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拘禁作用


チリの鉱山で起きた落盤事故は、「閉じ込め評論家」の胸中をざわつかせるドラマだ。
ドラマなどといえるのは、被災者が生存しているためで、フィリピンのバスジャック事件のような悲惨な結末になると、ドラマどころか地獄絵としかいいようがない。

素人目には、バスジャックなんか麻酔ガスを撃ち込めばスヤスヤ眠る全員の身柄を確保できたのではないかと思うのだが、なぜ狙撃とか銃撃戦になるのか、不可解ではある。
シージャック、鉄道ジャック、ハイジャック・・・と拘禁モノ事件は、よく欧米の映画のモチーフになっていて、隔離された世界で浮き彫りになる人間の欲や利他行動が描かれてきた。日本でも三和銀行事件のように映画化されたケースもあるにはあるが、あの事件は犯人梅川の悲哀の生い立ちがメインテーマだったような印象がある。

鉱山事故やハイジャックのように、外からふりかかった災難からどんな人が生き残るか?という状況設定は、やはりノアの箱舟神話が背景にあって、神の与えた試練ととらえて、どんなタスクフォースが組まれるか、という事例になるのではないかと思う。
不幸中の幸いで、チリの鉱山の被災者は(おそらく)全員がマリア様の恩寵を信じている信徒集団と化して、強靭な生存能力を発揮するにちがいない。もしシーア派とスンニ派、クリスチャンと学会員が居合わせていたら大変だ(笑)。

こんな拘禁事故の日本版にあたるのは、鬼嫁・鬼姑問題ではなかろうか。
そんなに地獄の日々なら、さっさと離婚して、仮面家族など解散してしまえばいいと部外者は思うのだが、なかなかそうはいかないらしい。ためらいや世間体に押しつぶされそうになっている当事者は未だにいるようで、それはそれでお気の毒ではありますが・・・落盤事故のように、ゴールに向けた作戦が明快で、部外者も全員が同じ方向に向いて協力してくれるのは、まだ光が見えるわな。

危険や困難を分かち合った人に深いシンパシーが生まれるのは、吊り橋効果として広く知られている現象で、身近なところでは「阪神大震災カップル」が少なからず誕生している。
ただそれは、非日常の祝祭的な精神状態になって独特な幻想を抱いてしまっただけ、ということに当事者が気づいて、平穏を取り戻すと「震災復興離婚」もまたよく聞く話であった。

助ける人と助けられる人という関係で出会い、危機が収束した後でも何年も「シンデレラと白馬の王子様」を演じ続けていると、どこかで馬脚が出てくるものだろう。
一緒に危機をかいくぐってきた同志の間柄になると、それこそ一生ものになるのは、戦友の絆を見るとわかる気がする。

いまチリの鉱夫たちは、不意に戦友の立場におかれているような状況ではないだろうか。もちろん、敵国と戦っているわけではなく、恐怖や弱気や絶望という敵と共に戦っているわけで、家族も同じだろう。
こんな家族は本物だろうね。
相思相愛なんぞ、麻薬みたいなもの。7年で冷めますわ。
戦友がいい。なぁに、仮想敵はいくらでも仕立てられる。世間の目とか(たとえば駆け落ちパターンね)、法律の壁(たとえば同性婚パターン)とか。
「年の差30歳カップル」も、闘い甲斐のある同志になれるかもしれませんな。
もちろん、「僕―30歳」であって、「僕+30歳」ではない。誤解なきよう。


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