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そろそろ、ゆっくり、こっそり革命!
2007年3月の日記
検定者を検定せよ

at 2007 03/31 21:02 編集

こんな時期にやってるんでしたっけ?と意外だった教科書検定で、またまた歴史記述に文科省が渋い顔をしていた。
従軍慰安婦に軍の関与があったのかどうか、といえば、イエス&ノーとしかいえないから、両論併記でよろしいのではないだろうか。「こんな立場が対立しています、考えてみましょう」が教育だからね。

たとえ従軍慰安婦という制度が、軍の記録として公式に残っていなくても、武装した日本人が侵略地で婦女子に狼藉をはたらいたとか、婦女子が抵抗できないような状況で慰安とやらの作業が行われていたなら、それが「被害者」のいう従軍慰安婦なのだから、事実は認めなくてはいけない。
このあたりはセクハラやいじめの問題とも似ていて、被害者のいいなりで事実認定されるのもまずいけど。

なにぶん、歴史のかなたに風化しかけていることだけに、証拠を集めて検証するにも限界がある。損害賠償となると、具体的な事実関係を提訴者が突きつけなくてはいけないから、60年以上前の戦時下の犯罪行為というのは、司法にはなじまないと思う。そもそも、司法審理しようにも時効にかかってしまうのもしかたない。

だから、政治的な決着を図って、誠意を示せるような支援なり教育への反映なりをして行くしかない。たとえば、買春ツアーに行くような日本人は日本国政府が「国辱もののジャップは保護しないもんね。好きにして」と現地当局に厳罰を願い出るぐらいすればいいのだ。

でも、教科書問題といえば、自虐史観だ新しい歴史観だ近隣諸国の反発だ(内政干渉だが)と社会科ばかりが問題になってきたが、理科の教科書にもダメ出しがあったようだ。
ささいな項目なのか、ほとんどニュースにもなっていない。ちょっと気になるぞ。

アメリカの狂信的保守州で、インテリジェント・デザイン思想が理科教育を歪めているような大論争ではなさそうだが、たぶん日本だと水伝説か、スピリチュアリティだな(笑)。政治的な論争に発展していないだけ、まだのどかなものだ。

このへんのトンデモねたは、教師が率先して布教してたりするからタチが悪い(決してEDではない)。ほんまに、水にバカと書いた紙を見せて腐った水になるなら、バカづらした教師や薄汚い身なりの教師が生徒の目に触れないようにしなくてはいけませんね文科大臣。汚い日本語の怒鳴り声で命令ばかりしている教師も、ありゃー公害でしかないわな。
こういう教育環境こそ研究すれば社会心理学になるし(実際、テキサス大学の院生の研究論文を見たことがある)、立派な理科の教材にもなろうってもんだ。

百聞は一見に如かず、で観察や実験を重視するのが、理科教育の課題だと思う。学校には、神話やタブーになっていることが多いからね。
たとえば、学力別クラス編成なんてのも、希望者だけ選んで実験的にやってみれば、案外できる子にもできない子にも評価されるのではないかと思う。

「タブーなきメス」が科学教育の核心だから、斬り込み隊員がどんどん育てば、理科だけでなく歴史にも国語にも数学にもプラスになるはずだ。
「先生の能力を検証する」
「学校は必要?」
のような次元にまで掘り下げて問いなおしてガラガラポンをしないと、平成維新にならないのだ。
夏休み研究で「全国一斉テストはなぜベネッセが受注したか、どれだけ金が動いたか」「懲戒免職になった公務員の再就職先」「セクハラ教師の妻との性生活」を調べる中学生なんか出てきたら、抱きしめてあげたい(笑)。


斜面すっきり

at 2007 03/30 22:21 編集

年度末だから公共工事が増えるのはお決まりの年中行事だが、うちの隣りにあった市有財産――といっても廃屋――が、あたふたと取り壊されて更地になった。

予算が余っているのか足りないのかわからないが、かなり雑な突貫工事で、工事概要の看板もなく、振動も騒音もひどかった。発注者が役所で、落札したか随意契約(つまりコネ)かだから、請け負った業者は「工事責任はうちじゃないもんね」と決め込んでいるのかもしれない。
民間デベロッパーなら、ちゃんとあいさつぐらいはするだろうよ、例の「おじぎおじさん」看板で。
中には、一戸一戸「ご迷惑をおかけします。工事予定はかくかくしかじか。責任者連絡先はこれこれ」とチラシをポスティングして回る業者もあった(三菱地所、セキスイハウスはえらい!)。

ともかく、巨大な公共ゴミが処分されたおかげで、風通しも見通しもずいぶんよくなった。1階玄関からでも、大阪湾を隔てて紀伊山地まで見える。最上階のうちのベランダからは、八丈島まで見えそうだ(笑)。

黄砂がニュースをにぎわせていても、なぜだか空がスッキリした感じの春本番だ。
相次ぐ会議、会議で阪神間を電車で往復して、六甲山の上のすがすがしい青空を眺めていると、やっとこさ「新年度やなー、がんばるかー」と心機一転した、のどかな3月最終週であった。


UCCええ会話学院

at 2007 03/29 22:44 編集

長い間、ややこしい病気で通勤できず在宅で伏せっておられた元の同僚が、やっと持ち直してきまして・・・と電話をくれた。
大学病院でも原因不明で、あちこちの病院や薬局を頼っても埒があかず、鬱々としておられたのが、不思議なほど気持ちが晴れ晴れしてきたという。

なんでも、お母様を見送ったころがどん底だったようで、堂々と「母を愛していましたから、つらかったですよ」ということだった。その後の供養で、ご自宅近くの高野山へ通ううちに、足腰も動くようになってきたそうだ。

「山には不思議なものがありますね」「墓に参ると、母親が喜んでるんですよ」と喜々として話されると、あぁ、これが普通の市井の人間の霊性感覚なんですよねぇ・・・と共感させられる。こういう「山」を身近に持っているというか、ホトケさんのお膝元に抱かれて暮らすのは、恵まれているのではないかと思う。

トンデモ系の熱弁をふるうわけでもなく、個人的な感覚をありのままに語られると、とてもよくわかる。波動やスピリチュアリティではなく、「僕の母が」という話だと、それはそれで真実なのだから。
おそらく、普通の人の暮らしに、仏壇や菩提寺や先祖代々の田畑のような「うちの聖地」があって、そこで祖先や祖霊と対話してきたのが、民俗の伝統というものだったのだろう。

それを、ショーで見せたりイベントにしてみたり、プログラム化して迷える子羊の洗脳したりするビジネスは、まぁ買い手があって売り手がいるだけのことだろうが、せちがらいですねぇ・・・と、僕はぼやいてしまう。相手は近代経済学の先生だが、もしかすると「神の見えざる手」を実感されているのかもしれない(笑)。

そんなこんなの近況を電話でだべって、ついでに(と言うと悪いけど)経営学の先生と民法の先生にも電話して(メールじゃないところがアナクロ的だな)、「快気祝いも兼ねて、茶話会しましょー」とコトが運んで行った。
いつも、あんまり景気のいい話の出ない席ではあるけれど、近畿一円から懐かしい元同僚の顔ぶれが集まるのはいいものだ。かつては「オルグ」をやって「決起集会」と銘打っていたのが、あっけなく叩きつぶされて皆バラバラに解体された今、細々と僕の個人的なオルグだけが延命している感じ。
ま、春の陽気にのって、大言壮語だけ花開かせてみるか。


能登ほっと作戦

at 2007 03/28 22:50 編集

浅はか新聞が、第一面にでかでかと「心のケア!!」と見出しを打っていた。
まだ余震が続いている真っ只中の能登の避難民に、カウンセラーを派遣しろというのである。アホか。

今は、ひよわなカウンセラーより土建屋さん、睡眠薬より安心して休める個室でしょうが。
家の再建のメドが立ち、元どおり働けて、昔ながらの近所づきあいが復活して、全国の人々が能登の産物を買って観光にもきてくれてこそ、結果的に心のケアになるというものだろう。
地域福祉や地域経済、地方自治は「専門外」なカウンセラーは、いまや自治体が「心のケアやってます」とエクスキューズしてみせるための手札にしかなっていない。

とまぁ、こんな災害救援論は、僕自身が避難所で首をかしげつつ寝泊まりしていた阪神大震災以来、叫び疲れたわい。
それに、被災者のニーズも時代や政権の移り変わりに従って、様変わりしてきているのも事実。「カウンセラーさん来て下さい」と声をあげる被災者がいても不思議ではない。

災害救援は、被災地域の特性や被災者の構成、災害の種類、経済情勢など、変数がさまざまで正解がないのが難しいところだと思う。法律や精神医学も一通り習得していて、介護もできるソーシャルワーカーのような専門職こそ、どんどん活用してほしいと思うが、営業するわけにもいかないから、注目される日を待つしかないのだろうか。

たとえば、ボランティアを歓迎するのか呼ぶのか制限するのか断わるのか、能登の各自治体もとまどっているようだ。
今回も「車で来てくれるな、日帰りしてくれ」と条件がついていたりするから、おいおい、JRと地下鉄とバスが網の目のように走っている地域なんですかい?と僕はつっこみそうになった。

現地自治体の不安もわからなくはない。
ボランティアが長期滞在すると、役所にも地域社会にもいろいろな「負荷」がかかることは、12年前から指摘されてきた。そして、ボランティアの活躍や美談がことさらに強調され、「コスト・パフォーマンス」についてはまるで報道規制されていた。

自分の尻は自分で吹いて、地元のお膳立て不要で、最大限の効果を発揮してくれるボランティアとなると、結局のところ「自衛隊だけ歓迎」ともなりかねない。宿営地も食事も自前で用意して、工兵部隊も医務官も備えているからね。

それはそれで、被災地のホンネとしてはよくわかる。
だったら、ぜひ在日米軍にも救援要請してみればどうか。
風呂は自衛隊の得意技のようだから、「アメリカン仮設ハウス」を建ててもらうとか。どんな「出し物」があるか、楽しみではないか。被災地だけ期間限定の医療特区にして、メグ・ライアンのような軍医さんにバリバリ活躍してもらおう。どうも個人的な好みに走った提案になってしまうが(反省)。

そういえば、三沢と丘珠は米空軍も使っているようだが、日本海側に米軍の駐留地がないのは不思議ではある。
震災救援からは脱線してしまうが、朝鮮半島ににらみがきくよう、新潟とか富山、小松あたりに米空軍がいてもいいのでは?・・・と、ふと考えてしまうのは不謹慎なのか。

火事場泥棒しにくるような不届き者は、アパッチ・ヘリで追跡してつかまえて、北緯38度近くの日本海にでも落としてやればいいのだ。
拳をにぎりしめながら、ついつい被災地へのパワフルな救援を願う「憂国の士」は、ワタクシだけではないはずじゃい。


過誤愛?

at 2007 03/27 21:04 編集

未成年だからK護A依とでも書くのが正しいのだろうけど、そうするとかえって目立ってしまいそうな人気アイドルが、喫煙2度目でクビ!なんだそうな。

タバコだけだと微罪だとは思うものの、「お客さま」が圧倒的にローティーンであればこそ、示しがつかない不祥事ということになるわけか。
もしジジ殺しの19歳なら、鼻の下が長いファンに「まーいいじゃないの」と許してもらえそうだから、演歌歌手として出直す道も、なくはないだろうに。

タバコより、「37歳彼氏と草津温泉」のゴシップの方が、もう女子中高生にはドロドロに映り、うんと年上の男性ファンには夢と希望を与えてしまう変な「ダブル効果」をもよおすのではないだろうか(もちろん、本人の望まない効果だろうけど)。

関西のうるさがたコメンテイターたちは、「彼氏も彼氏やわ。大人としてちゃんと彼女の将来を考えて襟を正してタバコは戒めるぐらいでないと・・・」てなトーンで一致団結(笑)していた。ごもっともだと思う。

初犯の(かどうかはわからないが)17歳の喫煙スキャンダルで芸能活動を謹慎している間も、「事務所の手伝い」が謹慎処分の実態だったようだ。こんな儀礼的な「OLのまねごと」にすぎない軽作業が、少女にどういう改悛の情をもよおすのか、自分の不祥事がファンや会社、業界に与えた影響が身に染みてわかるのか、かなり疑問ではある。ちゃんと再教育を考えた形跡がないのは、救いがないなぁと思わざるをえない。

つまり、職場も交際相手も、頭ゆるゆるの大人だらけだったということで、低能男が少女アイドルをもてあそんでつぶして行くだけのこと。「代わり」はいくらでも補充されるしね。
泥の川では、きれいな鮎は育たないのだ。

これでもしAV転身でもすれば(かなり高い確率で予想されている)、元アイドルAVというブランドというか、キャリアパスができあがってしまうわけで、クビにした事務所はそれを禁止もできないわ、契約復活するわけにいかないわでややこしい立場におかれる。

こういう少女を商材にした業界だと、よほど「商品の管理」を厳しくやらないと、芸能界と風俗業界がどんどんボーダーレスになって行きそうな予感もある。
それは殿方にとっても、あんまりうれしいことではない。
アイドルなるものは、幻想の上に成り立っている偶像だから、「四十男とくわえタバコで温泉旅行」なんてことは、しているかもかもしれない・・・と思いつつ否定したい男心(笑)を、加G亜Iは打ち砕いてしまったわけだ。おぉ、罪深きジャリタレよ!(笑)

やはり、規律と訓練の世界で鍛えられて行くタイプと、ずぶずぶの世界でしぶとく生き抜いて行くタイプがいるような気がする。
ヅカ・スターは完全に前者だし、僕もそんな「歌舞音曲の達人」を尊敬するし応援したい。
最難度の訓練といえば軍隊だから、「アメリカ士官学校卒業、武術万能」なんてキャリアの女優がいれば、しびれまくる殿方もいるのではないだろうか。
え!ワタクシだけか?


百万石の絆

at 2007 03/28 23:54 編集

北陸地震は、寝ていたのでさっぱり気づかなかった。
大阪でもグラグラ揺れまして・・・と職場のスタッフが話していたぐらいだから、かなり大きかったのだろう。

でも、全壊家屋が多かったわりに圧死した人はいなかったようで、それがせめてもの幸いだった。某大臣のように「死者一人でよかった」と口にするのは不謹慎とはいえ、実感としては「犠牲者一人ですんだの!?」と軽く驚いてしまったのが正直なところ。

古くて風格のある木造瓦屋根の民家がグシャリとつぶれている眺めには心が痛むが、それよりも鉄筋コンクリートに押しつぶされる方が、絶望的なダメージを受けるような気がする。
茅葺きだと、もっと安全ではないだろうか(もちろん、火事や延焼を免れれば、の話)。素人考えにすぎないだろうけど。

欧米人は技術の粋を尽くして耐震建築を考案するが、アジア人は「つぶれたら、そのときはそのとき。建て直せばいい」ぐらいの感覚で、木や竹や草で編んだ家に住んできた。木と紙の日本家屋は、非戦闘員無差別爆撃をするような鬼畜兵からすると、おもしろいように燃えあがるはかない小屋にしか見えなかっただろう。

でも、「災害に強い街」の意味は、ただ建物が頑丈なだけでなく、立ち直りの早さということでもある。災害の爪痕はさばさばと水に流して、さっさと建て直しに励むのが賢明だと思う。

12年前の神戸でも、火事場泥棒はほとんど報じられなかったが、今の能登の住民は、なおさら略奪や暴力やぼったくりに走らず、コミュニティの絆の中で復興を進めて行かれることだろう(と、確信する)。
実際できるのかな?とは思いつつも、戸締まりできなくなったわが家を放置して避難所に身を寄せても、不届き者が侵入することがないような、そんなコミュニティは日本のあちこちにまだまだ健在なはずだ。

能登や加賀の被災者が、そんな日本の美徳を世界に向けて示してくれると、これこそ日本のソフト・パワーというものではないだろうか。
救援ボランティアだ物資ロジスティクスだと騒がなくても、すんなりと困っている人のもとに自然に人手や物資が行き渡っているような、さりげない復興支援が進むよう、心からお祈りしたい。
 


産地不明流通不詳

at 2007 03/25 21:27 編集

国は代理母には否定的なのに、「離婚後300日以内の出生子は前の夫の子」の規定は、柔軟に運用するよう通達が出たようだ。
条件として、離婚後の妊娠を、医師が証明すればいいらしい(医師立ち会いで交尾すれば、もっと確実なわけか)。
まるで、胎児のトレーサビリティですな。

この現行民法の「嫡出推定」の原則は、学生諸君にも不条理感(?)が強く沸き起こる。毎年のように。
もっと日常的にあるケースで、婚姻期間中に妊娠すると、かりにそれが妻の浮気相手の子でも、とりあえず夫婦の子とみなされる理屈もそうで、気づかない夫は実に間抜けな存在ではある。
もちろん、父子関係不存在を申し立てる道はあるとはいえ。

もっとも、生まれたてホヤホヤの新生児なんか同じように見えるのに、妻に「ねぇねぇ、目鼻立ちがあなたソックリ!!」と言われて=洗脳されて初めて、「あぁ、俺の子かー」と信じ込むのが男の性というもんだ。
だまし通されている殿方も少なくないと思う。そもそも、母子の絆さえちゃんと確信していれば、妻子に給料を運ぶオスがだれであろうと、妻はあまり気にならないのかもしれない(僕が子を産む性なら、そう考える・・・というだけの「嫡出邪推」である)。

そんな話をすると、学生諸君は、「DNA鑑定すればわかるでしょー!!」と頭をひねるのだが、理論的にできることと、法的に強制できることは違うのだ。
夫と妻と子がDNAサンプルを用意しても、浮気相手と推定される男性が「やだよ」と拒めば、そこで暗礁に乗り上げてしまう。刑事事件なら指紋やらDNAやら尿やら強制的に採取できても、民事はどうしようもないのだ。

・・・という条件を示しながら、「さて、どうする!?」とケース・スタディを出すと、やはり狼狽するのは男子学生。ますます女性不信、結婚不信が加速しているかもしれない(柳沢厚労大臣ごめんなさい)。
女子学生は、「どっちでもええわ、私の子なんやから」と言いたげな悠然とした顔をしている。さすがというか、なんというか・・・。

最近議論になっている離婚後300日の規定は、医療の進歩でかなり正確に推定できるとはいえ、お盛んなオス・メスの性行動まできちんと読み取れものでもない。
日曜日に元カレと「最後の晩餐」をいたして、月曜日に今カレと「モーニング・コーヒー」なんて関係があっても不思議ではないから、やはり当事者の証言とか記憶に頼る部分は、最後まで残りそうだ。

無責任きわまりない提言をすれば、嫡出を推定することはやめて、母子家庭が当たり前の犬猫の世界と同じになればいい(雌犬、雌猫はえらい!)。
その代わり「働く母」と子が苦労しないような就労・育児環境を整えて行く方が、とりあえず出生率は上がるのではないだろうか。出生率対策だけを考えればね。

いっそ、「離婚して1年は男に近づくべからず」と、非難囂々ものの悪法を施行すれば、嫡出はすっきりする。
では、こんな人権無視の悪法にNoということなら、「女性が父親を証明する責任を果たすこと」が切り札になると思うのだが、論理より強いのがフェミニストの大声(笑)。
「なんで女がそんなことしなくちゃいけないのさー!!」「女を信用しない男の方がよっぽど悪辣じゃないのー!!」と、テポドン級の反撃を受けそうだ。
そこまで言わせてもらって委員会?


官僚ふう子守りと介護

at 2007 03/24 23:01 編集

あと一層、二層ほどメタボリック度が高まると父ミッチーそっくりになるなぁ・・・と思いつつ、渡辺行革担当大臣の公務員天下り対策を聞いていた。

ミッチー父子は、キャラクターとしては好きなのだが、政策はいただけませんな。
何げなく聞き流している国民も、「支援」という用語にはひっかかったのではないだろうか。なにしろ、公務員の再就職支援対策で「人材バンク」設置というのだから、お笑いである。何千万もの退職金と、「死ぬまでお手盛り」の共済年金をがっぽりもらえる公務員に、な〜にが支援だ。

いま、民間の福祉現場を苦しめている政策も(経営が苦しいのは国のせいだとはいえないものの)、支援の名がついている。
いったい、国はどんな意味を「支援」にこめているのだろうか。

そもそも、公務員が隠然と権力を行使できる民間企業に再就職して、官民癒着の温床になるような天下りを廃止しようとしたのが政策の意図だったはずだ。
とこが、最初のかけ声はでかく、あっという間に尻すぼみ。
どだい天下りなんか、禁止しようがないし、徹底的に管理しようとすると、民間人の人権としての「職業選択の自由」に抵触しかねないからね。

だから、まだまだ元気な退職公務員には、働いてもらえばいいのだ。すでに、行政書士や司法書士、税理士のように、元公務員独立自営支援そのものの資格があるんだから、資格をくれてやればいい。下から「元クソ役人3級」、中レベルで「元小役人2級」、上級だと「元カミソリ官僚1級」とかね。
懲戒処分を受けたような税金泥棒には、竹島警備とイラク駐留をやってもらおう。

それは冗談として、もし退職後も世のため人のための公僕として役に立とうと思えば、どんどんベビーシッターや介護職に就いてもらった方が、三十代、四十代の労働力は安心して働ける。
僕は「労働鎖国」には批判的だが、安易に外国人労働力に頼るより、このように元公務員が「現役労働力の就労下支え」に回ってもらう方が賢明だと思う。

つまり、元公務員の就労支援が、働きたくても働けない現役世代の就労を支援する形になればいいわけで、元公務員自身の利益を第一に考えていることがみえみえなら、納税者はだまっていないもんね。「非課税所得」「母子世帯」を偽装して対抗する(笑)。

公務員の再就労を天下りと呼ぼうと、再就職と呼ぼうと、ボケ防止と謙遜しようと、どうでもいい。
しょせん禁止したって抜け穴や小細工、偽装を増やすだけなんだから、国民が納得するような天下りをやってもらえばいいのだ。退職後の、終生の社会貢献という意味で、ターミナル・ワークと呼ぶのもかっこいいではないか。
名案だと思うがなぁ・・・。


甲子園リーグ

at 2007 03/23 20:21 編集

いつの間にか、高校野球が始まっていた。そういえば、「春はセンバツから」とキャッチコピーで言ってたように、春の甲子園は彼岸に始まるのが習わしになっていたっけ。

ということは、3年生というのは卒業式を終えた満18歳のことなのか、新3年生ということなのか・・・と、未だにナゾが解けない。前者なら、就職する子は入社式とカチあうだろうし、後者なら、やっと受験勉強を終えて一服するヒマもない。
どっちにしても、年度の変わり目はあわただしい。ご苦労さんなことだ。

どこかのチームのことを、「今まで九州を出たことがなかったチーム」と紹介していたアナウンサーがいたのは、全国規模の檜舞台にやっと出た栄誉をたたえていたと思うのだが、それなら沖縄の新顔チームだとどうなるのだろう。
まず九州、そして本州へ・・・のような野球スゴロクでもあるのだろうか。

実際には、高野連がスゴロクの枠組みを決めているのは事実。
九州本土ブロックでも、都道府県大会でも、とりあえず地区レベルで優勝したチームが甲子園に集まってくるわけだから、そのわりに高校球児たちの扱いは軽すぎると僕は思う。

特に、初戦で敗退したチームが砂拾いなんかしている場面をみると、気の毒でしかたない。
都道府県大会の決勝戦で負けたチームからみれば、「俺たちが出ていたら、勝っていたかもしれない」と思うこともあるだろう。
トーナメント(勝ち抜き戦)だから、こうなるわけだ。

僕は高校時代、校内ソフトボール大会で初戦敗退したが(なにしろ守備が大忙しになる大沢投手だったから)、敗者復活戦では一度も負けなかった。つまり、トータルで準優勝と同じ扱いになった(さすが大沢投手である)。

全学年で18クラスしかなかったのに、野球のダイアモンドは6面もあったから、こんな試合運営もできたのだろうが、たった1回負けただけで、それ以後の試合の機会を奪うというトーナメントは、教育上よろしくないと思う。

だから、高校野球は総当たり戦に改めてあげたらどうだ?大相撲の幕内取組みのように。
東京や北海道あたりは分割するとして、全国50チームほどが総当たりで勝敗率、得失点差を競い合って、順位を決めればいいのだ。どのチームも最後まで甲子園をにぎわせてくれるぞ。
たった1日でトボトボ帰ることもなく、全チームが同じ試合数をこなして、平等に甲子園を満喫できまっせ。

と提案してみて、うーん、これはプロ球団が50チームになるのと同じことだな、と気づいてしまった。
同じチームとは1回きりと決めても、延べ試合数は何百となる。しかも、試合場は甲子園1つ。高校生なのに、授業を受けているヒマなんかない「プロの高校球児」になってしまうな。
首位のPL学園と最下位の**高校が24ゲーム差!!なんてことになれば、引きこもる野球部員も出てきそうだ(笑)。

全国の球場を25カ所おさえて朝からナイターまでフル回転すれば、数カ月で試合は消化できると思うが、まぁそこまで試合漬けにすると、大ちゃんやハンカチ王子みたいな選手が「もう、野球はこりごり」と別の道へ逃げてしまうかもしれない。桑田真澄のように計算高い(けなしていないよ、僕はファンだから)選手が適当にスタミナをセーブして、涼しい顔で最終戦を巻き返したりするだろう。

ともかく、1敗しただけで早々と「都落ち」させられるトーナメントは、現実の「再チャレンジできる社会」の趣旨とも合わないから、なんとか改善してやってほしいと思う。
案外、監督やコーチが飲酒運転や体罰やセクハラで首が飛んでも(いや、そう見えても)こっそり再就職あっせんをしてもらっていたりするからね。


がんばれ松岡大臣

at 2007 03/22 23:07 編集

寿司ポリスが来るぞ!と海外の日本食業界をどよめかせた優良日本食認証制度が、腰くだけになってしまった。
事の発端は、高級還元水が好きな松岡大臣がアメリカ視察中、寿司と焼き肉を両方出している店に入って「これは本物の日本食ではない!」とむかついたことらしい。

案の定、こんなことを国家事業でやろうとする企てはボロカスに叩かれ、身内の有識者会議も「大臣、こんなことやめましょう」とダメ出しをしたそうな。
そうそう、ヤボなことやめましょう、でケリがつきそうに見えるからこそ、ワタクシは「一人でも和食ポリス」を買って出たい。
チョコレート味の焼きそばとか、バニラ風味の寿司なんか、許してはいけないのだ。

こんなゲテ食は、毛唐の味覚ではどうってことないのだろうし、向こうからも「あんパンやライスバーガー、チーズかまぼこなんかも日本人は発明してるくせに」と反論も聞こえてくる。
そう言われればそうだから、謙虚なワタクシは、別に国際紛争に持ち込むつもりはない。

そもそも、ゲテモノ和風食がのさばる火種は、海外ではなく日本国内にあるかもしれないから。
つまり、日本人自身が、変な和食を許してしまっているから、えらそうなことは言えないのだ。

考えてみれば、さんまにレモンをかけるとか、納豆にマスタードを混ぜるなんて変化球は、わりと最近の奇習ではないかと思う。
そのうち、ショコフレークお茶漬けなんぞ出現しそうな予感もある。

この責任は、かなり学校給食にあると思う。けんちん汁、筑前煮、五目ごはんに、なぜか牛乳!!がついていたりするからね。
栄養バランスを考えての献立かもしれんが、学校給食は、ビタミンとかミネラルを注入するステーションではないわい。食事作法や、ひいては食文化を学ぶ場であってほしいものである。

ただ、学校給食を修正したとしても、僕と同年代の親たちが変な食生活を子供にバトンタッチしているから、なかなか根は深い。
寿司ポリスなんかいいから、食育ゲシュタポ、食育KGBが一般家庭に乱入してビシバシやってほしい。松岡大臣は、あの風貌からして最適任のダーティーヒーローではないか。

変なゲテ食で家族だんらんしている家庭には、光熱水費が年間500万円もかかる(らしい)なんとか還元水のマシンを強制的に取りつけて、罰ゲームとすればよろしい。
大臣にもゲテ食ファミリーにも、いい薬になるのではないかな?暴論だと叩かれるのは覚悟の上で・・・。


野中去るよ

at 2007 03/21 21:55 編集

サンヨーの野中会長が辞任して、いっせいに後ろ指がさされている。
ニッポン放送の取締役をしていたころ、買収劇で危なくなると逃げ出したクセを、三洋でもくりかえす無責任ぶり!とかね。
勝谷さんなど、ひとこと「ジジ殺しの女ですわ」と一喝していた。直球ストライクですがな。

経歴を見ると、「経済ジャーナリスト」の立場でうまく業界を泳いで爺様たちのハートをくすぐり、財界アイドルとして世渡りしてきたようにも見えなくはない。技術もちんぷんかんぷんで、財務諸表も読めないタレントが一流メーカーの会長に鎮座しているのは、やはり不自然だから。

野中さんも悪意はないだろうし、ある面かつがれてきたところもある。
創業者会長が、かわいい息子を後継者にしたくても、世襲がとやかく言われそうだからカムフラージュに意表をつく門外漢をかつぎ出し、斬新な人事をする革新企業、というイメージも狙った・・・との見方もあるようだが、だとしたら野中さんも利用されたわけだ。

世襲の誘惑は、それほど強いものだろうか。
もう松下電器は松下一族の私物ではないし、トヨタも本田もそうだった。
世襲イコール悪と決めつけるつもりはないけれど、家業の旅館業を幼いころから手伝って将来その看板を継ぐような世襲と、大企業の経営者の世襲とは意味が違う。

そりゃ昔なら親の会社の丁稚奉公から始めて辛酸をなめることも修行になっただろうが、今どきの二世は、たいてい大学まで行かせてもらえる普通のぼんぼん。
大卒まで、親の職場を見て育つわけではないし(その点では他の大学生と同じで)、そもそも家にめったに親はいないんではないかい?

だから、技術力で国際競争しなくてはいけない業界で、息子に社長のイスを!とこだわっている爺様の会社は、そりゃ傾くわなーと思う。22、3歳のペーペーから「社長のおぼっちゃん」と腫れ物に触るような扱いをされて、まともに仕事を覚えられるとも思わないし、職場だって緊張するだろうに。
僕が親なら、親の後光が効かない異業種で10年は下積みさせるか、同業他社で敵陣の内側をしっかり把握させてから、自分の会社に採用するね。

サンヨーの井植親子が実際どうなのか、一人の経営者または技術者として優秀なのかは、部外者にはよくわからないが、メーカーであればこそ、やはり製品で勝負してほしい。父子鷹のドラマなんか、どうでもよろしい。
最近、なんだか財界人のお家騒動を描いたとおぼしき「華麗なる一族」が終わったらしいが(結局1回も見なかった)、消費者は経営者の家系とか人情ドラマに金を払うわけではないのだ。

でも、「ドラマ効果」で、経営者一族の栄光やスキャンダルが売り上げに影響することも、あったりするかもしれない。
もしかして、銀行頭取の女性スキャンダルが出てこないのは、完璧に封じ込めているせいだろうか。

それを考えると、「指3本」や「モナ」「親子丼」ぐらいで袋叩きに遭う政治家は、気の毒といえば気の毒だ。
何千人の従業員の生活がかかっている会社を、息子にホイホイ託す社長の方が、重罪だと思えてならないのだが。


彩都とウェブサイトの共通点

at 2007 03/20 22:51 編集

春のダイア改定に合わせて、新駅も開業。関西では、さくら夙川と彩都西がニュースになっていた。

そりゃー桜の名所だからって、1年のうち1週間ほどの名所でしかないのは、どうよ?
とつっこんではみても、しかし、なかなかいいネーミングだと思う。評判も上々。
名所を冠にする駅名は、「○○前」や「○○口」のパターンで珍しくはないが、この調子で、ご当地名物あやかり駅名が増えるのも、よろしいのではないかい?「メロン夕張」とか、「メイド秋葉原」とか。

もともと、東海道本線は芦屋と西宮の間が開きすぎていて、駅がなかったのがおかしいほどだった。だから、さくら夙川はできて当然の駅で、めでたしめでたしである。
阪急夙川が決定版だとすると、「脇役デビュー」という感じだろうか。僕は、川の下流の阪神香枦園あたりも好きだが。

この、待ってました感のあるさくら夙川駅に対して、彩都西というのは、ニュータウン駅の宿命で、一体どこにあるのかわかりにくいのがお気の毒。路線図を見せられて、「阪大病院前からさらに奥へ伸びて・・・」と言われても、阪大病院自体が大阪の中之島から衛星都市へ移転、さらに奥地へと都落ちしているから、彩都というのが正確に茨木市にあることなんぞ、大阪府民でさえなかなかわからないようだ。

それにしても、一体なんでこう匿名的な、広告コピーのようなニュータウン名をつけたのだろう。D通と結託しているのか?
夙川とか香枦園のような名前の方が、風格があっていいと思うのだが、ニュータウンだからしかたないのか。

おまけに、彩都西というのは大阪の都心から遠い。神戸より遠い(笑)。
こういう辺境地の自然を破壊してツルピカのニュータウンを造って、計画人口の何割かしか住まない、しかも住み続ける住民は高齢化する一方!となること必至の都市計画は、実際ことごとく各地で失敗しているではないか。

やはり、関西だったら京阪神間に沿って住めたら理想的だと思う。いい学校、いい病院、いい文化資産が鈴なりの風土に住むのが、そんなに高嶺の花か?というと、決してそんなことはない。
働き盛りの皆さんは、なんとしてでも都心に住むべし!が僕の持論なのだ。

中でも、大阪にも神戸にも等距離の西宮が、再開発も手伝って人気急上昇中らしい。
今回のさくら夙川駅の開業とワンセットで、お隣りの昔ながらの「西ノ宮駅」なる変な駅名表記も「西宮駅」に変わって、あらためて「生まれ変わる西宮市」のイメージが高まっている。いい感じの街だと思う。

ただ、電車で西宮に通学していた僕は、もちろん駅周辺の界隈しかしらない。大学の最寄り駅、夙川駅、西宮北口駅の周辺の居酒屋やレストラン・バーしか立ち寄らないから。
そのへんは、同級生にうじゃうじゃいた「未来の社長のぼんぼん」が外車をブイブイいわせて街のマル秘スポットにしっかりマーキングして、雌捕獲に活かしていた行動力に完敗するしかない。
阪急電車の新型車両に詳しいやつなんて、100%もてない(笑)。

まぁ、もてるか否かは大人になればどうでもよくなるが、夙川に住んでいますといえば優雅なイメージがあるのに、○○ニュータウンに引っ越しましたと聞けば、背後霊のように「35年ローン」が浮かび上がって見えてくる(笑)のは、僕の目が濁っているせいだろうか。
それも家族愛のなせるわざ、ということなら、ニュータウンなる土地は、リアルな「愛の流刑地」なのか?


好都合な真実

at 2007 03/19 18:38 編集

ANAの「胴体着陸その後」の、製造元ボンバルディアの事故がポロポロ出てきている。まるで、「胴体着陸仕様」で作っているのではないかと思うほど。

まるで両手をしばられてヘッド・スライディングするような場面に、滑走路のどこかから前輪代わりのスタント・カーが出てきて前を走り、「俺の頭にアゴを乗せろ!!」てな場面展開になるんちゃうか?と僕はひそかに期待していた。スタントマンは、当然あのスティーブン・セガールで(笑)。

そんなリアルな緊急事態を、冷静沈着にかたづけた一姫二太郎のパパ機長は、よくやった!と称賛されている。しかも、彼はANAの子会社に所属しているのだそうな。ぜひ、親会社にスカウトして、厚遇してあげてほしい。

不良品ヒコーキといえば、少し前は「エアバスは落ちる!」だった。
危ないとわかっていても、高い買い物だから、もとをとるまで使いきるつもりでいるのかもしれない。だとすると、こわい話ではあるね。

一方で、YS-11は今もう乗れない(惜しみつつも、僕も1回か2回しか乗ったことはないけど)。
同じプロペラ機でも、YSと違ってボンバルディアは主翼の横の席からでも下界が見えるから、乗客サービスとしては悪くないスタイルだと思う。ジェットも、あの形が増えればいいのにと思うのだが、あまり見たことがない。

いっそB52を旅客用に転用すれば迫力満点でないかい?とも思う。爆撃機にくっついている回転砲座や後部砲座のような「個室」は、その手のおマニア様にとっては特等席だろう。プレミアム・シートになるぞ。
実は僕もぜひ乗ってみたい座席ではある。もちろん、撃てなくてもいいから(笑)。

ヒコーキの旅は、たいてい行きと帰りの2本しか足がないもので、ほとんど選択肢はないから、ハコモノにこだわる旅はやはり「鉄」になる。
新潟から5、6本の鈍行を乗り継いで帰ってみると、ローカル線の車両が意外に多彩でおもしろかった。旧態依然とした不便な急行「きたぐに」が乗り心地は最悪だったほど。

不思議にも、急行がぱっとしない一方で、かつての特急車が払い下げられている鈍行がお得感満載だったりする、いい時代ではある。リクライニングもついていたりするしね(あだ花のような一時的なパラダイスかもしれないが)。

我が子がいたら、もう胎内教育からして鉄分濃厚にしつけて、ドライブをせがまれても「パパは免許がないから鉄道でGo!」で通したいと夢見る僕は、「でもな、それ金かかるがな」と兄にたしなめられたりするのだが、本当だろうか。

たとえば、友人ホリエモンのたのもしい運転で4人でワリカンして行けば、ドライブ旅行も安くなって、それはそれでありがたいけれど、家族4人で乗っても子供にワリカンさせるわけにはいかないから、結局両親二人でワリカンになるもんなぁ。
追い抜いて行くメルセデスを目で追う妻は「あなた早く買い替えてね」とうらめしそうにグチるだろうし(笑)。

鉄分濃厚な愛息と愛娘なら、「あの長ーいやつに乗りたい」とせがまれると、「そしたら日通に頼んでキハ42に乗せたろか?」と夢をかなえてやるのは簡単だ。
暑いし寒いし窓もないけど(笑)、ひょっとして味をしめるとこわい。

豊かになったせいなのか、公共交通で旅行する家族の姿をめっきり見かけなくなったのは寂しい。
マナー教育の場としても、鉄道の旅は悪くないと思う。飛行機ほどうるさいことは言われないし。マイカーの中はわが家の延長だから、子供はどこに旅行してもわがままを通せると勘違いしてしまうのではないだろうか。

僕自身、人間が円くなったせいか(老化か)、電車でぐずる赤ん坊を懸命にあやしている親の姿は、ほほえましく見えてきた。
若気の至りでとんがっていたころは、ただうるさいなぁと思っていたものだが、人間くさい旅が旅のアクセントみたいなものだから、まぁいいではないか。どうしてもいやなら、耳栓かヘッドホンで何とかすればいいわけで。

父が北海道に里帰りするロングランの列車で、僕のおむつを窓から出して乾かしていたら車掌に叱られて・・・なんて思い出話を親から聞いたことがあるから、今こんな客がいたら問題だろうが、もし実際に見かけると笑ってしまうと思う。マナー云々は棚上げして。
そんなバタくさい鉄の旅も、案外アジアや中南米に行けば普通に残っているのではないかと思う(いや、僕の方から「こうすりゃおむつを乾かせまっせ」とよけいなアドバイスをしてしまうかも・・・)。

なぜか独り旅姿が目立つ日本の鉄ちゃんも、実は妻子持ちというおとっつぁんも多いから、だったらぜひ、妻子に鉄分を注入して、「地球環境にも健康にもいい旅を家族で」と願う今日このごろである。
さて、あと4枚、どう消化するかな・・・


スローなバール

at 2007 03/18 21:43 編集

二晩ほど徹夜して(そのかわり昼はダウンして)怒涛の7000字ほどの原稿を打ち込んで出版社へ送信。
ひと息ついたと思ったら、研究会に備えて、またまた徹夜で新書1冊を読むはめになった。こりゃマンガなんか手にとってしまうと危ないな・・・と思って何気なーく本屋に寄ったら、おぉあのコミック新刊がっ!!

ということはなかったが、スローフードの島村菜津さんの新刊『バール、コーヒー、イタリア人』が、光文社新書から出ていた。
帯のキャッチコピーが憎い。
「なぜイタリア人には、スタバもコンビニも、シャッター通りもないのか?」
なるほど!

吸い込まれるように、読み進んでしまった。
島村女史は取材も細かいし、文章は濃密なのにリズム感があるし、僕は大ファンなのだが、出世作の『スローフードな人生!』(新潮文庫)に負けない輝きと、バール文化へのオマージュにあふれている。

バリスタとバールマンの地位比べ、スタバが入り込めないイタリア人のエスプレッソ信仰、英・仏に植民地争奪戦で完敗したイタリアが、なぜ世界一コーヒーにうるさい国になったか・・・そういえばイタリアがなんとかアフリカに足を踏み入れた土地がエチオピアだったっけ・・・アラビア半島にも近いぞ・・・もしかして・・・

と、僕の頭の中で断片化している、中東とアフリカとヴェネツィア商人を結ぶトライアングルを、島村さんが軽妙な文でつないでみせてくれる。16世紀以来の歴史もサラリとなぞって、地図など1つもついていないのに、とても明解に「コーヒー世界史」がわかるのだ。

結局、「本番前の禁断の果実」は、この新書になってしまった。いかんなぁ。
でも、心憎い出会いをして、おまけに内容も二重丸だったからいいとするか。
窮すれば通ず、である。


花粉お届けか?

at 2007 03/17 16:55 編集

ピンポーン、と宅配便が届いた。旅先から送ったので、日時も品物もわかっていた。
だから驚かなかった・・・とはいえ、「杉をお持ちしました〜」とまじめに言われると戸惑う。いやホントの話。

「スキー」の「ー」がちょっと短くて汚れているだけだし、ビニール袋もかけず、でかでかとSALOMONと書いたスキーケースそのままゴロンである。
まさか、これを「スギ」と読むかい?

「あ、スキーね」と僕が確認してハンコを押そうとすると、配達のあんちゃん、まじめに伝票を見て「えっ、スキー?」と驚いていたことに、あらためて僕は驚いたぞ。こんなあんちゃん、僕は「杉」だな(笑)。いや、わたしゃーおすぎサンではないけど。

これで、すべての荷物が戻って、旅も終わった感じがする。
旅先のルームメイトつっちーは、シーズン始めに宿に板を送り、シーズン終わりまで置きっぱなしにしておられるようだが、僕は律義に一回ずつ往復させている。一度、つっちーのように「板キープ」してみるのもいいかもしれない。

僕には行きつけの酒場もないから、ボトルをキープしたことがなく、その楽しさというのはよくわからない。
ただ、スキー板にたとえて説明してくれる呑みすけがいれば(絶対いないだろうけど)、納得できる。

この山だとこの宿、というのが決まっていれば、そこに合う板をシーズン初めに預けておくのだ。ついでに、ウェアも預けておければ、その後シーズン中は手ぶらで行ける。

実際のところ、黒姫山の常宿も妙高高原のロッジも板は預かってくれるのだが、それは「これから何度も来ますよ」の意志表示でもあるから、宿にとっても悪くないシステムではないかと思うのだ、板キープは。

若いころは、信州のゲレンデはしらみつぶしに滑り尽くしてやろうとばかりにガイドブックも毎年買い替えてあちこち遠征して回っていたものだが、もう信越方面は黒姫山と斑尾と志賀高原だけでいい。白馬は八方と五竜だけでいい。北海道はニセコと富良野と手稲ぐらいでいい・・・。
この中で、いい宿をブックマークしてあるから、今さらアドベンチャーのようなツアーに金を払う気は起きない。
おもしろくないといえばいえるし、電話一本かけて電車に乗るだけだから、旅立ちのトキメキというものが皆無なのは寂しい。

そして、ロッジの牢名主のようなおとっつぁん、元おねえさんがたに溶け込んでふんぞりかえっている己の姿は、結局これ街の酒場の常連さんと変わらないではないか!
飲み屋の常連より健康的でいいとは思うけれど、あぁ、「板キープ」に手を出してしまうのも時間の問題かもしれない。まいったなー。
 


金と権力の教育

at 2007 03/16 22:16 編集

確定申告に滑り込みセーフ。
といっても、必ず還付になるので、時効の5年先までならいつ行ってもいいのだが。

今回は、生保の払い込み証明書が欠けていたので、出直し申告になってしまった。
去年までは、毎月の引き落とし通知ハガキを何枚か持って行けば、「みなし」で書類作成して受理してくれていたのに、今年の相談員は杓子定規に「正式な書類を添付しないとダメです!」と突っぱねるのだった。優秀なお役人だこと。

その代わり、この5万円の生保控除がある場合とない場合とでは還付金額が5000円違ってきます、と端末をたたいて金額をシミュレートしてくれた。妙なところだけ丁寧ですな。

またゆっくり書類をそろえて出直すと決めてあっけなく出てきたのだが、今年の税務署はずいぶん静かで閑散としていた。
神戸随一の歓楽街すぐそばだから、このあたりに「職住接近」で住んでいる人たちも経営者たちも、去年までは確定申告会場にひしめいていたものだ。バブルがはじける前は、よほどボロもうけをして浮かれていたせいか、税務署に怒号が飛び交っていた記憶がある。

それが、申告のしかたがスマートになったのか(でも飲み屋関係者がいっせいに電子申告に切り替えたとは考えにくい)、間際までずれこまず早い時期にさっさとすませているのか、僕にはよくわからない。

定率減税が薄くなる上、扶養家族持ちにとっては増税感をぬぐえない税制だろうに、もっと怒りに来てはいかがかな?と思う。
まぁ、感情的になってもしかたない。
せめてものボランティアで、僕は毎年数百名の学生諸君に勤労学生控除と還付申告について懇々とアドバイスして、国に納めすぎた涙と汗の結晶を取り戻せ!とけしかけている。一人でも数名でも、初めて税務署に行ってきたという学生から「○万円戻ってくるそうです。やったー!!」の声を聞くと、これほどうれしいことはない。

自分の税金は、毎年10万円前後必ず戻ってくるのが、もう年中行事みたいになっていて感動もヨロコビもないけれど、国を相手にやることをやって達成感を得た学生にはヨコロビを覚える。こういう少年少女こそ、立派な社会人だ。

税金だけでなく、社会保障のしくみや選挙の話をきちんと教育した方が、生きた勉強ができていいのではないかとも思う。
実際「憲法概論」の講義なんか睡眠薬にしかならないのに、「おまわりににらまれたときの助かり方」など説明すると、全員が熱心に聞いている(令状出てますか任意ですか、と言い返しただけで警官が引き下がりました、すごいですねーと話してくれた子もいた)。
クスリなんかの疑いをかけられたら、署ですっぽんぽんにされて、むかれてほじくられて徹底的に身体検査されるよ〜と脅かしてみると、けっこうリアルにびびっている(のかコーフンしているのか)野郎もいたりする。

賢い生活設計のためには、保険や投資、会社設立なんかの分野もきちんと勉強した方がいいと思う。
中には、「持ち家と賃貸のどっちが得ですか」と聞いてくる18歳もいたりして僕はずっこけそうになるが、まぁ手堅くてよろしいではないか。
僕はかろうじて二十代のうちに苦しい家計から捻出して養老保険を契約したが、18歳から養老保険を熱心にかけ続けると、30歳までに持ち家の頭金ぐらいはたまるかもしれない(料理より保険商品選びに血マナコになっている二十代カップルというのは無気味ではあるけど)。

こうしてためた虎の子の貯蓄を、バカバカしい挙式なんかで一瞬にして使ってしまうのも、いい授業料になるというもんだ。ワハハハハ
荻原博子センセイと居酒屋ゼミで保険談義でもできれば、けっこう楽しくてためになると思うのだが、これは僕の趣味がかなり入り込んでいる(苦笑)。

では、まじめに日本経済のゆくえについて、佐藤ゆかりセンセイを囲んでミッドナイト・ゼミを・・・というのも、たぶん一人で囲んでいたりするから、邪悪な腹の底がみえみえかな。


コホン金沢コホン観光

at 2007 03/15 22:17 編集

そういえば、月始めにゲホゲホと咳が出始めて、さっぱり治らない。
つっちーには「花粉症ですか?」と心配されるし、風邪のような風邪でないような、結核のような結核でないような(笑)妙な容体が続いている。熱もないし食欲もあって体も動くのに、呼吸困難だけが厄介だ。
こんなついでになんだが、鈴木ヒロミツさんのご冥福を祈りたい。

もう若くないガン年齢だけに、スキー三昧にも、余韻を残しておくのが大人じゃろーと考えて、最終日は丸一日かけて列車の旅にした(大人というより鉄ちゃんなだけか)。
去年は18切符で新潟から中央線経由で帰り、けっこう快適だったので、味をしめたのだった。

今年は、JR発足20周年記念ということで、18切符が一段と安くて5回分で8000円。ということは、1600円で神戸まで帰れる!
ただ、名古屋近郊の夕方のラッシュアワーだけがうっとうしかったので、今回は日本海側を回って、こんなプランを組んでみた。

妙高(8:54)>直江津(9:41/9:47)>富山(11:46/12:22)>金沢(13:21/16:36)>敦賀(19:09/19:51)>長浜(20:33/20:42)>三宮(22:42)

宿の仲間の関東人たちは、みなさん新幹線に乗って2時間ちょいで妙高まで来られるから(おまけにジパングだフルムーンだと特典ありありなのがうらやましい)、「へぇ、夜行で8時間もかけて来るんですか、ご苦労さんですなぁ」とねぎらわれてしまったりする。
だから、14時間かけて鈍行で帰る物好きの気持ちは、たぶん理解していただけそうにない。

もっとも、この帰り道は線路上ぶっつづけではなく途中の富山で30分のランチタイム、金沢で3時間の観光タイムをとってございます・・・とまぁなかなか自画自賛ものの、お得なプランニングなのである。

富山では、レストランで待たされるリスクがあったので、こんなときこそ駅弁のありがたさよ、富山湾弁当800円なり。富山湾の幸がちょこまか乗っていて、「海鮮おむすび4つ分」ほどの分量は、けっこう食べごたえがあった。
つい目に入ったドトール・コーヒーに誘い込まれて、「ミラノサンドCセット」など注文しそうな自分が情けないわい。

もう1時間鈍行に乗って、金沢に入る。
メインの金沢観光といっても3時間だけだから、お目当ては前から行ってみたかった21世紀美術館だけ。下調べも何もしていないので、駅の無料チラシで見当をつけて、とぼとぼ歩いて行くことにした。
とにかく金沢城跡が広大な加賀藩城下町だから、簡単な地図ではスケール感がつかみにくく、意外にあっさり、そして意外にこじんまりした美術館にたどりついた。

企画展で、初めてナマの草間彌生作品に触れることができた。部屋の6面も、そこに置かれた家具も例の水玉だらけで、ブラックライトで水玉模様だけ浮かび上がるインスタレーションには、感動のあまり笑いが漏れてしまった。ニャハハハハ・・・と。

物体の輪郭が闇に溶け込んでしまって、水玉だけが物体の存在を知らせている。我々が絵を描くとき、輪郭から描いて面に色を塗るのと逆の発想なのだ。
「ドローイングの常識」を反転させて見せてくれる草間さんはすごい。

常設展の「レアンドロのプール」も笑えた。プールサイドから、プールの底に沈んだ客のこっけいな姿を見下ろせるのだが、逆に今度はプールの底に潜って、プールサイドの客たちを仰ぎ見ることができる。
このインスタレーションは大人気で、撮影フリーというのもあって皆パチパチ記念写真を撮って楽しんでいた。僕も客に頼んでプールサイドからアホな己の姿をパチリ。

いやはや、現代美術というのは、常識をひっくりかえしてくれる社会学そのものではないか。おもしろい。来てよかった。

いい気分で、おだやかな夕日を浴びつつ犀川へ回り、河川敷を歩いて駅に戻る。
たしか五木寛之さんの小説の舞台になっていた川だった・・・と思いこんで、そのトポスに触れたいと考えたのだが、間抜けなことに正解は浅野川であった。
地図で見るとずいぶん遠いので、今回はパス。いっそ五木先生には「犀川暮色」を書いてもらうということで、わかりましたね五木先生!

またまた鈍行の旅に戻り、敦賀、近江長浜で乗り継いで、京阪神三都物語の新快速で「はるばる帰ってきたぞ感覚」に浸る。11時前に神戸着。
こうして、ほとんど疲れも残らず、けっこう得したなーと感じる1600円の旅は終わった。
さぁ、残り4枚はどう消化しようか・・・またスキーか?(ゲゲゲッ)


高地にてコーチ倒れるの巻

at 2007 03/14 11:29 編集

1日目の講習は吹雪との闘いだったのが、2日目は晴れ間ものぞいて、天気は上々。悪天候にはヘナヘナになる我々素人を尻目に、連日「○○連隊」とか「速射」と書いた迷彩服軍団がスキーをしに来ていたのは、訓練なのか骨休めなのか・・・?

僕とコードネーム坂口力と中坊以外おばちゃまズラリの軍団にレッスンをするのは、ひとクセもふたクセもある名物インストラクターだった。
毀誉褒貶も多い雪上の野武士のようなキャラクターで、リゾート気分でスキーに来て教えてもらおうとする客は、ほぼ確実に撃沈されてしまう。もう10年以上前に、大阪のOLたちを連れてこの先生のレッスンを受けてもらうと、どこでどう衝突したのか、「お前はバツだ!」って全否定されたワと憤慨していた。
そんな強烈なアクを持った野武士だからこそ、「あなた、いいね。できてるね」と評価されると自信につながるのだが。

ところが、この日の「雪上鬼瓦」は違っていた。
口数も少ないし、斜面で受講生を並べて説明しているとき、前のめりになったかと思うと、そのまま倒れ込んでしまった。
おばちゃまたちは、「アラアラ、大丈夫?」「休んだ方がいいわよ」「スタッフを呼びましょうか」と気を遣って、様子をうかがっている。どうも、風邪で休んでいたのを無理に出勤して、薬の副作用で強度の目眩がしたようだ。標高も高いしね。

「電話しなくていいから」とプロの誇りを見せる野武士は、しかし立ち上がれない状態だったから、皆スキーの腕前は2級以上のレディース軍団、自然に役割分担ができて、下界へ滑り落ちて行った。雪の上にへたりこんだインストラクターのそばには僕と坂口厚労大臣が残り、30分後に登ってきたスタッフに引き継いで、これで午前の講習は中断ということになった。

午後はちゃんとピンチヒッターが入って講習は終わり、宿に戻ると、ちょうど病院で点滴を打って来たという野武士と鉢合わせ(インストラクターやゲレンデ・スタッフが何かと行き交い集結する宿なのだ)。ケロリとした様子に、ひと安心した。

夕食後には、野武士の謝罪(?)記者会見が開かれた。
といっても、まぁ我々は全員が常連のおばちゃん軍団(すっかり僕もおばちゃん化している)だから、なごやかに今どきスキー事情、今どきスキー場経営事情の四方山話になった。

インストラクターの故障は、かえってケガの功名で、いろいろ楽屋裏話も聞けて、常連さんたちの交流も深まり、悪くなかったと思う。
金を払って宿泊と講習のサービスを受ける「プロと顧客の関係」というより、この山とスキーを愛するファンのコミュニティのような気がする。予約もプラン変更も自由気ままにできてしまうのは、気まぐれ独り旅には特にありがたい。

もちろん、カチッと「旅行サービス消費者」の意識を持てば、オプションが欠けてるぞパンフレットと違うぞ料金が変だぞとクレームもつけられるかもしれないが、こっちから踏み込んで、この宿をフル活用してやろうと思えば、融通のきく便利なロッジではある。確実に、スキーの腕前は叩き上げてくれるし。

夜中までインストラクターをつかまえて用具の説明をせびっては談笑しているおばちゃまたちの歓声を聞きながら、つっちーと僕はテレビも見ずに寝床についたのであった。
お互い、「上達しかけたと思ったら、帰る予定日なんですよねー」と深く納得しながら。


妙に高いテンション

at 2007 03/13 22:48 編集

朝早くに銀世界の妙高高原駅に着いて、さっそく宿に電話。
「今夜、泊まれますか?」「大丈夫ですよ」ほっとひと安心。
「いつごろ御到着ですか?」「いま駅ですけん、20分後」
「えっ・・・」と絶句するような間が伝わってくる。
ま、いいでしょう。出たとこ勝負の宿探しも。

今夜からの宿泊と夕食だが、「腹減った朝飯ほしい」とリクエストすると、すぐ出してくれた。融通がききすぎるこのロッジは、まるで星飛雄馬の暴投をしっかり受け止める番宙太みたいな存在だ(古いたとえ!)。

部屋に通されると、先客は武蔵野から一人で来ている「コードネーム坂口力」さん72歳。
自己紹介しあって、僕の親ほどの年長ながら、すぐ同好の士だとわかって打ち解ける。
そもそも、こういう宿に喜んで泊まるようなシルバー・スキーヤーは、それだけで趣味が似ているわけで、天下りしてゼニと肩書きの亡者になっている爺様もいないし、酒と煙草に浸って三大死因の見本になっているような人もいない(この宿で出会った中高年に喫煙者は一人もいないのだった)。

コードネーム元厚労大臣さんも、悠々自適の今は、登山とスキーに夢中なのだそうな。穂高や八ヶ岳など、山の思い出話に花が咲く。
彼とはスキー・スクールでも、彼と同じクラスになった。
宿と受講料で9800円になるところを、2泊になると15000円と割安、3泊でも15000円とわけのわからん激安になる(なんちゅう料金設定や)。あいにく仕事の都合で2泊だけ申し込んで、結果10名の和気あいあいとした顔ぶれでレッスンを受けることになった。

雪は寒波再来で雪がしんしんと降り続き、ふかふかの新雪。
滑ると、音もなく、ひっかかりもなく、空中を浮かんでいるようなシルキーな感触に感動する。この天使のビロードのような触感は、初めてかもしれない。これだけでも、来てよかった。

クラスメイトは、坂口力さんのほか、僕の母親がズラリ並んでいるような顔ぶれだった(一人、中学生の孫息子クン同伴)。ウェアを着ると元お姉さまがたはあと 20年は現役よ!のお姉さまと化して、元気でかしましく、天気がどうの、ゲレンデ整備がどうのとグチりながらも、ガンガン滑るのなんの。

これが本物の女子大生さま、OLさまだと、「私にかまうな」バリアを張り巡らせているものだが、あけすけな元お姉さんパワーは、後で大きなパワーを発揮する。

ゲレンデ上で、今回の旅を相談しあった、コードネームつっちー大兄と合流して、再会を喜びあう。そういえば、坂口力さんもつっちーも中学生も、僕以外の男性兵士は皆ヘルメット着用で、本格的な装備に感心させられる。見習わなくては・・・。

去年は、女子高生と僕と僕の親世代の3世代が、机ならぬスキーを並べてスキーを習っていたが、今年も中学生と僕と親世代のサザエさん一家ふうスキースクールになった。
こんなところも、この宿、このゲレンデのふところみたいなものだなーと感心する。

先週の真夏のような太陽は姿を魅せず、冬に戻されたようなふかふかの新雪の上を、老若男女が歓声をあげながらのたうちまわり、楽しい冬の一日が過ぎていった。月曜日というのも、無性に愉快であるね。
夕食後、7時半にバタン。あー健康的すぎる!


鯉の逃避行

at 2007 03/12 23:34 編集

やはり、誘惑には負けてしまった。
徹夜で文書を30KB打ち込んで、「とりあえず一部完成」と編集者に送り、これを免罪符に、無謀な逃避行へ!

そんなことしてて、大丈夫か!?と天の声がこだましつつ、宿も予約せず(ただ、つながらなかっただけだが)、いつもは宅急便で送る荷物もかついで、旅立ったのであった。
そして北国行きの夜汽車へ・・・ク〜〜〜〜ッ!!演歌ですなぁ(笑)。
見送る妻子がいるわけでなし、出迎えてくれる現地妻がいるわけでもなし、私を連れてってくれないの?とせびる「OLひとみ」がいるわけでもなし、ちょっと舞台設定がチープなのは残念。

逃避行の車内は、日曜の夜だからすいているだろうと思いきや、大阪で用事をすませたと思しき北陸人で、自由席は満席になってしまった。
夏のような陽気で汗だくになった先週とはうってかわって、米原からもう、雪が降っている。ムード満点。

敦賀、福井、小松・・・と乗客がどんどん減って行って、あいかわらず営業収支が思いやられそうな(笑)スカスカ状態になる。
でも、予約もいらず、毎日毎晩律義に北国へ運行してくれている夜行列車というのは、本当にありがたいインフラやなーと思う。

闇の中でも雪景色でボーッと白い街の眺めを車窓から楽しみながら、鯉の逃避行のムードはありがたくも勝手に高まって行く。
宿、あるかな〜?と基本中の基本的な不安も手伝って、スリルとサスペンスはどう展開して行くか、続きは明日。


上祐へのエール

at 2007 03/11 20:54 編集

上祐が独立宣言をしていた。
未だに、アーレフが定着せずオウムと呼ばれるあの教団が今どうなっているのか、どこに行こうとしているのか、部外者にはよくわからない。上祐は「宗教研究会のような組織にしたい」と語っているそうだが、機関誌でも購読してみようか(笑)。

しかし、統一教会やオウムを邪悪とラベリングする一方で、テレビで人を罵り「地獄に落ちるわよ」と恫喝し、批判すると闇社会から刺客がやってくる自称占い師を、売れっ子に仕立て上げている商業メディアは、宗教よりタチが悪い。
「エハラさん、体型が麻原尊師に似てきたのは、パーコー麺の食べすぎ?」と突っ込めるのは、ベンジャミン・フルフォードさんしかいないのかもしれない。

かつて「殺人者集団」とまで言われたオウムが息の根をとめられず生き永らえているということは、たたきつぶせない何かがあって、それがもしかすると宗教の本質かもしれないとも思う。
その昔マルクスだったかレーニンだったか、宗教は麻薬だと言いのけたが、宗教はウィルスなのだ。

それに、宗教と政治は同じだと思う僕は、上祐会見を見ていても失笑を禁じえなかった。新しい体制だの、制度だの、派閥だの、まるで政党と同じことをやっているではないか。
だから、あそこにも左派と右派と中道があって、中道の代表は東大物理学科まで行っていながら、「車両省」のトップだったという。おいおい、鉄ちゃんか、カーマニアか?ワハハハハハハハ

ぜひ上祐さんには、「新体制」下で憲法を制定して、立憲君主制か専制君主制を敷いて、トップに鎮座していただきたいものだ。「喜ばせ組」でも組織すれば、引退した上祐ギャル(今おばさん)が身を挺して参集することであろう。すると、またマインドコントールだ、ディプログラミングだと騒ぎが大きくなって、脳なんちゃら学者が出てくる。クオリア降臨!とか言って(笑)。
なんだか、マッチポンプですなぁ。

宗教を叩けるのは、法でも武力でも世論でもなく、やはり宗教でしかないような気もするから、マッチとポンプの両方をオウムにも太木数子にも持たせて、相打ちしてもらえばどうかと思ったりもする。
こんなことをけしかけていると、仏難やら霊障やらカルマやら、いっぺんに背負わされそうな気もする。いやはや、ごっつぁんなことで・・・。


去ってくれない一難あさってまた一難

at 2007 03/10 23:46 編集

袋小路の絶望感とピンチを脱出できたときの快感が、病みつきになってしまった。まるで悪魔の心境に、いま囚われの身になっている。
この土壇場のパワーをふだんから発揮できれば苦労はないのだが、ふだん出ないのが困ったところ。まるで、怠慢がチャージされて、いざというときパワーが炸裂するような気もする。
なかなか、ほしいときに出ないものだ。

連日連夜の年度末の仕事がやっと終わったと思ったら、あと6日で2万5千字分ほど原稿を書く仕事がポツンと残ってしまったのだ。
しかも、手つかず。
出版社からは「できてますか〜?」と問い合わせが来る。焦る。自業自得っちゃー自業自得だが、焦る。

それなら、春休み返上で突貫工事で行くしかないのに、新雪の便りに心が躍る(苦笑)。
あいまいな返事をしていたばっかりに、スキー仲間のおとっつぁんからは「宿とりました。再会を楽しみにしています」とメール。
あぁ、突貫工事を放り出して旅行なんかしている場合ではないのに、放り出してしまいそうで、しまいそうで、我が身がこわい!
行くとするか?

いつも夜更かしには慣れているので、徹夜でがんばろうかと思っていたら、そんな決意の夜に限って10時には眠くなる。どうしようもない。
蓄積パワーが変なところで屹立して、愛の流刑地へ、鯉の逃避行〜!!ということにはならないだろうか。ええぃ、もう地位も名誉も財産も捨てて、二人の黄泉の国へ・・・といっても、「おまえにゃ地位も名誉も財産もないがな」と閻魔様に追い返されそうだから、ますます行き場がない。


落とし物リターンズ

at 2007 03/09 15:47 編集

旅支度をやっと解いて、バッグをすみずみまでほじくってみても、腕時計が見つからない。
ふだん携帯は携帯しないわ、腕時計は腕にはめないわ、そんな癖が悪いとわかってはおるんです!すんませんな!だから許していただきたい・・・まさか、ゲレンデで落としたのかも?
と思って黒姫山に電話してみると、受付の代表番号の電話口で、「あぁ、聞いたことあるような・・・」とゴソゴソしていただいてるなぁと思ったら(笑)、一発で見つかった。

特徴を知らせると照合できて、送ってもらう段取りがついた。驚くべき「クイック・ソリューション」である。
届けてくれた方に、ただただ感謝するばかりだ。

実は土曜日の妙高でも、デジカメを落としたら、その日のうちに事務所に届いていた。
今まで、サングラスやハンカチを落としたことはあっても、貴重品の落とし物は初めて。しかも連日だった。
なのに、ちゃんと届いて本人の身元確認云々もなく、すなおに戻ってきたのは驚異的だ。

登山客同士があいさつを交わしたり助け合ったりする巨大コミュニティになっているのは感じていても、ゲレンデや海水浴場は普通の街の延長だろなーと思っていたから、落とし物が届いているかどうか、問い合わせるまで半信半疑だった。

年々、ゲレンデのお客さんは減っているようだし、とりわけ暖冬の今年は寂しいから、それでも行くような人は本当に雪が、山が好きな人なのだろう。
そのおかげで、マイノリティ同士の仲間意識が萌えてきているとしたら、それはそれで悪くないと思う。もしかすると、喫煙コーナーに閉じ込められている愛煙家みたいな気分かな?

ゲレンデやふもとの宿の経営が苦しくなって行くのはお気の毒ではあるけれど、猫も杓子もキャピキャピ(死語)してリゾート地で欲情していた「あの時代」は、もういらない。
ゲレンデは、愛の流刑地になればよろしいのだ。


石川鉄右衛門よ!

at 2007 03/08 17:02 編集

マンホールや半鐘や側溝のフタまで持って行かれる、せちがらい世の中やなぁ・・・と思いつつも、金属盗のおかげでちょっとしたメリットも見えてくる。

というのも、被害金額が報道されるたびに、
「へぇー、公園の車止めの柱は10万円もするのか。そんなに金属の値段が上がっているのか」
とは思えず、むしろ「あんな金属棒に10万円もかけているお役所はアホちゃうか?税金返せ」と言いたくなるのだ。

滑り台に至っては、60万だ80万だと聞こえてくると、「なんじゃそりゃ、あんなもんが軽自動車なみかよ」と、これまた驚いてしまう。
報道は、役所と随意契約している製造元を取材して、原価がいくらで、それが「設置費用」となるといくらにはね上がるのか、明朗会計をどーんと公表してこそなんぼ、だろう。

でないと、深く考えない盗っ人が、えっ、あんな棒や手すりがそんなに高く「売れる」のか!?と思い込んで、模倣犯が全国に増殖するぞ。田舎の道路のガードレールなんか、夜中にやれば盗み放題だろうしね。
「設置工事と維持費用で役所はこんなに高額払っているけど、金属として売ると、たったのキロいくら」という現実を、しっかり報道してほしい。

どうせ盗むなら・・・といえば犯罪教唆になりかねないが、放置自転車なんかは盗み放題かもしれないし、駅前がきれいになって感謝されたりするかもしれない。
それなら、チャリよりクルマでしょう!と違法駐車がどんどん持って行かれるようになると、盗まれたクルマと盗まれたくないクルマの両方が減って効果抜群ではないかと思う。

こんなふうに、世の中にアッパレと思われる余地もあるメタル窃盗団であってほしいわね。
究極の金属製品は、戦闘機、戦車、軍艦だろうから、このあたりの高難度なメタルに、ぜひ大勝負をしかけてみてほしい。
不謹慎かもしれないが・・・


肩書きジャンケン

at 2007 03/07 16:54 編集

別に人里離れた世界でマタギのような生活をしていたわけではないが、土日はテレビ、ネット、コンビニとは無縁だったおかげで、世の中の動きに2日間だけ取り残された感じ。時代の最先端を疾走する(!?)トレンディ男としては、焦るね。

そもそも、旅の連れはだれもテレビを見たがらない自然児ばかりだから、僕が「ちょっと、ブロードキャスターだけ見てぇ」とチャンネルをおねだりしたほど。これも、睡魔で意識もうろうとしていたから、中身はほとんどわからなかった。

おかげで、だれが離婚しただの、くっついただの、芸能界ニュースにはなかなかついて行けない。
僕がついて行かなくても、わけのわからん肩書きの相手と結婚する有名人は大変ね・・・と、良識ある一般庶民は直感していたのではないだろうか。

何をやりたいのかわからない人の肩書きはわかりにくいし、それは本人もわかってなかったりして、まずますわからない。たとえば、脳機能学者なるものが心理学者とどう違うのか、僕は未だによくわからない。

コンサルタント、カウンセラー、プロデューサー、コーディネーターなんてのも、名乗ったもの勝ちの世界だったりする。
特に芸能界は、海千山千の肩書の宝庫でもあって、宇多田ヒカルの亭主だった「映像クリエイター」って、何ですねん?
一眼レフを構える「創作風景」を公開してましたが、「カメラマン」とはちゃいまんの?
と、素朴な疑問が解けないまま、結婚と離婚のマッチポンプ劇場が終わってしまった。

そういえば、今までも似たケースはあったぞ。
菅野美穂の彼氏は、ハワイの寿司職人とやらだった。実は「寿司屋見習い」だったようだが。
それなら、店舗経営と味の追究を両立させている、ごく普通の「寿司屋の親父」の方が偉いと僕は思う。

大塚寧々の前の旦那は、「三代目なんちゃらかんちゃら」だったが、彼は三代目の店を継いだのだろうか。
ありがたい言葉を書きなぐった掛け軸やら色紙やら売ってたような記憶があるけど。

とまぁ、雲をつかませるような肩書きは紛らわしくていけないのに、その時代の最先端にいる女優や女性アーチストは、なぜだか「本業不詳男」にひかれるクセがあるようだ。
なぜだろう?

ギター侍という、これまた弾き語りとどう違うのかわからん肩書きにならって、「スキー侍」とでも名乗ってみると、少しは一目おかれるだろうか。「スキー教教祖」の肩書きが、もうカビくさくなっているからね。
アンジェラ・アキに「入門」されたら、わたしゃもう、「アンジェラ・アキのアンタ」かいい!


初滑り2日目

at 2007 03/06 23:47 編集

冷酷非
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