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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
卑弥呼の墓参り

 

桜井から北上して南半分を歩いた山の辺の道の、北半分をコンプリートしましょう、と誘われて今回は天理駅で待ち合わせてスタート。
イヤハヤここも古墳だらけ。


天理高校と同居しているような西山古墳は、だれでも「登頂」できてしまうほど、史跡としてはあっけない自然体で街の中に残っている。

古墳より、天理教の門前町のような、それ以上に天理教あっての天理市といえそうな宗教都市に圧倒された。
本部も、文書館(博物館のような、図書館のような…)も、威容を誇る中、天理高校の生徒たちが部活で休日登校してトレーニングに励んでいる。

 

集会場には「ようこそ、おかえり」と大々的に垂れ幕がかかり、全国から毎年3回集まる信者を懐深く受けとめているのがよーくわかる。
学生時代の同級生に、「天理の家の息子」がいて、どんな心境の変化かプロテスタントの大学に修士課程まで在学していたのだが、人柄よしお君で、下宿に泊めてもらうほどのつきあいをしていたのを思い出す。親切で、排他的でも独善的でもなく、天理教はいたって好印象なまま今に至る。
小中高大までそろった学園都市でもあるとはいえ、あいにく天理大学体育学部の印象しかないのは僕の不勉強だ。もう少し、天理教の研究をしてみるか。

 

肝心の古墳めぐりは、少し歩くとそこかしこにこんもり見える木立がたいてい古墳だから、数はこなせた。

クライマックスは、全国にあまたあるという卑弥呼の陵墓の最有力、箸墓古墳である。

これも、あっけなく線路際にどかんと盛り上がっている小山という感じで、オーラ皆無。宮内庁が管理してはいても、確定していないせいか卑弥呼のくだりは立て看板にも書いてなくて、ただただ静かな堀の一部に水鳥が泳いでいるだけの、のどか〜なたたずまい。


こういう静けさが、陵墓としては自然体でいいのかもしれませんな。

百舌鳥古市古墳群のように世界遺産エントリーに躍起になっているところもあり、個人的にはもっとツーリストも世界の古墳マニヤが徘徊する古代文化のメッカになるのもいいかな、と思ったりするものの、山の辺の道の静けさはいい。


数年ぶりに訪ねたビジターセンターも改装されてにぎわっていたが、さて皆さんアクセスはどうしてるんでしょ?と思うほど、あいかわらず鉄道は不便だし、バス路線も貧弱。

とはいえ、マイカーや観光バスで大挙して見物客がくると、この古墳街道の風情も薄くなってしまうかもしれないから、PR と保存のジレンマはこれからの課題かな。


路傍のあちこちに無人販売で並んでいた柿を、4つ 100 円(中には、何個でも 100 円なんて露店もあった)で買ってきたのが唯一のおみやげ。漬物と柿ぐらいしか僕のアンテナにひっかからなかったのは、これもただの不勉強である。

 

ルートは平坦だったのに、古墳をたくさん見ると妙に足が重くなってくるのは、何かを引きずってきてしまったせいか・・・
とオカルトに走るわけではないにしても、主催者はますます古墳ハンティングに乗り気だから、もうしばらく墓めぐりは続きそうであーる^^;

 

 

 

 

 

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旅してきました | 22:46 | comments(0) | trackbacks(0)
六甲有馬周遊パスは手抜きハイキングの武器(^^)/


日本海側で銀世界!!
のニュースに小躍りして、六甲山でひと足早い粉雪でも?と期待して、超ずぼら登山をしてきた。
いっぺんチェックしとかないと、と思っていた六甲ミーツ・アート展も残り会期わずかだったのと、手頃な乗り放題切符も利用価値があるのかどうか、実体験してみないと・・・とモロモロの動機と好天が一致して、出撃司令となったのだった。

結果、利用価値は大でありました。


阪神間の電車と登山バス、ケーブルカー、ロープウェイで有馬温泉に下り、また電車と地下鉄で三宮でぐるーり左回りに六甲山をまわるルートは、徒歩はたった1時間ほど。もう乗り物さまさまの楽ちんハイキングで、足代は 2460 円。これに、山上循環バス乗り放題と、いろいろな施設割引がつく。

 

おかげで、野外アートも六甲枝垂れも高山植物園もはしごして、ほとんど汗もかかず(気温は4℃前後だったし)、最後のロープウェイから見下ろす裏六甲の山肌の紅葉は絶景だったな〜
乗客の半分はアジア系ツーリストで、口々に歓声をあげていた。どうです、六甲山すごいでしょ?

 

観光客でごったがえす有馬温泉は、公衆浴場が行列で入場(入湯?)制限しているほどだったのであきらめて、さっさと都心に引き返してきたのは唯一の心残り。日程を選べば、金の湯&銀の湯を堪能できたかも…

 

ともあれ、カラッと晴れあがって大阪湾も(あべのハルカスも)一望できたし、六甲枝垂れ界隈がほどよい盛況ぶりで、豚汁 300 円も美味でありました。
あんまり、公共の足でここまで歩いてくる人はいなかった気もするが、宵の時間帯を狙えば夜景を堪能してすんなり下山できると思う。有馬温泉を断念して六甲&摩耶の表六甲限定コースだと、周遊券はもっと安いしね。

 

次こそ、初雪の予報をうけてスクランブル発進しなければ!と決意しつつも(?)、楽ちん周遊券の使い勝手のよさを確認できた次第。
これ、もっと大々的に PR すればいいのにね。JR には真似できない、六甲周辺の交通機関総動員のいい企画だわ。

 

 

 

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旅してきました | 22:54 | comments(0) | trackbacks(0)
熊楠に会えた紀州の旅
早起きして、ぐるーり大阪湾をまわって紀伊の旅へ、誘われるままついていった。
那智勝浦は家族旅行で満喫したけど、電車で1駅ずつアプローチしていくテツ旅は、初めてに近い。

そもそもは熊楠ゆかりの地を訪ねる企画だったので、発起人の立てたプランどおり、まず南紀白浜をめざす。足は18きっぷで乗るJR阪和線〜紀勢線。

いや〜、紀州路は長いなー
これでも、潮岬まで到達したわけでもないから、紀伊半島の半周にもなってないのだ。
おかげで、18きっぷは充分ペイした気分。

白浜も、夏休みの土曜日のわりに人出はあっけなくて、リゾート地ムードもない。
京都大学水族館にも興味は惹かれたが、となりの南方熊楠記念館へ案内される。

展示はしょぼくて、よけいな「熊楠にちなんだアート」は何かの埋め草にはなっているのか??と首をかしげながら、岬の突端の展望台めざして山道を散策する。暑い…^^;
ここからの眺めが一番よかった。円月島や神島が点々と浮かんでいて、ドピーカン(しかも炎天下)のザ・白浜のショア‼っちゅう感じ。やっぱり、瀬戸内とはちがう紀伊の山と海は、ダイナミックで深い!

熊楠ついでに、田辺へ戻って自宅を復元した熊楠顕彰館にも寄ってみる。帰り道だし。
こちらは、茶の間や書斎、蔵も忠実に復元されている。というか、遺品そのものを並べてあるので、熊楠の思考の渦が再現されている。学芸員さんも懇切丁寧だし、駅から顕彰館へ案内してくれたボランティアのおばちゃまも、博識で親切だった。

田辺の町も、駅前もろにシャッター通り商店街なのに、ちょっと裏筋に入ると和歌山のゴールデン街!?と唖然とするような飲み屋街が広がっていて、ケモノ道が網の目のようにクネクネ延びている。さぞかし、夜中は魔界と化すことでしょう(笑)。

ここで「せっかく海の近くだから」と太刀魚丼をいただいてそこそこうまかったので、晩飯も寿司屋ですませて帰途についた。
魔界は次のミッションてことで…
熊野古道は、ライフワークになるかな?

 
 
 







旅してきました | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0)
奈良で八ツ墓参り


またまた、古墳めぐりに誘われて奈良へ出向いてきた。
あ〜よく歩いたな〜〜〜
ちょうどいい気候なので汗だくにはならず、紫外線はしっかり受けてきた。

 

まず尼ヶ辻で小手調べをひとつ。
そのあと電車で2つ移動して、奈良の都心の古墳を6つか7つ、ガンガン歩く歩く。
山の辺の道とくらべると道が平坦なので、負担はそれほどでもなかったのだが、あまり興味のないスポットをめぐる徒労感(幹事さんスミマセン)が、ついつい眠気を誘う。

 

まぁ、「運動こみの耳学問」も何かの御縁ですわ、と前向きにとらえていると、どんどんハード・コースに誘われそうな不吉な予感はある(笑)。ハードというのは、気分的に。

 

そもそも古墳は立ち入れない「宮内庁管理地」が多いので、外から木立を眺めて、「このへんが後円墳でしょう」「全長200m超えは存在感がありますな」なんて品評をするだけで、単調といえば単調。市街地に奇妙な起伏があって木がポヨポヨはえていたら、奈良ではたいてい古墳だから、レア・スポットでもない。
アンタッチャブルな森だから、せんとくんが住みついているとか、ツチノコが生息しているとか、奇抜な古墳があればアクセントにもなるのだが・・・

 

ま、それは望み薄。

あとは、古墳周辺の街の地政学的な意味合いを素人なりに想像してみたり、古墳と隣り合わせでクラス住宅地の「閑静すぎる感」に圧倒されるぐらい。
考古学の素養がないド素人としては、タモリ目線を借りるのも退屈を紛らわす小手先芸にはなるか…

 

帰りぎわに反省会で寄った奈良駅内のカフェに、「奈良カプチーノ」なるものがあって、細かい芸には同行の理学博士殿が驚きまくっていた。
文字入れなんかは、機械化されているようですけどね。


奈良は山岳信仰の本場でもあるから、いつか修験の場でも提案してみようか?
運動はいっさいしない幹事さんには却下されるだろうね。

 

 

 

 

 

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旅してきました | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0)
市民休暇村

 

前にも誘われたのに、仕事の都合で泊まらずにデイユースで引き返してきた市営リゾート施設に、昨夜は一泊してけさ散会となった。
スポーツ競技場がいろいろあれど、目玉は温泉、リハビリテーション専門病院や特養が併設されているところをみると、コンセプトはシニア向けなのだろう。

大阪の下町暮らしの前事務長さんは、緑したたる窓の外の遠くに団地が見えるだけの人工的な施設に、「味気ないですねー」とため息をついている。右に同じ。

 

どこかで見覚えのある総合保養施設やな・・・と思っていたら、国民休暇村の市営バージョンなのだ。

なるほど、昭和の国おかかえの安宿で、国民宿舎というのがあったっけ。
浅間山の近くの高峰高原ホテルなんてしゃれたネーミングの国民宿舎には一度だけ泊まったことがある。老朽化した垢抜けない建物ではあったが、安さ爆発。ビンボー学生の山旅にはおあつらえ向きで、山小屋よりは豪華だった。

 

国民宿舎が大きくなって、付帯設備がいろいろつくと、国民休暇村。これも、妙高山麓で一度だけ泊まった。
別にテニスをするでもなく、合宿でもないので、山仲間と二人だけで妙にだだっぴろい部屋を持て余しつつ、安さは爆発していた。

 

国民の余暇消費は国が施設を提供する古き良き(?)時代の旅の宿は、さんざん家族で簡保センターを利用していた立場としては違和感はないのだが、国民一般は寄りつかなくなり、いまや国民休暇村構想は身売りに閉鎖に民営化。

 

まだ公営でがんばっているところもあるようだが、自治体ごとの個性を打ち出そうと考えた神戸バージョンが、「しあわせの村」だったようだ。昭和末期に「開村」して、なんとか持ちこたえている。

市民は割安、さらに障害者割り引きやシニア割り引きでガクンと安くなる。


大浴場は広々としていて、食事は可もなく不可もない及第点か。1泊2食つき1万円前後だと、なんとかコスパ合格。
オフシーズンながら、けっこう泊まり客はいて、どこでどう情報キャッチしたのか、中国人グループも投宿している。

 

確かに、三宮や心斎橋のシティホテルが満杯だと、目先を変えてこういう「施設」を利用するのも裏技になっているのか?

ただ、施設の外に観光する場所は皆無。ここは神戸なのか北陸なのか九州なのか、漂白されたような味気ない箱庭だ。
周辺には茫漠とニュータウンが広がっていて、クルマで温泉に入りにくる近隣住民にとっては健康ランド感覚かもしれない。

 

市民にとってはシニア向けの印象が強いので、最近はスポーツ競技場も増やして、研修室やトレーニングルームなども増設して若い世代の利用促進をもくろんでいるようだ。
市街地からバスのたくさん出ていて、決して遠くはないのだが、まずネーミングが凡庸すぎるね。「いこいの村」「ふるさと村」のような当たり障りのない役所の発想で、オープンして30年以上たつのにオーラのような、土地の魅力がにじみ出ていない。
いざ泊まってみると、設備は割安感満点なのに、まず観光地ではないし、ここからどの観光スポットへ足を伸ばすにも遠い。まるでリゾート版の「寝に帰る」ベッドタウンでしかない。このへんは惜しいなぁ。

 

神戸らしいといえば、神戸ワインを出しているぐらいで、日本酒は銘柄を尋ねると西宮の白鹿だった。
値段がはねあがるが、神戸ビーフを出せないものか??
それが無理なら、せめて灘の銘酒をいろいろ飲み比べできるとか。
近所に市営の農業公園もあるんだから、神戸産のイモや蓮根、玉ねぎもアピールできるだろうに。
そのへんは経営感覚をもとっと研ぎ澄ませば、ロンリープラネットにも載るようになると思う。

 

となったあかつきにも、うっかりカップルが予約すると、妙に色気も味気もない修学旅行気分のホテルだなーと気づかされるね。
食べ歩きする場所もなければ、夜景ビューもない。
廊下で家族連れの子供が走り回っていたりするし(苦)。

 

ただ、カップルがアクロバチックなことをしでかして痙攣すると(どんなんや!?)、となりが病院なので処置は早いぞ。
お客さん、何やってたんですか抜けません!!!!とかなんとか(笑)・・・いい思い出になるかもかもしれません。
幾星霜連れ添った夫婦の気分にはなれましょうて(^o^)v

 

 

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旅してきました | 20:25 | comments(2) | trackbacks(0)
温泉気分になれない温泉宿

 

9月の6,693アクセス多謝m(_ _)m

 

週末は、研究会の合宿のような慰安旅行のような・・・

古墳の勉強を終えて、お疲れさま〜と乾杯&晩飯になっても緊張して(?)酔わない。

 

とはいえ、古参メンバーの後期高齢者が不意に癌を見つけられ、開腹手術で退院したばかり。主治医には、転移も覚悟しておけとクギを刺されたとのことなので、お元気なうちに枕も並べておかねば。

 

抗癌剤は断ってまんねん(^^)と息巻く元事務長さん、元気そのものでマイカーを運転してこられた。部屋の風呂からあがってフリチンで(笑)どや!と切り口を開陳してくる(笑)。

 

食事制限も特にないようだし、食欲もあるのに、腸が短くなったせいか、体重がなかなか増えへんのじゃ、とグチっておられる。

それでもまぁ、お元気で安心した。

 

運動不足はいかんなーとわかっておられるので、体の自由がきくうちに、あちこち足を運んでおきましょ♪と、お遊び企画も始動している。屋久島も白神山地も、死ぬまでに見ておきたいなー、今月は彼女と瀬戸内の旅ですわい(^o^)v

と、病み上がりには見えないリカバー力!

 

専門も世代も違う仲間とは、発見の多い旅にはなる。60代の年金生活1年生、後期高齢者の脅威のスタミナには、元気をもらえた。

ぜひ、次はエジプトあたりへ!(笑)

 

 

 

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旅してきました | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0)
古墳群の中に堺あり


研究会のオプショナル社会見学(?)――古墳めぐり第3弾は、「ものの始まり何でも堺」であった。
日本最大の仁徳天皇陵を中心に、何十もの古墳が点在する百舌鳥古墳群のうち、メジャーなところだけかいつまんで歩いても一日仕事。天気もよすぎるし・・・あぁ歩いたなぁ。

それに、今日は古墳一色。みれば見るほど元気になるようなパワースポットではない。
神社仏閣その他の観光スポットには寄らず、ひたすら古墳と、偶然立ち会った遺跡発掘作業ばかり見て歩いたので、なんだか生命エネルギーを吸い取られてしまった感じ。

ともあれ、「決定版」ともいえる日本最大の仁徳天皇陵とスケール3位の履中天皇陵は目撃してまいったので、山男にとっては「ヤリホを踏んでおく」感覚かな(富士山は登山スポットではなく観光地だから、槍・北岳・奥穂高が金銀銅メダル級だ)。とりあえず安心。

しかし、山より疲れる。
起伏がないので坂道歩きのロードもない。それがかえって単調な景色に映る。
どの古墳も、要はお墓だから静かにたたずんでいるだけだし、「古墳カフェ」があるわけでもなく、土産物店で古墳まんじゅうを売っていたりするわけでもない。

このへんの盛り上げかたは、難しいですな。
世界遺産化を願う地元は、「やまとたける君」なんて古墳キャラをプロデュースしている。どうも顔は奈良のせんとクンそっくりだったりする(笑)。

あんまりキャラが乱立して騒ぐのも不謹慎だし、でも全国からビジターを呼びたいし、あれこれ試行錯誤しているようだ。がんばってほしい。
僕はかねがね、堺の民度は高い!と尊敬申し上げているので、きっと世界に堺の「地気」を発信していけるだろう。
地元のロータリークラブは仁徳陵の4ヶ国語ガイドを配布していたりするし、道案内も整備されている。交通の便もいい。ボランティアガイドも組織的に動いてくれている。
関空からミナミに爆買いツアーに繰り出すツーリストのうち1割でも、古墳群や山の辺の道に寄り道していただけると、日本再発見もしてもらえるのではないだろうか。

幹事さんは考古学に関心大の歴史家だからそういうルートをたどったが、僕にとっては「世界のシマノ」の地元でもある。自転車博物館は今回スルーしてしまったが、ほかにも千利休や与謝野晶子ゆかりのスポットもあるようだし、何より古代からアジアへの窓でもあった堺の都市文化は、日帰りウォークでは汲み尽くせないほど深いものがある。

と、どうしても墓地より生きている市民、町人の文化に関心がわく僕は、一緒に歩きつつ別の景色を見ていた(つもり)。
それも歴史ウォークの醍醐味ということで・・・
次は古市だそうである。
ひたすら桃太郎に随行する犬かキジの気分で、墓めぐりはまだまだ続く・・・(^^ゞ


 
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旅してきました | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0)
里山の秋を満喫


アウトドア版のホラー・コースになるのかならんのか、宝塚のJR廃線跡トンネル歩きは有名だ。お化け屋敷に潜入する男女のドタバタ騒動は、現地で必ず歓声と悲鳴が聞こえるからお定まりなんである。
ここを歩きたいなー、ついでに温泉でしっぽりぽり!!とご所望の人妻の意図がよくわからず、とりあえず今日の決行日だけおさえておいて、行き先を変更した。
最近、あの山どうなってるんやろ?の確認もこめて、しんてつ支援も兼ねて、雄岡山・雌岡山の双子独立峰へゴー!

結局、だれも連れてくることなく一人で新開地駅に小走りにやってきたヒトサマの若妻は、仕事で沿線の病院や施設はあちこち足を運んでいるらしいが、仕事は仕事、趣味の山歩きは別。ほとんど、しんてつ沿線の山は知らないので、観光地でもなんでもないニュータウンの背山は確実にご存じなかった。
僕が確認したかったのは、雄岡山麓に7年ほど住んでいたので、街がどうなっているか、毎週のように山歩きや鮒釣りに通っていた「庭」が35年の歳月を経てそのまま残っているか気になったため。

やっぱり、雄岡山は小さくなっていた。里山っぽい山道と、木漏れ日を浴びながら15分ほどで241mの三角点にたどりつく。
最後に登ったころは、もちろん明石海峡大橋なんか影も形もなかった。西神ニュータウンも、開発が始まったばかりだったと思う。
今は淡路島まで、わずかに残る農場を除いてすっかり郊外開発されてしまっている。意外と海も近かったんやな〜と再確認。
なんせ乗ってきた電車がどんどん鄙びた郊外に入っていくので、どんな山奥かと思い込んでいた人妻クライマーは、「へー、淡路島がこんなに近いんや〜」と驚いている。右に同じでござる。

日なたぼっこしながら、今朝にぎったという爆弾おにぎりをいただき、さてあと半分!といったん下山する。
ふもとで、かつて自由に子供が立ち入れた溜池がフェンスで隔てられているのを除けば、いくつかある牧場の牛舎の匂いは昔のままでうれしい。連れは但馬牛の本場の産だから、妙に牛と目があっていた(笑)。
「仲間やと思われてるんちゃう?」
「かもですね」
と納得する人妻は、ホルスタイン属であらせられる(余談)。

雌岡山は神社があるので道も整備されていて、あっけなく登れてしまう。
たしか、ふもとの金棒池には中島があって古墳になっていたはずだが、古墳が消えていたのは狐につままれたような気分。
「沈んだのかねー、撤去されたんかねー?」
「まさか、古墳を撤去しないでしょ」
「皇族の墓なら宮内庁が管理してるけど、豪族かなんかの墓なら私設地やからどう処分されてるかわからんよ」
「もったいないっすねー」
ごもっとも。観光資源として活用すれば、しんてつ客も少しは増えるのにね。

248mとほとんど同じ高さの双子のような山がなぜできたのか、いわれはさっぱりわからない。山名の由来は案内板に書いてあったけど。
実に単純な山体で、禿げたところもなく緑一色で、車道もついていない雄岡山の方が僕にとっては親近感がわくので、雄岡山のビューポイントとして雌岡山に足を伸ばしてみた、という感じ(写真は雄岡山遠望)。

一度に2つ登って腹ごしらえができた、さて晩飯にゴー!
というわけで、旧友がやっている(はずの)お好み道場へ。もう20年ほど会っていないので消息は不明だったが、店は営業していた。本人不在。
メニューは庶民価格で、ちゃんぽんと豚玉をオーダーすると、「はい、これ奥さんの豚玉、こっちご主人のちゃんぽん」と持ってこられて二人とも無言。親子ほどの年の差なので、ワタクシの勝ちか?(笑)・・・これが三十路人妻の現実ですよ、ムハハハハハハハ
乾杯もせず、あ〜んもせず(残念)、清く正しく分け分けして安上がりにすんだ。
庶民価格も変わらず、味も上々で幸福な山歩きフィナーレとなりましたとさ。

商店街が、土曜の午後にしては人影がまばらなのは寂しかったが、山は静かでちゃんと手入れされていたのはひと安心。
この沿線の山はけっこうあちこち登ったし、キャンプ場でもない山にテントを張ったりしても叱られることがない、のどか〜な里山ばかりだ。今あまり派手に幕営やらバイク乗り入れやらをすると注意されるかもしれないが、地元民以外は名前さえ知らないような山が穴場なんである。
次、丹生山系いってみっか?とそそのかすと、「どこですか、その山」とほんと東大モトクロスな山ワイフは、これから仕込んで(笑)いかなくてはイケマセン。大学から10年以上神戸に住んでいるくせに、知らなさすぎる。

てなわけで、裏六甲を攻めてみるプランに乗り気な山ワイフを、あんまり連れ回していいものやら?
顔見知りの旦那も公認なさっているようだから、まぁいいか。
彼が山男になるのが理想型だから、わたしゃ「山旅だけ担当」のパートタイム・パートナーでいいのであ〜る。



 
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旅してきました | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0)
おそるべし山の辺の道


歴史家に誘われるまま、のこのこ山の辺の道を歩いてきた。
桜井で集合して天理まで。

加賀に旅したときのメンバー・陶芸愛好家が今度は数学の先生に代わって、こちらはこちらで博識でいらっしゃる。
また現地ボランティアガイドを手配してもらったので、宝塚OGのように容姿端麗で博識のお姉様について歩くだけ。この案内役と歴史家のやりとりを、いい耳学問させてもらった。

大神神社が日本最古の神社だとも知らず、三つ鳥居がいかに神域を守る別格な鳥居なのかも知らず、僕は脳天気にヒル・ウォーキング気分で楽しんできた。
むしろ、近鉄沿線に見える二上山から、大和三山あたりの小ぶりな山々は登りやすそうやなーとクライマーズ・モードになってしまう。
三輪山など、桜井市民にとっては裏山かな?と思いきや、大神神社の神域で、おいそれとハイキングに出かけるような感じのレジャー・スポットでもないのだが、悠久の歴史を見てきた山々だと思うと、タイムスリップできるハイキングもあっていいのでは?と思ったりもする。

僕が数年間だけ暮らした、神戸市内から1時間弱も電車で入った農村は、大昔は瀬戸内海が入り込んでいた土地で、忍海辺(おしむべ)が地名のいわれになっている・・・
と郷土史の勉強として聞いてもピンとこないが、この界隈を見渡せる241mの山(この山麓に住んでいたから、まさに犬の散歩に連れていくような裏山だった)に登って東播磨地方を眺めると、地形のいわれも実にリアルに想像できるのだ。
歴史は地形と切り離して考えるとつまらん、地理には歴史が刻まれる。「地歴」は別教科になってしまっとるのが日本の教育の不幸なところかな。

山の辺の道も、堺の港、大和朝廷との位置関係を考えてみると、宝物や仏教がどう運ばれたか、なんとなく想像できる気がする。仏教が初上陸した大和川流域の海石榴市(つばいち)は、あぁここが堺と、朝鮮とつながってたのね〜と想像すると歴史ロマン沸々スポットなのだ。

古い寺社めぐりの締めくくりは、次々に出てくる古墳また古墳。さくら井しないだけで、大小1200もの古墳があるらしい。こんもりした木立や森があると思ったらたいてい古墳で、宮内庁も片っ端から管理するわけにもいかず、「開かずの陵墓」が多々ある。そこがかえってミステリアス。
パワースポットというより、遠い世界から声が聞こえてきそうなスピリチュアル・スポットなのであった。
いやはや山の辺の道おそるべし!

学部時代の同級生マドンナに桜井令嬢が、院の同級生に天理(柳本)の好青年がいたことを思い出した。好青年は下宿、マドンナは朝6時に出て長距離通学していた理由がなんとなくわかったのも副産物。近鉄を使えば、なんとか阪神圏は通勤通学圏内になるが、JRの便数も少ない天理柳本からだと少々難しい。
みんな、苦労して通学してたんやね。

天気がよすぎてこんがり日焼けもするほどだったので、真夏は避けるべしとして、次は秋にでも再突入しますか〜と幹事さんと作戦を練っているところ。
現地の様子がさっぱりつかめなかったころは、サイクリングもいいか〜と脳天気なことを考えていたのだが、あまりにも道がせまく、特に注意書きはなかったが「車両不可」は納得するしかない。歩き甲斐のある歴史街道でありました。
しかも、阪神電車で神戸と直結している!
ありがたい身近な歴史遺産である。



 
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晴れのち雨のち雪の弾丸ツアー


朝イチ出勤つづきで睡眠不足のまま、土曜日もうんと早起きして北陸バスツアーに参戦してきた。
こういうツアーがあるとは知らず、「お得ですよ」と誘われるまま体を運んだので、下調べも何もせず、完全に幹事さん任せ。
おまけに、病院の元事務長さんと元々事務長さんにくっついていく珍道中だから、わたしゃ部外者そのものだ。

費用はワリカンなので、好きな立ち寄り先はリクエストしていいのだが、すでに焼き物愛好家と歴史愛好家がギッシリ計画を立てていたので、おとなしくついていくばかり。
午前中はバスで北陸道をひた走って山中温泉にチェックイン。老舗のグランドホテルが格安ツアー会社の傘下に入り、関西から客を送り込む形のビジネスモデルができあがっているのだった。だから宿と食事は決まっていて、観光したいところは自前で訪ねてね、というスタイル。

さっそくタクシーを手配して、山代温泉へ九谷焼見物。手配していたボランティアガイドさんがとても博識かつ親切で、温泉寺や窯元2つ、仕上げは九谷焼美術館まで短時間で手際よくガイドしてくれた。
わたしゃ焼き物の嗜みはゼロに近いのだが、あっけなく感化され、九谷焼のマグカップを買ってしまった(メイドイン某国ではない)。手にしてみると、しみじみ渋みが伝わってくる。

宿の1泊2食はバイキグなので、これでもかといわんばかりに満腹になり、やや薄めの温泉につかって宴会もせずバタンと昏睡。土曜の夜は前線通過とやらで冷え込み、遠くの白山の雪を満開の桜越しに眺める風流な車窓風景になった。
日曜日はピストン送迎バスで金沢観光。
といっても2時間しかないので、とても観光どころではない。鈴木大拙の記念館を訪ねて、21世紀美術館近くの柿木畠ストリートで昼飯をかきこみ、バス停へダッシュして戻ってきただけ。もう、慌ただしいのなんの。

帰りの高速は幸いほとんど渋滞もなく、晩飯どきの新大阪へ無事にたどりついて解散。
しかしまぁ、弾丸ツアーに近い盛り沢山な週末ツアーであったなー
全部で16,000ドルは安いといえば安いが、満席バスは「リクライニングするな」「酒は飲むな」「提携のおみやげ店に寄るからできるだけ買い物せよ」と少々窮屈さはあった。たいてい片道切符の一人旅がマイ・スタイルなので、異文化体験であった。

客はジジババばかりかと思いきや、案外そうでもなくて、なぜか団塊おとっつぁんグループとベテラン乙女グループが別立てで分かれていて(夫婦はゼロか?)、あとはOLトリオと、バツの悪そうな(笑)若いカップル。春休み最後なのにファミリーもいなかった。家族で1部屋とるとけっこう格安なのに。ベテラン乙女の土産物購買パワー、トークパワーはなかなかのものであった。このあたりが、ツアーのメイン・ターゲットではなかろうか。

道路事情もよくなったので、関西から半日で飛ばしていける日本海側の各地に客をまとめて送り出すツアー会社と、客集めが難しくなった古い斜陽旅館の思惑が一致した感じかな。
これはこれで、割り切って楽しめる形ではあるが・・・妙に「鉄ハングリー感」はある。ウロウロできるだけでも、体がほぐれるしね。
次は18きっぷツアーでも提案してみようか??
とはいえ、リウマチ持ちと関節痛持ちの仲間からは、苦痛を訴えられそうな予感もある。
やっぱり僕は勝手気ままな一人旅がほっとする。マイ・スタイルを再確認してしまった。


 
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