旅でやろうとしたら、確実に「あのアジア系の乗客に要注意」と、マークされかねない。

ほんと、盆休みにロンドンあたりに旅する客は、ご苦労さんである。
列車なら荷物も預けなくていいから、シベリア経由で行けばいかがかと思うが、おそらく、こんなマニアの意見は非常識きわまりないのだろう。


アルベルト展

at 2006 08/11 21:55 編集

上北沢暗室職人の写真展に出かけてきた。
ギャラリーに行くと、会場に充満するおねーさんたちに埋もれて、現場監督が鎮座している。まさか、この集まりは摂理か!?と思いきや、そうでもなかった。残念。

「ソリッド・カーブ」の視線の躍動感は、ますます深まっている。
モノクロの焼き加減へのこだわりも、妥協を許さない。アルベルト写真師の境地は、いよいよ定着してきたのを感じる。

では、一杯いきまひょかー!!
ということで(閉館の10分前すべりこみだったから、不真面目だね)、ビールを求めて心斎橋へ。
グラスで出すようなしゃれた店に、ヤロー二人でってのも、ちょっとね・・とアルベルト。そりゃそうかも。たして80歳超だからなぁ。

でも、僕はギャラリーに行く途中に開店していた耳掃除サロンが気になっていて、ヤロー二人ならんで耳掃除に目を細めるのも、おしゃれ〜と、ヒソカに期待していたのだが。

結局、うまい海の幸をつつきながら、ビールと焼酎でマニアックな話に花を咲かせて、「マニアの湯」につかってきた。
湯加減は絶妙である。

やっぱり、最近コレですよ、コレ!
と、フジフィルムのNATURA クラシックを葵の印籠のようにかかげるアルベルト。
いいねぇ、フィルムカメラマンの面目躍如!

作品に対面して、近況をうかがて、インスパイアされるものがあるのは、いいことだ。展覧会が、そんな触媒になっているのを感じる。ネット上で写真展示が簡単にできる時代だからこそ、なおさら。
しかし・・・最初アルベルトが江原啓之に見えた(笑)、あの不思議な磁場はすごい!
あやかりたい、アルベルト・マジックであったな。
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2006年7月の日記
梅雨明け腕白宣言

at 2006 07/31 17:42 編集

やっと梅雨明け。
どなたかが、「立ち葵の花って下から順に咲いて、一番上まで咲きそろうと梅雨が明けるんですよね」と話していた。
なるほど、花は正直だ。

生家の玄関先に咲いていたのも、立ち葵だった(タチアオイなどと、片仮名表記するのが、なぜ当たり前になってしまったのだろう?)。たしか向日葵も庭に咲いていたはずだが、生まれて初めて憶えたことを憶えている花の名前が、立ち葵。
生まれて初めて絵に描いた花も、立ち葵。

いくら炎天下でも、いや日差しが強いほど花びらが生き生き・しっとりしているのが不思議で、つまんだり、ときには摘み取ってしまったりしたものだ。
土の小経にビニール・プールをおいて水遊びしているとき、となりで揺れている立ち葵の花や葉っぱが、風に笑いながら背中をくすぐってくれた。

最近、アパートはす向かいの新築一軒家に越してきたニュー・ファミリーが、ビニール・プールを玄関先に出して、子供を水遊びさせている。ほほえましい夏の小景である。
あの2mほどの円の中は、子供にとってはプライベート・ビーチさながらの、不思議な空間だ。ムズムズするほど楽しかったのを憶えている。
でも、泳ぐわけでもなく、ただ水に浸かって、何をやって飽きずにすごしていたのだろう。

いま、「大人用」みたいなラージサイズのビニール・プールがあったとしても、僕は「酒と女子は必須オプション」と考えてしまう。情けない。
でも、このオプション2点があれば飽きないと思う。自信をもっていえる。
そうわかっているから、現実がつらい(笑)。

何やらわからんけど、無心に水遊びや虫捕りや戦争ごっこをやって笑っていられる子供の夏は、ものずごく哲学的で、文明的で、創造的ではないか。
なのに、ゲーム機やドリルを与える大人というのは、野暮なものだと思う。

予備校や進学塾で、夏の臨時収入を目当てに夏期講習をやっていた「前科数件」の僕としては、申し訳なくは思っていた。
外には太陽があふれ花が咲き雲が笑っているのに、冷房をガンガンかけて蛍光灯の下で勉強させられるのはつらい。いや、進んでそうしたくなる性というのも哀しい。

生理的に忌まわしい経験は忘れようとするせいか、僕自身も、「夏期講習のおかげで合格してよかった!」とか、楽しかった思い出がさっぱりない。もしかすると役に立っているのかもしれないが、「夏は夏にしかできないことをするための夏」だろうし、春も秋も冬も同じ。年齢におきかえて「18歳」でも「45歳」でも同じようにいえると思う。

働くことと学ぶことは、死ぬまでできること。
でも、12歳のころ初めて北海道へ一人旅したときのようなスリルをかかえての旅は、もう二度とできないと思う。17歳のころペンフレンドに会いに行ったようなトキメキ(発情か?)というのも、邪悪な中年脳の中には二度と戻ってこないだろう。

なんだか追憶ばかりの夏になるのも、情けない。
プレイバックしてみるか、
まずはビニール・プールから!?


ナンあり

at 2006 07/30 21:41 編集

ええかげん「うちはハンバーガー屋ですからハンバーガーを注文してくれませんか」と言われそうなモスで、夏のメニューを発見した。
ナン・タコスとナン・カリー。

ナンとくれば、わが身と心と骨の髄に染み渡っているアジアの血が騒ぐ。
で、さっそくいただいた。
軟らかくてポロポロ落ちるし、食べにくいのなんの。
北野のスリランカ料理やインド料理の店でいただくナンは、もう少しコシがあるというか、パリッと焼けた香ばしさもあるので、このクレープみたいな軟らかさには、とまどった。
観音寺市の合田守夫さんの作られたレタスは、甘みがあって新鮮でよかったけど。

アイスコーヒと合わせて560円。けっこうボリュームがあるのはいいとして.割高ではあるな。
600円出せば、立派な昼定食を食わせてくれる店もあるからね。

文春文庫の夏の100冊シリーズにならんでいる、『喪失の国、日本』(M・K・シャルマ著)というエッセイを本屋で立ち読みしていたら、おもしろくてツルツル半分ぐらい読んでしまったのだが、ここに「インド人、激辛カレーに挑戦」というくだりがある。
駐日で仕事に拐むインド人ビジネスマンが、皮肉にも日本で激辛カレーに出会ったものの、汗が噴き出して半分でギブアップしたというのだ(笑)。
日本人はインドに対して、勝手な期待も含めて、相当な誤解をしているようではあるね。

その本物のインド人やパキスタン人は、和風ナンを食べるとどう思うだろうか。
一般に、パンやラーメンは、本家本元も認めるぐらいのレベルにあるんじゃないかと思うが、ナンとかチャパティとなると、どれがうまいのかまずいのか、わからないものだと思う。
これがイタリアンやフレンチとなると、蘊蓄を傾けたがるやつが腐るほどいるから、「私の体は、ふっくらしたナンでできてるの」なんていう元アイドル・現女優・犬マニアがいればおもしろいのに・・・。


須磨の潮騒

at 2006 07/29 20:49 編集

夏といえば、海でしょう!!
というわけで、愛車をこいで須磨へ。
半裸でくつろいでいる赤茶けたオジサンが多いメリケン波止場までは歩いてすぐだが、こちらは海岸というより「港湾」だから、やはり天然の砂浜で無邪気になりたい気分。

須磨までは電車だとたった10分だが、あえて汗をかいてみる。
初めてこいで行ったときは40分かかっていたのが、30分でたどりついたのは上出来だ。ただ、炎天下の汗だくは、健康的なんだか、血液ドロドロなんだか・・・。

うーん、やはり潮の香りはいいものだ。
ところが、ビーチは寂しい。
泥水でイモの子を洗うような混雑はウンザリだが、そんな眺めを見慣れていて、勝手に想像力が働いてしまうから、あっけにとられるような静けさだった。それはそれで、悪くない感じ。

僕は塩水で溶けてしまう特異体質なので、どこか適当な店でシャボリシャボリと宇治金時にしゃぶりつくか、と思ったら、なんと財布を持ってきてなかった。
どっと疲れた。
せっかく、ビーチを眺めるテラスで読書でもしようかと気合いを入れてきたのに・・・

すごすごと自宅へ引き返す。これまた、ちょうど30分。純粋に、いい運動にはなったかもしれない。
これだけの運動でドス黒く日焼けしたのと、国道の排ガスを1時間も深呼吸してきたのは、果たしてよかったのかまずかったのか・・・?悩ましい須磨ドライブだった。

悩ましい須磨には、悪名高き公共工事ベルトコンベアが横たわっていて、いま次第に残骸になりかけている。
山を削りまくって海を埋め立てて、土地が売れ残って大赤字という痴呆自治体財政の象徴が、この土砂運搬用の巨大ベルトコンベアだった。

それが、やっと開発が終わり用済みになったため解体が始まったところで、不思議なことに、ノスタルジックな声もあがっている。高度成長期の活気を偲ぶ産業遺産という感じだろうか。
いくら問題だらけの大型開発でも、既成事実の重みというのは、「懐かしい心象風景」を創り上げてしまうようだ。

これが首都圏だと、もしTDLが閉園して海岸を復元すると、「あぁTDL〜」と名残り惜しむ人と、「浦安の海岸が取り戻せる」と喜ぶ人がいて、後者の代表は椎名誠さんだと思う。
僕も、神戸のベルトコンベアや人工島がなくなれば、せいせいする。

なんぼ懐かしくても、やはり自然破壊の兵器はなくなった方がよろしい。
いま、リバイバル映画の「日本沈没」が話題になっているから、「神戸空港だけ沈没」なんてリアルな映画もできると、けっこうスカッとするのに。
須磨のお隣りに住む筒井康隆センセイ、いかがかな?


夏の妄想劇場

at 2006 07/28 16:43 編集

八幡浜工業高校の女性講師25歳が、18歳の教え子に無免許運転をさせたカドで書類送検された。
らしい。

複数の新聞報道をパッチワークすると、

1.気分が悪くなったので運転を頼んだ。
2.「私の車を、運転してみる?」と誘った。
3.月がきれいな夜だから、眺めのいいところを坊やに案内してもらった。

という動機の供述があるそうだが、微妙にカムフラージュされてますな。
隠れたメッセージを読み解かなくては!ねぇ、杉本彩ねえさん。

1→発情していたので、ハンドルを握る手が***、*****
2→「車は私の分身なの」と、意味深なふりかたをしてみた
3→月の訪れがキレイさっぱり終わりたてホヤホヤだわさ今日は!!

こりゃもう、「いっとく」以外にない、「夏の月夜の年上女性」ではないか。18歳男子としては、は「情欲のアウトバーン」へ放たれるしかない!(笑)

とはいえ、犯罪は犯罪。
道交法違反(無免許運転教唆)でつかまったのが、せめてもの救いだったかもしれない。

教育委員会としては、本採用するわけにはいかん、ということになるだろうが、本採用してきっちり管理した方がいい。これを、よくある「男性教員と女子学生」の秘め事に置き換えてみればわかる。教師をクビにすればただの「ロリコン男」として野放しになるだけの話だから、こういう不祥事には首切りで処理できると思う組織の方が愚かなのだ。

八幡浜の彩センセイ(勝手に仮名を設定)には、これから

「センセイ、僕のせいで、ごめんなさい・・・ボクは、ボクは・・・」
「いいのよ、もこみち君。今夜は私が免許をあげるから」

なんてドラマの幕が開くだろう。
・・・ばかりか、好調いや校長センセイがこっそり訪ねてきて、

「んー、杉本せんせの懲戒処分は、私の胸ひとつでどうにでもなるんじゃが」
「じゃ、次の月夜に発射オーライと、いきますか」

てなエロ官僚の腹黒ささえ、見え隠れするぞ。
そんなものだ。権力的な男と魅力的な女のねじれた関係は。
もこみち君との関係では、「権力を持つ美女と魅力を持つ少年」という関係へと入れ換わっていただけ。

「夏の姉」というのは、少年にとって、そして少年時代を追憶する男たちにとって永遠に輝く宝だから、ヤボな取り締まりは必要最小限にして、「裏文化遺産」として保護してほしいものだ。
無免許教唆だけなら、実際に交通事故をやって減給処分ぐらいですんでいるセンセイたちの例に照らせば、そう重い犯罪ではないと思うのだが・・・


山の父子鷹

at 2006 07/27 18:08 編集

今日は、いい親子の話。
山道具屋に寄ったら、ザックを買いにきた父子発見。
昔から山を楽しんでいる風のスレンダーなお父さん(38歳)が、11歳の息子を山に連れて行くのに装備を調達しにきたという感じ。

50リッターのザックをかついで、フィットさせてもらっているきゃしゃな少年に勝手に目を細めて、思い余って目頭まで熱くして、まぶしく見えてしまった。勝手ついでに、「うるわしの親子賞」を贈呈しようか(笑)。
父と息子(娘でもいいけど)が、オートでないキャンプに挑む、というのは見上げた根性だ。

ただ、店員さんが「テントを持って縦走することになりますと、60リッター、70リッターは必要で・・・」「お子さんの装備でも50リッターはないと・・・・」とアドバイスしているのは、んー・・・良心的な営業だとは思うが、つい口をはさみたくなる「通りすがりの町人」になりかけたぞワシは。

というのも、穂高連峰を5日間、テントをかついで単独縦走するのに買ったマイ・ザックが、50リッターなのだ。
するってぇと、ワシの装備はお子様仕様というわけか?
これで大人一人、充分に用は足せるんですがねぇ。

ザック・コーナーの店員さんは、気を利かしてか、「冬山となると、70リッター80リッター・・・」とエスカレートして、「我が社のオリジナルで100リッターのモデルもございます」と売り込んでいた。自分が丸ごと入りそうな巨大なザックに、11歳少年は「すっげー!!」とコーフンしている。
あのねー店員さん、この親子をヒマラヤにでも行かすつもりかいっ!?(笑)

そりゃ店としては、高いやつを買ってくれるとありがたい上に、チープな装備が原因で遭難されても困るだろうけど・・・それにしても、オーバースペックやなーと思う。
ゴアテックス雨具を着てないと、雨に降られたらすぐ凍死する!!ってわけでもなかろうし、ザックが小さければムダなものを置いてけばいいだけだし、まぁたりないところは我が身の適応能力でカバーすればいいだろうに?

そんなドタバタ失敗も、父子でわかちあえば楽しさ100倍。
こんな親子に苦笑している僕だって、オーバースペックなオーディオセットを父と競うように組んでいたクチだから、あれやこれやと「武装」を打ち合わせしながら未知の世界へ挑む父子の姿は、とてもほほえましい。

三浦雄一郎・豪太親子みたいに、ほんとにエベレストまで登ってしまうと、もうアッパレである。
あとは、二人とも生きて帰ってほしいと願うばかり。
星になった息子よ〜〜〜〜!!
では悲劇だからね。妻は黙ってないよ(笑)。


子は親の鏡、親は子の鑑

at 2006 07/26 14:55 編集

セミ採りではしゃぐ子供の声で目が覚めた。
ほほえましくていい。これが、夏の風情というもんだと思う。

でも、慣れというのはこわい。
ホテルや居酒屋に小学生がうろついていても、驚かなくなった。小さな王子様、お姫様は、終電近くの電車にも乗っていて、さすがにウトウトしているか、携帯ゲームをやってたりする。
きのうも、夜10時すぎのスタバに「お子様連れファミリーご一行様」が突入してきやがった。

そりゃまぁ、夏休みで気持ちがうわついているのもわかる。
「夏休みだからこそ、子供にいろんな世界を見せてやりたい」ってわけか?
わかるんだが、なんだか親のタガがはずれているような気がするぞ。こんな夜の雑踏の子供は、だれも預かってくれないから親が自分の出入りする店に連れ回しているだけのことかもしれない。
でも、社会勉強とエクスキューズすれば、子連れでどこに行こうと私たちの自由です、というものではないわい、幼稚な親たちよ!

世の中には、子供や、草履履きや襟のない服の大人が立ち入れない(少なくとも、憚られる)場所がある、ということを学ぶのも社会勉強だし、大晦日や縁日を除いて、子供が出歩いていてはいけない時間帯というのもあったはずだわな。
ネオン街に、無邪気に露出度の高いスーパー小学生みたいな小娘がはしゃいでいると、いかがわしい匂いさえするわい。
こんな子供にヒヤヒヤするぐらいなら、「夏期講習でしごかれている小中学生」を哀れむ方が、皮一枚気持ちが鎮まる感じさえするから、それはそれでこわい。

少子化社会なのに、子供を持て余してしまって、大人の文化、大人の社交を深められないのは、気の毒な感じさえするぞ。大人と子供の間には、溝があっていいのに。
で、溝を越えたらあんなに甘美で官能的でおいしい世界(笑)がある!早く大人になりたい!と思ってがんばるのが、まともな子供の発達ではないのだろうか。

ボーダーレス化がどうの、アメリカンスタンダードがどうのと警戒されているけれども、むしろ日本の中で、ビジネスマンみたいな小学生(笑)や小学生頭の大人が増えて、幼稚にフラット化する方が、僕はこわい。
大人の世界はボーダーレス化、子供の世界もボーダーレス化すればいいのだ。

夏休みの子供は、昆虫採集に行って刺されるとか、イカダ遊びして溺れるとか、洞窟に入って出てこないとか、そんなのが正しい姿だと思う。
やい親たち、かわいい子には旅をさせてやれぃ!


デッドストック再生計画

at 2006 07/25 16:51 編集

就職して間もなく買ったから、もう15年以上は使っている腕時計を修理に出してきた。
昔はやった「デジアナ」というタイプのくせに、クラシックな文字盤や真鍮のフリンジが、カジュアル、フォーマルどんな服にも合うので、重宝しながら愛用してきた。真鍮なんか、いい風合いを帯びている。

故障らしい故障はしたことがなく、時計としては問題なく働いているのだが、ボタンの反応がにぶくなったのと、微妙に短針がずれてしまったので、オーバーホールに出したのだ。
区内に支社があったので持参すると、まぁ人けのない事務所で、つい統廃合されないことを祈りたくなるような静かなオフィスであった。

しばらくして、修理進行状況を電話で知らせてくれて、「保守部品がないので調整しかできません」というので、まぁしかたないなーと了解して、いよいよ「修理完了」の電話をもらったので引き取ってきた。
あいかわらず、人けのない静かすぎるオフィスであった(笑)。

前もって聞いていた通りなので、窓口嬢(歴30年?)と、「もう、部品交換はできないわけですねぇ」と苦笑しあいながら、一応は元通りキビキビ反応するようになった腕時計くん退院、となった。
なんと、無料であった。電池を交換してくれているし、清掃その他の技術料というのがかかっているはずなのに。
これは、「無料にしてあげるから、もう修理に出してくれるな」というメッセージなのか、「長年ご愛用ありがとう特典」なのかはわからんが、いいように受けとめておこうか?

でも、製品も高性能だし、サービスも良心的すぎるからこそ、カシオの時計だけでも3つも所有してしまっているわけで、気づかないうちに絶大な信頼を寄せているわけだ。
そんな風に、生産とサポートの両面から、メーカーは評価されるべきだと思う(わかっとるか*イクロソフト!!)。

カメラでも、ペンタックスの機械式一眼レフLXなんかオーバーホールに出すと、数万円単位のおそろしい料金を請求される(門前払されないよりましだが、一歩手前かもしれない)。
体の一部になったようになじんでいる機械は、長持ちさせるのにけっこうな維持費がかかるのはつらい。買い替えて行く方が安上がりなのも、腹立たしい限りだ。

では、ものづくりの雄ソニーはどうなのか。
いまだにカセットウォークマンや8ミリハンディカム(Hi-8でもDVでもない)を製造しているソニーは、近ごろ迷走状態なのが心配ではあるけれど、押し入れの肥やしになっている80年代のワープロ専用機(PRODUCE)でも修理に出してみようか。
サジを投げられてもしかたないが、ひょっとして治ったりすると、「じゃ、スカイセンサーもお願い」とエスカレートすること確実である。


日本の夏、緊張の夏、うな丼の夏

at 2006 07/24 14:43 編集

土用の丑の日にちなんで、ウナ丼をワサワサといただいてきた。
六曜なんか毛嫌いしているほどなのに、江戸時代のコピーライター平賀源内さんが発案した(らしい)土用のウナギには、ばか正直にウハウハとびついてしまう。一応うまかった。

でもこのウナ丼、新年度が始まって体がついて行かず疲れ気味のころに、スタミナ補給のために毎年「ウハウハ」しているから、もう特に夏の風物詩でもなくなってきた感じ。

それに、ウナギより好きなアナゴの寿司や丼は、年がら年中いただいて「まいうっ!!」を心の中で叫んでいるせいか、ウナギの脂っこさが、ちょっと鼻についた。関東風と関西風の焼き方があるらしいから、もしかすると「堅焼き」バージョンもあるのかもしれない。捜索してみなくては!

「ウナ丼帰り」のショップ99には、南米産の温州みかんが並んでいて、これも好物だからうれしいのだが、どうだかねぇ・・・と首を2°かしげながら買わずに出てきた。季節感が鈍っとる!けしからん!とブツブツいながら、でも今晩あたり買ってパクついているだろうけど。

丼物は、汁かけ飯を進化させた日本人の大発明だと思うのだが、季節感がないといえばない。海鮮丼の類でも、天丼でもオールシーズン対応してくれているし。
旬が旬でなくなったのは、豊かさのおかげか、現代人が季節かまわず欲深くなっているせいなのか、ちょっとありがた寂しい。

「夏の夜空の場外ホームラン」級の大発明は、ウナ丼より、平凡だが、かき氷かもしれない。練乳に宇治抹茶にアズキの三位一体なんて、どんなオソロシい天才が発明したのだろうと感心するばかりだ。

そして、巌窟王の僕でもつい吸い寄せられてしまう、あの波しぶきに「氷」の、のれん!考え出したのは、たぶん下町の看板屋さんの無名な塗り師だったりするのだろうけど、世界一のグラフィック・デザイナーだと思う。

とまぁ、こうしてポチポチと日記を打っている「のれんの喫茶店」は、いいもんだ。
どうだスターバックス、こんな風情を出せるかね!
と、ケンカを売ってもしかたないのだが。


早くも、安倍内閣の組閣案

at 2006 07/23 20:58 編集

福田さんが辞退して、次期総理は安倍さんにほぼ決まりかけている。そこへ、文春新書から、保守派日本人の琴線に触れるような著書が出るのも、グッド・タイミングすぎる。こりゃ「文春ぐるみ」の総裁後継作戦ではないか。

年齢の順から行くと、次の「お鉢」は福田さん。
これは別に年功序列がいいというわけではなく、今回を逃すと福田さんのチャンスは永遠になくなり、つまり福田さんの政治手腕や人望を永遠に活かせなくなるから、もったいない。
順にチャンスが回ってくる年功序列は、悪いことばかりではない「機会分配システム」だと思うのだ。次に回ってくるとわかっていながら、そのチャンスを活かせなかったら、即退場してもらえばいいだけ。

個人的にはサイクリスト谷垣さんを推したい気もするが、福田さんが降りた椅子に、「ワタクシがやります」と名乗り出る道もあった。ただ、北朝鮮と日本の合併なんか唱えたら、テポドンは抑えられるがパトリオットを撃ち込まれそうだから、命が惜しい僕は遠慮しているだけ。
こんな慎み深さは、僕だけでなく福田さんの人徳でもあり、政治家としては短所なのだろうと思う。

しかし、「麻垣康三郎」のどれが総理にふさわしいかという議論に、公明党も民主党も巻き込まれてしまって、不甲斐ない限りだ。民主党もは、こんなチキン・レースにこそ、「ひょっとする」かもしれない河村たかしを刺客として送りんでほしい。
「そりゃーイヤとはいわんでよぉ、ウヒヒヒヒ・・・総理やってけろっちゅうなら、やらん理屈もありゃーせんだがも」と、満面の笑みの河村たかし首相は、案外いけるかもしれないぞ。

とはいえ、民主党もというツギハギ団体も政権政党としてはあんまり信頼できないし、小泉さんなど自民党総裁らしからぬ一匹狼だし、政党政治はもう実質的に終わっているのかもしれない。
総理が取り巻きの親衛隊を組織して、出身政党も万年野党も、オール野党体制で首相と拮抗して行くという構図になっても、緊張感があっていいと思う。

安倍総理には、たぶんおばさんサポーターがベトベトくっつくだろうから、このアマゾネス軍団は前代未聞のおそろしい力を発揮するだろう。あの、南野法務大臣以上のトンデモ大臣が登場してもおかしくない。
辻元清美の追及には、返し技でポストを与え、防衛庁長官とか(あぁ、自衛隊は自爆隊になる!!)・・・同じ党の阿部知子議員には、(元女医のキャリアを活かして)厚生労働大臣とか・・・。
福島瑞穂党首には最高裁長官をやってもらうと、死刑はなくなり殺人犯は野放しになるかもしれない。

なんだか社民党びいきの組閣案になってしまったが、何をしでかすかわからない怖さが、あの素人政党のキュートな魅力だ。
安倍さんの腹案なんか、この際どうでもよろしい(それじゃー総理じゃないって)。


夏休みシフトワイヤー

at 2006 07/22 17:35 編集

愛車のシフトワイヤーが、無残に錆びて暴発(!?)して皮膜を突き破り、機能しなくなってしまった。長雨で濡れているうちは目立たなかったが、晴れて乾くと見るも無残。

なにより、シフトできないのが致命傷で、トップから2速目でギアチェンジしなくなったから、坂道が重くてたまらん。
まるで、桜木健一が高松英郎に命じられて鉄下駄を履き、砂浜を走る柔道一直線のトレーニングだ(古い!)。

メンテナンスの本やツールはちゃんとそろえているくせに、肝心の部品がないので、頼りになる地元の老舗ヤマダサイクルに持ち込んだ(乗り込んだ、かな?)。
職人肌のおやっさんが「ははーん、ここをこう通って、こっち行っとるんやね。わかりました、30分ほど預かりま。その間にやっときましょ。1600円いただきます」と、明快に診断と会計を示してくれた。

時間をつぶして30分後に戻ると、きれいにワイヤーと皮膜が交換されて、愛車バーディー君が店内で静かに息抜きしていた。
ブレーキワイヤーが神経だとすると、シフトワイヤーはリンパ腺みたいなものだから、リンパ・マッサージでも受けて「あぁ、さっぱりした」といいたげな顔(?)の愛車を引き取って、走ってみる。カチン、ストンと絶妙の感触で軽くシフトできる。
あぁ、やっぱり専門家に手を入れてもらうと、安心できるわい。

すっかり雨が上がって、「夏休みモードのにぎわいでカフェ満席」の都心を逃れ、シャーッと海沿いを走って、ハーバーランドへ。
夏休み初日の週末だというのに、この斜陽ぶりはどうよ!(笑)
こうして、静かなUCCカフェプラザで日記をポチポチ打ちながら午後茶できるのも、客足が遠のいたおかげなのだが(ありがたがっててはいかんのかな?)。

外の並木道に面したカウンターに、僕に並んで夏の少女(という感じ)二人連れが座って、「あーよく歩いた〜」と笑っている。なごやかな時間と場所だ。

三宮には、震災でつぶれた神戸新聞の本社ビルが、11年たってやっと再建された。
去年は、やはり倒壊したNHKが元のトアロードに再建されて戻って行った。

こうして新聞社の仮社屋、NHKの仮局舎が引き払って行くと、ハーバーランドの「磁力」は弱くなって行く一方ではないのだろうか。海が目の前で、うまい店も多くて、風が吹いていて、ビレッジバンガードもソフマップもあって(マニアック!!)、夏は最高に気持ちいい副都心なのに。

いやはやホントに人気がない。
僕は快適だが、これでサティみたいな大型店でもドーンと店開きしやがると、ますます周辺は廃墟になりかねない。
街のにぎわいが伴わない景気回復というのも、なんだかウソくさいぞ竹中さん!


打ちます!打ちます!

at 2006 07/21 21:39 編集

欽ちゃん球団は、どうなるのだろう。
「やめないで」コールが殺到しているようだが。
こんなときこそ、「極楽とんぼ山本ひとりが悪い!」とトカゲのしっぽ切りをすればいいのに、と僕は思う。

とはいえ、欽ちゃんの憔悴ぶりは大きい。純粋に野球を楽しんできた喜劇王なのだろうな、と思う。
同情もする。

でも、あえて逆説的にいえば、密室で決めた欽ちゃんの独断であっけなくつぶれてしまうようなワンマン球団は、これからも何かあるたびに「今度こそ、やめちゃおっかな」となる可能性があるわけで、そのたびに振り回されるスタッフや選手、サポーターは、たまったものではない。

たとえば部員の暴力や飲酒で出場謹慎する高校野球部というのはよくあるが、いきなり「廃部する」と決めてしまう監督がいたら、それは正しい責任の取り方ではなくて、思考停止しているということではないのだろうか。
責任を取るなら、再発防止のためにこんな組織に変えました、と行動で示して、軌道に乗れば身を引くのが大人のやり方ですぜ、欽ちゃん!

そういえば、昔たしか「欽ちゃんヌードル」というラーメンもあったはずだが、これもあっけなく消えてしまったっけ。
ま、これは欽ちゃん本人の責任ではないだろうけど。

あまり地位にしがみつく人ではないと思うから、「球団まるごと御破算」は避けて、適任者に引導を渡すことも考えられる。
そう、欽ちゃんの名パートナーがいたじゃないですか〜。
コメディ野球は、脳梗塞のリハビリにもいいと思うし、いかがでしょーか、二郎さん!


大雨見舞い

at 2006 07/20 21:43 編集

日本人が慣れているはずの、ただの「梅雨の大雨」なのに、こんなにもろい本州だったとは・・・。2けたにのぼる土砂の犠牲者のご冥福を祈りたい。

信州や山陰が、滝のような雨と濁流に呑まれているころ、出勤した大阪は、薄日もさすほどの平穏な陽気だった。
もっとも、朝のラッシュアワーのダイヤは乱れていて、おまけに乗客の急病対応とかで二重に混乱していた。いつもは快速電車で、ときどき座席が空くほどのゆったり通勤なのに、新快速に乗り換えてみると、何年ぶりだろなーと思うような押しあいへしあいだった。ま、これが普通の猛烈サラリーマン通勤なのだが。

出勤した職場からは、今まさに土石流で犠牲者が続出している諏訪湖のほとりに、救急隊員として巣立って行ったセイン君(コードネーム)がいるから、テレビで映ってないかと思って見ていたが、そりゃすぐ見つかるはずもない。

この春だったか、僕が「八ヶ岳には毎年登ってるよ」とメールすると「遭難して手をわずらわせないように」と返事をくれたセイン君は、1年目にして大自然の猛威で洗礼を受けたわけで、それはそれでよかったと思う。「変なキノコを食べてのたうちまわるハイカー(デビッドと自称する、どこから見てもアジア人)」なんてバカヤロに救命処置するような経験は、むなしいだけだろうから。

今回のような災害報道で、いかに人里が山津波や洪水、高波・高潮etcetcに弱いかを見せつけられながら、僕はふと「山小屋って、強いよなぁ」と気づく。
断崖絶壁の上、やせた稜線の上に建っている小屋は、苛酷な立地、苛酷な気候に耐えて崩壊寸前のあばら屋のように見えるのに、不思議と大雨で流された、台風で吹き飛ばされた、という話は聞かない。意外にも丈夫にできているものだ。まれに、黒部の峡谷で流されたような小屋の話は語り草で残っているとはいえ。

八ヶ岳の小屋たちは、まぁ雨漏りの修繕ぐらいはこまめにやっているだろうけど、傷だらけになりながらもたくましく踏んばっていることだろう。
雨だ猛暑だ寒波だとブーブーいわずに、たくましく四季をやりくりできる「小屋人間」に、なりたいものだ・・・と、しみじみ思う。


みられまくっちゃ問題

at 2006 07/19 23:06 編集

おちゃめではないか、シャープの携帯。
「みられまくっちゃ」「かぜがなおりかけた」と入力するだけで自爆するというんだから。

今どきの端末は似たりよったりなのが多いから、こういうところでおちゃめを見せてくれるのは、ホノボノしてていい。修正プログラムの配布なんてヤボなことはせずに、もっと人騒がせな文字列が発見されるのを待つのが。大企業のゆとりっちゅうものだ。

それに、どうせなら「対話型の不具合」が発生してくれたら、愛着もわくと思うのだが・・・
たとえば、「かぜがなおりかけた」と打つと、「よかったねー!!」と出るとか(笑)。
メル友より通話相手より、なにより本体にジャラジャラごてごてお化粧してかわいがっているほど携帯そのものの好きなユーザーが多いようだから、対話できるバグというのは、いい慰みになると思うのだ。
かえって、修理してしまうと「最近すっかり愛想が悪くなって、キライだ」なんてことも、あったりすることうけあい。

そういえば、ふだん僕の愛用する端末も、テリオスにしろザウルスにしろシャープ製なのに、バグらしいバグはない。
ただ、テリオスで「○か×を書きなさい」といテクストを入力したり保存したり上書きしたりしていると、「○か ラ を書きなさい」と化けることがよくある。

これなんか、あんまり意味のないただの不具合だから、おもしろくもなんともない。ただ文字コードの設定ミスだろ?でかたづけられそうだし。
「まるかばつかでこたえなさい」と入力すると、「人生そんなに簡単に割り切れるものじゃーございませんぜ」とたしなめてくれたりすると、たぶん愛着がわくような、キレて投げ捨てたくなるような・・・


ビバ内視鏡

at 2006 07/18 21:03 編集

つい「世界の」と冠してしまう王監督の胃ガン手術が無事成功。よかった、よかった。

すでに歴史に残る名監督だし、人間としても世界の野球人から尊敬されているけれど。手術に臨む王さんのギョロリとした眼光は、鋭く冷徹で、それでいて笑みさえ浮かべ、神々しく、勇猛で、僕はあんなに美しい男の顔を見たことがない。
伝説になってしまった長嶋の人気に比べると、王さんは現役だから、存在感が違う。

内視鏡で胃の全摘なんて、できるんですねーと、あちこちで驚きのコメントも出ていたが、ほんと手品のような現代医療だなーと僕は素朴に感心した。
まぁ、監督のお兄さんが慶応ドクターだったらしいから、万全の態勢だったのだろうし、初期の胃ガンだったそうだから、大騒ぎするほどのこともなかったのかもしれない。

今週中にベンチに復帰してくれると、それこそ涙、涙の大騒ぎだろうけど(もしかすると・・・王メイク・ドラマ!?)、手術の翌日にはもう歩いているようだから、体にダメージの少ない内視鏡手術さまさまというところだろう。
これから、「内視鏡でたのむ」という患者も増えるにちがいないね。

内視鏡の名手といえば、バージニア大学病院脳外科の福島医師は鍵穴手術の世界的権威らしいし、この勢いで「小穴」テクニックがどんどん進めば、そのうち「内視鏡で帝王切開」とか、「あなたでもできる、耳カキでかき出す膀胱結石」なんてのも開発されるかもしれない。
「妻のひざ枕で耳掃除」という男の悦楽も進化して、「おい、結石もたのむ」「あいよ!」てな愛の場面も、実現するかもしれない(いてててて・・・)。

ただ、なんでもかんでも小さな穴ですませるわけにはいかないだろうけど、ワラにもすがる患者は、「大きく切らなきゃ無理」と診断されるだけで絶望してしまうことも、あるかもしれない。
そこで、僕が「あれも患部にピンポイントで切り込む術式だったなぁ・・・」と思い出したのが、トンデモ系の心霊手術だ。
今のようなご時世だと、

「内視鏡に見捨てられたあなたへ!ミンダナオ島の祈祷師があなたのガンを無痛で取り出す、奇跡のマジックハンド!!」

てな民間療法(いや、それ以下の手品だな)が、「王監督効果」のおかげで、またぞろ浮かび上がってくるかもしれないぞ。
危い、危い・・・

くれぐれも、理性を失った手術難民が増えてほしくないし、トンデモ医療も困るわな、好き好きだとはいえ。
せいぜい、「内視鏡メイド医院」ぐらいにしといてほしい(いかかんか?)。


読み書き語り合い闘い泣き笑い

at 2006 07/17 20:09 編集

隔月ペースの読書会に出席。
母体は研究団体、そのまた母体は病院だったのが、どの「母子関係」も断ち切れかけていて、さてこれからどうしましょう、財源は?目標は?管理運営は?・・・と、難問の大波小波をかぶって、おじさん3人でアップアップしてしまった。

営利事業ではないので、金銭欲がからまないだけ深刻な亀裂は生じないのだが、いろいろなタイプの市民運動に共通する(であろう)「経営管理のまずさ」が、マンネリ化、タコツボ化、事なかれ主義を防げなかったのかもしれない。

毎回、当番制で課題図書を選んでレジュメを用意し、要約説明した上でコメントを加え、議論をファシリテートする。
これだけのシンプルでささやかな活動だが、発表者のレジュメの3倍もの異議申し立て書を配布してしまった僕は、もしかすると破壊的なテポドンを撃ってしまったのか???
というのも、ふだん冷静な事務長さんから、「それなら、運営やってくれ」と会員のアドレス一覧がいきなり届いてしまい、まるで引導を渡されてしまった感じ。

そもそも、僕自身は、読書を集団でするという形の活動は、あまりなじみがなかった。
似たスタイルとしては、大学の語学の授業で「順に和訳してみなさい」という進行のしかたは、かったるくて苦痛だったし、文を読むという行為は、限りなくマイペースでいいと今でも思っている。

とはいえ、頭に入れなくてはいけないような、しかしなかなかマイペースでは頭に入らないようなテクストは、外から一定のペースでたたきこんでもらった方が入りやすい。
代表的なのは聖典で、たまにバイブルアワーなんかのラジオ番組を聞いてしまうと、妙にすんなり頭に入る。単に聖書を与えて「読みなさい」ではなく、牧師や教戒師、伝道師などが肉声でていねいに語りかけたり、朗々と読み上げたりする形が、布教の重要な一部分を占めているのは、なかなかうまい作戦だと思う(参考にしてほしいよなー仏教会)。

だから、読書は目でするだけでなく、語りや会話を交えた方がよく理解できる。これも、読書会の利点だといえなくもない。
たしかに、立体的な読書ができる、話題が縦横無尽に飛び火して新しい分野にリンクする・・・このおもしろさで、満13年間、震災をはさんでも絶えずに続いて来たのが読書会だった。

現代人は読書をしなくなった、と何げなく嘆きモードで語られる場面が多くて、たしかに大学生でも勤労者でも、本を買って読む人も、量も、想像以上に減っているのかもしれない。
読書会を仕切ってこられた事務長さんは、「本の置き場に借りたアパートが、重量制限2トンしかないので床がへこんできて、しかたなくトランクルームを借りた」と話しておられるような読書家だから、ちょっと例外的な愛読家なのだが、「読書って、なに?」という日本人の方がはるかに多いのは確実だ。

まぁたしかに、新聞・雑誌を読んでも、テレビ・ラジオを見聞きしても広い世界のことは相当わかるから、かったるい読書なんかしなくても・・・という空気が、出版不況の元凶になっているのは否めない。
けれど、ブログの流行は、まぎれもなく書く人・読む人が急増している兆候でもある(厳密にいえば、書くのではなく打っているのだが)。

携帯やPCで読み書きする人が増えることと、紙のメディアとの関係はどうなって行くのか、とりあえず楽観的に考えながら、読書会も方向転換して行ければと思う。
「ブログと併走する読書会」という実験的な企画も任された(さじを投げられた?)のは、いい機会である。
ブログのアカウントも、構成も、新・読書会の名称も、白紙状態。
いま僕の前に、大きなリトマス試験紙が突きつけられている。


サービスも百倍!窓口嬢スマイルも百倍!

at 2006 07/16 23:30 編集

ゼロ金利ついに廃止!
というので、普通預金の利息が100倍にもなるぞーっ!!と騒いでみても、これでもまだ異常な水準だ。「客をバカにしているような利息」が、「客をなめているような利息」に変わるだけ。

おまけに、銀行に土下座して借り入れで運転資金をまかなっている中小の自営業者にとっては死活問題だ。
借り主といえば、もちろんマイホームローンを背負っている善良なサラリーマンも、金利がこの先どれぐらい上がるのか、見通しに不安が募るだろう。元金が巨額なだけに、金利が数%上昇しても、月々のタバコ代を1箱減らすぐらいの小細工では吸収できないほど家計に響くことになる。

おまけに、リストラだ減給だ大病だと「予定が狂う」人生の危機は大いにありありで、いや、「人生それで普通」だと気づけば、25年も30年も借金漬けになる生活を、よくまぁ契約するわなぁ・・・と僕なんかは感心するやら、信じられないやら。まぁ、マイホームパパの勇気はすごいと思うが(笑)。

だから、いざ予定が狂って、女房子供のために背水の陣で組んだローンが家計を崩壊させるようなことになれば、がっくり奈落のそこに突き落とされてしまう気の毒な旦那たちも多い。
儲けすぎている銀行の、もらいすぎている行員に怨念のテレパシーを送り続けると、ちょっとは気晴らしになるか、それとも奇跡でも起こるか・・・

それにしても、ふざけた「金利100倍」だわな。あこぎな邦銀など、かたっぱしから外資に食われてしまえ!と祈りたくもなるわい。


血と汗と涙の夏

at 2006 07/15 16:49 編集

いやはや、猛暑いきなりやなーと思っていたら、浜松で38℃だとか。体温より高い。
うちわでパタパタやると熱風が来るから、これはやりきれない。
道路工事や畑仕事に熱中しすぎて熱中症で命を落としてしまった方々には、ご冥福を祈るばかりだ。

しかし・・・梅雨が明けていないうちに、連日連夜の熱帯夜というのは許せませんな。風呂に入って寝て起きたら汗だく・・・って、不条理ではないか。

などとボヤきつつ、日本人の体の四季は、夏に汗をかくようにできているのだ!と納得するしかない。あと2日出勤したら夏休みだから、ラジオ体操に朝顔日記に海水浴に、たんまり汗を用意しとかなくてはいけない(デトックスできるかな?)

気がつかんうちに、すでに海開きと山開き、プール開き、ビアガーデン開き(これは春か?)が出そろって、なんだかあちこちで開きまくっている。
で、最近の学校のプール授業ではやっているのが、「着衣水泳」だそうな。

えらい!
と僕は素朴に感心した。
水の事故に備えた、こうい安全対策こそ、学校で全員に教えておけばいい(もちろん、泳げない子は泳ぐ基本を身につけてから)。すぐ役に立って命が助かる、ありがたい授業だと思う。

こういう発想に立つなら、たとえば「バイクに乗るな」ではなく、バイクの乗り方を教えてこその学校だろう。
パリダカを完走したら体育の単位を全部認めてあげるとか、気の利いた計らいを見せてくれてもいい。「サハラに死す高校生」というのも、ロマンチックな伝説になるぞ。

いや、最近はバイク事故予防なんかより、性感染症予防と避妊の方が緊急度は高いのかもしれない。ついでに、オプションで「ロリコン先生撃退法」とか、隠しカメラ探知法とか(顧問は物理教諭で)。個人的には、悪質商法やネットトラブルに免疫をつける消費者教育も大事だと思うし。

こんな風にあれやこれやとティーンズに要求するのも酷かもしれないが、どれもこれもおもしろくて夢中になる授業がギッシリ・・・になると、とりあえず不登校も中退もなくなるはずだ。
「防犯エキスパート高校生」は地域社会で大歓迎されるし、「レスキュー名人高校生」は、いろいろアルバイトもできるだろう。

ただ、中退しないが受験勉強もそっちのけ、やたら警備会社に就職集中(笑)となるのもどうかと思うけれど、まぁそういうコースはあってもいい。
何人かの高専OBに文系科目を教えたことがあって、全員がとても優秀でまじめだったから、この5年教育課程というのは、もっと評価され普及してもいいと思う。工業科だけでなく、「商専」「農専」「英専」「災専」なんてのも、あればいい。最近のはやりだと、「鉄専」「熟専」とか(笑)。

マニアックでもオタッキーでも、その道を極めればプロになれると思うので、夏休みは修行期間(今ふうにいえばインターンか)という位置づけにすればいい。
萌えるぐらいでお茶を濁している場合じゃないのだ。
「突き抜ける」勢いでなければ!


露店書

at 2006 07/14 22:08 編集

「露天」だったのが場所を追われて、ついに「車道」に場所を移してしまった古本屋さんは、利用するのも違法営業をあおることになるのかもしれないが、とりあえずひいきにしている。
露天商ならぬ「露店書」かな。

最近は、近づくと「アスキー入ってないわ!ごめんな〜」と、こちらの目当てを見透かされるようになってしまった。この前なんか、近づくと黙って『週刊アスキー』がニュッと出てきた(笑)。
なかなか心ニクい商人根性だ。

あいにく100円玉がなくて大きい札しかないときは、「そこのパチンコ屋の奥に両替機があるさかい、くずしてきてんかー」と、情報提供までしてくれる。
このゲリラ的な商いは、群がる常連客もすでにわきまえているから、初心者(?)がうろたえていると、「両替はあそこや」「ヤンマガあした発売るやから今日まだないよ」と、匿名客から匿名客へ、和気あいあいと指図が飛んでいる。
いいなぁ、このスピード感、カジュアル感。
中古生活は、ビンボーライフにささやかな幸せ感をもたらしてくれる、ありがたい味方だ。

おとといだったか、「初デジカメを買いたいんですけど・・・」とスキー仲間W田君からメールが来たので、僕は自信満々で中古お買い得品情報を送った。すると、「ボク中古がだめな性格なんです」と、妙な潔癖症をカミングアウトしてきた。

それはそれで好みの問題だからいいとして、新品好みからすると、「露店書」なんかは、たとえ800円で発売中の雑誌が100円になっていたとしても、言語道断な廃棄物なのかもしれない。
僕は当然のように古本→新古書→新刊の順に買い物するし、賃貸アパートは「沈滞」しそうな年季の入った格安物件を優先サーチするし、PC関連の端末も全部中古だ。

まぁ、たしかにページがペリペリと切れる新刊ほやほや感もいいものだし、新品には新品なりのメリットもあるだろうが、もうここ何年も、「露店書」のおかげでコンスタントに月数千円は浮いていることを思えば、やめられない。
浮いた数千円で本だってCDだって買える。これまた中古だったりするから、セコハンの複利みたいな世界だ。

ヤフオクも含めて、中古市場という裏経済規模は、無視できない規模になると思う。
ゆくゆくは、中古人間の市場なんてのも、堂々と登場してくるかもしれないが、すでにあっても不思議ではない。定年後就職あっせんや再婚、老齢婚の仲介業なんてのも。
基本的に、僕は中古パワー万歳、死ぬまでリサイクル&リユース大賛成ではあるけれど・・・。


文通月間?

at 2006 07/13 19:04 編集

ウィンドウズ98とMeのサポートが終了。
しかし、全国の学校で3割の端末が使用中・・・どうなるんでしょうか!!

と、おどろおどろしくニュースが伝えていたが、さて一般家庭ではどうなんだろう。
スローライフPCユーザーにも、どうか慈悲の目を〜
と祈るワタクシは、もちろんサポートから見放されたユーザーである。どうりで、このシンクパッドは安かったわけだ(遅いって)。

XPさえ、「数年後には打ち切るよ」と脅しをかけるMクロソフト社は、売り上げが鈍る覚悟もしているんだろうか(もう、天下を取った帝王の気分か?)。

でも、スローなだけでなく、あまり依存しないようにあえて宝を持ち腐れているユーザーとしては、たとえメインマシンが壊れても、すぐカプセル怪獣ウインダムのようなサブ端末で事が足りる。DVD編集とかプレゼンファイル作成のような複雑な仕事はないから、ザウルスで充分だったりするのだ。

サブ端末どころか、普通にメールもやりとりしていた、別に遠方在住でもない令嬢と、このところ紙メールに移行しつつある。文月だからというわけでもないが、悪くない風情だ。

文具マニアの僕は、仕事には弾頭のようにヘビーなロットリングのマルチペンをがしがし使い、私用にはファーバーカステルの梨の木のペンに持ち替えて・・・と気分転換を楽しんでいる。
韓国には梨花女子大という詩的な名前の名門大学があるらしいが、梨の花のような存在感を感じる相手に、梨の木の手触りを感じながら文を書くという時間は、失われてしまったような、何か大切な経験だったような気もする。

そして、ほどよい存在感がある数葉の便箋が、思い出したようなペースで届く。
不思議と色恋沙汰には結びつかない(と実感する)サラサラした間柄(のはず)だから、「紙にインク」の手仕事でも尾を引かない(はずだ)し、重荷でもない。

こんなふうに「萌え」させてくれる相手との手紙のやりとりより、毎日何十通ものメール処理をすることに喜びを覚えるようになると、アップデートやバージョンアップetcetcetcの雑務の奴隷になるのじゃろう。
が、
アドレスはいらない、住所を教えてほしい。
なーんてキザなことを言える立場に、出世したいものである。
「電話番号を知らせてくれないおぬしとは待ち合わせしない」を貫くだけでも、いいかげんソッポ向かれているのに。


「テレビ体操」萌え

at 2006 07/12 20:40 編集

19歳の少年少女たちの前で、あるタレントの話をしていたら、「あの子、AV女優だったんでしょ」と男子の突っ込みが入り、女子がどよめいた。

でも、聞いてみると何のことはない、ただのお色気映画に出ていただけの経歴が、純朴な男子の頭の中では「AV出演」ということになっているらしい。
おまけに、「AVというのはね、飯島愛が芸能界へのステップにしたような・・・」と話しかけると、「えっ、知らなかった!!」と、もう飯島愛の過去を知らない男子女子が普通にいることもわかった。
そりゃ無理もないわな。飯島愛が「現役」のころといえばもう15年ほど前になる(と思う)から。

そんな話は、ただ「世代の違い」で説明できそうな蔵出しネタにすぎないのだが、他愛もない雑談をしながら、少年少女の「成人メディア・リテラシー」が、どことなく平板化しているような感じもした。

まず、イレブンPMやギルガメッシュナイトのような成人映像が、テレビ番組から消えている。
おまけに、ピンク映画というのがあることさえ知らない世代が、普通にいる。いや、にっかつロマンポルノというのは僕も実際に知らないまま「過ぎてしまった」ぐらいだから、映画館で成人映画を見るという習慣は、いま50歳前後のおとっつぁんの心のふるさと(笑)なのかもしれない。

そんな成人映像のように、人目を忍んだり、「お色気」に萌えたりするレベルを越えて、いきなりパソコンでネット動画につながる時代だ(ナローバンドのわしは知らんぞ!!)。
ええんかね。アクセスに苦労しないと、楽しくないものだろうに。

「キミたち、安易に欲情するピンク・メディアなんぞさっさと卒業して、NHKの囲碁・将棋講座の女流解説名人にときめいてみることよ!」
と、マニアックな道におびき出すのもどうかと思うが、こういう萌えかたなら、彼氏と彼女が一緒に楽しめてよろしいのかもしれない。


ここはひとつ示談で

at 2006 07/11 22:54 編集

ジダンの頭突きの理由は、はたして何だったのだ!?!?
と、日に日に謎が拡大している。

ここまで疑惑が濃い闇になり憶測が乱れ飛ぶようになってしまうと、ジダンを怒らせたイタリア野郎も、正直に言うに言えない立場に、追いつめられていることだろう。本当は、あっけなく「おい、頭突きしてみろ」と言っただけかもしれないのに、よほどひどい差別発言をしたかのような容疑が一人歩きしている。

それに、もし差別発言なら、そのまま報道されることはないだろう。だって、「ジダンのような立場」に対する差別発言は、その中でもエリートクラスのジダンだからこそ頭突きですんでも、「ジダンのような立場」の人々の中には、飛び道具を使う突破者もいるかもしれない。
・・・あ、これも差別発言になるのか?

真相は近く記者会見で説明する、とイタリア側は収拾の構えを見せているようだが、あのときあの現場を、ガン・マイクで拾っていた音声さんは、いなかったのだろうか。もし録音していれば、「真実の声」を握っている音声さんというのも、微妙な立場だ。

あまりイタリア側の会見がウソで塗り固められていたら、「ウソはいかんね〜。ホレ、これが証拠だよ」と突きつけられるから、記者会見の「監修役」になるわけだ。
いま実際に「音源」がなくても、あるかもしれない、という緊張感を持ちながら、サッカー界はあざやかなゲームセットを見せてほしいものである。

「僕は、試合後にデートに誘っただけ。そしたらジダンが、バカヤロー!!俺はベッカム一筋だ!と怒っただけなの」
てな話になると、薔薇園イレブン物語が始まってしまう。
また、そんなネタを女性誌はほてりながら(笑)追及するからね。
平井堅は矛先がよそ向いて、ホッとするかもしれない。
おぉ、危ない危ない・・・


副業サマー?

at 2006 07/10 22:31 編集

W杯の優勝が決まったころ、僕は夢の中で逃亡者をしていた。
ただ、仲間とヨーロッパの線路内を歩いていただけの脈絡のないシチュエーションで、どこかで警報でも鳴ったか、とにかく「つかまるから逃げろ!」ということになった。

「3人ひとかたまりだと目立つから、バラバラになろう、無事に再会できるまで、グッドラック」
と段取りを相談する。これはまるで『大脱走』の世界ではないか。

なんとか雑踏に出て、地下鉄に乗って人込みに紛れようとするが、ゲシュタポみたいな捜査員に、一発で発見されてしまう。万事休す!・・・というところで、お目覚めであった。

いやはや、何を暗示している話なのか、ちょっと不気味な逃亡劇だった。何から逃げようとしているのか・・・。
いや、逃げなくても、今週いっぱいで夏休み。あきれかえるほど解き放つたれる時期なのに。
これ、もしかすると仕事から逃げてたら、拘束されて孤立して、袋小路に追い込まれまっせ〜!という天の声、ご多忙サラリーマンの友人たちの「怨念濃縮テレパシー」かもしれない。

夏休みのバイトというと、学生生活でフトコロが豊かになれるかどうか、天下分け目の天王山みたいな年中行事だったのを思い出す。
だからいっそ、お中元配達か、海の家のアルバイトでもするか?(笑)
たぶん、ベテランの学生バイトから、「おっさん、もたもたするんじゃねー!!」と叱り飛ばされそうな予感ありありだが・・・


汗冷房

at 2006 07/09 14:56 編集

きのうの午後、さて街へ出撃に・・・と家を出るところで、裏山から摩耶・六甲の峰々にかけて、重い真綿のような雲がベッタリかかっていた。
雨上がりの山には、よく湯気が立ちのぼるような雲が谷筋に湧き上がっていたりするもので、阪神間の電車通勤客にもおなじみの眺めではある。

それでも、重いかけ布団のような異様な雲は初めてお目にかかったような気がする。台風のせいか?と思って気圧計を見ると、なんとウナギ昇りに上がっている。
なんじゃこりゃー超常現象!?!?・・・と、ふと心ときめいたが、何も起こらず肩透かしに終わった。

台風が来るなら来る、降るなら降る、ピカリと光ればドカンと落ちる、とハッキリしてほしいものだ。降りそうで傘を持って出たら降らない(おかげで、おととい僕は自宅最寄り駅で降りたのが傘だけ終点まで行ってしまった!)とか、大丈夫と思ったのに土砂降りに遭うというのは、やるせないだけ。

ただ、僕はアウトドアには雨の備え万全で出かけるせいか、めったに雨に遭わないから、安くなかったゴアテックス・レインスーツなんか、いつまでも新品同様だ。
こういうのが晴れ男なのだろうが、皮肉にも晴れ男は発見されにくい(笑)。お気の毒に。

実際こんな瀬戸内気候の南斜面の街に暮らしていると、雨不足のニュースも耳にするほどだから、本当は梅雨さまさま・台風さまさまなのに、多くの現代人、またそれに輪をかけて役所も「雨づきあい」が下手で、そのせいで水害を引き起こしたりするのかもしれない。アホな神戸市役所は川まで地下に埋めてしまうし。

雨を毛嫌いして、汗もかかずに、「保湿成分配合」なんて化学薬品を消費しまくっているのも、滑稽じゃのぅ・・・と24時間ジトジト汗をかいている僕は世を憂うのだが、「そんなジトジト生活ぜったいイヤです!!」と拒絶されるにちがいない。
地球温暖化防止、クールビズ、脱原発の敵というのは、善人顔をしてエアコンに依存している、こういう保湿成分マニアたちかもしれないのに。


ワンダーなBJ復活

at 2006 07/08 20:18 編集

プリンターを修理に出すと、保証金3500円を取られつつ、「あぁ、こんなに維持費をかけて大事にするような機種かいな」と、ふと思う(マータイさん、ごめんね)。これで修理代金1万円なんてことになると、保証つき中古を買った方が得かもしれない。

家にもう1台、同シリーズの電池駆動のモバイルプリンターがあって、ほこりをかぶっていたので、リリーフを頼んでみた。まるで、江川卓にマウンドに立ってもらうような気分だ。
充電して、インクカートリッジをつけて、起動して・・・あぁ、セールスポイントだった赤外線で認識してくれない!
ならばUSBで・・・動いたではないか。
しかも、赤外線より速い速い。

モバイルプリンターだから、最新のピクサスやカラリオほどの性能は期待しないでいたのだが、それにしても二昔前のワープロ専用機みたいなスピードには、イライラしていた。
こんなものか?と思っていたのが、そんなものではなかったのだ。赤外線の115kbpsというのは、そんなに遅いわけか?
まぁ、レーザーほどではないが、「ワープロ専用機より速い」だけでも上出来である。持ち運べるし。

偶然のリリーフで古いプリンターが役立ってくれたのは、ささやかな発見だった。
処分しなくてよかった。
と、しみじみ実感する反面、なんでこのサイズのモバイルプリンターは、後継機がないのだろうか。ピクサス80とかいう現行機もあるが、まさかあれをカバンに入れて持ち運ぼうという人はいないだろう。

ノートPC本体は、1kgを切るか1kg台か、で熾烈な減量開発競争をしているのに、プリンターの小型化は置き去りにされているような気がしてしかたない。
そこだけは、ふた昔前のワープロ専用機の方が、「ともかく文書はその場でプリントを出せます!」といわんばかりに、出力までの文書機能はワンセットで考えられていたからえらい。ソニーのPRODUCEシリーズなんて、軽くてスタイリッシュで、いいコンセプトを持っていたと思う。
オアシスライトや文豪ミニに、本体より小さな熱転写プリンターが着脱式で用意されていれば、FAX用紙でも入れて現役で使えるから、一定の需要はあると思うのだが。

20年ぐらいたつと、当時あこがれた最先端機器も、なにやら懐かしく、愛着のある機械として見えてくるのがよくわかる。
いま二十歳の子は、もう生まれたころからワープロもCDもあったわけだから驚くばかりだが、ワープロ単機能マシンなんか、どう見えるのだろうか。
「メールもできないの!?」の一言で、ダメ出しされそうな気もするが。


カナディアン・クラブ入会

at 2006 07/07 22:20 編集

W杯は南米勢が消えて、ドゴール対ムッソリーニの決勝戦へと収束してしまった。
チームの戦力分析など僕にはできないから、あぁドイツビールか・・・イタリアワインもいいかもなー・・・コニャックも飲んでみたいね・・・と、ご当地の名酒ばかり浮かんでくる。

いっそ、ワールド「カップ」なんだから、飲みすけの世界大会でもやってくれないものだろうか。
夏といえば!の大好きなピルスナーも、エビス黒生も、うまいことはうまいが少々飽きてきた気分。あいかわらず、風呂上がりは牛乳が一番だし。
やはり、冬はホットで夏はクールにと万能なウィスキーに戻って行くのか!わがDNAは・・・

そこで、夏に攻めてみたのが、爽快な大地のライ麦畑で生まれたカナディアン・ウィスキー。
試飲したのは、カナディアン・クラブ12年。
試飲といっても、タダ酒を紙コップで一口いただくのではなく、自腹でボトルを買うんだから、一か八かの大勝負である(下戸から見るとばかばかしい勝負だろうな)。

大勝負といっても、負けるほど幸せな気分でトロンとなってしまう。勝手も負けてもOKなのだ。
で、カナダには余裕で負けたぞ。
2晩でボトル1本あっさり干してしまうほど、つるつる飲めるさわやかさ。いやはや、あっぱれカナダ。40度なのに、25度ぐらいの刺激しかないぞ。このやろ!

ということは、飲み過ぎる危険もあるわけで、2晩で飲んでしまってるのは、すでに手遅れなのか???(笑)
かえって、尖った味わいのシングルモルトの方が、いつまでも飲み手に懐柔させてくれないので、「節酒」にはなりそうだ。
まぁ、そんな酒もいいが、つるつる飲ませてくれるクリアなウィスキー、というのもフレンドリーでいい。

しばらく、カナディアンクラブに入会してみようか?
でも、W杯に勝手にちなんで、コニャックにも手を出してしまった愚かなる私がいる・・・
あぁ重症!


早漏テポドン

at 2006 07/06 20:00 編集

テポドン発射は、正直あっけなかった。
効果音をつけるなら、「ズドン」でも「ゴォ〜〜〜ッ」でもなく、「ポチャン」だからね。
5発だとゴレンジャーみたいで笑われるから、合計7発にして、ラッキーセブンをもじったのかもしれない。

もし、ちょっと風に乗って三沢にでも落ちてしまえば、米軍F16が黙っていないから、北の軍もビクビクしながら「ラジオ深夜便」の時間帯にコッソリ、できの悪いミサイルの在庫処分をしたのではないだろうか。

万景峰号に乗っていた修学旅行帰りの朝鮮学校生も、いきなり沖合に足止めされて、お気の毒だった。
これから、感情的なジャップが八つ当たりするかもしれないから、さらにお気の毒だ。ぜひ受験勉強がんばって工学部に行って、高性能ミサイルの研究開発をしてくれたまえ!(性能のいいミサイルより低性能ミサイルの方が危険だからね)。

せっかく北の政権の演劇局が、ヨンナムさんを利用して経済支援を引きずり出そうとしていた折も折、作戦を台なしにするミサイル発射は、一体なに考えてんだか!?・・・と、世界各国も、朝鮮総連さえも見放すのではなかろうか。

こんな愚かな軍事行動は、よく偉大な将軍様の顔と重ねて報道されているけれど、実際には政権が軍をコントロールできていない証拠にも見える。歴史の教えによれば、外交と軍部の仲違い、バランス崩壊は、国家破滅への道に進んで行くようだから。

だから、僕は素人ながらテポドンを「返し技」に使って、北の分断を図った方が今後のためによろしいのではないかと思う。
また、北の政権も、「一部の反乱軍人が無謀なことをしたのだ「ということ」にして、内部で粛正することができる(あぁこんなこと提案していて、工作員にスカウトされたらどうしよう)。

この手で、拉致被害者もごっそり出てくるかもしれないし、拉致実行犯「ということ」にされた軍人を処分するような形なら、北の政権もやりやすいと思う。「おまえらは人間魚雷艇勤務だ」とかね(笑)。
どうですかねー将軍さま。
軍部だけ切り離すなら、日韓朝で合併してキムチ合衆国を建国してもいい(わが選挙公約の通り)と思うんだが、こんなおいしい提案はないんちゃいますか〜ジョンイルさん!


次の位?次のステージ?

at 2006 07/05 21:59 編集

中田の引退表明は、「鮮やか」「惜しい」「もったいない」・・・と、反応もさまざま。部外者からすると、単純に「潔いなぁ」と思う反面、何かよほど言いたいことがありそうな、虚脱感がにじみ出てるようにも見える。

でも、それを言わないのが中田の美学なのかもしれないし、立派だとは思う。もし、「引退を決意した理由は・・・本人がここにいないから言うわけにはいかない」なんてこと言われた日にゃー、気になってしかたないもの(笑)。
川口が涙目になっていたり、俊輔がガタガタ震えていたりと、人騒がせなことになりかねない。

さて中田の行く先は、大学か、会社か?と憶測も飛び交っている。
なぜか芸能人や女子アナが留学といえばココ、で有名なコロンビア大学を志願しているようだから、あそこの精神心理学部(サッチーが留学しておられたという・・・笑)に入学してみるのもいい。

そして、長期的には、まず「語録販売業」で再スタートだ。
しゃべるだけで、書き取って語録に仕立てて「売らせて下さい」と懇願してくれる出版社は列をなしているだろう。

でも、中田人気は、失われた10年間の「混迷の時代」に咲いた徒花のような面が見え隠れする。この10年は、まだ清算できていないよ。
別に中田個人の「サッカー以外の能力」をどうこう採点するつもりはない。
ただ、困ったときの神頼みでスポーツ選手に会社の経営判断を仰ぐような企業精神というのは、キワキワ感満点でハラハラするだけ(笑)。まるで、難病に打つ手を出し尽くして「波動を・・・」とか「霊障がぁぁっ!!」とか言い出す医者みたいな感じだからね(東ハト、だいじょぶか?)。

そんな組織の不可解で理不尽で不条理なところに目をつけた中田自身は、えらいと思う。
企業の側も、たとえばF井総研や、稲M財団、S学会、D通などは、放っておかないだろう。中田ヒデは、ただイメージだけの広告塔ではなく、考えて発言する広告塔だから、うまく操れば持ちつ持たれつで説得力満点だ。
さて、中田と二人羽織を演じる黒幕は、どんな組織だろうか。


未来からの電波時計

at 2006 07/04 16:34 編集

ブレスレット、指輪、手錠の類はしたことがないし、ネクタイは職場を離れるとき解いてしまうし、腕時計は帰宅したら脱ぎ捨てるようにはずしてしまうほど、僕は「絞めつける装着品」が嫌いな一方で、腕時計がゴロゴロたまって行く。
使っている時間帯なんか、堅気のサラリーマンの3分の1以下だろうに。

めったに壊れるものではないから、オールマイティーな1個があれば事足りるはずだが、そうなると、いつかはクラウン・・・じゃない、ロレックスに行ってしまうのか?
でも、ロレックスを登山にして行くような、イヤミなんだか貧相なんだかわからん俗物にはなりたくないから、TPOに合わせて・・・というのが、現実路線。

現実の我が家はというと、置き時計はデジタル電波時計のくせに常に20秒遅れているので、なるほど遅れは正確やなーと感心しつつも、結局「正確な時計」というものが、どこにもないのだった。

腕時計は、わざと5分ぐらい進めてあって、駅まで走る出勤時に時計を見てほっとしたりする効果(笑)を自己演出しているのだが、進める時間は統一しておかないと混乱する。
5分未来ウォッチ、2分未来ウォッチ、10分未来ウォッチと多彩になってくると、「えーと、この時計は何分未来やったっけ。8時10分の快速に、間に合うかねー」と、戸惑い迷い焦り、結局ドツボにはまることもあるのだ。

「アナログで、電池いらずで、それでもアラームがついてれば便利」とわがままなウォッチ選びにも、優秀な日本国時計メーカーは、ちゃんとこたえてくれる。
でも、さすがにシチズンさんやセイコーさんは高くて、1万円台でとなると、Baby-Gになってしまった。ま、少女サイズの我が細腕にはジャストサイズだから、気にしないことにしてお買い上げ。

しかしまぁ、文字盤が小さいのはこれから慣れるとして、ちっこい中にソーラー充電や受信機やアナログ・ムーブメントやLEDライトやデジタル機能まで、これでもかこれでもかと詰め込んだもんだ。感度も良好で毎晩ぴったり時刻補正するし、文明の進歩はすごいね。

ただ、「5分未来」に設定したくても、毎晩必ず正確な現在に引き戻されてしまうのが、バカ正直なところだ。
カシオさんに頼んでも改造してくれるわけはないから、標準電波送信所を改造して、5分早い日時情報を発信すればいいのか。
そうなれば、日本中の電車かけこみサラリーマンから、「一瞬あわてたけど、5分ゆとりができて助かった」という感謝の声があふれるはずだ(ただ、電車も5分早く運行してたら詮なし・・・である)。

電波ウォッチは、これから慣れて行くのか、違和感が募って行くのかまだ未知数だが、常に正確な何時何分何秒を突きつけられるのも、「わかったわい!だからなんなのだ!!」と無性に楯つきたくなる気がする。
未来から呼んでくれるような数値表示がほしい。
さんざん、合格可能性判定つき模擬試験なんぞで「調教」された世代の哀しさかな。


紫陽花楽園

at 2006 07/03 22:57 編集

雨雲の切れ目から、「梅雨は休憩。いまアジサイが見ごろだよ」と、天の声が聞こえてきたので、発作的に裏山ダッシュしてきた日曜日であった。

蒸すが暑くはない森の小道を登って、心地よい汗をかく。
いや、正しい表現ではないか。汗だくになるのは気が滅入るが、渓流を伝って流れてくる風が汗を奪って行く感触が、なんともいえず快感だ。

足取りも軽く・・・というより出発が出遅れた焦りも手伝って、コースタイムよりうんと早く、アジサイ咲き誇る植物園に到着。
しなびている花もなく、まだ「恋のツボミ」堅いままの花もなく、ちょうど開花時期が重なって百花繚乱。こいつは夏から、縁起がいいやな。

車椅子の高齢者、ゆかた姿でマイカー・ドライブしてきたカップル、家族連れなど、思い思いの「花見」を楽しみながら、そぞろ歩いている。平和で、いい光景だ。
なぜか観光地では殺気立っていたりするカメラおじさんも(あ、人のこと言えないか)、のんびり写真世界に浸っている。
でも、花畑の中に三脚立てているのはいけませんね。倒してあげようか(笑)。

「カメラおじさん駆け出し」の僕は、もう、いつ撮り残したのか記憶にないほどのフィルムが入ったままのニコンF3と、クールピックスのデジアナ二刀流でアジサイを攻めてきた。
アルバム追加は昨夜すぐできたし、公開用にはデジカメが便利でいいのだが、接写やアングル吟味には、やはりちゃんとしたファインダーをじっくり覗いて(光学ファインダーさえ省いたデジカメも多いのは嘆かわしい)暗室の中で考えないと、撮れたような気がしない。

そんなぼやきも、まだまだフィルムカメラの遺物が、頭にこびりついているせいか?
「はやくフィルムカメラ捨てなさい。ハッセルはもらってあげるから」と、さっそく悪魔の声が豊岡からメールで届いたが・・・。なんのなんの、捨てるならデジカメだな。


夏フェス仕様?

at 2006 07/02 21:04 編集

7月といえばアウトドア〜である。
個人的には、7月でなくても年中アウトドア〜だが、海開き、山開きに合わせてバーゲンをやってくれるのでうれしい。

夏フェスのマニュアルっぽいフリーマガジンというのが毎年出ていて、その横でワゴンセールをやっていた。
前から気になっていた商品で、サーマレストというのは商標名かもしれないが、勝手にふくらんでくれる薄型エアマットがある。店頭価格で6000円ぐらいするので、僕は節約しようと百均のエアざぶとんを4つつないで使ったりしていた(これでも、400円以上の満足感があるぞ)。

そこへ、怪しいほど安いサーマレスト2000円也が出ている!
怪しいなぁ・・・空気抜けまくりちゃうかなー・・・と思いつつ、「モニターするのだ」という名目で(結局、衝動買いのいいわけなのだ)お買い上げ。
さっそく試しに自宅で使ってみると、なかなか調子がいい。ビニールのエアマットほどバウンドしないし、柔らかい板のような形を保ち、薄いくせに凸凹をよく吸収してくれる。アナログなリクライニング機能がついていて、座椅子にもなるのがご愛嬌だ。

さすがに安物だけあって、同じサイズのブランド品に比べると畳んだ収納サイズは倍ぐらいあるし、ずっしり重たいが、「実戦配備」する機会はあるだろうか。
車キャンプだと何でもOKやけどね。

こんなお買い得品をゲットして、家路の途中で立ち寄ったモスバーガーで、また「そろそろ一緒にハンバーガーもいかがですかぁ?」といわれそうな、いつものマイ・オリジナルお茶菓子セットを注文したら、間もなく厨房があわただしくなってきて、店員が謝りにきた。
「すいません、アップルパイを揚げすぎまして・・・」
というのだ(アップルパイとコーヒーがマイお茶菓子セット)。

ま、凡ミスぐらい僕は気にせず「苦しゅうない。拙者は気長に待っておるぞ」と鷹揚にかまえて、わしはお買い得品ワゴン品の幸せ効果を家に持ち帰ったのであった。
これぐらいの買い
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2006年6月の日記
ただいま変声期

at 2006 06/30 21:08 編集

いきなり風邪をひいて、今週べったり、まともな声を失ってしまった。そうなる気配みたいなものでもあれば備えもできるのに、「火曜日から声が出ません!」とまぁ水道工事みたいな唐突さだった。
体温計ぐらい持っといた方がいいのかもしれないが、ここのところ真夏日続きだから、「暑いなぁ」ぐらいの自覚症状しかないし。
ええんかね。

幸か不幸か食欲はあるというか、食い意地は張っているから、野菜!飯!魚!ギョウザ!とバクバク食って栄養で治す。・・・で今まで風邪と対決してきたのが、さすがにトシのせいか治癒が遅くなってきた。一晩でシャッキリとは行かない。

夏風邪でも冬風邪でも、風呂にはしっかり入ってサッパリすると、なんとなく回復に向かうような気もする。
「風邪は入浴禁止」なんて、科学的な根拠があるのかどうか個人的には疑ってしまうのだが、「病いは気から」だから、重病人らしく安静にしていると本当に重病になるような気もする。
だから、できるだけ日常生活は崩さず、気がつけば全快・・・というのが理想かな。

さすがに、魂は酒を求めない。ガンになった愛煙家の父が、「不思議と、吸いたい気がさっぱり湧かんのよ」とつぶやいていたのを思い出す(先週の墓参りで、ハイライトを手向けてきたけど)。
酒や煙草は、身も心も健康で、嗜好品を楽しむゆとりがあるかどうかのバロメーターらしい。
あぁ、早くオンザロックをくいっとやりたい。
このまま飲みたい気持ちが湧かなければ、おぉぉ考えたくない考えたくない!!


耳元メッセージ

at 2006 06/29 20:20 編集

生き別れになった「南側の老母」と、感動の再会を果たしたヨンナムさんが、妙に神妙でコチコチになっているように見えたのは、もちろん後ろで糸を引いている政権あってのことだろうが、ヨンナムさんが運よくか運悪くか、神妙を極めたような顔立ちだねこりゃ。

サンプルがあまりにも少ないので大した比較にはならないが、蓮池さんや地村さん、曽我さんなどは、「いい人」を絵に描いたような、柔順で温和な日本人の代表だった(たぶん、未だ言えない秘密情報をかかえていて、言い出しにくい状態でおられるかもしれない)。

あの、北が舞台設定した監視バリバリの再会場面で、政権の書いた台本以外のことを言えるはずがないから、しゃべった内容も日本人ならだれも真に受けないだろう。
でも、抱き合った老母の耳元でささやいていた言葉は、唯一ホンネがにじみ出ていた貴重な証言なのだ。たぶん、こう話してたね。
「かーさんゴメン、変なことしゃべると、大阪を狙っているテポドンがソウルに標的変更されちゃうんだ」

ま、これは憶測でしかないけれど、敵陣営の監視の中で、祖国の親族と面会できて、何か大切なメッセージを伝えたいときに、どんな方法を使えるだろうか。ヨンナムさんも、それを必死に考えたにちがいない。

ジェンキンスさんが来日したとき、ひとみさんが抱きついて接吻していたのは、もしかすると極秘情報満載のICチップを口移しでバトンタッチしていたのではないかっ!?と邪推してしまうが(一緒に住めるんだから、する必要ないけど)、実際キスする間柄だと、この手も使える。

キスしながらしゃべれるのかどうか、ワタクシには男女が唇を合わせるなどというけがらわしいことは経験がないのでわからないが、訓練すればできるかもしれない。
舌で舌に字を書くなんて技も、ウーンやったことないけど、できるかも。したいかも。

小泉首相がラスト・サプライズを見せてくれるなら、面会に現れたヘギョンさんが首相の唇を奪って(笑)、「母はここで生きています」と書いて折り畳んだ紙でも口移ししてほしいものだ。
ただ、あの能天気な首相だと、かみ砕いてしまうか、飲み込んでしまって、「あれ、メッセージだったの〜?」と、あっけらかんとしているかもしれない。
「諜報センス」のある政治家が現れてほしいものだ。

このへん、女性政治家の方が向いていると思う。蓮舫とかね。
一番できそうなのは、佐藤ゆかりだな(個人的な好みがにじみ出まくっている)。
ぜひ北に飛んで、キスの嵐で情報収集してきてほしい。間抜けそうな将軍さまジュニアたちを落とせばいけるかも。「イヤよ、ドイツにいた次男はともかく、TDLに潜入していた長男は!」と拒まれそうな気もするけど。


カワサキ・ワールド

at 2006 06/28 22:25 編集

運がよければ我が家から自転車をこがずに一直線で滑り落ちて行けそうな海岸に、カワサキ・ワールドという「おとぎの国」ができていた!
そこで、平日のすいている時期をねらって、昨日潜入取材してまいった。

もともとそこにある殿様経営の博物館が入館者激減で廃墟に近づきつつあるので、地元企業にテコ入れを依頼・・・ということだったのか、白羽の矢が当たったのは川崎重工業。
たしかに、「出し物」は豊富な、重厚長大産業の西の大関だ。
イントロの社史の展示を見ていると、祖父が勤めていた会社でもある一企業の歴史が、そのまま神戸の歴史になっているのがわかる「社会見学コース」でもあったのだ。

おまけに、僕が自叙伝も読んで敬愛していたライシャワー元駐日大使の配偶者松方ハルさんが、川重初代社長の孫だか姪っ子だかにあたるようで、明治日本の立役者たちの名前も、きら星のように説明されている。
明治の総理大臣しかり、その息子たち(川重創業者)しかり、今ふうにいえば「ベンチャー精神」も、けたちがいにでかいなぁ、と圧倒される。

「お勉強」の次は、なんといっても乗り物展示コーナーである。
たおえばバイク。ジョン&パンチの乗っていたCHIPs仕様のポリスバイクもカワサキの代名詞Z400FXもZ1300も、実機展示されている。「2リッターバイクは世界最大排気量です。いかがですか、どぞ!」と気前よく跨がらせてくれるコーナーもある。

調子に乗って、次は双発ヘリコプター、そして新幹線のルーツ0系である!!
と、次々に実機に潜入し運転台にもすわって、コーフンがヒートアップする。
HOゲージやフライトシミュレーター、トレインシミュレーターも、そっち系のマニヤさまにとっては、さらにコーフン・アイテムになるだろう。
それでも、やはりここの目玉は「実機」なので、年輪の刻まれた実機の感触や圧倒的なスケール感に、僕は陶酔しきって至福の午後のひとときを過ごしてきたのであった。

川崎がやるなら、次はぜひ三菱と富士重にも期待したい。たのんますよ、F15イーグルを!!(無理だろうなぁ)。
さすがのカワサキも、自慢の潜水艦は公開するわけにいかないようだから、ミリタリー製品は期待薄かな?

あと神戸には、飛行艇の秘密工場がある。ここも、なんらかのルートで潜入してみたいものだ。
火がついてしまって、一体どうすりゃいいのだ。


カリスマ、言うかい?

at 2006 06/27 19:41 編集

昨夜うとうとしていたら、不意に飛び込んできた誘拐人質解放ニュース。
不勉強にして、僕は完璧に知らない女医さまだったので、速攻であのママのクリニックを検索したら、アクセスが集中しているのか、つながらなかった。

しかし、いやはやなカリスマ女医と21歳女子大生社長である。
もちろん、被害者にはお見舞い申し上げるばかりだが、つかまった犯人が犯行動機を語りはじめると、どれを聞いても人々は「ナルホド」とうなずいてしまうのではないだろうか。

それほど、目立ちすぎてたわな。ママは。
あの、鼻にチョークで引いた白線・・・ブードゥー教徒か?と思う今ふうコスメとやらに、僕の美意識は完璧について行けない。

「時給100万円かせぐ美容外科のカリスマ女医」なんて、あまりにも品のないもてはやし方だし、イエローメディアの中でキラキラ気分に浸っておられたのかもしれない。
だからといって娘を誘拐されていい、というわけでは決してないし、合法的にゼニカネをかせぐ医者がいてもいいが、もすこし身辺警護に金をかけた方がよかったんじゃーないですかい?
娘が世界一大切なのっ!というなら、ボディガードをつけるとかね。
ママの苦労された半生は、すなおに「すごいなぁ」と尊敬するけれど(これで専門が包茎手術だったら、もっと尊敬するぞ)、成り金的なオツムのほころびが、娘を危険にさらすことになった教訓、と総括してしまえる気もする。

事件そのものは「誘拐イケマセン」という以上でも以下でもない粗暴で間抜けな(日中韓の連携も不手際だった)ドタバタでしかなかったが、長く尾を引きそうなワイドショーねただろう。被害者のカナコちゃんはアイドルっぽいし。
イエローメディアは、犯人に感謝しないとね。


ワンダフルじゃないBJ

at 2006 06/26 19:31 編集

プリンターがなにぶん古い機種なので、もう量販店にはインクカートリッジがなくて、専門店に行くしかない。
困るよなぁ・・・とブツくさ言いながら、ついでにホームセンターものぞいて行く。
書院とか文豪のインクリボン、ワープロ感熱紙なんてのは売ってたりするのに、バブルジェットのインクカートリッジがない。
どうなっとるんや。

ええかげんイライラしながらソフマップに寄って、ちょっと複合機コーナーで浮気していると、エプソンのジャンパーを着た、スーパーのレジ打ちをしてそうな電脳感うすうすのおばちゃんが寄ってきて、いきなり尋ねてきた。
「どれぐらい、プリンターお使いですか?」
・・・・・
あのねぇ、こげな質問ないでしょうに。「どれぐらい」ってあんた、何台なのか何時間なのか、何枚なのか!?(答えてやろうか、毎日インクジェット256ピコリットル消費しておる、と)。答えに窮する質問を、あいさつ抜きで出し抜けにぶつけてもらっちゃー困るよ。
ブラザーのを見てるだけ、と答えると消えてくれたけど、いやはや接客マニュアルどうなってまんねんエプソン!
ちょっと冷たいあしらいかたをしたので、あとで酒に誘って君の瞳に乾杯してあげようと思ったがね(笑)。

結局、ソフマップで買ってきたカートリッジをはめても、今度はエラー表示とアラームが出たまま印字してくれない。ついに寿命か?えらいこっちゃ。
プリンター1号機、2号機そろって故障。万事休す!
こりゃ最新鋭機を買いなさい!という天の(いや、悪魔の)お告げか?

くやしいやら、腹立たしいやら・・・。
たしかにキヤノン製だから、消耗品は数年でユーザーを裏切る常習犯だということは承知していた。承知しているからこそ、会社を儲けさせてやるかい!と念じて中古品を愛用してきたのだ。今どき電池駆動のモバイルプリンターは、なかなかないしね。

もう絶対、ピクサスなんか買ってやらんからな。
かといって、カラリオを置く場所はというと、物理的にない。
ひねくれて、A4が名刺サイズで印字される「チャップリン」に行ってしまうか?
仕事の資料印刷を、いつまでオモチャでまかなうねん!?
と反省する、いい機会なのかもしれない。
モノクロレーザーの速さも、魅力だしなぁ・・・。

書院か文豪、買ってしまおうかな(笑)、今どき!?とはいえ。
資料づくりなら、早くていいし。
さっと売って印字できる単機能文書マシンというのは、貴重な存在だと思うのだが。



ブルーなサムライ

at 2006 06/25 21:43 編集

サムライブルーな気分のサッカー選手が帰国。
お疲れさん!といいたい。

メディアには、手厳しいコメントや解説もあふれていたが、ブラジルを相手に、善戦したのではないだろうか。だって、PL学園vsタイガースみたいな取り組みだったもんな。

・・・なんてこと言うと、これはネギライになるのか侮辱になるのか気がかりではあるけれど、ともかく胸を借りてギャフンと負かされる経験も、芸の肥やしになるってもんだ。
中田の涙も、黙して語らずとも、饒舌なメッセージを発していた気がする。残念は残念ではあるが、納得の行く負け方だったと思う。

だから、われらがサムライジャパンに期待するのはいいとしても、「最も期待を裏切った選手=中村」なんてアンケートは、冷たすぎるやおまへんか?と思う。
こんな子供の癇癪みたいな八つ当たりが、将来の日本サッカーのためになるのだろうか。

そして、にわかに時期監督のノミネートだ。川渕さん、わざとらしく「言っちゃった」やおまへん!(村上世彰やあるまいし)。ジーコさんも気の毒。
監督の首をすげ換えて勝てる保証があるなら、金を積んでスカウトしてくればいい。実際そんなもんではないと思うのだが、素人には、勝てるサッカー・チームの作り方はわからない。
ただ、部品を取り替えるように監督の首やら司令塔やらをコロコロ代えていいたら、殺伐としてくるのではないだろうか。

そりゃ、「勝てるためには」が至上の使命かもしれないが、戦争じゃあるまいし、ギスギスした強さより、応援するファンを楽しませてくれるような強さ・弱さを身につけてほしいもんだ。
と、個人的には思う。

安易に野球と比較するのは禁物かもしれないが、少年野球があって、甲子園があって、六大学やノンプロがあって、12球団そしえMLBの世界がある野球は、わりと長い期間、ファンは選手の成長に寄り添って応援していると思う。松井もイチローも、15年は応援しているファンがざらにいる(僕は、四半世紀の選手生活を誇る工藤公康を中年の星として仰ぎ見ている)。

でも、中田や巻や中村の高校時代の戦果など、どれぐらいのJリーガーが知っているだろうか。
Jリーグという檜舞台が「絶叫放送」されるばかりで、どの選手にもある長い下積み生活が伝わらないと、W杯でコケて即「下がれ!」「引っ込め!」と使い捨てするような世論が、簡単に巻き上がるのではないかと思う。わけ知り顔の中高生ごときに、「中村ダメだね」なんて言われると、萎えてしまうだろう。

長いこと応援していると、選手と一緒に育つような感覚が持てる、そんなサッカー文化ができればいいのに。
勝ち負けは、食後のデザートみたいなものでいい。


ICUから登校

at 2006 06/24 21:05 編集

「孟母三遷」は満たされない教育ママのおハコかと思っていたら、奈良の自宅に放火した少年宅では、パパがすごい。
勉強部屋を「ICU」と名づけて(国際基督教大学は医学部がないからこのパパの眼中になかっただろうけど)、パパがつきっきりで勉強を教えていたそうだから、熱心というか、なんというか・・・(笑)

(笑)とつけ足しにくいほど、焼け落ちた家の少年の部屋は、「真剣勝負のオペ室」と化していたのではないだろうか。少年にとって、くつろげるはずのわが家が。

「お戯れは、ほどほどに」といっても、この医者パパはおそらく「マジ本気」だったのだろう。間もなく週刊誌は、前妻との離婚理由に関心を向けるんちゃうかい?・・・と想像するのも容易だ。個人的には、責めるつもりは毛頭ないものの。

結局、この秀才少年は学校と英会話学校と自宅ICUとのトライアングルの中で生活していたわけで、遊びたい盛りの少年が窒息しかかっていたのは、容易に想像できる。
かわいそうに。

社会学の世界では、学校と病院と刑務所は、本質において同じ人間管理施設とされていて、その弊害はさんざん指摘されているから、「管理されない子供の世界」が、情操発達には欠かせない。
ところが、星一徹や戸塚弘のような、わかりやすいスパルタパパが叩かれるようになって、管理職的な子育てマネージメントパパや、朝日新聞を愛読する善人顔のNPOパパなんてのも増殖して、ますます子供の世界は大人の管理下におかれるようになってしまった。
ネット上でロールプレイしたり、別人格を育てたりしている子供は、こんな大人社会の鬼子みたいなものだ。いつキレたり暴発したりするか、察知できない(だから、「我が子の異常サインを察知するマニュアル」なんてのが出るのも重症なのだけれど)。

教育ママというのは、子供のケツをたたいて「○○に入りなさい」「○○になりなさい」と檄を飛ばしても、「じゃーなぜママは○○に行かなかったの?」の一言で絶句してしまうから、まだ浪花節的ではある(泣くという武器も使う!笑)。
でも、パパは論理的だし、お手本が現役で目の前にいて「俺を見ろ」と君臨していると、子供ごときには反撃できない。そこが、救いがない。

そういえば、チチロー、さくらパパ、ゴジラパパ、亀田三兄弟パパ・・・教育パパは、なぜか出たがりが多いのはなぜだろう。
某ジャイアンツの泣きべそ監督も、高校球児のころは、本人よりスパルタパパとの父子鷹ぶりが有名だったっけ。

中でも、医者や弁護士や政治屋は息子に後を継がせたい気持ちがひときわ強いようで、そのエネルギーが学習環境に反映されているから、実際に後継ぎ率は高いのではないだろうか。その環境も合理的に設計されていて、動機づけも周到だ。
いま風の言い方をすれば、「知的に最適化」されている。

こわい世の中になったものだ。
丸大ハムを焚き火であぶって
「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」
なんてつぶやいているパパ(笑)は、絶滅しているのか?

そんな子育ては、頭打ちになるどころか、ますます巧妙になって行きそうな気がする。「わが子の成長リスク・マネージメント」なんて記事が、『プレジデント』に載る時代は、すぐ目の前かもしれない(我が子を入れたい大学ランキングなんて記事はしょっちゅう見るから、もう出てるのかな?)。

こういうオヤジたちの年金を負担する未来の勤労者は、気の毒ではある。すでに拒絶反応は出始めているようだが。

親父は、子供に釣りや酒の呑み方を教えておればいいのだ!

と乱暴なことをいうつもりはないが、教育ママにしろパパにしろ、何かに追い詰められていることは間違いない。
だから、子供をいじくる前に、団塊世代、「団塊前夜」世代を何とかしないと、子供にとって明るくて広いはずの世界は、ますます狭隘になって行きそうな気がする。


「うちっくす」世代交代

at 2006 06/23 20:15 編集

職場に書類をFAXで送ろうとして、あわててしまった。
ろくに使う機会がないのに加えて、なにぶん元町高架下の古道具屋で買った古い機種だから、中の感熱紙が黄ばんでいるのは当たり前として、調子が悪い。原稿を飲み込んでくれないのだ。
ちょっと入ったと思ったら、喉元でつまって、立派な嚥下障害を起こしている。
今夜中に送ればいいと思っていた原稿なので、あせった。

結局、たたいてもなだめても祈祷しても治らないので、ええい、このさい超アナログ・ソリューションで!と、僕は原稿を持って郵便局へ走ったのであった。情けねぇ!!

あぁ、感熱紙FAXなんて、もう前時代の遺物かもしれない。
機械も寿命のようだし、世代交代してもらうとするか。元は取った気もするし。

今どきの家庭用FAXはインクジェットが出ているところまでは、パソコンに降参した老母でも使うようになっているから、さすがに知っている。
でもワシは感熱ロール紙が好きなのだ!!と変にひねくれて、見向きもしなかったから、おかげで僕は浦島太郎である。

FAX売り場に新機種をチェックしに行くと、まず感熱紙モデルを置いてないことに驚かされる。ナイスなネーミングの「おたっくす」が売れに売れていた時代は移り変わり、今は複合機が大人気のようだ。
カラーコピーもとれる多機能機とやらが、2万円そこそこだ。あっけないやら、ありがたいやら。ま、いい時代ではある。
スキャナにOCRソフトに、カードを挿せばダイレクト・デジカメプリント可・・・こりゃお買い得ではないか。

と、僕は店でいじって感動してから、カカクコムで安い通販店を探している。
ずるい家電の買い方かな?こんな客がいるからこそ、ポイントカードやなんかで店頭客を囲い込もうと躍起になっているんだろうけど。
家電そのものだけでなく、買い方まで大きく様変わりしている時代かもしれないなーと僕は感慨に浸るのであった。
ごめんね電器屋さん。


トム来る

at 2006 06/24 00:03 編集

そろそろ帰ろうかなというころ、新大阪の職場が妙にざわついていたと思ったら、「トム・クルーズが来てる」というのだった。
どうせVIP通路から極秘に下車してキャンペーン会場に向かうだろうから、あいさつもしてやれない(笑)と思って、「あばよトム」とテレパシーを送っておいた。

ニュースでは、のぞみを1500万円で借り切って、車内ファンサービス・イベントをやっていたそうだ。
全国から応募が3万通、うち選ばれたファン150名(最年長72歳)に親密なサービスをし通しだったそうだが、のぞみで大阪〜東京間がちょうど150分ぐらいだから、結局ファン一人一分。せいぜい、一緒に写真に写って握手ぐらいで終わってしまいそうだ。

トーク・タイムなんかやってたんじゃスナップタイムがなくなるし、みんなでまとめて集合写真なんてことになると、「イヤよ!!あたしゃツーショットじゃなきゃー」という婦女子がいて・・・と思ったら、おすぎとピーコと槙原君と水野晴朗先生。だったりしちゃったりなんかしてからに!!(スノーク風に)。

でも、トムも大変だっただろうね。
アイドル少女を囲む男性ファンというのは、案外ちゃんと序列ができるもので、場を仕切るボス格の大将がいて、暗黙の掟みたいなのが自然発生していて、「1・2・3・4・5の秩序」ができる。トークしているときに「あややー!!」と叫んだりする野郎がいたりすると、つまみ出される。

ところが、女性ファンがアイドルを囲むと、「1・1・1・1・1」のような我が殺到するばかりで、「では、これから○○タイムです」と仕切るプロがいないと、憧れの彼が話していようと聞きたいファンがいようと、キャーキャー叫び狂う(笑)。

・・・というのは、CMディレクターの友人の弁で、僕はそんな場に近寄らないから、実態はわからない(カメラ小僧の末席にいた時代もあったけど)。ヨンさま命の婦女子と、チェ・ジウ萌え男を見比べてみるとわかるわな。

とすると、トム・クルーズ@のぞみは、150の我を処理するのに追われて、車窓風景なんか見てられなかっただろうね、とお見舞いするばかりだ。勝手に決めつけるけど。
それを裏づけるように、トムくんの談話は、「今度は運転してみたい」だった。

むむむ・・・もしかしてトムくん、鉄分濃厚???
かなり脈がありそうな気もするぞ。勝手に決めつけるけど。
それなら、ぜひ次回は夜行寝台でファン・イベントをやってほしい。やはり、日本の旅は寝台列車でしょー!
「トムの部屋」は、番号秘密のA個室寝台。訪問券(権)はプラチナ・チケットだ。
「トムの間」のとなりは、この前代未聞のマニアック企画の立役者である僕が待ち構えるよ。こりゃー、まるで2つに1つのロシアン・ルーレットである!ウハハハハ

冗談はさておき、ただでさえ車社会のアメリカで、スターともなると電車に乗れる機会なんてまずないだろうから、潜在的な「鉄萌えスター」は多いと思う。
アメリカ人のくせに日本人なみに小柄なトム・クルーズは、バイクやマイジェットなど乗り物好きだから、きっと鉄分も濃いだろうし、マイケル・ジャクソンも、ネバーランドにHOゲージを走らせて陶酔してたりするのではないだろうか。
みんな、どんどんカミングアウトしてほしい(するかいな)。

そして、インタビューで「お好きな日本食は?」なんか聞かなくていいから、いきなり直球で「今度の来日で、どの線区に乗りますか?」とストライクボールを投げればいいのだ。
高千穂鉄道フッカツ、プリーズ!
とトムが訴えでもしてくれたら、もうJRが買い戻すぐらいの大人気ドル箱路線になるよ、きっと。
JRは、ハリウッド・スターを大活用しなさい!




シュッポシュッポ、シュッポッポ

at 2006 06/21 22:38 編集

光市母子殺人事件の被告が、死刑になる可能性へと傾く最高裁決定が出た。
今までの死刑判決は、「死刑以外ありえないような凶悪犯罪」に対して慎重に出されていたのが、今回の決定は一歩も二歩も「死刑にすべし」と踏み込んだ最高裁の意欲が、文面にほとばしっていた。

最高裁がほとばしるなら、テレビでコメントしていた元最高検検事の土本センセイは、浮き足立っていたぞ。この反応の方が、僕は興味深かったね。

あの、謹厳実直な、表情ひとつ変えないコメントぶりは、同じ元検事でブラックニヒルな笑いを持ち味とする大沢孝征さんや田中喜代重さんとはまったく別世界のものだ。
およそ、笑顔というのを見たこともなかった。
田宮版「白い巨塔」の東第一外科教授(島田楊子の父)役を演じていた中村伸郎のような、昭和の名優を彷彿とさせる苦み走りぶり(笑)を、僕は尊敬しておったほど。

その土本武司教授が、今夏の最高裁決定には、欣喜雀躍しているのである。もう、頬がゆるみっぱなし、顔も紅潮しっぱなし(!!)。

そして、ワタクシは見逃さなかったぞ、初めて見る土本センセイの大アクションを!
「今回の判断は、今までの死刑判決と違って、これからの死刑の判断を牽引する画期的なものといえるでしょう」
と言いつつ、ひじを直角に曲げて両手で♪汽車汽車シュッポシュッポ♪のポーズをとったのである。

そうか・・・
センセイ、あなたも、鉄ちゃんだったのね。
殺人犯が、検察の求刑通り死刑になりそうな緊迫した事件報道の現場に臨んで、検事魂と心の奥底に眠っていた鉄分がスパークした瞬間を、僕は生放送で目撃できたのである!!

日本テレビにも、わかるスタッフはいるはずだ。
「証券取引法が改正されましたが、これが金融モラルの牽引役になってくれればいいですねセンセイ!」
というニュースで土本先生にコメントを振ると、またシュッポシュッポをしてくれるかもしれない(笑)。

あぁ、石部金吉の謹厳実直ぶりが不意にほころんで、たとえば今回の土本先生のように鉄分が漏垣間見える瞬間というのは、「人間の素顔」を見たような、深い感動を覚えるなぁ。この含羞が、鉄ちゃんとかマニヤのダンディズムというものだと思うのである。
ただ、もうすっかり「鉄ちゃんツチモト」と決めつけてしまっているのは、果たして正解なのか誤解なのかわからんけど。


発車オーライとろとろ

at 2006 06/20 23:20 編集

阪急ホールディングスのTOBが成立したとかで、阪神との経営統合が実現した。
というより、実現してしまった。

もともと、村上ファンドの阪神乗っ取りへの対抗策だったはずだが(たしか村上さんは京阪と阪急との統合を打診していたっけ)、村上さんが塀の中に入った今となっては、急いで合体する必要もなくなったわけだ。
それに、阪神ファンは、「阪急にはブレーブスを売った前科があるから、タイガースも売り飛ばされかねない」と警戒をあらわにしている。ブレーブスを売った相手はオリックス。その社長は村上ファンドと甘い関係にあった商人だから、阪急ホールディングスに救われたと思っている阪神ファンは一人もいないはずだ。

会社の規模は大きい阪急だが、球団の扱いを見てもわかるように、お荷物をかかえたときにファンを裏切る処理のしかたをします」と天下にさらしたようなものだから、あんまり前途洋洋の経営をしているようには見えない。
特に、人口が減っていく時代に、肝心の電車の乗客増にどうテコ入れして行くのだろうか。

ライバルのJRが、あれだけの大事故を起こしても乗客が離れないのは、(少々高くても)ただただ「便利!」という一点に尽きるといってもよくて、大胆な路線のつなぎかたで、京都も奈良も宝塚も神戸も見事につないでいるからだと思う。
阪急が、フォーク型の変な路線運行に執着して、客に乗り換えの手間をかけさせ続けている理由は、さっぱりわからない。

そこは阪神の方がスマートで、すでに姫路まで山陽電車と提携して乗り入れているし、近鉄との相互乗り入れも計画が進んでいる。三重から兵庫県の西端まで、つまり近畿の端から端まで1本の私鉄で結ばれる構想は、アッパレやなぁ・・・と期待がふくらむぞ。
阪急さん、特に阪急電車さん、大丈夫だろうか本業は。
今さらド田舎にニュータウンを造成して阪急電車に乗ってもらおうったって、ニューファミリーも高齢者も、「都心回帰」がトレンドなのである。

おぉ・・・鉄道問題は社会学でもあるな。
阪急さん、ワタクシを顧問に雇いなさい!(笑)


あ、そう・・・

at 2006 06/19 22:54 編集

かねがね、「麻垣康三郎」とはナイスな命名だと感心しておったし、自転車マニヤの谷垣財務相は個人的にお慕い申し上げているのだが、だれがいいかれがいいと下馬評しようと、結局みな二世議員。生い立ちからして、住む世界が違うのだ。
親父の地盤という後ろ盾が妙な自信を与えてしまうのか、ときに大胆な発言をなさる大臣閣下もおられるから、ときめいてしまうことがある。

今回は、あるセメント王の殿下である。
「テポドンが1発ぐらい我が国本土に着弾しても、すぐ戦闘行為とみなすのはどうだかな。でも一応いけないことだから、国連に訴えてやるもんね」と、薄ら笑い会見をしていた。

おまけに、どこまで楽観的なんだかわからんが、「テポドンが落ちたとしても、核攻撃ではなく実験かもしれないし」とフォローまでしている(笑)。
この鈍感さとピンボケ加減が、二重・三重で仰天ものだ。

偉大な将軍さまは、「発射許可」と勘違いして、この殿下の自宅を照準に合わせるのではないだろうか。
そして、東京に核ミサイルが落ちても反撃しない日本は、こりゃ守る価値がある国か?・・・と、米軍にも疑われかねないぞ(京都にもピカドン落としておけばよかった!?とか、とか、とか???)。

もしかすると、これで偉大なる将軍様が本当にテポドンを撃ってきたら、それみたことかと反転攻撃に出るおつもりか・・・それわかってたもんねワシ、ってか?
あ、そうか、真珠湾作戦か。

しかし、そんな危険な駆け引きで「俺様の手腕」とやらを開陳してもらっても、着弾地点の住民は困るわな。
それでも、人気は落ちないんだから、ミステリ〜である。
テポドン落ちてもワシ落ちない。偉大な将軍様も王国で威張れるし、ミサイルが落ちたらセメントが売れるし、愚民が投票し続ける限りボンボン二世ぼんくら大臣は薄ら笑いが止まらないし、こういうのを政界Win-Winの法則というのかな(笑)。


脱ぎ脱ぎ応援団

at 2006 06/18 22:53 編集

しかしまぁ、あらためて日本人こんなにサッカーファンが多かったのかねー?と首をかしげるW杯サッカー熱だが、もしかしてあいさつネタ程度にはなるように、試合をに関心を持つ「ことにしている」人も多いのじゃないかと思う。

こうして書いているいま進行中の試合の結果は、また明日あぁだったこうだったと日記に書いてしまうのか、それとも、もっとおもしろいニュースがあるのか・・・。
今日の墓参りネタをのどかーに書くかもしれないし、その席で「やっぱりタイガースが気になる」と笑っていた兄のホンネが、ごく自然な感じもするのだが。

試合の評価をするほど、僕はサッカーの観察眼も知識も経験もないので、どうでもいいトリビアにばかり反応してしまう。
スタジアムで、大会公式スポンサーのライバル会社のロゴ入りズボンをはいてきたオランダのサポーターが、「脱がなきゃ入らせない」と言われて、本当に一斉にズボンを脱いで入場したニュースは、ほのぼのとしててよかった。

まるで、子供の意地悪vs子供の意地っぱりではないか。ワハハハハ・・・
杓子定規なこと言う方も言う方だし、正直に脱ぐ方も脱ぐ方だ。ほほえましい!

結局、女性は脱ぐまではしなくてすんだようだが、オランダの殿方たちも、別に脱がなくても、もっといい方法があっただろうに。
ずばり、あの美女軍団の某チームに、マスゲームを教わればいいのだ。観客席全体として、巨大な企業ロゴなり応援メッセージなりを映し出せばいいわけだ。

美女軍団チームが「この国技はテポドン級の秘伝である」とかなんとかいって渋るなら、高校野球の強豪チーム応援団を動員すればいい。
おや?なぜオランダチームの応援してるんだっけPL学園!
というシーンがあっても、なんだかパーフェクトワールドカップらしくて、いいではないか。

それにしても、ナイターが延びようとW杯ジーコジャパンの本番を中継しようと、「サイキック青年団」の放送時間はかっちり変えないABCラジオは、見上げた根性である!
うむ。

サッカーもよろしいけど、「一億みなサッカー」になびいているときこそ、目くらましされててはいけないよ、という重大ニュースに注意喚起してくれるメディアは貴重だ。
ま、重大ニュースといっても、芸能人「かぶり情報」とか、マツケン疑惑とか、結局どうでもいいことをわーわーしゃべっているだけの真夜中トークなのだが(笑)。


ゲイツ健康保険

at 2006 06/17 20:54 編集

わが家にも、保険料の決定通知書が届いた。わが家、といっても個人あてだが。

市内の加入者にも一斉に届いたようで、今年はひときわ高齢者から悲鳴が続出しているという。
たとえば、75歳で働きながら障害者の妻を扶養している御老人が、「14000円が50000円になった!どういうこっちゃ!」と驚いておられるのも、たしかにそれはショックだろうなぁとお見舞いするばかりだ。特に高齢者の負担増がひどくて、3〜4倍になった加入者が多いそうだ。

若い世代の負担が軽くなったのかといえば、そういう話は聞かない(僕の保険料は高値安定!!である)。
ということは、保険支出が増えているのが根本原因なのだろうし、今までの高齢者保険料が安すぎたのかも、かも、かもしれない。

だとしても、保険料が極端に変わるのは、制度設計が場当たり的な証拠で、加入者を振り回しているような気がしてならない。急に安くなることはないから、問題は急に高くなるショックだ。血圧も上がるわな。

海の向こうの姉妹都市では、ビル・ゲイツが引退を表明して、個人資産5兆円のうち3兆円を基金に回して社会貢献するのだという。もう、太平洋どころか天の川の向こうのような世界でんなぁ・・・。

姉妹都市のよしみで、いっちょ1兆円(シャレではない。神戸市の年間予算がちょうど1兆円ぐらいだから)ぐらい提供してもらって、実験していただきたい。
神戸に「ロハス特区」を作って、予防医療と、本当に必要な人への質の高い医療を施す実験都市にするのだ。
これで、社会保障負担がどれだけ軽くなるかはわからないが、ズッシリ負担しても、健康でいれば還付してくれるような、インセンティブをつければいい。

たぶんゲイツさん、わが選挙公約の半分ぐらいは賛同してくれるんではないかと期待しているのだが、それなら英訳を載せとかにゃーいかんな。
1兆円ひっぱれたら、仲介手数料と称して9600億円ぐらいかすめ取るヨコシマな気持ちが萌えあがるかも・・・。


ニュースの付録

at 2006 06/16 21:44 編集

スッとしたりホッとしたりするニュースに、ちょっと引っかかる小骨が4本。

まず、中越地震で壊滅した山古志村に、郵便局が再開!
よかったですねー!!
そりゃーおめでたいことだが、1つの過疎の村に郵便局が4つもあったなんて、これは初耳だった。集落がまばらだと、最寄りの局まで遠いのは不便だろうから、きめ細かな郵便・保険・金融サービスを・・・というのはごもっともだが、はたして採算はとれていたのだろうか。
そして、これから大丈夫なのだろうか。

2つ目。
癒着で汚れまくって改選された「ニュー宝塚市長」が、浪人時代に金がなかったという情けない理由で水道料金を滞納していたらしい。
それが、4カ月で7万円。いったい、どれだけ水をジャブジャブ使う生活をしておられたのだろうか。
市長さんの家族構成もわからないので何ともいえないが、単身世帯で月3000円の水道料金の僕からすると、ちょっと多い。かといって、政治家としてはセコすぎる節約だわな。

3つめ。橋本聖子がスケート連盟次期会長に。まぁ、これ自体は適役のようで、「よかったねー」というしかないが、しかし・・・あの眉毛は、あれで「完成」なのか、「工事中」なのか、それとも何かあったのか(笑)、ちょっと不安が胸をよぎるクッキリ感であった。
たしか80年代の全盛期は、ゲジゲジ眉毛に円いメガネで、けっこう愛嬌があったと思うのだが、地位がころがりこんでくると、眉毛がシャープになるという法則でもあるのだろか。

その4。議員さまといえば、スポーツ紙では「ゆかりたん」としてすっかりアイドルと化している佐藤ゆかり議員が、4歳先輩議員とお忍びデートが発覚!!
隠れ家ふうのレストランで、彼は佐藤議員の髪をなで、手を握って指を這わせ、うっとり見つめ合っていた・・・とまぁ、細かな現場レポートは生々しくてもっともらしい。
このお相手は既婚者だというから、ゆかりたん本領発揮ですな。待ってました(笑)。

この顛末は事務所も否定していないのだが、苦しまぎれの反論で、「二人でデートしていたように報じられているだけで、ほかに2人の議員も一緒にいたから、お忍びデートではない」とのことだった。
ほほー4人でですか。まさか、「あと二人はホモだちで、2ペア別々にいちゃついてました」ってことはないだろうから、なら4人で卍・・・!!
まぁ、ゆかりたんだからこそ、「それもありかな」「お盛んですこと」と、妙に想像してしまうぞ。

政治家のピンク・スキャンダルとしては、政界失楽園と騒がれたNHK畑恵と船田議員の略奪愛もあったっけ。ただ、なにぶん役者としては魅力不足で、カメラ映えしないカップルだったから、イエローメディアもすぐ「勝手にやっててくれ」モードになっていたが(今の鎌倉千秋アナだったら、かなり見栄えするのに)、政界の現役魔性の女性議員佐藤ゆかりは、大本命である。

決して、ヤボな報道機関が倫理観などふりかざして「清廉潔白」を求めたりしないでほしい。むしろ、ゆかりたん全開モードを期待したいね。
休会中の進展が、楽しみである。


ファン怒

at 2006 06/15 22:18 編集

マネーの製造元のトップが、村上ファンドに出資してマネーゲームしていたなんて、けしからん!!
と、国会で問題になっているらしい。

まさか、こんな追及で鬼の首が取れると野党は思っていないだろうが、追及しないとメンツが立たないから、お決まりの「政治責任を問うぞ!!」で国会終わり。

開き直って「何があかんねん。年収5000万では足りんから増やしたいのじゃ。孫のためにも」と、ぶちまければいいのだ。
それができない立場というのはわかるし、政治屋も役人も皆わかった上での政治劇をドタバタやっているにすぎない。

きのうの福井総裁の国会答弁では、「もうかったら国民が納得するような使途に振り向けたい」などと苦し紛れな言い訳を垂れていたようで、「そんなこと、問題発覚してから言うのがウソくさいぞ」という世間の野次をよそ目に、僕は「あぁ、この爺さまは器が小さいなー」と思ったものだ。

また、そう言わせるような、この社会のしかけも幼い。
悪徳サラ金業者でも、不当な利得を「福祉に寄付する」とでも言えば、裁判で情状酌量されたりするし。

いまどき、国民のだれも、政治屋や役人が公開された報酬だけもらって清廉潔白に働いているとは思っていないだろう。
だから、政治屋や役人に、清廉潔白な聖職者像を求めてもしかたない。学芸会じゃないんだから。

汚れるなら、国民がうなるような汚れ方、笑うしかない汚れ方、もらい泣きしそうな汚れ方、なんてのをを見せてほしいものだ。
たとえば、ファンドといえば、数年前に芸能界関係者の間で問題になった「アイドル・ファンド」なるものがある(あった、かな?)。
アイドル育成のスポンサーを募って、そのアイドルが売れたらバックマージン・・・というしかけらしい。いかにも、怪しい(笑)。
総裁がこれに出資していたなら、許してあげよう。爺さまの回春剤みたいなもので、ほほえましいではないか。「志ある若い者の支援はしたい」と力強く述べておられたしね。

投資するな、利殖するな、情報もらすな、で日銀マンを縛るより、「村上ファンドに投資するならアイドルファンドもよろしく」「アイドル先物はいかが?」「アイドル信託もあるよ」と、どんどん手を出してもらえば、経済が活性化してよろしいではないだろうか。

そして、日銀が投資するアイドルグループ「ゼニ娘。」なんてのが、出てきたりする。コンサートや握手会で、薄い地裁ステージ衣装には万札をはさんでもらってサービスがエスカレートするとか、おひねりを雨あられと浴びるとか・・・って、こうなったらラスベガスのショーガールやな。
でも、なにわ出身の総裁なら、最後の業績として、歴史に残るお笑い投資劇を見せてほしいぞ。


ドイツの次はインド

at 2006 06/14 22:52 編集

ジーコ・ジャパンの敗因を、勝手知った顔で村上龍さんが解説していた。
その内容が的確なのかどうか、サッカー音痴の僕にはわからないが、まぁ見終わった試合はだれだって論評できるわな。「それ、闘う前に言ってくれよなー」である。

国内外で活躍するJリーガーも多いから、国際試合に出てくる敵陣の多様性に今さら驚く選手はいないと思うが、今回はまずオーストラリアというチームを軽く浅く見ていたのではないだろうか。
オーストラリアという国も、たしかに若いけれども、日本とはまったく異質な移民国家だから、想像できないような角度からの攻撃も、「まさか」と思うトリックも、もう何でもありだと思う。

イギリスなんて、「イングランド」という国内国家をつくって、同国民同士で火花を散らしあっているんだから、日本も見習って「ジーコ関東」と「トルシエ関西」ぐらいに分離したらいい。

「1チームも一枚岩ではない」のは、オーストラリアに限らず、クロアチアだってヨーロッパ各国チームだって同じだろう。
EUとかコモンウェルスという超国家的な共同体の中で、人や情報や資金が巡り巡って、日常的に駆け引きをしつつ暮らしている連中に伍して闘うには、どうしたらいいか。こうなりゃ日本もアジア版EU(auか?)や大東亜共栄圏を編成して、森羅万象・有象無象・海千山千の選手と闘い慣れるのがよかろーと思う。

そこには当然、政治がからみODAがからみ軍事力がからみ仏教やヒンズー教やイスラム教や神道なんかもからみあって、ただのサッカーのアジアカップでも、勝ったら大使館が爆破されるぐらいのスペクタクルはありありだろう(笑)。
こうでもしないと、サッカーは強くなれない。
・・・なんていうと、物議をかもすかな?


滑り納め

at 2006 06/13 21:15 編集

まるで年鑑のように毎春1回見る夢があって、今年は少し遅れて昨夜(今朝か?)、名残り雪の山を滑ってきた。
もちろん架空の山だが、ゲレンデのレイアウトは、去年の春に滑り納めた(これも、夢の中で)所と同じ。まったく、なんとうまく「夢プログラム」されている脳であろうか!

ただ、今年は少し違った。
「現地女子」との出会いがあって、それがなぜだか片平なぎさなのだ。なにやらサスペンスの匂いがする(笑)。
目が覚めて、「ごきげんよう」を見ると、今日からのゲストが片平なぎさ。夢が呼んだのか、片平なぎさが我が夢を呼んだのか・・・?

物語の中では、現地(長野県信濃町)に引っ越す決心をして、職探しをしていたから、それほど僕は現地のおねぇさん「片平なぎさ似」に惹かれていたということだろう。
今まで気づかなかったことを気づかせてくれる、夢のお告げというやつか?
もし精神分析家にでも診断してもらうと、「ただの妄想」で片づけられそうな気もするけど。

ともかく、やっとこれで春が終わり夏になった。
夢のお告げにすなに従うと、モヤモヤしていた生煮え感がすっと消えて行く感じがする。ありがたい、無料の処方薬である。


トンネルを抜けると、温泉だった

at 2006 06/12 22:07 編集

女性隊長ひきいるトンネル探検隊に加わって、廃線跡を歩いてきた。
昼はラーメンを作るというので、麺を提供しましょー、と中華街へ買い出しに行ってみると、当たり前の食材が案外ない。ギョウザの皮なんかも。このあたりの食材の作り方は、店ごとの秘伝になっているようだ。

しかたなく、中国風うどんと中国風きしめんを買って行ったのだが、いかにも怪しい。まるで「江戸前寿司上海店」みたいなもんではないか。
もちろん、中国からすると日本製ラーメンというのがことごとくニセモノで、似た感覚を持たれてきたのかもしれないが。

きのうのうどんもきしめんも、ボリュームのわりに安さだけは抜群で、担々麺に仕上げて(もらって)満腹になるまでいただいてきた。柔順なヒラ隊員のふりをして、ちゃっかり注文を出す僕の神経は、もしかして太麺なのか・・・?と少し反省する。

たぶん、顔なじみの隊員と平和にアウトドアクッキングを楽しまれてきたであろう隊長は、いきなり奇怪な麺を持ち出されて、めんくらった(オヤジギャグ)ことだろう。
性格よし子さんは、「これも変わってて、おいしい」とフォローしてくれたけれど、ワタクシは図にのるからいけません。
「残った4玉、おみやげにどうぞ!!」
と押しつけてきたので、
「なんじゃーこの余り物は!!魂胆麺かい!」
と、不審に思わせたかもしれない。

降り注ぐ紫外線の中で、長い徒歩とラーメンでかいた汗は、温泉でクリア。「めし→風呂→ビール」と定番のタスクをこなして、電車に乗ると、あとは「寝る」である。
とまあ、まるで「正しい日本のお父さん」のような段取りをこなしていたナースは、僕の肩に頭を、僕は頭をナースのひざにあずけて(なんちゅー体位や!!)、夢見心地の幸福なハイキングは終わった。
未だに、妄想と実話の区別はついていない。


あまりに、大胆不敵な!

at 2006 06/11 23:11 編集

令嬢を親元から引き離す「一人暮ラシノススメ」の罪深さを反省して、方針を180度転換。
「途上国でボランティアしたいのです私・・・」という女子大生令嬢を懇々と説き伏せて、あっさり「やっぱり、就職します」というところに落ち着いた。
どうにもこうにも、あのイラクで人質になったおねーちゃんに似たモチベーションだったから、「夢はいいけど身の安全を最優先にね」という基本的なところに踏みとどまって、「限りなく反対に近い賛成の条件列挙」に徹した僕は、相当煙たがられたことだろう。

彼女が令嬢なるところは、相談事を紙メールでやりとりしていることで、家族にも僕の名前は知られわたっている。
愛娘が変な進路選択をしようものなら、真っ先に疑われるのが僕なのだ。

まぁ、ヒトサマの人生だから、そう懇意に介入することもないとは思うのだが、本当にひやひやする「大胆令嬢」が多いよなーと思う。
それも、自覚しながら背伸びして
「私、大胆に生きるんだから!!」
ではなく、無自覚に
「え?これが大胆なの?」「私まちがってるわけ?」
という感じだから、なおさら怖い。

令嬢の飛躍というのは、家族の絆や、当たり前の節操とか道徳みたいな諸々の要素が溶けてしまっている今だからこそ、日常茶飯事になっているのかもしれない。
そこに宗教やセミナーが触手を伸ばしてきたのは80年代のトレンドだったか・・・。90年代はエンコーというのもあった(らしい)。
で、21世紀はイラクだアフガニスタンだソマリアだという時代になりつつあるのだろうか。

無抵抗で、善良で、ジャパンマネーのヒモつき。
こんな日本人が垂れ流されると、誘拐ビジネスが繁盛するだけじゃないだろうか。
と、無粋な疑問も差しはさんでしまう。
緒方貞子さんなら、何と言うだろう。

自分の身を守れてこそ、ヒトサマを助けますといえる資格があると思うのだが、こんなのは「マイナス思考」として黙殺されかねない。
でも、プラス思考はこわい。特攻隊と同じだから。


峰不二子

at 2006 06/10 22:16 編集

アパートの階段を降りたところへ、フニャフニャ〜と甘えながら、トラちゃん登場。
しばらく二人(一人と一匹)で戯れていたら、犬の散歩中のおばさん推定52歳と娘さんが通りかかって、
「あら〜久しぶりね。しばらく見ないから、さらわれたのかと思ってたの」
と、再会を喜んでおられた。
「しばらく天気が悪かったせいちゃいますか。いつも、このへんにいますよ」
と情報提供してあげると、
「そうなの〜。今日はササミ持ってないから残念。またねー」
とニコニコ笑いながら、去って行った。
珍しく、イヌネコ両刀遣いのおばさんだったようだ。好きだなこんな人。

ふだんトラちゃんは、犬には警戒してよく自販機の上あたりで居眠りしている。
猫は犬も人も襲わないが、犬は人や猫を襲うことがあるので、君子危うきに近寄らず・・・こんな猫の「片隅の人生」に、片隅男の僕は共感を持ってしまう。

こんなふうに僕もええかげん溺愛してあげている方だが、その僕といくらじゃれあっていても、感づくと猫のくせに脱兎のごとく(笑)ツツツーーーッと走って飛びついて行くおじさんが、僕のライバルだ。
いつ見ても微妙に千鳥足で、推定66歳。いろいろ手荷物を持っておられて、トラちゃんと会えばビニール袋の中からあれやこれやと出し物を披露なさる。定番の品目は、チーズやカマボコのようだ。
とにかく、トラちゃんを猛ダッシュさせる磁場があるというか、吸引力がすごい。ねこじゃらし師匠である。

きのうのトラちゃんは、おばさんたちと次々に出会う触媒になったようだ。
カラオケバーから出てきたママが、豪快なしわがれ声で「おんや〜フジコちゃーん元気ぃ!?」と笑いながら頭をなでなでして行ったときには、「おまえ、フジコちゃんだったのか」と大発見した感じ(笑)。
まぁ、これとて僕のつけたコードネームと同次元の、おばさん命名のコードネームかもしれないが。

コミュニティで愛されて生きるトラちゃんは、えらい。
たとえば本名がミーちゃんだったとしても、いくら買い主家族が「ミーちゃん」と呼んでも知らんぷりするようになるかもしれない。
家猫のようで家猫でない。今どきの、家族から遊離している少年少女に似ている。
ということは、猫を見れば人間の未来がわかるのだ。
乱世には、犬より猫を見習った方がかもしれない。


梅雨入り

at 2006 06/09 23:05 編集

やっと昨日、梅雨入り宣言。
どうりで、ショボショボ・しとしと・ぴちゃぴちゃと「残尿感」ただよう雨模様だった。わかりやすい入梅だこと。

夜中に、まだ睡眠モードに入らず何げなくまどろんでいたら、5分間ほど、意識が夢の世界にシフトしてしまった。入梅ニュースの影響でもないだろうが、星降る夜空を見上げて、流れ星を数えていたのだった。
なんとまぁ、ろまんちっくな!

その場所が、今はもう跡形もない、家族と暮らしていた家の庭先だったから、なかなか考えさせられる、しみじみしたシーンではあった。
なにかの予知夢だろうか?

梅雨に入ってさっそくの「中休み」か、なんとか天気が持ちそうな週末に、ハイキングいかが?と、ダンドリ上手の女性隊長から招待状。
手作りのしおりまで作成して、すばらしい幹事役である。
「参加者全員が同じ情報を共有して、野外に出かける」のが遭難予防の第一歩だと考える僕は、まず大絶賛さしあげた。

行き先は、個人的に何度か行った暗闇トンネルだから、こんなキワモノ探検のときだけはわざと情報をふせて、現場で悲鳴をあげさせるヨロコビというのがあるのだが、さすが女性隊長、ちゃんと「懐中電灯持参」と指示されていて、スリル半減(笑)。
悲鳴に萌える変態男だと見破られて・・・いや誤解されているのだろうか?

まぁ、こんな意地悪おじさんが誘ってもらえるだけ、ありがたいことよ(まだ、バレてないだけか?)。
僕にできるのは、晴れ男であることだけ。
役に立てるかな?


魔界

at 2006 06/09 01:14 編集

ザウルスに単三電池を外付けしてやろうと思ってはみたものの、電池ケースぐらいの簡単なパーツが、困ったことになかなか手に入らない。
電子部品屋さんが街のあちこちにあって、工作少年にとっては、もう宝石あふれる楽園そのもの・・・という古き良き時代は、もう秋葉原と日本橋だけに名残があるだけ。
ラジオを組むぐらいの電子部品は、百均で完成品が買えてしまうから、百均ラジオを分解して部品を取って組み立て直す(!?)という笑い話が、現実のものになっているほどだ。

100円ちょいの買い物で通販するのもシャクだし、かといって電車賃は郵送料より高いし、微妙な心境で揺れ動くメランコリ〜を引きずっていた。
アホらし(笑)。

それが、不意に仕事が半ドンになったので、久々の日本橋へ。
こんな機会でもないと、ただ大阪キタで乗り換えるだけのことが、なかなかできなかった。JRで通勤していると、キタは「通過する都心」になってしまうからね。

白昼堂々、看板をあげた「炉」のマニアショップは、梅田には決して見当たらない、その道のおマニヤどもにとって「性地」だろう(もちろん、僕は行かない)。この界隈にはやたらDVDショップが増えているから、半ば無法地帯になっている気配も、なきにしもあらず。

その下のアーケードを、メイドが二人まったりと散歩していた(笑)。昼食休憩か?
あのかっこで、いわし定食でもお召し上がりになるのだろうか。

こちらも、昼飯とする。
ミスドで飲茶セット。
いつも近所のハンバーガー屋で「ご一緒に、ハンバーガーはいかがですかぁ?」とすすめられそうな気がするほどストライクボールを投げない僕を見抜いてか、日本橋のドーナツ屋さんは「ご一緒に、ドーナツをどうぞ!!」とすすめてきた。
頼まれたらしゃーないね、とテイクアウトでいただいた。
しかしまー、ファストフード屋なのに昭和の趣のある、もっちゃりした店である。

肝心の電池ケースは、あっさりシリコンハウス共電社で買えて、めでたしめでたし。
そのついでに「宝石あさり」をしていたら、5V仕様のリチウムイオン充電池がニキュッパでワゴンに乗っていた。5000mAと大容量である。しかし軽くて小さい。怪しい!(笑)
でも、「毒味」したい気分で買ってしまったぞ中国リチウムを。

開梱すると、アルミ部分が傷だらけ、本体は指紋ベタベタで、思いっきり中古感があるぞ!(笑)。
充電器は手持ちのACアダプタを使ってね、LEDインジケータはこう点灯するからねー、と英語のマニュアルしか載ってなくて、だいじょぶかいな???とビクビクしつつ、電圧を確認して、いざ火入れ式。

すぐ、異様に発熱する。ますます怪しい!!
おおざっぱなマニュアルには書いてないフローティング充電ができるかどうかも、気になったので、充電器――電池――ザウルスとつないで試してみた。
とりあえず、充電できていた。ザウルスも一応は無事。
あとは、「容量5000」がホンマかどうかだが、もし4000だろうと3000だろうと、まーいいっか、と思ってしまう。松下や三洋になら、ガンガン性能を追求するだろうにね。

純正の交換電池が1100mAで1万円もすることを思えば、激安すぎる。笑えるほどの激安値が、細かく性能追求する気を萎えさせてしまう。額面どおりにちゃんと使えれば、これはもうけもんだから、しばらくは試用期間というところかな。

いやはや、カルトなエリアでおもろい宝物を発掘できて、お得な気分であった。大阪中心部は、もっとカルト風味を撒き散らしてほしい。
次は、裏通りと「二階以上」を攻めてみるか。



今日は右翼

at 2006 06/07 23:42 編集

社長令嬢が、号泣する親族一同をふりきって、独り暮らしを始めよった。あぁ!
さんざん、パラサイトガールを笑っていたら、こうも無謀かつ軽率かつ淫靡な「独居女子」になるとは・・・(いつまで独居女子だかわからないが)。

嫁入り前の乙女が、あまりにも無謀だ。
干してあるブリ〜フを盗まれようと、ストーカーが寝室までくっついて来ようと、わしゃ知らん。
ま、「それを一番しそうなのはアナタだ!!」と言いたげなメッセージも、びしばし伝わってきたぞ。住所を隠した引っ越し通知で(笑)。

しかしまー、「親のすねかじりは卒業してるからねアタシ」
という免罪符は、大人への初乗り切符みたいなものかもしれない。
ホームシッックで枕を濡らしたり、夜中ひとりでトイレに行けずにドア開けっ放しでいたしたり、隣の部屋のあえぎ声に悶々としたりしながら、女子は乙女に羽化し、乙女は淑女に脱皮し、淑女は華麗な化身を遂げるのであろう。

これが、後に続く女子の良きお手本になってくれればと願うばかりだ。令嬢の流す血と汗と涙は、尊いのである。

いや、たぶん、びびる女子が多いのではないか?
毎月10万円、親元で節約して「おべべ」買う方が幸せだもんな。結婚資金も貯めにゃーいかんし(笑)。


コネコネ

at 2006 06/06 21:29 編集

大阪駅前でもらった「村上逮捕」の号外を持って、第二部の職場に出勤したら、法医学者・凉子先生(コードネーム)と雑談になった。
凉子先生ともども、あの「辞世の句」記者会見には、ちょっと高めの採点が並んでしまった感じもするのだが、すべてシナリオが仕組まれている経済ドラマにしか見えないから、だれもが妙に醒めているのではないだろうか。
えっ!!そんなバカな!おぉ恐ろしい!!と驚愕している人どころか、猫さえいない。

定食屋でも、隣の若いサラリーマンが裏取引、裏取引と雑談していたぐらいだから、事件の表層だけ見て「ルール無視のビジネスはいけません」なんて次元のコメントをする国民はいないだろう。

灘高の同級生かと勘違いしていたが実は1年後輩の勝谷さんが、OBコネクションを匂わせる発言をしているが、たぶん検察にも裁判所にも霞ヶ関にも、「灘・東大法」人脈は強固に人脈列島を築いているから、まるで同窓会の中で金が巡り、裏取引され、裁判ゲームが幕を開け閉めしているだけ。
だから、警察より検察が動いたのだろう。

もしかすると、判事と同窓会でばったり顔を合わせた村上さんが、
「いやぁ、あんたの判決はちょいと厳しかったで」
「村上クンなー、ゼニもうけばっかりやって、同窓会幹事やってくれへんからやで」
「そないなことで、量刑しよるんかいな。かなわんなー」
「ハッハッハ!!」
と、なごやかに酒を酌み交わしていたりして・・・(笑)。
検察との司法取引は、一応この国では法制度化されていないから、穿ってみても詮なしだが、それより同窓コネクションの方が暗然と効いているものだと思う。

そんなコネクションがさっぱりない僕は、まぁ罪を犯さないで真面目に生きるしかないのは当然だが、金でもない、権力でもない、スペシャルな鉱脈(!?)が、どこかに発掘されずに埋まっていないか?と胸に手を当ててみるが、さっぱり脈はない。それどころか、「反省しろ反省しろ」と闇の声が聞こえてきそうだ(笑)。

ひょんなところで、ユダヤ・コネクションか、華僑コネクションかに縁ができえ、巨万の富を・・・なんて夢を見始めると、宝くじ幻想より始末が悪い。
でも、私の故郷は第七銀河の・・・と信じ込む「トンデモ宇宙コネクションよりは軽症である(笑)。
まぁ、発想は同じだけどね。


魔女狩り?

at 2006 06/05 21:44 編集

若年性なんとかではないだろうが、日曜日の記憶がない。何をしていたのか・・・そりゃそうだ、何もしていないんだから、印象に残らないのだ。骨休めどころか、肉休め、頭休め、気休め、声休めで、全身だらけきっている。

明けて月曜日は準夜勤だから、わりと夜更かしもできる。できすぎて、夜が明けるまでラジオとCD三昧。
あぁ、このだらけきった日曜日に、ふと目にしてしまった花(!?)が、秋田の幼児殺しの被疑者、畠山鈴香33歳。

不謹慎ながら、美形である。いろんなカットが出ていて、どの角度から写ってもカメラ映えするね、あの姿・顔立ちは。普通のトレーナーとジーパン姿でも見栄えがするから、網タイツと鞭はすごく似合う。
実際、縄を使って罪なことをしてしまったのかもしれず、もちろん犯罪はいけないが、これから服役することになっても、彼女に萌えたファンなんてのが、2ちゃんねるあたりに繁殖するのではないだろうか。

娘の綾香ちゃん死亡事件も、ちゃんと捜査しなおす必要があるだろうし、裁きも受けてもらわなくてはけない。
それでも、最初の事件の捜査が怠慢だった警察の落ち度の、被害者という面も見えてくる。ここを見落としてはいかんと思う。

こんな方法でしか警察がまともに動かないのだとしたら、「この鬼!!」「すさんだ女」と犯人を血祭りにあげるより、警察の怠慢をグサリと斬る方がマスコミの本命だと思うのだが。


目の前のSFアイランド

at 2006 06/04 23:05 編集

天気がいいから、愛車をこいで島に渡ってみるか・・・と思い立って、「島」へ出かけてきた。
年に1回ほど、国際会議場に用事があるぐらいで、ふだんはまったく行く機会のない人工島である。

空港ができたできたと、他愛なく物見遊山で見に行った老母と違って、僕はさっぱり空港に関心がわかない。
きのうも、「空港へ」の道路標識に沿って走るが、どこまでもどこまでも遠い。すぐギブアップしてしまった。知らんうちに、ベラボーに巨大な島が沖合いにできていて、長い長い橋を、おもちゃのような電車がトコトコ走って行く。まわりは、造成途中のような茫漠とした荒地が広がっていて、草ぼーぼー。ここは、神戸なのか?SFみたいな不思議な感覚を覚えるぞ。
歩行者は皆無で、たまに自家用車が走るぐらい。たまたまかもしれないが、観光バスもなければタクシーも見当たらない。週末なのに。
こんなのが、「空の玄関口」なのだろうか?

もっとSFっぽいなぁと感じたのが、巨大なショッピングセンターで、ここだけは奇妙に明るくてピカピカで、生活物資があふれかえっている。ほかに行くあてのなさそうな客が家族連れで押し寄せていて、ファストフードやカフェでゆるみきった(失礼)顔でくつろいでいた。
ところが、この周辺の、造成されてもう四半世紀になろうとしているニュータウンは、まるでゴーストタウンのように人気がなくひっそりしているのだ。

あぁ、これが三浦展さんのいう、書き割りのように「ファスト風土化」した人工的ニュータウンなのね・・・と気づかされた。
三浦さんはジャスコ文化と形容したけれど、ジャスコだろうとイズミヤだろうとイトーヨーカドーだろうと、味つけは同じだろう。

こんな街づくりへのコメントは、「私たちここで幸せなんです!」といいたげな住民を前にしては、萎えてしまって言葉を失う。だから、「まぁ、今後の発展を期待したい」と、朝日新聞的にお茶を濁すしかない。

それにしても、寂しいピカピカつるつるニュータウンである。
平日の日中になると、働き手は貨車のような無人電車で都心へ運ばれて、老人と主婦ばかり在留する空間と化す。さて、そんな街が、どう人間くさくなって行けるか。都市文化が育つか。
ちょっと頭が真っ白になってしまう、ファンタスティックな「区内探検」だった。


絶叫男優

at 2006 06/03 20:28 編集

いよいよ、村上ファンドに司直のメスが・・・!?
そうなると知ってか知らずか、シンガポールから帰国した村上さんはすごかった。不精髭に、なんともいえないふんわり帽(?)、サングラスで、オフのゲイバー店員みたいだった。

空港で「この国に、プライバシーはないのかーっ!!」と叫びながら駆け抜けて行ったそうだが、そりゃーありませんて。どんなに変装しようと、「あっ村上さんだ!」とわかるオーラというか、匂いをぷんぷんさせているんだから、目立ってしかたない。
すんなり「大阪のおっちゃん」に同化してしまうスティーブン・セガールあたりを見習えばどやねん。

腐るほどの資産を持っているはずだから、自家用機とリムジン、または空港からヘリに乗り継いで、ヘリポートつきマイホームへという「ゴージャス帰省」もできるだろうに、あえて目立つことをしてしまう村上さん、案外もみくちゃになりたいキャラなのかもしれない。

だから、TBSだフジだとテレビ局を支配するより、いっそタレント活動でもやってほしい。灘高で同級生だった勝谷さんもドクター和田秀樹も、すでに活躍しておられるぞ。
村上さんなど、石坂浩二の跡継ぎになりそうだが、そうなると「水戸黄門なんか、できるか!」とブーイングが出そうではある。助さん・角さんより、よくしゃべりそうだし、すぐ絶叫しそうだし(笑)。
なぁに、悪代官や腐った大名をこらしめて、世直ししながら、陰では大判小判をジャラジャラ数えている黄門サマというのも、「大人のブラック童話」みたいでおもしろいではないか。


あぁっ・・・ダメそこ注射禁止なんだから

at 2006 06/02 20:05 編集

駐禁取り締まりが変わっただけなのに、街の混乱を取材するためだろうか、やたらヘリコプターが飛び回ってうるさい1日だった。
これで、きれいさっぱり違法駐車がなくなるとは思えないし、運送業者は大変だろうと思う。同情するばかりだ。

せめて、宅配便や酒屋さんの配達は、お目こぼししてもええんちゃうか?と思うけれど、今のところは、ハザードつけてドア開放して「すぐ戻りますけん」メッセージで予防線を張っているつもり・・・のようだったりする。
それなら、「運転手はハンドルから縄でつながれていれば駐禁免罪」とでも法改正したらいいと思う。車が邪魔なら、縄を引っ張って運転手をすぐ戻すことができる。いや、まじめな話。

世論調査では、圧倒的多数が取り締まり民間委託に賛成しているようだから、トラブルなく迷惑駐車が減って行けばと祈るばかりだ。
でも、水面下でトラブルが増えるような気もする。
たとえば、取り締まり員が「みなし公務員」というグレー身分になっているのが、きなくさい。
黒と白の間がグレーであるように、「赤と白の間」が問題・・・つまり、ピンクだ!!(笑)

といっても、取り締まり員はミニスカポリスやセーラームーンのコスプレをして楽しませてくれ、という話ではない。
百戦錬磨の警官にはなかなか通じなかった色じかけやワイロが、「零戦練磨」の駐禁マンにはするりと通じたりするのではないだろうか?と予想してしまうのだ。

愛車ジャガーの横で違反切符を切られかけている藤原紀香が、駐禁マンに妖しく接近して、「ねぇ、どうしても許してくださらないのかしらん?」と、プルリン!!とやれば、おとっつぁんイチコロだろう。
駐禁おばちゃんもいるようだから、つかまった運転手が速水もこみちだったりするとコトである。
「おねえさん、そんな意地悪されちゃーボク哀しいな」と、プチュッと注射してしまえば、おばさん萌えるわ溶けるわ・・・(笑)。

現金が動くと贈収賄罪になるから、こんなプルリン・プチュリ犯が、きっと増えると思うね。
なぁに、道路がロマンチックな場所になって、いいではないか。


跳びます、飛びます

at 2006 06/01 23:38 編集

「シューカツ」時期の、ある女子大生令嬢から、親子でもめてるの困っちゃう、と令嬢相談。
途上国の子供に教えるボランティアに行きたい、でも親は反対。
それはそうだろう。
相談者より親の世代に近いから、子を持つ立場ではない僕でも、親御さんの気持ちはよくわかる。
でも、ときに令嬢は意表を突く人生の選択をしたりするものだから、令嬢を持ってしまったパパとママの宿命というのがあるのかもしれない。

僕の知る「飛び出し系」の令嬢元祖は、犬養道子さんだ。
もし何かあれば国家が威信をかけて守ってくれる家柄という担保は、ご本人も自覚しておられたのか、飛び出したまま、晩年の闘病生活を、たしかスイスで送っておられる。
もちろん、財産や身分だけでなく、ずばぬけた英仏独語能力が武器になってきたであろう面は、中公文庫の『マーチン街日記』や『お嬢さん放浪記』からあふれるほど伝わってくる。
その点で、皮肉抜きで僕は尊敬しているし、こんな武器を持つ人は日本の誇りだと思う。

犬養女史や、あの緒方貞子さんだって、生まれながらにしてバリバリ活躍する異邦人だったわけではない。
だから、夢があるなら着実にステップを踏んで行けばいいと思うものの、なんだか軽はずみな大和撫子が目立つような気がしてならない。
今どきの学生世代にとっては、「世界を股にかけてきた老婆」の昔話なんかより、テレビやブログで見る「イスラマバードの子供の笑顔で打たれた、私探しの旅の終止符」「ニカラグアで、わたし輝いてます!!」系の(笑)画面やメッセージに、心を奪われるのだろうかね。

ボランティア+途上国+子供とそろえば、あの「イラクの子供たち」と「私のハート」で彼女の脳内世界が満ちているような、三十路の人質令嬢を思い出すのだが、日本中からバッシングされていたから、今さら上塗りはしない。
感情的なバッシングもあっただろうしね。

だったら、きちんとボランティアが相手先に与える「負荷」とい視点で分析して、あなたのハートより、現地や日本国政府のかかえるリスクや税負担の方が大きいですよ、と示してみせるべきだった。同じ「子供支援」をするなら、テロリストのカモになりにくい人材の方が安全だし、語学も生活の自己管理もしっかりできる大人の方が、現地社会に与える負荷も小さい。

こうして、コストとパフォーマンスを追究して、「現地から歓迎されるボランティア」「現地に迷惑をかけないボランティア」を養成するような発想に立たないと、いつまでも、世話されながら世話するボランティア(笑)が垂れ流されるだけ。

それに、「途上国のかわいそうな子供」に向ける気持ちが、日本の交通遺児や災害遺児、虐待被害児らを素通りしてしまうのが不思議でならない僕は、子供にどうこうという前に、自分の自立生活ができないと本末転倒ちゃうかいなーとも思う。
けれど、こうしたセルフチェックをさせない不思議な回路が、日本のボランティアの底流に流れている(さらにいえば、「福祉な人」「心理の人」の立っている足元にも)ようだから、あながち個人批判ばかりしていてもしかたない。

自分がしっかり自分の足で立って、余裕があれば無理のない範囲でボランティアするのはええんちゃう?というのは、ただ冷酷で狭量なエゴなのだろうか。
辛うじて建設的なアドバイスを・・・と考えて、僕は「UNVや赤十字社やJICAなどの派遣スタッフとして選抜されて、研修を受けて赴任するなら、基本的な力は認められたということだから親も納得するのでは?」と返信しておいたのだが、「条件つき賛成」のつもりが「ほとんど反対に近い難条件」に映っているかもしれない。

それでも、親に心配かけてでも、また母国から仕送りしてもらってでも、どっちもいやなら実家にパラサイトしてでも、ボランティア活動するのはすばらしいですよ!!と持ち上げる世論を、僕はどうしても信用できないのだが。

早い話、無知で無力な日本人が一応がんばって現地にもたらす貢献度より、「日本人を誘拐して確実に取れる身代金」の方になびく犯罪者だって出てくるだろう。
goo日記アーカイブ2006年 | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)
2006年5月の日記
そっくりで賞

at 2006 05/31 23:13 編集

芸術選奨で文部科学大臣賞を受賞した和田義彦さんの盗作騒動、出るわ出るわの「ウリふたつ絵画」。
こりゃもう、「あちゃ〜!!」である。
おまけに、原作者の前では盗作を認めて、コトを荒立てないよう隠蔽工作もしていたそうだから、これはもう、1日でも早く土下座をして引退する方がいいと思うのだが、画壇というのはそうアッサリとはいかないようだ。

もともと画家は「ロゴスと言論の人」ではないから、疑惑を追及されて反撃しようとすると、どんどんキテレツなことを口走って傷口を深くしてしまうのが痛々しい。
「一緒にデッサンした仲なので、共通のイメージを持っている」
には、当のアルベルト・スギさんが「和田?知らんぞ」と言い捨てられるし、言うに事欠いて
「似ているのは、彼へのオマージュだから」
なんて名言(迷言)も飛び出した。
そのうち、追い詰められると
「絵筆を持った私の腕に頭に、アルベルトが降臨したのです。ヌォーーーッ!!」
などと、やりはじめるのではないだろうか。

もちろん、いくぶん真実が混じっていたとしても、この弁明を認めてはいけないのだ画壇は。
なぜなら、こんな苦し紛れの弁明で盗作が免罪されてしまったら、アニメやコミックなど中国でじゃんじゃんコピーされて、「これすぺて、日本アニメ界へのオマージュあるよ!」と言い訳されて終わってしまうから。
下手な言い逃れやカムフラージュ、すりかえ、しらばっくれ、自己弁護は、模倣犯にパクられるネタになるだけなのだ。

今回の油絵は、ごちゃごちゃいわずに並べて展示すれば、だれの目にも立派な盗作は明らかだろう。
おまけに、原作者より色合いが濃くて、上手に見える絵もあっやりするから(笑)ややこしい。
それほど画才のある和田画伯だからこそ、1からオリジナルの絵を極めたらいいいだろうにとも思うのだが、ネタを見ながら描いているうちに、「ぬぉ〜〜〜っ俺はアルベルト!!」と確信してしまうのやら?


村上ファンドーゾ

at 2006 05/30 22:52 編集

阪神株のTOBが、うまく功を奏するか・・・
「村上タイガース」問題は、にらみあいが続いている。
感情的に「村上、出て行け」と野次るタイガース・ファンも多いようだが(実際、シンガポールに逃げたけど)、さて、どっちが阪神電鉄にとって吉となるかは、素人の僕にはわからない。

結局、阪神は村上ファンドに支配されるか、ライバルに支配されるかになるわけで、阪急ホールディングスのいう「対等に経営統合」というのが社交辞令にすぎないことは、素人にもわかる。

村上ファンドは事業再生のためのファンドではなく、経営実務をするつもりはないようだから、それが吉と出るか凶と出るかについても、社内でも見方が分かれるのかもしれない。今までの経営に不満を募らせている社員、ライバルの傘下に入ることを嫌悪する社員なんてのも、いると思うのだが。

ライバルに乗っ取られるのと、電鉄経営の素人に乗っ取られるのと、どっちが惨めなのか。
国取り合戦の時代にたとえれば、城をバカ殿様に使わせるのと、宿敵に明け渡すのと、どっちが城を守れるのか?という難題みたいなものかな。

阪神と阪急は、やはりライバルでいてこそ、利用者にとっては楽しいし(鉄ちゃんだけか?)、経営戦略を競いあう原動力になると思うのだ。
経営戦略といえば、もし村上ファンドが阪神株をごっそり外資系航空会社に売って、たとえば「阪神の親会社、バージン航空」なんて構図になったら、それはそれでおもしろい。国内エアライン独占市場に切り込めるチャンスになるかもしれない。

僕が村上さんの立場なら、そんな展開を画策するぞ。
実際、「物言う株主」を自称しているんだから、ただの人騒がせではなくて、変な閉鎖市場に風穴を開ける株主になってほしいものだ。
だから、本気で狙うべきなのは、NTT牛耳る電話業界と銀行業界ではないのかな。ぜひ、かきまわしてみせてほしいね村上さん!


シーバス利がある?

at 2006 05/29 22:37 編集

不健康な週末である。
「晩酌」の代わりを土・日にやれば、「土酌」とか「日酌」とでもいえばええんかいな?
・・・と、どうでもいいことを想像しながら、やはりブレンデッド・ウィスキーの決定版はこれでしょう!!ということで、シーバス・リーガルに手を出した。これまた安いんだから、笑ってしまう。

下手するとボトル1本あけてしまいそうなほど、口当たりがいい。
それでも、香り高さでは、バランタインが好みかな。
というわけで、ウィスキーをウィスキーで割って飲んでしまそうな勢いだ。オソロシい・・・(笑)。

洋酒、舶来品などが、どことなく高級感で光り輝いていて、ニッカでもサントリーでもないというだけでウィスキーが祝祭気分を感じさせてくれた時代というのは、貧しくても幸せだったのかもしれないなぁと思う。
こう何でも安くなってしまうと、手に入れた喜びも、ボトルから立ち昇るオーラも乏しい。
すぐ手が届く幸せは、実は薄いんだろうね。
ゴクッ!!


ぶんすうのおべんきょう

at 2006 05/28 13:20 編集

社会保険庁の年金加入率偽装は、あまりにも幼稚な発想だから、こんな「カンニング」レベルのいんちきをしでかす官僚のIQが恥ずかしいし、大騒ぎしているのも恥ずかしい。

分母をいじくれば率がよくなる。
・・・こんなの、何十年も前から、受験ビジネスが「合格率」とやらで当たり前のように使ってきた手口ですがな。最近も、法律関係の予備校がやらかして、摘発されていたっけ。

「100人も生徒がいるのに、10人しか合格者が出てない!どうしましょう教務部長」
「90人は生徒じゃなかったことにしろ」
「そんな無茶な!」
「うーむ、そしたら特別クラスというのをつくって、10人はそこに在籍としとけ。なら特別クラスは100%合格だ」
「1回だけ模試うけた外部の子が合格してるんですが」
「んー、それ分子に上乗せしとけ」
「ウホッ!これで100%突破ですね部長」
「ヌハハハハハハ」

とまぁ、スクールビジネスの分母の絞り込み+分子の拡大は、こんなふうに行われている。

年金だけでなく、健保も延滞や減免がずいぶん多いようだから、「国民皆保険制度」の建て前と実態は、想像以上に差があると思う。
NHK受信料の「納付率」も、分母は怪しいぞ。
ワンセグやカーナビだけでテレビを見ている人もいるだろうし、老人施設や病院で見ている人もいるはずで、全部カウントすると分母はうんと増えて、未納率・未契約率は相当な値になるのではないだろうか。
あと、加入契約してるが何年も延滞中とか。

ったくもう、幼稚なインチキで国民をなめてはいかんよ、役所とNHKは(あ、同じか)。
所得激減とか、ちゃんと理由のある社会保険の減免措置はしかたないと思うが、分母をきっちり算定しないと、制度そのものが本質的に不公平をはらんで、信頼を失うだろう(もう遅いか?)。

それにだ。税金も社会保険も、一定所得があれば個人単位で負担することになっているのに、NHK受信料は世帯単位というのが、どうにもこうにも納得できん!
とまぁ、社保庁への矛先がついNHKに飛び火してしまう。

しょせん、役所仕事は「ことにする」で処理されて、世の中は「そういうことになっている」で回っているのだろう。
政府は国民を守ることになっているし、夫と妻は愛しあっていることになっているし、そういうことにしておかないと変なレッテルを貼られてしまう。

どうして?ほんと?
と問いつづける子供の感性は、大切に守りたいと思う。
あの「週刊こどもニュース」のアナウンサーは、NHKをやめてフリーになったようだから、公共放送のウソとか、民放の弱点を、ネット上の「池上放送局」でぶちまけまくってくれたらアッパレなんだが・・・


サバイバルの現実

at 2006 05/27 21:32 編集

エベレストに両足義足で登頂した登山家の、溌剌としたスマイル写真には感動したが、その後ぶつけられた非難の顛末にも感動した。
頂上近くで遭難している別の登山者がいたのに救助せず、見捨てて帰ったのは、倫理に反する!という難癖である。
まるで、山を知らない人が机の上で憤慨している、生徒会レベルの倫理ですなぁ。

一般に、「冒険」ゾーンに入りそうな登山だと、チームを組んで何段階かのキャンプを順に設営しながら、登れそうにない登山者は途中で帰らせるのが通例になっている(と、僕は思っていた)。
でないと、「足手まとい」が全員の命を危険にさらすから(ワールドカップサッカーの選手選抜も、同じ理屈だと思う)。
足手まとい・・・といっちゃ気の毒だが、別に死刑宣告するわけじゃなし、「また鍛えて再挑戦しましょう」というだけの話。

ちょっと日帰りハイキングぐらいでも、途中で「私、もうダメ」とギブアップしそうな人を、動けなくなりそうな場所まで連れて行くのはリスキーだ。「じゃー、さよなら」というわけには行かないから、責任者が連れ添って送り帰さなくてはいけない。
「そんなことまでしていただくのは申し訳ない。わたし一人で帰りますからっ!!」などという、わかってない人のことを、足手まといというのだが。

僕はヒマラヤなんか知らないショボいトレッカーにすぎないが、自分の身の安全を考えるのに精一杯の極限状態で、ヒト様を助けようと考えると、二重遭難へまっしぐらだろう。
それに、遭難者を救助するのは登山者のモラルか?・・・といえば、当たり前のようで当たり前ではない。

一瞬にして、常識が非常識に変わってしまうのが、大自然のこわいところだ。助けたいけど助けるわけにはいかないこともある。
たとえば、上にいた仲間が落石もろとも落ちてきたとき、受け止めて助けようと考えると、そろって転落死するから、身をかわすしかなかった・・・そんな非業の遭難譚を、山小屋の夜に聞かされることもある。
人命救助は、街でも山でも海でも人間として当たり前のことで、ただし「できる範囲で」としかいえないのだ。

今回のエベレスト登頂&遭難ニュースで救いだったのは、亡くなったデビッド・シャープさんの御両親の姿勢だ。
「息子に酸素マスクをあてるまでしてくれて、感謝に堪えない。登山者の使命は人命救助ではなく、自分を守ることですから」とコメントしているそうだ。
あぁ、大人じゃな〜!!と感動してしまった(涙)。

でも、これが「勝ち組・負け組」が鮮明になる社会の原理とつながっているわけだから、複雑な気分ではある。
「できる人も、できない人も、みんな登頂」なんて社会は、幻なのか?本気でめざすべき社会なのか?


キヤノンよ、おまえもか

at 2006 05/26 22:51 編集

あぁ・・・キヤノンも、フィルムカメラから撤退する。
今年になって、ニコンに続いく大メーカーがフィルムを見捨てる(ニコンは完全撤退ではないけど)発表をしたことになる。寂しいねぇ・・・。
キヤノンがいうには、新規の製品開発は採算が合わないということで、それはそれでわかるのだが、新製品はいいから、メンテナンスぐらいは末長くフォローしてほしいものだ。

で、ビッグ2が撤退すると、フィルムカメラを買いたい人が、ニコンとキヤノンが握っていた陣地に入ると、さてどのメーカーが受け皿になるのか。
コシナなんてのもがんばっているし、レンズはライツの豊富な資産を使えるから、賢明な選択になるかもしれない。

で、そのライカは、ちょっと首をかしげるようなビンテージ路線を展開してて、なんじゃこりゃ?と思っていたものだが、もしかしてこれ、団塊世代をターゲットにしているのかも。
さて、団塊サマサマとなるのか。
ちょっと期待したいところもある。「やっぱりフィルムを残したいですな」という感性は、フィルムカメラ業界の救世主となるかもかもかもしれない。
そば打ちや陶芸のブームとモノクロDPEなんてのも、なんとなく地続きな感じがするのだが。

がんばれ団塊!
あなたたちが、FDレンズを、OMレンズに光を当てる(通す)のです!!
・・・でも、「子供が出て行ったマイホームを売って、ハッセル・フルセットとかニコンF1けたシリーズをそろえる」なんてことをされたら、相場が上がりそうで不安。
だから、値切りもがんばっていただきたい(笑)。


またひとつ消灯

at 2006 05/25 22:58 編集

例外的に、本日日記。
大阪で夕食をとって帰ろうかとも思ったが、何げなく、神戸まで帰ってから、以前の職場近くの喫茶店で簡単な夕食と決定。
いつも、まったりとコーヒーを飲んでいると2時間で閉店という時間に来ているからガラ空きなのだが、今夜はいやに込み合っていた。

そういえば、ここで食事するの初めてやな〜と思いつつピラフをいただいて、ふと壁を見ると、
「今日で閉店。長年のご愛顧ありがとうございました」
と貼り紙が!

おぉ、なんで!なんでじゃー!!
と叫びそうになったではないか。
たしかに経営者ご夫妻は高齢で、引退を決めたようだから、それもしかたないとはいえ、無性に寂しい。

近ごろ珍しく喫茶店らしい喫茶店で、ギシギシ鳴る木の床も風情があったし、くたびれたソファー席は座り心地がよかった。
今夜も何かステージを見ての帰りなのか、楽器を持った客が出入りしたり、隣席のグループは演劇談義で盛り上がっていた。

あぁ、こんな貴重な文化空間が、また1つ減る・・・と僕が嘆くのも変か。この近くの舞台から流れてくる客も、ここが閉店すれば別の店に流れて行くだけのことだろう。

BGMは、ショパンの悲しいワルツ34番、そして華麗なる大円舞曲へ。
でも、この最後の夜だけの喧噪で、かき消されかけていた。
そして、そのにぎわいも間もなく23:00に消える。

減価償却できていたら、固定資産税だけ負担で、居抜きで貸してくれないいものだろうか。カメラ喫茶にするか、ラジオ喫茶にするか、執事喫茶にするか、勝手な夢だけモヤモヤと広がる。
おそらく、経営の厳しい現実は、一吹きで淡い夢(何が淡いだ)をかき消してしまうだろうけど。

ともかく、ご苦労さんでしたね喫茶「迎賓館」!!


やり直せる方がいい

at 2006 05/24 23:11 編集

きのうの続き。
「もうあかんとなった夫婦は、がまんせず別れる方がいい」といえば、すぐ「我が家の危機」を感じるほど、今どきの家族というのは脆弱なのだろうか。
何を言われようと、世間で熟年離婚が増えようと、不倫がはやろうと、「うちは大丈夫じゃいハッハッハ!人は人、うちはうち」で、悠然と構えていればいいだろうにね。

臓器提供意思表示カードも、選択的夫婦別姓も、それがいやな人はちゃんと拒否できるようになっているのに、まるでオール・オア・ナッシングのように反対する動きというのは、不思議といえば不思議。

今は、「別れちゃいなさい!」が売りの、みのもんた調の即答人生相談がはやっているようだから、冷静に考えないと、妙にもっともらしいかけ声が通ってしまうのはこわい。
これも、小泉ワンフレーズ政治が日本列島を覆っているせいだろか?

不安要因は、「超わかりやすいワンフレーズ」だけではない。
古くは失楽園から、今の熟年離婚のような罪つくりなブーム(笑)、法制度や税の改革、天変地異、そして病気や障害など、いろんな大波小波にさらされて、家族は試練を受ける。まるで、リトマス試験紙を日めくりしているようなものかもしれない。
それで強くなる絆もあれば、もろく崩れて行くはかない縁もあるというだけの話。

もちろん、ややこしいことなく平穏に長生きしてポックリ永眠できればハッピーだろうけど、そんな幸運はまずない。
ならば、試練は早いうちに経験してしまうのも、人生の引き出しになって、後々の糧になるかもしれない。
・・・・と、前向きに考えるとしましょう、離婚も再婚も独身も選択しにくい社会よりは、まだましなんだから。


苦い幸福

at 2006 05/23 23:43 編集

「離婚が増えるのは、いいこと」と発言したら、匿名のクレームをもらった。Q&AをアップすべくAを書きながら、つい考えさせられた。
両親の離婚を経験した同じ立場でさえ、179度も見方が違ってくることがあるようだ。

だれもが祝福する結婚 と、
だれもが納得する離婚 があるとして、その間にはバリエーションがさまざま。
そして、
仮面夫婦でも離婚してなければ幸せという人もいれば、
仮面夫婦なら離婚してくれれば幸せという人もいる。

感じ方も人それぞれなら、家庭の姿もさまざま。それぞれの幸福の形があるし、不幸の形があるから、一般論は限界がある。
それに、一般的に「離婚は悲劇」と思われてきたからこそ、できずに苦労している弱者というのは多い(代表は主婦と子供だ)。
だから、夫婦の形を守ることに執着した仮面夫婦や、だれか一人の忍耐で持ちこたえているような家族は、いっそ解き放たれた方がええんちゃうの?と素朴に思う。
ましてや、子供の命を危険にさらすような親は、1日も早く隔絶すべきなのだ。これは異論がないと思う。

難しいのは、いい親の離婚。大半がそうではないだろうか。
子供にとっては、楽しい団欒の空気や家族旅行の思い出が脳裏にある――いや、その中で子供の情操は育ってくる――から、それが二度と戻ってこない家族崩壊はつらい。いくら理性で割り切って、「人生こんなもの」と考えても、理性の裂け目からとめどなく涙が吹き出すこともある。

けれど、機械の修理のように、人間関係の亀裂は修復できないものでもある。
たとえ亀裂の原因が明らかで、それがきれいに解決したとしても、時計の針を戻すように、「争い前」に戻って団欒再生・・・というわけにはいかない。人間の刻む時間の流れは、単に均等な年月日や分秒ではない「歴史」なので、やりなおせない。

起きてしまったことは、すべて、常に「とりかえしがつかない」ことだから、それが不幸なことなら、未来への悪影響を最小限にとどめることを考えるしかないと僕は思う。
過去の不幸がトラウマになっている人に、「こうすべきだった」と言ってもしかたないし、今を肯定するしかない。
それ以外に、気の利いた受けとめ方ができそうにない。反省。


久々おばちゃん

at 2006 05/22 18:33 編集

職場近くのなじみの定食屋に久々に寄る時間ができた。体調を崩して休職しているという乙女25歳が半径5m以内にいたので、「1食で15品目はいってる定食を食って、ファイト一発」と誘って連行した。

何カ月ぶりかの店に入ると、おばちゃんが「あらま〜どっかで見た顔やこと」「あっら、美しい女性つれてっ!!」と萌えながら喜んでいた。今まですみませんでしたねぇ、むさくるしいのが一人で。

妖しく怪しまれつつ(笑)差し向かいで合計30品目いただいて(合計しても意味ないが)、幸せな満腹感で「あー、これで今日は晩飯いらんぐらいやね」と納得しあって、きっぱり別れたぞ。
別にきっぱりしなくてもいいけど、とにかく意地でもきっぱり別れたからね!

その後いきがかり上、僕は地元で中華定食屋に吸い寄せられて夕食をとることになった。
ここにも、なじみのおばちゃんがいるから、一瞬「あれっ!大阪からワープしてきたか?」とも思う錯覚におそわれてしまった。
それほど、定食屋のおばちゃん像というのは似ている。「笑顔、働き者、150cm」が共通項。

この遺伝子を受け継ぎながら、すくすく育った御令嬢が、「笑顔・働き者・170cm」の藤原紀香だったりすると、萌え上がるね確実に。もう話は勝手にトントン拍子である(=暴走気味)。
おかーさん、素敵です!
おとーさん、一緒に山へ!
で外堀を埋めて行く作戦が、果たしていつ功を奏するか・・・。
一人で勝手にできあがっているだけか?


苫小牧てんてこまい

at 2006 05/21 16:38 編集

苫小牧市長が、酔ってスナックのママ(?)に「お触り」したというので、自慰を開陳!いや辞意を会見で明らかにしていた。

その記者会見の場に、ちらりと映っていた弁護人ふうの女性を、僕は懐かしく思い出してしまった。たしか社会党の国会議員で、道知事選挙にも出ていた伊藤秀子弁護士ではないか。
弁護士会とも闘っていたりする闘争派のようだが、この伊藤女史と、なんと女房を右と左に従えて会見やってた市長、あなたはマザコン?(笑)

その女房が、涙声でこぼす夫の痴態も、まぁご本人にとっては恥辱だろうが、見てる側としては笑ってしまった。

シャツにキスマークをつけられて帰るのはしょっちゅう、あるときはペンで女性の名前や落書きまで書かれていることもありました・・・

って、いじめられっ子の小学生じゃあるまいし、いいオヤジがへべれけで「落書きされるがまま」というのも、なんだか御陽気だねぇ。書く方も、酔わせておけば市長に落書きしてお咎めナシなんだから、たぶん楽しいこと楽しいこと。

そんな笑われ役の見返りに、「触らせてくんねーか」というノリだったのかもしれないが、もちろん強制猥褻は罪ではある。
ただ、会見で「500万円の示談金を要求された」と打ち明けるのは、うかつなのか、ケツまくる覚悟の暴露なのか・・・?
いくら被害者でも、示談金を要求する(払わないと被害届を出す)というのは、恐喝罪スレスレの恫喝ではないのかな。

それに、今まで触られもしながら金を落としてくれるお得意さんとして引っ張ってきたなら、「お触りぐらい許される親密な仲」と勘違いさせる一因をつくったといえなくもない。
「触らせてくれないなら、以後この店に金を落としてやらない」と脅していたなら、それはそれで罪だろうけど。

酒場のトラブルというのは、だれも正確な事実関係が語れないものだから、どうしても水かけ論になってしまう。
いっそ市長や知事のような人限定の「会員制無礼講サロン」みたいな店をつくればいいと思う。クラブ「蝶舎」とかね。

アメリカには、学者センセイのための学会秘書派遣サービスなる
ビジネスがあるらしくて、要はデートクラブのようだ。学会で遠くへ行くとき随行して雑用や通訳をするというのが表看板で、雑用には「いわずもがなのオプション」がついていたりする。

もちろん、雇われる秘書というのも、仕事を了解した上での受託だから、よほど犯罪的なことでなければ、「仕事」をこなして、訴えたりしない(だから、あまり表立った事件として報道されない)。

それが日本では、たとえば研究室秘書を学会に随行して添い寝を強要した(だけで収まらなかっただろうけど)というので、京大を追われ仏門に入り、最期はオーストリアで客死した教授がいたように、身近なところで怪しげなことをして事件になるお偉いさんが多い。
仕事上で親密な関係と、オフで親密な関係というのは、いっしょくたにしてはまずいし、危機管理能力という点で、結局「仕事のできる大人」とはいえないだろう。

そう考えると、あくまでもフィクションではあれ、財前五郎は第一外科のナースとできてしまうことはなかったから、えらい。
変な感心をしてる場合じゃないか。

このさい、やめる苫小牧市長は懲戒を免れて辞職扱いに持ち込めば、退職金をスナック「苫小牧市蝶舎」開店につぎ込んで、地元に還元したらいい。「落書き自由」を売りにしてね。
もしかすると、「○○会館建設の入札は○○万円で**土建が落札するよ」てなインサイダー情報まで書かれたりして、談合事件として明るみに出れば、元市長が落書きされたままの間抜けな姿で「証拠品」として(笑)出廷したりすることになるだろう。
書かれ放題のさえないオヤジも、役に立つことがあれば、捨てたもんではない。

それに、今回のお触りは「ここまでするか!!」の悪行ではなく、市長の地位があるからこそ歯止めがかかっていた結果だとみれば、ただのオヤジになってしまうと歯止めがなくなるよ。
心を入れ替えてメイド喫茶に萌える楽しみにでも目覚めてくれたら無難なのだが、そう考えると、女子プロレスや宝塚歌劇にはまっていた堺屋太一元経企庁長官(大阪万博の立役者)は、「萌え」の大先輩だったということか?


ストラスアイラ

at 2006 05/20 10:50 編集

土曜日まで出勤のイレギュラー勤務が、やっと今日で終わる。
ちょうど週の真ん中あたりが休みだとひと息つけるのだが、そうもなっていないので、「命の水」を充電して勤労に励む。

「命の水」は、ウィスキーの別名だとか。
同じ麦からできるビールは、とりあえず即効で陽気になれるが、ウィスキーはカッカと熱くなる感じ。だから、山岳救助犬のセントバーナードは、ウィスキーの小樽を携えて遭難者に与える伝説があるのだろう。

今月は、ストラスアイラに食指を伸ばしてみた。
やはりシングルモルトは気高いというか、ノーブルな感じがする。スノークのような口調で(吹き替えは広川太一郎)「だれにでも好んでもらわなくてけっこう」と、整然とすましているかのようだ。
たしかに、個性が強い。ブレンデッド・ウィスキーが甘くまろやかに感じるほど、ストラスアイラは尖っている。

地元で、妖精が出ると言われる湖の水を仕込みに使っているそうだが、たしかに「男酒」ではなく「女酒」である。しかも、切れ味がシャープな天海祐希(まだ残っている)。

英国の酒飲みは、ウィスキーのチェイサーにビールをあおるそうだが(本来の目的である酔い鎮めというより、相乗作用になってしまうなこりゃ)、僕はストラスアイラのチェイサーに、笑いたくなるほど安くなっているバランタインをグイグイやっている。
まるで、シングルモルトはイントロで、ブレンドが本編みたいなものか?

存分に堪能しても、目覚めはさわやかで、安眠を約束してくれる妙薬みたいになっている。
あぁ、いかんぞ、いかんぞ!こんな酒浸りは。


ズバリすっぱ抜くわよ!

at 2006 05/19 22:55 編集

天海祐希がニセ占い師を演じるドラマに、リアルニセ占い師(笑)がかみついた。

ニセじゃないわよあんた!!

とでもいいたいのだろうか・・・でも因縁つけたってことが、何か後ろめたいところに着火したことをうかがわせる、とてもわかりやすいリアクションですな。

そんなドラマも、占いおばさんの番組も見ない僕は、いざこざの半分しか楽しめていない。ちと損だな。

占いといえば、ずいぶん前に、本屋にずらり並んだ文庫本の中から1冊選んで、「占ってあげる」と申し出た小娘がいたのを思い出した。
その判定によると、僕は水星人だったか土星人だったか、ともかく地球人ではないことがわかって、それが今にして思えば細木和子の占いだった。てっきり、自分はニャントロ人だと思っていたのに。
まぁ、何人とでも勝手に決めとくれ、と開き直って、表向きは「占いに寛大な人」を演じるのが、大人のたしなみというものかもしれないな(笑)。

しかし、ペテン占いを暴露するジャーナリスト役に、天海祐希は最適任だ。
ほぼ日刊イトイ新聞で、「おいら」を名乗ってエッセイを書いていたような気がするが、さっぱりした度胸があって、弁護士役やジャーナリスト役がよく似合う(藤原紀香も、いけるかもしれない)。
この調子で、次はスピリチュアルなんとかのペテンをすっぱ抜くようなドラマも、演じてほしいものだ。

よもや、それが縁になって天海祐希が江原祐希になってしまうなんてことはあってほしくないが、それもありえるのが芸能界だから、うかつに提案はできない。
んー、でも闘ってほしい。


内河秒読み?

at 2006 05/18 22:57 編集

やっと小嶋社長がつかまった。
警察も、とろいのか慎重すぎるのか、それとも「今か今か気分」を高めて国民のハラハラ感を引っぱったわけか?

たった1件の販売で詐欺容疑というのも、いかにも別件逮捕くさい。
もし3週間ごとに、「この物件も詐欺容疑で再逮捕だ」なんてことを続けると、半永久的に留置できそうだ。それほど、「被害者」は多いから。

あの、とぼけた木村建設社長もつかまったし、姉歯さんは「得度」して(笑)被告席に立っていて、こう関係者が一網打尽にされているように見えると、「なんで、あの爺様が・・・!?」と思う国民の矛先は、やはり、あの総研の内河社長だ。

こう外堀を埋められて行くと、ご本人も少しは身の振り方を考えているかもしれないが、鉄面皮のいい見本みたいなキャラクターだから、しおらしく頭を下げることなど、ないだろう。
そのへんは、あのゴージャス小嶋社長の方が、「折れる」「堕ちる」姿もインパクトがあって効果的だ。姉歯さんなんか、最初からションボリしてるしなぁ・・・(笑)。

しかし、いまだ未開の闇は、伊藤元国土庁長官が切り口になりそうな政界ルートだろう。
その方が絶対に本丸のはずだが、姉歯、小嶋、篠塚支店長、そして内河・・・と強烈な役者諸兄を、さんざん生中継で見せられたから、「味気ない政界ルート」は人目をひかないだろう。
それが残念といえば残念。泡盛の後のチューハイみたいで、気が抜けてしまうぞ。

とはいえ、伊藤元国土庁長官というのも、いてもいなくても、どうでもいいような冴えないキャラだから、あっさりトカゲの尻尾にされてしまいそうな気もする。
どこをつつけば、膿が噴出するように「政界デトックス」できるのだろうか。


日本の38度線

at 2006 05/17 23:13 編集

韓国民団と朝鮮総連が和解!
というのが、どれだけ大ニュースになるのかピンとこないが、吸収合併というのでもなさそうだ。
今さら対立しあってても無益ですな、ここは朝鮮半島じゃないんだから仲良くやりましょう・・・という空気が、自然に雪解けに結びついたのだろうか。
だとすると、いい動きだと思う。それぞれ民俗団体として共存共栄して行ければいい。

そして、この日本が、半島統一のシミュレーションの場になるかもしれない。
ムスリムとユダヤ人が共生しているのも、遠く離れたアジアの島国のいいところ。
これが逆に、海外に行くと共産党員と創価学会員も在外邦人同士として、少しは仲良くなるのではないか?・・・甘いか?

同じ民族の溝といえば、台湾と共産中国の関係も、個人的には気になる。もし、今こじれている(干渉されているだけだが)靖国問題が収拾しても、「台湾をどう見るか」について、共産中国は蒸し返してくるだろう・・・というか、靖国より古い問題だ。

こちらは「38度線があるかないか」だけの明解な問題ではなくて、北京と台北に政府があるのに加えて、華僑パワーという世界的なプレゼンスもある。
台湾の合併だ独立だという話になると、これも火花が散ることになりかねない。沖縄のすぐ隣りで、だ。
こんなアジアのパワー・バランスの難しさを考えれば、民団と総連の和解は「やっとこさ」な感じもするけれど、最初の一歩ということで、日+朝+韓=キムチ共和国をめざしていただきたいものだ。


祭り囃子を背に

at 2006 05/16 18:59 編集

そういえば、地元で神戸祭りというのがあって、知らん間に終わっていた。
先週、立ち話した大家さんは、「あのサンバチームの大胆なの、恥ずかしいてあきませんわ」と笑っていたけれど、ブラジルあり阿波踊りありバトントワリングありの、まぁ「何でもありパレード」が売りの催しではある。

何でもありということは、「何もない」のと紙一重で、地元民でもふと冷静になって「で、この祭って、何なの?」「これぞ神戸祭というツボは何?」と思ってしまう面もある。
ともかく何か賑々しくやって人が集まれば、その日だけは店の売り上げも出るだろうし、巨大なホコテンを練り歩きたいパフォーマーにとっては晴れの舞台に恵まれるわけで、まーいいんじゃないすか?と遠目で見てしまう。
この距離感は、われながら少し寂しい。

こんなふうに、同じ区で、100万人の観客が集まってやっているにもかかわらず、妙に実感が伝わってこない、透明感のある(笑)催しではある。
おまけに歴史の重みも伝統民俗テイストも皆無な珍しい祭だから、いっそコスプレ大パレードでもやればどうかと思う。すると全国から「デジイチ」カメラマンが押し寄せて、おそらくトータル何億枚という画像を全国に持ち帰ることになるのだろう。
いまどきのお祭りは、デジカメ買ったが撮るものがないミドルやシルバーにとっては、「素材の数々」が流れてくるような場なのかもしれない。

そうなって行くと、カードの画像をその場でDVDに焼いて持ち帰れるプレスセンターみたいなブースもできれば便利でありましょうな。
沿道の屋台も、フランクフルトやポップコーンより、圧倒的に単価の高いSDカードとか、充電済みエネループ電池なんてのを涼しげに売ってたりする(笑)。

すでに、個人的に「重装備」で出動して、お仕事に励んでいるカメラマンというのは昔からいたもんな。キャリーカートとかカメラマンリュックに「兵器」を装填して、人込みの中あちこちぶつけながら(いててっ!!)陣地を移動するマニアが。

祭以外でも、花火大会でも各種のストリートイベントでも、催しそのものに、もう新しいコンテンツはない。むしろ、シューティング系、ワッチ系、ナンパ系etcetc・・・の魑魅魍魎の生態を見ている方が、時代を反映していておもしろい。

中には、よからぬ動機で人込みに出勤するやつもいるようで、警備スタッフの視線や連携、駆け引きみたいなものが垣間見えることもある。僕には、その目線が実線で見える(いや別に犯罪者ではないけど)。あ、あのおまわりさんの目線は、20m先の観客がかまえたカメラの液晶モニターに刺さっている!!とかね。

こんな土俵際というか、場外乱闘というか、「本編の周辺」を読み解くのが、社会学だったりするのだ。・・・と、もっともらしく言うと、もっともらしい(笑)。

祭の警備体制を調べるマニアもいて、これはコンサート会場の外で「ここは何MHz使ってるんだろう」と、広帯域受信機でスキャンなんぞやっているマニアと地続きである。
そんな世界など、わたしゃ無関係だからね・・・
といいつつ、実は紙一重なのかもしれない。


マイ・ウェイ、マイ・ペース

at 2006 05/15 22:52 編集

めずらしく、ヒトサマを率いて裏山お散歩コースへ。
運動不足なので・・・という男女二人は、400m程度の登り下りに、ゼーゼーハーハーいいつつも、なんとか無事に下山してきた。

雨上がりの山は、新緑がまぶしかった。
藤の花、つつじの花、鳥の声、あふれる紫外線・・・春の山は命にあふれている感じがする。あぁ、いいねぇ。グリーン・シャワー!!
ときどき立ち止まって息を整え、さわやかな緑風と紫外線を浴びる。

グループで歩いているハイカーの静かな歓声も、すれ違う見知らぬハイカー同士でかわすあいさつも、ある種さわやかな人の輪を感じさせてくれるから、一人で歩いていてもホノボノと楽しい。
今回は「ひとり自然に親しむ不安の主」に応える散歩を企画したのだが、まぁたしかに「女子単独自然徘徊」は勧めたくないものの、やはり一人で一通りの経験をして身につけるしかないことも多いのが事実。
それに慣れるか、懲りるか、開眼するか・・・。

一人で旅に出ても、自然に仲間ができるものだ。
そもそも学校も会社も一人で飛び込むものだから、別に誘い合わなくても気楽に覗けばいいのが道楽の世界だと思う。
僕も、関西から一緒にスキーに行く常連仲間より、現地で落ち合う仲間の方が多くなってしまった。
ただそれは、地元で嫌われているせいかもしれなくて(笑)、さんぜんと輝いて見える一匹狼への道は、なかなか遠いのだ。


グキッ!!

at 2006 05/14 11:54 編集

ゴジラ松井のけがは、画面でリプレイを見るたびに、
イタタタタタタタタタタ!!
と、もらい泣きしそうな場面だった。ありえない方向に、手首がガクンと曲がってたもんな。何度もプレイバックしてほしくないいシーンだ。
本当に、お気の毒。

連続試合出場の記録も途切れてしまったわけだが、あのトメさんは、いい言い方をしていた。
「初めての試練」だと。

なるほどねぇ・・・記録が途切れて「終わり」ではなくて、仕切り直して1から再スタートと考えればいいわけだ。
それに、たしかに連続試合出場記録は立派だが、裏を返せば「記録を断念する雪辱は未経験」ということなのだ。

成功し続けるだけでなく、中断したり地に堕ちたりのマイナス経験のあるヒーローの方が、なんとなく人間として大きいなぁと思ったりもする。不思議なもんだ。

「俺は禁煙を何回もやってるぞ」というのも、こんな理屈なのかも(笑)。
 


いれてちょーよ

at 2006 05/13 16:29 編集

最初ゲラゲラ、あとでヒヤヒヤ、実はハラハラするニアミスに、やはり笑ってしまった。不謹慎ながら。

名古屋市営地下鉄の運転士が電車を回送中、客室に忘れた手袋を取りに出たらドアが締まってしまい、車掌が非常ブレーキで止めるまで無人で走っていたそうだ。
駅に入って停まったそうだから、ホームで待っていた客は驚いただろうねぇ。無人電車が入ってきたんだから(しかも、バツの悪そうな顔をした運転士が客室にいる!笑)。

巷では、ホテルで裸で放り出されて、アラどうしましょう!!
というヘナチョコ男の緊急事態はよくあるようだが(なんだか、志村けんのギャグにも、こんなのがあったぞ)、そんな気分ではなかっただろうか、名古屋の運転士は。

もちろん、そもそも裸になっても鍵は手放すな・・・じゃない、電車が走っているとき運転席から離れるのが間違いなのであって、これが飛行機のパイロットなら、ただごとではすまない(志村けんには、操縦士コントをやってみてほしい)。

最近は経費節約でワンマンカーも多いから、もし車掌がいない電車で、持ち場を離れる間抜け運転士がいたら、どうなっていたか。
乗客がいて、河村たかしみたいな運転士もなぜか乗客席にいたりして、
「アラ、運転士さん、なぜここに?」
「いやー鍵かかっちゃったもんでよー、次の駅で降りて外から入るしかないんだがも」
「次の駅って?」
「止まらなくなっとりますけん、博多まで行くしかありませんな」
「そんなー!!」
というのも、なかなかほほえましい。
もちろん、払った運賃は払い戻しで、珍しい無人特急にたくさん乗れて、おまけにホテル代まで出してもらえるかもしれない。
そんな発想は、鉄分が濃すぎるせいか?
あ、「あそこの前党首」は、撮りテツだったな。


相互マスターベーション業界

at 2006 05/12 22:05 編集

中央青山監査法人が業務停止処分・・・って、どこか似てるなぁと思ったら、建築確認を民間会社がやっているのと、目クソ鼻クソではないのかな。
民業は、相互監視と自己チェックでやってくれ、行政は介入しないから。
と見えて、内実あのイーホームズの役員にも、国土交通省からの天下りが巣食っていた。会計監査の会社に、財務省や金融庁からの天下りがいてもおかしくないよね?と、国民は素朴な疑問を持つわな。

企業会計は詳しく知らないが、国内の監査法人にチェックしてもらわにゃいかんものだろうか。
外資系の銀行をシャットアウトしている日本談合共和国だから、監査法人が国内で業務独占しているとしても不思議ではないけどね。

もし、「どこに発注してもいいよ」ということなら、価格とサービスでしのぎをけ削っている海外の監査法人に決算書や財務諸表をデータとして送って、監査をしてもらえばいい。
ってわけにはいかんのか?

いま身近なところでは、駐車違反が民間委託されようとしているが、結局は、民間といっても警察OBが天下っている会社が、小銭稼ぎの道を開いてもらうだけの話。
規制緩和や民業活性化というのも、かえって「官」の民への間接支配が強まることになりかねない。
そして取り締まりの現場では、公務執行妨害事件や贈収賄が後を断たないと思う。

かといって、政府が許認可権を取り戻して強権を発揮して下さい!!というわけにはいかない。
どうせなら、「○○免許財団」みたいなのをつくって業務外注を受ける方が、かしこいのかもしれない。そもそもは介護事業所やケアマネージャーというのも、似た発想でできた制度だしね。

会計監査が民間委託されているように、そのうち「勝手に軍隊」(これ三島由紀夫がやった)、「勝手に公安」(これ暴力団)、「勝手に新薬を認可する会社」(これからでかいビジネスチャンスになりそう)・・・なんてのが、どんどん出現するかもしれない。
国はチェックできない。

では、業界内での自主規制と相互監視は正常に機能するか?
そんなこと、できるかいな。
市場競争になると、「あそこの検査はユルユル」なんて評判が立つところが仕事をたくさん受注するに決まってるんだから。


福祉D・I・Y

at 2006 05/11 23:23 編集

連休明けの今週から、しばらく土曜日までみっちり仕事で、疲れがたまりそうな予感。
疲れるといっても、足腰とか肩凝りでもなく、気が滅入る世界をこれでもか!これでもか!といわんばかりに創り出して、その毒気にあてられている気分だ(医療者の院内感染みたいなものか?)。

そりゃ虐待だDVだ老老介護だ治安悪化だ自殺だ負け組だ年金崩壊だと不安をあおるようなテーマが、毎回のように手を替え品を替えて出てくる・・・いや、出しているのは僕なのだが(笑)、実際そんな内容なんだから、ある程度しかたない。とりあえず、申し訳ない。

おまけに、就職難である。
「これをしたい」と夢見つつ職探しをするのは、ごく自然だし、けっこうだと思う。
ところが、専門にこだわるほど、雇う側との接点は限られて行くから、そもそも職にありつけない。「つぶしがきく」のは法学部・・・ではなく、つぶしのきく人ときかない人がいるという感じ。

福祉の世界には、心理業界ほど異常ではないようだが、「これをしたい」と決めている人もいて、「ではその分野の実績を拝見」となると、それがない。即戦力にならない=専門がない新人は、とりあえず便利に使える人材としてスタートするしかないのは、医療の世界でも法律の世界でも同じではないだろうか。

もう何年も前に、立命館の女子学生が、「ターミナルケア専門のMSWになりたい」というので、ある病院の事務長さんに引き合わせたことがあった。大学のゼミでそんな勉強をして、興味を持ったのだとか。
しかし、「事務職員として通常の仕事をしてもらわなくてはいけないし、制度上はMSWというのは点数もつかないから不要」と、冷徹な現実を突きつけられてしまった。「お勉強」と「興味津々」だけでは、現実に撃墜されて終わってしまう。
医者のピラミッドの中で文系専門職が認知されるには、よほどのコア・コンピタンスがなければ、勝ち昇って行けないと思う。

または、フレームワークががらりと変わるチャンスのようなものをつかむか。病院から、「ぜひ来て下さい」と頭を下げられるような専門家になるのも1つ。リハビリメイクなんてのも、いいニッチを突いた専門スキルだと思う。

福祉や心理の仕事は、「どこに雇用されるか」ばかり考えているようだから、営業に回る発想はなさそうだ。
事業所のメンタルヘルスとか、既婚OLの生活相談とか、巡回相談業務として「起業」できるんじゃないかとも思うのだが。雇ってもらえないなら、雇う法人を自分で立ちあがて、「まず私を採用」とかね(笑)。

となると、まるでスケート連盟疑惑みたいな世界だが、既存の法人を私物化するのは問題だとしても、「私のための法人」を立ち上げるのは、決して悪徳ではない。余剰利益が出れば、公共性や社会貢献を考えればいいわけで。

そう考えると、福祉の世界に「経済学専攻」や「建築専攻」のような畑違いの人材が参戦してくるのは、とても楽しみだし、新しい発想の病院や施設ができるのではないだろうか。
職場も仕事も、なくて困るなら創ればいいのだ。


やっとこさ衣替え

at 2006 05/11 13:54 編集

あ〜夏が来た!!
と思わせる陽気。スーツで出勤するのも汗だくになるほどの暑さだから、先に私服をガラリと衣替えした。もう、夏服と冬服しか品揃えがない身の上だから、簡単である。
さすが倉敷パワー!と絶賛したくなる爽快な繊維クールマックスの綿パンと、スポーツサンダルで決まり。
これで、10月までしのげる(笑)。

クールビズのおかげで、紳士服業界やストッキング業界は売り上げが落ちて困っているそうだが、いっそクールビズ関連業に変変して、我が国のビジネスシーンから「汗だく」を追放してほしいとさえ、僕は思う。
涼しくて、失礼にならない、エレガントな着こなしを、ファッション業界はありったけの知恵をしぼって考案してみてほしいものだ。

介護や保育の現場で、ジャージやエプロン姿でのびのび働いているスタッフは、さわやかでいいなぁと思う。
エアコンと蛍光灯とPCディスプレイがセットになったオフィスで9時間も10時間も生産に励むというのは、醒めて見るとブロイラーのような、ずいぶん非人間的な姿ではないか?・・・という気もする。

今週は特に蒸し暑いから、僕の職場のジャージ姿の紳士淑女諸君が、周囲のサラリーマンやOLの方々より、なんぼか健康的で丈夫そうに見えてくる。
会社員も、ジャージで行けばいいのに・・・
てのは暴論か?


先立つ不孝

at 2006 05/09 22:23 編集

吉行理恵さんの訃報。
兄妹そろって芥川賞作家というのは珍しいらしい。僕には、開高健つながりで、長兄の淳之介さんの『驟雨』『夕暮まで』あたりを、はるか昔に読みかじったぐらいの思い出しかない。

残された美容師の老母あぐりさんは、98歳。
連ドラ「あぐり美容室」も見たことがなかったが、あぐりさんにしろ、先日亡くなったコシノ母にしろ、「明治の母」の強いこと!

あぐりさんの家には長女の女優・和子さんが、身の回りの世話をしに通っているそうだが、もっと海外旅行に行きたいと胸をふらませておられる。
そんな老母が、息子や娘を見送った後に生きえいる世界というのは、どんなものだろうかと想像する。

妹が旅立って行った先にいる息子淳之介を、あぐりさんは殊のほか愛しておられたようだ。亡くなって10年たつ今も、霊前に水と健康茶をそなえては、「あの子は体が弱かったから、これで元気になってくれるでしょう」と随想に書いておられる。

天国の息子の健康を祈っているのか、いや亡き息子が天国にいるとは思っていないのか、それともこの世とあの世が混沌としている世界に生きておられるのか、ともかく、あぁこれが親心なんだなぁ・・・と感じたものだった。

事故、事件にしろ病死にしろ、順序通りでない家族との死別は、納得できない不条理感を背負わせることになると思う。
そこに、「卑属死別ケア」なんて名前をつけてメンタルケアの技法を築いて行くことを考える業界人もいるだろうが、納得できる条理の世界なんて、創れるのだろうか。
やはり、迷みい悩み呻吟し懊悩する人を救済するのは、信仰ということになるのか・・・。


大人買い、大人控え

at 2006 05/08 18:07 編集

昨日のつづき。
ガソリンが数円ほど値上げ、ビールの税率も引き上げ・・・で、庶民いじめだ家計が危機だ!!と騒がれつつ、空前の好景気のGWだったようだ。
「私たち、値上げ反対と(笑って)叫んでいるけど、まだまだ搾り取られる余裕ありま〜す」とアピールしているようなもんではないかい?(笑)
なのに、1円単位の物価に過剰反応して、おとーさんの小遣いが減らされたりしているのは、悪いお戯れというか、気の毒な話ではあるね。

たしかに節約するのもけっこうだが、客を回すことしか考えてないような激安店へ飲み食いしに行くぐらいなら、100円余分に払ってでも心地よさを買いたいな・・・と自然に思うようになった。社会学者の野村一夫さんが『未熟者の天下』(青春新書)でいう「大人買い」の心意気である。

さんざん「安物買いの銭失い」を身を切って学習してきた成果が、いいものを厳選する買い方にあらわれてくる・・・
こんな大人になりたいものだと思う。

たとえば、あえて安酒は飲まなくなったのは、ささやかな実践といえるかも。
数円の値段差でとやかくいうぐらいなら、いっそ節酒して、ハレの日に名酒をじっくり味わう方がいいと思う。

それに、庶民狙いの安酒が値上げする一方の今、いい洋酒は値下がりする一方。あんまり見向きされない酒は、チャンスなのだ。ねぇ、村上さん(ファンドのあなたではないよ!)。
というわけで、ちゃんとしたシングルモルトとじっくり向き合うのもいいし、ブレンドの口当たりの良さは、食中酒にもぴったりで、ストレートでくいくい飲める。円高基調のおかげか、マッカランもバランタインも、笑ってしまうほど安いのである。

とはいえ、店での単価は下がらない。
いいバーに指定席を持てるぐらいに出世できればいいのだが、まだまだそこまではたどりつけないから、自宅で好きなペースでやっている。
お酌という習わしと縁がないのも、洋酒のいいところだ。
そんなマイペース呑んべえにとっては、ホステスとかキャバ嬢の類がいる魔界には侵入したことがないのだが、あぁいう飲まされ方、たかられ方(笑)は、ある種の雇用対策になっているのかな?

そう考えると、自分は貢献度ゼロだな・・・と苦笑する。酒は大人買いする一方、飲まされる店は「大人控え」してきたのだが。
何本もの空ボトルを粗大ゴミ収集の朝に出しつつ、スッキリした酔い醒めを感じた連休明けであった。


こんな余暇でよか?

at 2006 05/07 16:05 編集

連休最終日は雨の予報。どこか行くなら今日のうちに!!と無理やり動こうとするが、電車に乗って行楽地に行く気にもならず(あ、この連休は電車に乗らなかった)、「思い立ったらの裏山」でお茶を濁してきた。

いきなり、ほほえましいんだか誤算ぽいのか、どっちにしても笑ってしまうカップル目撃。
ビーナスブリッジへの急坂を、ベビーカーを押す若妻とベビーを抱いた若旦那が、ヒーヒーいいながら歩いているのだ。ここへベビーカー押してくる人は、初めて見たぞ。

追い抜きぎわに「ご苦労さんでんな〜」と声をかけると、二人して苦笑していた。
まぁ、こんな若夫婦デートも楽しくていもんでしょう。しんどいだけの登りと違って、今度は急な坂道の下りの方が、スリル満点で楽しめるし。

するりするりと歩き慣れた山道をたどって、心地よい汗をかく。
すでに天気が下り坂で日がささなかったのは幸いだったが、とにかく虫が多かった。
花が咲き乱れて、虫を呼ぶ。その虫が鳥を呼ぶ・・・で、実に色とりどりの鳥の声が山道にこだまする。あぁ、春爛漫ですなぁ。
至近距離で聞くうぐいすの声は、艶っぽくて本当に美しい。

花粉と鳥糞とインフルエンザ・ウィルスをふんだんに浴びつつ(?)、フタタビ公園へ。
さすが「連休シフト」で増産体制でいてくれたせいか、いつも夕方に打ち止めになっている名物タコ焼きも無事にいただけて、茶屋の昔のおねーさんと軽くあいさつをかわして、下山する。

いったい、雪が積もれば必ず登ってくる、しかも夕暮れ間近にタコ焼き目当てに・・・という僕の素性を、どう想像しておられるのだろうか。
ともかく、ひいきにしてますから、昭和風味のタコ焼きを、命果てるまで続けて下され・・・と背中で語りつつ、山を下るゴルゴ。

心地よく疲れてひと風呂あびて、実にささやかな9連休のハイライトをしめくくった。夜は写真アップ作業。
なんだか、「ジャガーやらフェラーリやら持っているけどサンデードライバー」のようなゴージャス感があるぞ。ちがうか?

「連休を海外ですごした数百万人かの帰国ラッシュ」とやらを見ていると、こんな高額な時期にホイホイ脱出できる人なら、消費税25%でも年金負担率36%でもできるんちゃう?
・・・と、政治家に考えさせるだけだろうね、世間のリゾート景気は。


ココイマイチ

at 2006 05/06 19:10 編集

ココイチで、いつもの野菜カレーを注文したら、
「ビーフですかポークですか」
と、わけのわからんことを聞かれて一瞬、脳血栓になってしまった。
えっ!何それ・・・!!

あのねー、ビーフカレーもポークカレーも食いたくないから、野菜カレーなんです!!
今日だけは私ベジタリアンなのです!!(昨日は餃子を食ったけど)
と憤慨したいのを抑えつつ、「えーっと、いつも野菜カレー、で通っとるんですが、何か変わったの?」と聞いてみても、メニューが変わったわけではない。
ビーフ風味かポーク風味か、ということらしい。
ややこしいのう。
真性ベジタリアンがうっかり注文してしまうと、言語道断の仮性野菜カレーやなこりゃ。
まるで、ビールを注文したら「熱燗ですか水割りですか」と返されたようなもんではないかい?

連休でボケーーーッとしていたら、思わぬところでフェイントに遭ってしまった子供の日であった。
こんなことでは、ゴルゴに戻れない。


不倫は文化で訴訟はゲーム

at 2006 05/05 22:15 編集

北米トヨタのセクハラ訴訟は、破格の請求額215億円!!
元秘書の大和撫子も、思い切った請求をしたもんだ。たぶん、弁護士が焚きつけたんだろうけど。

これを、「215億円の被害を受けた女性」と見ると、セカンド・セクハラになりかねないが、会社がでかいと懲罰的に賠償額もでかくなるのが、かの地の裁判らしい。会社をやるなら零細企業やなぁ・・・(セクハラ対策かい!!笑)。

もし、満額でなくても半分でも十分の一しか認められなくても、「触ったら○億円請求されるOL」というのは、雇うにもヒヤヒヤものの「地雷人間」になってしまうだろう。
まぁ、本人はその覚悟で提訴しているだろうし、もし○億円もらえたら、今さらOLとして転職活動なんかしなくていいわけだが。

もちろん、犯罪は犯罪だし、セクハラ自体をなくして行くための「懲罰賠償」は、ある程度の正当性はあると思うが、マクドのドライブスルーでコーヒーをこぼされて訴え、数億円勝ち取った御婦人のようなニュースを聞くいて思うのは、そんなことでも裁判でシロクロと賠償額をはっきりさせて行くのが、はたして幸福な社会の方向なのかどうか・・・。
当然、真似する原告が続出する。被告になりそうな側は細かな対策を立てて、同じような失態はくりかえさないから、結局は「最初に取ったもん勝ち」になる。

こんな訴訟社会は、公正といえば公正だろうが、セクハラというカードを使った訴訟ゲームになっているように見える。このカードは、場合によっては名誉棄損であったり製造物責任であったり過失傷害であったりするだけで、手を替え品を替え、至るところに落とし穴があいている。
争い沙汰にしないで被害者が納得する・・・そんな知恵が働く余地のない社会というのは、めぐりめぐって、加害者も被害者も細かなルールで縛って追いつめて行くのではないだろうか。

いま叫ばれている格差社会は、勝者と敗者がはっきり分かれる――または順位がつく――ゲームの原理に流れて行く予兆のように僕は感じる。
これがゼロ・サム・ゲームだと、少数の勝者の利得=膨大な敗者の損失の和であるから、取られた分は取り返せる可能性もある(だからゲームとして継続する)。「いつかは自分も」という意気込みで。
ところが、実は可能性や希望さえ奪っている格差社会を描いたのが社会学者の山田昌弘さんだ。

官僚と納税者の関係も、医療と患者の関係も、膨大な犠牲の上に少数者の特権が制度として保障されている。
その損失と利得がゼロ・サムになっているかどうかは、わからない。ただ、「いつかは官僚に」「いつかはかせげる医者に」という夢も、大学入試でクロシロつけられてしまうのが現実。19歳かそこらで、あがりが見えてしまう双六ゲームなのだ。

いま医者は必ずしも「おいしい」仕事ではない面も見えてきて、ゲームとしてもっとおもしろい人生を求める連中が増えているように見える。
金融の世界で非ゼロサム・ゲームを楽しんでいる錬金術師もいるだろうし、訴訟ゲームの勝者になるような、企業法務専門の弁護士も日本にぼちぼち出てきているようだ。
ゲーム社会の功罪については、まだ僕にはわからない。が、コスト・パフォーマンスを追求する社会へ向かって行くのは確かだろう。

不運にも、僕の手持ちのカードは法律でも金融術でもITでもない。ダチョウ上島よろしく「訴えてやる!!」で、ほんまに億万長者になってしまうような道は、どこかで開けるのだろうか。
黒木瞳部長にセクハラされて、さんざん楽しんでから手のひらを返して提訴、「まー5億円で勘弁しちゃる」なんてことは、宇宙が滅んでもないだろうが(笑)。


連休改造案

at 2006 05/04 19:13 編集

博多どんたくの中継をやっていた。
花自動車は、路面電車が走っていた昔は花電車だったそうで、「光のオブラートのような幻想的な花電車が近づいてくると、子供たちが喜んで、うっとり眺めてたもんですよ」と地元の関係者が話しておられた。
そうか・・・祭を楽しみにする庶民感情は、花電車が走っていた神戸まつりと同じなんやね〜と、ほほえましく思ったのであった。

で、そもそもなぜ5月3日に?とキャスターに尋ねられて、
「市民が1つになるお祭りをしたい、でもシンボルになるもんがない、そこで平和憲法を祝って仲良くやりましょう!ちゅうことですわ」
と答えておられたけど、そうでしたか!?
室町時代にルーツがある祭らしいけど。

福岡市民が憲法大好きぞろいというわけでもないだろうが、まぁ「ご本尊が憲法」という祭りがあっても、おもしろくていい。
ついでに、警官と犯罪者が暗躍する「刑法祭」、離婚でもめている男女が主役の「民法祭」なんてのも、どこかでやってほしい(沖縄では、なんといっても日米安全保障条約祭だな)。

無責任な提案はさておき、憲法記念日の催しも、メーデーも、どうも盛り上がりに乏しかった。
子供の日も、少子化のせいか盛り上がりに欠けるし、みどりの日は移動するし、どうも祝日の趣旨がぼやける一方だ。
ここは、いっそ個別の「○○の日」はやめて、「黄金連休」とでも決めて、1週間どかんと休みにしてもいいと思う。

もちろん僕は民族大移動や横並びが嫌いだから、この連休に出勤した人には、出勤日の2倍の有給休暇を保障すればいい。
そうすれば、イナゴの群れのような混雑は、かえって緩和すると思う。

それでも、「バカンスは横並び!!」
が好きだからねぇ・・・我々は。

レストランに行っても、当たり前のように「お先にご注文うかがっておきます」「お名前そこに書いていただけますか」と、つなぎとめて待たせる店だらけだし、「ほな、よそ行きまっさ」と浮足立つ僕は「待ちましょうよ30分ぐらい、おしゃべりしてたらいいんだから」というノンキ星人と、亀裂がつきもの。
「感覚が合わんな。もう離婚や」
「結婚してないじゃないの」
と、のどかな島田珠代ギャグなんかやってるうちは、平和なのか?(食事するための行列なんか、本気で嫌なのだが・・・)。


ウルトラ愛国社

at 2006 05/03 20:09 編集

教育基本法改定案が、国会に出てしまった。
ヘタレ民主党の議席もしょぼいから、可決成立するだろう。

論点は、「国を愛する心」を明文化するのが戦前回帰ではないか?という点。
与野党そろって気運が高まっている憲法改定とあわせて、すわ愛国主義だ右傾化だと警戒する一派もある。

政治的な意図なり力関係なりは、行使する側も気づかないことがあるし、使われても気づかない奴隷犬心理というのもある。
ときには、気づかせないように使う政治力もある。

政治臭を匂わせず、美しい心の問題にカムフラージュすれば、政治や思想が何より苦手な主婦層や学生たちがツルツル飲み込んでくれる・・・そんな技法と成果(これ自体まさに政治的な力学なのだが)を手にしたのが、「国を愛する心の教育」を推進する臨床心理学者で文化庁長官の河合隼雄だった。
教育基本法改定はスタートラインではなく、その布石がもう二昔前から打たれていたのだ。

で、愛国教育をすれば、国を愛するように人を愛し郷土を愛し仕事を愛し、争いも妬みも差別もない日本になる。
・・・のか?
実は「見えなくなる」だけちゃうのか?

と、僕のような疑問を捨てられないやつは、心病んでいるということにされかねない。どこかで引かれている線を知らぬ間に踏み越えると、まず職場・学校からあっさり排除されるからね(司法修習を終えて任官を拒否された元同僚は、なんと最高裁を被告として訴訟を起こしていたが、静かに職場から消えてしまった)。

人が人として生きる制度的保障と、国家権力に「これだけはするな」とクサビを打ち込むのが憲法の役割だったはずだ。
付随的な違憲審査しかしない日本では、裁判でも憲法判断は避けてお茶を濁すことが多いが、もっと憲法判断もすればいいのにと思う。庶民も、憲法に照らしてみて、「こんな学校生活や職場や病院・福祉施設のありかたは、人権侵害だらけ!」と声を上げて行くのが、憲政というものの土台ではないのかね。

まだ土台が育っていなのに改定というのは、ちと早い。順序が間違い。だから、改定賛成か反対かという前に、「検討するのもまだ早い」と思う。

ヘルパー講座で、母親と同い年の紳士から、「憲法改定はどう思いますか」と問われて、ヌヌヌとなった日のことを思い出す。
「難問のかわしかたはプロ級」の僕だから、「えーそうですねー、変える以前に使いこなしてない国民だから、たとえ変わっても意味がわからず、メリットもリスクも気づかないんじゃないでしょうかー」と答えたような記憶がある。

きっちり憲法に依拠しながら施策や産業が発展して、どうにもこうにも国が滅びそうになっているというなら、改定も最後の選択肢にはなるかもしれない。
その検証を、国民参加でしっかりやればいいと思うのだが、「脳高速」な改憲派は、ときにトンデモ理論を持ち出してくるのがキュートだ。

たとえば、「自衛隊を国連軍に参加させられないから、金を出すだけで汗も血も出さない日本は笑われている」「隣国から主権侵害されても手出しできないのは我慢ならん!」と叫ぶ。
だから9条改定だということになるようだが、「汗も血も出せないから、金を出しますねん何がご不満?」と言い返せばいいのだ。できる面で最大限の国際貢献をしていれば、それはそれで誇りに思っていいではないか。それだけの話。

で、国を愛する教育は是か非かといえば、そんなところで攻防戦をやっていても徒労である。
わがモットーは、「一歩先を行く」。
ウルトラ愛国児童・生徒になればいいのだ。

英語なんてやめて漢籍を学びたい!!と訴えよう(先生がおらんわい)。
「先生とサッカーしょうか」と言われたら、「先生、日本語を大事にして外来語はやめて下さい!蹴球でしょ?」てな追求をすればいい。パソコンは電脳、メールは電文とか(笑)。

当然、洋服なんか否定して、和服登校である。校長も生徒も。
修学旅行は、伊勢神宮(僕も行った)に江田島に靖国。
どうだ、愛国少年少女が教育基本法を越えて増殖すると、「愛国やめぃ!」ということになるのではないかい?

ブレる政府というのも頼りないかぎりだが、「国を愛するべし」より、「愛される政府」になるべく努力してほしいもんだ。
鈴木宗男の代わりに、坂田利夫に議員バッジをつけてやれ。
佐藤ゆかり議員は、ぜひ安達佑美ママに対抗してほしい。
などなど・・・。
まじめな話、公務員の年収は半額にして、それでも骨身を砕いて仕事をしていたら、「おまわりさん大変でんな、パトロール手伝いましょう」「消防士さん、うちらの消防団も協力しますよ」「市営交通は乗り物オタクにおまかせ」てな社会になり、どんどん国民が「公務」に参入する。
これが、実質的に国を愛するということになると思うのだが。


労働者の採点

at 2006 05/02 17:42 編集

一杯やりましょか〜!!と、保釈されたホリエクンからの連絡でスタンバイ。
久しぶりだから、とヒトミ1号も招集する。連休おかまいなしの仕事帰りでしたか御苦労さん!
お忙しい皆さんが飛び石連休で、どこにも行かない僕が9連休というのも、いやはや皮肉な話やね。

連休の中日でもあって、東梅田は「巣箱の蜜蜂」のような混雑だった。
西梅田でひっそりこっそり飲むのが好みの僕を知るヒトミ1号は、「いっそ毒ガスまきたいでしょー」と笑いつつ、おすすめの店とやらに引っ張って行きよる。

「ビールの安い店」というふれこみだったから、「なんだか妙に飲みやすいビールやね」と二人して首をかしげながら、クイクイあおる。
なにしろ混んでいたので、大声で会話しないと聞こえない店だった。これは健康によろしい。のかな?

結局、お誘いの主は「11時まで残業で死にそうメール」が届いて欠席。お気の毒に。今日はメーデーですぜ。
別れぎわには、ホリエクンの家来でありながらヒトミ2号を狙う(笑)平井犬からヒトミ直撃電話。「おい、怪しいオッサンにいたずらされてないか!!」って?
なんだか、ややこしく入り乱れつつ、すれ違いだらけですなぁ。

帰宅すると、平井犬から「妹にPC壊されデータ全滅、ネットワーク接続できません!!」と涙の携帯メール。
みなバタバタ、すったもんだしつつ、連休後半戦に賭けるか?

労働者の採点
ホリエクン 120点
平井犬    90点
ヒトミ2号 90点
ま、3人たして300点だからいいでしょう、ということで。


連休バブル

at 2006 05/01 22:34 編集

スーツケースが飛ぶように売れているとか、むやみに海外脱出する旅行者がむやみに多いとか、企業の新人研修も豪華になってきたとか、景気が回復したかのようなニュースが並んでいる。
学生の就職率が上がった、バブル期なみの採用数だ、ベアも実現・・・というのも、「就職の前段階」にかかわる者としては、とりあえず安心材料ではある。

けれど、本当のドン底に堕ちると本物の回復ができるが、ドン底に堕ちていないと見当違いの回復をしてしまう・・・と僕は思う。病気の診断と治療みたいなもので。

たとえばバブル崩壊に遭って、豪邸の評価額が落ちて豪華なローンだけ残りるような経験をして、「やっぱり、大事なものは○○」というものが見えた人と、見えないままの人が、少なくないはずだ。
人によっては「家より健康」と思うかもしれないし、家族の絆こそ最優先と実信するかもしれないし、仕事やライフワークあっての自分を再確認することもあるだろう。

もし、失われた10年を取り戻すには、やっぱり「バブル再来」!と思い込んでいるバカは、自分の家計の不良債権も処理できないであろー!!
・・・と、鼻息を荒げてえらそうなことをほざいても、「では君のカメラの山は、不良債権ではないのか?」と問われると、まったく完敗するしかない不良中年である。

旅行その他の趣味は、ニヤニヤと思い出し笑いするごとに回収されて行く宝物のような気もするけど、しかし・・・あんまり自分に投資するばかりだと、社会貢献にならないかもしれんなぁ。
近所の奥さまがたをそそのかして(笑)、といっても火遊びではなく、生涯学習や起業に目覚める「きっかけ野郎」にでもなるとするか?
goo日記アーカイブ2006年 | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0)
2006年4月の日記
かぶりもの上・下

at 2006 04/30 22:43 編集

ホリエモン保釈の波及効果で、麦飯ダイエットがにわかに注目されているらしい。
たしかに、「塀の中の日本一有名人」があれだけ変われば、宣伝効果抜群だろう、麦農家は。
実際、繊維質が多くて腸にもいいらしいから、はやるのはけっこう。
願わくば、ヤケ食いに走ったホリエモンが、数カ月で元の木阿弥になってしまわなければいいけど。

塀の外に出る人あれば新たに入る人あり・・・で、別の意味でどよめくような波及効果を発してしまったのが、あの姉歯さん。
苦しまぎれに「神妙に丸刈りにした姉歯氏は・・・」と読み上げているニュースもあったが、虚偽報道はいかんよね。「刈った」わけではないんだから。もうっ、わかってるくせにっ!!(笑)

被疑者は、取り調べの前にスッポンポンで身上改めされて、穴という穴も徹底的に調べられるぐらいだから、かぶっているものは原則として脱がされる。
なんでも、毛髪のような被り物は、食べて窒息死を図る被疑者がいるらしいから、人間いざとなれば何でもやるんやね。

この逮捕騒動を見て、「明日は我が身」と自覚している姉歯タイプの犯罪者ないし予備軍は、「やはり無理な被り物は、事件そのものとは違う面で目立ってしまうから、やめとこう」と思うかもしれない。もちろん、「自首をやめとこう」ではなく、「悪いことはやめよう」ということで。

とすれば、姉歯さんの被り物は、犯罪抑止効果があったということになる。減刑事由にしてあげてもいのではないかい?
ついでに、俺の頭じゃないが亀の頭に被り物をしている悪い人は、「無理やり脱がされんなら、痛そうだぞ」と考えて、悪事から手を引く。これまた、犯罪抑止効果である。

それにしても、姉歯さんなど末端の個人事業主にすぎないから、本丸は総研の内河と、建築検査を民間に丸投げした霞ヶ関だろう。
ペコリと罪を認めた被疑者に振り上げられた大衆の拳と、身投げした姉歯夫人へのシンパシーが、「本丸」を糾弾する火の手へと燃え上がればいいと思う。
そして、悪あがきするほど、小嶋社長と内河社長は袋小路に追いつめられて行く。往生際の悪い罪人は、教育上も大変よろしくない。
そうだ、こういう疑獄は、小中学生に裁かせればいいのだ。
大胆な判決が出るぞ〜(笑)。


民族大移動を横目に小移動

at 2006 04/30 00:50 編集

お安い文庫と新書ばかり狙うペーパーバック野郎としては、下旬の「新刊の波」は、豊作でうれしかった。ゴールデンウィーク・シフトなのか、いい本が前倒しでドサドサッと出てきた感じ。おかげで、どこにも旅に出ず読書の春になっとる!

今まで椎名誠さんのエッセイは「完読」しているつもりだが、小説というのは、初めて買ったような気がする。
これから、『かえっていく場所』(集英社文庫)をしみじみ読むとするか。

うえやまとち『クッキングパパの絶品ひとり暮らしレシピ』(講談社+α文庫)は、もう見るだけで腹が減る、楽しくニクい文庫コミックだ。どこからでも、つまみ読みできるし。
不思議と、料理ものマンガは、「コミック画質」より、小さくても文庫紙質の方がうれしい。

そういえば、昨年末に絶食状態で入院していたとき、山仲間ホリエクンが差し入れしてくれたのも、よりによって「クッキングパパ」であった。これまた困った悪友である(笑)。
そのホリエクン配偶者は、僕が「お好み焼きにマヨネーズなど要らぬわ!」と叫ぶと、「そんな、美食倶楽部の海原雄山みたいなことを!!」と笑い飛ばしてくれる、なんだか通じ合う符牒を持った、そろいもそろって食いしん坊の輪である。

で、『絶品ひとり暮らしレシピ』の冒頭の1品目が「きつね丼」だったので、感動してしまった。
神戸大学の友人と学食自慢バトルをやっていた時代に、神戸大の「木の葉丼」と張り合ったのが、わが「きつね丼」だった(まぁ、どっちも勝ってもめでたいインカレ学食バトルなのだが)。

きつね丼は、丼ものの中では一番安かったから、学食ではひいきにしていたのに、いま牛丼に牛耳られている外食産業ではあまり見かけないのが寂しい。
まぁ、作るのも簡単だから、わざわざ外に求めなくてもいいわけか。

古本屋で「スペア」を買いなおした太田愛人牧師の『大地からの贈物』(中公文庫)も、大地から採れるうまいもん談義があちこちに出てくる。
食育なんて言葉がはやる二昔も前から、家族そろって食卓を囲まない家庭生活を心配する省察もあって、なるほどなーと思う。
ただ、食卓を囲んで家族団欒というのは、自営業者や農家だと可能かもしれないが、サラリーマン家庭だと難しいかもしれない。

さらに困った現実がどうなっちょるかというと、夕食弁当箱を持った子供が塾に通うまでになると、これはもう、偏差値とプライドだけは高いバカが増えるだけではないかい?
こんなエリート教育はクレイジーではないか・・・と考える良識が大人から失われていることこそ、クレイジーかもしれない。

そういえば昨日、先進国で出生率回復に成功した国の「ちょっとした工夫」が、複数の新聞に載っていた。
どちらかというと、日本人は税制改革や託児所整備のような公的支援をおねだりする傾向が強いが、スウェーデン人はフレックス出勤が第一希望だそうな。「労働時間の裁量を自由にしてくれたら、あとは私たちで工夫するわ」てな感覚かもしれない。

法律婚しなくても子供に不利にならない法改正をしたフランスの真似をするのは難しいと思うが、フレックス出勤なら、法改正までしなくても試せる名案かもしれない。
たとえば、両親が「早出と遅出」に分散すると、共働きでも、子供を保育施設に預ける役、迎えに行く役を交替でできる。
炊事も同じように、早出が朝食を作り置きして、遅出が夕食を作り置きして出ると分担できる。

・・・とまぁ、頭で考えるように実際うまく行かないのかもしれないが、「なんでも一斉に横並び」が大好きな日本人にとっては、いざやってみると、楽になる面もあるだろう。
ただ、フレックス夫婦は一緒にいる時間が減るから、週末は気合いを入れて濃厚に(笑)過ごさないと、育児分担以前に、交尾ができない!

さて太田愛人さんは、世間で言い古されている「衣食住」や「知育・徳育・体育」は、優先順位が逆だと書いておられて、それはごもっともだと思う。

ファストフード&ジャンクフード漬けで、道徳(というと古臭いが、他人や社会や未来に対する想像力ということだろう)そっちのけの進学塾キッズなど、おそらく日本でも世界でも通用しないような気がする。
身も心も健康で、気配りのできる若者というのは、立派な大人にかわいがられてチャンスに恵まれ、どんどん生きた勉強できるって。「世界がキャンパス」という感じかな?

衣食住にしても、キレイに着飾ってグルメにふけっていても、「どこに住むか」の基本が見過ごされている面は、僕も感じることがある。
なにも、マイホーム主義や郊外ニュータウン、パラサイト・シングルを丸ごと否定するつもりはないが(根こそぎ否定してきたけど)、住生活というのは、自分の好きなようにデザインできるものだ。いや、できるべきだ。

まず職場があって、育児中なら保育施設や協力してもらえる身内の家があって、自分の生きがいになっているような都市装置(ライブハウスでも、図書館でも、ひいきのレストランでもいい)があって、程よい距離間隔でネットワークされている生活圏があれば、それが人間らしい地域生活になるというもの。
つまり、あれやこれやの社会資源の関数として、QOLというのが決まってくるものではないだろうか。この点だけマルキスト風にいえば、「物質的な条件が意識をつくる」のである。

だから、あこがれのマイホームが退屈なニュータウンにしか買えなくて、「電車で2時間」なんてのは論外。
コンサート後に軽く一杯・・・さえできない。こんな時間と場所と意識が、都市文化というものだろうに。

仕事が終わって同僚と飲み屋へ流れて「仕事二次会」もいいけれど、ノミニケーションしないと仕事が片づかないというのも、どことなく胡散くさくて、おまけにポマードくさい。
往々にして、ゴマスリお酌だ派閥抗争だセクハラ騒動だと湧きあがるしね。

今その空気は学校をも呑み込んでいて、学生は夕方にはバイト先へ走るだけ、夜学生は郊外の親元へ走るだけ(まぁ、僕も似たようなものだったが)。
余韻の時間と空間で、人生相談や起業や世界同時革命(笑)を語り合うような経験が失われているわな。

せめて、学校なるもの、寝袋持参の学生を泊めてやるぐらいの太っ腹であればいいのに。
安田講堂や西部講堂のような歴史を恐れるなら、「野外フェス」ふうに演出すればいいのだ(大沢先生は、バベ奉行をするぞ)。

学校と職場が、「機能限定」のワンスポットになってしまっているからこそ、地域をフル活用する――再評価する――時代になっていると思うし、意外と(失礼)女性誌がそんな切り口で街をフィーチャーしているのは偉い。

うちはというと、「裏山と海が我が庭だガハハ」「書斎は図書館さ」「5.1サラウンドは持ってないけど近所に映画館ウフフン」を実現したいと夢見つつ、バラックで閑居しているだけなのが不甲斐ない。1駅となりの大倉山というところが条件ぴったりなので、引っ越し先を物色中・・・いや、「憧れ中」のレベルかな。
「GWは日本脱出」なんて景気のいいことはできないから、近所を徘徊するばかりの大型連休である。



おかえり、檻エモン

at 2006 04/28 22:18 編集

8kg減の保釈ホリエモンを見て、「ええ青年やん」と思った視聴者は多いのではないだろうか。麻原彰晃のような姿を想像していた人もいただろうし。
そこは、プライド世界一の金満坊や、自宅で身奇麗にして、今後の秘策を練っているに違いない。

ずばり、株式会社ホリエモンを立ち上げて、孫さんに張り合うか?ドコモを買収したり・・・(笑)。
その前に、「物言う株主」村上ファンドにあやかって、「物言う被告」として法廷パフォーマンスを展開するか?そう重罪でもないのに、異例の長期拘置は見せしめ逮捕・国策拘置そのものだ!と、物言うのもいい。

また、韓国ビジネスに色気を出しているようだから、いっそ竹島を買い取ってくれてもいい。ビジネスになるかどうかは未知数だが。

でもあのキャラクターは、やはり政治には向いていない気がする。経営能力も、メッキが剥げたようだから、次は芸能界・・・か?
たしかに、いじられたり、かつぎあげられたり、泥をかぶったりするほど人気キャラになりそうな気がする。
そして能天気な「ベンチャー小僧」のカリスマになって、出資話を持ちかけて・・・あらら、歴史は回り巡るということでんな。


裏で先生

at 2006 04/27 22:18 編集

盛岡の高校教師が違法風俗店を経営していて逮捕!妻も両親も教師一家!
こんなニュースは、セクハラ事件と同じように、「教師なのに○○!けしからん」というバイアスが透けて見える。たぶん、北野武なら「ちがうんだって。エロいやつが教師もやってただけの話」と笑い飛ばすだろう。
牧師、僧侶、政治家、検事、弁護士らのハレンチ事件も、実態は似たようなものかもしれない。愛妻家の隠し子騒動も、淑女の浮気も。

教師は風俗経営なんかすべきではない!
は朝日新聞的な正義でしかなくて、あのセンセイの場合は、きっぱり教師をやめて風俗社長に転身すべきだった。かけもちしていたのがまずい。
こんなふうにコトが表沙汰になれば、二度と学校には戻れないから、食って行くために、前科ありでもできる仕事といえば、「この世界が俺の生きる道だわ」ということになると思う。

釈放されて裸一貫になったセンセイに、「昔お世話になりました。ところで私も職探しをしているんです」という昔の女子生徒と接点ができれば、もう、いかにも、あんなことやこんなことがアリアリだ。
たぶん、「エステ・1年A組」みたいな商売を始めるのではないだろうか?「3年Z組」までフランチャイズ展開して行ったりして・・・(笑)。

これがもし逆で、ピンク業界で成功した経営者が、その道の経営塾でも開業すれば、「先生と呼ばれるようになったピンクのカリスマ」と、どちらかというとポジティブに評価されたりするものだ。
世の中どっちの側に軸足を置いて考えるかで、似たようなことをやっても評価が180°変わってくるんですなぁ。

だから同じように、元暴走族の機動隊員とか、元ピッキング名人の警備員、元カンニング名人の試験監督・・・どれも、相手の脳裏・手の内・気持ちが、すごーくよくわかる達人になりそうだ。

で、エステ教諭の経営手腕となると、これはどうだったのか?
センセイの特技といえばテストと説教だが、杉本彩センセイや藤原紀香センセイの実技テストや説教は「大繁盛まちがいなし」だとしても(笑)、さて、この教諭は従業員教育にでも能力を発揮していただくしかあるまい。


合掌

at 2006 04/26 22:42 編集

もう1年、やっと1年、まだ1年・・・JR事故から1年たった。
「あの日から時計が止まったまま」と語るご遺族の気持ちは、痛いほどわかる。「あの人」のいない生活が考えられない、でも時が過ぎて容赦なく記憶が風化して行くのもやるせない・・・だから時間は止まるのだろう、とお察しするばかりだ。
ただただ、あらためてご冥福を祈ることしかできない。

こんな不条理な死別の原因が、ただの過失や不運ではなく、大組織の体質や経営風土にある場合、「巨悪」はトカゲのしっぽ切りをしてみせて、怒りを鎮めようとする。
そして、肝心の事故責任のトップにあった社長が、1年たたないうちに引っ込むのは、あまりにもひどい。沈没船から最初に脱出する船長と同じではないか?

垣内前社長は、信楽高原鉄道事故のときも経営陣に顔を並べていた一人だったはずだ。
もう今回の事故で、引き際としては自分で自分を更迭してでも、遺族と最終和解できるまで、無給の社長を続けるべきだったのではないだろうか。やめないで、最後の最後まで被害者・遺族と向き合うことが、せめてもの誠意の示し方になると思うのだが。

金を払うことでもない、頭を丸めることでもない、服役することでもない。
誠意は、被害者の悲劇的な日常から目を背けないことで、少しずつ受け入れられて行くはずだ。

社長と運転士教育の責任者、それに現場から逃げたJR社員は、10年間、遺族の墓参を続けるぐらいの覚悟をみせてほしい。形式的な「執行猶予つき有罪判決」より、はるかに実のある償いになると思う。

会社として、JRが事故遺児への奨学金を提示したのは、正直ちょっと評価できるが、親を失った子供のつらさとは別格に、子供に先立たれた親の抜け殻のような人生も、底無しにつらいと思う。親を見送る覚悟を考える子供もいるだろうが、ふつう子供を見取る覚悟を親がするものではないから。
つい、親の気持ちを考えてしまうトシになったのかな、と思った。


前倒し五月病?

at 2006 04/25 22:54 編集

ネット上の私塾で、「第5志望の大学に入学したが満足できん!どうしたらいいか」と質問をもらった。
なるほど、第5志望とは、きっついなぁ・・・まぁ井上陽水の五浪よりいいか・・・と考えつつ、打ち返したら「よく考え直してみます」というところに落ち着いた。

そんな時期やなぁ、と思う。
入学して2週間ほど受講してみて、違和感が募ってくるか、居心地が日に日によくなってくるか。

どうしても行きたくない大学は受けていないはずだから、最終志望の滑り止めであっても、自分で選んだ結果ではある。いやなら受けなければいいわけで。
僕も「第三志望」に入学したけれど、すぐ友達ができたし、生涯の師のような大教授に出会えたから、やがてパラダイスになった。

勉強したいとか、スポーツしたい、クラブを楽しみたい、等々いろいろぶつけてみて、手応えがなければ愛想を尽かして中退するもよし、仮面学生になってダブルスクールに励むのもいいと思う。
問題は、働きかけをしているのかどうか。
どうせ、おもしろくないに決まっている・・・と「私の回路」の中で答えを出してしまっている自閉的な少年少女は多い。
芥川龍之介の「ピアノ」じゃあるまいし、弾かずして鳴ってくれる楽器なんかないのに、学費を払えば楽しくて資格も取れる自動販売機みたいな感覚なのかもしれない。

何がやりたいのか、そのためにどんな設備や指導者や仲間が必要かを考えて、自分に合う学校を選べばいいわけだから、18、9歳の少年少女より、勤労者こそ高等教育は受け入れるべきだとも思う。
まぁ、ともかくCDを聴く感覚の学生が、ライブハウスの楽しさをつかむには、けっこうハードルがあったりするものだ。
一番うしろにすわって、「見えませ〜ん」「聞こえませ〜ん」とブーたれている子もいるし、このハードル感は、もしかするとなくならないのかもしれない。


ジャージあにき

at 2006 04/24 22:56 編集

いまどきの中高生に、「ジャージをあげる」儀式があると教えられた中津川事件。
彼が彼女にあげるものということで、第二ボタンの代わりになるのかな?

でも、ジャージはペロンとずらして小便するだけだから、けっこう「しぶき」がついていたりするもので、衛生上あんまりよろしくない。
まだ、汗くさいTシャツの方がましではないだろうか。と、どうでもいいおせっかいを焼いてしまう。

そういう僕は、個人的にはジャージ娘がマニアックに好きだから、「ジャージの君が好きさー」「では私ぬきでジャージだけあげるさー」「ホカホカのやつを、たのむさー」てな話になると思うが・・・。

それにしても、別に少年少女が恋愛するなとはいわんが、中高生が愛情のもつれで絞殺事件・・・というのは、せちがらいし、やるせない。
もし愛情がすれ違ったり、思い違いがあったりした末の凶行なら、事実がわかっても後の祭りだ。

「小さな濃い物語」は、往々にしてそうなりがちだから、ここでもしスナフキンのような相談役がいれば、悲劇は避けられたかもしれない。
そんな「ちょっとした先輩格」が、後輩の面倒を見るような場がどんどん消えている。これも、せちがらくて、寂しい。

全国の子供会も、スタッフの高齢化(笑えるね、子供をいじくって中高年の手すさびになっているのは)で運営が停滞している
というし、ボースカウト、ガールスカウトというのも、昔ほど輝いて見えない。

そんな中で、琵琶湖の竹生島で元服を迎える少年に、青年団員が儀式の手ほどきをしているルポを、ちらっと見かけた。昔から島に伝わっている習わしらしい。
先輩団員も、かつてその先輩から手ほどきを受け、その慣習を代々バトンタッチしているのだ。

あぁ、いいねぇ、こういう人生の階段は。
異性の悩みも、将来の不安も、すぐ身近に相談したり、ただ気持ちをぶつけるだけでも、ともかく頼りになる相手がいる。それを代々、順繰りに引き受けて行けばいい。

「服のお下がり」というのは、この発想だった。
同じように、「勉強」「補習」「受験対策」も、先輩がちゃんとマンツーマンで教えてくれたら、塾なんかいらなくなる。

こんな人間関係の綾は、いざ思いつめて殺してしまうまでの間に、何重ものチェックが入るはずだ。
沈んでいる、思いつめた目をしている、顔色に生気のない・・・のような変化を見て、何かを察する周囲の存在というのは、すっかり遠ざかってしまった。似た事件は、今後ますます増える。

だから、アニキ!!姉御!!の存在がクローズアップされると思うし、そうであってほしい。
僕の世代からすると、「タイガースの兄貴」ではなく、「サイキックの兄貴」になってしまうのだが。


竹島戦争

at 2006 04/23 22:31 編集

日本海が、血と炎の色に染まるか!?(実はキムチの色)とヒヤヒヤドキドキしてしまった竹島は、とりあえず日本海海戦延期と決まった。
いずれ決戦の日が来るかもしれないので、キムチ・パワーに「ワビサビ風流」で、勝てるのだろうか・・・ちと心配。

韓国も、あまり身勝手な屁理屈を唱えると「北と大差ないな」と思われかねない体面を気にしてか、海底地名については韓国読みの提案を棚上げしたようだ。
でも、地名ぐらいは、「日本国島根県竹島帰属」と引き換えに、韓国に譲ってもいいのではないかと思う。コチジャン大陸棚、ユッケ・バンク、ピビンパ海淵・・・楽しいではないか。

そういえば、玄界灘という場所もあったっけ。韓国放送公社の「玄界灘に立つ虹」という番組は、ちゅー坊時代の僕のお気に入りだった。
DJはチョン・ヨンジャおねーさんだったなぁ・・・と遠い目になる僕は、平壌放送も聞いて、日ソ友の会にも入っていたんだから、まるでイガグリ頭の工作員であった(実際、こんな甘い玄関口から工作員をスカウトしていたのかもしれないが)。

どなたかがコメントしていたが、A国のものかB国のものか、両国が取り合いしているような領土は、「どちらのものでもない」大昔の状態に戻すのがいい、という考え方もあって、なるほど大賛成。
公海ならぬ「公領」とでも決めて、南極大陸や月面と同じように扱えばいい。
まぁ、実際に「この2国でもめている」とわかっているなら、魚や海底資源は山分けすればどうですかな?と思う。

「だれのものでもない」つまり法的に無主物といえば、野良猫がおなじみの例。
どなたかの買い主責任が付着しているわけではなくても、その地域に住みついているから、コミュニティ・キャットとも呼ばれ。犬にはできないグレーゾーンな生き方だ。
おまえたち、いいなぁ・・・と、僕は常々ジェラシ〜を感じている。

まさか猫と島を同列には扱えないとしても、竹島にいる海鳥は、どこの国が責任を持って保護するのだろうか。
鳥は放っておくとしても、あそこにいる韓国兵は、もちろん韓国籍だろうが、ちょっとくすぐってみればどうか。

「君たち月給いくら?ふーん、20万ウォンか。ここが日本国になれば、ウォンはエンで支給してあげるよ」
とささやいてみると、日本に飛んでくる勢いだったりして。
「ウッ!給料が10倍になるなら、この島は日本のものでいいぞ文句あっかノムヒョン!!」と、武装蜂起してくれるかもしれない。
日本にたとえれば、「沖ノ鳥島はアメリカ領とする。そのかわり海保庁と自衛隊の駐留はそのまま認めて、隊員には出張手当として日本円で月給300万円を支給」というような話だから。

金で釣るようなことは後ろめたいが、まぁ魚心あれば水心というもんである。
日本の竹島に出張すると30万エンもらえて、韓国の独島に駐留すると30万ウォン。どっちがいい〜?
でも、ピクリとも動じない韓国であれば、見直すのだが。


ウラシマ・イシノスケー

at 2006 04/22 23:38 編集

六十数年ぶりに岩手に里帰りできた旧日本兵、イシノスケさんがロシア名イシノスキーというのは、「お見事!!」と変に拍手喝采してしまった。

それはそれとして、60年後の日本は、どう映ったのだろう。
ウクライナでも普通の庶民をしてテレビも見ていただろうから、ルバング島に潜伏していた小野田寛郎さんほどの「サプライズ帰国」ではないと思うが、戦前の日本にも、今のウクライナにもなく岩手に普通にあるものは、何だろうか。
コンビニか?新幹線か?

「女店員が、必ず釣り銭に手を添えてワシに片思いしてくれちょるのじゃ〜ヌハッ!ヌハッ!」と驚いておられるかもしれない(笑)。これは、たしかに社会主義国にはない。
ともかく豊かな日本を実感すると、さぞかし「戦争に負けていながら、これだべか(方言あやしい点ご容赦を)!?」と驚いただろうなぁ。

その豊かな日本人が南アジアへ観光に行くと、「いつか見た日本がある」と感動するらしいが、これほど何でもありの日本からすると、本当にまったく見たことがないものなんて、どこの国にあるのだろう。
まぁ、麻薬バーとか拳銃なんて非合法なものはともかくとして、「えっ!こんなのあり!?」と驚くようなものを見て、イシノスケさん気分を味わってみたい気もする。

それが、ちょっと探してみても、意外に見当たらない(経験したことのないモノなら、考えつかないのも当然か)。
で、いざ発見したら、なんでこれが日本にないのだ!!と怒りに震えるかもしれない。歯科の3mixMP法なんてのを聞くと、医療技術に何かありそうな気もするけど・・・。


現実的ワークシェア

at 2006 04/21 22:10 編集

ジェンダー・トラックの話をしてきた。
これは田嶋自動車(株)の生産する高性能トラックで、ラインナップは遥1号、千鶴子1号、猪1号がそろっている。
・・・というのは、さっぱり笑えないジョーク。

この分野の話になると、就職を目前に気が重くなる善男善女もおられて、強迫観念を持ってしまうものかもしれない。ご苦労さまです。
いったい、家で役に立てますか?と迫られている団塊世代おじさんと、バリバリ働けますか?と迫られて心病んでいる新卒OLと、どっちの悩みがトータルで深いのだろうか。

でも、男なみに働くもん私!!というのは80年代の発想。
過労死寸前の働き方なんか、無尽蔵な人海戦術で成長して行ける中国にでもまかせて、これからは男が「女性なみに手を抜きます」とケツをまくればいい。いや、手抜きといっちゃー失礼だが、「深夜勤務ダメなの俺」「介護休暇とらせてよね僕にも」なんてことが、男性労働者も言えたらいい。

特に、高給取りが怠けてくれれば、自然にワークシェアリングが進むはずだ。
そうして、もっと日本人のんきにダラリまったり行きましょう、と思うのだ。まぁ、現実の労働分配はそう簡単なものではないとしても・・・。

かりに年収300万円夫と年収300万円妻が夫婦でいれば、ぜいたくできないまでも、そこそこの暮らしができるのではないのかと思う。
夫の方はかなりヒマができるから、家事も育児も子連れ旅行もうんとできるぞ。

こんな、森永卓郎さん御推薦の「年収300万円生活」は異論もあるものの、所得水準というのは、低いなら低いで何とかなるものかもしれない。
たとえば、母子世帯が平均年収200万円あるかないか、のような実態が報道されると、「気の毒だ」と思う人もいれば、「しっかり働くべし」と檄を飛ばす人もいるだろう。
ただ、もし僕が若い女性だったら、「へー200万あれば子供と暮らせるんだ」と考える。もちろん、ギリギリの生活に近いだろうけど、200万円でギリギリなら、300万円なら母と子は余裕で食って行けるのではないかい?

極端に丼勘定すると、日本人の平均時間給が2000円弱。北欧なみに年間労働時間1600時間でおさえると、年収300万円。
これぐらいの労働量を、男女公平にこなせる社会になればいいと常々思う。

こんなのは、もちろん丼勘定だから、300万円を3000時間労働で稼がなくてはいけない人もるし、300時間で稼ぐ人もいて、この格差は深刻な問題ではある。
所得格差で勝ち組だ負け組だと騒がれているが、所得格差のない国などない。それより、労働単価の格差こそ問題だと個人的には思う。日本人のこだわる「年収」というのも、何時間働いてそれだけ稼いだか?を問うべきなのだ。

戦後すっかり標準化してしまった「年収600万円夫と専業主婦」というのは、実は危いぞ・・・と実感されるようにもなってきた。
おまけに、いまどきの年金分割やら熟年離婚やらのブームを見ていて、「あぁ俺もそうなるかも」と不安に思って、非婚にとどまっている男性諸君も多いと思う(食わせてやる!と大見栄を切ったツケは重いのだ)。

それはそれで、正しい現実認識といえなくもない。
自活できない彼女と婚姻届を出す前に、ふと先々のリスクを考えてしまうの当然というか、賢明というものだ。

僕は男性至上主義者(!?)だから、男たるもの、彼女の仕事を奪って育児に専念させるなっ!!てめぇが半分やれぃ!!と訓示を飛ばしているのだが、果たしてこれは、もてる男をつくりだすのか、警戒される男をつくりだすのか、正直わからない。
警戒されたくなければ、「仕事大好き家事まるでダメ男くん」を演じるのが利口なのかな。


マイかもめ食堂

at 2006 04/20 22:36 編集

新年度の仕事サイクルがちょうど1週間で一巡して、勘がつかめてきた。
ぎゅっと2日にかためると「週休5日制」にならなくもないが、そうなると憧れの(笑)通勤定期を持つには損。

で、結局いまだに「切符で通勤サラリーマン」なのが寂しい。
いや、別に「鉄道利用機会」が仕事選びのものさしになっているような鉄ちゃん魂からではない!と言い訳しても、上北沢君には見破られそうだ。

今のウィークリーサイクルで何より寂しいのが、午前と午後にまたがった仕事日が水曜日しかないこと。
飲み屋に通う習慣のない僕には、顔がつながっているのは行きつけの食堂だけ(家の近所のモスバーガーに顔を覚えられているのは、少しみっともない)。

実際、なじみの定食屋さんとも疎遠になってしまった。
1食15品目の四季定食とも、絶妙にジュージュー焼けて出てきてくれるサバ塩定食とも、マヨネーズが標準仕様になっていない優良お好み焼き屋も、去年は週1回ずつ必ず巡回(笑)できていたのに。

これぐらいのルーチン変化で寂しい寂しい・・・とはいいつつ、定食屋のヨロコビを満喫する水曜日は、帰宅するとグッタリしてしまうから、こんなヘナチョコ男は仕事をかかえこまない方が利口なのかもしれない。
それはそれで日本経済にかかわる大問題になりそうで、続きは明日の日記で。


やります、やります(坂上二郎さん風に)

at 2006 04/19 22:38 編集

きのうは、「両極端なあんちゃん」が、代わる代わるニュースに登場していた。
一人は、山口で妻子を殺された本村さん。「今すぐ被告を釈放してほしい。私がこの手で殺すから」と宣言していた、話題の彼である。

あの表情は、たとえ被告の無期懲役が確定しても、十数年後に確実に思いを遂げるだろうと日本人だれもが確信しているはずだ。もし「15年」と刑期が確定すると、そのときから15年のカウントダウンが始まり、運命の日には刑務所の前に中継車が殺到し、もちろん警察も厳戒態勢を敷いて、でもマスコミの本音としては「豊田商事の永野会長」のような現場中継をしたくて、殺気立つこと確実。

主役の本村氏など、白装束で、鉢巻きをして構えていたりするのではないだろうか。
そうなるとわかっているからこそ、救急救命士もスタンバイしているし、法曹界にもシンパが一大勢力をなしていて、大弁護団ができるに違いない。
なんだか、煽っているようで、よくないなこりゃ。

もう一人は、あのお騒がせ新庄。
いつものエキセントリックな論法の記者会見で、「今シーズン限りで、ユニフォームを脱ぎます」と言われても、オイオイほんまに引退か〜?と疑われかねない。
また実際に、「ジャジャーン!引退しないよ〜(笑)ユニフォームは毎晩脱いでるじゃないっスか」てな申し開きをしそうではないか。本当にユニフォームを脱いでみせて、「これ僕のお気に入り下着っ!!そう、これCMでした」という運びも、考えられるぞ。

本村氏の言動に、冗談や遊び、ブレが見当たらないのに対して、新庄の言動はまるごと冗談に見えるし、しかも憎めないところがある。これはこれで、お二人ともすごい。
プロポ〜ズをしたら新庄に見られ、何かのトラブルで「許せん!!」と言えば本村氏に見られる僕の不徳からすると、ご両人の重さと軽さは、見習いたいものだ。

社会的には、新庄タイプの人が増えれば、自殺者も心病む人も減ると思う。ただ、本来は本村キャラでなくてはいけないのに、妙に新庄成分がにじみ出て怒りを買っていたりするのが、ヒューザー小嶋社長。
いや、あの社長キャラになぞらえること自体、新庄の名誉が傷つくというものかもしれない(ごめんね)。

グランドステージ住民に「本村成分」が増量すると、社長は夜道を歩くことさえリアルに怖くなるだろうから、今後こんな事件が再発すれば、「ぶれないゴルゴ魂」は、いい手本になって行くかもしれない。
問題は、「だれが鈴をつけるか」である。
あぁ、いかん!煽ってるなぁ煽ってるなぁ・・・。


どうする!哀ふる

at 2006 04/18 21:50 編集

金融庁から全店営業停止命令を受けたサラ金に、街行く人民は口々に「あんなにかわいいCMやってる会社なのに、ひどいですね・・・」とコメントしていた。
いや、かわいのは犬だけで、もう二昔も前に大社会問題になったサラ金そのものですって。
たかがCMといえど、まるで麻酔のように効いてまんなー、と僕はあきれてしまった。

「ご利用は計画的にできない」客と、「キャー、チワワかわいー!!」と嬌声をあげている客というのは、かなり重なる部分があるのではないだろうか。ついでに、清水章吾のような硬い男の目に涙が浮かんだら、「いい人」と思い込んでしまったり(清水章吾は実際いい人だろうけど)しそうで、結局サラ金や闇金のカモになって行くのだろう。
僕は田宮二郎の「白い巨塔」に出ていた「ドクター鼎」時代からの清水章吾ファンだが、だからこそ、その存在感がサラ金CMで再評価されるのはつらい。

そもそも、動物や乳幼児をキャラクターに使うのは、女・子供(と一緒にするのは子供に失礼かも)の理性をとろけさせてカモにしようと考える商人の常套手段。
だから、サラ金がハイエナやハゲタカをイメージキャラクターに使うことはないもんな。あったらすごいけど。

日本文化のキーワードみたいに評価されている「かわいい」は、こと情報が必要な広告や、ちゃんと機能してくれないと困る工業製品にまで感染すると、大事な働きが吹っ飛んでしまうばかりか、ユーザーの判断力を麻痺させる。
かわいいブレーキ性能のクルマなんか怖いし、かわいい文房具なんて事務機能に劣るし、麻酔から醒めると「かわいい害悪」が見えてくるだけなのだ。

だから、「かわいいチワワの会社の恐ろしい素顔」がばれたこれからは、武富士の踊り子もアマゾネスみたいなのに入れ替えて、逆効果を狙うのが得策かもしれない。
たとえばレイザーラモンHGが笑いながら
取り立てフォ〜〜〜ッ!!
なんてCMをやっているサラ金って、実は親切でやさしい、庶民の味方でした。
・・・なんてことは、ありえないだろうねぇ。


森の中のタコ焼き

at 2006 04/17 23:14 編集

今年は花見せんかったなぁ・・・なら一人で行くか標高の高いところへ。
と、裏山に向かった。例によって、3時もすぎてから。下山してくるハイカーと次々にすれ違いながら。

標高といったって400mそこそこだから、案の定とっくに桜前線は通りすぎていて、ほとんど葉桜だった。
でも、青葉の中の花というのも、黄緑色が映えて、なんともいえずいい感じに染まった色合いに見えた。
陽が傾く時間だから、ゆっくり歩く間の色温度のグラデーションも加わる。夏や春、秋のカチンとした光のめりはりと違う、淡い春色の競演は、なかなか気づきにくいし、写し留めるのも難しい。

クールピクスの試写を兼ねて、F3と一緒に持って行ったのだが、花を抜きにして春を表現するのは、意外に難しい。
ベタッと凪いだ光に、ハイライトをつかまえにくいし、シャドーもしまりがない。
あぁ、無限の自然光の綾に、カメラの表現力なんか役に立たんわい・・・と嘆きながら、そんな場面も幸せだったりする。

ただ、幸福中の不幸は、「ここに来たらいつものタコ焼きやな」と楽しみにしてたどりついた茶屋で、店じまいしかけていたことだ。
「もう、おまへんにゃ」と、申し訳なさそうな店のおばーちゃん。
もう、注文するまでもなく、いつも閉店間際にくる怠け者ハイカーだと見破られているのかもしれない。
みっともない(笑)。
でも汚名返上!・・・とまで、気張ることないか。
スローに楽しい、裏山ヒルウォークだから。


新春とは新書の春なり

at 2006 04/16 20:52 編集

文庫が映画と連動したタイアップ企画か、占いとつるんだエンターテイメント路線に走って、どうにもおもしろくなくなってきた(文庫にエンタメなんてフレーズを持ち込んだ馬鹿野郎はどいつだ!?)のに対して、いま新書がおもしろい。
文庫売り場ほどポップも賑々しく立っていないし、背表紙は画一的で整然としているのだが、いま新書戦争といわれるほど激戦区
なのだそうな。

古参の岩波・中公・現代の3新書が斜陽で、コロモを変えてみたり新シリーズを出してみたりと苦心しているのをよそに、バラエティ豊かになっていて、肩ひじ張って取り組む感じがしないのは、なかなかいい。
実用書のようで教養書のようで、よくわからないのが、とりあえず「何かありそう」な感じはする。

で、なんやかんやで新書は毎月5冊か10冊ぐらい買っては、追われるように読んでいる・・・というか、そうでもして勢いをつけないと、すぐ積ん読=デッドストックと化してしまうのが悩みの種。

文庫も単行本も、頭の体操がてら買ってしまう内田樹センセイの新刊が、角川oneテーマ21で出た。題して『態度が悪くてすみません』。
いやいやなんの、武道家は態度良好なのだ。

内田センセイが一貫して追究し続けているテーマが、身体性とモラルの問題。
勤務先の女子大の、杜の中に住む寮生と大阪から通学してくる学生との観察比較など、なるほどなぁ・・・と思う。
都心の何万という匿名の視線や情報の中を泳いで生活している現代人は、いきおい感覚を低感度にせざるをえず、堅いシェルで覆われた自我は、親しい(はずの)(そう見えるだけの?)他者とのコミュニケーションや共感の難しさをかかえてしまう・・・。

こんな方程式は、特に目新しくはないのだが、かといって言語能力アップだディベートだ自己表現だというテクニックで、難問が解決しないことも、よく知られている通り。

体の声を聞くのだ大衆よ!と言いたげな内田センセイの論法もわかるのだが、エステやダイエットや美容整形や、武道の何百倍もマゾヒスティクな、拷問のような身体改造を嬉々としてやっている女性の花道というのも、僕の目にはどこか深遠な修行に見えてくる(小谷真理さんなら、なんと分析するだろうか)。

さて、「この道」といえば、鉄道である。むちゃくちゃ強引なこじつけ・関連づけだが。
内田本と併読して、さわやかに読み通せてしまったのが、野田隆(こちらは高校のセンセイ)著『テツはこう乗る』(光文社新書)。
これはもう、リンク先の上北沢暗室職人君を観察しながら書いたのではないかと思えるレポートだった(笑)。

等身大のテツの生態を描くだけにとどまらず、全日本人の中にひそかに芽がある鉄分をくすぐって、「どうです、鉄ちゃん道楽は特別なことじゃないんですよ、さぁ、あなたも鉄の世界へカモ〜ン!!」と誘惑しているのだ。

たぶん、これを読んで鉄道の旅にマイ・スタンプ台を持って行くようになる「首尾よし!発車オーライ」派も増えるだろうし、時刻表は保管用と酷使用の2冊を買い備える脳内旅行者も増えるだろう。
罪な牽引車である(あぁっ、これも鉄分の高いたとえだ!)。

僕なんか、別に何かコレクションしているわけではないし、ただ素朴にというか、情緒的に「鉄道はええなぁ」と思う程度。
だから、定期入れに折り畳んだ時刻表をにらんで乗り換え駅の階段の位置にこだわったり、その棒あんたの恋人か?と思うほど車内立ち位置にこだわったりしている通勤・通学客の方が、僕にいわせれば「無自覚に鉄分濃厚」である。

そこで、野田さんには、ぜひ通勤・通学電車の楽しみを深く掘り下げて、殺伐としたラッシュアワーの悦楽みたいなものを、紹介していただきたい。地価の安い地方に住んで優雅に特急通勤するようなワーク・スタイルも、これから増えてくると思うし。
そうなれば、「テツでよかった〜」とうなずきあうテツ家族が、幸せをかみしめるのだろう。
上北沢君がうらやましい。やはりこれから、テツの時代なのだ。


望む、女子監督

at 2006 04/15 18:32 編集

中京女子高の野球部が、負傷者続出でピンチ!
と何げなく聞いたニュース、よく見たら普通の男子野球リーグ戦に出ているのだった。
スコアも、18対0とか30対0とか、すごい失点で(これは試合といえるのか?)。
アィタタタタ・・・
そりゃ、守備だ攻撃だの前に、ケガもするって。女子ソフトボールと違うんだから。

別に、ジェンダーフリーでがんばるのよ私たち!!と気負っているわけではないだろうが、ちょっと痛々しい感じがしないでもない。
素人目には、陸上競技や水泳やウィンタースポーツは、ほとんど男女の能力差がなさそうな気もするのだが、野球など最初から「男のための型」みたいなものが決まっているような気もする。
それが格闘技になるとなおさらで、女子レスリングは個人的には不思議と違和感がないものの、女子相撲や女子ボクシングになると、どう見ていいのかも、僕にはわからない。

たとえ合意の上での競技とはいえ、殴る、蹴る、球を投ぶつける、それをかわす・・・のような技は、「する女子」にも、それを見る側にも、生理的に受けつけにくい何かがあるのではないかと思う。
本人が楽しければいいとはいえ、致命的なケガをしかねないとなると、素朴に心配してしまう。
それは差別意識だと言われれば、謹んで拝聴いたすとして。

もし、「高校スポーツは男女平等参加」と大号令でもかかれば、野球をしたい女子高生チームもできてくるだろうけど、今世紀中は「物珍しさ」「ご愛嬌」「試合の華」「私たちの思い出」になりこそすれ、またベースボールそのものの醍醐味からはずれたところで話題にはなっても、はたして「競技の発展」につながるのかねぇ・・・と考えてしまう。
田嶋陽子に「女子野球、なにがダメなのさー!ついでに女だって土俵に上がっていいじゃーん!!」と噛みつかれるのが面倒くさくて、違和感をごまかしごまかし、批評を押し殺し押し黙りしている人はいると思うのだが。

女子が激しい競技するなというつもりは毛頭ないのだが、つい僕の目に留まってしまう眺めが、女子マラソンにしろ女子ゴルフにしろVリーグにしろ、結局オッサン監督(実父というケースもある)が、おなごを支配しているシーン。
この構図が変わらない限り、競技の質が大きく飛躍するとは思えないのだが、チーム役員も競技団体もOGでやりくりするようになる時代が、いつかは来るものだろうか。

して、北京五輪、どうするの?
世界には、たとえばPL学園野球部と互角に試合しかねない、モンスターのような女子ソフトボールチームだって、うじゃうじゃいたりする。
世界で唯一、水着やブルマーの食い込みをせわしなく気にして手直ししている大和撫子バレー選手を心配している現役女子選手もいたけど(わかってることは、わかってるらしい)、日本と対戦するチームは、食い込んでいる瞬間を狙え!(笑)と作戦を立てているのではないだろうか。

もしかすると、JOCやIOC、プロチームではなく、芸能界や広告代理店の視線を意識して競技やってます・・・という選手がいても、不思議ではない(そう仮定すると、荒川静香は立派だ)。なんだか、雑誌『コンバットマガジン』の表紙モデルに萌え萌えみたいな世界ではないか。

今の日本では、最初からスポーツとしてでなく、キワモノとして見るのが、正しい心構えなのかもしれない。
だから、女子プロレスを、かぶりつき席で観戦している堺屋太一元経企庁長官、あなたは正しい!(笑)



巣鴨証券取引所

at 2006 04/14 22:44 編集

証券市場で、ついにライブドアが最後の取引・・・のニュースと併せて、投資家を欺いた報いだとか、虚像に酔ったマネーゲームセンターだったとか、倒れた人に鞭打つようなコメントが並んでいる。
おいおい、そういうことは、投資家が群がっている真っ最中に言わんかいな。
ったく、勝手なもんだ。さんざんホリエモン・キャラを祭り上げて、甘い汁すすったくせに。

僕は投資家でもないしホリエモン・シンパでもアンチでもないから、「ライブドア祭り」のような投資ブームは、至極ひややかにしか見ていない。
第一、まともなプロなら、ライブドア株は先物感覚でころがしはしても、将来性ある投資先として見てなかったのではないかと思う。ポータルサイトなんか儲かる事業ではないし、ソフトバンクのようにインフラをおさえずして通信事業なんて名乗っているのも、冗談のような話だし。
何万人もの、ライブドアに貢いで損したにわか投資家は、高い授業料を払っていい勉強になったのではないだろうか。

キャラがこけて、今ライブドアを引き継いだ平松社長こそ、最初から会社の顔になっていればよかったのにねと思う誠実な実務家に見えるのだが、さて証券市場から退場させられて、これからが大変だ。

ネット取引の時代だから、いっそホリエモンは罪滅ぼしに証券取引所を立ち上げればどうかとアドバイスしてあげたい気もする。東証に重なるのも少し問題はあるが、「巣鴨証券取引所」でもいい。
「ホリエモン証券取引所」でも悪くない。ただ、どの会社も「東証上場」とか「大証上場」は誇りにしているが、「ホリ証に上場」は、こっぱずかしいだろうなぁ(笑)。

でも、そこはホリエクン、未来の投資社会に備えて、ベンチャー企業や、寄付金がほしい公益団体への投資マーケットのような場をつくってほしいものだ(そうなると、証券取引所とはいえないから、要はやっちゃ場みたいになるわな。ハマコーみたいな胴元が、もろ肌脱いで腹巻き姿で仕切っていたりして・・・笑)。

そこではもう、公益法人やNPO、町内会に老人クラブ、勢いで高校生徒会なんてのも、闇鍋みたいにゴッタ煮にすれば、実はその中に将来大化けする砂金が埋まっていたりするのではないだろうか。こんなガラガラポンに賭けるのも、案外おもしろいかもしれない。

(芸能人が多い)某H学園生徒会に、出資しませんか?
なんて話にデレデレと乗るお調子者も、いるに違いない。
と考えると、アイドル・ファンドなんてのもあったのを思い出すし、ライブドアに投資したお調子者というのは、アイドルファンドと同じ心理で、「ホリエモンに献金した」ということではないだろうか。ふつうは企業の業績や事業展開を見て投資するのが王道だろうけど、社長のキャラに賭けるという投資行動も、未熟な投資社会にはありそうな話だから。
出所したホリエモンに、どんな箔がついて、「あんたに賭ける!」という出資者が出てくるか、少し見ものではある。


阪急タイガース?

at 2006 04/13 22:33 編集

村上ファンドに乗っ取られそうな阪神電鉄の株を、阪急が買い戻すかもかも・・・という案が出ているそうな。
助け舟になるのか、なれあいになるのか、素人にはよくわからないが、阪神と阪急は、カレーライスとハヤシライスみたいな関係ではないか?

もちろん、共存共栄できればいいと思うものの、そもそも関西の私鉄といえばJRが共通の宿敵。僕も、私鉄ファンだとはいえ、やはり速さ・便利さになびいて、大阪へ出勤する足も、京都に遊びに行くときもJR。
まぁ、JRも阪神と阪急もトリオで繁盛してもらうのが一番だが。

京阪神を結ぶ阪急が、西は神戸の須磨までしか行かないのに対して、阪神間しか走っていない阪神は、姫路まで乗り入れて独自性を打ち出している(ようだ)。
ただ、JRより遅くて高いのが大減点だから、阪神ファンとしては、奈良まで乗り入れる計画を大胆に結んで、近鉄と提携していただきたい。調子に乗って、名鉄と相互乗り入れしたりすると、おぉすごい、兵庫県と愛知県が私鉄で直結する!!(笑)

正直、神戸に住んで大阪で働いて京都に遊びに行く黄金三点セットには飽きている僕にとっては、「これからは、奈良」なのである。「不倫」「密会」「傷心」のイメージがつきまとう京都より、「地味」「反省」「自粛」の(僕の勝手な)香り高い奈良の方が、不倫にも安全だ。
・・・といっても、不倫もなにも、そもそも必要もなければご縁もないが。

それにしても、阪神電車はどうなるのだろう。
球団経営を放棄した阪急に助け舟を出してもらっても、その阪急だって手詰まりだろうに。


99%カカオ

at 2006 04/12 22:10 編集

なぜか今、カカオ濃厚チョコレートが静かなブーム!!
ということらしい。
わけ知り顔で、「私、50%以上はパス」「あ〜ら私は80%がいいわ」なんて数字をやりとりしているにわか通も、いたりして・・・


そういえば、僕が2月に「年上の人」からもらったゴディバの詰め合わせ(というのは変か?盛り合わせか?)は、50%、65%、75%とカカオ含有率を食べ比べられるようなアソートになっていた。
これぐらいの開きがあると、さすがに味の違いはよくわかる。
ウィスキーをダブルやシングルで、また水で割ったりロックでやったりストレートであおったりするように、そのときの気分で、カカオ濃度を選んで賞味するというのが、粋なのかもしれない。

そこでまず、リンツの「99%もの」がソニープラザで目に留まったので、お買い上げ→試食。
神戸の六甲バター(株)が輸入しているということは、関西限定ということか?

んー、どすこい!と重い。濃厚。
トロリ感が満点だ。
ダース・ビターやロッテのブラックのつもりで食べると、なんかこう、圧倒される。
でも、うまいかといえば、なんせなめらかな粘土を食べているようで、なんともいえない。
結局、「手作りチョコの素材そのもの」という感じ。

だから、わざわざパッケージには、
「その魅力を充分に楽しんでいただくために、まずエクセレンス70%カカオから食べ始め、次に85%カカオというように、カカオ含有率が高いチョコレートの味覚に慣れてから召し上がることをお勧めします。また、お召し上がりの際は少しずつお口に入れ舌の上でゆっくりと溶かしてください」
と書いてある。なかなか親切な「食べ方指導」ではないか。ハイハイ、ゆっくり溶かしますって。

明治の「チョコレート効果 CACAO99%」というのも、よく似た風味だった。
コンビニでこれを買うとき、おなご3人組が、99%と書いてあるパッケージをチラッと見て、「ねーねー、なにが99なん〜?」と相談しあっていた。よほど僕は、「これ、体脂肪燃焼率やで〜食べ食べ」と騙してあげようと思ったものであったが。
たぶん、甘くないチョコレートになじむには、少し時間がかかるかもしれない。

僕は砂糖なしコーヒー、紅茶に慣れて以来、甘くないのが普通と思い込んでしまったから、チョコの世界も、甘いの甘くないのと選べるのが当然になってほしいものだ。
和菓子だと、それ自体が工芸品みたいな感じだから、酸いも甘いも職人さんの決めたままだが、チョコだと私は何%がいい、俺は何%・・・と我が意のまま選ぶような「賞味の作法」が見えてくる。

それはそれで、いいんだか面倒なんだか、「コース・ディナー苦手・和定食好き」な僕は正直よくわからない。バンホーテンの無糖ココアというのも、少し面倒くさかったりする。
どうせなら、コカ・コーラなんか砂糖どっさり・半分・ナシと選べるようになればいいのに。


やったでしょう!いったでしょう!

at 2006 04/11 22:49 編集

痴漢でつかまったサラリーマンが、刑事で不起訴になったのに、民事で「痴漢の事実あり」と裁かれて憤慨していた。
民事裁判の「踏み込み過ぎ」だとか、証拠調べをろくにやらない民事の判事が主観で裁いているとか、逆に警察・検察の調べがおざなりだったのではないかとか、コメントもさまざま。

真相は被告だけが知っているのだろうが、被害者が「このオヤジが私に痴漢したのよ!」と主張する証言が、「なんだかねぇ」なのだ。
こんなことが性犯罪事実の裏づけになるとしたら、もう、言ったもん勝ちの世界ですなぁと思ったのは、「加害者は行為の後、私にウィンクした」という証言を、裁判所はまともに証拠採用しているのだ。
オイオイ、そりゃないよ。

目に虫が入ったのかもしれないし、くしゃみが出そうなのをこらえたら顔が歪んだのかもしれないし、何か反射的に片目を細めるようなことが、あったのかもしれない。
よしんば痴漢があったとしても、ただの表情変化を犯行の裏づけとして採用する前例になったら、片眉毛を動かすクセのある僕は困るわな。「いやらしい目つきをしている」だけで痴漢したということにされ、「鼻息が荒かった」「満足げな顔をしていた」で証拠固めされてしまいそうだ。

被害者だって、困るでしょうに。
「被害者もウィンクしたので、事後合意が成立したのだ」「彼女は恍惚感で目がうるんでおりましたぞ」と抗弁する被告だって、これから出てくるかもしれない。

犯罪は犯罪として立証されなくてはいけないが、言ったもん勝ちのような、一方的・主観的な感じ方は、証拠にしてはまずいと思う。
にっくき痴漢を突き出すつもりなら、周囲に客観的にわかるように「やめたまえ」と言うぐらいは、した方がいいのではないだろうか。

周囲に知られずに、ある人を犯罪者と認めさせるとしたら、「カメラで撮ってましたよ」というような物理的証拠が欠かせないと思う。たとえ加害者が確信犯であったとしても、闇の中で罪を裁くのは、裁判公開の原則に照らしてもまずい。

もちろん、「被害者の人権が尊重されるべし」ゆえに「性犯罪は原告匿名」という風潮もわかる。
が、それだけの証拠がなかったという理由であっても、刑事で不起訴になったら被疑者は被告でもないし、加害者でもない。
とすると、被害者の人権の方が、「推定加害者」の人権なんかより尊重されるのは、平等とはいえない。

痴漢に限らず、自分の発言で、ある人を犯罪者としてしまうかどうかは、こと刑事事件となると責任重大だ。「おまえは能無しだ」「なによ、ヘナチョコ!」というのとは次元が違う。慎重に立件してほしいものである。

だから、もし僕が女性なら、ちゃんと証拠をおさえて犯人を突き出すと思うし、ホモ被害に遭ったとしても同じ(物陰におびき寄せて、私刑を下すかもしれない)。
もっとも、黒木瞳に痴漢されたら、証拠は完全もみ消し工作して、ぞんぶんに被害に浸る(!?)と思う。・・・あぁ、そうなりゃ「被害」ではないな。


近江みやげクールピックス

at 2006 04/10 22:32 編集

18切符の「食べ残し」を消化できるのは、もうこの日曜日しかない!というわけで、3時をすぎてから、新快速に飛び乗った。
演歌の世界じゃ、旅立ちは北へと決まっている。
でも、夕方から出て鈍行で往復できる「モト取れ路線」なんて、著しく限界がある。

そこで結局、近江舞子まで乗って、のどかな琵琶湖岸を眺めながら、ひたすら「車内読書の時間」を過ごして、とんぼ帰りしてきた。片道1890円だから、まぁ、モトはとれたでしょう。

比良山にはまだ雪が残っていたが、ホームに出ても、やんわりと暖かい。
あぁ、もう本当に春なのね!まぎれもなく冬は逝ってしまったのだ!帰っておいで俺様の時間!手を伸ばせばそこに私の時間が広がる・・・その冬はもう、去ってしまったのだ・・・
と、わけわからん感慨に浸って、ただの消化旅行でしかない「新快速ちんたら往復」で切符を使いきってきた。

手ぶらで帰るのもなんだから、ソフマップに寄ってみると、クールピックスが在庫一掃されていて、「ラス1」だった。
価格コムの最安値より安い。ポイントも10倍つくし。
気がつくと、「琵琶湖みやげクールピックス」を手に、家路についていたのであった。情けないやら…
でも、運が良かったわけか?

あのニコンも、フィルムカメラ生産を大幅縮小!というので、年明けのおマニヤ界は動揺していたものだが、デジカメも元気がない。もう、三菱グループお先まっ暗なのか?
ニコンは昔からスイバルにこだわっていて、クールピックス900シリーズも――今みると巨大で持つ気になれないが――独創的な回転メカは世界中にファンがいた。

そして、価格コムの掲示板では「もしかするとスイバル機の最後になるかもしれない」とささやかれていたS4は、「メーカー生産完了」になったとたん、値上がりしはじめた。
まぁ、変なプレミア価格はつかないだろうが、市場に出回らなくなる(コンタックスのスイバル機がそうだ)と困るので、「ラス1」チャンスに僕は飛びついてしまったのだ。

ウェストレベルでかまえて自然なスナップが撮れるのは、スイバルの、そして設計が自由なデジカメならではの利点なのだが、わが買い物を採点する電脳検事D氏にいわせると、「よからぬアングルで撮れるしな」と、冤罪発言ビシバシである。
もちろん、そんな趣味はないので、「猫写真に好都合」ということにしてこう、購入動機は。

S4は珍しく単三電池駆動なので、充電で困ることはないし、スイバルならではの奥行きのとれるレンズ設計のせいか、10倍ズームもなかなか強力だ。
変な沈胴メカニズムも必要ないから、撮影時と電源オフでサイズがまったく変わらない。よけいな電力も使わないですむし。

とまぁ、わが魔窟は下手するとデジカメまで「2けた」行きそうで、自重せねば自重せねばと思うのだが、ライカとローライという2大「禁断の森」が手つかずだから、もうカメラ屋にはあまり立ち寄るべきではないな。
とはいえ、デジイチにはまったく興味が湧かないのは我ながら不思議で、それが「防波堤」になっている加茂…。


ひさトラ

at 2006 04/09 22:47 編集

鍵交換や何やかやで少し落ち込みながらアパートに帰ると、スキー休暇も含めて長いこと会ってなかった「隣りのみよちゃん」ならぬトラちゃんが、ニャーニャー鳴きながら、つつつーーっと出てきた。

いやー、お久しぶり!!
きみは、傷心のツボというのを、よくわかってるねぇ〜・・・と、スリスリお返し大サービスをしてあげた。フガフガ喜んでいた。
指パッチンで車庫の車に飛び乗る芸は、もう仕込んであるので、昨夜もおとなしくボンネットに飛び乗っていただいて、じゃれあっていた。

そこへ、車のオーナーの居酒屋ご主人がやってきた。
無愛想で、愛車に乗っているトラちゃんを以前どやしつけていた硬骨漢。
と思い込んで、僕はあまり、というよりほとんどつきあいもなかった。

ところが、この夜はやけに上機嫌だった。
トラちゃんは本能的に身を隠していたから、「愛車の横の不審者」にしか見えなかったであろう僕に、ニコニコほほえみながら「遅うおますな」と声をかけて、車を出して行った。
よほど、いいことでもあったのだろうか。

あとに残ったトラちゃんと、僕は再びスイ〜トなひとときを過ごした(笑)のであった。
生暖かい春の夜の、「白日夢」であった。


時給201万円

at 2006 04/08 21:51 編集

ワタクシは、ノータックズボンが嫌いだ!
と、自称ファッション評論家がファッション暴言家でしかない破れかぶれなことを吐き続けるには、ちゃんと理由がある。
・・・つもりだった。
あんなところスカスカさせて、男たちの暴れん坊将軍を泳がせておくユルさは嘆かわしい!とか、
短足の日本人が、ことさらに象足化して短足を強調する愚よ!とか。

ところが実際、スーツといえばタック入りズボンが定番みたいになっていて、ツータック、ひどいのになるとスリータック(なぜかイラン人はこのタイプのズボンが大好きなようだ)、まるで男のプリーツよろしく、ひだだらけになっている。
いったい男のズボンは、どこに行く?

「多数派」は経済の法則で安くなるから、選択肢が多くて安いだけが長所だろうか。だから、通勤スーツは「作業着」と割り切って、ゆるゆるズボン数着は持っている。

そのブラックスーツを着て通勤したところ、たしかに下半身はゆるゆるで楽ではあった。暴れん坊将軍は暴れなかったし(笑)。
で、電車で職場まで往復して帰宅すると、ポケットに入れた鍵がない。
考えられるのは、電車の席に座ってる間か、立つときに、席に落ちたハプニングぐらいだ。走ったり宙返りしたりしたことはないから。

JRに届け出てはみても、部屋の鍵がないと、玄関前までしか帰宅できない。幸い、大家さん宅が近所だったから合鍵を借りて帰宅はできたものの、こんなことは初体験だった。
めげるというより、腹立たしい。あくまでも、スーツが悪い!ということにしといた方が、精神衛生上はよろしいかもしれない。

部屋の合鍵は、500円かそこらでできるから大した損害ではないのだが、驚いたのが、自転車の鍵だった。
合鍵を作ってなかったので、最後の鍵をなくすと鍵屋さんに開けてもらうか、ワイヤーを切断して力まかせに開けるか、しかない。
実際、細いワイヤーの鍵をなくしたときは、金鋸で切断してやったこともあるが、簡単にできる・・・ということは、防犯効果も乏しいわけで、極太ワイヤー錠に換えていた。これが災いした。
専門家に頼むしかないのである。
近所に「鍵の救急車」屋さんがあるので出かけて行って相談すると、なんと解錠でも切断でも、「8400円(!!)です」という。
人の足元を見たような料金設定である。クッソー・・・

とはいえ、しかたない。
最初に料金を明快に言ってくれたのは良心的かいなと思い直して依頼すると、ものの20分で、「救急車」がやってきた。
せんだみつお似のあんちゃんが、2本のピンを鍵穴につっこんでシャカシャカやると、あれまぁ、15秒ほどで開いてしまった。
なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜っ!!
と、あっけないこと、あっけないこと。
これで8400円。
ボロいでんなぁ!1分で33600円。時給201万6000円!!・・・
せんだみつおよ、あんたは松井秀喜か!!(笑)

こうなるなら、いっそ、ピッキングの勉強をしておいた方がいいかもしれない。
とさえ思ったぞ。17%本気で。

いやはや高い授業料ではあった。
「合鍵は、最後の1つになる前に作っておくべし」とレッスンを受けて、8400円。

それにしても、ポケットの中が鈍感になるツータックズボンも、やはり悪者である。
八つ当たりで悪いか!


祝!民主自由民主党

at 2006 04/07 15:35 編集

民主党の顔が小沢イチローになりそうな勢いで、それは偽メール自爆の後始末かもしれないが、僕は「その先」にワクワクする。
もとは自由民主党にいて、飛び出して自由党をつくって、いま民主党にいるイチローである。何が起こるか・・・

僕が与党の政治家なら、「そろそろ野党やめて、うちと合併しないか?あなたは幹事長までやった人だから、官房長官ポストは用意しておくよ。そのあと大臣ポストも」と、勧誘する。
実は、小泉首相も「自分の後を継げるのは、イチローさん」と思っているのではないだろうか。

筆頭野党といっても、そもそも「元自民」の議員が多い政党だから、「そうねー、合併すれば万年野党から抜け出せるわけか」と、あっさり古巣に戻りたがるやつもいるにちがいない。
そんな調子のいいこと、許せん!という善良なセンセイがたは、新民主党を結成する・・・とまぁ、これは社会党の末期と同じ構図だな。

合併した民主自由民主党(笑)は強力だ。政党政治ったって、まるで旧ソ連か中国である。
総理をめざす河村たかしには奮闘していただいて、ぜひ名古屋弁で首相就任演説をやってほしい(将軍と呼ばれたりして・・・笑)。結局、僕が見たいのはそれだけだったりする。
「そりゃーおみゃーさんよぅ、無責任だがも」と怒られても、ぜんぜん不愉快でないのが、将軍様の人望というものか?


スッキリしたい

at 2006 04/06 20:28 編集

18切符が消化できずに、まだ残っている。この「ノルマ感」が、くせものである。
神戸からだと、琵琶湖岸あたりまで往復すると元がとれる計算になるのだが、使うからにはとことん得したいという貧乏性が出てしまう。

新年度の仕事の準備でバタバタやっていると、放浪気分は飛んでしまったし、こんな格安切符なんか持っていると、かえって腰が重くなってしまうのは僕だけだろうか?

JR西は、近畿中心部だけ1日乗り放題で2000円の京阪神おでかけ切符というのも売っているのだが、これなんか「利用1週間前に発売」という前売り制をとっていた。
大阪から京都とか神戸にぶらり遊びに行く程度の電車利用を、1週間雨から計画を立ててないといかんのか?・・・と首をかしげてしまうほどに不便で、利用者のことを考えてない。さすがに最近「1週間前」は短縮されたようだが。

だから18切符も,残りはチャージして繰り越せるとか、ちょっとは便利になってくれたらとも思うが、5枚ワンセットという制約が、かえってやりがいを感じさせるのか?

あぁしかし10日は出勤だから、あと3日。どこに行くべきか。
熊本をめざす気力はないし、瀬戸内に沿って魚でも食べにいくか?
楽しいんだか気ぜわしいのか微妙なノルマが、まるで「春休みの便秘」である。


新入社員ファッションチェック!!

at 2006 04/05 23:23 編集

もう入社式は終わって。新入社員は勤労に励んでいるはずだが、リクルート・スーツというのは、いわゆる「シューカツ用」からそのまま通勤服に使い回すものなのだろうか。それとも、ちゃんと別にあつらえているのか?
ともかく、ドブネズミ色の、一目でそれとわかる新人プロレタリアートが、盛り場のそこかしこで群れている。なんだろねーこりゃ。

そりゃ、まだスーツが板につかないのはわかるとはいえ、なぜそろいもそろってドブネズミ色なのか。僕の卒業シーズンは、こんな陰気な統一服はなかったぞ。
横並びでないと不安なのか?出る杭になって打たれるのが、こわいのか?

たしかに、いざ出る杭となると、成人式のような無軌道に走りかねない世代だから、無難にドブネズミ色の仮面をかぶっておく・・・ということかもしれないが、それにしても、ねぇ。
陰気すぎる。
ピーコさん、なんとか喝いれてやってくれ!

まだ一人前の仕事ができない新人は、ファッションにうつつを抜かしている場合ではない。
と新人自身が考えているなら、あんたら精神年齢中年か?と言いたくもなるわい。いまどき、部課長だって、ちょい悪オヤジを自己演出したりしているんだから、いい若いもんが、爺さまのジャージみたいな色使いのスーツに収まっているのは、もったいない。

仕事ができないからこそ、まぁ問題発言だと謗られるのを覚悟でいえば、職場を明るくして、人によってはジジババの回春剤として機能するのも、新人の仕事みたいなものではないか?
だって、ほかに取り柄がなければ、ファッションセンスが売りになるでしょうに。

こうして、小鳥のような新人のOLは「ちょい悪に見えて実は極悪」というおちゃめな上司にしてやられ、仔牛のような新人クンは、ちょいツボ(ちょいとお局)のお姉さんにつまみ食いされ、人材が循環して行くのが会社社会というもの(か?)。
1年ワンクールの人材サバイバルゲームが、いよいよ始まった。

だからこそ、勝負服で行かねば!
なんなら、軍服でもいい。
まぁそれは自衛隊以外では難しいから、せめてドブネズミ色の下は、妖しいエナメル光沢インナー!!なんかで決めてほしい。
大沢伍長(おっと、なりきるか)は、撃つのを忘れて白旗をあげるから。


花は桜のみを愛でるものかは

at 2006 04/04 21:55 編集

花見客のご乱行が年々エスカレートしているようで、地元の住民は悲鳴をあげているんです!!キィ〜〜〜ッ!!
というルポを見かけた。

なるほど、怒鳴る歌う踊る散らかす燃やす捨てる吐く・・・の醜態を見ていると、のどかな花を愛でる宴会とは縁遠いマス・ヒステリーにも見える。
周辺住民の皆さん、大変でしょう。

こんな「騒音源」を迎え入れて地域経済が活性化するとでもわかっていれば、しぶしぶ受け入れるのも、ありそうな話。
ところが、しょせん花見客はテキ屋の網の中だから、地域にとっては百害あって一利なし。お気の毒に。

ときにあの某都知事以上にタカ派になる僕が、もし副知事だったら、機動隊の放水車でも巡回させ、夜10時以降に騒いでいる連中に「水をさす」ね。知事も都民もフジサンケイグループも(?)拍手喝采してくれるだろう。
だめか?

日本人の哀しい習性に合わせて、花見スポットをオートキャンプ場みたいに区画整理して、時間いくらで貸し出すのもいい。
おそらく大阪では無理だが、東京都民なら、おとなしく仕切られて宴会ができるのではないだろうか。

バイオテクノロジーが進めば、1日だけ開花する、そのかわり金銀七色に輝く夢見心地の桜の花なんてのも、開発されるかもしれない。1日だけなら、花見もいいでしょう。
でも理想をいえば、息を呑むほど美しく、歌ったり踊ったりするのを忘れて陶酔してしまいそうな花なんてのが生まれれば、スマートというものだ。
テクノロジーついでに、ごちそうの中に毛虫がポロポrポロポロ落ちる桜とか、たちの悪い花粉をばらまく桜、大声に反応してしぼんでしまう桜なんてのも、あればおもしろい。

もっとも、行儀の悪い酔客をどうにかするのが先決で、桜は自然なままでいてほしい気もするから、一番自然な花見公害対策としては、雨天が続けばいい。

あぁ、でも大阪城公園みたいに、土建業の心得あるホームレスが立派な戸建て住宅をおったててしまったりすると、雨だろうと寒波が来ようと余裕のよっちゃんだ。
たぶん僕のようなやつが、テントやタープを持ち込んで得意げに花見しているかもしれないし、雑誌は「今年の花見は、ゴアテックスが必勝アイテム」なんて調子で悪乗りしかねない。

そこまでするか?と言われつつも、今年も来年も、10年先も、阿鼻叫喚の年中行事は続いているだろうねぇ。もっと価値観が多様化すると、夏や秋の花を愛でる花見、冬は雪見・・・というのも、しゃれた行事として広まって、宴会が分散すると思うのだが。

ドドーーーッと桜の花見にばかり群がるのは、イモの子を洗うがごときプールや江ノ島みたいで、どうしようもなく恥ずかしい。
こと花見に限っても、井の頭公園と、弘前や吉野山をくらべて見ると、地方の文化水準の方が、はるかに高いように見える。


附属天国

at 2006 04/04 00:02 編集

4月最初の月曜日・・・というので、入学式や初出勤のニュースが、なんとなく晴れやかな季節感を届けてくれる。

ここからはや1カ月ほどで、五月病へと堕ちて行く善人が多かったのは、もう昔の話なのだろうか。
そんな時期を見計らったかのように、原理運動の学生カルトが、キャンパスを狩り場に「迷える子羊」につきまとっていたものだが。

キャンパスといえば、同志社と立命館が小学校を開校したそうで、京都お受験熱がどうたらこうたらと話題になっている。
マーケティングでいう囲い込み戦略は、教育市場でこそ大本命になるから、「附属ブーム」は、少子化なんかよそ目に、ますます過熱する気配。これで「京大附属小学校」なんてできれば、京都お受験界は、応仁の乱みたいになるだろう。

わが母校も、小学校を開校したり、幼稚園を持つとなりの大学をM&Aしたりと囲い込みにご熱心で、あとは保育園だけ。もし夜間保育とか24時間保育まで始めれば、0歳から大学、大学院までひと続きの純粋培養ができてしまう。
実際、「親子三代・四代同窓生です」なんてコーナーが、同窓会誌に連載されているぐらいだから、こうなるともう、信仰に近い。
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2006年3月の日記
まずゲレンデ篇

at 2006 03/31 17:50 編集

ほとんど、「冬だけのメル友」のようになっていた横浜のスキーヤー(コードネーム=つっちー)と、現地で落ち合うことになった。
年が明けて、「今年も、行きますか」「天気が悪くてどうしよう。行くべきかやめるべきか」「私は決めました」・・・と、五月雨のようなメールを、ぽつりぽつりといただいて、オモムキのある(笑)計画が進行。結局、シーズンも終わりの3月末に決行と決まり、僕は大阪からガラ空きの夜行列車に飛び乗った。

太平洋側は桜の便りでにぎわっているのに、北陸線から信越線に入ると、いきなり雪国だった。
当然、ゲレンデはふかふかの新雪。もう、来週いっぱいで営業終了するのがもったいなくてしかたない。

もっとも、ガラガラの客入りを見ていると、毎日やればやるほど赤字だろうなーと、一目瞭然。
客の立場としては、ありがたくゴンドラもリフトも滑り込み状態で乗らせていただいて、おまけに宿が半額に近いマル秘リフト券を仕入れてくれたから、元が取れること取れること(笑)。

ガラガラなのをいいことに、ここの最長コース8.5kmの「一人タイムトライアル」もできた。何年か前に、ボーダーでもある堀江社長とデュアル・レースをやって記録した9分のタイムは、衰えてないかなー?と思いきや、ほとんど同じタイムが維持できていた。ひと安心。

1100mの高度差を、10分足らずで降りて来られるのは、やはりスキー(かスノボ)ならではの技やなーと思う。
時速50kmぐらい車でもスノーモービルでも出るけれど、これだけの斜度だと、制動とステアリングが追いつかないだろう。そこは、人体と人力と板だけのシンプルな運動が魔法のような力を発揮してくれる。
この意外感が、なんともいえない。

ただ惜しいのは曇天で、やはり暖かいせいか水蒸気で煙って絶景が堪能できない。
そんな遠くばかり眺めて滑る悪いクセで、林間パウダーを滑る講習で、立ち木に激突してスキーを飛ばしてしまったのも、唯一お恥ずかしい失態だったか。

コーチには心配かけてしまったが、ふかふかのパウダーは十枚重ねの羽毛布団のようで、滑りごたえは極上。基礎系のンストラクターからは「ふざけた板」と笑われる我がサロモンのフリースタイル用ファット・カービングは、絶大な浮力で、新雪を泳ぐように滑ってくれる(腕がついて行かず暴走したのだが)。
これはもう、ぜひ来シーズンも林間に突入しないと、銀世界の羽のような板の性能も持ち腐れやね。

・・・とホクホク、悦楽と幸福をかみしめて過ごした妙高の「人間模様篇」は、また後日。


演歌じゃないが・・・命くれない?

at 2006 03/30 08:02 編集

「生きていてもつまらんし、自殺する勇気もないから死刑でええわ」と言い捨てた幼女殺ロリコン男、

「ほんっと、いい先生よ!」と定評がある傍ら、7人安楽死させていた外科医、

「訴訟能力あり!詐病で後半延長しても無駄だ」と死刑が確定しそうな麻原彰晃。

あまりにも、命が軽いなぁ・・・と嘆きたくなるような事件がたて続けに報道されている年度末は、そういう「旬」なのだろうか。

安楽死させられたのは、書面での意思表示などできない状態の、いずれにしても死ぬ間際の患者だっただろうけど、リビング・ウィルが書面で残ってなかったのは致命的だ。

こんな処置を尊厳死というなら(学問的にも判例上も、これは消極的安楽死で、刑事訴追を免れないだろう)、教師の生徒への暴力は「愛の鞭」、児童虐待はスパルタ教育、ストーキングは「深い愛(笑)」ということでかたづいてしまうぞ。

究極は、あの教祖の仕業も「ポアしてやった」徳ということになる。
なら、教祖は国家にポアしていただいたのだ、ということでまとまらんのかな?・・・だめだろうねぇ。

こんな殺人犯の命となると、憎さ余って八つ裂きにしてしまいたいのが、国民感情だろうが、命は重くあってほしい。死刑囚を大事に守ってやるというより、「生かしておく効用」を考えてはどうかと思う。
そうして、囚人は生きて真相を語って、償いをしてほしい。そのための、終身刑・・・はだめつぃても、超長期刑を提案するね、僕が裁判員になったら。

そういえば、桜の季節だ。
願わくば 花の下にていざ死なん・・・という和歌もあって、どこか憧れる日本人は少なくない。
でも、そんな一見美しい死に方も、はかないといえば、はかない。
日本人の今の感覚は、いつからこんなに薄くて軽くて忘れられやすいくなったのだろうか・・・
と、桜吹雪に涙する(笑)今日このごろ。
なぁに、涙ったって、「ちくしょ一!もっとスキーしたいのに」の悔し涙なのだが。


実は医師の平均寿命は短いらしい

at 2006 03/28 09:41 編集

厚生労働省が、全国の勤務医の勤務実態を調べて、平均労働時間を出している。
平均で週63時間というのは、忙しいサラリーマン並かな?と思う程度の労働量だが、最も働いている医師で週150時間超!!というのは、凄まじい。土日も休まず、毎日20時間以上ですがな。
または、土日はしっかり休んでいるとすれば、毎日寝ずに30時間ずつぶっ続けで働いている計算になる。すごい!

勤務医は、庶民が想像するほど高給取りでもないし、おまけにこれだけ慢性的に過労に追われ、3時間待って3分しか見てくれないと紋切り型の批判を受ける。事故を起こせば訴えられる。
かなり、お気の毒な職業だと思う。

これだけ医師が一人で二人分も働いていても、医療費は増え続け、さらにコストを抑えにゃかん、というので診療報酬が引き下げられようとしている。
どうにも、ゆとりのない環境に追いやられてるようで、お気の毒なだけでなく、危険なことですらあると思う。

日曜日は会議で、顔なじみの麻酔医と久々に顔を合わせたのだが、この先生、ふだん仕事の合間に職場の楽屋裏のソファーでぐったり休んでおられる姿をよく見かけた。
まるで、「過労」が麻酔医に麻酔をかけているような姿だった。

スローライフとかロハスから一番遠いところに置かれているのが、こうした超過労ドクターたちだ。それを思うと、仕事を自分で選り好みしつつタレント(?)なんかやっている橋下弁護士などには、もっと「公務」を引き受けてほしいものだ。

こんなタレント弁護士はごく一部かもしれないが、タレントができる程度の余裕ドクターというのは、めったに見かけない。
まぁ、ちょっと勘違いしている様子の女医さんはチラホラ目に入るが、クイズ番組に出て血管縫合パフォーマンスを披露するとか、タレントを目で殺すとか、そんな芸はなかなか見せてくれない(個人的には、痔になれば、専門外です!と拒まれても、香山リカ先生に診てほしいというか診させるというか、無茶するだろうけど)。

芸といえるのかどうか、オリンピックに医者や医学生がちらほら出ているのは、日本では考えられない欧米人のゆとりかもしれない。昔、マラソンにフランク・ショーターという名選手がいて、たしか外科医だったような気がするけれど、この前のトリノにも、医学生のスキー選手がいた。

それと比べると、ゴルフかホステス遊びぐらいしかできない日本のドクターはお気の毒だ。
ましてや、オリンピックに医学生が出ようものなら、財前教授みたいな偉い先生ににらまれて、冷や飯を食わされかねない。医者の卵には、粛々と勉学・修行に励んでほしい一方で、人間として豊かな人生経験も積んでほしいと思うのだが。

あの荒川静香は、成績がよくない時期には無愛想だの表情が硬いだの陰口を浴びていたようだが、もし、「本業、医局員」という一面でも見えれば、クール・ビューティーは本物に見えてくる。

だから、安藤美姫は今から河合塾にでも通って、看護大学をめざしてもらいたい。真央ちゃんは、今からスーパー家庭教師チームを組んでやれば(萌え盛っている医学生が、無給でもやってくれるだろう)、「笑ってばかりの癌専門医」になれそうな気がする。勤務先には患者が殺到して行列どころん騒ぎではない、宿泊設備がついた待合室まで必要になるね。

明るく、末期ですねっ!と宣告されると、「心配停止」。
ドクター真央に診てもらうまでは死ねない!と萌えあがった癌患者が、生存率をぐんぐん上げるかもしれない。
こりゃ必ず日本の医療を明るくするはずだ。


失業先生

at 2006 03/26 20:43 編集

ある大阪府立高校に登用された民間人校長が、「部下」たちの総スカンをくらって、辞職に追い込まれた。
それぞれ、「言いたいことがこの何十倍もあります」と言いたげな記者会見を開いて切々と訴えていた。

こんなとき、「答え」は往々にして両者の間というか、えぐられた深い溝の中にあったりする。
だから、双方の言い分を吐き出してもらった上で、生徒(会)あたりが行司役していただくと、案外すっきりするのではないかと思った。

そうなれば、だれの首も飛ばず、無血の学校改革ができたかもしれないだろうに、民間企業社長から「横滑り」してきた校長が、泥をかぶるというか腹を切るというか、涙をにじませて去ることになってしまった。
あくまでも生徒が出した結果ではないから、追い出した側が力で勝ったのか正論で勝ったのかは、わからない。

校長の細々とした暴言や強引な手法とやらは、一件ずつ俎上に乗せて解決して行けばいいと思うが、そんなことが積み重なるうちに、いやもしかすると最初から、「企業出身の上司」に、「企業を知らない公務員」が全人格的な不信感を持ってしまった可能性もある。

このへんの文化の違いは、「教員文化は変わろうとしないんです」という社長校長の指摘に、にじみ出ていた。
たしかに、民間企業の経営と学校経営は、同じやりかたでは片づかないと思うのだが、そもそも民間人校長を「横滑り」させて、いきなり校長に据えるという府の発想が、ちと乱暴ちゃいまっか?とも思う。

期待された効果というのもわからんでもないが、よそ者を「現場」が歓迎しないのは、火を見るより明らかだったはず。たとえば、もし府立病院の院長ポストに同じような人事をやったらどうなのか?
改革しなくてはけない部署は、学校のほかにいくらでもあるだろうに・・・と、疑問符も沸々と浮かんでくる。

校長職というのは、いきなり教育畑に飛び込んだ篤志家に勤まるほど生易しいものではないだろう。いや、「子供好き」だけで保育士が勤まるわものではないし、鉄道好きだけでポッポ屋が勤まるわけでもない。

あの社長校長だって、自分の会社に教師一筋30年のオヤジが営業担当だ経理担当だの取締役で来たら、使い物になるかどうか、ちょっと想像してみたのだろうか。
学校運営と会社経営の共通点と違う点を見抜けるプロこそ、本当に必要だと思うのだが、なかなか畑の間の溝は深いようだ。

そして、結局は「揺り戻し」で、教職課程・教員試験エリート・教育畑一筋の三拍子を何十年か刷り込んだ「教育漬け物」が、教頭・校長にすんなり収まって行く人事は、基本的に変わらないのかもしれないなー・・・とも思う。

学校が学校として、成果主義だコア・コンピタンスだと企業の論理に振り回されず、牧歌的に「理科」や「古典」を学べた時代は、よかったのかどうか・・・。
企業や医療や福祉のプロは、専門学校や大学にどんどん入って来ているけれども、中高生には、ビジネスを教えた方がいいのか、ビジネスに直結しない勉強が大事なのか・・・。

学校で寝てバイトで生き生きしている少年少女を見ていると、勉強しろ!!と檄を飛ばしたくなるのは正直なところなのに、ガリ勉くんを見ると「働け!旅しろ!」とけしかけたくなる僕とて、正解はわからない。


大阪ほんわか条例

at 2006 03/25 09:20 編集

PSE法に続いて、おせっかいな公権力といえば、大阪府の青少年保護条例にも、ブーイングが高まっている。
声をあげる中高生の気持ちはよくわかる(でも、喫煙と売春だけはイカンよ)。

たしかに、家族や街の大人が、非行から子供を守る役目を果たせていないから、司法で管理してしまえというのも、必然的な流れかもしれない。
とはいえ、法令や条例で取り締まるからには、もっとクリアにできんのかねぇ・・・と思う部分もある。
あいまいな部分を残していたら、そこは警察や学校の「行政裁量」という名目で、怪しい取り締まりや処分が横行するだけ。
そんな意図が透けて見えると、息づまる感じがして反発もしたくなるだろう。

たとえば、「深夜徘徊」とは何だ?学習塾の帰りにコンビニで息抜きするのはいいのか、いかんのか(深夜まで子供を塾に行かせる家庭というのが問題じゃろうに)。
僕は少年時代も中年時代の今も、沈丁花の香りに誘われて深夜徘徊すしているが、この風雅は14歳にも味わってほしいねぇ(でも、歩きタバコと声かけ売春はイカンよ)。

あと、「有害サイト閲覧」というのも、まじめに条例でとりあげている非行だそうだから、笑える。
こんなの、どうやってチェックするの?検閲を禁止した憲法に抵触するぞこりゃ。
つでに、僕のサイトは、有害なのか!?有毒なのか!?(両方か)

暴力は、映画やテレビになんぼでもあふれているし、むしろ見世物のような若手芸人いじめ、トンデモ科学、恫喝占い師の方が、教育上よろしくないわい。
エロ映像なんか飽きられてしまって、「実体験」へ直行できるサイトが星の数ほどある。まだ、「雑木林エロ本探検隊」の時代の方が、夢とロマンと情緒があったわい(笑)。

サイバーな売買春マーケットへ直行できる端末を、親が買い与えたりしてるんだから、この親たちこそ、おのれの罪に気づいていない加害者だろうに?とさえ思う。いや、そうならざるをえない社会構造になっているのが、世の中の難しいところなんだが。

そこへ、べからず集だけで安全が担保されると考える政治屋は、相当おめでたい頭の持ち主だ。どうせなら、大人の知恵というのを、見せてほしいわな。
法律は、規制と禁止と義務を体系化したものだから、逆に奨励と推薦と称賛を並べたプラスの規定集を、ぜひ国会で審議していただきたい。

たとえば・・・
恋をしましょう、旅はいいもの、野外で遊ぼう、動物みな友達、そしてShin-Osawa stationは有益サイト!
この5カ条だけでいいかもしれない。あとは細則で補って行けば。

まぁ国会は少し難しそうだから、こんな理念を「わしらだけの内輪で実践するのだ」というところから、小さな理想郷づくりが、明治以来あちこちにできては消え、できては消えしているのだろうね。カルトと紙一重の「ミニ帝国」も含めて。

せめて、ノリのい大阪でこそ、間抜けな偽善条例を廃止して上の5カ条を制定すれば、ひったくり犯もホームレス率も全国2位ぐらいには低下して、幸せな街になると思うのだが。


ビンテージ免除!

at 2006 03/24 22:46 編集

やれやれ、天下の悪法PSE法が骨抜きになってくれそうだ。
この悪法が問題になりはじめて、あたふたと役人が考えた救済措置は、「ビンテージものは除外してやろう」。
これには笑えた。たぶん、役人らしく、数値設定だ数値設定だ数値設定だ・・・というので、「79年までの製造品ならいいだろ」と。なんじゃそりゃ。

ビンテージの意味がわかってないやつは、わかるまで、ビンテージなSMクィーンに縛られて(これはボンデージ)講義を受けるべし。その費用には、税金を回していいから。

SMはともかく、「ビンテージ」などというから、定義ができずに混乱するのだ。
雑誌なんかで、ビンテージ・カーとかビンテージ・カメラと銘打って紹介されている品々も、首をかしげるようなのがあるから、人によって思い入れが反映されてしまうのだろう。

トヨエツの同級生K林君は、僕とビンテージ・ラジオ収集を競い合っているが、真空管ではなく、あくまでも70年代のBCLラジオ。このあたりが、豊川君とK林君と僕の世代の「ビンテージ」だ。
あんまり古すぎるのも実用性がないし、「えっ!古いのに、こんなにちゃんと聞こえるの!?」と少年少女を驚かせてこそ、ビンテージの楽しみがあるってもんだ(この手を、僕は集めている昭和40年代カメラで発揮する)。

そもそも、数値だけで定義するのも難しい。
たとえば、故きんさん&ぎんさんと、ドクター日野原は、どっちがビンテージ度が高いのか・・・となると、答えられないものだから。

結局、中古家電はビンテージ云々は抜きにして、「買った後で検査するなら売買よろしい。くれぐれも、検査しなさいよ」というところに落ち着くようだから、PSE法は、ポーズだけでしかない法律になってしまった(車検証みたいな証票でも交付するつもりか?)。
こんな役所の商取引介入こそ、悪い意味でビンテージな発想だと思うから、こんなこと立法化する役人の給料は、ビンテージな時代の水準に戻してやりたい。


国鉄目安箱

at 2006 03/23 23:56 編集

JRが「経営改善」だというので、ヒラ社員から社長への直メールを導入したそうな。
えっ!!これぐらいのことを、今どき!?
と思うほど、この会社には「国鉄」が残っていたわけだ。

そりゃー、ソニーの社長みたいな姿を元国営企業に期待することはできないが、今どき「社長にメールが届きます」というぐらいで改革だと胸を張る会社は、世界遺産ではないだろうか。
まさかホリエモンなみに「1日5000通さばきます」てなわけには行かないだろうから、結局は社長が処理しているように見せて、「メール処理室」みたいな部署が1つできるだけだろう。

だから、本当に社長にメールが届いているかどうか確かめようと思ったら、社長しか知らないような極秘ネタを書いて送るしかない。「あの夜やさしかった社長さん!校長先生よりステキ」とか(笑)。

これで実際に社員と社長が「メールつながり」になっていたなら、中間管理職はつらいと思う。
なんのために指揮監督権を委譲されているのかわからないし、結局社長に諮らないと納得の行く裁定ができないなら、中間管理職はムダということにもなりかねない。

国鉄時代に発想さえ生まれなかった、メールというコミュニケーション・チャンネル1つ導入するだけで、ギクシャクしなければいいがと願うばかりではある。


あっぱれ王ジャパン!ついでに日台友好!!

at 2006 03/22 20:18 編集

いつもの「夜お茶」をしていたら、入ってきた客がウェイトレスに、いきなり「日本、勝ったんか?」と尋ねていた。
「はい、勝ちましたよ〜」と答えたウェイトレスは、マスターに「日本、勝ちましたか?」と尋ねていた。とりあえず、答えておく・・・うぅむ、要領のいいこと、いいこと(笑)。
遠い国での野球試合より、日常生活でみえる流れるような仕事さばきに、僕はしみじみとうなったのであった。

ま、これぐらいの当意即妙は、初歩の初歩というもので・・・大阪のウェイトレスだったら、「いやー、徳山はタイトル防衛、やりましたね」とでも返して、「そらあんた、WBC違いやがな!!」てな突っ込みを求めていたかもしれない。

後世に語り継がれるであろう伝説の転覆審判も、もうあきれるを通りこして笑えるほどだったが、雪辱をなめながら王ジャパンはよくやったものだと思う。
僕は正直「勝てないな」と思っていたキューバが負けたのは意外だったが、それにしてもスイングがよく回ること!
ほとんど360°回転しているのではないかと思うほど。さすが、ラテン・ボディは、しなやかで強靭なのだった。

もちろん、勝負は勝負だから、結果がすべてなのだが、キューバも韓国も、いい戦いを見せてくれたから、こんな国際試合は楽しい。
なのに、なんでオリンピックから除外されるのか!!
その代わり・・・ではないとしても、遠泳なんて、地味すぎる。イムジン河を泳いで渡る命がけ遠泳ならスリル満点だろうに(笑)。

そう、親善試合でも噴出した韓国の反日感情は、それがあちらの建国アイデンティティかもしれんが、いいかげんに卒業してはどうかとも思った。
イチローに「30年は勝てないと思わせるような試合をやりたい」と言われて、奮い立ったなら試合で勝てばいい。で、憎い日本に勝ったから、めでたし、めでたし。
日本の目標は、韓国を倒すことではなく、優勝することだったのだから、日本もめでたし、めでたし。

でも王監督は台湾籍だし、イ・スンヨプにジャパン・マネーを稼がせてやっているのは日本だし、僕はカストロ議長とチェ・ゲバラを尊敬するし、偉人の業績は国を越えたユニバーサルな名声なのだ。だから、もう国対国の対抗はやめたらどうかと思う。
せっかく、人と人の交流が盛んになっているのに、「従軍慰安婦を弄んだ国の・・・」とか、「原爆を落としやがった・・・」とか、政府の所業を冠して、いたずらに戦争モードにならない方がいい。国民感情のレベルでは、なかなか憎悪の念は消えないかもしれないが、大人の観戦モードでいたいものだ。

とはいつつ、「チベットを弾圧している国のオリンピックなんか、参加しなくていい!」とアジる僕も大人げないか?


ゆとりダイヤより電車不要へ

at 2006 03/21 22:41 編集

そういえば、JRが新ダイヤに変わっていたのだった。
なんでも、JR北海道の特急車がオール禁煙車になったとかで、「私は1時間以上タバコをがまんできないから困る!」と憤慨するおとっつぁんがインタビューされていたが、それは立派な病気じゃろうに(笑)。禁煙車確保より、特急に乗ってる間タバコをがまんできる程度に病気を治す方が先決だと思うぞ。

西日本では、ブルートレイン「出雲」廃止の騒ぎばかりクローズアップされていたから、足元の通勤の足がどう変わったのか、通勤していない今はピンとこなかった。

ニュースでは、「慢性化していた朝の遅れがなくなったようです」とレポートされていたが、春休み中だから、新学期で学生がどっと乗るようにならないと、成果はわからない。
あっそうか、新学期といえば僕もその「一員」なのだった。それでは・・・と時刻表だけ取ってきてみると、1分か2分ずれていて、「この程度のゆとりが、107名亡くなるまで実現しなかったわけか」と、ため息が出てしまった。

あの大事故は、新学期早々に起きた惨事で、「念願かなった新入生」や、「いよいよ最終学年」という学生の犠牲者に、僕は心を痛めたものだった。
ご本人も気の毒だが、家族や友達は永遠につらい。
その被害者もまた、事故がなければ、1分でも早く走らせてほしい、遅れは取り戻してほしいと願うJR利用者だったかもしれないのだから。

ゆとりのなさは、犠牲者の中にも多くいた学生の生活をも覆っている。
たとえば、大学が出席管理をきちんとやるようになっている。まるで中高生みたいに、「何分遅刻で欠席、何回欠席でアウト」と管理されているのだ。

また、それが「就職力」につながると考えられたりしていて、企業に使ってもらいやすい人材の基本条件として、「遅刻しないこと・休まないこと」が、学生時代からパブロフの犬よろしく条件づけられる。

今さら、出席完全自由な牧歌的な時代に戻ることはできないどころか、小学生から大学生まで、ますます分刻みの生活に追われているようだ。
とはいえ、それも必然性があって、もし自由にすると「想定外」にだらけてしまうかもしれないし、ひどい話、「私の才能は、時間で管理されると発揮されないんです」なんて勘違いちゃんが繁殖する可能性だってある。

だから、こんなの間違い!スローライフ万歳!などと、いうつもりはない。日本の都会でサラリーマンや学生をする限り、あくせくしないと就職も出世もできないんだから。
ちゃっかり稼ぎながら、LOHASで行こうよ〜スロ〜ライフ〜てなこと唱えて人をそそのかしている偽善者は早く死んでもらうとして、「本当のゆとり」を考えるのが、市井の人民の知恵というものだ。

せめて、学生は長距離通学から解放してあげたいと僕は思う。通学電車なんか、事故はあるし延着で遅刻するし、痴漢はいるし、寝過ごして終点まで行ってしまうし、「学生生活に不可欠な社会経験」ではない(好きな子は存分に乗ってもらえばいい)。

僕も長距離通学していたから、この損失が、人生最大の無駄時間だったと悔やんでいる。
そりゃー、同じころ同じ沿線の音楽学校に通う黒木瞳と、電車内で出会って結ばれてでもたら、今ごろ「阪急電車万歳!!」と絶賛していると思うが(笑)、だいいちヅカ下宿生は無防備に電車通学なんかしてないわな。

いっそ学生はみなキャンパスまで自転車で通える範囲に住んで、「学生の村」を造ればいいのではないだろうか。自宅が近い学生もひっくるめて全寮制か「全下宿制」になれば、必ずたくましい学生が育つはずだ。

その村では、学生結婚もバンバン奨励すればいい。「俺には仕事があるから家事なんぞ手伝うゆとりがないのだ」なんて言えないから、いやが上でも、パパママ育児分担ができる。
どさくさまぎれだが、関西学院と神戸女学院と武庫川女子大と甲南女子大は、ぜひ同じ敷地内に寮を並べて建てていただきたい。

まずモデルケースとして、東大と京大と防衛大ぐらいから、「自宅通学するお坊ちゃんお姫サマお断り」をどーんと打ち出してもらえば、日本は変わると思うぞ。
きっと。


ベルサイユのわれら

at 2006 03/20 22:32 編集

ひょっこりと、24歳乙女が思い立って神戸市立博物館にご来館(といても、僕の職場ではないが)。「ナポレオンとベルサイユ」展の最終日だった。
いい機会だと思って、のこのこ同伴してきた。たしかに、いい勉強になりましたの気分。

ナポレオンに限らず、英雄伝説というのは、往々にして政治的な動機で創られ、神話と化して行く。中には、某「偉大な将軍様」のような現人神もいたりして、この方とナポレオンと松平健が、よく白馬にまたがっている画像は、すっかりおなじみ。

画家や映画人や文学者や歌舞音曲家を動員して、自分を偶像化しようとするのは、後々笑いものになりがちな俗人根性かもしれない。
それでも、有象無象の政治家や財界人が、飽きもせず、名誉欲のギラつく自分の分身を残してきたのが歴史の事実。

ところが、動機がいやらしくても、作品が一定水準に達していたりするのも、芸術の摩訶不思議な一面だったりする。
ナポレオンを描いた油彩も、素人目にも、いかにも「顔だけは美男子に描いてやっている」という感じのツルリ・キリリ描写で、実に退屈で平板なタッチに見えるのに、衣装の描写、戦場の空気感の描写の生々しさには、少し圧倒された。
この落差が、政治と芸術の拮抗点のようなものだろうか。

・・・というのが、「ためになりました」社会見学の収穫。
午後は、乙女接待にかこつけて、実は自分が最近はまっているスイ〜ツにぱくついて、清く正しく見送った日曜日であった。
「あぁいう庭園の家に住みたいねぇ」「このソファーは、大塚家具で買えそう」と、俗な鑑賞眼からさっぱり抜け切れなかった我々を、ナポレオンは笑っているだろう。


器か、中身か・・・

at 2006 03/19 22:55 編集

研究仲間の事務長さんと、図書館でばったり。
前に会ったのは古本屋、その前はジュンク堂書店だった。本が引き寄せる縁というやつか?

僕以上に漁書家というか、おそるべき勉強熱心さに、ひれ伏してしまう。
夕食をご一緒しつつ、四方山話に花を咲かせた。

研究団体というのは、市民運動的なスタンスながら、いちおう医療問題に軸足を置いていて、月末にはガン医療をテーマにシンポジウムを予定している。
運営実務を仕切っておられる事務長さんより会で古顔の僕は、永遠の「外野ヤジ男」でいること間もなく20年。まるで牢名主である。

別に身柄拘束されているわけではないが、牢名主の立場から見えることもあるわけで、報道機関へのプレスリリースの苦心を聞きながら、僕は専門家と素人との関係を、今さらながら考えさせられた。

医療の世界も、一人一人の医療者をみれば、患者と対等な立場でいようと努力している立派なプロは多い。
けれども、ことシンポジウムや市民集会となると、「偉い先生が大所高所から無知な庶民にレクチャーする」という構図が、おそらく明治時代以来ほとんど変わっとらんのじゃないかと思う。

だから、僕は最近、医療に限らずどんなテーマでも、一方通行な講演会の類に「聴衆の一人」として参加しなくなった。
同じ時空を共有している貴重な現場で、放送みたいなレクチャーしかできないなら、そんなコンテンツはDVDで販売するか、ネットで流せばいいのである。

この種の講演会スタイルは、そこそこの識者ならだれでも「これではいかん」と気づいているはずだが、では、どうすればいいか」となると、だれも真面目に検討してこなかったと言っていい。
「内容で勝負」はけっこうだが、せっかくの内容も、聞き手の耳に入ってアクビで逃げて行くようなことになれば、あまりにももったいない。

1時間、2時間と聴衆を飽きさせない工夫は、ある種の宗教ビジネスマンや芸人なら身につけているだろうし、ファシリテーションという技法は欧米で盛んに研究されている。
もちろん、我が国でもナレッジ・マネージメントや参加型学習を真剣に開発している企業と学校は、あるにはある。

けれど、まだまだではある。
発題者の側も、聞き手の側も、意識改革が必要だし、聞き手の反応をちゃんとくみ取ってオープンな質疑応答へ発展させて行けるようなシカケもほしい。これこそ、ナレッジ・マネージメントの真髄部分だと思う。

こんな手法や、集いの構図が、結局は「素人は専門家に従うべし」のような意識をつくってしまっているような気がする。
マルクスじゃないが、構造が意識をつくるのである。建築が、気候が、風土が、社会環境が、制度が、人の心をつくりあげて行く・・・社会学屋の僕は、ついついそう考えてしまう。
その一方で、意識が構造を変えることも、あるかもしれないが、どっちが先か?はともかく、変えられるところから、どんどん変わって行ってほしいと思う。


祝北九州空港

at 2006 03/17 10:23 編集

出し抜けに、北九州空港というのもできたらしい。
僕がニュースに疎かっただけなのか・・・と、少し反省。

わが神戸と北九州は、瀬戸内海国立公園の東端と西端、という縁で結ばれている(と勝手に縁組みしている)。
福岡空港に対する北九州空港、大阪(伊丹)と関西空港に対する神戸空港・・・どことなく似ている。
ぜひ、北九州―神戸も飛行機でつないで、新幹線と競い合ってほしいものだ。

うちの市内(というか区内)に借金漬けの市営空港が開業したとき、僕は市民に目覚めてもらうべく、神戸空港島の米軍基地化を大まじめに訴えたものだが、福岡県民はこんなことしなくても、充分に賢明だろう。

とは思う。思うけれども・・・
北九州発博多行きの便なんか就航させれば、全世界から、「物笑いになりたがり屋」さんたちがやってきて、そこそこの搭乗率になるのではないだろうか。
または、「製鉄の街」にちなんで、オール鋼鉄製の飛行機を飛ばしてみせるのもいい(重くて飛ばないか?B747型で定員5人とか)。

北九州空港の基本仕様は24時間対応になっていて、夜中の1時か2時まで営業しているそうだが、出かけるにはいいとしても、こんな夜中に到着しても、ちと困るかもしれない。風呂と仮眠室でもあればともかく・・・(サウナみたい)。

実際、1時2時の北九州に着くよう離陸する国内路線はほとんどなさそうだから、やはり国際路線が発展して行くのだろうか。
すでに中国路線が就航しているようで、準国際空港のようだから、子供みたいにヒトサマの持ち物をほしがって、不便な球場やらよわよわサッカーチームやら造ってしまった神戸も、変な欲を出さないかと心配だ。

ずばり、「神戸国際空港」である。あぁ・・・!!
たしかに、あそこが国際空港になれば、大阪以南の人には我慢していただいて、かなり便利にはなりそうだ。岡山や四国からでも、アクセスしやすいし。
関空の目の前に第二国際空港なんかができると、これはもう、羽田vs成田、小倉vs八幡が無言になってしまいそうな空の陣である。だから、インパクトで勝つためにも、神戸空港は米軍と併用すべしと提案しておるのだ(笑)。

わが神戸空港は、「あんなに関空に近い」のがウリだから(苦笑)、北九州も北九州らしいと絶賛されるようなウリを、これから伸ばしてほしい。舛添さんのご尽力で。
関門トンネルにちなんで、地下空港というのもいい。離発着がサンダーバード基地スタイルになると、世界中からマニアと子供が殺到するぞ。ついでにスペースワールドも繁盛する。
すると、ヤマタクも黙ってられずに、「ぜひ空港レストランでは親子丼を」なんて主張しはじめるかもしれない(みみっちいなぁ)。


各停深刻

at 2006 03/16 22:53 編集

昨日は、確定申告へ出撃できる最終日(還付遅れてもできるけど)。
もちろん、十数万円取り戻してきた。もう、年中行事である。

毎年毎年、これだけ取られすぎているわけだから、年末調整も確定申告も知らないフリーターやバイト学生君が取り逃がしている払い戻し金は、いったい何百億円になるんだろうか?と、ふと思ったりする。
そりゃー無知は本人の責任かもしれんが、無知な国民からコッソリ余分にかすめ取って、取り戻せる事項が2年だというのも、ちょっとズルいわな。

だから、こんな衆愚政治に楯つく微力になるかいな?と思いつつ、職場ではバイト君たちに図解でプリントを作成して毎年配っているのだが・・・。
これで、さて、どれだけの少年少女が、気づかない形で税金とられていることに気づいて、正当な取り戻し方を学んでくれているだろうか。

こんな大事なことを教えなかった高校教師も、怠慢だと思う。
英語や数学は、予備校でできる。公教育でこそ、税金の取り戻し方とか、安全な雇用契約、詐欺商法撃退法なんてのを教えるべきだ。
毎年おつむ丸裸で高校から放り出されてくる子羊たちは、悪辣商人の肥やしになり、これが懲りずに毎年毎年くりかえされるばかり・・・。

確定申告だって、手間ひまかけて税務署まで足を運んでやっても決してもうかるわけではなく、取られ過ぎた分が戻るだけだから、これは納税者が目覚めるかボケたままでいるかをみるリトマス試験紙みたいな制度なのかもしれない。
行政にひれ伏すだけの国民という存在は、さて、高齢化が進んで、どう変化するのだろうか。


エロ皮いい?

at 2006 03/15 23:01 編集

倖田來未と呼ばれる個体を初めて目撃。といっても、地元TVの夕方ワイドショーで。
声(歌)だけは耳に残っていたのだが、僕は浜崎あゆみと区別がつかない鈍感野郎なのであった。

「エロかわいい」というキャッチコピーは聞いたことがあったから、んー、つまり蛭子能収と池乃めだかをたして2で割ったようなキャラクターなんやね・・・と思っていた。

当たらずとも遠からず。
頭の回転は早くて、気が利いていて、原型かっこよくて(無修正でもかっこいいと想像させるような、ひと粒で二度おいしいタイプ)、音感もいい。
ちゃっかり、連発CDを販促するのも忘れないし(笑)。

ギャースカはじけているかと思えば、「うち親子三代、京都の芸能一家でして・・・」と、中高年の琴線に触れる落としどころも、ちゃんと兼ね備えている。
「あんた、ほんま関西のおばちゃんのノリやな〜」てな風に、浪花おっちゃんタレント&ジャーナリストが、みなタレ目を細めて(ダブルやがな)、手放しで受け容れまくっているのが、よくわかる。つまり、手玉に取られている。

とはいえ、もちろん悪意もなさそうだし、事実いい子だと思うし、ただ天然で、オヤジから少女まで魅了する何かを身につけている感じ。すごいのぅ。

この、営業用タレントの底にあるナニワとか京の風味をチラ見せして、とっかかりを差し出してくれる魔性がクセモノ(笑)。
横綱は和田アキ子、大関が秋野暢子、十両が沢口靖子に藤原紀香といったところだろうか(あ、神様は森光子か)。

ちょっとハズレて気の毒なカド番十両が杉本彩。千堂あきほも、僕の好感度ハイスコアだが、全国区からはちょっと身を引いて地方巡業ばかりしているようではある。

いやはや、どなたにも僕は完敗だ。
いや、勝負していただく機会なんか絶対ないし、あってもいきなりヘナヘナ〜と負けるけど。

それにしても、末おそろしいエロ皮いいタレントが連綿と爆裂トークのバトンを渡している、この流れはすごい。
関ジャニというボーイズバージョンもあるようだが、これはどうだろう。先輩格といっても、TOKIOの城島リーダーだから、ちょっとインパクトが・・・(苦笑)。

キーワードは「皮」である。
化けているとはいわないが、「本体ストイック」というのがトレンドか?まあ、色っぽく見えて実は退屈なセレブより、百倍いいと思う。

では、大資産家令嬢の高田麻由子はどうだ?とサンプリングさせてもらうと(失敬)、ストイックに見えて実は・・・というのは、正直あまり想像できない。
が、あの旦那がファンキー大阪人だから、調教されると・・・(笑)。


ボイコッ党

at 2006 03/14 22:30 編集

世界の王が激怒しているWBCのタッチアップ判定は、ミスジャッジだったのか、米紙のいうような「カリフォルニアの陰謀」なのか・・・?
もう1つの可能性を、陰謀マニアのわたくしは強く主張したいところだ。
バカバカしい判定に、ジャップがおとなしく従うかどうかを見るテストなのである、あれは。

まじめな王さんは、必死に抗議をしていたように見えるが、その後が善良すぎた。試合を続行したということは、誤審(だったか陰謀だったか)を肯定したことになるわな。
アメリカ人が審判し、判定がアメリカ人監督の抗議でひっくりかえるような試合をアメリカでやって、アメリカチームが勝つ・・・こんな茶番劇はナンセンスだねーと鼻で笑って、選手みな試合をボイコットして帰ってくるべきだった。
やっちゃいけない暴挙をやったのは、あちらなのだ。

原爆もベトナムもイラクも正当化する国だから、監督の判定ねじ曲げも、同じ延長線上にある。
この手でゴリ押しすれば、ベトコンもアラブもジャップも抑えこめると考えているとすれば、大変すなおでわかりやすいアメリカ脳だ。その「俺様主義」は、世界遺産に推挙したいほど(笑)。

俺様主義には、わかりやすくボイコットを示すのが誠意というものだ。だから、WBCはボイコット。
やぶれかぶれで、二大国の片方=中国にもちゃんと言うべきことを伝えて、領土侵犯をやめないなら北京五輪もボイコットしてしまおう。ODAもだ。
ついでに、日本を常任理事国にしない国連の分担金も半額ボイコットしてはどうだ?

まぁ、ボイコットもこうなると、だだっ子と変わりない大人気ないやりかたに見えなくもないが、署名しましょう!抗議しましょう!より、「もう、やめちゃえ」の方が時代の空気に合うのかもしれない。

選挙なんか行かない。
学校なんか、もういい。
就職やめよっか。
年金も、やめれば?
・・・こんな静かなボイコット、論理なきボイコットが、静かに確実に広がりつつある。
もし組織化されて、「あれもこれもボイコットしようぜ党」でもできれば、強力な脱力という力(ややこしいな)になるんではないだろうか。


社会見学、おまけスキー

at 2006 03/13 05:26 編集

よりによって、「4月中旬の陽気」という土曜日に、地元スキー場へ出撃してまいった。
ふもとの豊岡市が19℃、ゲレンデは15℃もあった。幸か不幸か、よく晴れて紫外線もギンギンである。もう、汗だく。

シャーベットアイスと化した雪面は、どうしてもつんのめってしまうが、雪の量はたんまり・客はまばらの理想的なコンディション。宿のおかみさんも、「今年は50年ぶりぐらいの大雪で、ふもとも3m積もりましてね・・・」と、笑っていた。

例外的な大雪の名残りのおかげで、信越にばかり足が向いていた僕にとっては、平成になって初めての県内スキーを、再発見させられという感じ。
この冬は、県北の日帰り雪山ハイクに3度も誘ってもらえる機会に恵まれて、灯台もと暗しを反省していたところなのだ。

そんな伏線もあって、スキーだけだと「日帰りでよかったかも」と寂しくセコく総括してしまいそうだから、雨になってしまった日曜日は、地元住民の電脳判事君を電話で呼び出して、オプショナル・ツアー・コンダクターを依頼。
で、コウノトリ公園視察、出石そば試食、播磨屋のせんべい工場覗き見、植村直巳記念館見学・・・と、まるで社会派の遠足よろしく東奔西走となったのであった。一体、スキーがメインなのか、遠足メインなのか首をかしげてしまう盛り沢山な「雨天結構」になってしまった。

とはいえ、ハライトは、なんといっても宿の夕食!
いったい、カニ何匹盛り付けられてますかに!?!?と、ウットリするほどのカニ鍋だった。これがないと、神鍋スキーは楽しみ半減というほどの定番メニューだから。

もともと、信州を予定していたのを、カニにつられて軽薄な方向転換になったのだが、ずばり正解だった。
それでも「滑り納めは信越方面で・・・」と、性懲りもなく考える浮気症が、またぞろ出てきそうな気もする。いかんなぁ。
浮気も本気も抑えられない病気は、いやはやツラ楽しい(どっちやねん)。


ほほえみのコピー師

at 2006 03/10 22:32 編集

ペ様とそっくりなあんちゃんと、「宮里藍ふう女子」のペアが歩いていた。行き先はたまたま僕と同じ店で、僕の向かいにご着席になったぞ、ほほ笑みの貴公子!
韓国からの旅行者カップルだった。

メガネもマフラーも、あまりにも、ペ様そっくりなので、笑ってしまった。
実にわかりやすい!
小細工せず、恥じらいもてらいも遠慮もなく、ストレートに、「コピーしてます!!」というメッセージ。こんなすなおな若者、日本ではなかなか見かけないぞ。

おまけに、宮里藍はソフトクリームをペロペロ歩き食いしながら店に入り、ペ様の注文した味噌カツ定食を、いちゃつきながらつまみ食いしている。
んー、部分的に見ると、こんなワンシーンというか、しぐさの断片は、80年代のクリスタルな時代の日本に、あったような気がする。アイスペロペロ少女は、ホコテンとか清里あたりに繁殖していたよなーと、懐しく思い出した。
いちゃつきまくり納豆カップルは、最近まで生存していたのではなかったか?

さように、日本人が捨ててきた影にヤドカリしているような隣国のドラマに没頭しているファンもファンだが(ペ様みたいなあんちゃんは、あと10年もすると、平壌に現れるのだろうか?)、いいようのない気恥ずかしさを感じるだけで、「これがサムライの生きる道」を行けない日本男児も情けない。

ITベンチャー社長だ、いやロハスだ・・・と、生き方モデルは何通りもあるけれど、どうもしっくりこない。
ホリエモンになる!
ペ様を真似る!
と、すなおに飛びつくのも、ひとつの勇気というか、バカになれる強さみたいなのは、案外と人生を楽しめる脳内麻薬みたいなものかもしれない。
アラーキーになりきってみるとしようか?


貧相ウイニー

at 2006 03/09 23:18 編集

ウィニーで、捜査資料やら顧客名簿やら生徒の成績やらが垂れ流される事故が止まらない。
とはいえ、ウルトラナローバンド&超スローライフの僕には、ウィニーの知識もないし関心もないし経験もないから、何が何だか、さっぱりわからない。さて、製造元は丸大だったか、プリマだったか、日ハムだったか・・・僕は伊藤ハムが好きだがなぁ・・・という次元の「手遅れ野郎」なのだ。

では、感染しちゃったウィニー愛用者は、最先端野郎なのか。
また、その職場のセキュリティ体制は、「ウィンドウズ以前」の、のどかでユルユルなままではないのだろうか。

どういう形で、たとえば名簿ファイルをウィニー入りPCに移すのかは人それぞれだろうが、LANで移しているなら、間抜けなシステムが問題だし、媒体を持ち出して読ませたりしているなら、書き出しにはプロテクトをかけていないのだろうか?と思う。

あと「ソフト要因」としては、仕事をファイルという形で家に持ち帰らざるをえない(持ち帰って残業しやすい)IT時代の残業形態も、背景にありそうだ。

そう考えると、確かに僕もファイル持ち出し加工・編集という程度の操作はしょっちゅうやっているのだが、遊びのPCと仕事のPCは別。まぁ、仕事といってもテキストファルばかりだから、ウィンドウズCEマシンですむから、ウィルス感染は99.99%ない。

ところが、よく電車やカフェでばかでかいPCをたたいているビジネスマンがいて、あれで家でも会社でも通信ケーブルつないで使い回ししてるのではないか?と考えると、ウィルスを持ち歩いているようなものかもしれない。まるで、ビジネスマンのモバイル・コンピューティングは、鳥インフルエンザである。

そんなところが、なにか貧相だよなーと思う。
お気に入りの靴を買ってもらって、うれしくて通学にも遠足にも式典にも使い回して、すぐへたらせてしまう子供に似ている。

まるで中国を思わせる、乗客を貨物よろしく詰め込んだ朝夕の通勤電車に乗るビジネスマンやOLが、みな夜会に行くような高価なブランド服に身を包んでいるのを見て、ドイツ人ビジネスマンが首をかしげているエッセイを読んだことがあったが、たしかにこれは貧相だ。
高給取りでも、そこはかとなく貧しい。

だから、どかーんと高い一点豪華消費財より、TPOに応じて安くて実用的な消費財を備えておく方が、豊かな感じがするのだが、もちろんそれは消費者の勝手ではある。


春の味覚

at 2006 03/08 23:21 編集

いよいよ、今月からイカナゴ解禁。
さっそく、スーパーにも「イカナゴくぎ煮セット」が並んで(といっても、タッパーや醤油、砂糖などありきたりのもので、昔は本物のクギや十円玉を煮込む秘伝もあったらしい)、これが間もなく「完成品」に置き換わって行く。楽しみ!!

糸をひくほど粘っこく煮込んだコテコテ系あり、カラシをきかせた新種あり、大根おろしとあえるさっぱり系あり、神戸と明石の「ここ限定の家庭の味」は、百花繚乱なのも楽しい。
初物だから・・・と「さっぱり系」をいただいただけなので、早く本丸のコテコテ系に突入したいものだ。

しかし、季節の味ではないが、この冬は真っ黒な激辛の麻婆丼で胃も心も温めてもらった地元の「万豚記」が、店を閉じてしまった。これは、しみじみ寂しい。
もう、真っ黒でない麻婆丼には戻れない体になっているのだ!
この反動か?真っ黒いイカナゴくぎ煮に引き寄せられるのは。

カカオ75%のチョコにも魅了されているし、コーヒーは特濃スモーキーなメイプル風味を、買い足したところだ。
こうも濃い〜風味ばかり好んでいると胃腸に悪そうだが、こればっかりはやめられない。
ま、旬の楽しみということで、健康の神様には、季節限定の「禁断の味」だけは許していただきたいものだ。


プレイステーションはEのか?

at 2006 03/07 22:27 編集

じわじわと、電気用品安全法(PSE法)の拒絶反応が出てきているようで、少し手遅れな気はするが、僕なりにせいぜいの抵抗をしたい今日このごろ。

テレビ、ラジオの「地デジ」化にしても、PSE法にしても、いかにも電器業界が新品を買わせようとする魂胆に見えてならない。オソマツきわまりない、理由にもならない理由がくっついているから、よけいに怪しい。

パソコンは対象外だがACアダプターは対象だから、いったい売買していいのか違法なのか、混乱は必至だろう。

健康に直接危険が及ぶ食品だって、「期限切れのものを売買するな」という禁止規定まではない。
中古の家電製品は、自己責任でも売買はまかりならん!というほど危険だというなら、

中古車はどうなのか?中古住宅は?
中古結婚はどうなのだ!(これは自由か)
中古役人の天下りは巧妙に続いてるよな!・・・

と、やぶれかぶれで文句もつけたくなるわい。

しかしまー、天下の悪法というのを、久々に見た感じがする。
消費税も、ポイ捨て禁止条例も、チャイルドシート規則も、「おせっかいやなー」と思いつつも、そこそこ納得できる根拠もある。ところがPSE法は、おせっかいに加えて、家電業界の陰謀がスケスケで見えるから、よけいに腹が立つぞ。

だから、抜け道をあれこれ考えるのも、リサイクル業者でない僕が真剣になることないのだが、業者さんたちの戸惑いには、つくづく同情する。
「中古家電品の売買を業とする商い」が、マークの有る無しで規制対象になるようだから、いっそ「物々交換コーナー」にすればええんちゃうか?と、あさはかなアイデアも浮かぶが、これでは場所をふさぐばかりで商売にならない。

だから、思惑通りに法を制定してもらった家電メーカーこそ、旧製品の下取りと、修理・再販売をすべきではないかとも思う。リサイクルとワンセットのPSEなら、消費者としては納得するかもしれない(が、リサイクル業者は困るわな)。

すぐに、今ある在庫品は「個人間の売買だ」と装ってヤフオクに出品する業者も出てくるような気もするが、在庫がさばけた後は、今度は肝心の仕入れが難しい。
それに、悪法の副作用で、不法投棄も粗大ゴミも増えるだろうから、ゴミ置き場ハンターは少し忙しくなるかもしれない。ただ、それを換金できないとなれば、ゴミハンターがヤフオクに直行する・・・か?

いやはや、どうなるのかさっぱりわからん。
業者と消費者が大同団結して、集団訴訟を起こすしかない!とアジっている業者がいたが、それも合法的な抵抗のしかたになるかもしれない。
新品家電に買い替えさせようとする陰謀が、こんなに露骨にギラギラ透けて見える悪法は、どうにかして骨抜きにしないと!


飛鳥の母港は奈良?

at 2006 03/06 22:00 編集

ムズムズする日曜日は、たいてい裏山に突入してヒル・ウォーキングにいそしむのだが、飛鳥兇顔見せ巡業で来航しているらしい。
そこで、神戸港へと180°方向転換。

第4突堤だろう、と見当をつけて愛車ビーエムを走らせた。
ところが、おらん!
掲示で確かめると、3つ隣りの突堤らしい。
えっちらおっちら、櫛の歯を縫うように移動する。ビーエムは運動になるわい。

メリケンパーク・オリエンタルホテル横の岸壁に、巨大な船体が浮かんでいた。
お披露目航海だから乗降客はいなくて、タラップ付近はフェンスで閉鎖されているが、遠目で見物した方が雄大で美しい。

いやはや、5万トンとなると、とにかくでかい!
高層ビルが何棟も合体した、要塞のような巨体だ(おまけに今日なんかQueen Erizabeth 兇睛茲討い董▲瀬屮襪念掬櫃靴討れていた)。

昨日の飛鳥は、テレビで豪華なアトリウムは紹介されていたように、「横方向」も長いが「縦方向」もすごい。もちろん、喫水線の下にも船倉部分の部屋があるわけだから、これはもう、1つの町みたいな世界だ。
鋼鉄のフロアと壁を隔てて、別々の部屋があって、ドラマが生まれてコミュニティができると、船長は一国の王か首相みたいなもの。
だから、学長より船長にあこがれる(笑)恩師の副学長の気持ちが、よーくわかる。

そう、巨大客船はただ旅の足にするだけではなく、学校にすればいいのだ。実際、洋上大学というのもあるし、これで世界を巡るのは最高の勉強になると思う。世の中は生涯学習ブームだから、優雅な洋上老年学校もいい。

そうなれば、人生の最期を船上で・・・
亡き骸は海へ・・・
なんと、ろまんちっくな!!
と、一人でコーフンしていたのだが、岸壁に並ぶ三脚の持ち主たち(平均年齢65歳)を見ながら思い立ったわけでは、ない。


永田町関西弁

at 2006 03/05 21:32 編集

民主党から国対委員長をまかされた渡辺恒三は、与党からも評判がいい(らしい)。
そりゃそうだ、元自民党なんだから、元同僚みたいなものだ。

でも僕は、福島弁に勝手にポイントをあげている。
なんとなく、方言(関西弁を除く)まるだしの人は、いい人だと思ってしまう。憎めないのだ。

河村たかしの名古屋弁はパフォーマンス・ツールくさいが、故・渡辺ミッチーの栃木弁は素朴でよかった。

九州、沖縄出身の年配議員は、南国風味を消せない。
そこがまた、いいのだが、民主の原口クンぐらいの若手になると、妙にスマートになっていて、味気ない(松下政経塾の弊害か?)。

今回のメール自爆男は、大阪・泉州地方という血の気の荒い選挙区から出たチョンマゲ格闘家議員に、某保守政党の女性党首の名前をあげて「下半身に直球」のような冷やかしをヤジって、水をかけられたという前科がある。
これが逆の関係なら、関西弁で叫びそうな議員がいそうで、それがまた違和感がないから悲しい。

やじったり、値切ったり、恫喝したり、揶揄したりと、関西弁が最高に効く場面は、えてしてキナ臭い。
そこは、民主の前原党首が、「まぁ、きばらんと、ぼちぼちいきまひょ」とか何とか、はんなりと京都弁で中和してこそポイントアップなのだが。
(それより、薔薇族の表紙に似合いそうなすまし方が気になるぞ)


しっかっしまぁ、なんですな〜

at 2006 03/04 22:50 編集

ゆうべのナイトスクープは、久々に怖かった。
18周年記念拡大バージョンで、最後の「感動巨編」と銘打ったネタは、四十代と五十代のおばちゃまサイクリングだった。

朝、「カニ食いに行こう!」と集まって、ママチャリこいで、その日のうちに140km走れるわけがない。
さすがにヘルメットは全員ちゃんとあてがわれていたが、無理があるぞ、この番組づくり・・・と思っていたら、案の定、すぐ半数がリタイア。これが賢明だと思う。

夜中に行程の半分ぐらいで雪の集落に行き倒れて、民家にたのみこんで泊めてもらったのはしかたないとして、「私、あした仕事だから帰りたい。ロケバスで家まで送って」というおばちゃんには驚いた。体力の限界でリタイアするのはいとして、ここまで着て、そりゃないよ〜!!と絶叫しそうな、ドタキャンを超えるメガトン級「トチュキャン」だ。

まるで、ハネムーンでハワイに行って、ホテルのロビーで「やっぱり結婚やめるわ」というよなうなもんやがな。たぶん、スタッフが一番脱力したヒトコマだったのではなかろうか。
よく似たトチュキャンは、僕も「女子連れ」の旅で経験したことがあるのだが、これも男性の自殺率の一因になっていると思うぞ(笑)。

結局22時間かけて、翌日に目的地に着いたのだが、冒険と暴挙の線引きは、いやはや難しい。
かろうじて、おばちゃんの底抜けというか無恥というか、あっけらかんとしたフィナーレでしめくくられていたので、「感動ネタ」ということになっていたのだが、ホンマに危ない。悲惨な交通事故に遭わなかったのは、奇跡なだけ。
せめて、2、3日前に直前トレーニングして、まともな自転車ぐらい用意して、ちゃんと「遠乗りの構え」をつくってほしいと思った。

四十代で「初介護」とか「初更年期障害」というのは当たり前だが、元気なミドルで「初アルプス登山」の類も、よくある話。
だから、サイクリングがだめ、スノーボードがだめ、という話ではなくて、大人が思いつきで危険に飛び込むのはまずいと思う。
「安全第一人生」は味気ないかもしれんが、命あってのワクワク・ドキドキだから。


つながります、つながります

at 2006 03/04 05:26 編集

週1回だけ大阪で仕事をして戻ってくると、どうもペースが不調。
やっと、自転車で図書館とカフェと読書・・・の日常に戻れた。

となりの席には、母娘のようなワンペア。
おばちゃんが、妙齢の、スーツ姿の松島菜々子を相手に、檄を飛ばしている。
紙に、細かなピラミッドのような図をちまちま書いて、「まず二人でいんだから、ね」てな乗りで、ははー例のアレですな。

説明しながら、スーツ姿の松島菜々子の身の上を巧みに聞き出しているから、いやでも耳に入ってくる。
カモになっているのは、既婚のエステティシャンで、生保会社のアルバイトもしていて、客に勧誘しているらしく、そこへ欲張ってか色気を出してか(失礼)、フェイシャルエステ商品のねずみ講。・・・と言ってだめならカモ商法・・・いやSNS商法・・・いや大貧民商法・・・いや、敵を増やすだけだからやめとこう。

ちゃんと、仮想敵への免疫も注入しているのが用意周到だ。
「あやしいビジネスだとかいう人がいても、そんなかわいそうな人は放っといていいんだからね・・・」
ナルホド!と、「かわいそう」な代表の僕は納得した。話を聞いていたカネシバさんも、別の意味で納得している様子。

決め言葉は、
みんなで幸せになりましょう!
であった。なるほどね。わしも、幸せに入れてほしいもんだ(笑)。

あなた何がわかってるんですか!合法的なネットワークビジネスを誤解しています!!と説教されそうだから、深入りしないでおこう。
この手の「縁の商い」にはまる人というのが、基本的に「いい人」なのも、経験上よくわかる(それが証拠に、僕ははまらない)。
悪意の親玉は上の方にいて、末端は、「本当に、あなたにいいものを紹介しようと思って」善良に拡販に努め、会員同士が疑似家族のようなコミュニティをつくっている。
そこでは定期的なパーティーで祝福・表彰をしたり、思想注入(笑)をしたり、情報漏洩や裏ネットにはナチスなみの制裁をちらつかせたりと、なんだかこれは紙幣に愛と書いてある宗教みたいな世界だ。

僕に声をかけてきた「縁の商人」は2ケタにのぼるが、ほとんど女性だったのは、もしかして女性の求めているものが、この世界にはあるということなのだろうか。
営業で街をかけずり回らなくても、身近な人に声をかければいだけ。こりゃ手軽でいい。つきあいの幅が狭い人にとっては、「できる範囲で声をかければいいだけ」だから、簡単だ。
家族や友人やパート先の知り合いあたりに、気軽に声をかけて「さらに2人紹介してね」というメッセージを実行させれば(まるでexeファイルやな)、自動的に自分がピラミッドの上位にステップアップして行く。

ただ、「世界がせまい人」が下手なことをすると、せまい世界は自分への蔑みや恨み一色になって、さぞかし息苦しくなるのではないだろうか。
仕事で失敗しても、転職したらすむだけだが、自分が心おきなくすごせる(はずの)世界で、身内や親友を狩りの対象にしちゃー、逃げ場がないでしょうに。

世間を騒がす悪人でも、悪いことは政財界でやって、家ではいいパパだったりするのが、昔ながらの悪人イメージだった。
これを裏返して、身近な友人や家族を狩り場にしてしまう縁の商いというのは、いざとなれば、どこに逃げればいいのだろうか。

宗教やセミナーの類だと、生活の場まで用意されている。
リアルな家族や友人の世界にいられず、行き場を失って漂流しているのが、某教団に出家したままの信者であるのかもしれないし、本当に腹をくくって「あっちの世界」に身も心も捧げてしまったりすると、これはもう「本物」である。

そのうち、聖堂や偶像、修道院のような修行場をそなえたネットワークビジネスが出てくるのではないかと、僕はワクワクして・・・いや、危惧している一応。
叩いたところで、そういう偽装家族ゲームにはまってしまう性分の人というのはいるからなぁ。
旦那も悲しい存在だ。



トンデモメールウォーズ

at 2006 03/02 16:44 編集

英才永田クンの謝罪会見は、とりあえず最低限の儀式はすんだということか。
なら、儀式には中身なり効力なりが備わってほしい。

謝ったのに「謝罪になってない」と難癖をつける与党も与党だが、謝罪と同じ席で「まだ疑いがある」と未練を口にする坊やも、どうかと思ったぞ。
「それを言っちゃー丸ごと無意味になる」という余計な一言が、傷を深く掘り下げることもあるから、いさぎよく「これは間違ってまsた!ごめんなさい」ですませるべきだった。

まぁ、盗っ人にも五分の理というから、言いたいことはあるだろうし、言ってもいことはあるかもしれない。
が、ここは黙ってサッポロビールを飲んで見せるべきだった。沈黙は万金の価値が出てくるものだし、「黙っていること」が今度はブキミな武器になるのではないだろうか。

むしろ、永田クンはひたすら山一証券の野澤社長を見習って涙グジュグジュの演技をしてもらい、金銭疑惑は別の議員にパスすべきだろう。一議員が、謝罪と追及を並行してやろうとするのは無理がある。なんのための政党組織かいな?という感じ。戦略を練る参謀がいないのかね。藤井さんなんか、民主党版のカミソリ後藤田みたいな人だし、たしか孫が民主にいる松野頼三あたりに「策士」を頼んでみてもいいだろうに。

いっそ、ここは将棋の発想で、永田印のコマはひっこめて、かわりに飛車とか角のようなコマを放って王手をめざす・・・あざやか!!と、うなるような刺し方を見せてほしいものだ。

それに、与党もあんまり逆上して議員辞職だ刑事告発だ民事訴訟だとやりすぎると、真相を握っている黒幕から、今度は与党がひっくりかえる爆弾が飛び出すかもしれない。
僕は、この「黒幕潜伏説」を勝手に固く信じているので(おもしろ半分だな)、今回はガセネタをもらしたり、ときには真っ赤なネタを出したり、またあるときは限りなく真っ黒に近い証拠をチラ見せしたりして、与野党双方の丁々発止を観戦しているだれかがいると思うのだ。

そいつは、第七銀河帝国から来てアンデス山中に軟着陸して・・・
と、言い始めるのではないか?イオンド大学の名誉博士とかいう輩が(笑)。

そこまで飛んじゃうのは、あんまりか?
ユダヤだ!フリーメイソンだ!と、トンデモ論争が始まらないものかと、ひそかにワクワクしているのだが。
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