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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
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障碍者か、障慨者か

 

障害の表記は難しい。
毎年、100 人ほどの老若男女に「いい漢字ないかいな?」と問いかけていても、ホームランが出てこない。
法律の「障害者福祉」を追認するのが次善の策のような、免罪符にしかなっとらんような…

「障がい」は偽善臭がプンプンするから、僕は書かない。
漢字で書くからには、これにするわよ!と、宝塚市が「障碍」に改める条例案を出したのは、踏みこんだ行政の意志のあらわれか。これはこれで、いいと思う。

電気工作少年にとっては、「碍子」はなじみの部品で、うちにも波形碍子、卵型碍子がころがっていた。隔絶するイメージが強いが、障碍者が隔てられている現状を表象するだけだから、「害」よりはいい。

では陸上競技の「 400 m障害」は道連れで改称することになるのか、パラリンピックとのかねあいで議題になるかもしれない。
まぁ、あの害は主催者側で設定する悪条件のようなニュアンスだから、競技者も観客も、「邪魔をする」「益にならない」小道具というより「乗り越える課題」ととらえているはず。

漢字のニュアンスが強すぎるので、「しょうがい」ではなく別のフレーズに乗り換える道もある。
英語だと、impaired,given,gifted,challenged,handicapped・・・といろいろな言い回しがあって(ありすぎて)使い分けに配慮も必要だったりする。
日本語でズバリ「不自由」のような(あくまでも一例)明快な一語が見つからないものだろうか。

障碍者は、従来の身体障害者・精神障害者・知的発達障害者とイコールでもない。隔てられている人々の中には、移民や異教徒、マイナーな思想家なども入るからなぁ。
「性同一性障碍」になると、男か女かの2大カテゴリーに入らない(押しこめられない)新しいカテゴリーを創出する運動でもあるから、碍子を用意するのは社会ではなく当事者たちだったりする。
 

思想運動とは別に、漢字の呪力のようなものにちょいと引っかかっていて、春休み読書月間の題材にしている昨今でありまして・・・
その「漢字の本」は、またあらためて。

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