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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
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おそるべし山の辺の道


歴史家に誘われるまま、のこのこ山の辺の道を歩いてきた。
桜井で集合して天理まで。

加賀に旅したときのメンバー・陶芸愛好家が今度は数学の先生に代わって、こちらはこちらで博識でいらっしゃる。
また現地ボランティアガイドを手配してもらったので、宝塚OGのように容姿端麗で博識のお姉様について歩くだけ。この案内役と歴史家のやりとりを、いい耳学問させてもらった。

大神神社が日本最古の神社だとも知らず、三つ鳥居がいかに神域を守る別格な鳥居なのかも知らず、僕は脳天気にヒル・ウォーキング気分で楽しんできた。
むしろ、近鉄沿線に見える二上山から、大和三山あたりの小ぶりな山々は登りやすそうやなーとクライマーズ・モードになってしまう。
三輪山など、桜井市民にとっては裏山かな?と思いきや、大神神社の神域で、おいそれとハイキングに出かけるような感じのレジャー・スポットでもないのだが、悠久の歴史を見てきた山々だと思うと、タイムスリップできるハイキングもあっていいのでは?と思ったりもする。

僕が数年間だけ暮らした、神戸市内から1時間弱も電車で入った農村は、大昔は瀬戸内海が入り込んでいた土地で、忍海辺(おしむべ)が地名のいわれになっている・・・
と郷土史の勉強として聞いてもピンとこないが、この界隈を見渡せる241mの山(この山麓に住んでいたから、まさに犬の散歩に連れていくような裏山だった)に登って東播磨地方を眺めると、地形のいわれも実にリアルに想像できるのだ。
歴史は地形と切り離して考えるとつまらん、地理には歴史が刻まれる。「地歴」は別教科になってしまっとるのが日本の教育の不幸なところかな。

山の辺の道も、堺の港、大和朝廷との位置関係を考えてみると、宝物や仏教がどう運ばれたか、なんとなく想像できる気がする。仏教が初上陸した大和川流域の海石榴市(つばいち)は、あぁここが堺と、朝鮮とつながってたのね〜と想像すると歴史ロマン沸々スポットなのだ。

古い寺社めぐりの締めくくりは、次々に出てくる古墳また古墳。さくら井しないだけで、大小1200もの古墳があるらしい。こんもりした木立や森があると思ったらたいてい古墳で、宮内庁も片っ端から管理するわけにもいかず、「開かずの陵墓」が多々ある。そこがかえってミステリアス。
パワースポットというより、遠い世界から声が聞こえてきそうなスピリチュアル・スポットなのであった。
いやはや山の辺の道おそるべし!

学部時代の同級生マドンナに桜井令嬢が、院の同級生に天理(柳本)の好青年がいたことを思い出した。好青年は下宿、マドンナは朝6時に出て長距離通学していた理由がなんとなくわかったのも副産物。近鉄を使えば、なんとか阪神圏は通勤通学圏内になるが、JRの便数も少ない天理柳本からだと少々難しい。
みんな、苦労して通学してたんやね。

天気がよすぎてこんがり日焼けもするほどだったので、真夏は避けるべしとして、次は秋にでも再突入しますか〜と幹事さんと作戦を練っているところ。
現地の様子がさっぱりつかめなかったころは、サイクリングもいいか〜と脳天気なことを考えていたのだが、あまりにも道がせまく、特に注意書きはなかったが「車両不可」は納得するしかない。歩き甲斐のある歴史街道でありました。
しかも、阪神電車で神戸と直結している!
ありがたい身近な歴史遺産である。



 
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