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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
みんな被災者

 

退勤した足で東遊園地へ直行した。
年に一度の震災鎮魂行事に足を運ぶだけなので、えらそうなことはいえない被災民ではあるが・・・
当事者性というテーマは難しい。

 

被害はなくても「俺は被災者だ」とアピールして禄を食む住民も、多少いたかもしれない。
資格がありながら、支援の手も関心も寄せられなかった被災者もいる。

被災者の自覚も、実害もほとんどなかったのに、周囲から同情されてしまう立場もどうも座りが悪い。

 

当時ご存命だった大家さんが、「入居者まるごと全壊被災者」の申請をしてくれたおかげで、わたしゃ制度上は手厚い給付を受けることができた。

ただ、人によっては被害も金銭補償でカバーできるものばかりではない。身内の命や家財は買い直すわけにはいかないし。
だから、広い意味で喪失感をもつ人すべてが当事者ということでいいのではないかと思う。

「デートした街が無残なことになって…」とお悔やみをくれる人も、旅人も、神戸の業者と取り引きしている関係者も、みな濃淡はあるにしても当事者体験を共有している。そこに格付けをする必要はない。

 

当事者性の線引きは、メディアが好む絵づくりの一環でもあるし、当事者の支援団体も神経を尖らせている。
親等の近い家族と死別した被災者が最上位の当事者で、家や店を失った人、震災以後に持病が悪化した人は格下の扱いになる。「恋人の家が半壊した」ぐらいでは当事者扱いされない。

 

格付けと画像のインパクト、視聴者の感動を連動させるべく、ステレオタイプな被災者像を創り出そうとするメディアも、そりゃそれが仕事だからしかたない。ウンザリしながらやっているスタッフもいるかもしれんが、「小指のない震災ボランティア」は相変わらずタブー映像になったままだ。それを世に問う勇敢なジャーナリストはいないようだが。


まぁそれはともかく、神戸ぐらいの都市の災害だと、いろんな被災者がいるからなぁ・・・

「街全体が悲しみに包まれている」ように見えながら、包まれない人もいるのは事実。清く正しく健気な被災者像を固められても困る。

 

大人に1・17行事への参加を提案されて(?)寒空の下きれいな歌声を披露してくれた児童は、直接の被害者でないといっても、「生まれる前の災害」に必死に思いを馳せて鎮魂の歌を歌った経験は、未来に生きてくるのではないだろうか。
当事者でない人を、当事者に巻き込んでいくのもインクルージョン。


もちろん、強制はNGだが、どれだけ伝聞や報道で知っていても、被災地というトポスに身をおいて全身で感じる何かは、別の災害に接したとき想像力が働くと思う。
前向きな復興は、手間ひまを惜しまずバトンタッチすることかな。

 

 

 

 

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災害 | 23:02 | comments(2) | trackbacks(0)
みごとな洗濯板の遡行

 


今朝いつ地震があったのかキョトンとしているうちに、緊急地震速報がどんどん入ってきて、ニュースを見ると「津波がくる!」「すぐ逃げて!」と直球を投げてくる。
ほんまかいな?と、津波到達時刻まで生中継を見ていても、予定通りの津波は映らない。拍子抜けした。

 

あとで明らかになったのは、津波注意報が出て仙台に第一波がおいでになってから、あわてて注意報が警報に変わったらしい。
こんな後出しジャンケン警報、ありなのか?
津波情報は避難行動とリンクしているから、「届いた津波をみると予想以上だったので警報に変更します」というのも、なんだかねぇ・・・
幸い、流された人はいなかったからよかったものの。

 

川を遡行する津波の動画は流れていたので、「あの中にうまい魚が混ざっているかもな」と悠長に見ていたワタクシは不謹慎かもしれんが、ちゃんと堤防で食い止めていたし、浸水被害もない。


なら、大自然のスペクタクルとして鑑賞すればいいのだ。

見にいくな!とニュースが警告しているのは従うべきだが、海底直下地震は津波がついてくるものだし、火山噴火は降灰をともなうのも当たり前。パニクることはない。
ふだん桜島とつきあっている薩摩人は、おおらかに構えているのがえらい!

 

さすがに21年前の震度7体験は怖かったが、台風や雷は大スペクタクル。

特に、僕は雷が好きで、電光石火で一瞬だけ拝める大自然の光アートですわな。


天変地異もあり天文現象もあり、異常気象は実は通常気象なんである。いたずらに恐怖心を持たなくていいし、メディアも煽ってはイケマセン。熊が出たイノシシが暴れたスズメバチがいた!!の類も同様。それが自然との共生ってことでしょ。
もちろん、けが人は最少限であってほしいけどね。

 

津波も、波そのものより、流されてくるクルマや船の方が怖い。地面が震えることより、たんすの下敷きになったりガスに引火したりする方が怖い。その意味で、「天災より人災」かもしれない。ターザンやロビンソン・クルーソーのような生活をしている住民(いないか)なら、怖いもんはないだろうな。

 

加古川には古いつきあいのロビンソン・クルーソーがお住いだが、どんな天災も生き抜けると思う。家族も貯蓄も社会保障も、失って困るものは何もない(笑)。彼を慕う信者(僕もその一人かも)の数が財産。
これこそ、究極の減災ライフスタイルであーる。

 

 

 

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災害 | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0)
被害予想こそ、凡人知能より人工知能で

 

ぐるり一回転する台風も珍しかったな〜。
おまけに、2つも3つも東北を直撃するのは、沖縄県民としてはホッとしただろうが、台風慣れしていない北国の人は災難としかいいようがない。
犠牲になったグループホームの入居者のご冥福を祈るばかり。

 

あの種の居住型施設で泊まりスタッフ一人だったのは経営上の都合も大きいとはいえ、福祉の貧困を見せつけられた気がする。
たとえ2〜3人で夜勤していたとしても、濁流にはなすすべもなかったかもしれない。

 

とはいえ、一人だとおちおち仮眠もとれないから、必然的に「寝ずの番」の勤務になる。今年の春までわが職場にいた少年少女も、新人として配置された各地の職場で泊まり勤務にあたっている。

不測の事態に少人数で対処しなくてはいけない夜勤こそ、ベテランがすべきだと思うのは部外者の意見にすぎないけれども、それが無理ならベテランなみの手当をはずんであげないと、短期離職モンダイは改善できんだろうなぁ…

 

そこへ、油断していた水害だ。
岩泉町長は、TVの取材に「私が自分の目で確かめてから避難指示を出したい」と人間味ある弁明をしていたが、こんな危機管理はそれ自体が危機になってしまった。

 

オッサンひとりトボトボ歩いて、「小降りになったから大丈夫じゃろ」なんて呑ん気な感触ですませていたから、こうなったとはいえないか?
もれなく町内をメッシュで踏破して地盤検査をしてまわったとでもいうのかね?(そんなこと時間がかかりすぎるって)
河川管理事務所のデータや降雨レーダーの情報も総合的に精査して、早めの避難準備情報を出すのが行政の責任だと思うのだが。

 

似た水害は、近年だけでも兵庫県佐用町や和歌山県那智勝浦町でも起きていて、多くの町民が犠牲になっている。
報道で知ってはいても、「うちは佐用町とはちがう」と妙な安心感があったのか、対策を講ずる予算が捻出できなかったか・・・
そのあたりは検証を待つしかない。

 

グループホームの立地も、川沿いの安普請な平屋だったが、町のハザードマップ(まさか、作成してないなんてことはあるまいね?)に照らして、危険地域だとわかれば移転するなり避難経路を確保するなりしておくのが、法人の責任だろう。どうも「特養の離れ」のような建物だったように見えるので、豪雨が続けば丈夫な「本館」へ、移動できる入居者を誘導してあげてほしかった。

それ以前に、避難準備情報の意味も法人監理者は理解していなかったようだから、これじゃ訓練のしようもないわな。

 

自宅より安心、と家族が考えて入居させた施設で命を落とすのは、いくら天を恨んでもやりきれないものが残ると思う。
せめて、尊い犠牲から法人と役場はちゃんと学んで、危機管理を策定してほしいね。
町長の散歩で危険予測をするなんていう茶番劇は、「うちもだ」と見に覚えのある自治体があれば、即刻あらためましょう。

 

 

 

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災害 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0)
福祉避難所は最優先


ペット同伴被災者と、障害を持つ被災者のどちらが優先されるのだろうか。
まだペットは一時預かりしてくれる団体や動物保護施設がないわけではない。認知症の被災者も、緊急に保護してくれる施設があるかもしれないが、環境の変化をどう受けとめて適応できるかは、暗中模索といったところだろう。

避難所は典型的な全制的施設でもある。被災者らしいふるまいを暗に求められ、生活も管理される。
事情がわかっている(つもりの)僕でも、21年前の避難所暮らしは窮屈でならなかった。訓練を受けた公的な支援員などいなかったから、自発的に手をあげたまとめ役が食事をはじめ物資の割り振りやトイレの使い方、行政との折衝など、指揮采配を握って既成事実と化していた。

だからこそ、新しいリーダーは適性をちゃんと見極めないと、いたずらに二次被災を出してしまう。僕のいた避難所のリーダー役は、名乗り出たのはいいが荷が重すぎたのか、避難住民との口論や離反も絶えなかった。おまえ、なにサマや!?と。

外からくるボランティアより、コミュニティをとりまとめるボランティアこそ、「筆頭ボランティア」なのである。
昔ながらの町内会長や自治会長なら、それなりの責任感もお持ちかもしれないが、重責を担えなくなっていることもあるし、まず我が家のことで頭がいっぱいだろう。

熊本は余震が長引いたこともあって、ボランティア受付が少し遅れたのはしかたないとしても、やりくりできるノウハウがないと、せっかくのヒューマンリソースが活用できない。
やはり地域特性をよくご存知の警察・消防OBのような人材が、キーマンになるのではないだろうか。

健康状態や被災の程度によって、要望は千差万別になる。それが1か所に集められ1週間、2週間たってくると、おさえてきた要望が噴出する。
避難民はまず、わがままは禁物!と忍耐を強いられる。忍耐が体調悪化に直結する当事者もいれば、状況がわからない障害者もいる。
避難所もひとつの権力機関で、まずこの現実を認めない支援者もいる。まちがいなく、指揮する権限を持ち、行政の委任事務を執行しているのに。
昔ながらの、「お上には黙って従う」お年寄りは多い。だからといって、扱いやすい被災者というわけではない。見えないストレスや脱水症状、腎不全など見過ごされがちだったりする。

被災者救済の手法が、いまだ一元管理・集中管理の発想だから、マイカーに避難する人、半壊状態の我が家に「避難」する人も多い。集団生活に「回収」されない被災者への支援はどうあるべきか、よーく検討して基本的なスキームをつくらないと、避難先で命を落とす不幸はなくならない。

福岡や鹿児島の親類縁者を頼って「疎開」するのも、全制的施設から解放される道ではあるが、火事場泥棒も横行しているから、あまり我が家から遠く離れるわけにもいかないのはわかる。空き巣は射殺しろと息巻く芸能人もいる。
壊れた家に出入りする人が住人なのか否か、瞬時に確認する方法もない。問いただしても「頼まれて家財を取りにきた」なんて言い訳をするのは目に見えている。

避難民の健康管理だけでなく、留守宅の治安を守るボランティアも、不安を減らすマンパワーになると思う。
警備会社の売名行為でもいいから、火事場泥棒をがんがん摘発していただきたい。
これも、僕の持論で、つかまえた火事場泥棒は「同業者」10人をつかまえたら免罪してやってもいい。毒をもって毒を制す、と。
そんなにうまくいかんかな?


 
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災害 | 20:28 | comments(0) | trackbacks(0)
クルマは止まっていても凶器になる件


せっかく地震で命拾いしても、エコノミークラス症候群が命取りになってしまう悲劇は、昔から指摘されていたのにね・・・
アラームを出せなかったのかな、目の前で車中泊している人がいるのに。

ナイカー族の僕は、マイカーにこもろうとするる愛車精神(?)は正直よくわからんし、責めるつもりは毛頭ないのだが、まるで麻薬のように引きこまれてしまう被災者心理が働くのかな。
クルマで津波から逃げようとして呑みこまれてしまったドライバーも東北にいた。道路が最短の避難経路になっているわけでもなく、渋滞したらお手上げなのにね。

津波の心配がない熊本地震とはいえ、エコノミークラス症候群の犠牲者と予備軍は、かつてないハイペースで出ている。クルマに住んでいる人たちは、それぞれの事情もあってのこととはいえ、せめて足を伸ばして休めるようなテントを貸し出すとか、定期的な保健活動も必要だわな。「自業自得」ではすませられない。

家の防犯のために車庫で寝泊まりしているのはわかるけど、避難所の庭でマイカー暮らしをしている車列の眺めは、「被災者の群れ」の中に入りたいのか入りたくないのか、微妙な気持ちも伝わってくる。わからなくもないけど、死にたくてそうしているわけではないから、目の前の被災行動に潜むリスクは無理強いしてでも回避してあげないと、せっかく拾った命をムダにしてしまうよ。
21年前も、被災した自宅兼店舗の横で車中泊していた同級生の苦労話を聞いたことがあるので、テントを進呈すればよかったかな〜と少し反省してしまう(彼は数年後に帰らぬ人になってしまったから、今となっては後悔先に立たず…)。

ダンボール・ハウスで寝ている路上生活者の知恵も、参考になるかもしれない。見た目は棺桶生活のようではあれ、ダンボールハウスは風なんてシャットアウトできて暖かいし、プライバシーも完璧だ。けっこう遮音性もある。
紙製のベッドやパーティションが差し入れされているのは、被災者支援の若干の進化かもしれないが、冷蔵庫を梱包していたようなダンボールは、そのまま送ればインスタント個室ができる。不要になれば燃やして焚き火に使える。

意外と餓死する被災者は聞いたことがないから(いたらスミマセン)、食糧支援より、安全な個室の確保の方が優先度は高いのではないかいな?とも思いますぞ。衛生面でも、ストレス軽減のためにも。
モンベルはテントの支給を決めたそうだが、モンベル製のテントはややこしいパーツがないと張れない構造的欠陥があるのは、山ヤさんの間では周知のこと。キャンプのマニヤでもない一般の被災者には、凝りに凝ったテントより、「冷蔵庫のダンボール」の方が住み心地はいいのではなかろうか。

ホームレスの達人を「仮住まいアドバイザー」に任命して、公金からそれなりの報酬も支給すれば、実はすごいダンボールハウスが百花繚乱するかもかもしれない。日本の輸出文化にもなりましょうて。
だめですかな?


 
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災害 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0)
魂の被災


事務能力がホント欠けてるな〜と自己嫌悪。
B法人に提出する毎年度の書類が厳しくなり、景気よく「テンプル大学卒」も「ハーバードMBA」も書けなくなった(笑)どころか、シラバスに至っては作成マニュアルの冊子までできて、かなり細かな項目を書かなくてはいけない。

こういうトレンドは全国的に進んでいるし、説明責任と情報開示は法人だけでなく業務請負人にも問われるようになってきた。
昔から、仕事の匿名評価票は自分で作成しフィードバックさせているので、シラバスも自主的に作成・配布し、目標は国家試験合格、そのために提供できるリソースはこれこれ、と書面を配布しているので、あわてふためくことはない。世間がワタクシに追いついてきたのだ!と悠長にかまえていた。

そこが災いして、ちょっとした書類不備や期限オーバーも重なって、「来月の給料ないよ、6月までお預けだからね」と宣告されてしまった。自業自得とはいえ、極貧のゴールデンウィーク(苦笑)をすごさなくてはいけない。トホホホホホホ…

B法人の昼休みに残りの書類を仕上げてヌキメシになってしまい、A法人に移動して腹ペコのまま午後の仕事を終え、今日最初のメシは夕方のバングラ大使館になってしまった。空きっ腹に突き刺さる大激辛!!(笑)
大使殿は、母国でも災害が多いせいか、熊本地震を心配しつつ、バイトのジャカルタ君と災害談義。

ジャカルタ君は、東北大震災のあと来日しているし、阪神大震災は生まれているかいないかの昔話になる。殊勝にも、どこかで学んでいるらしく、「神戸と熊本どっちが大きいですか」と尋ねてきた。
「直下型だから似ているところもあるけど、東北と違って津波で洗いざらいってことはないからねー、原発災害もないし」と僕。
「津波は、こわいですね」
インドネシアも、大津波やサイクロンの被害は身近だから、災害リテラシーはそこそこあるようだ。

震源地からは少し離れているが、立命館APUという留学生メインの新しい大学には、世界各地から下宿生が集まってきている。
彼ら彼女らは、経験したくなかっただろうが、日本の天災をどう受けとめているだろうか。貴重な経験になると思うが。

ジャカルタ君は大阪で学んでいるので、僕は「大阪も、いざとなったらパニックになるよ。それに海抜が低いから、あっという間に水浸しになるだろうね〜」とビビらせていると、日本に長年住んでいるはずのバングラ大使殿、0メートル地帯を知らなかった!
あのねー、あなたも母国で家や店を流された被災経験を語ってたでしょ。
日本が安心安全の国だと思っていたら、そりゃ落とし穴になりまっせ。

梅田の地下街に浸水したら悲惨だし、パニックや暴動もこわい。熊本県民より、リスク因子は多い。
都市型災害の後遺症は、首都圏の方が深刻だとは思うが、大阪のパニックはバングラ人、インドネシア人の想像を超えている。僕も正確なことはいえない。

「どこ安全ですか」とジャカルタ君は心配していたので、「日本中どこでも安全なところはないと思うけど、京都や奈良は、古い建物が残っているのを見ると、今のところ大丈夫かな?」ぐらいしか申せません。
二条城や法隆寺が、熊本城のようなことにならない保証はないのである。
あちらこちらにある三重の塔、五重の塔がポッキリ折れるような悲劇はまだ見たことはないし、金閣寺が賀茂川を流れていくようなことはない・・・とは思いたいが、まだタリバンが遺跡を破壊するような悲劇は日本では見かけない点だけは幸運だ。

だから油断して、耐震補強が後回しになっている歴史遺産も多いと思う。
シャチホコなんて、地震で真っ先に落ちるのは素人目にも明らかだから、プラスチック製のフェイクを飾っておくとか、姑息な工作は許容範囲かもしれませんな。
阿蘇神社の倒壊は、別に神道の信者でなくても心が痛む。神戸の栄光教会、中山手カトリック教会の惨状を目の当たりにしてきた僕としても、シンパシーは感じる。
どうか、たくましく再建できますように…



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災害 | 23:44 | comments(0) | trackbacks(0)
阿蘇に眠る農学生に合掌


阪神大震災でも、神戸大を中心に安普請の学生アパートで被害が大きかった。留学生も犠牲になった。
少し山の手で被災した関学大の下宿生は、たしか土砂崩れで命を落とした。

「居住福祉」は、古くて新しくて古いテーマでもあって、主に高齢者の住環境や看取りの場として研究されてきたが、阪神大震災をきっかけに、学生の古きよき下宿ライフも一気に疑問符がつくようになったと思う。

デザイナーズマンションなんぞに住んでいるブルジョワ学生は、たぶん今も昔も少数派だろう。
さすがに、風呂なしトイレ共同なんて物件は昭和の文化遺産だとしても、木造アパートの1階が命取りになる法則は、「まさか阿蘇で」と思っていた東海大生には伝わってなかった。
責任は問えないけれども、親御さんの気持ちを考えると、いたたまれない。

おそらく東京の大学を誘致した地元では、ほぼ全員が下宿生になるから、プチ不動産景気にも沸いただろう。商売気は二の次で、温かく学生さんを迎えて、アパートを改築し、雄大な阿蘇で農業の勉強に没頭していたとお察しする。
せめてもの救いは、格安バスツアーに命を奪われるような最期ではなく、阿蘇の大地に眠れたことかもしれないが、それでも道半ばだから、ご冥福を祈るしかない。

都会だろうと農村だろうと、油断していたらどんな災害が命取りになるかわからないので、安全な学生下宿はやはり学校の責任で建設するか斡旋するか、配慮してあげてほしいものだ。

もう、1階には寝起きする部屋を設けない!が鉄則かな。
平屋なら、落ちてきても(たぶん)大丈夫な茅葺きにして、ふだんの補修も実習の一環とする。
水産系の学部だと、別に海沿いに住む必要はないとはいえ、津波や高波が心配な土地なら、いっそ中古貨物船を大学が買い取って「浮かぶ学生寮」にするとか。無理か…

鉄筋コンクリの頑丈でセキュリティ万全な物件に我が子を下宿させるとなると、仕送りも大変だし、学生もバイトで学業どころではなくなる。奨学金でふくらんだ負債をかかえて就職する学生も(僕は8年で返済できたが)当たり前にいる。
なかなか、生活コストを低く、住まいは安全に、バイトは最少限に、と「三方良し」な学生下宿ライフは、ますます難しくなっている。首都圏の大学も、どんどん分散しているとはいえ、かりに「青山学院阿蘇キャンパス」ができたとして、学生が集まるかどうか・・・
大分の立命館APUの留学生は、震災をどうとらえただろうか。日本の現実を、ぜひ学んでほしいものだ。




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災害 | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0)
被災地の精神保健?


余震が多いな〜と思っていたら、どうも単発の地震が次々に群発している気配。
熊本から由布院〜豊後水道〜佐田岬と構造線でつながっているのを見ると、いつ断層が暴れてもおかしくない地理が素人目にも見えてくる。
こんな危なっかしいところに、伊方原発があるのも困ったもんだ。川内原発は無事だったらしいが、玄海原発も大丈夫かね?

山仲間にして新妻のPSWから、公務派遣されそうだから、なに持ってったらいいすか!?とメール。
テントや寝袋が必要かも?と勇み足な文面に一応返信しておいたが、まさか山の中で泊まってこいとは命令されないでしょ、自衛隊員じゃないんだから。
彼女には、本職の長野県消防レスキュー隊員を紹介しておいたので、よほどの状況になりそうなら、プロに聞いた方が確実だ。
ワタクシなんぞに助言を求めると、防災行政無線も傍受できるカモカモ!!と、むやみにマニヤックな広帯域受信機なんかをゴリ押ししかねない(いや、実際オススメしてしまったが…笑)。

避難所で雑魚寝するぐらいには被災者支援はダンドリが進んでいるようで、早くも名物の自衛隊風呂までできていた(やるね!)。阪神大震災で僕は残念ながら「自衛隊湯」には入れなかった。
ガスの復旧は一番遅くなりがちだから、温水シャワーでも使えれば、「ガマン」より百倍ましだろうね。

高橋庄太郎さんが、テント山行でなくてもテントを持っていれば遭難リスクはぐっと下がる、と指摘されていたように、いざというとき何かと使えるのはテントかもしれない。いまどきの山岳テントは、驚くほど軽くなっているし。
しばらくテント山行からは遠ざかっている僕でも、ツェルトだけは携行している。心強いお守りは、たった600gだし。
最近の避難所は、更衣室ぐらいはどこかに確保されていると思うが、赤ん坊の授乳や要介護の人のおむつ交換など、「別室」がほしい場面も多様化している。雨漏りするパチもんでも、室内に自立型テントがあれば、人目をはばかる用事に役立つのではないだろうか。

食料や寝具は、余って困るほどカンパが集まるのが常だったりする。
案外盲点になりそうなのが、ケータイの充電器かもね。避難所ごとに、でかいソーラーチャージャーを配備して共用できれば、「燃料切れ」も防げると思う。
個人装備なら、ばかにできない性能を発揮する中華製のチャージャーが安く買えるようになった。ありがたいことに。

そんなコチャコチャした小道具を、さて山大好きワイフがこれを機会に調達して背負い込んでいくことになるのか・・・
それとも、お膳立てが整っていて無用の長物になりました〜(;_;)と帰ってくるのか、ともかく人件費を負担している一納税者としては、現場を見て要不要リストを自分の頭の中につくるだけでも、収穫になると思う。
スマイル満開で、がんばって下され♪
とエールを送っておいた。

 
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災害 | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0)
熊本城の頑丈さはアッパレ



熊本直下型地震は、ホント驚いた。
ちょうど、仕事終わりの快速に乗るぐらいの時間帯だっただろうか。サラリーマン諸氏がスマホを見ながら「震度7やて」「新幹線どうなってる?」とどよめいていた。

その後も、災害情報のアラームが何度スマホに飛び込んできたことか・・・余震がやたら多かった気がする。しかも、大きい。
関西で揺れは感じなかったので、速報で知るだけだったが。

今日は九州新幹線が運休してしまい、新大阪からの「さくら」「みずほ」は博多止まりになっていた(そりゃ山陽新幹線と同じですやん)。駅の電光掲示に東京行きと出ているより、鹿児島中央行きと出た方が、いかにも「ロングラン新幹線」ぽくて旅情を感じるワタクシとしては、早い復旧を祈るばかり。乗る予定はないけど。
こんなときは(二度とないかもしれんが)、九州東岸に「日向新幹線」が走っていたら、バイパスになっていいのにね。無理な話か…

で、花見も終わった季節とはいえ、夜はまだまだ花冷えしている。熊本もそうでしょ?
なのに、被災者が体育館のグラウンドみたいなところで露天で夜明かししているのは驚いた。底冷えしただろうな〜
高血圧や心臓に持病のあるお年寄りは、地震で命拾いしても、避難先で寿命を縮めることになるかもしれない。神戸でも東北でも悲劇が無視できないほど発生した。

建物の倒壊が怖くて外にいる人もいたようだが、せめてテントで風だけでもかわせたらよかった。
そんな臨機応変な対応が、閉庁後の役所にはできなかった。しかたないのかな?

震度7は、僕も6と7のモザイク地帯で被災したから、土地ごとかきまわされるようなおっそろしい体験になったと思う。同じぐらいの規模の余震が、不意に襲ってくるのも、恐怖の鎮まる暇がなかっただろうな〜とお察しする。
住民の高齢化率も高い地域だと、「子供の心のケア」とはちがう方法論で、お年寄りの恐怖心や喪失感に寄り添えるサポートを工夫してほしいものだ。

かろうじて救いに見えたのは、隣保の助け合い、遠慮、気配りが自然に行き交っていたこと。
まさか火事場泥棒のようなヤカラはいないでしょうな?いたらしょっぴいて阿蘇に埋まってもらおう。
もっこすラーメンを食べに通う…ぐらいで熊本の復興に経済貢献できるかどうか自信はないけれども、熊本名物は?と考えても浮かんでこない不勉強を反省するばかりであーる。
見つかれば買いますからね。




 
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災害 | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0)
仮設住宅ゼロが当面の成果


というわけで、東日本大震災から、もう5年のまだ5年。
つい、1月の神戸と重なってみえるので、5年後の復興はどうだったか?と思い出してみると、やっぱり速度がちがう。
今になっても「仮設5万世帯」は、あまりにも多すぎる。

被災の事情がちがうので、単純に比較はできないし、さっさと更地にして建て替えればいい、なんて話ではない。
津波で洗われた街は、かさ上げ造成がなかなか終わらない。
放射線被曝したエリアは、除染が完了する日がいつになるか、だれにもわからない。

被爆と津波は、兵庫県民は経験せずにすんだ。
もし、復興に何十年もかかりそうなら、さっさと故郷におさらばする神戸市民は多いだろう。

東北人の忍耐強さには敬服するばかりだが、「帰還困難」が解除されても、ゴーストタウンのようになった街で買い物や通学、通院が元通りできるわけではない。目に見えない放射線より、目に見える人口流出の方が、住民生活にとってはダメージになると思う。
被爆リスクが微妙だから、気にしない高齢者世代と、気になる母子世代が別れ別れで暮らすことになる例も多い。安全な隣県に用意された被災者住宅に移ってすんなり生活再建、とはいかない。

国の想定する「標準世帯」だと、20年も同じ場所に同じ顔ぶれで暮らすことになる世帯は、決して多数派ではない。子供は進学や就職をする、親は熟年離婚する、子が結婚する、娘は別れて戻ってくる・・・その間、犬猫は確実に代替わりしているし、祖父母は施設か雲の上に居を移している。半世紀も変わらない磯野家のような家族は、現実には超レアケースなのだ。

地理的移動と社会移動をくりかえす都会人を、黒川紀章はホモ・モーベンスと名づけたが、変わらない暮らしも、元の暮らしも難しい。
ふるさとに根を下ろして代々暮らしていく当たり前の幸福追求ができなくなるのが、災害列島の不条理なところで、国は防潮堤で海が見えない漁村を急ピッチで造成していたりする。
住民の意見も割れてしまっている。
震災遺構を残すか撤去するか。
高台移転か、平地かさ上げか。集団移転か、個別選択か。

どこでだれとどう暮らすか、被災者の意思が最優先されるべきだとは思うが、住民の参加型民主政が育っていないと、霞ヶ関ブルドーザーに体よく押し流されてしまう。抵抗しようにも、復興と防災には巨額の財政出動を養成しなくてはいけないから、独立するわけにもいかん。

しゃにむに原発列島に戻そうとしている国政に対しても、電力消費地の住民も賛成あり反対あり、原発おひざもとの住民も賛成あり反対あり、と四つ巴が膠着している。エネルギー政策だけでも、同じ悲劇を繰り返さない方向で、意見集約できないものかね?
原発ラブな政財界人と学者は、双葉町に親や子や孫を移住させてからモノいえっちゅうの(家屋敷ぐらい、ただで提供してやってもいい)。

関電も、値上げで脅迫するような卑劣なことはやめて、ガス火力にシフトしていきましょう。
CO2問題なんて、どうも怪しいところ満載ですぞ。


 
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災害 | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0)
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