桜井から北上して南半分を歩いた山の辺の道の、北半分をコンプリートしましょう、と誘われて今回は天理駅で待ち合わせてスタート。
イヤハヤここも古墳だらけ。
天理高校と同居しているような西山古墳は、だれでも「登頂」できてしまうほど、史跡としてはあっけない自然体で街の中に残っている。
古墳より、天理教の門前町のような、それ以上に天理教あっての天理市といえそうな宗教都市に圧倒された。
本部も、文書館(博物館のような、図書館のような…)も、威容を誇る中、天理高校の生徒たちが部活で休日登校してトレーニングに励んでいる。
集会場には「ようこそ、おかえり」と大々的に垂れ幕がかかり、全国から毎年3回集まる信者を懐深く受けとめているのがよーくわかる。
学生時代の同級生に、「天理の家の息子」がいて、どんな心境の変化かプロテスタントの大学に修士課程まで在学していたのだが、人柄よしお君で、下宿に泊めてもらうほどのつきあいをしていたのを思い出す。親切で、排他的でも独善的でもなく、天理教はいたって好印象なまま今に至る。
小中高大までそろった学園都市でもあるとはいえ、あいにく天理大学体育学部の印象しかないのは僕の不勉強だ。もう少し、天理教の研究をしてみるか。
肝心の古墳めぐりは、少し歩くとそこかしこにこんもり見える木立がたいてい古墳だから、数はこなせた。
クライマックスは、全国にあまたあるという卑弥呼の陵墓の最有力、箸墓古墳である。
これも、あっけなく線路際にどかんと盛り上がっている小山という感じで、オーラ皆無。宮内庁が管理してはいても、確定していないせいか卑弥呼のくだりは立て看板にも書いてなくて、ただただ静かな堀の一部に水鳥が泳いでいるだけの、のどか〜なたたずまい。
こういう静けさが、陵墓としては自然体でいいのかもしれませんな。
百舌鳥古市古墳群のように世界遺産エントリーに躍起になっているところもあり、個人的にはもっとツーリストも世界の古墳マニヤが徘徊する古代文化のメッカになるのもいいかな、と思ったりするものの、山の辺の道の静けさはいい。
数年ぶりに訪ねたビジターセンターも改装されてにぎわっていたが、さて皆さんアクセスはどうしてるんでしょ?と思うほど、あいかわらず鉄道は不便だし、バス路線も貧弱。
とはいえ、マイカーや観光バスで大挙して見物客がくると、この古墳街道の風情も薄くなってしまうかもしれないから、PR と保存のジレンマはこれからの課題かな。
路傍のあちこちに無人販売で並んでいた柿を、4つ 100 円(中には、何個でも 100 円なんて露店もあった)で買ってきたのが唯一のおみやげ。漬物と柿ぐらいしか僕のアンテナにひっかからなかったのは、これもただの不勉強である。
ルートは平坦だったのに、古墳をたくさん見ると妙に足が重くなってくるのは、何かを引きずってきてしまったせいか・・・
とオカルトに走るわけではないにしても、主催者はますます古墳ハンティングに乗り気だから、もうしばらく墓めぐりは続きそうであーる^^;
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