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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
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痕跡本とは、ウマい!


哲人クロサキ先生が、今日の肉茎いや日経新聞に、「本に書き込んではじめて自分の本になる」と短いコラムを書いておられた。
ただし、哲人クロサキの筆は鉛筆で。ファーバーカステルの濃い口(Bか4Bか)で、と自分の流儀を守っておられるらしい。インクで書くのは冒涜だ、と。

濃い口の鉛筆で少し書き込んであるぐらいの古本は気にしないとはいえ、ボールペンやマーカーペンで派手に汚されてしまった本を古書店に出す神経って、どうよ!?と僕はとりあえず憤慨する。
ところが、前オーナーの書き込みもコミコミで楽しむ痕跡本愛好家が増えていたりするらしい。
プラスにとらえると、世界に一冊だけの、究極の希覯本といえなくもない。だから、文豪やスターのプライベートな書き込み本に、それ相当の値段がつくのもわかる。

有名人の痕跡でなくても、前オーナーの人となりや、その本にこめた思いを想像する楽しみも「メタ読書」のひとつといえるかもしれない。
書き込みは第一章だけで終わっていて、ありありと「このへんで挫折しよったな」とわかる(笑)のもあるし、遠い地方の書店のレシートがはさまっていて、「この本はどんな旅をしてきたんやろ?」と謎を届けてくれる本もある。いつの間にか、本の周辺を読んでいるわけだ。

そして、それが書籍というものだと思うんですな。コンテンツを紙に刷って製本した、サブスタンス。
厚みがあって、痕跡がついて、旅をして、コトと次第によっては「唯一無二の一冊」としてのアウラをまとうこともある。

だから、電子書籍が新聞・出版界を席巻する!!云々のドタバタ騒ぎは空騒ぎのようにも見えてくる。
データは書籍ではない。なりえない。
のに、書籍に取って代わる大革命!最先端のガジェット!と騒ぐお調子者が、滅び行くメディアを舞台に踊っている。しょせん、「電子風俗店」「電子墓地」「電子家族」で満足できるような人種にタブレットを買わせるだけの魂胆でしょうよ?

と、ひねくれまくった僕の軌道修正をしてくれるのが、歌田明弘さん。ITジャーナリストの中でも異色の碩学として僕は尊敬申し上げている。
新刊『電子書籍の時代は本当に来るのか』(ちくま新書)をパラパラ斜め読みしながら、アメリカの企業数社が、本を読むスタイルを変えてしまう危機!!といった類の事大主義が、おかしく思えてきた。

無料コンテンツの垂れ流しも、ハードで洗脳した顧客の家畜化(ジョブス、おまえのことだ!)も、電子出版の自殺行為につながる(であろう)未来は、歌田氏のレトリックで巧みに暗示されている。
電子出版のさきがけとしてPDAが紹介されているのも、ザウラーとしてはうれしい。PDAは歴史の遺物なんかではなく、PDAで読むという形で電子出版・電子新聞は発展する可能性を匂わせているのも新鮮だ。10年前のガジェットを何もかも笑い飛ばすのが最先端だと勘違いしているジャーナリストが多すぎるから、よけいに。
もしかすると、ばかでかいタブレット端末こそ歴史の遺物になって、ポケットに入る文庫サイズのPDAが再注目されるかもしれんとですよ(このブログも、現役バリバリのザウルスでバリバリ打っている)。

反面、紙にこだわる必要のないメディアは、どんどん電子化されて行きそうな予感は、前にもここで書いた通り。新聞はその運命をたどるかもしれない。
「テクストを目で読む」という行為のハードルが低くなると、老眼にも視覚障害者にも読めるコンテンツは急増すると思うし、そうなってほしい。注釈は音声、動画にリンクすることもできる。
優秀な翻訳ソフトがあれば洋書の壁は少し崩れるかもしれないし、日本語のブログも世界のハイウェイに躍り出られるかもしれない。

こういうショートテールなメッセージの流通は、電子メディアの独壇場ではあるのだが、しかし、つぶやきやブログをいくら集めても、決して「書籍」にはならない。
本を読む、文を書くという行為は、ほんらいは全身全霊を使った身体運動なのに、視覚神経と脳しか想定していないエンジニアは、紙をめくる手間を省けば読みやすくなって売れると考える(愚か者め)。

旅をしたり書き込みをしたり・・・は疑似的にはできるかもしれないが、唯一無二の電子作品など、原理的に成り立たない。
電子出版の価格設定をどうするのか、どう課金して、海賊版を抑え込むのか、課題は山積だ(コピー禁止など、どだい無理な話かもしれない)。

とすれば、やっぱり紙だねぇ。
と懐古趣味に逃げるつもりはない(つもり)。実際、たとえば写真集なんかさっぱり買わなくなった「書籍の形」だ。
一世を風靡した何千円かの定価が、さらに市場で吊り上がったような写真集が、100円で投げ売りされている時代。
「ローラ・チャン写真集」にピクリとはする僕でも、「このカットは失敗」「なんだこのアングルはっ!!」「ふざけた衣装じゃ」と、俺様編集をしたくなる(笑)。また、画像コンテンツ生産者は、「俺様編集」を許す形で生き残る道を模索するしかないだろうね、CDとダウンロードの関係のように。

俺様編集できないのは、たとえば藤原新也さんやアラーキーの写真集、写文集かな。構成がドラマになっているから、割愛したり加色・減色したりすると、その作者の作品ではなくなる。
それぐらいの脚本力をもってコンテンツを創作できる作家は、紙と電子の両面で生き残れると思う。
そもそも、出版で勝負する物書き、写真家がどれだけ育っているのかも疑問。個人サイトで販売してカキ〜ン!で一丁あがりだからね。

ケータイ小説が活気づいているのは、作家もさることながら、あの画面で萌えたり泣いたり感動したりしている読者の「超能力」あってのことだわなーと素朴に僕は驚いてしまう。
ワンセグだけで、僕はもうフラストレーションがたまりまくるから、タブレットで映画やコミックを見ようとも思わない。
ただ、ローラ・チャンの壁紙は、紙よりいい。
無念である。


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